第19回 2018年を振り返り、19年を展望する

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム38』(12月1日発売)は2018年の宝塚を振り返るという意味合いも込めて「5組の診断」を特集に組みましたが、トップスターのサヨナラ特集とは違って、現在の宝塚全体を俯瞰することができて、なかなか充実した内容になったと自負しています。書店での反応も、個別のファンだけでなく宝塚を応援するファン全般に受け入れてもらうことができているようで、われわれ編著者が予想していた以上に好評だそうです。トップスターの退団発表がなく、ギリギリまで特集を決めかねていただけに、思いがけないうれしさとともに、読者のみなさまのニーズが何なのか、編集をするうえでの新たな課題を突き付けられた思いもしています。いずれにしても、楽しんでいただいていればこのうえない喜びです。
 宝塚歌劇は2019年に105周年を迎えます。つい先日100周年だと思っていたのですが、時がたつのは早いものです。100周年でマスコミがこぞって取り上げたおかげもあって、以来、好調な観客動員が続いています。それは、足が遠のいていたオールドファンや初めての若いファンがそのときに観劇して、宝塚歌劇の魅力を再認識し、リピーターになったからにほかなりません。ちょうどそんなときに上演された『ルパン三世――王妃の首飾りを追え!』 (雪組、2015年)や『るろうに剣心』(雪組、2016年)などの作品が、宝塚を見る彼らの目を変えたのではないでしょうか。「宝塚って意外と面白いやん」、それが現在の隆盛につながっているのだと思います。スタッフの企画力とそれに応えた出演者、演出力の成果だと思います。
 2018年の宝塚歌劇は、そんなファンを十分に満足させた充実した一年でした。少女マンガのカルト的名作を初めて舞台化した花組公演『ポーの一族』、人気ミュージカル『エリザベート――愛と死の輪舞』(月組)、そして『ファントム』(雪組)の再演が宝塚大劇場、東京宝塚劇場ともに連日満員の人気を呼びました。ほかにも台湾で上演した星組公演『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』のような人形アニメを舞台化するという新しいジャンルの作品にも果敢に挑戦、新作の合間にヒット作をバランスよく配置したバラエティーに富んだ陣容で話題を呼び、作品のレベルも比較的高い水準をキープできたのが何よりでした。宝塚大劇場では台風で二度休演するという不測の事態もありましたが、珍しくトップスターの退団がなかったのも安定感につながっています。
 そんななかで年末にディズニーリゾートにある舞浜のアンフィシアターで初めておこなわれたコンサート『Delight Holiday』(花組)が、これからの宝塚歌劇の一つのあり方を示していてなかなか興味深い公演でした。花組のトップスター、明日海りおを中心とした18人の選抜メンバーによる公演でしたが、本拠地では見られない男性客の姿が目立ち、普通のコンサートと同じようにペンライトを持ってタカラジェンヌを応援する姿が新鮮でした。場所柄、ディズニーランドのショーを見る感覚だったのかも。コンサートといえば最近では星組トップ時代の柚希礼音がおこなった日本武道館での大掛かりな公演がありましたが、そのときよりずいぶんとリラックスした感覚でした。
 内容も平成最後の年にちなんだ30年間のヒット・メドレーやディズニー・メドレーなど、いつものレビューとは一味違った選曲。トップ娘役の仙名彩世が歌った安室奈美恵の「Hero」は聴きものでした。
 宝塚歌劇にとって男性客の開拓は長年の懸案だったのですが、全国の映画館でのライブビューイングが拡充されて、宝塚歌劇が気軽に楽しめるようになったことも一因かもしれません。ライブビューイングはこれまで東京宝塚劇場での千秋楽公演に限られていましたが、2018年からは宝塚大劇場の千秋楽をはじめ、中日劇場、博多座、赤坂アクトシアター、さらに宝塚バウホール公演までおこわれるようになっています。これに加えて、放送開始とともにNHK-8Kでのライブ放映も始まりました。充実したコンテンツを生かして、今度はさらなる男性ファンの獲得へ――宝塚歌劇の攻勢は来年も続きそうです。
 来年の宝塚は宝塚大劇場が星組公演『霧深きエルベのほとり』、東京宝塚劇場は雪組公演『ファントム』からスタートします。元日、2日のそれぞれの初日には各組トップスターが勢ぞろいして口上をおこない、105年目の開幕をことほぎます。『霧深きエルベのほとり』は菊田一夫作で、1963年に初演された伝説的舞台の再演。20世紀初頭のハンブルクを舞台に、船乗りと深窓の令嬢の身分違いの恋を描き、当時のトップスター、内重のぼるの当たり役になった作品で、その後2度、再演されています。昭和の香りがする宝塚のクラシックといえば、大体の雰囲気はわかっていただけるでしょう。それを実力派の若手作家である上田久美子が現代の女性の視点でどんな形でよみがえらせるのか、興味は尽きません。
 前半のラインアップはその後、明日海りお率いる花組の一本立て大作『CASANOVA』、珠城りょうが宮本武蔵に扮する月組公演『夢現無双――吉川英治原作「宮本武蔵」より』、真風涼帆が星組時代に新人公演で主演した作品に挑戦する宙組公演『オーシャンズ11』、望海風斗が悲劇の新選組隊員に扮する雪組公演『壬生義士伝』と続きます。話題性があるオリジナルにヒット作の再演という安定路線はそのまま継承しながら、105年を乗り越えようという狙いです。後半もさらに話題作が続きます。
『宝塚イズム39』は6月1日発売です。105周年前半の成果の検証と後半への展望が、次号の大きなテーマになるでしょう。トップスターの変動もそろそろありそうな予感もしながら、4月には話題の新人の初舞台も控えていて、105周年の宝塚歌劇はマスコミを巻き込んでまたまた大きな旋風を巻き起こしそうです。宝塚ウオッチャーとしての『宝塚イズム』執筆メンバーも東奔西走、多忙な年になりそうですが、編著者としてはそのあたりの話題性に流されず、しっかりと宝塚のいまを見守っていきます。ご期待ください。

 

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第18回 『宝塚イズム38』発売と、宝塚歌劇の様々な動きに思う

鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)

 いよいよカレンダーが残り1枚になりました。すでに手元にあるチケットは2019年のものが格段に多くなっていて、月日の流れの早さには驚愕するばかりの毎日です。
 そんななか、そのカレンダーがラスト1枚になった12月1日、『宝塚イズム38』が店頭に並び始めました。今号の特集は「明日海・珠城・望海・紅・真風、充実の各組診断!」と題して、男役トップスターの交代が全くない年だった2018年のいまだからこそ語れる、花、月、雪、星、宙、各組の魅力と勢力分析を語ろうという企画で、それぞれの組の魅力や可能性を「我こそは!」と自負する書き手のみなさんが語っています。
 とはいえいつものことなのですが、「書籍」である『宝塚イズム』の締切り設定は雑誌と比べてかなり早く、これらの原稿がすでに上がってきていて校正作業が始まろうかという段階で、花組トップ娘役の仙名彩世が2019年4月28日花組東京宝塚劇場公演『CASANOVA』千秋楽をもって退団、宙組男役スターの愛月ひかるが宙組博多座公演『黒い瞳』『VIVA! FESTA! in HAKATA』千秋楽翌日の19年2月26日付で専科に異動することが発表され、私を含め書き手たちは原稿の差し込みと修正作業に追われました。いずれもここでこのような人事が動くとは予想していなかった事態で、格別な想いがあります。
 仙名彩世はこれまでトップスターになるための第一関門と考えられていた新人公演のヒロイン経験をもたずにトップ娘役の座をつかんだ人で、彼女の存在が、いまも与えられた場所で懸命に努力を重ねている、後に続く娘役たちにどれほど大きな励みを与えたか計り知れません。さらに、円熟期を迎えているトップスター明日海りおの3人目の相手役でもありましたから、明日海よりも先に単独で退団する道を選んだことには驚きもありました。けれども現在舞浜アンフィシアターで上演中の『Delight Holiday』で、一世を風靡した『アナと雪の女王』の「Let it Go」を東京宝塚劇場と変わらないキャパシティーを誇る大舞台で堂々と1人センターを張って歌いきる姿を見ていると、どこかでは満願成就のすがすがしさも感じます。あと半年、彼女のトップ娘役としての輝きを目に焼き付けていきたいと思います。
 一方愛月ひかるは、同期生の芹香斗亜が二番手男役スターとして加入して以来、宙組での立ち位置に一抹の不安こそ覚えてはいましたが、芹香とは巧みに居どころを分け、なお重要な役柄を演じてきていて宙組悲願の生え抜きトップスターの期待をその双肩に担っている人という想いは変わりませんでしたから、ここでの専科異動の衝撃は大きなものでした。ただ博多座公演『黒い瞳』では、トップスターに拮抗するほどの大役であるプガチョフを演じることが決まっていますし、現在発表されている範囲での2019年の宝塚作品ラインアップを見ても、この公演には愛月が必要なのではないか?と思えるものがすでに何本もあり、二枚目役からキャラクター性が濃い役柄まで幅広く演じられる愛月が専科に異動することは、発展的思考での人事だと信じたいと思います。専科で活躍したのちに組トップとして帰還した例は過去にも多いこともあわせて、愛月の今後の活躍に期待したいです。
 そんな人の動きのなかで、これは全く締め切りに間に合いようもなかったのが、星組スターの七海ひろきの2019年3月24日星組東京宝塚劇場公演『霧深きエルベのほとり』『ESTRELLAS(エストレージャス)――星たち』千秋楽をもっての退団発表でした。紅ゆずるが率いる星組では礼真琴が二番手スターとして確立していて、上級生の七海の進退に危惧するものがなかったのか?と言われれば、確かにその懸念は常にありました。しかし、星組全体のビジュアル度を確実に高めている「美しい男役」である七海の貴重さと同時に、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の実質的な主人公・殤不患(しょうふかん)を堂々と演じて実力面でも申し分がない進化を遂げていた七海をぜひ大切なスターとして生かしてほしいと念願していただけに、この発表には無念の想いがつきまといました。それこそ専科に異動して多彩な活躍をしてほしかったという想いはいまも消えませんが、やはりそれは七海本人の美学にも左右されることなだけに、多くを語ることはできません。ただだからこそ、限られてしまった「男役七海ひろき」を堪能できる時間を大切にしたいですし、七海本人にもファン諸氏にも、喜びにつながるはなむけが贈られることを切に願います。
 こうなってくると、七海の同期生である月組の美弥るりかへの想いもまた大きくなっていますが、大劇場公演の休演で案じられた体調も無事に整ったようで、11月18日、連日立見席まで完売の大盛況のなか千秋楽を迎えた月組東京宝塚劇場公演『エリザベート』のフランツ・ヨーゼフ1世役を盤石に務める姿に接して、心から安堵しました。フィナーレ冒頭の歌手、また男役群舞の「闇が広がる」のセンターなどで魅せる美弥の華やかさは圧倒的で、やはりいまの月組の豊かさを語るのに欠かせない人材であることを、いわば不在が証明した形になったと思います。2019年、主演を務めるバウホール公演『Anna Karenina』も壮絶なチケット難公演と化していて、千秋楽のライブ・ビューイングも決定し、ますます大きな存在になっていくことでしょう。さらなる活躍に期待したいです。
 そんな明日海りお、珠城りょう、望海風斗、紅ゆずる、真風涼帆が率いる各組に加えて、さらにもう一つ組が必要ではないか?とさえ思えるいまの宝塚の贅沢な陣容を語った『宝塚イズム38』では同時に「若手作家を語りたい!」と題して、小柳奈穂子、生田大和、上田久美子など期待の作家陣にもフォーカスしています。豊富なスターをどれだけ輝かせることができるかは、作家がいかに優れた作品を書いてくれるかにかかってくるだけに、こうした目線での論考も随時取り上げていきたい一つです。また、前述の月組公演『エリザベート』で大輪の花を咲かせて宝塚を巣立っていった愛希れいかが最も新しい宝塚OGスターとなりましたが、そんなOGたちの活躍を今号でも数多く取り上げています。近年では、東西に分けているにもかかわらずOGたちの活動が多彩なあまり、紙幅との兼ね合いが常に悩みの種ですが、今後も宝塚育ちの表現者たちにも丁寧な視線を注いでいきたいと思っています。
 なかでも大きな柱である「OGロングインタビュー」には、女優として破竹の勢いの活躍を見せている朝夏まなとが登場してくれました。ヒロインデビューを飾った『マイ・フェア・レディ』、12月8日に初日を開ける『オン・ユア・フィート!』の話題はもちろん、宝塚時代のターニングポイント、宙組のトップスター時代、さらに現在OGとして宙組の下級生たちや宝塚歌劇全体への想いを、非常に素直な言葉で語ってくれた、8,000字に及ぶ充実の内容になっています。こちらもぜひお楽しみください。
 こうして、慌ただしい師走のなかではありますが、一人でも多くの方に新刊を手にしていただけることを願いながら、変わらずに熱い想いを込めて宝塚を見つめる一年が過ぎていくのを感じる今日この頃です。

 

Copyright Eriko Tsuruoka
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