第29回 宝塚のWith CORONA

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 2020年初頭から猛威を振るう新型コロナウイルス感染拡大の波は、いったん収まったかに見えたものの再び感染者増加のきざしをみせ、予断を許さない状況に陥っています。宝塚歌劇団は4カ月間の休演ののち再開、宝塚大劇場、東京宝塚劇場、系列の梅田芸術劇場を中心に感染拡大に細心の注意を払いながら公演をおこなっています。『宝塚イズム』は次号で42号を迎え、コロナ禍のなかでいかに宝塚歌劇が生き残りをかけたか、スターたちの思いなどをくみ取りながら、各組の現況を特集するなど、現在、21年1月刊行に向けての編集作業が鋭意進んでいるところです。
 そんななか11月7日から宙組公演、ミュージカル『アナスタシア』(脚本・演出:稲葉太地)が宝塚大劇場で開幕しました。この作品は葵わかなと木下晴香のダブルキャストで3月から4月にかけて東京と大阪で上演される予定だったブロードウェイミュージカル『アナスタシア』と連動して、5月に宝塚でも上演されるはずの大作でした。しかし先行したミュージカルバージョンが緊急事態宣言によって東京公演途中で打ち切りとなり、大阪公演も中止。宝塚版もいったん公演が延期され、ようやく11月に上演される運びになったものです。半年遅れの公演となって話題性はなんとなくそがれた感じにはなりましたが、自粛期間中の長めの自主稽古が功を奏し、開幕した舞台は充実した仕上がりになりました。
 怪我の功名というには気が引けますが、『アナスタシア』に限らず、長い自粛期間のあとに再開した各組の舞台はいずれも緊張感がみなぎり、歌もダンスもエネルギッシュで、観ているこちらにまでその熱意がダイレクトに伝わってくるようなテンションの高さが印象的でした。再開初日に花組の柚香光、雪組の望海風斗、月組の珠城りょう、星組の礼真琴、そして宙組の真風涼帆がそれぞれフィナーレのあいさつで述べたのは、「当たり前に舞台に立てることの幸せをかみしめ、舞台が好き、宝塚が好きだということにあらためて思い至りました」という同じ言葉でした。
 7月の花組の客席は1席空けでの公演でしたが、9月の月組公演からは通常に戻り、11月の宙組公演も最前列だけ空席でしたが、あとは通常どおりの公演でした。ただ、舞台上は3密を避けるために出演人数を少なくして、下級生はA班、B班の2班構成。演奏も録音で、オケピットに指揮者が入って出演者に歌のきっかけを指示していました。
 とはいえ、客席には熱心なファンが連日大勢詰めかけ、大劇場は盛況が続いています。宝塚ファンの熱い思いが新型コロナも吹き飛ばしてくれるといいのですが、これから冬季に入って、再び感染が拡大しないとは誰も言い切れません。宝塚歌劇はすでに来年8月までのスケジュールを発表しています。ベートーベンの半生を描く雪組の『fff――フォルティッシッシモ』(作・演出:上田久美子)で新年を開け、フレンチミュージカルのヒット作を再演する星組の『ロミオとジュリエット』(潤色・演出:小池修一郎、演出:稲葉太地)やローマ皇帝の生涯を描いた花組の新作『アウグストス――尊厳ある者』(作・演出:田渕大輔)など話題作が並びます。感染が拡大して再び緊急事態宣言が出て公演延期などということにならないように祈るばかりです。
 新年刊行の『宝塚イズム42』の特集は、激動の2020年を振り返るというテーマで、各組がコロナ禍のなかでどんな活動をしてきたかをまとめています。トップ披露公演開幕直前で公演が延期に次ぐ延期となり、結局4カ月遅れで開幕したものの、感染者が出て再び休演という憂き目にあった花組の柚香光。同じく東京でのトップ披露公演が感染拡大で中止、延期になった星組の礼真琴。サヨナラ公演の日程がずれて、退団日が大幅にずれこんだ雪組の望海風斗と月組の珠城りょう。公演中止こそまぬがれたものの、公演スケジュールがずたずたになった宙組の真風涼帆。5組すべてがたどった大変な一年を愛を込めて記録しています。
 一方、2018年初頭に上演され、エポックメイキングな話題を呼んだ『ポーの一族』(脚本・演出:小池修一郎)が21年、退団した明日海りおの主演によって本格的なミュージカルとして再演されることになりました。トップスターが退団後、外部で宝塚での当たり役を再び演じるというのは『AIDAアイーダ』(2009年)の安蘭けい、『るろうに剣心』(2018年)の早霧せいなに次いで3人目。最近のトップ経験者の通過儀礼的なイベントになりつつあります。そのことの是非も含めて、『ポーの一族』再演への期待を特集しました。
 ほかにも64年間の宝塚生活にピリオドを打つ日舞のベテラン、専科の松本悠里の功績のまとめ、そしてOGインタビューは昨年、惜しまれながら退団した元月組の美弥るりかが登場、コロナ禍の活動など近況をたっぷり聞きました。
 毎回好評の公演評も、新人公演評はありませんが、大劇場公演評、外箱対談、OG公演評など、できるかぎり多くの公演を所収しています。お手元に届くのは新年早々になりますが、ご期待のうえ、お楽しみに。

 

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