難波祐子(なんば・さちこ)
(キュレーター。東京都現代美術館を経て、国内外での展覧会企画に関わる。著書に『現代美術キュレーター・ハンドブック』『現代美術キュレーターという仕事』〔ともに青弓社〕など。企画した主な展覧会に「坂本龍一:seeing sound, hearing time」〔2021, M WOODS Museum | 木木美術館、北京〕など)
コレクションをもつ美術館
美術館に行くと企画展や特別展といった展示のほかに、「常設展」「コレクション展」「収蔵品展」などの名称でその美術館が収蔵している作品が展示されているのを目にしたことはあるだろうか。もしくは、美術館の中庭や外庭などにいつも同じ彫刻作品が置かれていることに気づいたこともあるかもしれない。あるいは、逆にその美術館に行けば必ず見ることができる、著名な作品を目当てに美術館に行くこともあるだろう。ルーヴル美術館に行けば、レナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』を必ず見ることができる。東京国立近代美術館に行けば、横山大観、梅原龍三郎、萬鉄五郎、岸田劉生、藤田嗣治など美術の教科書で一度は見たことがあるような日本の近代美術の代表作を鑑賞できるだろう。また金沢21世紀美術館に行けば、レアンドロ・エルリッヒの、上から水面下にいる人々が見える内と外をつなぐ不思議な作品『スイミング・プール』がいつでも出迎えてくれる。
ギモン1で見てきたように、美術館、あるいは博物館の成り立ちから考えても、貴重な美術品のコレクション(収蔵品)を一般の人々に広く展覧するのは美術館の重要な役割の一つである。そもそも美術館はなぜ作品を収集するのだろうか。現代の美術館のなかには、常設展示室などを企画展示室と別に設けてコレクションをもつ館と、それらをもたない館があるが、コレクションはなぜ必要なのだろうか。また、館所蔵のコレクションの展覧会(常設展)とコレクションを用いない企画展には、何か違いがあるのだろうか。本ギモンでは、コレクションをもつ美術館に着目して、作品の収集と常設展示が果たす役割について考えてみたい。
作品の保管・保存と活用
ここであなたがアーティストだと仮定してみよう。あなたがある展覧会に向けて作った作品は、展覧会が終わったら、通常、どこに保管するだろうか。画廊などでの展覧会では、作品がめでたく売れてコレクターの手に渡ったりすることもあるだろうし、美術館での展覧会をきっかけにその館が収蔵してくれることもある。だが、必ずしも全部の作品が手元から離れるわけではなく、スタジオの隅に立てかけられたり、十分なスペースが確保できずに額から外されてキャンバスだけの状態で重ねられたり、あるいは彫刻作品の場合は、賃料が比較的安価な街中を少し離れた場所に倉庫を借りてそこに置いたりすることも多いだろう。そうした場所は、必ずしも24時間、温湿度管理されている場所とはかぎらないので、保管状態が悪いとカビが発生したり、虫に喰われたりすることも少なくない。その点、収蔵庫をもつ美術館であれば、温湿度管理が徹底されていて、こうした作品のダメージは最小限に食い止めることができる。また個人の美術コレクターのなかには、こうした温湿度管理ができる倉庫を所有していたり、あるいは美術輸送会社の美術倉庫を一部借りたりして、作品のマネジメントをしている人もいるが、そうしたコレクターはごく一握りである。またコレクションも個人の場合、保管場所が足りなくなったり、本人が亡くなったりするなどした場合、こうした個人コレクションを美術館に丸ごと寄贈することもよくある。同様に作家本人が亡くなった場合にも、遺族が美術館に寄託(1)、あるいは寄贈を依頼するケースも多い。このように美術作品をコンディションが良好なままで長期間保管することは、個人レベルでは難しいため、美術館が最終的な作品の受け皿になることはよくある。
博物館法が定める「博物館」の定義は、「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(2)」となっている。美術館はこの博物館に分類されるのだが(3)、「芸術に関する資料」である美術作品を収集し、保管し、展示することや、それらを調査・研究することは、美術館にとってはその活動の根幹をなすものだと言えるだろう。よって、美術館は外部からの寄託や寄贈を受けるだけでなく、自らも積極的に購入したり、寄託・寄贈へのはたらきかけなどをして収集活動をおこなっている。展覧会は作品がなければ始まらない。コレクションをもつ美術館は、こうして収集した作品をきちんとした環境で保管し、それらの調査・研究を深め、さらに展示して活用する、という活動を総合的におこなっている。もちろん、コレクションをもたない美術館であっても、企画展をおこなうために一時的ではあれど、作品を他館や個人のコレクターから借用したり、作家に現地制作を依頼したりすることで、作品をその期間だけ、会場に集めてくる。ただし当然ながら、企画展の場合は、展覧会終了後に作品は各々の場所に返却されたり、解体されたりして、美術館には残らない。一方で、コレクションをもつ美術館は、一度収集した作品は基本的には何十年でも、極端な話、何百年先でも保管し活用していくことを考えてコレクションを形成していく。こうしたコレクションをもつ美術館では、どのようなことを基準に作品を収蔵していくのだろうか。
何を収蔵するのか
コレクションをもつ美術館では収集方針を定めていて、館のウェブサイトなどでも見ることができる。各館の収集方針を見ると、それぞれの館の特徴がよくわかる。例えば、現代美術を扱う館では、第二次世界大戦以降(1945年以降)の美術という方針を挙げていたり、あるいは地方にある美術館の場合は、その館が所在する地域の歴史的な文脈などを反映したり、地元の作家の作品を収集したりするなどして、地域の特性を生かした方針を挙げているところも多い。
国内初の公立の現代美術館として1989年に開館した広島市現代美術館では、次の3つの収集方針に沿って作品収集と保存をおこなっている(4)。
1. 主として第二次世界大戦以降の現代美術の流れを示すのに重要な作品
2. ヒロシマと現代美術の関連を示す作品
3. 将来性ある若手作家の優れた作品
同館では、1989年から3年に一度、「ヒロシマ賞」という「美術の分野で人類の平和に貢献した作家の業績を顕彰し、世界の恒久平和を希求する「ヒロシマの心」を現代美術を通して広く世界へとアピールすることを目的とした」賞を創設している。これまで三宅一生、ロバート・ラウシェンバーグ、クシュトフ・ウディチコ、ダニエル・リベスキンド、シリン・ネシャット、蔡國強、オノ・ヨーコ、アルフレッド・ジャー(5)など11人の国内外のアーティストが受賞している。ヒロシマ賞受賞作家は、同館での授賞式のほかに受賞記念展を実施しているが、このヒロシマ賞受賞作家の作品も同館のコレクション形成に大きく寄与している。このようにコレクションにあたっては、その館で実施された企画展などを契機として購入や寄贈などに結び付くケースも多い。
また、伝統工芸で知られる金沢市に2004年に開館した金沢21世紀美術館では、以下の3つの柱を収集方針として挙げている(6)。
1. 1980年以降に制作された新しい価値観を提案する作品
2. 1の価値観に大きな影響を与えた1900年以降の歴史的参照点となる作品
3. 金沢ゆかりの作家による新たな創造性に富む作品
このうち、3番目の金沢ゆかりの作家の作品(7)については、主に次の2つの観点から工芸作品を中心に収集されている。1つ目は、金沢出身、あるいは金沢在住経験がある作家、ならびに金沢美術工芸大学や金沢卯辰山工芸工房出身者の作品の収集である。2つ目は、伝統工芸の保護と育成に力を入れている金沢市が主催する国際工芸コンペの入選作や、新たな創造性に富む工芸作品を収集している。
また同館では、美術館の建築の設計段階から、6つの作品がコミッションワーク(制作委託)として、設置場所を想定して美術館のために新たに制作されることがあらかじめ計画に組み込まれて、恒久展示されていることが特徴的である。冒頭に紹介したレアンドロ・エルリッヒの『スイミング・プール』はその一つである。このほか展示室の天井を四角く、くり抜いて、空の移り変わりを眺めるジェームズ・タレルの『ブループラネット・スカイ』や、アニッシュ・カプーアの覗き込むと吸い込まれそうな巨大な穴に見える『世界の起源』など、建物と一体となった作品が設置されている。
このように各地の美術館では、それぞれが独自の収集方針に基づき、その美術館ならではのコレクションを形成しているケースが多い。もっとも、近年は収集予算が大幅に削減されたり、凍結されたりした館も少なくないのが現実だ。だが、そうした館も、展覧会予算で制作した作品を寄贈してもらったり、長年の丹念なリサーチを重ね、作家やコレクター、またその遺族などと信頼関係を築いたうえで、寄贈や寄託に結び付け、コレクションを充実させている館も多い。
反対に現在所蔵しているコレクションを保管しておく収蔵庫のスペースが手狭になり、倉庫を別途確保するのに苦労している館もある。美術館のコレクションは、基本的に国公立の場合は、大きく言えば市民の税金から購入することになるので、一度収蔵すると国や都、市などの財産になり、売却などして手放すことはない。よって収集方針に沿って慎重に収集計画を立て、予算をにらみながら収集をおこなっていく必要がある。また収蔵した作品は温湿度管理が行き届いた収蔵庫で保管することはもちろんのこと、定期的に点検などをして、必要に応じて修復などをおこなわなければならない。近年は、保存修復を専門とする学芸員を置いている館も増えたが、そうしたスペシャリストがいない場合は、外部の保存修復家を定期的に呼んで、点検・修復をおこなっている。また、海外の展覧会などに長期で貸し出す場合は、事前にコンディションに問題がないかをチェックし、何らかのダメージが見つかった場合は、作品に負担がかからない輸送方法を考えたり、修復などの処置を施したりすることもある。このように経済的・物理的な制約を受けつつも、各館が掲げた収集方針に沿ってさまざまな検討やリサーチを重ねながら、作品が収集・保管され、美術館のコレクションを形作っている。
美術史の編纂
ギモン1でも少し見てきたように、ニューヨーク近代美術館(MoMA)では早くから写真、映画、デザイン、建築などが展覧会で扱われてきただけでなく、それぞれの分野に独立した部門を設けてキュレーターを配し、これらの新しいジャンルの作品・資料も絵画や彫刻と同様にコレクションに加えてきた。いまでこそ写真や映像、建築、ファッションや家具などのデザインなどを美術館の展示で目にすることは当たり前のようになっている。だが、美術館の枠組みで何を展示するか、またコレクションに何を加えるかということは、すなわちこれらの多様なジャンルの作品を美術史のなかにどう位置づけるかという問題と直結している。例えば建築などの場合、一口に「建築をコレクションする」と言っても、絵画や彫刻と異なり、建物そのものをコレクションすることは難しいので、図面や模型、ドローイング、写真、映像など美術館で保管・展示できる形態で、かつ、その建築家、あるいは建築物の特徴をいかに捉えて後世に伝えていくかを考えていく必要がある。また建築物そのものは、築年数の長いものは年月とともに老朽化が進み、取り壊しになったり、建築家本人が他界して建築事務所が解散し、資料が散逸したりするケースもあるため、最終的にはこうした美術館などに収蔵された図面や模型などの資料が、そのオリジナルの建築物などを知る重要な手がかりになることもある。
東京都写真美術館は、日本で初めて写真の専門的総合美術館として1995年に開館した。名前だけ見ると「写真」だけを扱っているように思われがちだが、同館では写真だけではなく広く映像表現や映像文化についても扱い、写真・映像作品を中心にしたコレクションを擁し、企画展もおこなっている。また2009年から毎年、美術館全館を使って、周辺施設とも連携しながら、「恵比寿映像祭」というフェスティバルを実施していて、展示、上映、ライブ・イベント、講演、トークセッションなどを複合的におこないながら、映像表現をあらゆる角度から取り上げ、広く共有する機会としている(8)。よって写真だけではなく、映像作品やメディア・アート作品、あるいは同館コレクションの一部である写真機材や初期の映像装置(レプリカや模型も含む)など、各年のテーマに沿って幅広い写真・映像作品が紹介され、その定義を常に問い直し、拡張・成長していく場になっている。
東京都美術館は、その前身の東京府美術館の時代から本格的な収集はおこなわず、主に貸会場として美術団体の展覧会を長らく実施してきたが、老朽化に伴って館を建て直して1975年に再出発した。その際に学芸員が入り、本格的にコレクションを形成して、戦後の美術史を積極的に体系づける方向に大きく舵を切った。76年の「戦後の前衛展」を皮切りに、80年代には「現代美術の動向」というシリーズで「一九五〇年代――その暗黒と光芒」(1981年)、「一九六〇年代――多様化への出発」(1983年)、「一九七〇年以降の美術――その国際性と独自性」(1984年)など、戦後の日本の美術史を十年ごとにまとめながら振り返るような企画展を次々と打ち出していった。そして95年に東京都現代美術館が開館する際に、こうした展覧会を通して収集されてきた東京都美術館のコレクションが、東京都現代美術館に移管されていくことになった。
韓国、中国、台湾などアジアと古くから交流が深い福岡市にある福岡市美術館は、開館年の1979年からアジア美術を紹介する「アジア美術展」を開催し、以後、約5年ごとに同展を実施すると同時にアジアの近現代美術をコレクションしてきた。そして99年には、そのコレクションを基に福岡アジア美術館が開館した。そして「アジア美術展」は「福岡アジア美術トリエンナーレ」という形で継承されている。また福岡アジア美術館は、アジアの作家や研究者を数多く招聘して、滞在制作やアジア美術研究に関する講演会・展覧会を開催するなど、交流事業も息長くおこなっている。福岡市美術館と福岡アジア美術館のこのような取り組みは、アジアの美術をどのように美術史全体に位置づけていくか、日本にアジアの美術をどのように紹介していくかという重要な役割を担っている。
これまで見てきたとおり、何をどのようにコレクションしていくかは、美術館にとってはその館の性格を決めるものであり、作品にとってはそれが「美術作品」として美術史のなかにいかに位置づけられていくかを決めるものとなる。なかでも現代美術の場合は、作家が展覧会に向けて新たに制作した作品を収集することができる、というそれ以前の時代の美術作品とは大きく異なる一面がある。もちろん近代美術以前の美術でも、忘れられていた作家を調査・研究して発掘し新たな光を当てるという作業や、長年の研究に基づいて従来の解釈とはまったく異なる形で作家や作品を紹介するという作業はある。だが、現代美術の場合は、その表現手段や領域横断性も多様化の一途をたどっていて、そうした新しい評価が定まっていない作家や作品の評価をすることに常に直面することになる。美術館のコレクションにその作家の作品を収蔵することは、美術館にとって非常に慎重な判断が求められるが、それはコレクションするという行為自体が、作品や作家、そして美術館の存在意義においても試金石になってしまうからにほかならない。コレクションするということは、美術史全体をどう編纂していくのか、そして後世にどのようにそれらのコレクションを残していくのかという大きな問いに、美術館が日々、向き合っていることを意味するのだ。
コレクションの展示について
各館で収集したコレクションは、収蔵庫にずっと眠ったままにしておくのではなく、調査・研究したり、実際に展示されたりして活用されていく。大抵の館は、常設展示室に収まりきれない点数の作品を数多く所蔵しているので、すべてのコレクションを一度に見せることはできない。また作品によっては、長期展示をしたあとはしばらく作品を休ませることでメンテナンスなどをおこない、より長期的に将来も保存・活用できる状態に保つことができる。
コレクションをもっている館では、館の学芸員が常設展示室でコレクションを活用した展覧会を企画したり、また他館の展覧会にコレクションの貸し出しをおこなったりする。近年は、常設展示でもコレクションを活用して、企画展と同様に企画性が高い展示が多数おこなわれている。だが、一昔前は、常設展示室と言えば年代順・時代順に時系列でコレクションを見せることがごく一般的だった。その大きな変革の契機になったのは、2000年に開館したロンドンのテート・モダンの常設展示だった。
旧火力発電所の建物をリノベーションして作られた7階建てのテート・モダンは、一フロアを有料の企画展示室、二フロアを無料の常設展示室としてスタートした(9)。その際に、常設展示室ではそれまで一般的だった年代順の展示ではなく、17世紀のフランス・アカデミーが確立した風景、裸体、静物、歴史という主題のジャンルに想を得たテーマ別の展示とした。開館時には、「風景、事物、環境」「静物、対象、実物」「ヌード、行為、身体」「歴史、記憶、社会」という四つのセクションに分けてコレクションが紹介された。このような展示方法は、観客の混乱を招くなどの批判を浴びた。なかでも、「風景、事物、環境」のセクションに展示されたクロード・モネの『睡蓮』の絵の前にランド・アートで知られるリチャード・ロングが石を円状に床に並べた作品『Red Slate Circle10(10)』を並置し、さらに同じ展示室内にテートが開館にあわせてロングに制作を委託した、泥で描いた壁画『Waterfall Line11(11)』も展示され、その斬新なアプローチは物議を醸すことになった。このように「風景」という主題を現代の環境問題や土地の歴史などと結び付けたり、「ヌード」というテーマを人体への関心やアクション・ペインティングとつなげて見せたりするなど、それぞれの主題を拡張しながら展示してみせることで、時系列・年代別ではなく、近代と現代を柔軟に交錯させながら美術史の多様な解釈を可能にしたテート・モダンの手法は、コレクションの新しい見せ方の一つの規範になった。
コロナ禍の常設展示
この2年間、コロナ禍で、特に海外からの物流や人の移動が滞る事態になり、国内外の作品をほかから借用して実施することが難しくなった。緊急事態宣言などの影響で、美術館自体が休館になる期間も長く続いた。企画展の実施が中止や延期を余儀なくされるなかで、コレクションをもっている美術館はそのような状況を逆手にとって、創意工夫を凝らしてコレクションを活用した展覧会を企画してきている。東京都現代美術館では、2021年の3月から6月にかけてオランダ生まれでベルギーを拠点に活動しているマーク・マンダースの個展「マーク・マンダースの不在」を企画展で実施したが、緊急事態宣言が発令されてその会期の大半を休館せざるをえない窮地に立たされた。だが、開催期間の短縮を受けて、作家や所蔵者などの協力を得て、作品返却までの間、同年7月から10月にかけて同館の常設展示室の「MOTコレクション」で、3階部分を特別展示という形で、マーク・マンダースの企画展の出品作品の一部(同館のコレクションも含む)を用いながらも、企画展とは異なる展示構成で展覧会「マーク・マンダース 保管と展示」を実施した。また常設展示室の1階では、「Journals 日々、記す」と題して、人々の日常を一変させたコロナ禍や震災などの災害、オリンピックなどを背景に制作された作品と、日々の日常性から生まれた作品をあわせて展示した。
多様化する現代美術作品の収集
ここまでは、絵画や彫刻など形が比較的はっきりしている作品の収集と保存、活用について主に見てきたが、現代美術の場合、その表現手段や使用する媒体も多岐にわたっていて、作家のインストラクション(指示書)に基づいた行為などを作品化するコンセプチュアル・アートなど、厳密な意味でモノの形をとらない作品も数多くある。例えば、東京都現代美術館の外庭にあるオノ・ヨーコの『東京のウィッシュ・ツリー(願かけの木)』は同館のコレクションだが、普段は紅葉の木が1本生えているだけで、そうと知らない人にとっては作品とは気づかれないことがほとんどだ。年に1回、ジョン・レノンの命日にあたる12月9日になると、白い願い札(願いごとを書く短冊)が用意され、来館した人がそれぞれの願い札を紅葉の木に結び付けて下げていくという作品である。この願い札はオノ・ヨーコのもとに送られ、アイスランドのレイキャビクにあるジョン・レノンに捧げた作品『イマジン・ピース・タワー』に納められる。つまりこのコレクションは、毎年12月9日に人々が願いごとを書いて参加し、それを送り届けるところまでが作品となっている。
また、東京国立近代美術館のコレクションである冨井大裕の『 roll(27 paper foldings)』は、色とりどりの折り紙を1枚ずつ、くるっと丸めて両端をホチキスで留めてつなげた彫刻作品シリーズだが、その素材表記には「折り紙、ホチキス、指示書」とある。これは、市販の27色セットの折り紙を上から順に1枚ずつ使ってロール状にしていき、4本のロールを真四角状に組むなど立体的に組み合わせたものであり、作品ごとに折り紙27枚の組み合わせ方が異なる。折り紙の組み合わせ方は、全部で15通りあるが、このうち5通り分である5点が同館の所蔵となっている。折り紙に関する細やかな指定や組み合わせ方などは作家からの指示書に記されていて、展示するたびに新たに作ることもできる。つまり、折り紙そのものは代替可能であり、指示書そのものがコレクションの重要な一部を構成しているのだ。また基本的には、作家以外の人がその指示書に沿って作ることもでき、再制作に対して回数も制限されていないので、誰がどのタイミングで作り直すのかなど、所蔵者(この場合は美術館)にその判断を委ねられているユニークなコレクションである(12)。
さらには、近年はギモン2で見てきたようなパフォーマンス作品なども収蔵の対象になっていて、そういった作品の収集・展示に対してさまざまな試みがなされてきている。次回のギモンでは、映像作品やメディア・アート作品など、機材や記録媒体などの変遷により保管や再展示に大きな影響を受ける作品や、パフォーマンス作品などの形が定まらない作品の収集や展示、再現展示などについて詳しくみていきたい。
注
(1)ちなみに寄託とは、ある一定期間(通常1年、ないし2年、また延長もあり)作品を美術館に預けることを指す。寄託期間を終えて、美術館と所蔵者との信頼関係が築かれてから寄贈となることも多い。寄託期間中でも、展覧会で展示したり他館への貸し出しを認めていることが大半である。
(2)「博物館法」第2条(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/014/shiryo/07012608/001.htm)
(3)厳密には、国立館(独立行政法人)は、博物館法が定める「博物館」からは除かれているので、博物館法上は、東京国立近代美術館、国立西洋美術館、国立新美術館、京都国立近代美術館、国立国際美術館の5館は、「美術館」という名称を用いているものの、博物館ではなく「博物館相当施設」である。この制度上の歪みは、現在も是正されていない。これは現行の博物館の登録の所管が教育委員会であり、国立館の設置主体が独立行政法人であることに起因しているが、1952年施行の博物館法の改正は、70年近くたったいまなお議論の途上である。
(4)広島市現代美術館ウェブサイト(https://renovation2023.hiroshima-moca.jp/about/)
(5)第11回ヒロシマ賞受賞者のアルフレッド・ジャーについては、現在、広島市現代美術館が改修工事で休館中のため、2023年に同館での授賞式と記念展が予定されている。
(6)金沢21世紀美術館ウェブサイト(https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=97)
(7)金沢ゆかりの作品、ならびにコミッションワークについては、『金沢21世紀美術館収蔵作品図録』(金沢21世紀美術館、2004年、p.Ⅴ)を参照。
(8)恵比寿映像祭については、ウェブサイト参照。「恵比寿映像祭とは」(https://www.yebizo.com/jp/information)
(9)7階建ての建物は、開館当初は1階から7階と表記され、2012年の拡張時に0階から6階に改められた。開館当初の企画展示室は4階、常設展示室は3階と5階だった。また16年には、通称スイッチ・ハウス(Switch House)と呼ばれる10階建ての新館が併設され、そこでも常設展示や企画展示、教育普及プログラムをおこなっている。
(10)テート・モダン「Richard Long, Red Slate Circle」(https://www.tate.org.uk/art/artworks/long-red-slate-circle-t11884)
(11)テート・モダン「Richard Long, Waterfall Line」(https://www.tate.org.uk/art/artworks/long-waterfall-line-t11970)
(12)冨井大裕の作品については、東京国立近代美術館のMOMATコレクション(2021年10月5日―22年2月13日)の出品作品リスト、展示室内の作品解説テキスト、ならびに同館研究員の三輪健仁氏へのメールインタビュー(2021年10月27日)に基づく。出品作品リスト:「所蔵作品展「MOMATコレクション」」(https://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2021/10/R3-2MOMATCollection_list_J.pdf)
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