第10回 宝塚激動の夏のなかで

鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)

 早霧せいな&咲妃みゆコンビへの惜別の言葉を中心に、盛りだくさんでお届けした『宝塚イズム35』の発刊から早くも2カ月がたとうとしています。この間の関東はちょっとしばらく記憶にないくらいの空梅雨で、「梅雨明け宣言」といわれても、いつ梅雨があったのだろうか?というほどの日照り続きでした。これでは夏場に水不足になりはしないかと大変案じられますが、一方で九州、また東北などをはじめあちこちで激しい豪雨があり、大きな被害が生じているということで、まず心からお見舞い申し上げます。地球温暖化の影響か、温帯地方だったはずの日本もどうやら亜熱帯・熱帯にジリジリと近づいているようで、夕立などという言葉では到底収まらない激しい雨が一気に降ることが増えました。少女のころ亡き森瑤子さんの小説に頻繁に登場した「スコール」という雨の降り方の描写がいまひとつピンとこなくて、「どうも夏の夕立よりもかなり激しい降り方の雨らしい……」などと想像していたものですが、最近は「きっとこれがスコールなんだろうな」と思う雨がしばしば降るようになりました。なんとか少しでも穏やかな気候が取り戻せるといいのですが。
 などと思い巡らせて鬱々としてしまうときこそ、宝塚観劇がいちばん!なのですが、その宝塚にも激震が走りました。すでに退団を発表している宙組トップスターの朝夏まなととともに同時退団をするメンバーの発表、そして翌日の宙組次期トップコンビ発表、さらに組替え発表は、近年にないと思えるほど大きな動きだったように思います。
 宙組の次期トップスターが真風涼帆だったのは、逆にこの人でなかったほうが天地がひっくり返っただろう!というほどの順当なものでしたから、唯一驚きはありませんでしたし、次期トップ娘役の星風まどかも、まだ組配属前のいわゆる「組回り」中の研1生だった段階で、宙組前トップスター凰稀かなめの退団公演『白夜の誓い――グスタフⅢ世、誇り高き王の戦い』(宙組、2014―15年)で、主人公グスタフⅢ世の少年時代を演じていきなりセリ下がりをしたり、同時上演の『PHOENIX 宝塚!!――蘇る愛』でも通し役のバードを演じるという大抜擢で登場した娘役です。星風はその後も続けざまにバウホール公演ヒロイン、ドラマシティ公演とKAAT神奈川芸術劇場公演で東上ヒロイン、新人公演では『王家に捧ぐ歌』(宙組、2015年)のアイーダ、『エリザベート――愛と死の輪舞』(宙組、2016年)のエリザベートと、宝塚の娘役としては最も大きいといってもいい大ヒロインを次々に演じ、全国ツアー公演『バレンシアの熱い花』『HOT EYES!!』(宙組、2016年)、そして宙組次回公演『神々の土地』『クラシカル ビジュー』(宙組、2017年)でのポスター入りと、まさに破竹の勢いで駆け上がっていました。ですから、いずれ遠からずトップ娘役に就任するだろうことは、誰しもが想像していたことではあれ、このタイミングで、宙組で!という驚きにはやはり大きなものがありました。いうまでもなく宙組には伶美うららという、星風が彗星のごとく現れた前述の『白夜の誓い』上演時に、すでに2番手の娘役の立場でポスター入りしていた美貌の娘役がいたからです。
 確かに伶美には歌唱力に足りないものがあるというウィークポイントはありましたが、過去にも遥くらら、檀れいなど、同様の弱さはもちながらも、トップ娘役として大輪の花を咲かせた娘役たちがいました。その共通点は、何はさておいても……と思わせる美しさで、伶美のそれも先人たちに勝るとも劣らないものでした。特に朝夏とコンビを組んだ『翼ある人びと――ブラームスとクララ・シューマン』(宙組、2014年)や、愛月ひかるとコンビを組んだ『SANCTUARY』(宙組、2014年)など、伶美のクラシカルな美貌と芝居力が、作品全体をより深いものにした情景がいくつも思い出されるだけに、そんな伶美が朝夏とともに、トップ娘役という称号を得ずして宝塚を去るという顛末には、一ファンとして無念なものが残りました。宝塚の娘役は、本当にわずかな一つのタイミングで、その命運が大きく異なってしまうもので、残念ながら伶美もその一人になってしまったようです。彼女がトップ娘役になってくれたら観てみたいと思っていたあまたの夢の役柄は夢のままになってしまいましたが、せめて朝夏の退団公演が、伶美にとっても有終の美を残す公演となってくれることを祈っています。そして、花組から芹香斗亜を2番手に迎えて、真風&星風を頂点にまったく新しい風が吹くだろう次の宙組が、愛月をはじめとしたこれまで宙組で頑張ってきた組子たちにも、働き場の多い作品に恵まれることを願っています。
 そんな激動を続ける宝塚で、7月23日、雪組トップコンビ早霧せいな&咲妃みゆを含めた7人が、この夢の園に別れを告げて去っていきました。千秋楽の『早霧せいなサヨナラショー』は雪組のトップスター時代の曲を網羅した構成でしたが、なかでも際立っていたのは、平成のゴールデンコンビと謳われた早霧と咲妃らしく、2人の場面の比重が大きかったことでした。個人的にも熱望していた『Greatest HITS!』(雪組、2016年)の「オーバー・ザ・レインボー」でのデュエットダンスの再現はもちろん、2人のデュエット曲が『ルパン3世――王妃の首飾りを追え!』(雪組、2015年)、『私立探偵ケイレブ・ハント』(雪組、2016年)、『ローマの休日』(雪組、2016年)と3曲ものメドレーで歌われていて、非常に印象に残りました。退団記者会見での早霧本人の弁によれば「私のサヨナラショーであると同時に、咲妃と2人のサヨナラショーであると思っていたので、デュエット曲の選択については咲妃の意向もたくさん入っています」ということで、どこまでも相手役を尊重している早霧の男気と、早霧と咲妃という、2人がそこにいるだけで観客が幸福を感じることができた「平成のゴールデンコンビ」の神髄を改めて見た思いがしました。
 もう一つ印象的だったのは、サヨナラショー、最後の挨拶、退団記者会見と、セレモニーのすべてが最近には珍しく涙、涙のなかにあったことで、早霧の「できることなら一生男役でいたかった」という言葉に、ずっしりと重いものを覚えました。それがかなったならどんなにすばらしかったことか……と思いますが、それがかなわないことが、宝塚が100有余年の歴史を築いてきた源でもあるのでしょう。この日同時退団した鳳翔大、香綾しずる、さらに咲妃みゆ、それぞれの次の動きが早くも聞こえてきているのはうれしいことです。ほかの退団者のメンバー、そして誰よりも激務の日々を送ってきただろう早霧には、しばらくゆっくりする時間をとってほしいという気持ちももちろんありながら、きっとまたどこかで、必ずやあのすばらしい笑顔に出会えると信じています。本当にお疲れさまでした。さようならは言いません。「See you Again!」

 

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