薮下哲司(映画・演劇評論家)
人気絶頂のトップスターも数年で退団という宿命を抱える宝塚歌劇団。以前は、退団=結婚という未来図が普通で、トップスターの退団理由も「結婚準備」なるいまや死語のような理由がまかり通っていました。
21世紀も20年も過ぎた現在、トップスターの退団は「後進に道を譲る」というのが本当のところで、退団後は宝塚で培った舞台人としての経験を生かして、芸能活動に進むか、ダンスや声楽などの教師など様々な職業に転職するなど、結婚して家庭に入るというケースは逆にまれになってきました。
ただ、宝塚を卒業したからといってトップスターや一芸に秀でた実力派以外は、ミュージカル全盛の現代とはいえ、そうそう仕事が舞い込むわけではありません。ただ何人かが一緒になると元タカラジェンヌの威光は捨てたものではなく、集客もばかになりません。そこで、あちこちでOGを中心にした公演のようなものが活況を呈しています。
宝塚歌劇団としては、退団後のスターたちの芸能活動については一切干渉することなくオープンですが、昨今、元タカラジェンヌを売りにした公演が増加、悪質な芸能事務所によるトラブルなども表面化し、しばしば問題になってきました。そこで、宝塚歌劇団の親会社・阪急阪神ホールディングスは、歌劇団を卒業して芸能活動を続けようという意思があるOGのために、彼女たちが安心して第二の人生を歩めるようにサポートしようという新たなプロダクション「タカラヅカ・ライブ・ネクスト」を昨年4月に立ち上げたのです。
人気絶頂で卒業したトップスターたちは系列の梅田芸術劇場が預かり、退団後の最初の仕事はここからスタートするのが、このところの定石になってきています。しかしこれは、あくまで人気があるトップスターに限られていました。タカラヅカ・ライブ・ネクストは、実力があっても在団時には十分に活躍できなかった人たちに第二のチャンスの可能性を広げてあげようという狙いも含めて設立されました。2025年に大阪で開催される万国博覧会に向けて、OGメンバーによる何らかのイベントをいつでもできる体制を整えておきたいという親会社の意向も見え隠れします。
現在、元星組の音花ゆり、元宙組の純矢ちとせ、同じく元宙組の澄輝さやとら7人が在籍していますが、この9月、東京・日本青年館と宝塚バウホールで退団したばかりの元雪組の人気スター・彩凪翔を迎えて旗揚げ公演『アプローズ――夢十夜』(作・演出:三木章雄)が上演されました。
彩凪を中心にライブ・ネクストメンバーからは音花、元月組の貴千碧、元雪組の透水さらさ、元宙組の風馬翔、元雪組の星乃あんりの5人が出演。元雪組の笙乃茅桜、元宙組の星吹彩翔がゲスト出演。東京公演は元月組のトップスター・彩輝なお、宝塚公演には元雪組の水夏希が特別ゲストとしてお祝いに駆け付け、各9人というこぢんまりとしたコンサートでした。
『セロ弾きのゴーシュ』をベースに、スターとして再出発を夢見る青年が古びたオペラ座でそこにすみついた舞台の精霊たちに新たな出発を後押しされるという、退団間もない彩凪の今後に重ね合わせた内容で、音花と透水は歌、貴千と笙乃はダンス、風馬・星乃は芝居とダンス、星吹は芝居と歌とそれぞれの特徴を生かした活躍ぶりで、メンバーのショーケース的な公演にもなっていました。
彩凪の退団後初の本格的ステージということと、彩輝や水といったトップスターの出演もあって公演は完売の人気。宝塚の公演はライブ配信もおこなわれるなどOG公演としては破格の扱いで、さすが親会社肝いりの旗揚げ公演だけありました。
今後はコンサートだけでなく、ストレートプレイや朗読劇、リサイタルといった公演も視野に入れるといい、宝塚で培った様々な表現のスキルを存分に発揮、在団中にはできなかった形で披露する機会もでき、無限の可能性が考えられます。
いわゆる第6の組「夢組」構想ともいうべき展開で、トップスターを頂点に二番手、三番手という形態の組ではなく、宝塚を卒業したタカラジェンヌにもっと自由に活躍できるフィールドを提供しようというまったく新たな組になりそうです。
卒業後も自分たちでハンドリングしようという親会社の意向は透けて見えるのですが、これまでは卒業したら他人みたいな、OGたちへの支援という意味では一歩前進したといえるのではないでしょうか。
『宝塚イズム44』(2022年1月刊行予定)では、第6の組・夢組(タカラヅカ・ライブ・ネクスト)の話題にもふれながら、コロナ禍のなかをなんとか順調に公演を重ねる宝塚歌劇の新しい年に向けた動きを探っていきます。楽しみにお待ちください。
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