第40回 宝塚的『HiGH&LOW』と上演の意味

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 新型コロナウイルス第7波のあおりで、宝塚大劇場の月組公演『グレート・ギャツビー』(脚本・演出:小池修一郎)が公演のほぼ4分の3が休演、東京宝塚劇場の花組公演『巡礼の年――リスト・フェレンツ、魂の彷徨』(作・演出:生田大和)もほぼ全公演が休演という形になってしまいました。社会全体はウィズコロナが定着し、徐々に元の生活に戻りつつありますが、収束したとはとても言いがたく、まだまだ油断できない状況です。
 そんななかでも宝塚歌劇は攻めの姿勢を崩さず、LDH JAPANと提携、近未来の荒廃した街を舞台に男たちの抗争を描いたバトルアクションシリーズ『HiGH&LOW』を、真風涼帆を中心とした宙組によって上演、「THE PREQUEL(前日譚)」(脚本・演出:野口幸作)として8月27日、宝塚大劇場で初日の幕を開けました。
 男たちがただただけんかを繰り返すだけのアクションシリーズが品格を重んじる宝塚歌劇の舞台に合うのか、これをどう宝塚的に落とし込むのか、今年でいちばん興味津々の舞台でしたが、けんかを歌とダンスに変えてテンポよく展開、知られざるコブラの純愛ストーリーを絡ませて、男役のかっこよさを際立たせ、野口演出の巧みさで、宝塚的『HiGH&LOW』の世界を現出させました。
 原作は、2015年に日本テレビ系の連続ドラマとして初放送されるや人気沸騰、20年までにシリーズ5作が放送され、16年からは映画シリーズも公開。音楽、コミック、ゲーム、SNS、テーマパークなどあらゆるメディアを巻き込んだ人気シリーズになっていますが、男たちがただただけんかを繰り返すだけのストーリーはドラマというよりゲーム感覚で到底大人の鑑賞には適さず、従来の宝塚の観客層の嗜好ともかけ離れていて、企画が発表された段階ではいったいどうするのだろうというのが正直な感想でした。
 宝塚版は、『HiGH&LOW』の数ある作品群にある謎の空白に着目し、その前日譚(THE PREQUEL)を新たに構想。抗争に明け暮れる男たちの影に咲いた純愛をテーマにもってくるという裏技を駆使、宝塚的『HiGH&LOW』に落とし込みました。
 ストーリーはざっとこんな感じです。近未来のとある大都会。かつてこの一帯を支配していたムゲンという伝説のチームが、ある事件をきっかけに突如解散。無数のチームが群雄割拠していた数カ月後、ROCKY(芹香斗亜)率いる「White Rascals」が開いた仮面舞踏会で「山王連合会」のリーダー、コブラ(真風)は幼なじみのカナ(潤花)と再会。久々の再会に胸をときめかせたコブラでしたが、カナには誰にも言えない秘密があり……。真風コブラを中心とする「山王連合会」、芹香扮するROCKY率いる「White Rascals」、桜木みなと扮するスモーキー率いる「RUDE BOYS」、鷹翔千空扮する村山良樹率いる「鬼邪(おや)高校」、そして瑠風輝扮する日向紀久率いる「達磨一家」に対して、それらを一気にぶっ潰そうとリン(留依蒔世)を頭とする苦邪組(クジャク)が暗躍、5つのチームVS苦邪組という対決の構図。「SWORD」結成前夜、守るべき女性、守るべき街との間で葛藤する男たちの物語です。
 宙組の男役が5つのチームに分かれてかっこよく登場するプロローグは、チームごとに大きな拍手が湧き、なんだか昭和の宝塚大劇場にいるような錯覚に陥ったほど。芹香チームが白づくめでかっこいいことこのうえなく、ほかのチームの衣装が薄汚く見えたのが難点ですが、それぞれ個性的な役割を担い、チームごとにスピンオフで新たなストーリーが作れそうな勢い。
 ノーブルな雰囲気が似合う真風ですが、ヤクザっぽい乱暴なセリフも堂に入り、けんか集団のリーダー、コブラにふさわしい貫禄。一方、幼なじみのカナに振り回される純情ぶりもほほえましく、コブラの知られざる一面を巧みに表現していました。ヒロインの潤も秘密を抱えながらも天真爛漫な明るさを最後まで押し通したカナをキュートに好演して魅力的。男役中心の殺伐とした舞台の清涼剤的役割を果たし、ハイローファンの男性客に人気の火が付きそうです。
 ROCKYの芹香は金髪、サングラス、純白のタキシード。これで目立たないわけはなく、真風コブラと男同士の友情でタッグを組む場面などまさに男役の美学のお手本そのもの。スモーキーの桜木も歌の表現力は5つのチームのなかでもピカ一、こういうところで実力を発揮できるのがさすがでした。
 とはいえ原作を巧みに宝塚的世界に落とし込んではいるものの宝塚としては異色の舞台には違いなく、5つのチームが掲げる崇高なテーマもなんだかこじつけのようで現実感がなく、崩れた男役の魅力だけが際立った感じの舞台。観ている間だけはそれなりに楽しめてもあとに何も残らないといった性質の舞台で、これは現在のどのエンターテインメントにも通じる浅さなのかとも思った次第。
 何が起こるかわからない現代、こんな刹那的な楽しみばかりがこれからも増えていくのでしょうか。ちょっと怖い気もします。宝塚歌劇は今後もさまざまな意欲的な新作が用意されていて、来年3月にはなんとイアン・フレミング原作、「007」シリーズの第1作『カジノ・ロワイヤル』の上演が発表されました。泣く子も黙る?殺しの番号007で知られるジェームズ・ボンドに真風涼帆が挑戦するのだそうです。初代ボンド役のショーン・コネリーから60年ですから、スパイものとしてももうクラシックではありますが、ひと昔前なら考えられなかった題材ではあります。コブラからジェームズ・ボンド、何も考えないこの振り幅の広さこそが宝塚なのかもしれません。宝塚こそ恐るべしかも。
 そんな宝塚ですが『宝塚イズム46』(2023年1月刊行予定)の準備がそろそろ始まります。宝塚でこんなものが見たい、そんな特集を組むのも面白いかもしれません。

 

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