第13回 朝夏まなと退団、そして2018年の宝塚

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

『宝塚イズム36』発行日の12月1日が迫ってきました。今号も執筆メンバーの宝塚愛に満ちた熱い原稿が多く集まり、すでに校了。印刷そして発売を待つばかりの最終段階になっています。
 最新号のトップを飾るのは、11月19日、東京宝塚劇場公演『神々の土地』『クラシカル ビジュー』千秋楽で退団した宙組トップスター朝夏まなとのさよなら特集です。丸2年という短い就任期間でしたが、作品に恵まれ、濃い2年間だったことが、寄せられた惜別の原稿にもよく表れていました。最後に巡り合った『神々の土地』のロマノフ王朝最後の貴公子ドミトリー・パブロヴィチ・ロマノフは、朝夏本人にとってもファンにとっても、長く記憶に残る当たり役だったと思います。退団が宿命づけられている宝塚のスターにとって、退団後もファンの記憶に残る作品に出演できることは非常に大事なことだと改めて思いました。退団後に女優として活躍しているOGの宝塚時代の代表作を聞かれて、誰も知らない作品のタイトルを言わないといけないことほど寂しいことはありません。大地真央なら『ガイズ&ドールズ』(1984年初演)、一路真輝なら『エリザベート』(1996年初演)、最近では早霧せいなといえば『ルパン3世――王妃の首飾りを追え!』(雪組、2015年)、『るろうに剣心』(雪組、2016年)とすぐに出てくる人はいいのですが、出ない人のほうが多くて悔しい思いをしたことが何度もありました。『神々の土地』が再演されて、初演は朝夏だったといわれるようになってほしいものです。
 一方、過去を振り返るばかりではなく、年明け最初の話題作、1月1日から宝塚大劇場で開幕するミュージカル『ポーの一族』(花組)への期待を込めた「少女マンガと宝塚歌劇」についての小特集も組みました。『ポーの一族』は、11月16日にパレスホテル東京で盛大に制作発表会見がおこなわれて作品の一端がベールを脱ぎ、明日海りお扮する美少年エドガーの妖しい美しさに、会場の出席者は「この世のものとは思えない」と一様に思わずため息が出たようです。
 この作品の原作は、萩尾望都の少女マンガの伝説的な名作。演出の小池修一郎が、宝塚歌劇団に入団する前の1970年代のはじめごろ、萩尾が原作を発表したころからの熱烈な読者で、宝塚歌劇団に入った暁にはこの作品をぜひ舞台化したいと念願していたといういわくつきの作品。作品が発表された当時、私の周囲にも『ポーの一族』の熱狂的な信者がいて、よく話を聞かされていたので、当時の少女マンガファンにとって特別な作品であることは理解していました。その後、劇団Studio Lifeが上演した『トーマの心臓』(1996年初演)や『訪問者』(1998年初演)などで萩尾作品にもふれましたが、瞳がキラキラ輝く少女マンガ独特の絵柄にどうしてもなじめず、『ポーの一族』はずっと読んだことがありませんでした。今回、舞台化が決まったということで、初めて原作に目を通しました。
 永遠に年をとらないバンパネラ(吸血鬼)一族の少年が主人公の話だったんですね。シェークスピアの『真夏の夜の夢』を宝塚で舞台化した小池の初期の秀作『PUCK』(1992年初演)にも通じる内容であることがわかり、小池の胸の中にはずっと『ポーの一族』が渦巻いていたのだなあといまさらながら納得。年をとらないことを周囲の人たちに悟られないように、時空を超えて転々と引っ越しを繰り返すという設定も、宝塚にはふさわしい題材だと思いました。そういえば美人女優ブレイク・ライヴリーが主演した映画『アデライン、100年目の恋』(監督:リー・トランド・クリーガー、2015年)が同じ設定だったことを思い出しましたが、洋の東西、考えつくことはあまり変わらないですね。
 問題は主人公のエドガーの14歳という年齢の設定。しかし、これも姿形は14歳でも、長年生きていることから精神的には成熟しているという解釈でクリアするのだとか。小池氏は会見で「入団時点で宝塚に『ベルサイユのばら』ブームがきていて、少女マンガと宝塚が親和するのはわかっていたし、いつかぜひやりたいと思っていたのが『ポーの一族』だった。主人公が少年なので、宝塚では難しいかなと思った時期もあったが、ポスター撮影での明日海の扮装を見て、明日海でやれるまで運命の神が待ちなさいと言ったんだなと思った」と語って、いま舞台化する意味と作品への熱い思いを語りました。
 エドガーを演じる明日海は、赤いバラをもって主題歌「悲しみのヴァンパイア」を披露したあと、「原作を読めば読むほど魅力的で、すっかり『ポーの一族』の世界にはまっています。エドガーは少年だけれど、何百年も生きていて、周りにいる普通の少年たちとは明らかに違うものをもっているはずですから、彼のオーラや、少年の姿でありながらのセクシーさ、永遠に生きなければならない悲しみを表現したい」と抱負を述べました。
 そんな2人を傍らで見守りながら、原作者の萩尾氏も「長い間待たされたけれど、私のイメージを超えた美しい世界が目の前に広がるのが予感できて、いまからドキドキわくわくしております」と舞台化への期待を込めました。
 宝塚版は、原作の第2巻(〔フラワーコミックス〕、小学館、1974年)所収の「メリーベルと銀のばら」のエピソードがメインになり、問題の年齢設定は明確化されないそう。小池は、「みなさん一人ひとりさまざまなイメージがあると思いますが、私たちで、いまの花組でできるベストの作品を作りたい」と明言していました。いずれにしても、宝塚の2018年最初にしていちばんの話題作であることは確か。『宝塚イズム36』では甲南女子大学メディア表現学科准教授で少女マンガと宝塚歌劇の両方に精通している増田のぞみさんに原稿を依頼、『ポーの一族』の宝塚での舞台化の意味と期待を執筆していただきました。熱心な宝塚ファンでもある増田さんらしい鋭い分析で読み応えがある原稿が送られてきました。ぜひお楽しみください。
『ポーの一族』を筆頭に、宝塚歌劇は2018年も新作に加えて名作の再演と話題作が目白押し。気が早い話ですが、編著者としては気持ちはすでに『宝塚イズム37』に動きかけています。次の発行は6月1日の予定。どんな特集が組めるのか、いまからあれこれ考えるのが楽しみです。

 

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