深遠なるブリティッシュ・ロックの世界への「最初の1歩」――『ブリティッシュ・ロックの黄金時代――ビートルズが生きた激動の十年間』を書いて

舩曳将仁

 「洋楽やロックに興味がない」という人たちとじっくり話をしてみると、実は単なる聴かず嫌いであることが多い。「英語が理解できないから」とか、「ロックってやかましいから」とか、もっともらしい理由をつけるのだが、よくよく聞いてみると、「聴く機会がなかった」か「ハマルだけの音楽との出会いがなかった」という場合がほとんどだ。
   インターネットもない時代に、ラジオのエアチェックをマメにおこない、音楽雑誌の隅から隅まで目を通して情報を得ていたオヤジ世代のベテランのロック・ファンからすれば、なんとも嘆かわしいことだろう。ところが、改めて周りを見渡してみると、確かにロックを聴くようになる「きっかけ」や「出会い」は少ない。
   書店の音楽書籍コーナーには、マニアックなアルバム・ガイド本や、非常に細分化されたジャンルのロック紹介本はあるが、初心者向けの本が少ない。テレビやラジオでは、1970年代のロックが紹介されることなど皆無に等しい。インターネットではロック・ファン同士のコミュニティなどもあるが、なかには厳しく批判的なファンもいたりして、ロック初心者には敷居が高くなっている。実は、インターネットというのは、自分の興味ある話題に深く狭く潜っていくには長けていても、新しい世界を発見する横の広がりへとユーザーを連れていく可能性には乏しかったりする。
   そうすると、やはり活字媒体。気軽にロックの世界にふれられるような、入門書になるような本があれば……と思ったことが、拙著執筆の動機となった。

   1960年代から70年代初頭にかけてのブリティッシュ・ロック・シーンは、個性的なアーティストが次々と登場し、ロック表現の可能性を試行錯誤した激動の時代だった。62年10月にビートルズがデビューを飾り、ローリング・ストーンズやキンクスなど、若いビート・バンドが後に続いた。彼らを筆頭にしたイギリスのバンドの多くが続々とアメリカに進出し、アメリカのヒット・チャートのほとんどをイギリス出身のロック・バンドが占めるなど、ブリティッシュ・インヴェイジョン(イギリスの侵略)と呼ばれるセンセーションを起こす。
   1967年には、サイケデリック・ムーヴメントの影響を受け、ビートルズが新しい音楽的アイディアを盛り込んだ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表。他のイギリスのロック・グループも、実験精神にあふれた個性的なロック・サウンドの創造に向かう。
   ロックの可能性を切り開いてきたビートルズが1970年に活動停止を迎えるのと入れ代わるように、後続のブリティッシュ・ロック・グループが頭角を現し、ビートルズ以上に斬新なロックを創造。個性的なグループが咲き乱れ、プログレッシヴ・ロックと呼ばれる革命的な音楽ムーヴメントがイギリスの音楽シーンに巻き起こる。

  拙著は、スリリングに展開した、まさに黄金時代と呼ぶにふさわしいブリティッシュ・ロック10年間の歴史を紹介したものである。
   音楽がデータで手軽にやりとりされる時代だから、若い世代にはピンとこないかもしれないが、「ロックとは何か」という命題に対して、アーティスト(作り手)だけでなく、ファン(聴き手)もまたそれぞれに答えを導き出そうとしていた熱い時代があったことに驚くはずだ。
   そして、40代や50代以上のロック・ファンにも拙著を手に取っていただき、かの時代を再発見するとともに、ロックで胸を熱くした青春時代を思い出してもらいたい。そして、ぜひ若い世代に熱くロックを語ってほしい。子供におもねってモーニング娘。やケミストリーを聴いてみるのもいいが、「俺はお前たちぐらいの頃はこんなカッコイイのを聴いていたんだぜ」と、レッド・ツェッペリンやディープ・パープルなどのアルバムを教えてあげてほしい。「オヤジの頭は古くせー」などと毒づく息子や、「ママは小言ばっかりよ!」と口答えする娘も、思わず唸ってしまうに違いない。あんまり熱いといやがられるかもしれないけれど……。
   1,000を超えるアーティスト数(索引付き)、150を超えるアルバム・ジャケット写真も掲載しているので、深遠なるブリティッシュ・ロックの世界に飛び込む「最初の1歩」にしてほしい。