第12回 スターと作品の戦略的出合い

鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)

『宝塚イズム』が年2冊刊行になり、じっくりと宝塚の半年、そしてその先を検証していこうという基本方針が固まったのと並行して、宝塚に日々起こっている事柄もなんらかの形で書き留め、読者の方々、宝塚ファンの方々と共有したい、という思いでスタートしたウェブ連載「『宝塚イズム』マンスリーニュース」も、早くも12回目を迎えました。以前にも申し上げましたように『宝塚イズム』制作繁忙期には休んでいるので、1年以上が過ぎたことになります。月日がたつのはなんと早いことか!と驚きを禁じえません。本当に1年は矢のように過ぎていくものですね。だからこそ1日1日を大切に過ごさなければと思いながら、ひたすら時間に追われているのが実情なのがつらいところです。
 そんな日々のなかで、この原稿がアップされるころには宙組トップスター朝夏まなとが宝塚大劇場に別れを告げていることになります。太陽のようなトップスターでありたいと言っていた、その言葉どおりの明るさで組を率いてきた朝夏のラストランにもいよいよ加速がかかる寂しさは、宝塚の宿命とはいえ何度体験しても切ないものです。『宝塚イズム36』には、そんな思いが詰まった、力のある原稿が集まるはずです。ご期待いただきたいと思います。
 その一方で、次代の宙組トップコンビ真風涼帆と星風まどかのプレお披露目公演が、ブロードウェイ・ミュージカルの金字塔『WEST SIDE STORY』(2017年)、さらに大劇場お披露目公演が、篠原千絵の同名少女マンガを原作としたミュージカル『天は赤い河のほとり』と『シトラスの風――Sunrise』(2018年)に決まりました。『WEST SIDE STORY』も『天は赤い河のほとり』も、なるほど、新トップコンビにピッタリだな!という作品ですし、宙組発足20周年の記念イヤーに、宙組誕生第1作の演出の栄誉を担った岡田敬二のレビューを、ロマンチック・レビュー・シリーズ20作目の記念と合わせて上演するというのも非常に卓越したアイデアで、ポンと膝を打ちました。しかも、2017年に『はいからさんが通る』(花組)、18年に『ポーの一族』(花組)と、少女マンガ史に残る作品の上演予定が目白押しだったところに、さらに『天は赤い河のほとり』が加わるという話題性も大きく、宝塚歌劇団の企画力を感じます。このあたりも『宝塚イズム36』の新トップへの期待の小特集1、また少女マンガと宝塚を考える小特集2で大いに語られるにちがいありません。
 そうしたラインアップのなかでも、私個人が思わず「そうきたか!」とうならされたのが、雪組新トップコンビのお披露目公演『ひかりふる路――革命家、マクシミリアン・ロベスピエール』(2017年)の楽曲を、世界のミュージカルシーンで活躍する気鋭の作曲家フランク・ワイルドホーンが全曲書き下ろすというニュースでした。これには本当に驚かされましたし、かなり興奮もしています。というのも、こう事態が動いたいまだからこそいえるのですが、雪組新トップスターとなる望海風斗のお披露目公演の題材がマクシミリアン・ロベスピエールを題材にしたオリジナル作品だと聞いたときには、ちょっと首を傾げたからです。もちろん望海の骨太な個性に、人類の平等を夢見て革命に理想を燃やしフランス大革命を成し遂げながら、のちに自らが独裁者となっていくロベスピエールの波乱万丈の人生がとてもマッチするだろうことに異論はありませんでした。「『ベルばら』共和国」とも称される宝塚歌劇で、マリー・アントワネットを断頭台に送った側の人物を、生田大和が主人公としてどう描くのか?という興味も大いにありました。ただ、危惧されたのはタイミングでした。今年(2017年)宝塚では『THE SCARLET PIMPERNEL』(星組)、『瑠璃色の刻』(月組)とフランス大革命の時代を描いた作品の上演がすでに2本あり、七海ひろきと宇月颯がそれぞれの作品でロベスピエールを演じています。いくら主人公として描かれるとはいえ、新トップスターが今年3人目のロベスピエールというのはどうなんだろう、『1789――バスティーユの恋人たち』(月組、2015年)の上演がそれほど前のことではないことも含めて、この時代設定に、ロベスピエールに、宝塚ファンがどうしても既視感を抱くのではないか?、と案じられたのです。
 けれども、フランク・ワイルドホーンという隠し玉の登場で、この杞憂は一気にはじけ飛びました。何しろワイルドホーンは現代のミュージカルシーンを作り上げた作曲家です。難度の高い楽曲を、朗々と劇場中に響き渡るほどの大声量で歌い上げるナンバーが立て続く。どこが山なのかがある意味わからなくなるほど、大ナンバーに次ぐ大ナンバーで圧倒する。このミュージカルの一つの潮流が作られたのには、彼の出現が大きく関与しています。そのワイルドホーンのミュージカルならではのよさや彼の楽曲のスケール感を、望海の歌唱力ならば、そしてトップ娘役になった真彩希帆の歌唱力ならば、見事に体現してくれるでしょう。しかも全曲が書き下ろし。男役を想定して書かれた「ひとかけらの勇気」が宝塚のすばらしい財産になったことを考えると、『ひかりふる路』の楽曲が今後どれほど大きな価値をもつかを考えるだけでワクワクします。雪組の新トップコンビが歌を最大の武器とする人材だったこととこの企画は、もちろん無縁ではないでしょう。
 こう考えると、まずスターありきだった宝塚に、ひょっとしたら変化が生まれつつあるのかもしれない、という推論も成り立ってくるように思います。ブロードウェイ・ミュージカルの傑作古典、有名少女マンガ、そしてフランク・ワイルドホーン。雪組も宙組も新トップコンビならでは、と思える企画ばかりが見事にそろいました。でも一方、こういう企画が先にあって、それに見事にマッチしたスターが選び出されているのでは?と思うと、特にトップ娘役の人選には非常に腑に落ちるものも感じられるのが、とても興味深い点でもあります。もちろんこれは勝手な想像ですから、「いやとんでもない、スターに最適な作品を選んだのです」といわれるかもしれない。もともと鶏が先か卵が先かという話でもありますから。でも、いずれにせよ、創立100周年という華やぎを超えた宝塚歌劇が、新世紀最初の10年を進むために、かつてないほど戦略的な舵取りをしていることだけは、確かに見えてくるのです。スターの個性と刺激的な作品のマッチング、その成果にさらに注目していきたい2017年から18年の日々が続いていきます。

 

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