第34回 ご挨拶と『宝塚イズム43』「宇月颯&如月蓮&貴澄隼人、スペシャル鼎談!」こぼれ話

橘 涼香(演劇ライター・演劇評論家)

 梅雨が明けた途端に一気に酷暑に突入しました。暑くなれば少しは収束傾向になるのでは?と期待していた新型コロナウイルスの感染拡大に残念ながら歯止めがかからず、東京は4度目の緊急事態宣言発出中という混乱が続いています。それでも現在、東京での宝塚歌劇公演は、東京宝塚劇場での珠城りょう&美園さくらコンビ退団公演でもある月組公演ロマン・トラジック『桜嵐記』、スーパー・ファンタジー『Dream Chaser』が、夜の部の開演時間を30分前倒しするだけの変更で華やかに上演中。7月21日から池袋の東京芸術劇場プレイハウスで、トップ・オブ・トップとして20年間、宝塚を牽引した専科の大スター・轟悠の、宝塚の男役芝居としては最後の作品となる『婆娑羅の玄孫』が開幕。さらに首都圏のKAAT神奈川芸術劇場では、7月22日から星組男役スターとしてますます精彩を放ち続ける愛月ひかる主演ミュージカル・ロマン『マノン』が開幕など、このコロナ禍にあって、宝塚歌劇が歩みを止めない姿に勇気をもらう毎日です。

 と、まず時候のご挨拶から入らせていただきましたが、この「『宝塚イズム』マンスリーニュース」では「はじめまして」となります、演劇ライター・演劇評論家の橘涼香です。『宝塚イズム』(青弓社)には、単発でのいつくかの寄稿を経て、『宝塚イズム38――特集 明日海・珠城・望海・紅・真風、充実の各組診断!』(2018年)にご登場くださった朝夏まなとさんのOGロングインタビューを契機に、続巻のOGロングインタビューや、『宝塚イズム41――特集 望海風斗&真彩希帆、ハーモニーの軌跡』(2020年)からは「OG公演評──関東篇」も担当するなど、様々な形で参加してきました。そしてこのたび、絶賛発売中の『宝塚イズム43――特集 さよなら轟&珠城&美園&華』をもって鶴岡英理子さんが共同編著者を退くことになったことから、ご縁をいただき、2022年1月刊行予定の『宝塚イズム44』から編著者の大任に就くことになりました。特に年2回刊行になってから、薮下哲司さんと鶴岡さんが目指してこられた健全な批評誌としての『宝塚イズム』の精神を引き継ぎ、『宝塚イズム』の未来に、微力ながら貢献できたらと考えています。中心になってくださっている共同編著者の薮下さんとは、19年年末に東京宝塚劇場前にある日比谷シャンテビル内の書店・日比谷コテージ主催『宝塚イズム40――特集 さよなら明日海りお』刊行記念のトークショーでもごいっしょしましたし、その前から演劇現場でも様々にお世話になっていましたので、胸をお借りして務めてまいります。自分で申し上げるのも、の感がありますが、人一倍の宝塚愛をもっていると自負していますし、これまでも貫いてきた「酷評するなら書かない」のポリシーを胸に、宝塚、スターさん、作家さんほか、関わる方々へのリスペクトを忘れず、何よりも同じ宝塚を愛する同志である読者のみなさまに喜んでいただける誌面作りを目指していきますので、今後とも『宝塚イズム』をどうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、私の所信表明演説(!?)だけでは「『宝塚イズム』マンスリーニュース」になりませんので、ありがたくも大変なご好評で発売中の『宝塚イズム43』で担当した「『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』、宇月颯&如月蓮&貴澄隼人、スペシャル鼎談!」のこぼれ話をご披露いたします。

 コロナ禍で果敢に開催された『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』では、私自身も一瞬にして往時がよみがえるという、歴代スターさんたちが集ったすばらしい公演の数々を堪能しましたが、その日替わりで登場するキャストのみなさまを支える全日程出演メンバーの方々が、どんな思いで公演の土台を築いていったのか。さらにガラコンサート全体を司る大任であるルイジ・ルキーニ役を数多く務められた宇月颯さんは、どんな気持ちで公演に臨み、舞台を牽引されたのか。ぜひお話をうかがいたい!と願ったところからスタートした企画は、関係各所のご尽力とご快諾をいただき、宇月さん、その同期生でゾフィーの取り巻きの「チーム重臣」でヒューブナーを演じられた如月蓮さん、宇月さんと同じく月組育ちで退団同期でもあり、如月さんと同じ「チーム重臣」でシュヴァルツェンベルクを演じた貴澄隼人さん、のお三方にお集まりいただくことができました。鼎談当日はあいにくの雨だったのですが、実はたっぷりゆとりをもって予約したつもりの都内某所の予約時間が超過寸前!! 「あと10分です~!」と大騒ぎになったほど、盛りだくさんのお話が飛び出して和気藹々。実は誌面に載せたものの倍以上のお話がありましたというほど、うれしい悲鳴のなかで、お話をうかがうことができました。
 
 宇月颯さんは宝塚歌劇団時代、なんと言っても優れたダンサーとしての評価が高かった方ですが、霧矢大夢さん主演版の『アルジェの男』(月組、2011年)の終盤「泥にまみれた~」ではじまる主題歌の影ソロを務められたときから、実はものすごく歌もうまい方なんだ!といううれしい喜びが常に記憶にあり、歌ってほしいな、もったいないな……と月組の舞台を観てはいつも思っていました。ですから珠城りょうさんのトップ披露公演『カルーセル輪舞曲』(2017年)で群舞のなかから抜け出した宇月さんが「1人では飛べないこの大海原をあなたの翼になって皆で飛んでいこう」という趣旨の、鮮やかなソロ歌唱を披露したときには、もう心でガッツポーズでしたし、取材仲間から「宇月さんってあんなに歌がうまかったの?」という話題がたくさん出たときにも「もともとうまいんですよ~!」とお前が歌っているのか!?(違います!)くらいに、なんの権利もなく鼻高々になってブイブイ言わせていた、ちょっとおかしいよ自分、な記憶がいまも鮮烈です。その後の宇月さんのご活躍は言わずもがなで、ダンス、芝居だけでなく見事な歌を数々聴いていましたから、ルキーニ役のオファーがうれしくありがたかったけれども、歌中心のガラコンサートで自分がルキーニでいいのか相当に悩んだ……というお話には、なんと謙虚な方だろうと思うと同時に、だからこそ歴代経験者に交じって、堂々とルキーニを演じることができたのだなと、深く得心がいったものです。
 
 その宇月さんの同期生で星組ひと筋の如月蓮さんは、宝塚時代からムードメーカーという言葉がピッタリくる明るさを常に感じさせてくれる男役さんでした。とても印象に残っているのが、紅ゆずるさんが初めて全国ツアーで主演を務めた『風と共に去りぬ』(星組、2014年)で、直近の宙組公演では悠未ひろさんと七海ひろきさんが役替わりで演じたのに象徴される、代々綺羅星のごとき男役スターさんが演じてきたルネ役を繊細に、相手役の妃白ゆあさんを大きくつつむ包容力で演じたかと思うと、紅さんトップ披露公演の『THE SCARLET PIMPERNEL』(星組、2017年)では、王太子ルイ・シャルルにつらく当たるマクシミリアン・ロベスピエールの崇拝者で靴屋のシモンを色濃く演じるといった役幅の広さでした。しかもそんなシモンを演じていても、如月さんの舞台には宝塚を逸脱するほどイヤなやつには決して役柄がならない矜持があって、「如月さんがいらっしゃると場が明るくなる」という貴澄隼人さんのお話に納得する思いでした。「エリザベートのハモリパートの難しさを初めて知った!」という、経験した方だからこその感慨や、無観客上演になってしまった際の涙と渾身を傾けた演技といったご自身のお話だけでなく、宇月さんがいかにルキーニ役として、歴代のルキーニ役者さんに献身されたかの、同期ならではの愛あるお話ぶりにも心打たれました。
 
 そして貴澄隼人さんは、宇月さんと同じく月組育ちの男役さん。三銃士を大胆に脚色した『All for One』(月組、2017年)で、珠城りょうさん演じるダルタニアンの父親ベルトラン役で、ガスコン魂を歌った温かい美声をご記憶の方も多いと思います。なかでもなんといっても『ロミオとジュリエット』(月組、2012年)新人公演でジュリエットの父キャピュレット卿を演じたときに披露した「娘よ」のソロが忘れられません。「どうだ、うまいだろう!」になっても「語り」になりすぎても違うと思えるビッグナンバーを、娘への心情を切々と歌う感情と、ビロードのようだなといつも感じる艶やかな歌声を両立させ、特に喉の調子が整っていた東京宝塚劇場での新人公演で披露した歌唱は、私個人としては歴代キャピュレット卿のなかでも非常に優れた名唱に数えられるものだったと信じています。全日程メンバーが例えば一日だけ入る歴代スターさんの空気を感じることにどれほど配慮されたか、毎日の舞台稽古、そしてご自身の役柄シュヴァルツンベルクの極端に低いソロパートに対する秘話などを、お話されるときもきれいなお声で語ってくださいました。貴澄さんのとことん真面目だけれども面白いという宇月さん、如月さんがおっしゃる側面が、これからの俳優活動でも見えてくるといいなと期待しています。
 
 そんなお三方がそろって出演される古典ラブバトル劇『ル・シッド』の初日も7月21日。池袋あうるすぽっとでの上演で、キャスト10人のうち8人が元タカラジェンヌという座組にも期待が高まります。ちなみに『宝塚イズム43』鼎談時には写真撮影の間だけマスクをはずしていただき、感染対策に厳重に注意しての取材でしたが、そのわずかな時間にも笑顔がこぼれでて素敵でした。中村嘉昭さんが撮影してくださった、そんな瞬間の数々を切り取られたお写真(こちらのカラーを見ていただく方法はないものか……といま、青弓社編集部とも相談を重ねています)も含めて、とても貴重なお話の宝庫である『宝塚イズム43』の鼎談全文をぜひお読みいただけたらと願っています。刷り上がった書籍をごらんになった宇月さんが「たまちゃん(珠城)の退団特集にいっしょに載ることができてうれしい」と言ってくださったのも、あー宝塚愛!を感じて胸に染みるひと言でした。そんな宝塚を、これからもOGさんたちを含め様々な形で見つめていきたいと思っています。末永くどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

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第33回 コロナ禍での『宝塚イズム43』刊行!

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 オリンピックが始まろうとしているのに新型コロナウイルスの感染拡大は一向に収まる気配がなく、東京は4度目の緊急事態宣言発出中。前代未聞の混乱状態ですが、宝塚歌劇は公演時間を変更するなど感染拡大に細心の注意を払いながら東西ともなんとか通常どおり上演しています。そんななか、わが『宝塚イズム43』も無事に7月初旬に刊行することができ、おかげさまで全国の大型書店で好評発売中です。
 今号は、トップ・オブ・トップとして20年間、宝塚に君臨した専科のスター・轟悠の突然の退団発表を受けて、すでに退団を発表していた月組トップコンビの珠城りょう、美園さくら、花組の娘役トップ・華優希に加えて、轟の退団をメインに据えた特集を組みました。轟の存在が宝塚歌劇にとっていかに大きいものだったか、どんな影響を与えてきたか、などを執筆メンバーに考察してもらい、単に惜別の特集というだけでなく、轟が存在しない宝塚歌劇が今後どんなふうに展開していくのか、将来の展望も見据えた特集になっています。
 そして、昨年3月、退団を発表していながらコロナ禍の休演で半年遅れとなった月組の珠城と美園、そして7月の『アウグストゥス――尊厳ある者』(作・演出:田渕大輔)東京公演で退団した花組の娘役トップ・華の3人の退団には、通常の惜別特集を組みました。華の大劇場千秋楽は無観客のライブ配信という不運に見舞われましたが、珠城と美園は退団の時期はずれたものの『桜嵐記(おうらんき)』(作・演出:上田久美子)というすばらしい作品で見送ってもらうことができた幸せなカップルでした。
 小特集は、今年は花組と月組が誕生して100周年という節目の年にあたることから、花組と月組にまつわるさまざまな思い出やスターの話題をピックアップしてみました。本来は4月に宝塚大劇場で、歴代のスターたちが勢ぞろいしての祝祭イベントがあるはずだったのですが、コロナ禍で中止になってしまい、せめて誌面で応援しようと企画していたところ、11月に大劇場花組公演と梅田芸術劇場で100周年記念公演が決定、タイムリーな小特集になりました。
 また、今年はミュージカル『エリザベート』の日本初演25周年の記念の年にもあたります。歴代出演者が勢ぞろいした『エリザベートTAKARAZUKA25周年スペシャル・ガラ・コンサート』が開催されました。全日程出演するアンサンブルキャストには在団中には出演がかなわなかったメンバーが選ばれるなど、これまでにないフレッシュなキャストで上演されました。そんなメンバーのなかから宇月颯、如月蓮、貴澄隼人の3人に橘涼香さんが貴重な話を聞いてくださいました。この裏話はまたあらためてここで書いていただくとして、『エリザベート』が宝塚の演目のなかでいかにカリスマになっているか、3人の鼎談を読むとよくわかります。
 OGロングインタビューは、2000年から06年までトップを務め絶大な人気を誇った元宙組の和央ようかに登場してもらいました。現在、滞在中のハワイからのリモート取材で、7月に開催する予定だった宝塚ホテルでの里帰りディナーショーの話を中心に『エリザベート』初演時の苦労話などを聞くことができました。しかし肝心のディナーショーが、新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、緊急事態宣言は解除されたものの、その後に発出された兵庫県独自のまん延防止等重点措置のため7月の開催を断念、10月23、24の両日に延期されてしまいました。ゲストも実咲凛音から綺咲愛里に交代するなど、インタビューの内容とはずいぶん変わってしまいますが、そのあたりはご了承のうえお楽しみください。
 それにしてもこんな状態がいつまで続くのか、もう元通りにはならないという悲観論者の声も聞かれますが、一日も早くマスクをしなくてもいい世界になることを祈りたいものです。

 

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第32回 上田久美子と『桜嵐記』

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 新型コロナウイルス感染拡大第4波襲来で4月25日から緊急事態宣言が発出され、再び宝塚大劇場、東京宝塚劇場が2週間の休館となり、花組・星組公演が中止になりました。娘役トップの華優希と二番手男役スター瀬戸かずやの退団公演だった花組公演ドラマ・ヒストリ『アウグストゥス――尊厳ある者』(演出:田渕大輔)とパッショネイト・ファンタジー『Cool Beast!!』(作・演出:藤井大介)は、5月10日の千秋楽を無観客のライブビューイングとライブ配信で開催するという前代未聞の事態になりました。タカラヅカ・スカイ・ステージはサヨナラショーだけを生中継、瀬戸の「宝塚の生徒がこんな光景を二度と見ることがないように祈ります」という挨拶の言葉が痛切でした。
 5月11日までの緊急事態宣言はさらに延長されましたが、大阪府以外は劇場再開が認められ、15日からの珠城りょう、美園さくらの月組トップコンビのサヨナラ公演、ロマン・トラジック『桜嵐記(おうらんき)』(作・演出:上田久美子)とスーパー・ファンタジー『Dream Chaser』(作・演出:中村暁)は、宝塚大劇場に満員の観客を集めて開幕しました。当初の予定では昨年暮れの公演予定でしたので半年遅れ、出演者、関係者そして見守る観客も含めて薄氷を踏む思いの緊張感あふれる初日でした。
 そんななか上演された『桜嵐記』は、いまや宝塚の物語の紡ぎ手として第一人者になった上田が、南北朝時代、南朝に殉じた武将・楠木正行に題材をとって書き下ろした歴史ロマン。楠木正成と正行親子の話は『太平記』でも知られ、1991年のNHK大河ドラマではそれぞれ武田鉄矢と中村繁之が演じていました。正成が河内の国守を任され、庶民に厚く慕われていたことは舞台にもありますが、地元ではいまだに「楠公さん」と親しみを込めて呼ばれていて、現在、河内長野市など大阪府東部の市町村を中心に「楠公さんを主人公にしたドラマを」と再びNHK大河ドラマ誘致運動が盛んにおこなわれているくらいです。ただ、天皇に忠誠を尽くした武将として戦前の修身の教科書で天皇崇拝の象徴として扱われたことで、再評価に不安を覚える人々がいることも確かです。今回の舞台化は、『太平記』の時代に立ち返り、正成と正行の武将としての純粋な生き方を描いたもので、なかでも四条畷の戦いからラストにかけての怒涛の展開は見事なものでした。
 作・演出の上田久美子は1979年生まれ、奈良県出身。京都大学文学部フランス文学専修卒で、2年間の製薬会社勤務を経て2006年、宝塚歌劇団に演出助手として入団しました。13年、月組バウホール公演『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』で演出家デビュー。『古事記』と『日本書紀』で衣通姫伝説が微妙に異なることから自由に物語を紡いだ古代ロマンでしたが、これがすばらしい出来栄えで関係者を仰天させ、当初予定になかった東京公演が決まったほどでした。『桜嵐記』に主演した珠城のバウ初主演作でもあります。
 2014年、第2作の宙組ドラマシティ公演『翼ある人びと――ブラームスとクララ・シューマン』も第18回鶴屋南北賞に最終ノミネートされるなど注目を浴び、大劇場デビューとなった15年の雪組公演『星逢一夜(ほしあいひとよ)』は第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞、その後も花組公演『金色(こんじき)の砂漠』(2016年)、宙組公演『神々の土地』(2017年)と次々に力作を発表しました。
 今年は正月に望海風斗、真彩希帆のサヨナラのために楽聖ベートーヴェンの半生を描いた『fff――フォルティッシッシモ』を発表したばかりで、『桜嵐記』は2作目。作家としてまさに脂の乗り切った絶頂期といっていいでしょう。
 上田作品の特徴は、まずストーリーの中心となる人物の生き方に一本芯が通っていてぶれないことにあります。そんな魅力的な主人公が生きるうえで、時代の壁や周囲の人物の思惑で葛藤が生まれ、思うようにはならない。そこに普遍的な人生の縮図が浮き上がり、観客は感動に打ちのめされるという仕組みです。男役をいかにかっこよくみせるかという宝塚の基本をマスターしたうえで、各組メンバーの個性に合わせた配役の妙、さらにドラマ作りのセンスのよさが相まって、観客の充足感の高さは常に上位を保っています。
『桜嵐記』は、宝塚に数ある日本物の芝居のなかでも有数の出来栄えで、宝塚の歴史に残る作品になると思います。悲劇でありながら未来に希望を託したラストの余韻は、コロナ禍まっただなかにあって心に染み入りました。観終わった後、故・柴田侑宏氏の墓前に「後継者が生まれましたよ」と報告したいと思って『宝塚イズム43』の公演評にもそう書いたのですが、本当は、創始者の小林一三翁に報告するのが筋かもしれません。私がすることではないと思いながら、ふとそんなことまで考えてしまった『桜嵐記』でした。

 さて、その『宝塚イズム43』は轟悠はじめ珠城、美園、華と4人の退団者の惜別特集がメインで、執筆メンバーからは熱のこもった原稿が数多く集まっています。OGインタビューは、元宙組トップスター、和央ようかさんがハワイからリモートで受けてくださいました。退団15年、宝塚への熱い思いを存分に語ってくれています。現在、鋭意編集中で、お手元にお届けできるのは7月初旬になりますが、それまで楽しみにお待ちください。

 

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第31回 轟悠退団の衝撃

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 昨年来のコロナ禍は一年たってもまだまだ沈静化する様子はありませんが、感染拡大防止策を徹底するなかでさまざまな活動が再開され、社会全体がずいぶん落ち着いてきた印象。コロナ禍の宝塚を総括した『宝塚イズム42』を1月に刊行、次号の『宝塚イズム43』刊行の7月ごろには東西の行き来ももう少し楽になればと願うきょうこのごろです。
 宝塚歌劇団も、感染拡大防止に最大の神経を使いながら徐々に正常な状態に戻りつつあります。宝塚大劇場では4月の花組公演からオーケストラの生演奏が再開、5月の月組公演からはこれまで受け付けを中止していた団体の申し込みも再開し、ほぼ通常の形態になろうとしています。とはいえ、まだまだ油断は禁物。
 そんななか、3月に入って、この20年間、トップ・オブ・トップスとして君臨してきた専科のスター・轟悠が、今年(2021年)10月1日をもって退団することがわかりました。昨年9月に宝塚きっての舞姫だった専科の松本悠里が退団を発表し1月に退団したばかりのタイミングでの発表は、ファンだけでなく関係者にも大きな衝撃をもって迎えられました。
 轟は、1997年から2002年まで雪組のトップスターを務め、その後専科入りし、トップ・オブ・トップスという特別待遇で文字どおり宝塚を代表するスターとして、今日まで男役一筋で活躍してきました。雪組時代に演じた『エリザベート』初演(1996年)のルキーニ、雪組トップ時代の『凱旋門』(2001年)のラヴィック、トップ時代と専科時代を通じて何度も演じた『風と共に去りぬ』のレット・バトラーなど、豪快ななかにも繊細な心理の表現は誰にもまねができないものがあり、近年も『For the people ――リンカーン 自由を求めた男』(花組、2016年)、『ドクトル・ジバゴ』(星組、2018年)、『チェ・ゲバラ』(月組、2019年)と轟でなければ宝塚では上演できなかったであろう作品群に主演して存在感を強めていただけに、退団の発表は誰もが青天の霹靂でした。
 宝塚歌劇団は、トップスターになれば数年後に退団して次世代につなぐというのが通常パターンで、トップを極めた後、専科に残って活躍するという例は、宝塚の至宝といわれた天津乙女や春日野八千代を除くときわめてまれなケースです。『ベルサイユのばら』初演(1974年)でオスカルを演じて人気となり『ベルばら』四天王といわれた榛名由梨が月組でトップになり、その後専科入りしたものの数年で退団しています。轟がトップを退いて専科入りしたのは、歌劇団が2014年に100周年を迎えるにあたって歌劇団を代表するスターとして轟に白羽の矢を立て「春日野八千代のような存在に」と残留を要請、宝塚を愛し、男役を愛した轟がこれを受ける決意を固めたからです。
 残留にあたって歌劇団と轟の間にどんな条件が交わされたのかはつまびらかではありませんが、その後の轟の活躍ぶりからみると、年1回の各組への別格扱いでの特別出演や外部劇場での主演公演、ディナーショーの開催などが確約されたと思われます。轟の各組への特別出演は原則的に新トップスターのお披露目公演の次の公演で、2003年の春野寿美礼トップ時代の花組公演『野風の笛』を皮切りに、雪組『青い鳥を捜して』(2004年)、星組『長崎しぐれ坂』(2005年)、月組『暁のローマ』(2006年)、宙組『黎明(れいめい)の風』(2008年)と各組を一巡しました。その後も、雪組『風の錦絵』(2009年)にゲスト出演、100周年の14年には星組『The Lost Glory――美しき幻影』に続いて18年の雪組『凱旋門』に主演しています。
 そのほかにも『風と共に去りぬ』はじめ数々の外箱公演に主演、宝塚の男役の手本として、後輩の道標的存在になってきました。毎年暮れに各組のスターが勢ぞろいして開催される『タカラヅカスペシャル』では常に中央に君臨、各組のトップスターのまとめ役でした。「春日野八千代のような存在」に限りなく近づく「雲の上の存在」になっていきました。
 昨年はコロナ禍で公演が中止や延期になり、暮れに予定していた『タカラヅカスペシャル』も中止になってしまいました。とはいえ、暮れには延期されていた轟主演の星組公演『シラノ・ド・ベルジュラック』公演が実現、年明け2月には同期生の真琴つばさ、愛華みれ、稔幸を迎えての4人のコンサートが宝塚ホテルで開催されるなど、活躍ぶりが伝えられていた矢先の退団発表でした。
 3月18日におこなわれた退団会見で轟は「昨年9月ごろに退団の意思を固めた」と明言しましたが、実際はそれよりも前、劇団の理事を退任、特別顧問に就任したというニュースがあったころから何らかの動きがあったのではないかと考えられます。その後のコロナ騒ぎですっかり隠れてしまいましたが、ここ数年12月を飾ってきたスターカレンダーの2021年版から轟の姿が消えたことがその証明でしょう。
 いずれにしても、春日野同様、宝塚に骨をうずめる覚悟だと誰もが思っていた轟の退団は、ファンにとってもなんともいえない喪失感なのではないでしょうか。下級生のころは舞台でもオフでもずいぶん突っ張っていた印象があり、それはトップになったころに頂点に達し、なにか近寄りがたいオーラがありました。しかし専科になってからは、周囲を見る目が穏やかになり、演技も円熟味を増し、名実ともに宝塚を代表する存在になったと思います。
 思い出深い役は数多くあります。初期のころでは『JFK』(雪組、1995年)のキング牧師や『アナジ』(雪組、1996年)のアナジがありますが、やはりなんといっても『エリザベート』初演のルキーニでしょう。「キッチュ」の独特のハスキーな歌声はいまも耳について離れません。近年では『リンカーン』『ドクトル・ジバゴ』『チェ・ゲバラ』と続く原田諒とのコンビ作で、原田のリアリズム演出に轟が究極の男役演技で応えたことで宝塚の男役像そのものの幅を広げたことは大きな功績になったと思います。そして、この成果が昨年暮れの『シラノ・ド・ベルジュラック』のシラノ役で男役の完成形につながっていったのだと思います。
 轟の退団が今後の宝塚歌劇団にどんな影響をもたらすのかはまだわかりませんが、宝塚の一つの流れが変わる節目になるのは間違いありません。『宝塚イズム43』は、轟を筆頭に月組トップコンビの珠城りょう、美園さくら、そして花組の華優希という4人の退団者に対する惜別のメッセージがメイン特集です。雪組のトップコンビも交代、宝塚は大きく様変わりするなか、今後の宝塚の動向を占う興味深い論考が期待できそうです。刊行はもう少し先ですが、楽しみにお待ちください。

 

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第30回 雪組トップ、望海風斗・真彩希帆のサヨナラ公演開幕! そして、正月演目に思う

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 コロナ禍のなか一カ月遅れで完成にこぎつけた『宝塚イズム42』が年明けに刊行され、おかげさまで読者からの反響も上々で苦労が報われた思いです。怒涛の2020年宝塚歌劇を振り返る特集は、予想だにしなかった現実に直面した書き手の宝塚歌劇への熱い思いが詰まっていて、いつも以上に読み応えがありました。読者のみなさんはいかがでしたでしょうか。忌憚のないご感想をお待ちしています。
 さて2021年も早くも一カ月が過ぎようとしていますが、第3波の感染拡大はとどまるところを知らずまだまだ先行きは不透明。劇場街が再び閉鎖という事態にいつ陥ってもおかしくない状況が続いています。ただ、演者も含めた作り手も観客側も、この異常事態の処し方に慣れてきたみたいなところが見受けられ、決められた予防対策を守りながら前向きに行動していこうという姿勢が大勢を占めていることは、表現の自由を守るという意味でも大いに結構なことだと思います。それが危険と表裏一体ということを肝に銘じなければいけないのは自明なのですが。
 そんななか、宝塚大劇場では元日から望海風斗、真彩希帆の雪組トップコンビのサヨナラ公演が開幕しました。もともとは昨年(2020年)7月に上演されるはずの公演が半年遅れでようやく実現、オーケストラの生演奏再開はまだ実現していませんが、チケットは通常どおりの販売で、連日満席の人気に沸いています。演目はミュージカル・シンフォニア『fff――フォルティッシッシモ』(作・演出:上田久美子)とレビュー・アラベスク『シルクロード――盗賊と宝石』(作・演出:生田大和)の二本立て。次代の宝塚歌劇を担うであろう2人の実力派演出家の競作になりましたが、いずれも従来の宝塚の枠を超えたレベルが高い異色作で、宝塚の未来を象徴する2本になりました。望海と真彩という強力なコンビがいたからこそ実現した作品だともいえますが、正月気分の軽い気持ちで観劇したファンは、いい意味でも悪い意味でも、頭から水をぶっかけられたような気分になったのではないでしょうか。当然、初日のロビーでは賛否両論が渦巻きましたが、私としては、宝塚もようやくここまできたかと、ひそかに留飲が下がりました。
 ひと昔前の宝塚歌劇の正月演目といえば、まずは春日野八千代の新年をことほぐ日舞がある日本物レビューと軽いミュージカルコメディーというような華やかな二本立てが定番でしたが、ここ最近は、『眠れない男ナポレオン――愛と栄光の涯(はて)に』『ポーの一族』『ONCE UPON A TIME IN AMERICA(ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ)』などの大作一本立てや、『Shakespeare――空に満つるは、尽きせぬ言の葉』『グランドホテル』のような硬派のミュージカルが年頭を飾るようになってきました。元日には鏡開きがあったりしてまだなんとなく正月らしい華やかな雰囲気はあったのですが、今回はちょっと違いました。
『fff』は楽聖ベートーベンの半生を描いた作品ですが、そのアプローチがこれまでの宝塚の作品とは全く異なっているのです。フランス革命後の混乱の時代を生きたベートーベンの創作の秘密を追求、家族や恋人、親友に裏切られ、作曲家の命である耳が聞こえなくなるという八方ふさがりのなかから見いだしたものは何か、そんな深い命題をもった作品に仕上げています。家族愛や夫婦愛といったところに落とし込む作品とは異なった、精神性に訴えた作品なのです。そしてこれを、望海の決して順風ではなかった宝塚人生や、コロナ禍で辛酸を強いられている人々へのエールにダブらせたあたりがただものではありません。しかもミュージカルとしての体裁もきっちり整っているのです。1時間40分あまりの上演時間に詰め込まれた深いメッセージには、観終わった後、すぐに座席を立てないほどの余韻がありました。ただ難点は、暗い、重い、しんどいという生理的な嫌悪感です。宝塚歌劇に何を求めるか、観る側の価値観の違いによって評価が分かれることになったのではないかと思います。
『シルクロード』も、いつもの定番レビューではなく物語性があって、衣装もいつになく地味。前物で十分おなかがいっぱいになって、すっきりしたデザートをと思っているところに、またまたステーキを出されたような感覚です。幻想シーンなど突き抜けた場面とかがあると面白かったのですが、生田大和の生真面目な性格がレビューに映し出されたような気がしています。それ自体はなかなかユニークで文句はないのですが、『fff』の後なので何も考えずに楽しめるいつもの定番レビューが観たかったというのが本音でしょう。とはいえ、こちらもいつもの枠を超えてレベルが高いのは事実です。
 新年早々、この二本立てを観て、いい意味で宝塚歌劇も変わったなあと感慨を深くし、宝塚の未来図を垣間見たような気がしたというのは大げさでしょうか。宝塚らしさを排除して外の世界でも通用する舞台芸術を作り上げることが是なのか、かっこいい男役を前面に出した華やかで甘い従来の宝塚らしさを強調した作品を作り続けていくのが是なのか。その両方をいかにミックスさせるかを試行錯誤してきたのが先達だったと思うのですが、そんなことを考えずに作品づくりをすることが新しい行き方とすれば、今回の二本立てはまさにそのスタート地点に立った重要な作品になったのではないかと思います。望海、真彩という宝塚史上でも類をみない実力派コンビのサヨナラ公演というのがなんとも意義深いものがあります。今回たまたま偶然だったのかもしれませんが、ふとそんなことを考えさせられた公演でした。
 夏に刊行予定の『宝塚イズム43』では、月組のトップコンビ、珠城りょうと美園さくらのサヨナラ特集に加えて、そんな宝塚歌劇の変貌、生き残りをかけた将来の予想図などを特集するのも面白いかなあと思う今日この頃です。

 

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第29回 宝塚のWith CORONA

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 2020年初頭から猛威を振るう新型コロナウイルス感染拡大の波は、いったん収まったかに見えたものの再び感染者増加のきざしをみせ、予断を許さない状況に陥っています。宝塚歌劇団は4カ月間の休演ののち再開、宝塚大劇場、東京宝塚劇場、系列の梅田芸術劇場を中心に感染拡大に細心の注意を払いながら公演をおこなっています。『宝塚イズム』は次号で42号を迎え、コロナ禍のなかでいかに宝塚歌劇が生き残りをかけたか、スターたちの思いなどをくみ取りながら、各組の現況を特集するなど、現在、21年1月刊行に向けての編集作業が鋭意進んでいるところです。
 そんななか11月7日から宙組公演、ミュージカル『アナスタシア』(脚本・演出:稲葉太地)が宝塚大劇場で開幕しました。この作品は葵わかなと木下晴香のダブルキャストで3月から4月にかけて東京と大阪で上演される予定だったブロードウェイミュージカル『アナスタシア』と連動して、5月に宝塚でも上演されるはずの大作でした。しかし先行したミュージカルバージョンが緊急事態宣言によって東京公演途中で打ち切りとなり、大阪公演も中止。宝塚版もいったん公演が延期され、ようやく11月に上演される運びになったものです。半年遅れの公演となって話題性はなんとなくそがれた感じにはなりましたが、自粛期間中の長めの自主稽古が功を奏し、開幕した舞台は充実した仕上がりになりました。
 怪我の功名というには気が引けますが、『アナスタシア』に限らず、長い自粛期間のあとに再開した各組の舞台はいずれも緊張感がみなぎり、歌もダンスもエネルギッシュで、観ているこちらにまでその熱意がダイレクトに伝わってくるようなテンションの高さが印象的でした。再開初日に花組の柚香光、雪組の望海風斗、月組の珠城りょう、星組の礼真琴、そして宙組の真風涼帆がそれぞれフィナーレのあいさつで述べたのは、「当たり前に舞台に立てることの幸せをかみしめ、舞台が好き、宝塚が好きだということにあらためて思い至りました」という同じ言葉でした。
 7月の花組の客席は1席空けでの公演でしたが、9月の月組公演からは通常に戻り、11月の宙組公演も最前列だけ空席でしたが、あとは通常どおりの公演でした。ただ、舞台上は3密を避けるために出演人数を少なくして、下級生はA班、B班の2班構成。演奏も録音で、オケピットに指揮者が入って出演者に歌のきっかけを指示していました。
 とはいえ、客席には熱心なファンが連日大勢詰めかけ、大劇場は盛況が続いています。宝塚ファンの熱い思いが新型コロナも吹き飛ばしてくれるといいのですが、これから冬季に入って、再び感染が拡大しないとは誰も言い切れません。宝塚歌劇はすでに来年8月までのスケジュールを発表しています。ベートーベンの半生を描く雪組の『fff――フォルティッシッシモ』(作・演出:上田久美子)で新年を開け、フレンチミュージカルのヒット作を再演する星組の『ロミオとジュリエット』(潤色・演出:小池修一郎、演出:稲葉太地)やローマ皇帝の生涯を描いた花組の新作『アウグストス――尊厳ある者』(作・演出:田渕大輔)など話題作が並びます。感染が拡大して再び緊急事態宣言が出て公演延期などということにならないように祈るばかりです。
 新年刊行の『宝塚イズム42』の特集は、激動の2020年を振り返るというテーマで、各組がコロナ禍のなかでどんな活動をしてきたかをまとめています。トップ披露公演開幕直前で公演が延期に次ぐ延期となり、結局4カ月遅れで開幕したものの、感染者が出て再び休演という憂き目にあった花組の柚香光。同じく東京でのトップ披露公演が感染拡大で中止、延期になった星組の礼真琴。サヨナラ公演の日程がずれて、退団日が大幅にずれこんだ雪組の望海風斗と月組の珠城りょう。公演中止こそまぬがれたものの、公演スケジュールがずたずたになった宙組の真風涼帆。5組すべてがたどった大変な一年を愛を込めて記録しています。
 一方、2018年初頭に上演され、エポックメイキングな話題を呼んだ『ポーの一族』(脚本・演出:小池修一郎)が21年、退団した明日海りおの主演によって本格的なミュージカルとして再演されることになりました。トップスターが退団後、外部で宝塚での当たり役を再び演じるというのは『AIDAアイーダ』(2009年)の安蘭けい、『るろうに剣心』(2018年)の早霧せいなに次いで3人目。最近のトップ経験者の通過儀礼的なイベントになりつつあります。そのことの是非も含めて、『ポーの一族』再演への期待を特集しました。
 ほかにも64年間の宝塚生活にピリオドを打つ日舞のベテラン、専科の松本悠里の功績のまとめ、そしてOGインタビューは昨年、惜しまれながら退団した元月組の美弥るりかが登場、コロナ禍の活動など近況をたっぷり聞きました。
 毎回好評の公演評も、新人公演評はありませんが、大劇場公演評、外箱対談、OG公演評など、できるかぎり多くの公演を所収しています。お手元に届くのは新年早々になりますが、ご期待のうえ、お楽しみに。

 

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第28回 公演再開! 観客の熱気と感染対策

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 一時は収まりかけた新型コロナウイルス感染が再び拡大しつつあるなか、宝塚歌劇は7月17日から本拠地の宝塚大劇場、同31日から東京宝塚劇場、8月1日からは大阪の梅田芸術劇場メインホールと3劇場での公演を約4カ月ぶりに再開しました。ところが大劇場再開後2週間、8月2日に公演関係者に体調不良が判明、急遽4日までの公演が中止になる事態が発生。検査の結果、出演者8人とスタッフ4人の計12人の感染が判明、その後さらに1人増えて8月末までの公演中止を余儀なくさせられました。一方、東京宝塚劇場の出演者にも陽性者が出て再開後わずか1週間で公演中止、新型コロナウイルスは宝塚でも猛威を振るっています。
 3月末以降、全公演を休演していた宝塚歌劇ですが、本拠地の宝塚大劇場が花組公演『はいからさんが通る』(脚本・演出:小柳奈穂子)、東京宝塚劇場が星組公演『眩耀(げんよう)の谷――舞い降りた新星』(作・演出・振付:謝珠栄)と『Ray――星の光線』(作・演出:中村一徳)、梅田芸術劇場メインホールは宙組公演『FLYING SAPA――フライング サパ』(作・演出:上田久美子)。いずれも、新型コロナウイルス感染拡大で稽古を中断、上演が延期されていた公演で、花組公演がトップスター・柚香光の本拠地お披露目、星組公演が礼真琴の東京お披露目と、どんな形であれ新たなスターの披露公演がようやく実現したことは、劇団にとってもファンにとっても喜ばしいことでした。
 7月17日、宝塚花のみちには3月時点ではまだ工事中だった新「宝塚ホテル」がオープン、大劇場初日開場に急ぐファンも思わず足を緩めてその偉容を眺めながら劇場に向かう姿がちらほら、4カ月ですっかり様変わりした花のみちに休演期間の長さがあらためてうかがえて、今回のコロナ禍の異常事態を実感させられました。
 大劇場正門前にはテレビカメラや報道陣が多数詰めかけ、駆け付けたファンに感想を聞くなど、劇場再開が社会的にも注目されていることを裏づける光景も。入場は宝塚バウホール口1カ所で、入場者全員に手指のアルコール消毒を要請、体温をチェックしてからロビーに入場というシステム。初日とあってマスク姿の関係者がやたらに目につき、全社員総動員といった感じの物々しさ。ファンクラブのチケット出しもロビー大広間ではなくエスプリホール前、開演前のロビー大広間はいつもとはずいぶん異なった緊張感あふれる雰囲気でした。
 座席は感染拡大を予防するため、1席ずつ空けての販売、舞台と客席の距離を保つために最前列も空席にし、定員2,500人の半分以下の収容とあって再開を待ちわびたファンで初日のチケットは早々に完売。劇団は再開当日のフィナーレをCSの専門チャンネルで生中継し、翌日の公演をネットで有料配信するなど遠隔地で劇場に足を運べない人のための新たな取り組みも企画してこの事態に積極的に対応しました。当面の間は団体貸し切りも受けない方針で、そのためか座席数が減っているにもかかわらず、チケットは日にちを選ばなければ十分入手可能、思いがけずゆったりと観劇できる事態になったのがちょっぴり皮肉でした。
 公演は、舞台上の三密を避けるため、演出に工夫を重ね、オーケストラの生演奏を録音に変更、フィナーレの客席降りもなくすなど、感染予防に最大限の配慮をして上演。開演前の「場内での会話は控えてください」という場内アナウンスのせいか、しーんと静まり返った客席が、ざわついたのは5分前に緞帳が上がりピンク色の文字で「はいからさんが通る」と浮き上がったとき。そして高翔みず希組長の挨拶のあと柚香光の開演アナウンスになると爆発したように大きな拍手が。いつもの半分の人数のはずですが2,500人収容のときと同じくらいのパワーでした。
 伊集院忍役でトップ披露になった柚香は、まるでマンガから抜け出たような凛々しさ・美しさ・力強さのなかに純粋さとコミカルな部分もうまく引き出され、これ以上ない適役、代表作として長く語り継がれるでしょう。ここまで役と本人が二重写しになった例はこれまで見たことがないといってもいいぐらいです。花村紅緒に扮した華優希も、3年前に比べて段違いの成長ぶり。青江冬星役の瀬戸かずや、鬼島森吾軍曹役の水美舞斗と藤枝蘭丸の聖乃あすか、花組初登場の永久輝せあと、いずれも4カ月のブランクの間にため込んだパワーを最大限に解放していたかのようでした。
 31日の東京宝塚劇場、8月1日の梅田芸術劇場での公演初日も、普段の半分の観客数にもかかわらず、再開を待ち望んだファンの熱い視線が、劇場内に独特の温かい空間を作り上げていました。それぞれの再開初日はこうして無事幕を閉じましたが、感染拡大の荒波は宝塚に容赦なく降りそそぎ、8月に入って宝塚大劇場と東京宝塚劇場で最悪の事態が起こってしまいました。さらに8月17日から開幕の予定だった彩風咲奈主演の雪組公演『炎のボレロ』(作:柴田侑宏、演出:中村暁)、『Music Revolution!――New Spirit』(作・演出:中村一徳)の出演者にも1人感染者が出てしまい、公演延期の判断が下されました。
 1日からの梅田芸術劇場メインホールでの真風涼帆主演の宙組公演『FLYING SAPA』と14日からの同シアタードラマシティ、桜木みなと主演の宙組公演『壮麗帝』(作・演出:樫畑亜依子)は予定どおりおこなわれましたが、いつまた中止になるかわからない薄氷を踏む思いの緊張感あふれる毎日の公演でした。
 入場者全員の検温とアルコール消毒、マスクの徹底など劇場側の対応に加えて、これからの舞台が無事開幕できるように観客側も各自責任をもって予防を徹底、両者で安心して楽しめる空間を作り上げることがさらに必要になってくるでしょう。
 我が『宝塚イズム42』も、宝塚歌劇の公演再開とともに、12月発行を目指して動き始めようとしています。公演スケジュールの大幅な見直しがあり、雪組・月組の退団公演が先送りになることなどから特集をどうするか、これから検討することになりますが、新型コロナウイルス感染拡大のなか、宝塚歌劇の魅力をどうお伝えできるか、知恵を絞りたいと思っています。ご期待ください。

 

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第27回 コロナ禍中にたどり着いた『宝塚イズム41』の刊行

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 新型コロナウイルス感染拡大予防のための緊急自粛要請が徐々に解除の流れになり、全国の大型書店も再開の動きが出てきました。コロナ禍中の4月以来編集作業を重ねてきた『宝塚イズム41』は6月1日発売予定。絶妙のタイミングでみなさんの手元に無事お届けできるのではないでしょうか。
 巻頭特集は「望海風斗&真彩希帆 ハーモニーの軌跡」。2月に今秋退団を発表した雪組のトップコンビ、望海風斗と真彩希帆のこれまでの輝かしい軌跡を『イズム』執筆メンバーに振り返ってもらいます。通常なら「望海風斗、真彩希帆サヨナラ特集」となるところですが、コロナ禍で宝塚歌劇の公演が中断。再開後は、スケジュールを新たに編成しなおして公演されることになり、退団日が遅ければ来年にずれ込む可能性があるため「退団が決まっている二人の軌跡をたどる」という形をとったのです。とはいえ、さすが実力派の二人です。入団当時から現在まで、しっかりと見守ってくださったメンバーの珠玉の原稿が集まりました。抜群の歌唱力とともに二人の相性のよさの秘密が解き明かされます。ご期待ください。
 小特集は「小池修一郎、美麗な世界の創造者」。今年3月に65歳の誕生日を迎え、歌劇団を役職定年となった演出家小池修一郎氏の創作の秘密と作品の魅力、宝塚での功績を論じます。宝塚歌劇団は親会社が阪急電鉄ですので、劇団員も演出家も会社員で、否が応でも社則に従っての定年退職を迎えます。もちろんその後も「団友」という立場で歌劇団の仕事に携わることは可能で、これまでにも柴田侑宏、酒井澄夫、岡田敬二、三木章雄、中村暁といった各氏はことあるごとに新作や旧作の再演時に演出を担当しています。理事長を務めた植田紳爾氏は特別顧問という立場で別格ですが、『エリザベート』(1996年初演)を筆頭にここ30年間、ヒット作を量産、宝塚歌劇の隆盛を演出家という立場から支えてきた小池氏もそれに準じる待遇になると思われます。
 今年1月、自身の集大成的大作『ONCE UPON A TIME IN AMERICA(ワンス アポン ア タイム イン アメリカ)』(雪組)を発表して、歌劇団の演出家としての立場に一区切りをつけた小池氏の演出家としての原点や、今後の活躍への期待など多彩なアプローチで小池氏の創作の秘密に迫ります。
 一方、今年2月に肺炎で亡くなった、1960年代から70年代にかけて宝塚で一時代を築いた稀代のショースター、眞帆志ぶきさんをしのぶ特集も組みました。眞帆さんは、レビューがメインで芝居は前物だった宝塚の最後のスター。鴨川清作氏のミューズとして『シャンゴ』(雪組、1968年)や『ノバ・ボサ・ノバ』(星組、1971年)など数々のショーの傑作を生み出した眞帆さんですが、全盛時代はまだビデオが普及する前で音源は残っていても映像は全く残されておらず、その偉業は、ややもすれば忘れ去られがちです。きちんと記録を残しておかないといけないという思いから、追悼文と生前のインタビューを交えた葬儀のルポを掲載しています。
 OGインタビューは、昨年退団した元星組トップスター、紅ゆずるさんの登場。取材時点では公演予定だった退団後の初舞台、6月の熱海五郎一座新橋演舞場シリーズ第7弾東京喜劇『Jazzyなさくらは裏切りのハーモニー――日米爆笑保障条約』が残念ながら公演中止になってしまいましたが、宝塚への熱い思い、そしてこれからの抱負などをたっぷりお聞きしています。
 恒例の大劇場公演評や新人公演評、外箱公演対談さらにOG公演評なども、コロナ禍の休演で執筆担当者が観られなかったり取り上げる予定の公演が中止になったりとさまざまな障害がありましたが、なんとか原稿がそろい刊行にこぎつけました。こういう事態になってもみなさんの宝塚愛は変わらず、いつになく熱がこもった一冊になったと自負しています。
 肝心の新型コロナは、治療薬やワクチンが世界中の医療関係者の必死の努力にもかかわらず未開発のまま。緊急事態宣言の解除もさまざまな制約のうえでの見切り発車となりました。劇場も解除の対象に入り再開への兆しはありますが、閉鎖空間で客席はおろか舞台上も3密は避けられず、再開にあたって客席は1列おきの着席で両サイドは2席あけてとか、舞台と客席の空間を確保せよとか無理難題。キャパシティーの半分以下の入場者数では公演しても赤字は必至、第一こんな状態で観劇しても楽しむどころか不安が増すばかり。おまけにロビーでの滞留時間を短くせよとのお達しもあってグッズ販売もままならないという状態のなか、実際に再開できるのかどうかまだまだ先が見えない状態です。
 宝塚歌劇は6月末までの休演が決まっていて、7月再開を目指していますが、この様子だと自粛以前の通常の状態で再開するのは難しそう。一刻も早く、演者も観客も安心して心の底から楽しめる空間を取り戻すことができることを望むばかりです。『宝塚イズム42』発売時(12月1日予定)にはそういう状態になっていることを期待しつつ、とりあえず6月1日発売の『宝塚イズム41』をお楽しみください。

 

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第26回 コロナウイルス蔓延による休演に思う

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 猛威を振るう新型コロナウイルスの蔓延は宝塚歌劇団にも甚大な影響を与え、公演の中止が相次ぎ、6月1日刊行予定の『宝塚イズム41』の編集作業にも支障が出始めています。突然の公演中止で、公演評執筆者が公演を観ることができなくなったり、公演それ自体もなくなってしまうという事態が発生しているのです。しかも、東京や大阪に緊急事態宣言が出され、東西の移動がままならないことも編集作業のネックになっています。とはいえ、新しい執筆者の参加もあって何とか形が見えてきたきょうこのごろです。

 ことの始まりは2月28日の閣議でのイベント自粛要請でした。宝塚大劇場では星組の礼真琴、舞空瞳トップ披露公演『眩耀の谷――舞い降りた新星』と『Ray――星の光線』の上演中。25日には碧海さりお主演による新人公演が満員の盛況でおこなわれたばかりの直後の金曜日。横浜港に停泊していたクルーズ船内での感染が連日ニュースで伝えられていたころで、脅威はまだそれほど身近ではありませんでした。しかし、和歌山や北海道での感染が伝えられるに至っての自粛要請でした。
 歌劇団は28日、他の劇場よりも先んじて翌29日の土曜日から3月8日までの全公演の休演を発表。宝塚大劇場星組公演、東京宝塚劇場雪組公演、名古屋御園座月組公演、東京建物Brillia HALL月組公演が対象になり、月組の2公演は公演半ばでの突如の打ち切りとなってしまいました。大劇場と東京宝塚劇場は休演期間中に劇場内を完全消毒、観客全員の検温装置を完備して再開に備え、9日は大劇場の星組公演千秋楽。東京宝塚劇場は休演日だったため、翌10日から大劇場と同様の態勢で再開にこぎつけました。
 ところが、社会ではそのころからやっと自粛ムードが高まり始め、松竹系の各劇場が3月16日までの休演を決めたところだったので、宝塚歌劇の再開がテレビのニュースやワイドショーで大々的に取り上げられ、ネットなどで「なぜ宝塚だけが再開するのか」などと批判が殺到し、再開を心待ちにしていたファンの喜びをよそに、結局、東京宝塚劇場は10、11日と2日間再開しただけで再び休演。大劇場は13日から開幕するはずだった新トップスター、柚香光のトップ披露の花組公演『はいからさんが通る』の初日を20日まで1週間延期することを決断、東京宝塚劇場とともに19日までの休演を発表しました。
 しかし、感染は終息どころかますます拡大するばかりで、政府は3月20、21、22日の外出を自粛するよう要請、再び公演を中止せざるをえなくなり20、21日の2日間延長を発表、大劇場花組の初日は22日と発表されました。その日が東京宝塚劇場雪組公演の千秋楽だったこともあります。
 大劇場の3月21、22日は2回公演でしたが、そのうち2公演が貸し切り公演で、早くからキャンセルになっていて休演することになっていたこともあって結局、月末の31日まで延期がずれこみました。しかし東京宝塚劇場だけは公演を決行。全国映画館でのライブビューイングを中止、そのかわりにCS放送の宝塚専門チャンネル「タカラヅカ・スカイ・ステージ」での生中継に踏み切りました。
 望海風斗は千秋楽の舞台を終えた後、「舞台はお客様があってこそということを改めて思い知りました。このようなときに観にきてくださったすべての方に感謝するとともに、大変な苦労の末、私たちにこの機会を作ってくださった関係者のみなさんの努力に対してこの場をお借りして感謝の念をお伝えしたい」と涙を浮かべてあいさつしたのが印象的でした。3月22日のこの公演から、宝塚歌劇はまだ上演されていません。
 花組公演『はいからさんが通る』はその時点で4月2日初日(1日は休演日)の予定で準備を進めていましたが、新型コロナウイルスの感染はさらなる拡大傾向をみせはじめ、3月30日になって4月12日まで『はいからさん』も含めた全公演の中止を発表しました。『はいからさん』の初日がまたまた延期になったほか、もともと27日開幕予定だった東京宝塚劇場の星組公演『眩耀の谷』『Ray』の初日がさらに延期、真風涼帆主演の宙組TBS赤坂ACTシアター公演『FLYING SAPA――フライング サパ』も初日がずれこみ、桜木みなと主演の宙組公演『壮麗帝』東京公演は全日程中止になってしまいました。当初1週間ぐらい自粛すれば大丈夫だろうと考えていたふしがあるのですが、少しずつずれこんで気がつくと1カ月の休演になってしまいました。そして4月7日、緊急事態宣言が出る直前に、期限を切らない公演の中止に踏み切りました。
 宝塚歌劇が公演中止に追い込まれたのは、106年の歴史のなかで初めてではありません。最初は、まだ草創期の1923年、東京公演が成功するなど人気が沸騰して宝塚パラダイス劇場だけでは手狭になり、箕面の公会堂劇場を宝塚に移設して2劇場で上演をするようになった矢先、失火で2劇場とも焼失するという大事故が起こりました。創始者の小林一三はそれを前向きにとらえて4,000人収容の宝塚大劇場を建設。約2カ月間の休演を余儀なくされました。その間、歌劇団は全国で巡回公演をおこなっています。次は44年4月から46年4月まで、太平洋戦争末期から戦後にかけての2年間にわたる休演です。そして95年1月17日に発生した阪神・淡路大震災のときです。このときは3月31日の再開まで約2カ月、宝塚大劇場とバウホールが休演しましたが、シアター・ドラマシティや東京宝塚劇場、名古屋の中日劇場での上演は予定どおりでした。それを考えるとこの事態はまさに戦時中以来ということになります。

 ウイルス感染の脅威が、人々の生命と生活にこれほど大きな影響を及ぼしたことが、かつてあったでしょうか。「不要不急」という言葉で文化すべてがなくなっていく現実は、まさに戦時下を思わせます。人の命の尊さにはあらがうことはできませんが、必死で舞台づくりをしている人々の努力が無に帰すのはなんとも切ないかぎり。ニュースによると、ヨーロッパ各国では国が要請して公演を中止した劇場の従業員や俳優には全額とは言わないまでもかなりの補償金が支払われるといいます。自粛だけ要請して「補償はできない」と堂々と言ってのける国のトップの無神経さがたまりません。それだけではなく、マスコミの報道も毎日あきもせず同じことばかり。政治家ともども文化的水準の低さが改めて浮き彫りになり、言ってもむなしいとわかってはいても愚痴のひとつもこぼしたくなります。
 ますます深刻さの一途をたどる新型コロナウイルスの感染拡大ですが、一刻も早い終息を願うばかりです。

 

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第25回 礼真琴と柚香光、お披露目公演への期待

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 105周年という節目の年に星組の紅ゆずる、花組の明日海りおという人気トップスター2人が連続退団して、大きな穴がぽっかりあいたような寂寞感が残るなか、宝塚歌劇は2020年を迎えました。年頭の小川友次理事長の会見によると、紅と明日海の退団もあって観客動員はさらに伸びて、19年は280万人を超え、史上最高の記録を達成したそうです。近年、力を入れているライブビューイングも明日海の千秋楽は全国で6万人の新記録になったといいます。東京宝塚劇場のチケット争奪戦はより深刻で、転売によるトラブルが後を絶たず、100周年以降の宝塚人気が頂点に達したかのようです。
 2人の人気スター退団後、この好調をどのように持続するかが2020年の大きな課題ですが、トップスターが退団しても、すぐそのあとに新たなスターが生まれ、新たな時代が始まるのが宝塚歌劇。この繰り返しで宝塚歌劇は105年間にわたる盛況を保ってきました。現に1月には花組の新トップスター・柚香光がお披露目公演『DANCE OLYMPIA』を東京国際フォーラムで華々しくスタートし、連日満員の人気で熱気あふれる舞台を繰り広げました。
 スターの新陳代謝の繰り返しこそがほかの劇団にない宝塚歌劇の特徴です。誰が次のトップになるか、中身よりもそんな人事的興味だけで宝塚歌劇が楽しめることは誰もが納得するところです。昨今のSNSの普及とともにファンによるスターの青田買いはますます過熱しているようです。
 ということで、トップスター2人が退団するということは2人の新トップスターが誕生することにつながるわけで、次代のスターがどのように成功するかが、宝塚存亡の鍵にもなるわけです。それだけにトップお披露目公演の選択は宝塚歌劇の今後を占う重要なものになります。お披露目公演はサヨナラ公演と違って客足が思ったほど伸びないというのもこれまでの通例です。宝塚ファンには早くから知られているスターでも、宝塚ファン以外はトップスターになったときにはじめて名前を知る新人。よほどのインパクトがないと都会から遠く離れた2,500人収容の宝塚大劇場に、宝塚ファン以外を巻き込んで連日満員にすることは至難の業なのです。
 そこで近年は、新トップのお披露目公演には宝塚ファン以外にもよく知られる大作の再演をぶつけて新トップを作品面で応援することがセオリーになっています。観客動員が好調に推移している100周年以降の新トップお披露目公演を振り返ってみてもこんなラインアップです。

 2014年8月、花組 明日海りお『エリザベート――愛と死の輪舞』
 2015年1月、雪組 早霧せいな『ルパン三世――王妃の首飾りを追え!』
    8月、星組 北翔海莉『ガイズ&ドールズ』
 2016年5月、宙組 朝夏まなと『王家に捧ぐ歌』
 2017年1月、月組 珠城りょう『グランドホテル』
    3月、星組 紅ゆずる『THE SCARLET PIMPERNEL』
   11月、雪組 望海風斗『ひかりふる路――革命家、マクシミリアン・ロベスピエール』
 2018年3月宙組 真風涼帆『天は赤い河のほとり』

 雪組の早霧せいなのお披露目公演が『ルパン三世』、望海風斗が『ひかりふる路』、そして宙組の真風涼帆が『天は赤い河のほとり』と新作です。しかし、『ルパン三世』『天は赤い河のほとり』は漫画がベストセラーでよく知られた作品ということを差し引けば、フランス革命の立役者マクシミリアン・ロベスピエールを主人公にした『ひかりふる路』が唯一オリジナルの新作で、それ以外はすべて再演の大作です。それ以前も月組の霧矢大夢が『THE SCARLET PIMPERNEL』(2010年)、花組の蘭寿とむが『ファントム』(2011年)、月組の龍真咲が『ロミオとジュリエット』(2012年)、雪組の壮一帆が『ベルサイユのばら』(2013年)とお披露目公演はすべて知名度がある一本立ての大作でした。
 新トップスターの大劇場お披露目公演が動員的に不安であることの証しですが、近年はそれを見越して、大劇場お披露目公演の前に、外箱公演で肩慣らし的なプレお披露目公演をおこなってある程度知名度を上げてから大劇場に乗り込むというのが通例化してきました。珠城りょうの『アーサー王伝説』(月組、2016年)、紅ゆずるの『オーム・シャンティ・オーム――恋する輪廻』(星組、2017年)、望海風斗の『琥珀色の雨にぬれて』(雪組、2017年)全国ツアー、真風涼帆の『WEST SIDE STORY』(宙組、2018年)という具合です。
 紅と明日海の後を継ぐ星組の礼真琴と花組の柚香光も例にもれず、プレお披露目公演が用意されました。礼が『ロックオペラ モーツァルト』(星組、2019年)、柚香が前述の『DANCE OLYMPIA』です。『ロックオペラ モーツァルト』は歌が得意な礼に合わせたロックミュージカル、『DANCE OLYMPIA』はダンスが得意な柚香のためのダンスコンサートと、2人の個性にぴったりの演目が用意されました。そして、大劇場のお披露目公演は礼が『眩耀(げんよう)の谷――舞い降りた新星』(星組、2020年)、柚香は『はいからさんが通る』(花組、2020年)です。
『はいからさんが通る』は、柚香が二番手時代に主演して当たり役になったヒット公演の再演ということで、柚香のための企画としてはうってつけだと思いますが、礼のお披露目公演になった星組『眩耀の谷』には少々驚きました。新トップのお披露目公演に動員数などが読みづらいタイトルの新作です。作・演出・振付を担当する謝珠栄の先祖に材を取った紀元前800年ごろの中国大陸を背景にしたオリジナルの新作。流浪の民・汶族を滅ぼした周は、新しく赴任した丹礼真に汶族の聖地〝眩耀の谷〟探索を命じるが、礼真はそこで美しい舞姫・瞳花と運命の出会いをして……というストーリーです。「新トップコンビ、礼と舞空瞳のために書き下ろした幻想的な歴史ファンタジー」というのが売り文句ですが、これは大きなチャレンジだと思います。3回の台湾公演を成功裏に終え、台湾や香港でのライブビューイングが盛況で、インバウンドの観客が増えていることで、アジア人向けに選んだ作品のような気もします。新トップコンビのお披露目公演としてどういう結果が出るか、今後の宝塚にとって大きな試金石になる公演のような気がしています。いずれにしても、100周年以来毎年動員数を記録更新しているいまだからしかできない冒険なのかもしれません。開幕は2月7日。大いに注目したいと思います。
 さて『宝塚イズム』では第40号刊行記念として、去る12月18日に東京・日比谷のHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEのイベントスペースで、橘涼香さんの司会でトークイベントをおこないました。狭いスペースに満席の70人の方々が参加してくださり、約1時間半の読者との初めての交流は盛況に終わりました。そのときにいただいたさまざまなご意見を参考に、次号の編集作業に取り組んでいきたいと思っています。本当にありがとうございました。機会があればぜひまた開催できればと思います。

 

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