第38回 上田久美子退団の衝撃

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム45』(7月発行)の編集会議のさなか、衝撃のニュースが飛び込みました。
 昨年、宝塚大劇場での初日を観て「宝塚史上に残る名作の誕生」と絶賛、「ミュージカル」誌(ミュージカル出版社)のベストテンでも5位にランクインした月組公演『桜嵐記(おうらんき)』(2021年)の演出家・上田久美子さんが3月末付で宝塚歌劇団を退団したというのです。
『桜嵐記』が好評を得ながら8月15日の東京公演千秋楽以降、上田さんの動向が歌劇団からぷっつりと消え、これだけの人気作家であるにもかかわらず次回作の発表もなく、秋ごろから退団の噂はなんとなく聞こえていました。しかし、雑誌「歌劇」2022年1月号(宝塚クリエイティブアーツ)の年頭のあいさつに簡単なコメントが掲載されたこともあっていったん噂は立ち消えていました。ところが、2022年のスケジュールが次々と発表されるなか、一向に上田さんの名前がなく、4月に入ってSNS上で退団の噂が一気に浮上。歌劇団もマスコミの問い合わせに対して3月末で退団したことを正式に認めたのです。
 退団の裏には複雑な事情があり、関係者の話を総合すると、昨年のかなり早い段階で本人から退団届が出され、歌劇団が慰留に努めたのですが意志は固く、年度末の3月末で受理という形になったと推測されます。
 宝塚に在籍したままでも外部の仕事はできるわけで、何も退団しなくてもと思うのですが、「無になってやり直したい」というのが本人の信念だそう。退団が明らかになったと同時に、外部の仕事が矢継ぎ早に発表され、宝塚での新作を期待していた者としては残念至極ですが、文化庁の海外研修でフランスに1年間の演劇留学をすることも決まっているとかで、日本演劇界の星として今後の活躍を大いに期待したいと思います。
 上田さんの退団を惜しむ原稿は『宝塚イズム45』でも単発で書きますが、ここで少し上田さんのプロフィルを紹介しておきましょう。上田さんは2004年京都大学文学部フランス文学専修卒。2年間の会社員生活を送ったのち、06年に宝塚歌劇団に演出助手として入団。13年に珠城りょう主演の月組バウホール公演『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』で演出家デビューを果たしました。
 2作目の朝夏まなと主演『翼ある人びと――ブラームスとクララ・シューマン』(宙組、2014年)で早くも鶴屋南北戯曲賞にノミネートされ、翌2015年、早霧せいな、咲妃みゆ主演の雪組公演『星逢一夜(ほしあいひとよ)』で大劇場デビューを果たしました。その後明日海りお主演の花組公演『金色(こんじき)の砂漠』(2016年)から最後の作品となった月組公演『桜嵐記』まで再演を含めて全10作品を担当、そのうち4作品がトップスターのサヨナラ公演という、若手作家としては異例のエース的活躍でした。
 その作品世界は、人の絆のもろさ、はかなさといった、人が生きるうえでの痛みを巧みなストーリーテリングに取り入れ、観る者の心にぐさりと直撃。退団することが宿命づけられている宝塚のスターたちの一瞬の輝きとリンクさせて、これまでの宝塚になかった重層的な物語を生み出しました。
『月雲の皇子』を舞台稽古で初めて見たときの衝撃はいまも忘れません。『日本書紀』と『古事記』で衣通姫についての記述にいくつかの矛盾があり、そこから物語を自由に紡いでいこうという冒頭のナレーションから上田さんが書いた物語世界にぐいぐいと引き込まれ、兄弟が同じ姫を愛するという宝塚の王道ストーリーと大和朝廷以前の古代ロマンのミステリーに魅了されたのでした。
 それまで優等生的な男役としてしか映っていなかった珠城が生き生きと舞台に息づいていたのにも目を見張りました。バウホール公演だけだったこの公演をぜひ東京公演でもと劇団に進言し、理事長が動いて、たまたま空いていた天王洲銀河劇場での公演が急遽決まったのでした。その後、朝夏まなと主演の宙組公演『翼ある人びと』もすばらしい出来栄えで、『宝塚イズム』で急遽小特集を組んだ覚えがあります。
 いま思えば最後の公演となった『桜嵐記』を書くときにはすでに退団の意志を固めていたのか、楠木正行の台詞の一つひとつに思いの丈の発露が見られるような気がしてなりません。観ているときは珠城の退団に合わせた台詞かと思っていたのですが、まさか自分のこととは。それにしてもこの『桜嵐記』はどこにも無駄がない見事な作品でした。戦前、軍国主義のプロパガンダに使われたことで戦後は舞台化を敬遠された主人公を逆手に取ったところもあっぱれ至極。上田さんが退団したことで、上田さんの作品の再演の道が閉ざされてしまうのではないかと、それが心配です。
 さて『宝塚イズム45』は目下、締め切りを前に執筆陣に原稿をお願いしているところです。ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻が激しさを増すなか、新型コロナウイルス禍も丸2年を過ぎても収束のめどがつかず、先行きの暗いご時世です。『桜嵐記』の楠木正行の台詞ではありませんが、「大きな流れに命を捧げ」これからも進んでいきたいと思います。『宝塚イズム』への応援もよろしくお願いいたします。

 

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第37回 コロナ禍からの脱却はいつ?

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 宝塚歌劇の最新の状況と未来を展望する『宝塚イズム44』が1月17日に発売されるとほぼ同時に、オミクロン株が猛威を振るい始め、宝塚歌劇は東京の各劇場で初日の延期、公演中止が相次ぎまたまた大変な事態に陥っています。
 ことの起こりは1月10日開幕のはずだった東京国際フォーラムでの雪組公演『ODYSSEY――The Age of Discovery』(作・演出:野口幸作)が初日直前になって公演中止。当初は初日の延期と発表されたのですが、その後全公演中止が決定。東京宝塚劇場の花組公演『元禄バロックロック』(作・演出:谷貴矢)、『The Fascination!』(作・演出:中村一徳)も8日から29日まで公演中止になりました。
 本拠地の宝塚大劇場は当初は感染者が出ず、通常公演が続いていましたが1月下旬から雲行きが怪しくなり、2月1日からの宝塚バウホールの星組公演『ザ・ジェントル・ライアー――英国的、紳士と淑女のゲーム』(脚本・演出:田渕大輔)が全公演中止、名古屋御園座の星組公演『王家に捧ぐ歌』(脚本・演出:木村信司)が初日の延期、宝塚大劇場の宙組公演『NEVER SAY GOODBYE』(作・演出:小池修一郎)も初日が延期されるなど、中止、延期が続いています。宝塚音楽学校にも感染が広がり恒例の本科生による文化祭の開催が危ぶまれている状態です。
 感染防止には万全の態勢を取って慎重に公演を続けてきたにもかかわらず、感染力の強さにはかなわなかったということでしょうか。いずれにしても、なんとかこの事態を早く収拾して通常の公演形態に戻ってもらいたいものです。
 さて『宝塚イズム44』の特集テーマは「2022年各組新体制への期待」でした。花、月、雪、星、宙の5組とも何らかの形でスターの陣容が変化し、新たな布陣で臨む2022年を占うというのが骨子でした。
 しかし、原稿締め切り時点と発売時のタイムラグはいかんともしがたく、1月11日に月組の三番手スター、暁千星が星組に組替えになることが発表され、月組と星組の今後が大きく変化してしまうことになりました。
 月組は月城かなと・海乃美月の新トップコンビに二番手が鳳月杏という形が決まっていますが、三番手だった暁が抜けることによって風間柚乃がその位置に取って代わることになるのはほぼ明確となりました。一方、星組は二番手だった愛月ひかる退団後、礼真琴・舞空瞳のトップコンビに続く二番手スターが不在のまま年を越し、順当ならば瀬央ゆりあの二番手昇格かと思われていた矢先の暁の組替えということになりました。
 暁と瀬央は、入団年でいうと暁が98期生、瀬央は95期ですから暁のほうが下級生です。しかし、暁は月組最後の公演として梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ公演『ブエノスアイレスの風』(作・演出:正塚晴彦)が決まっていて、瀬央が主演するはずだったバウホール公演とはランクが違うのです。当分はダブル二番手のような感じで推移するのではないかと思われますが、暁を二番手にという劇団の思惑がうかがえる人事です。
 暁の組替えは『ブエノスアイレスの風』公演後の5月27日付。その時期、星組は宝塚大劇場公演中。次の東京公演には間に合わないという非常に中途半端な時期になり、暁が星組に合流できるのは、2023年最初の大劇場公演の前の外箱公演からということになりそうです。いずれにしても、4月から始まる星組公演『めぐり会いは再び next generation――真夜中の依頼人』(作・演出:小柳奈穂子)、『Gran Cantante!!』(作・演出:藤井大介)で瀬央が二番手として羽を背負うかどうか気になるところです。
 一方、2月に入って雪組の将来を担う位置にいた綾凰華が6月で退団というニュースが飛び込んできました。雪組は彩風咲奈・朝月希和が新トップコンビに就任したばかりで二番手は朝美絢ですが、三番手が流動的。ここへきて宙組から和希そらが組替えしたことにより、和希が三番手的な立場になりそうです。綾が劇団に退団の意思を伝えたことによって和希の組替えが実現したという見方もありますが、星組から組替えで雪組に配属、期待のスターだっただけに、ここへきての退団は残念というほかありません。
 ただ、退団後のスターの受け皿として設立されたタカラヅカ・ライブ・ネクストの活動がここへきて活発になり始め、元花組の瀬戸かずやの退団後初ディナーショーに続いてコンサートも主催、自主開催では到底望めない豪華なゲスト陣でバックアップするなど、梅田芸術劇場とともに系列ならではのパワーをいかんなく発揮しています。
 OGの活躍といえば元花組の明日海りおと元雪組の望海風斗、人気・実力とも近年抜きんでたトップスター2人が女性役で競演する『ガイズ&ドールズ』が6、7月に東宝の手によって上演されることが発表されています。2人の競演はファンにとっては朗報ではあり、それはそれで楽しみな公演ではあるのですが、同時にこれがなぜ男役だった宝塚時代になかったのかという思いが募りました。退団後に2人が女性役で共演しても、男役時代のファンにとっては何の意味もないのではないでしょうか。最近は『ベルサイユのばら』の役替わり公演くらいしか組を超えての共演がなくなりましたが、かつては合同公演のようなもっとフレキシブルな公演形態があり、組を超えた豪華顔合わせが話題を呼んでいました。退団後に夢の顔合わせが実現する前に在団中にそんなファンサービスがあってもいいのでは――。『ガイズ&ドールズ』公演の発表を聞いて、そんな思いに駆られたのでした。
 取り留めもなく書いているうちに、そろそろ紙数も尽きたようです。『宝塚イズム45』は7月1日の発行の予定ですが、それまでには現在の状況がドラスティックに変化していることを祈ってやみません。

 

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第36回 花組100周年記念レビューからよみがえったニューヨーク公演の思い出

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 2021年も終盤にさしかかり、コロナ禍もようやく落ち着きをみせてきた昨今、宝塚歌劇も「ウィズコロナ」を徹底してほぼ通常の公演体制に戻りました。そんななか『宝塚イズム43』で小特集を組んだ花組100周年を記念したレビュー『The Fascination!』(作・演出:中村一徳)が、今年最後の公演として宝塚大劇場で上演されました。東京宝塚劇場では22年の年始の上演になります。
 花組といえば、1927年に日本最初のレビューとして有名な『モン・パリ――吾が巴里よ!』(作・演出:岸田辰彌)を初演、89年のニューヨーク公演でトップを務めた大浦みずきを輩出した組でもあり“ダンスの花組”というイメージが定着しています。『The Fascination!』もダンスには定評がある現トップスター・柚香光を中心にしたダンシングショーで、花組カラーのオールピンクで統一したプロローグから花をテーマに花組の歴史をつづった華やかなレビュー。数々の花組レビューにオマージュを捧げた名場面の連続で、軍服姿の士官が美少女に愛を歌う「ミモザの花」の場面や「すみれの花咲く頃」をフィーチャーした中詰めの場面など、「This is TAKARAZUKA」そのものでした。
 そのなかでもいちばんの注目は、1989年のニューヨーク公演の伝説のシーン「ピアノ・ファンタジー」(オリジナル振付:ロジャー・ミナミ)の再現でした。大浦が踊ったダンスを柚香がしなやかに再現、花組の伝統をいまに継承したのです。演出の中村は、ニューヨーク公演の前年、88年に試作公演として宝塚大劇場で上演された花組公演『フォーエバー!タカラヅカ』(作・演出:小原弘稔)の演出助手を務めていて、100周年のレビューを担当すると決まったときに、すぐこのシーンを再現しようと思ったそうです。
「ピアノ・ファンタジー」は都会的で洗練されたハイクオリティーなダンスシーンです。お手本はアメリカ映画にもあって当時はそこまですごいとは思わなかったのですが、いまあらためて観ると、ダンス力の向上もあって十分新鮮に映りました。演者がこの振り付けにようやく追いついたということなのかもしれません。
『フォーエバー!タカラヅカ』の演出家・小原は芝居とショーと両方で活躍した才人で、芝居の演出家の突然の退団で一公演の芝居とショーを一人で担当したことがある器用な人でした。芝居の代表作は、三木章雄に受け継がれいまも再演が絶えない『ME&MY GIRL』(1987年初演)があり、ショーはニューヨーク公演をはじめ『ザ・レビューII――TAKARAZUKA FOREVER』(月組、1984年)など、MGMのミュージカル映画のレビューシーンをそっくりそのまま再現した絢爛豪華なアメリカンレビューを得意としました。『ME&MY GIRL』では入団1年目の天海祐希を新人公演の主役に抜擢する大英断を下したのも小原です。ニューヨーク公演でも当時3年目だった天海を最下級生で起用、ラインダンスのセンターに抜擢しています。新宝塚大劇場のこけら落とし公演を担当後、しばらくして60歳の若さで亡くなりました。
「ピアノ・ファンタジー」を観て、ニューヨーク公演の思い出がよみがえりました。ニューヨーク公演で上演されたショー『TAKARAZUKA FOREVER』(試作公演とはタイトルが逆)は、宝塚歌劇団がニューヨークで初めて上演した洋物のショーでした。そこで小原は、手の内のアメリカ人なら誰でも知っているミュージカル映画の音楽やスタンダードジャズを駆使した正統派のアメリカンレビュー『ジーグフェルド・フォーリーズ』をそっくりそのまま再現したかのようなレビューを女性だけで上演するという大胆な挑戦に出たのでした。
 会場は、トニー賞授賞式などで知られる5番街にある6,000人収容のラジオシティ・ミュージックホールで、舞台のタッパもあり、60人の出演者が少なく感じるほどの大ホールでした。1989年10月25日から公演は5日間だったと記憶しています。世界中のエンターテインメントが所狭しと上演されているニューヨークで、ラジオシティでの5日間の公演を現地の人に周知徹底するのは至難の業。現地の電通支社がニューヨーク在住の日本人商社マンの家族らに動員をかけたのは有名な話ですが、それでも満員にはならず、ニューヨーク在住の演劇プロデューサー・大平和登の尽力で「ニューヨーク・タイムズ」に批評が出たことでやっとニューヨーカーにも認知されました。しかし5日間の公演では口コミもままならず、評判が立ったときには終わっているという感じではありました。
 当時のブロードウェーは『キャッツ』『オペラ座の怪人』『レ・ミゼラブル』といった質・量ともに最高のロンドンミュージカルが席巻していたときで、いわゆるレビュー感覚のショーの上演は皆無でした。そこへ突然、東洋の女性ばかりの劇団がシルクハットに燕尾服姿で登場したわけですから、なんともアナクロにみえたのではないでしょうか。少なくとも私はそう思っていました。
 初日の模様を取材するために日本からも報道各社が同行、そのなかの一人として私もいましたが、劇場前にサーチライトが輝き、着飾った招待客がリムジンから次々に降り立つ映画などでよく見る初日風景が展開され、日本物の演出を担当した植田紳爾が「晴れがましいですねえ」と興奮ぎみに話していたのをよく覚えています。これはニューヨーカーにとっても久々に見る光景だったみたいで、昔の華々しいブロードウェーが再現されたようです。
 初日の観客の反応は、燕尾服姿の男役スターがステップも軽やかに大階段から降りてくるところで「ウォーッ!」という最初の歓声が起き、レビューの定番曲「プリティガール・ライク・ア・メロディー」が流れると客席全体が一緒に口ずさむなどショーを心底楽しんでいる様子があり、フィナーレの大きな羽を背負った大浦が登場すると、場内総立ちのスタンディングオベーションとなったのでした。終演後、銀髪の白人女性から「これがショーの本来のあり方。日本人のあなたたちが証明してくれた。ありがとう」と握手を求められたことが忘れられません。こんなノスタルジックなレビューをいまどきニューヨークで上演して笑われないだろうかと半信半疑だった私の思いをこの女性は見事に打ち消してくれ、小原の大胆な冒険は報われたとこのとき思いました。ただ一般の観客の興奮ぶりとは裏腹に、宝塚歌劇の本質をよく知らない批評家が書いた評が日本に打電され、国内ではまるで失敗したかのように伝わったのは残念なことでした。
 宝塚歌劇団としてはこの雪辱のため、2000年代初頭から長期間のニューヨーク公演を水面下で準備していたのですが、2001年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が勃発。以降、情勢が悪化し景気の低迷もあって頓挫、OGたちによるミュージカル『CHICAGO』(2016年)の公演という番外公演はありましたが、本体の公演はいまだに実現していません。いつの日か再びニューヨークでタカラジェンヌが活躍する舞台を観たいものだと、今回の「ピアノ・ファンタジー」再現を観て思いをはせたのでした。
 さて、『宝塚イズム44』は現在、すべての原稿が集まり、鋭意編集作業に入っています。巻頭特集は、各組が新体制に生まれ変わり2022年はどんな展開になるか、膨らむ期待の分析です。12月末で退団する星組の人気スター・愛月ひかるのサヨナラを惜しむ特集や真彩希帆ロングインタビューなど、今号も読みごたえ十分です。新年早々にはお手元にお届けできると思います。楽しみにお待ちください。

 

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第35回 第6の組「夢組」始動

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 人気絶頂のトップスターも数年で退団という宿命を抱える宝塚歌劇団。以前は、退団=結婚という未来図が普通で、トップスターの退団理由も「結婚準備」なるいまや死語のような理由がまかり通っていました。
 21世紀も20年も過ぎた現在、トップスターの退団は「後進に道を譲る」というのが本当のところで、退団後は宝塚で培った舞台人としての経験を生かして、芸能活動に進むか、ダンスや声楽などの教師など様々な職業に転職するなど、結婚して家庭に入るというケースは逆にまれになってきました。
 ただ、宝塚を卒業したからといってトップスターや一芸に秀でた実力派以外は、ミュージカル全盛の現代とはいえ、そうそう仕事が舞い込むわけではありません。ただ何人かが一緒になると元タカラジェンヌの威光は捨てたものではなく、集客もばかになりません。そこで、あちこちでOGを中心にした公演のようなものが活況を呈しています。
 宝塚歌劇団としては、退団後のスターたちの芸能活動については一切干渉することなくオープンですが、昨今、元タカラジェンヌを売りにした公演が増加、悪質な芸能事務所によるトラブルなども表面化し、しばしば問題になってきました。そこで、宝塚歌劇団の親会社・阪急阪神ホールディングスは、歌劇団を卒業して芸能活動を続けようという意思があるOGのために、彼女たちが安心して第二の人生を歩めるようにサポートしようという新たなプロダクション「タカラヅカ・ライブ・ネクスト」を昨年4月に立ち上げたのです。
 人気絶頂で卒業したトップスターたちは系列の梅田芸術劇場が預かり、退団後の最初の仕事はここからスタートするのが、このところの定石になってきています。しかしこれは、あくまで人気があるトップスターに限られていました。タカラヅカ・ライブ・ネクストは、実力があっても在団時には十分に活躍できなかった人たちに第二のチャンスの可能性を広げてあげようという狙いも含めて設立されました。2025年に大阪で開催される万国博覧会に向けて、OGメンバーによる何らかのイベントをいつでもできる体制を整えておきたいという親会社の意向も見え隠れします。
 現在、元星組の音花ゆり、元宙組の純矢ちとせ、同じく元宙組の澄輝さやとら7人が在籍していますが、この9月、東京・日本青年館と宝塚バウホールで退団したばかりの元雪組の人気スター・彩凪翔を迎えて旗揚げ公演『アプローズ――夢十夜』(作・演出:三木章雄)が上演されました。
 彩凪を中心にライブ・ネクストメンバーからは音花、元月組の貴千碧、元雪組の透水さらさ、元宙組の風馬翔、元雪組の星乃あんりの5人が出演。元雪組の笙乃茅桜、元宙組の星吹彩翔がゲスト出演。東京公演は元月組のトップスター・彩輝なお、宝塚公演には元雪組の水夏希が特別ゲストとしてお祝いに駆け付け、各9人というこぢんまりとしたコンサートでした。
『セロ弾きのゴーシュ』をベースに、スターとして再出発を夢見る青年が古びたオペラ座でそこにすみついた舞台の精霊たちに新たな出発を後押しされるという、退団間もない彩凪の今後に重ね合わせた内容で、音花と透水は歌、貴千と笙乃はダンス、風馬・星乃は芝居とダンス、星吹は芝居と歌とそれぞれの特徴を生かした活躍ぶりで、メンバーのショーケース的な公演にもなっていました。
 彩凪の退団後初の本格的ステージということと、彩輝や水といったトップスターの出演もあって公演は完売の人気。宝塚の公演はライブ配信もおこなわれるなどOG公演としては破格の扱いで、さすが親会社肝いりの旗揚げ公演だけありました。
 今後はコンサートだけでなく、ストレートプレイや朗読劇、リサイタルといった公演も視野に入れるといい、宝塚で培った様々な表現のスキルを存分に発揮、在団中にはできなかった形で披露する機会もでき、無限の可能性が考えられます。
 いわゆる第6の組「夢組」構想ともいうべき展開で、トップスターを頂点に二番手、三番手という形態の組ではなく、宝塚を卒業したタカラジェンヌにもっと自由に活躍できるフィールドを提供しようというまったく新たな組になりそうです。
 卒業後も自分たちでハンドリングしようという親会社の意向は透けて見えるのですが、これまでは卒業したら他人みたいな、OGたちへの支援という意味では一歩前進したといえるのではないでしょうか。
『宝塚イズム44』(2022年1月刊行予定)では、第6の組・夢組(タカラヅカ・ライブ・ネクスト)の話題にもふれながら、コロナ禍のなかをなんとか順調に公演を重ねる宝塚歌劇の新しい年に向けた動きを探っていきます。楽しみにお待ちください。

 

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第34回 ご挨拶と『宝塚イズム43』「宇月颯&如月蓮&貴澄隼人、スペシャル鼎談!」こぼれ話

橘 涼香(演劇ライター・演劇評論家)

 梅雨が明けた途端に一気に酷暑に突入しました。暑くなれば少しは収束傾向になるのでは?と期待していた新型コロナウイルスの感染拡大に残念ながら歯止めがかからず、東京は4度目の緊急事態宣言発出中という混乱が続いています。それでも現在、東京での宝塚歌劇公演は、東京宝塚劇場での珠城りょう&美園さくらコンビ退団公演でもある月組公演ロマン・トラジック『桜嵐記』、スーパー・ファンタジー『Dream Chaser』が、夜の部の開演時間を30分前倒しするだけの変更で華やかに上演中。7月21日から池袋の東京芸術劇場プレイハウスで、トップ・オブ・トップとして20年間、宝塚を牽引した専科の大スター・轟悠の、宝塚の男役芝居としては最後の作品となる『婆娑羅の玄孫』が開幕。さらに首都圏のKAAT神奈川芸術劇場では、7月22日から星組男役スターとしてますます精彩を放ち続ける愛月ひかる主演ミュージカル・ロマン『マノン』が開幕など、このコロナ禍にあって、宝塚歌劇が歩みを止めない姿に勇気をもらう毎日です。

 と、まず時候のご挨拶から入らせていただきましたが、この「『宝塚イズム』マンスリーニュース」では「はじめまして」となります、演劇ライター・演劇評論家の橘涼香です。『宝塚イズム』(青弓社)には、単発でのいつくかの寄稿を経て、『宝塚イズム38――特集 明日海・珠城・望海・紅・真風、充実の各組診断!』(2018年)にご登場くださった朝夏まなとさんのOGロングインタビューを契機に、続巻のOGロングインタビューや、『宝塚イズム41――特集 望海風斗&真彩希帆、ハーモニーの軌跡』(2020年)からは「OG公演評──関東篇」も担当するなど、様々な形で参加してきました。そしてこのたび、絶賛発売中の『宝塚イズム43――特集 さよなら轟&珠城&美園&華』をもって鶴岡英理子さんが共同編著者を退くことになったことから、ご縁をいただき、2022年1月刊行予定の『宝塚イズム44』から編著者の大任に就くことになりました。特に年2回刊行になってから、薮下哲司さんと鶴岡さんが目指してこられた健全な批評誌としての『宝塚イズム』の精神を引き継ぎ、『宝塚イズム』の未来に、微力ながら貢献できたらと考えています。中心になってくださっている共同編著者の薮下さんとは、19年年末に東京宝塚劇場前にある日比谷シャンテビル内の書店・日比谷コテージ主催『宝塚イズム40――特集 さよなら明日海りお』刊行記念のトークショーでもごいっしょしましたし、その前から演劇現場でも様々にお世話になっていましたので、胸をお借りして務めてまいります。自分で申し上げるのも、の感がありますが、人一倍の宝塚愛をもっていると自負していますし、これまでも貫いてきた「酷評するなら書かない」のポリシーを胸に、宝塚、スターさん、作家さんほか、関わる方々へのリスペクトを忘れず、何よりも同じ宝塚を愛する同志である読者のみなさまに喜んでいただける誌面作りを目指していきますので、今後とも『宝塚イズム』をどうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、私の所信表明演説(!?)だけでは「『宝塚イズム』マンスリーニュース」になりませんので、ありがたくも大変なご好評で発売中の『宝塚イズム43』で担当した「『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』、宇月颯&如月蓮&貴澄隼人、スペシャル鼎談!」のこぼれ話をご披露いたします。

 コロナ禍で果敢に開催された『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』では、私自身も一瞬にして往時がよみがえるという、歴代スターさんたちが集ったすばらしい公演の数々を堪能しましたが、その日替わりで登場するキャストのみなさまを支える全日程出演メンバーの方々が、どんな思いで公演の土台を築いていったのか。さらにガラコンサート全体を司る大任であるルイジ・ルキーニ役を数多く務められた宇月颯さんは、どんな気持ちで公演に臨み、舞台を牽引されたのか。ぜひお話をうかがいたい!と願ったところからスタートした企画は、関係各所のご尽力とご快諾をいただき、宇月さん、その同期生でゾフィーの取り巻きの「チーム重臣」でヒューブナーを演じられた如月蓮さん、宇月さんと同じく月組育ちで退団同期でもあり、如月さんと同じ「チーム重臣」でシュヴァルツェンベルクを演じた貴澄隼人さん、のお三方にお集まりいただくことができました。鼎談当日はあいにくの雨だったのですが、実はたっぷりゆとりをもって予約したつもりの都内某所の予約時間が超過寸前!! 「あと10分です~!」と大騒ぎになったほど、盛りだくさんのお話が飛び出して和気藹々。実は誌面に載せたものの倍以上のお話がありましたというほど、うれしい悲鳴のなかで、お話をうかがうことができました。
 
 宇月颯さんは宝塚歌劇団時代、なんと言っても優れたダンサーとしての評価が高かった方ですが、霧矢大夢さん主演版の『アルジェの男』(月組、2011年)の終盤「泥にまみれた~」ではじまる主題歌の影ソロを務められたときから、実はものすごく歌もうまい方なんだ!といううれしい喜びが常に記憶にあり、歌ってほしいな、もったいないな……と月組の舞台を観てはいつも思っていました。ですから珠城りょうさんのトップ披露公演『カルーセル輪舞曲』(2017年)で群舞のなかから抜け出した宇月さんが「1人では飛べないこの大海原をあなたの翼になって皆で飛んでいこう」という趣旨の、鮮やかなソロ歌唱を披露したときには、もう心でガッツポーズでしたし、取材仲間から「宇月さんってあんなに歌がうまかったの?」という話題がたくさん出たときにも「もともとうまいんですよ~!」とお前が歌っているのか!?(違います!)くらいに、なんの権利もなく鼻高々になってブイブイ言わせていた、ちょっとおかしいよ自分、な記憶がいまも鮮烈です。その後の宇月さんのご活躍は言わずもがなで、ダンス、芝居だけでなく見事な歌を数々聴いていましたから、ルキーニ役のオファーがうれしくありがたかったけれども、歌中心のガラコンサートで自分がルキーニでいいのか相当に悩んだ……というお話には、なんと謙虚な方だろうと思うと同時に、だからこそ歴代経験者に交じって、堂々とルキーニを演じることができたのだなと、深く得心がいったものです。
 
 その宇月さんの同期生で星組ひと筋の如月蓮さんは、宝塚時代からムードメーカーという言葉がピッタリくる明るさを常に感じさせてくれる男役さんでした。とても印象に残っているのが、紅ゆずるさんが初めて全国ツアーで主演を務めた『風と共に去りぬ』(星組、2014年)で、直近の宙組公演では悠未ひろさんと七海ひろきさんが役替わりで演じたのに象徴される、代々綺羅星のごとき男役スターさんが演じてきたルネ役を繊細に、相手役の妃白ゆあさんを大きくつつむ包容力で演じたかと思うと、紅さんトップ披露公演の『THE SCARLET PIMPERNEL』(星組、2017年)では、王太子ルイ・シャルルにつらく当たるマクシミリアン・ロベスピエールの崇拝者で靴屋のシモンを色濃く演じるといった役幅の広さでした。しかもそんなシモンを演じていても、如月さんの舞台には宝塚を逸脱するほどイヤなやつには決して役柄がならない矜持があって、「如月さんがいらっしゃると場が明るくなる」という貴澄隼人さんのお話に納得する思いでした。「エリザベートのハモリパートの難しさを初めて知った!」という、経験した方だからこその感慨や、無観客上演になってしまった際の涙と渾身を傾けた演技といったご自身のお話だけでなく、宇月さんがいかにルキーニ役として、歴代のルキーニ役者さんに献身されたかの、同期ならではの愛あるお話ぶりにも心打たれました。
 
 そして貴澄隼人さんは、宇月さんと同じく月組育ちの男役さん。三銃士を大胆に脚色した『All for One』(月組、2017年)で、珠城りょうさん演じるダルタニアンの父親ベルトラン役で、ガスコン魂を歌った温かい美声をご記憶の方も多いと思います。なかでもなんといっても『ロミオとジュリエット』(月組、2012年)新人公演でジュリエットの父キャピュレット卿を演じたときに披露した「娘よ」のソロが忘れられません。「どうだ、うまいだろう!」になっても「語り」になりすぎても違うと思えるビッグナンバーを、娘への心情を切々と歌う感情と、ビロードのようだなといつも感じる艶やかな歌声を両立させ、特に喉の調子が整っていた東京宝塚劇場での新人公演で披露した歌唱は、私個人としては歴代キャピュレット卿のなかでも非常に優れた名唱に数えられるものだったと信じています。全日程メンバーが例えば一日だけ入る歴代スターさんの空気を感じることにどれほど配慮されたか、毎日の舞台稽古、そしてご自身の役柄シュヴァルツンベルクの極端に低いソロパートに対する秘話などを、お話されるときもきれいなお声で語ってくださいました。貴澄さんのとことん真面目だけれども面白いという宇月さん、如月さんがおっしゃる側面が、これからの俳優活動でも見えてくるといいなと期待しています。
 
 そんなお三方がそろって出演される古典ラブバトル劇『ル・シッド』の初日も7月21日。池袋あうるすぽっとでの上演で、キャスト10人のうち8人が元タカラジェンヌという座組にも期待が高まります。ちなみに『宝塚イズム43』鼎談時には写真撮影の間だけマスクをはずしていただき、感染対策に厳重に注意しての取材でしたが、そのわずかな時間にも笑顔がこぼれでて素敵でした。中村嘉昭さんが撮影してくださった、そんな瞬間の数々を切り取られたお写真(こちらのカラーを見ていただく方法はないものか……といま、青弓社編集部とも相談を重ねています)も含めて、とても貴重なお話の宝庫である『宝塚イズム43』の鼎談全文をぜひお読みいただけたらと願っています。刷り上がった書籍をごらんになった宇月さんが「たまちゃん(珠城)の退団特集にいっしょに載ることができてうれしい」と言ってくださったのも、あー宝塚愛!を感じて胸に染みるひと言でした。そんな宝塚を、これからもOGさんたちを含め様々な形で見つめていきたいと思っています。末永くどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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第33回 コロナ禍での『宝塚イズム43』刊行!

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 オリンピックが始まろうとしているのに新型コロナウイルスの感染拡大は一向に収まる気配がなく、東京は4度目の緊急事態宣言発出中。前代未聞の混乱状態ですが、宝塚歌劇は公演時間を変更するなど感染拡大に細心の注意を払いながら東西ともなんとか通常どおり上演しています。そんななか、わが『宝塚イズム43』も無事に7月初旬に刊行することができ、おかげさまで全国の大型書店で好評発売中です。
 今号は、トップ・オブ・トップとして20年間、宝塚に君臨した専科のスター・轟悠の突然の退団発表を受けて、すでに退団を発表していた月組トップコンビの珠城りょう、美園さくら、花組の娘役トップ・華優希に加えて、轟の退団をメインに据えた特集を組みました。轟の存在が宝塚歌劇にとっていかに大きいものだったか、どんな影響を与えてきたか、などを執筆メンバーに考察してもらい、単に惜別の特集というだけでなく、轟が存在しない宝塚歌劇が今後どんなふうに展開していくのか、将来の展望も見据えた特集になっています。
 そして、昨年3月、退団を発表していながらコロナ禍の休演で半年遅れとなった月組の珠城と美園、そして7月の『アウグストゥス――尊厳ある者』(作・演出:田渕大輔)東京公演で退団した花組の娘役トップ・華の3人の退団には、通常の惜別特集を組みました。華の大劇場千秋楽は無観客のライブ配信という不運に見舞われましたが、珠城と美園は退団の時期はずれたものの『桜嵐記(おうらんき)』(作・演出:上田久美子)というすばらしい作品で見送ってもらうことができた幸せなカップルでした。
 小特集は、今年は花組と月組が誕生して100周年という節目の年にあたることから、花組と月組にまつわるさまざまな思い出やスターの話題をピックアップしてみました。本来は4月に宝塚大劇場で、歴代のスターたちが勢ぞろいしての祝祭イベントがあるはずだったのですが、コロナ禍で中止になってしまい、せめて誌面で応援しようと企画していたところ、11月に大劇場花組公演と梅田芸術劇場で100周年記念公演が決定、タイムリーな小特集になりました。
 また、今年はミュージカル『エリザベート』の日本初演25周年の記念の年にもあたります。歴代出演者が勢ぞろいした『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』が開催されました。全日程出演するアンサンブルキャストには在団中には出演がかなわなかったメンバーが選ばれるなど、これまでにないフレッシュなキャストで上演されました。そんなメンバーのなかから宇月颯、如月蓮、貴澄隼人の3人に橘涼香さんが貴重な話を聞いてくださいました。この裏話はまたあらためてここで書いていただくとして、『エリザベート』が宝塚の演目のなかでいかにカリスマになっているか、3人の鼎談を読むとよくわかります。
 OGロングインタビューは、2000年から06年までトップを務め絶大な人気を誇った元宙組の和央ようかに登場してもらいました。現在、滞在中のハワイからのリモート取材で、7月に開催する予定だった宝塚ホテルでの里帰りディナーショーの話を中心に『エリザベート』初演時の苦労話などを聞くことができました。しかし肝心のディナーショーが、新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、緊急事態宣言は解除されたものの、その後に発出された兵庫県独自のまん延防止等重点措置のため7月の開催を断念、10月23、24の両日に延期されてしまいました。ゲストも実咲凛音から綺咲愛里に交代するなど、インタビューの内容とはずいぶん変わってしまいますが、そのあたりはご了承のうえお楽しみください。
 それにしてもこんな状態がいつまで続くのか、もう元通りにはならないという悲観論者の声も聞かれますが、一日も早くマスクをしなくてもいい世界になることを祈りたいものです。

 

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第32回 上田久美子と『桜嵐記』

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 新型コロナウイルス感染拡大第4波襲来で4月25日から緊急事態宣言が発出され、再び宝塚大劇場、東京宝塚劇場が2週間の休館となり、花組・星組公演が中止になりました。娘役トップの華優希と二番手男役スター瀬戸かずやの退団公演だった花組公演ドラマ・ヒストリ『アウグストゥス――尊厳ある者』(演出:田渕大輔)とパッショネイト・ファンタジー『Cool Beast!!』(作・演出:藤井大介)は、5月10日の千秋楽を無観客のライブビューイングとライブ配信で開催するという前代未聞の事態になりました。タカラヅカ・スカイ・ステージはサヨナラショーだけを生中継、瀬戸の「宝塚の生徒がこんな光景を二度と見ることがないように祈ります」という挨拶の言葉が痛切でした。
 5月11日までの緊急事態宣言はさらに延長されましたが、大阪府以外は劇場再開が認められ、15日からの珠城りょう、美園さくらの月組トップコンビのサヨナラ公演、ロマン・トラジック『桜嵐記(おうらんき)』(作・演出:上田久美子)とスーパー・ファンタジー『Dream Chaser』(作・演出:中村暁)は、宝塚大劇場に満員の観客を集めて開幕しました。当初の予定では昨年暮れの公演予定でしたので半年遅れ、出演者、関係者そして見守る観客も含めて薄氷を踏む思いの緊張感あふれる初日でした。
 そんななか上演された『桜嵐記』は、いまや宝塚の物語の紡ぎ手として第一人者になった上田が、南北朝時代、南朝に殉じた武将・楠木正行に題材をとって書き下ろした歴史ロマン。楠木正成と正行親子の話は『太平記』でも知られ、1991年のNHK大河ドラマではそれぞれ武田鉄矢と中村繁之が演じていました。正成が河内の国守を任され、庶民に厚く慕われていたことは舞台にもありますが、地元ではいまだに「楠公さん」と親しみを込めて呼ばれていて、現在、河内長野市など大阪府東部の市町村を中心に「楠公さんを主人公にしたドラマを」と再びNHK大河ドラマ誘致運動が盛んにおこなわれているくらいです。ただ、天皇に忠誠を尽くした武将として戦前の修身の教科書で天皇崇拝の象徴として扱われたことで、再評価に不安を覚える人々がいることも確かです。今回の舞台化は、『太平記』の時代に立ち返り、正成と正行の武将としての純粋な生き方を描いたもので、なかでも四条畷の戦いからラストにかけての怒涛の展開は見事なものでした。
 作・演出の上田久美子は1979年生まれ、奈良県出身。京都大学文学部フランス文学専修卒で、2年間の製薬会社勤務を経て2006年、宝塚歌劇団に演出助手として入団しました。13年、月組バウホール公演『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』で演出家デビュー。『古事記』と『日本書紀』で衣通姫伝説が微妙に異なることから自由に物語を紡いだ古代ロマンでしたが、これがすばらしい出来栄えで関係者を仰天させ、当初予定になかった東京公演が決まったほどでした。『桜嵐記』に主演した珠城のバウ初主演作でもあります。
 2014年、第2作の宙組ドラマシティ公演『翼ある人びと――ブラームスとクララ・シューマン』も第18回鶴屋南北賞に最終ノミネートされるなど注目を浴び、大劇場デビューとなった15年の雪組公演『星逢一夜(ほしあいひとよ)』は第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞、その後も花組公演『金色(こんじき)の砂漠』(2016年)、宙組公演『神々の土地』(2017年)と次々に力作を発表しました。
 今年は正月に望海風斗、真彩希帆のサヨナラのために楽聖ベートーヴェンの半生を描いた『fff――フォルティッシッシモ』を発表したばかりで、『桜嵐記』は2作目。作家としてまさに脂の乗り切った絶頂期といっていいでしょう。
 上田作品の特徴は、まずストーリーの中心となる人物の生き方に一本芯が通っていてぶれないことにあります。そんな魅力的な主人公が生きるうえで、時代の壁や周囲の人物の思惑で葛藤が生まれ、思うようにはならない。そこに普遍的な人生の縮図が浮き上がり、観客は感動に打ちのめされるという仕組みです。男役をいかにかっこよくみせるかという宝塚の基本をマスターしたうえで、各組メンバーの個性に合わせた配役の妙、さらにドラマ作りのセンスのよさが相まって、観客の充足感の高さは常に上位を保っています。
『桜嵐記』は、宝塚に数ある日本物の芝居のなかでも有数の出来栄えで、宝塚の歴史に残る作品になると思います。悲劇でありながら未来に希望を託したラストの余韻は、コロナ禍まっただなかにあって心に染み入りました。観終わった後、故・柴田侑宏氏の墓前に「後継者が生まれましたよ」と報告したいと思って『宝塚イズム43』の公演評にもそう書いたのですが、本当は、創始者の小林一三翁に報告するのが筋かもしれません。私がすることではないと思いながら、ふとそんなことまで考えてしまった『桜嵐記』でした。

 さて、その『宝塚イズム43』は轟悠はじめ珠城、美園、華と4人の退団者の惜別特集がメインで、執筆メンバーからは熱のこもった原稿が数多く集まっています。OGインタビューは、元宙組トップスター、和央ようかさんがハワイからリモートで受けてくださいました。退団15年、宝塚への熱い思いを存分に語ってくれています。現在、鋭意編集中で、お手元にお届けできるのは7月初旬になりますが、それまで楽しみにお待ちください。

 

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第31回 轟悠退団の衝撃

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 昨年来のコロナ禍は一年たってもまだまだ沈静化する様子はありませんが、感染拡大防止策を徹底するなかでさまざまな活動が再開され、社会全体がずいぶん落ち着いてきた印象。コロナ禍の宝塚を総括した『宝塚イズム42』を1月に刊行、次号の『宝塚イズム43』刊行の7月ごろには東西の行き来ももう少し楽になればと願うきょうこのごろです。
 宝塚歌劇団も、感染拡大防止に最大の神経を使いながら徐々に正常な状態に戻りつつあります。宝塚大劇場では4月の花組公演からオーケストラの生演奏が再開、5月の月組公演からはこれまで受け付けを中止していた団体の申し込みも再開し、ほぼ通常の形態になろうとしています。とはいえ、まだまだ油断は禁物。
 そんななか、3月に入って、この20年間、トップ・オブ・トップスとして君臨してきた専科のスター・轟悠が、今年(2021年)10月1日をもって退団することがわかりました。昨年9月に宝塚きっての舞姫だった専科の松本悠里が退団を発表し1月に退団したばかりのタイミングでの発表は、ファンだけでなく関係者にも大きな衝撃をもって迎えられました。
 轟は、1997年から2002年まで雪組のトップスターを務め、その後専科入りし、トップ・オブ・トップスという特別待遇で文字どおり宝塚を代表するスターとして、今日まで男役一筋で活躍してきました。雪組時代に演じた『エリザベート』初演(1996年)のルキーニ、雪組トップ時代の『凱旋門』(2001年)のラヴィック、トップ時代と専科時代を通じて何度も演じた『風と共に去りぬ』のレット・バトラーなど、豪快ななかにも繊細な心理の表現は誰にもまねができないものがあり、近年も『For the people ――リンカーン 自由を求めた男』(花組、2016年)、『ドクトル・ジバゴ』(星組、2018年)、『チェ・ゲバラ』(月組、2019年)と轟でなければ宝塚では上演できなかったであろう作品群に主演して存在感を強めていただけに、退団の発表は誰もが青天の霹靂でした。
 宝塚歌劇団は、トップスターになれば数年後に退団して次世代につなぐというのが通常パターンで、トップを極めた後、専科に残って活躍するという例は、宝塚の至宝といわれた天津乙女や春日野八千代を除くときわめてまれなケースです。『ベルサイユのばら』初演(1974年)でオスカルを演じて人気となり『ベルばら』四天王といわれた榛名由梨が月組でトップになり、その後専科入りしたものの数年で退団しています。轟がトップを退いて専科入りしたのは、歌劇団が2014年に100周年を迎えるにあたって歌劇団を代表するスターとして轟に白羽の矢を立て「春日野八千代のような存在に」と残留を要請、宝塚を愛し、男役を愛した轟がこれを受ける決意を固めたからです。
 残留にあたって歌劇団と轟の間にどんな条件が交わされたのかはつまびらかではありませんが、その後の轟の活躍ぶりからみると、年1回の各組への別格扱いでの特別出演や外部劇場での主演公演、ディナーショーの開催などが確約されたと思われます。轟の各組への特別出演は原則的に新トップスターのお披露目公演の次の公演で、2003年の春野寿美礼トップ時代の花組公演『野風の笛』を皮切りに、雪組『青い鳥を捜して』(2004年)、星組『長崎しぐれ坂』(2005年)、月組『暁のローマ』(2006年)、宙組『黎明(れいめい)の風』(2008年)と各組を一巡しました。その後も、雪組『風の錦絵』(2009年)にゲスト出演、100周年の14年には星組『The Lost Glory――美しき幻影』に続いて18年の雪組『凱旋門』に主演しています。
 そのほかにも『風と共に去りぬ』はじめ数々の外箱公演に主演、宝塚の男役の手本として、後輩の道標的存在になってきました。毎年暮れに各組のスターが勢ぞろいして開催される『タカラヅカスペシャル』では常に中央に君臨、各組のトップスターのまとめ役でした。「春日野八千代のような存在」に限りなく近づく「雲の上の存在」になっていきました。
 昨年はコロナ禍で公演が中止や延期になり、暮れに予定していた『タカラヅカスペシャル』も中止になってしまいました。とはいえ、暮れには延期されていた轟主演の星組公演『シラノ・ド・ベルジュラック』公演が実現、年明け2月には同期生の真琴つばさ、愛華みれ、稔幸を迎えての4人のコンサートが宝塚ホテルで開催されるなど、活躍ぶりが伝えられていた矢先の退団発表でした。
 3月18日におこなわれた退団会見で轟は「昨年9月ごろに退団の意思を固めた」と明言しましたが、実際はそれよりも前、劇団の理事を退任、特別顧問に就任したというニュースがあったころから何らかの動きがあったのではないかと考えられます。その後のコロナ騒ぎですっかり隠れてしまいましたが、ここ数年12月を飾ってきたスターカレンダーの2021年版から轟の姿が消えたことがその証明でしょう。
 いずれにしても、春日野同様、宝塚に骨をうずめる覚悟だと誰もが思っていた轟の退団は、ファンにとってもなんともいえない喪失感なのではないでしょうか。下級生のころは舞台でもオフでもずいぶん突っ張っていた印象があり、それはトップになったころに頂点に達し、なにか近寄りがたいオーラがありました。しかし専科になってからは、周囲を見る目が穏やかになり、演技も円熟味を増し、名実ともに宝塚を代表する存在になったと思います。
 思い出深い役は数多くあります。初期のころでは『JFK』(雪組、1995年)のキング牧師や『アナジ』(雪組、1996年)のアナジがありますが、やはりなんといっても『エリザベート』初演のルキーニでしょう。「キッチュ」の独特のハスキーな歌声はいまも耳について離れません。近年では『リンカーン』『ドクトル・ジバゴ』『チェ・ゲバラ』と続く原田諒とのコンビ作で、原田のリアリズム演出に轟が究極の男役演技で応えたことで宝塚の男役像そのものの幅を広げたことは大きな功績になったと思います。そして、この成果が昨年暮れの『シラノ・ド・ベルジュラック』のシラノ役で男役の完成形につながっていったのだと思います。
 轟の退団が今後の宝塚歌劇団にどんな影響をもたらすのかはまだわかりませんが、宝塚の一つの流れが変わる節目になるのは間違いありません。『宝塚イズム43』は、轟を筆頭に月組トップコンビの珠城りょう、美園さくら、そして花組の華優希という4人の退団者に対する惜別のメッセージがメイン特集です。雪組のトップコンビも交代、宝塚は大きく様変わりするなか、今後の宝塚の動向を占う興味深い論考が期待できそうです。刊行はもう少し先ですが、楽しみにお待ちください。

 

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第30回 雪組トップ、望海風斗・真彩希帆のサヨナラ公演開幕! そして、正月演目に思う

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 コロナ禍のなか一カ月遅れで完成にこぎつけた『宝塚イズム42』が年明けに刊行され、おかげさまで読者からの反響も上々で苦労が報われた思いです。怒涛の2020年宝塚歌劇を振り返る特集は、予想だにしなかった現実に直面した書き手の宝塚歌劇への熱い思いが詰まっていて、いつも以上に読み応えがありました。読者のみなさんはいかがでしたでしょうか。忌憚のないご感想をお待ちしています。
 さて2021年も早くも一カ月が過ぎようとしていますが、第3波の感染拡大はとどまるところを知らずまだまだ先行きは不透明。劇場街が再び閉鎖という事態にいつ陥ってもおかしくない状況が続いています。ただ、演者も含めた作り手も観客側も、この異常事態の処し方に慣れてきたみたいなところが見受けられ、決められた予防対策を守りながら前向きに行動していこうという姿勢が大勢を占めていることは、表現の自由を守るという意味でも大いに結構なことだと思います。それが危険と表裏一体ということを肝に銘じなければいけないのは自明なのですが。
 そんななか、宝塚大劇場では元日から望海風斗、真彩希帆の雪組トップコンビのサヨナラ公演が開幕しました。もともとは昨年(2020年)7月に上演されるはずの公演が半年遅れでようやく実現、オーケストラの生演奏再開はまだ実現していませんが、チケットは通常どおりの販売で、連日満席の人気に沸いています。演目はミュージカル・シンフォニア『fff――フォルティッシッシモ』(作・演出:上田久美子)とレビュー・アラベスク『シルクロード――盗賊と宝石』(作・演出:生田大和)の二本立て。次代の宝塚歌劇を担うであろう2人の実力派演出家の競作になりましたが、いずれも従来の宝塚の枠を超えたレベルが高い異色作で、宝塚の未来を象徴する2本になりました。望海と真彩という強力なコンビがいたからこそ実現した作品だともいえますが、正月気分の軽い気持ちで観劇したファンは、いい意味でも悪い意味でも、頭から水をぶっかけられたような気分になったのではないでしょうか。当然、初日のロビーでは賛否両論が渦巻きましたが、私としては、宝塚もようやくここまできたかと、ひそかに留飲が下がりました。
 ひと昔前の宝塚歌劇の正月演目といえば、まずは春日野八千代の新年をことほぐ日舞がある日本物レビューと軽いミュージカルコメディーというような華やかな二本立てが定番でしたが、ここ最近は、『眠れない男ナポレオン――愛と栄光の涯(はて)に』『ポーの一族』『ONCE UPON A TIME IN AMERICA(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ)』などの大作一本立てや、『Shakespeare――空に満つるは、尽きせぬ言の葉』『グランドホテル』のような硬派のミュージカルが年頭を飾るようになってきました。元日には鏡開きがあったりしてまだなんとなく正月らしい華やかな雰囲気はあったのですが、今回はちょっと違いました。
『fff』は楽聖ベートーベンの半生を描いた作品ですが、そのアプローチがこれまでの宝塚の作品とは全く異なっているのです。フランス革命後の混乱の時代を生きたベートーベンの創作の秘密を追求、家族や恋人、親友に裏切られ、作曲家の命である耳が聞こえなくなるという八方ふさがりのなかから見いだしたものは何か、そんな深い命題をもった作品に仕上げています。家族愛や夫婦愛といったところに落とし込む作品とは異なった、精神性に訴えた作品なのです。そしてこれを、望海の決して順風ではなかった宝塚人生や、コロナ禍で辛酸を強いられている人々へのエールにダブらせたあたりがただものではありません。しかもミュージカルとしての体裁もきっちり整っているのです。1時間40分あまりの上演時間に詰め込まれた深いメッセージには、観終わった後、すぐに座席を立てないほどの余韻がありました。ただ難点は、暗い、重い、しんどいという生理的な嫌悪感です。宝塚歌劇に何を求めるか、観る側の価値観の違いによって評価が分かれることになったのではないかと思います。
『シルクロード』も、いつもの定番レビューではなく物語性があって、衣装もいつになく地味。前物で十分おなかがいっぱいになって、すっきりしたデザートをと思っているところに、またまたステーキを出されたような感覚です。幻想シーンなど突き抜けた場面とかがあると面白かったのですが、生田大和の生真面目な性格がレビューに映し出されたような気がしています。それ自体はなかなかユニークで文句はないのですが、『fff』の後なので何も考えずに楽しめるいつもの定番レビューが観たかったというのが本音でしょう。とはいえ、こちらもいつもの枠を超えてレベルが高いのは事実です。
 新年早々、この二本立てを観て、いい意味で宝塚歌劇も変わったなあと感慨を深くし、宝塚の未来図を垣間見たような気がしたというのは大げさでしょうか。宝塚らしさを排除して外の世界でも通用する舞台芸術を作り上げることが是なのか、かっこいい男役を前面に出した華やかで甘い従来の宝塚らしさを強調した作品を作り続けていくのが是なのか。その両方をいかにミックスさせるかを試行錯誤してきたのが先達だったと思うのですが、そんなことを考えずに作品づくりをすることが新しい行き方とすれば、今回の二本立てはまさにそのスタート地点に立った重要な作品になったのではないかと思います。望海、真彩という宝塚史上でも類をみない実力派コンビのサヨナラ公演というのがなんとも意義深いものがあります。今回たまたま偶然だったのかもしれませんが、ふとそんなことを考えさせられた公演でした。
 夏に刊行予定の『宝塚イズム43』では、月組のトップコンビ、珠城りょうと美園さくらのサヨナラ特集に加えて、そんな宝塚歌劇の変貌、生き残りをかけた将来の予想図などを特集するのも面白いかなあと思う今日この頃です。

 

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第29回 宝塚のWith CORONA

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 2020年初頭から猛威を振るう新型コロナウイルス感染拡大の波は、いったん収まったかに見えたものの再び感染者増加のきざしをみせ、予断を許さない状況に陥っています。宝塚歌劇団は4カ月間の休演ののち再開、宝塚大劇場、東京宝塚劇場、系列の梅田芸術劇場を中心に感染拡大に細心の注意を払いながら公演をおこなっています。『宝塚イズム』は次号で42号を迎え、コロナ禍のなかでいかに宝塚歌劇が生き残りをかけたか、スターたちの思いなどをくみ取りながら、各組の現況を特集するなど、現在、21年1月刊行に向けての編集作業が鋭意進んでいるところです。
 そんななか11月7日から宙組公演、ミュージカル『アナスタシア』(脚本・演出:稲葉太地)が宝塚大劇場で開幕しました。この作品は葵わかなと木下晴香のダブルキャストで3月から4月にかけて東京と大阪で上演される予定だったブロードウェイミュージカル『アナスタシア』と連動して、5月に宝塚でも上演されるはずの大作でした。しかし先行したミュージカルバージョンが緊急事態宣言によって東京公演途中で打ち切りとなり、大阪公演も中止。宝塚版もいったん公演が延期され、ようやく11月に上演される運びになったものです。半年遅れの公演となって話題性はなんとなくそがれた感じにはなりましたが、自粛期間中の長めの自主稽古が功を奏し、開幕した舞台は充実した仕上がりになりました。
 怪我の功名というには気が引けますが、『アナスタシア』に限らず、長い自粛期間のあとに再開した各組の舞台はいずれも緊張感がみなぎり、歌もダンスもエネルギッシュで、観ているこちらにまでその熱意がダイレクトに伝わってくるようなテンションの高さが印象的でした。再開初日に花組の柚香光、雪組の望海風斗、月組の珠城りょう、星組の礼真琴、そして宙組の真風涼帆がそれぞれフィナーレのあいさつで述べたのは、「当たり前に舞台に立てることの幸せをかみしめ、舞台が好き、宝塚が好きだということにあらためて思い至りました」という同じ言葉でした。
 7月の花組の客席は1席空けでの公演でしたが、9月の月組公演からは通常に戻り、11月の宙組公演も最前列だけ空席でしたが、あとは通常どおりの公演でした。ただ、舞台上は3密を避けるために出演人数を少なくして、下級生はA班、B班の2班構成。演奏も録音で、オケピットに指揮者が入って出演者に歌のきっかけを指示していました。
 とはいえ、客席には熱心なファンが連日大勢詰めかけ、大劇場は盛況が続いています。宝塚ファンの熱い思いが新型コロナも吹き飛ばしてくれるといいのですが、これから冬季に入って、再び感染が拡大しないとは誰も言い切れません。宝塚歌劇はすでに来年8月までのスケジュールを発表しています。ベートーベンの半生を描く雪組の『fff――フォルティッシッシモ』(作・演出:上田久美子)で新年を開け、フレンチミュージカルのヒット作を再演する星組の『ロミオとジュリエット』(潤色・演出:小池修一郎、演出:稲葉太地)やローマ皇帝の生涯を描いた花組の新作『アウグストス――尊厳ある者』(作・演出:田渕大輔)など話題作が並びます。感染が拡大して再び緊急事態宣言が出て公演延期などということにならないように祈るばかりです。
 新年刊行の『宝塚イズム42』の特集は、激動の2020年を振り返るというテーマで、各組がコロナ禍のなかでどんな活動をしてきたかをまとめています。トップ披露公演開幕直前で公演が延期に次ぐ延期となり、結局4カ月遅れで開幕したものの、感染者が出て再び休演という憂き目にあった花組の柚香光。同じく東京でのトップ披露公演が感染拡大で中止、延期になった星組の礼真琴。サヨナラ公演の日程がずれて、退団日が大幅にずれこんだ雪組の望海風斗と月組の珠城りょう。公演中止こそまぬがれたものの、公演スケジュールがずたずたになった宙組の真風涼帆。5組すべてがたどった大変な一年を愛を込めて記録しています。
 一方、2018年初頭に上演され、エポックメイキングな話題を呼んだ『ポーの一族』(脚本・演出:小池修一郎)が21年、退団した明日海りおの主演によって本格的なミュージカルとして再演されることになりました。トップスターが退団後、外部で宝塚での当たり役を再び演じるというのは『AIDAアイーダ』(2009年)の安蘭けい、『るろうに剣心』(2018年)の早霧せいなに次いで3人目。最近のトップ経験者の通過儀礼的なイベントになりつつあります。そのことの是非も含めて、『ポーの一族』再演への期待を特集しました。
 ほかにも64年間の宝塚生活にピリオドを打つ日舞のベテラン、専科の松本悠里の功績のまとめ、そしてOGインタビューは昨年、惜しまれながら退団した元月組の美弥るりかが登場、コロナ禍の活動など近況をたっぷり聞きました。
 毎回好評の公演評も、新人公演評はありませんが、大劇場公演評、外箱対談、OG公演評など、できるかぎり多くの公演を所収しています。お手元に届くのは新年早々になりますが、ご期待のうえ、お楽しみに。

 

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