ライトノベルの歴史に向き合って――スタンスをめぐるあれこれ

――『ライトノベルよ、どこへいく――一九八〇年代からゼロ年代まで』を書いて

山中智省

 言説資料を手がかりにライトノベルの歴史と動向を捉え直す。そんな本書の試みをいま一度振り返ってみると、あらためて実感するのは歴史認識と資料選定の重要性、あるいはその難しさである。
  例えばライトノベルの歴史をめぐる議論のなかで、「歴史のスタート地点をどこに見出すのか?」という問題は避けて通れないものだろう。これに対して「それは○○年/年代からだ!」と即答できる方もいるかもしれない。しかし「答えに迷うなぁ…」という方もけっこう多いのではないだろうか。当然「ライトノベルの歴史」と言っても、いつ、どこから、どのように捉えるかによって、浮き彫りになる歴史は様々に形を変えうる。場合によっては数百年前、それこそ『源氏物語』の時代にまでさかのぼってみることも不可能ではないのだ。したがってライトノベルの歴史に向き合おうとすれば、まずはそのスタンスを明確にすることから始めなければなるまい。
  私も学生時代、本書のもとになった修士論文執筆時にこうした作業をおこなったものの、いざ考え始めるとこれがなかなか難しい。スタート地点ひとつとっても、朝日ソノラマ文庫や集英社コバルト文庫の創刊、新井素子や氷室冴子といった作家がデビューした1970年代か、はたまた角川スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫の創刊、神坂一『スレイヤーズ!』(富士見ファンタジア文庫)が登場した1980年代末頃か………これまでの指摘を踏まえると様々な候補が思い浮かぶ。さて、どうしたものか。すでに収集済みだった資料と向き合いながら悩んだ末、今回は冒頭で述べたテーマとカルチュラル・スタディーズの応用である文化研究のスタンスを軸に、ライトノベルという名称が誕生したとされる時期に絞り込むことで落ち着いた。
  しかし安心したのも束の間、続いては資料の選定作業が待ち構えていて、こちらも一筋縄ではいかなかった。どのような資料をそろえるか次第で歴史の見え方も変わってくる以上、選定作業は万全を期したいと考えていた。とはいえ、掲げたテーマに沿う資料は非常に膨大で、ある時は市立図書館で「活字倶楽部」や「SFマガジン」を、県立図書館で「出版月報」や「出版指標年報」を10年から20年分閲覧請求し、またあるときは国会図書館で「電撃hp」や「ザ・スニーカー」のバックナンバーを読み漁り………気がつけば図書館めぐりに明け暮れる日々。かさむ交通費とコピー代。新たに収集する資料も次から次へと増えていき、果てしない宇宙をさまようごとく途方に暮れたこともしばしばだった。
  そんなときは恩師・一柳廣孝先生やゼミメンバーから「ちゃんと絞り込もうね~」とのあたたかい(?)助言をいただきつつ、先の歴史認識を考慮したうえで「特定の小説群が「ライトノベルとして」語られた言説資料」という枠組みで収集するよう努めた(とは言うものの、興味深い資料を見つけるとついつい集めてしまったのだが)。そういえば、かつてゼミの先輩からこうした作業について「それが決まれば研究の6割から7割は終わったも同然」と言われたのを憶えている。誇張もあると思うが、要するに「研究の6割から7割」を占めるほど重要性が高いというわけで、いま思えば苦労して当然のことだったわけだ。そうした苦労の果てに本書があることを思うと、いまさらながら感慨深い。
  さて、以上の過程を経て紡ぎ出されたのが、本書で示したライトノベルの歴史と動向である。今回浮き彫りになった事柄によって、これまでのライトノベルを捉え直す、あるいはこれからのライトノベルの行く先を考えるきっかけにしていただければ幸いである。また今後のライトノベル研究のなかで、ジャンル認識や文学/文芸観の変遷をめぐる議論の叩き台として本書をご活用いただけたなら、著者としてこれ以上の喜びはない。

 最後にもうひとつ。本書のために素敵なイラストを描いてくださったゼミの大先輩・佐藤ちひろさんに、あらためて深く感謝申し上げます。内容と見事にシンクロしたイラストの魅力を、読者の方々もぜひご堪能ください!