第28回 公演再開! 観客の熱気と感染対策

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 一時は収まりかけた新型コロナウイルス感染が再び拡大しつつあるなか、宝塚歌劇は7月17日から本拠地の宝塚大劇場、同31日から東京宝塚劇場、8月1日からは大阪の梅田芸術劇場メインホールと3劇場での公演を約4カ月ぶりに再開しました。ところが大劇場再開後2週間、8月2日に公演関係者に体調不良が判明、急遽4日までの公演が中止になる事態が発生。検査の結果、出演者8人とスタッフ4人の計12人の感染が判明、その後さらに1人増えて8月末までの公演中止を余儀なくさせられました。一方、東京宝塚劇場の出演者にも陽性者が出て再開後わずか1週間で公演中止、新型コロナウイルスは宝塚でも猛威を振るっています。
 3月末以降、全公演を休演していた宝塚歌劇ですが、本拠地の宝塚大劇場が花組公演『はいからさんが通る』(脚本・演出:小柳奈穂子)、東京宝塚劇場が星組公演『眩耀(げんよう)の谷――舞い降りた新星』(作・演出・振付:謝珠栄)と『Ray――星の光線』(作・演出:中村一徳)、梅田芸術劇場メインホールは宙組公演『FLYING SAPA――フライング サパ』(作・演出:上田久美子)。いずれも、新型コロナウイルス感染拡大で稽古を中断、上演が延期されていた公演で、花組公演がトップスター・柚香光の本拠地お披露目、星組公演が礼真琴の東京お披露目と、どんな形であれ新たなスターの披露公演がようやく実現したことは、劇団にとってもファンにとっても喜ばしいことでした。
 7月17日、宝塚花のみちには3月時点ではまだ工事中だった新「宝塚ホテル」がオープン、大劇場初日開場に急ぐファンも思わず足を緩めてその偉容を眺めながら劇場に向かう姿がちらほら、4カ月ですっかり様変わりした花のみちに休演期間の長さがあらためてうかがえて、今回のコロナ禍の異常事態を実感させられました。
 大劇場正門前にはテレビカメラや報道陣が多数詰めかけ、駆け付けたファンに感想を聞くなど、劇場再開が社会的にも注目されていることを裏づける光景も。入場は宝塚バウホール口1カ所で、入場者全員に手指のアルコール消毒を要請、体温をチェックしてからロビーに入場というシステム。初日とあってマスク姿の関係者がやたらに目につき、全社員総動員といった感じの物々しさ。ファンクラブのチケット出しもロビー大広間ではなくエスプリホール前、開演前のロビー大広間はいつもとはずいぶん異なった緊張感あふれる雰囲気でした。
 座席は感染拡大を予防するため、1席ずつ空けての販売、舞台と客席の距離を保つために最前列も空席にし、定員2,500人の半分以下の収容とあって再開を待ちわびたファンで初日のチケットは早々に完売。劇団は再開当日のフィナーレをCSの専門チャンネルで生中継し、翌日の公演をネットで有料配信するなど遠隔地で劇場に足を運べない人のための新たな取り組みも企画してこの事態に積極的に対応しました。当面の間は団体貸し切りも受けない方針で、そのためか座席数が減っているにもかかわらず、チケットは日にちを選ばなければ十分入手可能、思いがけずゆったりと観劇できる事態になったのがちょっぴり皮肉でした。
 公演は、舞台上の三密を避けるため、演出に工夫を重ね、オーケストラの生演奏を録音に変更、フィナーレの客席降りもなくすなど、感染予防に最大限の配慮をして上演。開演前の「場内での会話は控えてください」という場内アナウンスのせいか、しーんと静まり返った客席が、ざわついたのは5分前に緞帳が上がりピンク色の文字で「はいからさんが通る」と浮き上がったとき。そして高翔みず希組長の挨拶のあと柚香光の開演アナウンスになると爆発したように大きな拍手が。いつもの半分の人数のはずですが2,500人収容のときと同じくらいのパワーでした。
 伊集院忍役でトップ披露になった柚香は、まるでマンガから抜け出たような凛々しさ・美しさ・力強さのなかに純粋さとコミカルな部分もうまく引き出され、これ以上ない適役、代表作として長く語り継がれるでしょう。ここまで役と本人が二重写しになった例はこれまで見たことがないといってもいいぐらいです。花村紅緒に扮した華優希も、3年前に比べて段違いの成長ぶり。青江冬星役の瀬戸かずや、鬼島森吾軍曹役の水美舞斗と藤枝蘭丸の聖乃あすか、花組初登場の永久輝せあと、いずれも4カ月のブランクの間にため込んだパワーを最大限に解放していたかのようでした。
 31日の東京宝塚劇場、8月1日の梅田芸術劇場での公演初日も、普段の半分の観客数にもかかわらず、再開を待ち望んだファンの熱い視線が、劇場内に独特の温かい空間を作り上げていました。それぞれの再開初日はこうして無事幕を閉じましたが、感染拡大の荒波は宝塚に容赦なく降りそそぎ、8月に入って宝塚大劇場と東京宝塚劇場で最悪の事態が起こってしまいました。さらに8月17日から開幕の予定だった彩風咲奈主演の雪組公演『炎のボレロ』(作:柴田侑宏、演出:中村暁)、『Music Revolution!――New Spirit』(作・演出:中村一徳)の出演者にも1人感染者が出てしまい、公演延期の判断が下されました。
 1日からの梅田芸術劇場メインホールでの真風涼帆主演の宙組公演『FLYING SAPA』と14日からの同シアタードラマシティ、桜木みなと主演の宙組公演『壮麗帝』(作・演出:樫畑亜依子)は予定どおりおこなわれましたが、いつまた中止になるかわからない薄氷を踏む思いの緊張感あふれる毎日の公演でした。
 入場者全員の検温とアルコール消毒、マスクの徹底など劇場側の対応に加えて、これからの舞台が無事開幕できるように観客側も各自責任をもって予防を徹底、両者で安心して楽しめる空間を作り上げることがさらに必要になってくるでしょう。
 我が『宝塚イズム42』も、宝塚歌劇の公演再開とともに、12月発行を目指して動き始めようとしています。公演スケジュールの大幅な見直しがあり、雪組・月組の退団公演が先送りになることなどから特集をどうするか、これから検討することになりますが、新型コロナウイルス感染拡大のなか、宝塚歌劇の魅力をどうお伝えできるか、知恵を絞りたいと思っています。ご期待ください。

 

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