浅野陽子
出版から約1カ月たちました。私の日常に大きな変化はなく、今日もメディアの片隅で食の取材をし、文章を書いています。
とはいえ、一人の職業ライターから本の「著者」になったことで、出版前には決して味わえなかったミラクルや感動が、少しずつ起こっています。
たとえば、紀伊國屋書店新宿本店にある、食関係の本や料理書がぎっしり並ぶ専門フロア。フードライターとして駆け出しのころから、何度足を運んだかわかりません。
その売り場で最も目立つコーナー、「dancyu」「料理王国」各誌の最新号が積み上げられている真ん中に、本書『フードライターになろう!』の山(しかもポップ付き)を見つけたときは、胸に迫るものがありました(青弓社のみなさまをはじめ、最高の表紙イラストを描いてくださった藤本けいこさん、素敵なブックデザインをしてくださった和田悠里さん、本当にありがとうございました。オレンジ主体の表紙は売り場でひときわ輝いていました!)。
また、本を読んでくれた友人・知人、直接面識のないSNSのフォロワーさんから、
「面白い」「役に立つ」のほか、
「食ジャンルに限らず、取材して書く仕事をする全ライターに必要な情報が詰まっています」
「まさに探していたテーマの本に出合え、予約してから読破するまで楽しめました」
「どのページからも仕事への思いが伝わり、いまの自分自身をも見直す機会になりました」
など、いまのところは大変ポジティブな感想をいただいており、そのたびに自分でも読み返しちゃったりして(笑)、悦に入っています。
しかし、本を出してわかった最大の発見は「自分が何者であるか」に気づけたことでした。「はあ?フードライターだから『フードライターになろう!』って本の依頼がきたんでしょ」と突っ込まれそうですが……。
実は、長年この仕事を続けながらも、私は「自分が何の専門家か」がわからず、フワフワしていました。メディアに注目されるフードライターさんは「ラーメン」「カレー」「フレンチ」「肉」「スイーツ」と、それぞれ得意なジャンルをおもちです。
でも私は日本国内で食べられるすべての料理、食材、酒が好きで、絞れませんでした。そして、食の取材ならどのジャンルでもそこそこ書けてきました。要は、器用だけれど特徴や個性がない、“何でも屋”フードライターだったのです。
しかし、出版後、本の現物を見せたり、SNSのアカウントに書影の画像を貼ったりしていたら、「食の文章が得意な人」と認識されるようになりました。
そこで、「おいしさを伝える書き方」や「食の文章がうまくなる方法」をSNSで短く発信すると、急に「いいね!」が付き始め、フォロワーも増えていったのです。
そういえば、過去10回出演したテレビ番組で、共演したタレントさんやディレクターさんに「浅野さんの食レポは違う」となぜかほめられてきたことも思い出しました。
そうか、私はフードライターの原点である「食×文章」そのものを個性にすればいいんだと。
「食とSNS」は親和性があり、「おいしかったー」「この店のこの料理がうまい!」と画像付きで発信する人はたくさんいます。ですが、過去に味の表現や料理人への取材術、原稿の書き方を一人で統括的にまとめた人は、プロのフードライターを含めてたまたまいなかった。ラッキーでした。
ちなみに、この本は依頼をいただいてから1年間かけて書き上げました。執筆中は、自分にとって身近すぎる、いつもの仕事の話なので自信がもてませんでしたが、最後の校正で自分の書いた全15万字を一気読みしたら、案外面白かった。「20年同じことをやり続けたら、誰のどんな体験も一つの価値になるんだな」とも思いました。
出版に必要なのは、原稿用紙300枚あまりの文字量を書ききる体力と気力があるか、そしてお金を出してそれを読みたい人がいるか。つまり「市場(マーケット)」があるかです。
そこに市場があるかは誰にもわかりませんが、まずは発信しないとチャンスは生まれません。本書も私のブログの「フードライターになるには」という記事を青弓社の方が見つけてくださったのがきっかけです。食をテーマに出版したいと考えている方は、とにかく発信することをおすすめします。
日本では少子高齢化が加速しています。本気で世界を「お客さん」にしないと、日本人の豊かな生活は立ち行かなくなると私は焦っています。日本のアニメや漫画、“Kawaii(カワイイ)”文化は人気ですが、「食」という素晴らしい資産は、世界にいま一つアピールできていません。
本にも書きましたが、本書をきっかけにプロとして食の発信をする人の輪が広がって、「日本の食と酒を世界一のコンテンツにする」のが私の夢です。
実はそのための、次の本のネタも考えています。またお目にかかれる日がありますように。
[ブログ]
「フードライター浅野陽子の東京美食手帖」
https://asanoyoko.com/