川端康生
本書のお話をはじめにもらったのは2006年春のことだったから、3年以上前になる。当時はちょうどドイツ・ワールドカップの直前。多忙さを言い訳に頭の隅の、さらに隅の方にうっちゃっているうちに時は流れ、ワールドカップが始まり僕はドイツへと旅立ち、興奮と熱狂の1カ月を過ごすうちに、ついに頭の隅からもこぼれ落ちた。ひどいことに忘れてしまったのである。
依頼された「スポーツライターになろう」というテーマに、正直に言ってさほど食指が動かなかったせいもある。スポーツ選手になるのではなく、「スポーツライター」になる以上、やるべきトレーニングは決まっている。ライターとしての技術、つまり日本語の文章技術を身につけることである。ライター志望者ならそんなことはわかっているに違いないし、わかっているだけじゃなくそれなりの技術はすでに持っているはず。だとすれば、改めてアドバイスすることなどさほどないのではないかと感じていた。「わざわざ何を書けばいいのだろう?」と首を捻っている面もあった。
そんな不誠実で懐疑的な僕が、それも3年以上もたったいまごろになって、今度は自分から「もしよかったら書かせてください」と申し出て本書に取り組んだのは、この間にスポーツライター志望者に対する認識を改める経験をしたからだ。
2007年に、Jリーグの湘南ベルマーレの賛同を得て「スポーツマスコミ塾」を開講した。受講資格は高校生以上の男女。要するに10代や20代の学生から社会人まで、様々な立場や境遇のスポーツライター志望者と向き合うことになったのだ。
そんななかで実感したのは、スポーツファンとスポーツライターとの一線に無頓着な志望者の多さだった。「スポーツライターになりたい」と言いながらほとんど本を読んでいない者、文章を書こうとしたことがない者、そういう受講者が少なくなかったのだ。
なんのことはない。スポーツライターという職業の根幹である「書く」ということに対して無自覚なままに「スポーツライターになりたい」と願っているのである。もちろん、そんな願いが叶うことはありえない。
だからスポーツマスコミ塾では最初の講義で「サッカー選手はボールを足で扱う仕事ですよね。ねらったところにボールを蹴るためにキックの練習をしますよね。その前に90分間走れる体力が必要ですよね。そのためにサッカー選手がトレーニングしているのはご存じのとおり。では、スポーツライターとはどんな仕事でしょう?……ならば、どんなトレーニングが必要でしょう?」と必ず問いかけるのが恒例になっている。
そして毎講義(自主トレと称して)課題を出して、原稿の提出も求めるようにしている。とにかく「書く」ことに慣れてもらうためである。できるだけ原稿を書く機会を作るようにして、スポーツファンからスポーツライターへと塾生の意識を変え、スキルを身につけてもらおうと腐心しているというわけだ。
そんな経験を反映して書いたのが本書である。だからスポーツマスコミ塾での講義と同じ流れで構成されている。まずは意識改革。スポーツ選手でもスポーツファンでもなく、スポーツ「ライター」になるのだという自覚を持ってもらうことからスタートし、それから「取材」や「企画」といったスポーツライターとしての専門技術へと進んでいく。
同時にハウツーめいたことから営業や収入といった下世話なことまで、スポーツライターがどんな世界なのかを知ることができるように具体的なエピソードも挿入しながら紹介した。スポーツライターとして押さえておくべきことはひととおり網羅したつもりである。
もちろん本気で「スポーツライターになろう」と思えば、まず書かなければならない。書けば書くほど必ず上達していくことは塾生たちを見ていても明らかだ。真面目に自主トレをこなし、原稿を書くことに慣れた者は必ずうまくなっていくのである。
ちなみにスポーツマスコミ塾の受講生のなかからも、すでにプロのスポーツライターとしてデビューした者も出ている。やっぱり本気で「スポーツライターになろう」とした塾生である。本気で取り組めば、必ず原稿が書けるようになり、実力があればチャンスは意外に巡ってくる、スポーツライターとはそんな世界なのだ。
本書を読んでスポーツライターを目指した本気のあなたと現場で会える日だってきっとくると僕は信じている。