薮下哲司(映画・演劇評論家)
月組のトップ娘役、愛希れいかのサヨナラ特集をメインにした『宝塚イズム37』が書店に並んではや1カ月、そろそろ年末(12月1日刊行予定)の『38』に向けて始動する季節になってきました。とはいえ、例年にない酷暑の夏、なかなか頭の切り替えができません。
宝塚大劇場では現在、花組のトップスター、明日海りおが天草四郎時貞に扮したミュージカル『MESSIAH(メサイア)――異聞・天草四郎』(作・演出:原田諒、7月13日初日)を上演中です。
天草四郎時貞は江戸時代初期、幕府による禁教令が敷かれたあとも隠れキリシタンの人々が多くいた九州・天草の地に流れ着き、島原藩主のキリシタン弾圧と過酷な年貢の取り立てに天草そして島原の人々のために立ち上がり、救世主(メサイア)といわれたカリスマ的存在の少年です。2018年6月30日に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に決まり、天草四郎時貞が総大将として立てこもった原城跡も指定されるという絶好のタイミングで初日を迎え、明日海の渾身の熱演もあって公演は大いに盛り上がっています。
とはいえ2017年末、明日海率いる花組が『ポーの一族』を上演する直前にこの公演が発表され、『ポーの一族』の主人公エドガーが14歳、天草四郎時貞も16歳前後、トップスターの明日海に少年役が続くということと、いまなぜ天草四郎なのかと上演に疑問を投げかける人も多かったのですが、世界遺産が発表されたいまとなっては原田の慧眼と歌劇団の先見の明に納得せざるをえなくなったことでしょう。原田は、倭寇の頭目・夜叉王丸が天草に漂着して天草四郎時貞と名乗り、隠れキリシタンの人々の熱い信仰に感動して、弾圧する島原藩主に対して立ち上がる決意をするという新解釈でストーリーを展開、天草四郎時貞の年齢を実際よりもかなり上の20歳前後に設定しました。これなら明日海ファンもすんなりと受け入れられる設定です。そのおかげでこれまでに知られた伝説とはかなり趣が異なった作品に仕上がっているともいえますが、無神論者の少年がなぜ人々のために立ち上がり、人々はそれに従ったのかという説明には納得できるものがあり、信仰とは何かを改めて考えさせられました。
一方、天草四郎時貞はこれまでにも何度か宝塚歌劇で取り上げられています。1972年の花組公演『炎の天草灘』(作・演出:阿古健)では甲にしき、83年の月組公演『春の踊り――南蛮花更紗』(作・演出:酒井澄夫)ではショーの一場面ですが大地真央が演じています。阿古版は、天草四郎時貞が立ち上がるまでを描いていました。それに対して原田版は、原城陥落シーンのあとエピローグも含めた完全版。1時間35分でここまでまとめた手腕はさすがでした。とはいえ、甲も大地もいずれもその時代を代表する宝塚のカリスマスター。宝塚歌劇には悲劇の美少年がことのほか似合います。
ついでにキリシタン大名と宝塚という観点で上演歴を調べてみると、キリスト教を日本に伝えたといわれるポルトガル人宣教師フランシスコ・ザビエルの日本渡来400年記念と銘打った歌劇『高山右近』(作・演出:香村菊雄)を1949年に上演していました。神代錦がキリシタン大名の右近を演じ、星組で初演、雪組で続演しています。それに関連して63年にはローマ遣欧少年使節の悲哀を描いた大作、ミュージカル・ロマンス『不死鳥のつばさ燃ゆとも』(作:平岩弓枝、演出:春日野八千代)を上演しています。春日野が自ら中浦ジュリアンに扮して主演した話題作で、これも雪組と月組で2カ月連続上演されています。
迫害のなか、長年にわたって生き続けた隠れキリシタンのピュアで強い信仰心は、どことなく宝塚歌劇自体の特殊性と通じるところがあり、宝塚でもたびたび取り上げられてきたようです。そのあたりを考えても、いま天草四郎時貞は宝塚歌劇で上演する絶好のタイミングなのかもしれません。「清く、正しく、美しく」は創始者・小林一三が提唱した宝塚のモットーですが、これも隠れキリシタンの精神に共通するところがあり、謎多き天草四郎の真実が、宝塚というフィルターを通して透けて見えてくるのも面白いところです。
天草四郎時貞と隠れキリシタンからとんでもないところに飛び火してしまいましたが、宝塚歌劇はそれくらい様々なジャンルの作品を平気で羅列して上演するところです。エリッヒ・マリア・レマルクの『凱旋門』があるかと思えば、萩尾望都の『ポーの一族』があり、モンキー・パンチの『ルパン三世』まで。そこに、いかに宝塚らしさを見いだすかが作者の腕のみせどころなのです。
2018年後半は、いまや『ベルサイユのばら』以上の切り札となった空前のヒットミュージカル『エリザベート――愛と死の輪舞(ロンド)』の再演、レオナルド・ダ・ビンチの愛憎を描いた新作『異人たちのルネサンス』、そして人気ミュージカル『ファントム』再演と続きます。安定路線のあいだに少しばかりの冒険を加えて、新鮮さを保持していくというやり方は、ここ数年のパターンです。19年以降も当分はこの方針が続いていくようです。
トップスターの布陣は、2017年の宙組・朝夏まなと退団以降はまだ動きはありませんが、次期トップスター候補が出そろってきた19年には一気に各組の新陳代謝がありそうです。『宝塚イズム38』も、新しい動きを見据えながら準備をしていきます。ご期待ください。
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