薮下哲司(映画・演劇評論家)
2021年も終盤にさしかかり、コロナ禍もようやく落ち着きをみせてきた昨今、宝塚歌劇も「ウィズコロナ」を徹底してほぼ通常の公演体制に戻りました。そんななか『宝塚イズム43』で小特集を組んだ花組100周年を記念したレビュー『The Fascination!』(作・演出:中村一徳)が、今年最後の公演として宝塚大劇場で上演されました。東京宝塚劇場では22年の年始の上演になります。
花組といえば、1927年に日本最初のレビューとして有名な『モン・パリ――吾が巴里よ!』(作・演出:岸田辰彌)を初演、89年のニューヨーク公演でトップを務めた大浦みずきを輩出した組でもあり“ダンスの花組”というイメージが定着しています。『The Fascination!』もダンスには定評がある現トップスター・柚香光を中心にしたダンシングショーで、花組カラーのオールピンクで統一したプロローグから花をテーマに花組の歴史をつづった華やかなレビュー。数々の花組レビューにオマージュを捧げた名場面の連続で、軍服姿の士官が美少女に愛を歌う「ミモザの花」の場面や「すみれの花咲く頃」をフィーチャーした中詰めの場面など、「This is TAKARAZUKA」そのものでした。
そのなかでもいちばんの注目は、1989年のニューヨーク公演の伝説のシーン「ピアノ・ファンタジー」(オリジナル振付:ロジャー・ミナミ)の再現でした。大浦が踊ったダンスを柚香がしなやかに再現、花組の伝統をいまに継承したのです。演出の中村は、ニューヨーク公演の前年、88年に試作公演として宝塚大劇場で上演された花組公演『フォーエバー!タカラヅカ』(作・演出:小原弘稔)の演出助手を務めていて、100周年のレビューを担当すると決まったときに、すぐこのシーンを再現しようと思ったそうです。
「ピアノ・ファンタジー」は都会的で洗練されたハイクオリティーなダンスシーンです。お手本はアメリカ映画にもあって当時はそこまですごいとは思わなかったのですが、いまあらためて観ると、ダンス力の向上もあって十分新鮮に映りました。演者がこの振り付けにようやく追いついたということなのかもしれません。
『フォーエバー!タカラヅカ』の演出家・小原は芝居とショーと両方で活躍した才人で、芝居の演出家の突然の退団で一公演の芝居とショーを一人で担当したことがある器用な人でした。芝居の代表作は、三木章雄に受け継がれいまも再演が絶えない『ME&MY GIRL』(1987年初演)があり、ショーはニューヨーク公演をはじめ『ザ・レビューII――TAKARAZUKA FOREVER』(月組、1984年)など、MGMのミュージカル映画のレビューシーンをそっくりそのまま再現した絢爛豪華なアメリカンレビューを得意としました。『ME&MY GIRL』では入団1年目の天海祐希を新人公演の主役に抜擢する大英断を下したのも小原です。ニューヨーク公演でも当時3年目だった天海を最下級生で起用、ラインダンスのセンターに抜擢しています。新宝塚大劇場のこけら落とし公演を担当後、しばらくして60歳の若さで亡くなりました。
「ピアノ・ファンタジー」を観て、ニューヨーク公演の思い出がよみがえりました。ニューヨーク公演で上演されたショー『TAKARAZUKA FOREVER』(試作公演とはタイトルが逆)は、宝塚歌劇団がニューヨークで初めて上演した洋物のショーでした。そこで小原は、手の内のアメリカ人なら誰でも知っているミュージカル映画の音楽やスタンダードジャズを駆使した正統派のアメリカンレビュー『ジーグフェルド・フォーリーズ』をそっくりそのまま再現したかのようなレビューを女性だけで上演するという大胆な挑戦に出たのでした。
会場は、トニー賞授賞式などで知られる5番街にある6,000人収容のラジオシティ・ミュージックホールで、舞台のタッパもあり、60人の出演者が少なく感じるほどの大ホールでした。1989年10月25日から公演は5日間だったと記憶しています。世界中のエンターテインメントが所狭しと上演されているニューヨークで、ラジオシティでの5日間の公演を現地の人に周知徹底するのは至難の業。現地の電通支社がニューヨーク在住の日本人商社マンの家族らに動員をかけたのは有名な話ですが、それでも満員にはならず、ニューヨーク在住の演劇プロデューサー・大平和登の尽力で「ニューヨーク・タイムズ」に批評が出たことでやっとニューヨーカーにも認知されました。しかし5日間の公演では口コミもままならず、評判が立ったときには終わっているという感じではありました。
当時のブロードウェーは『キャッツ』『オペラ座の怪人』『レ・ミゼラブル』といった質・量ともに最高のロンドンミュージカルが席巻していたときで、いわゆるレビュー感覚のショーの上演は皆無でした。そこへ突然、東洋の女性ばかりの劇団がシルクハットに燕尾服姿で登場したわけですから、なんともアナクロにみえたのではないでしょうか。少なくとも私はそう思っていました。
初日の模様を取材するために日本からも報道各社が同行、そのなかの一人として私もいましたが、劇場前にサーチライトが輝き、着飾った招待客がリムジンから次々に降り立つ映画などでよく見る初日風景が展開され、日本物の演出を担当した植田紳爾が「晴れがましいですねえ」と興奮ぎみに話していたのをよく覚えています。これはニューヨーカーにとっても久々に見る光景だったみたいで、昔の華々しいブロードウェーが再現されたようです。
初日の観客の反応は、燕尾服姿の男役スターがステップも軽やかに大階段から降りてくるところで「ウォーッ!」という最初の歓声が起き、レビューの定番曲「プリティガール・ライク・ア・メロディー」が流れると客席全体が一緒に口ずさむなどショーを心底楽しんでいる様子があり、フィナーレの大きな羽を背負った大浦が登場すると、場内総立ちのスタンディングオベーションとなったのでした。終演後、銀髪の白人女性から「これがショーの本来のあり方。日本人のあなたたちが証明してくれた。ありがとう」と握手を求められたことが忘れられません。こんなノスタルジックなレビューをいまどきニューヨークで上演して笑われないだろうかと半信半疑だった私の思いをこの女性は見事に打ち消してくれ、小原の大胆な冒険は報われたとこのとき思いました。ただ一般の観客の興奮ぶりとは裏腹に、宝塚歌劇の本質をよく知らない批評家が書いた評が日本に打電され、国内ではまるで失敗したかのように伝わったのは残念なことでした。
宝塚歌劇団としてはこの雪辱のため、2000年代初頭から長期間のニューヨーク公演を水面下で準備していたのですが、2001年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が勃発。以降、情勢が悪化し景気の低迷もあって頓挫、OGたちによるミュージカル『CHICAGO』(2016年)の公演という番外公演はありましたが、本体の公演はいまだに実現していません。いつの日か再びニューヨークでタカラジェンヌが活躍する舞台を観たいものだと、今回の「ピアノ・ファンタジー」再現を観て思いをはせたのでした。
さて、『宝塚イズム44』は現在、すべての原稿が集まり、鋭意編集作業に入っています。巻頭特集は、各組が新体制に生まれ変わり2022年はどんな展開になるか、膨らむ期待の分析です。12月末で退団する星組の人気スター・愛月ひかるのサヨナラを惜しむ特集や真彩希帆ロングインタビューなど、今号も読みごたえ十分です。新年早々にはお手元にお届けできると思います。楽しみにお待ちください。
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