薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)
宝塚歌劇の評論シリーズの最新号『宝塚イズム34』の発売日、12月1日が迫ってきました。すでに原稿はすべてそろい、現在は校正、印刷、製本と出版に向けての最終段階といったところです。
今号の目玉は、11月20日の星組公演『桜華に舞え』『ロマンス!!(Romance)』東京公演千秋楽で退団するトップコンビ、北翔海莉と妃海風のサヨナラ特集で、2人が宝塚に残した足跡をたどりながら、それぞれのタカラジェンヌとしての資質と魅力を、オフの人柄や舞台姿などさまざまな面から分析・解析していきます。
北翔海莉という人は、最近のタカラジェンヌには珍しく宝塚歌劇のことを何も知らずに受験、入団。持ち前の負けん気で猛勉強、宝塚音楽学校在学中の2年間で頭角を現しました。まさに努力の人で、それは20年後、退団する現在までずっと変わりませんでした。
退団公演は、明治維新の立役者・西郷隆盛の右腕として西南戦争で壮絶な戦死をとげた桐野利秋の半生を描いた齋藤吉正の書き下ろしのミュージカル『桜華に舞え』で、北翔はもちろん主人公の桐野を演じました。生粋の薩摩藩士役で齋藤の脚本の台詞は全編ほとんど鹿児島弁。もちろん歌劇団には方言指導のスタッフがいるのですが、それで飽き足らない北翔は、役作りを兼ねて早くから鹿児島へ出向いて実地特訓、現地出身の人が聞いて遜色のない自然な鹿児島弁を舞台で操りました。宝塚での公演が終わり、東京公演までのあわただしい時間の合間にも、再度鹿児島へ。舞台で披露する自顕流の特訓を改めて受けにいくというほどの念の入れ方。退団公演の宝塚と東京の合間に、改めて役作りのための特訓をしたトップスターというのは、長い宝塚取材歴のなかでも初めて聞きました。トップスターは退団を発表すると、雑誌「歌劇」(宝塚クリエイティブアーツ)や「宝塚GRAPH」(宝塚クリエイティブアーツ)のサヨナラ特集の取材、さらにCSチャンネルの特集番組収録、加えてサヨナラ記念写真集の撮影など、そうでなくとも退団の準備や本業の舞台で多忙にもかかわらず、その合間を縫っての殺陣の稽古というのは、まさに完璧主義者・北翔らしいエピソードでした。そのぶれない姿勢には本当に頭が下がります。
もともと、何事もやり始めたら究めるまでやらないと気がすまないタイプらしく、横笛も運転免許もフラメンコも、役作りのためにやり始めたらとことんやってしまうという性格。宝塚でのトップ就任も、入ったのだからとことん究めるという彼女なりのポリシーの成就だったのかもしれません。
宝塚での千秋楽は、大劇場全体が彼女らしい温かい雰囲気に終始包まれ、とてもいいサヨナラショーでした。20日の東京での千秋楽はさらに盛り上がることになるでしょう。何も知らないで入った宝塚を愛し、仲間を愛し、ファンを愛した北翔のこれからの活躍を切に願いたいものです。すでに、さまざまなところからのオファーがきていて、水面下では決まっているものもあるようですが、さしあたりは年末のファンクラブ対象のディナーショーから再スタートになるようです。歌に芝居になんでもできる強みで、あわてずじっくりと長いスタンスをもって活躍してほしいと思います。
さて、北翔・妃海という星組トップコンビが退団すると、さっそく次期の紅ゆずる・綺咲愛里という新コンビが12月の『タカラヅカスペシャル2016――Music Succession to Next』でお披露目、早くも始動します。人が変わればまた組は別のカラーに染まり、新たな星組に生まれ変わります。これこそが宝塚が102年続いてきた原動力の一つでしょう。二番手には成長目覚ましい礼真琴、それをサポートする七海ひろきの人気上昇も見逃せません。麻央侑希や十碧れいやといった中堅に加えて綾凰華や天華えまといった若手の成長も頼もしいかぎり。
一方、北翔退団で一段落した星組のあとは、次なるトップスター退団の動きに注目が集まっています。この原稿の締め切りまでにはまだ発表がありませんが、先ごろ、星組の実力派娘役・真彩希帆が雪組に、雪組の人気男役スター・月城かなとが月組に異動することが発表されるなど、次期体制作りが着々とおこなわれていて、発表は時間の問題です。こうして次々に新陳代謝が繰り返される宝塚は、旬のスターの魅力を楽しむエンターテインメントなのだなあとつくづく感じ入ります。それがうまくいったときには本人の実力以上の輝きがあふれます。
それを改めて確認したイベントの発表がありました。12月から来年(2017年)にかけておこなわれる『エリザベート TAKARAZUKA20周年 スペシャル・ガラ・コンサート』制作発表会見です。今年(2016年)は『エリザベート』が宝塚で初演されて以来20年、その掉尾を飾ってこれまでの公演に出演してきたスターたちが一堂に会してのガラコンサートが開催されることになり、にぎやかに制作発表会見がおこなわれたのです。
壇上に上がったのは、初演の雪組公演に出演、トート役を演じた一路真輝、再演の麻路さき(星組)、姿月あさと(宙組)、彩輝なお(月組)、春野寿美礼(花組)、水夏希(雪組)。エリザベート役の大鳥れい(花組)、白羽ゆり(雪組)、退団したばかりの龍真咲(月組)、そして月組公演に出演した専科・凪七瑠海の10人。
席上、演出の小池修一郎が「まさか20年続くヒット作になるとは夢にも思わなかったが、いま振り返ると、初演のメンバーはじめ、この作品を演じてくれた生徒たちが青春の情熱のすべてを振り絞って取り組んでくれていたんだなあと思う。それがいまに続いているんだと思う」としみじみと語ったとおり、生徒がそのときそのときのもてる力を最大限に作品にぶつけていて、それぞれの思いがまさに青春なのでした。しかし、この作品を通過して宝塚を卒業、改めてこの作品に向き合ったとき、宝塚時代とはまったく違ったトートなりエリザベートが生まれる。それぞれが人生経験を積んだあとの『エリザベート』は、深みがあり奥行きが出て、宝塚時代とはまた違ったすばらしさがある。しかし、無垢な青春時代の『エリザベート』は帰ってこない。今年、20周年ということで『エリザベート』は東宝版と宝塚版が同時に上演されました。朝夏まなとと実咲凜音が演じた宙組公演は、東宝版に比べるとなんだか幼く見えたようにも思います。でも、それが宝塚の魅力なのだと、会見でのOGたちを見ていて改めて感じ入りました。どちらがいいとはもはやいえない。その違いをぜひ『エリザベート TAKARAZUKA20周年 スペシャル・ガラ・コンサート』でも確かめてほしいと思います。
さて2016年の宝塚は、100周年人気の余韻を引き継ぎ、年初から好評裏に推移。『るろうに剣心』(雪組)のヒット、月組の龍真咲、星組の北翔海莉の退団公演の間には『エリザベート』再演(宙組)と、ほぼ毎公演満員の盛況が続いています。この好調をどのように持続していくか、それにはスムーズなスター交代人事と新作のヒット作を生み出すことに尽きるでしょう。制作陣の手腕を切に期待したいと思います。
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