21世紀の私家版「少女コレクション」――『セカイと私とロリータファッション』を書いて

松浦 桃

 『セカイと私とロリータファッション』を上梓して数カ月。ありがたいことに思いがけなく多くの人から反響をいただいている。執筆中にはこのような反響を全く予想していなかった。いや、書くからにはもちろん誰かに読んでほしいと思いながら書いていた。しかし、原稿を書いていた私の脳裏を去らなかった悩みは、実際にこの本を手に取るのはどのような人たちになるのだろうかということであった。本書の内容はロリータファッションを着ている当事者たちには自明のことも多い。一方、ロリータファッションにいまだ出合わない、あるいは出合ってもそれを着ようとは思わない人たちにとって、この本が何の役に立つのだろうか。そんな疑問にずっと答えが出せないまま、書き続けていた。
  本書ができあがってから、あらためて私にとってロリータファッションとは何だろうか、何に私は引かれたのだろうかと考えてみた。いままでに私が撮りためてきた、ロリータファッションの女性たちのたくさんの写真を整理して考えさせられたこと。それはファッションそのものが「着て歩く」ことをルールとしたゲームであるということだ。その洋服を着て人の目にふれる場に出る、それだけが「ファッション」=ゲームの場にいるための条件である。ゲームには勝ち負けが必ず意識される。しかし勝ち負けだけに執着していては人はゲームを本当に楽しむことはできない。勝ち負けが決まる前の宙ぶらりんの状態におかれることを楽しむことが「遊び」の心である。
  私たちはいま、華々しい遊びに、祝祭に飢えている。どこも似たような灰色に映る都市のなかを漂う私たち。平日のオフィスや学校で流れる退屈な「日常生活」に満ちた時間に倦んでいる私たち。ロリータファッションはそれをまとうだけで自分の周りに「祝祭の空間」を作り出す。それは他の誰かのためではなく、着ている私のための「ハレ」の心である。また同じファッションを楽しむ仲間と一緒にいれば、お互いの「ハレ」を私たちは共有する。そこにいるだけで、ロリータたちは「遊園地」や「特別なパーティ」を作り出すことができるのだ。
  相変わらず週末には、ロリータファッションでお洋服を物色に出かける私。そんな私と友人たちの間で交わされた会話のなかで印象に残ったのが、「私たちお洋服のマニアは、友達と会うときに、最初に友達の顔よりも友達の着ている服を確認している」という話である。この話は、お洋服に執心する私たちが、まさにファッションというゲームのなかでお互いのカードを確認しあう作業に熱中していることを示している。
  もっとも、華やかな装いならば、ショッピングモールのなかにほかにいくらでも用意されている。そこから私はなぜ、この花と、お菓子と、フリルとレースをいつも選ぶのだろう。私個人についていえば、女の子中心のファンタジーにいつも飢えているからだと思う。いつも飢えている。もっともっと「かわいい」が欲しいのである。どうしてこれほどまでに「ロリータ的」なモチーフを求めて飽きないのか、それを語りきるには字数が足りない。
  これほどまでに私を含めた多くの女性たち、最近では男性の心までをもとらえているロリータファッションとは何か。それらはどこから生まれ、どこへいこうとしているのか。少女的なるもの。少女そのもの。主体としての少女。主張としての「少女」。男性の書き手によって客体として論じられてきた「少女論」ではなく、まさに自らがすでに「少女」である、より「少女」たろうとする、主体としての「少女」。そしてその主張。 
  3年間そんなことを考えてきたにもかかわらず、そうしたものに私の目はなお引き付けられたままである。私は飽きない。もっともっと「少女」を語りたい。もう絶対に「少女」などとは呼ばれない年齢になっても、きっと私はどこかで私の「幻想の少女」になりたい。そんな気持ちを捨てきれずにいる。だから、今日もロリータファッションを着る。着るだけでは足りなくて、私の心は「彼女たち」の周りを漂い続けている。  
  ファッションという「戯れ」のなかにありながら、何か確固たる主張を感じさせるこの不思議な現象をその熱を保ったまま記録したかった。本田和子が書く、「ひらひら」と日常性の支配をかわし続けてきた、しなやかで、したたかな「少女」。その「少女」の現在進行形。ストリートのそこかしこに、彼女らはかくれんぼをするかのように遊び、見え隠れしている。
  ファッションであるというだけでは、個人の思い出のアルバム以外には残らず、忘れ去られていくかもしれない、こうした「いまだ言葉にならない何か」をできるかぎり追い、記録したいと考え、まとめたのがこの本である。本になったおかげで、私自身がなかなか足を延ばせないような遠隔地でも、この本と出合ってくださった読者がいる。また、入れていただいた図書館も多い。そこでは1冊の本が何人もの読者と出合っていくことだろう。そうした多くの「出合い」のなかから新しい視点や議論が生まれていくことを夢見ながら筆をおくことにする。

音楽評論の「裏」バイブル――『音楽のグロテスク』を訳して

  私は、あの奇才ともいえるフランス・ロマン派の作曲家ベルリオーズの『音楽のグロテスク』の翻訳を出版できた。大変に光栄なことである。
  翻訳にあたっては大層苦労した。本書の各小話はたんに感じたままをつづった軽いエッセイではなく、じつはさまざまな角度から見ることができる深い内容をもっている。まず、この天才の頭のなかを解読し、しかも19世紀に生きた彼が感じたことを、翻訳する際に私自身の ものにしなければならなかった。著者には自分が優れているという自負があり(もちろん彼だからこそできるのだが)、他人を見下すことに余念がない。しかしそんな彼の頭のなかは、普通の人間である私にはむろんすぐに理解できるものではなく、悪戦苦闘を強いられた。それでも訳しながら、著者のあまりの皮肉屋ぶりに、私はあきれながら一人笑っていた……。それはフランス人特有の滑稽ともいえるが、ぜひ日本語でも広めたい味わい深さがある。いわば、「粋」な嘲笑による、知的な言葉遊びともいえるものだ。
  ところで、ベルリオーズの音楽について、私が感じるところを簡単にふれておこう。27歳のときの作品『幻想交響曲』は、前著『クラシックと日本人』(青弓社)でも書いたとおり、昔から日本人に愛好されている作品の一つである。私は子供の頃に、指揮者の小澤征爾がこれを熱演しているのをテレビで初めて見て圧倒された覚えがある。その音楽はじつに視覚的であり、グロテスクで、いままでに聴いたことがないものだった。魔に取りつかれて幻惑される話というのはクラシック音楽で多くみられるが、実際、これほど優れた曲はこの世にいくつもないのだと確信している。普通、作曲活動とは、誰かからの強い影響を自分のものにしてさらに発展させるのが常だが、ベルリオーズからはあまりそれが感じられない。彼の音楽語法は天才ゆえの独創性、すなわち「我流」の要素が大きい。構成は支離滅裂だし、美しいメロディーは故意に避けられている。しかし何かに取りつかれたように執拗なメロディーが、禁断のものを見たいという感情を巻き起こす。その躍動感は一見明るいけれどもわざとらしく、その先にはブラックホールのような不気味さが見え隠れする。それは、彼が愛したロマン派文学の世界を音楽に翻訳したものなのだろうか……。また、『幻想交響曲』以外で私が昔から好きなのは『イタリアのハロルド』である。これはヴィオラ独奏にオーケストラが伴う形式の曲で、やはり相当に風変わりな作品である。ヴィオラのメロディーは一聴したところ郷愁を誘うが、使われている和声が奇抜で、聴く者を「おや?」と思わせる。フェイドアウトして終わる方法も意外性に富んでいる。オペラで特筆すべきなのは、『トロイアの人びと』を別にすればやはり『ベンヴェヌート・チェリーニ』だろうか。私はパリのオペラ座でこれを見たことがあるが、演劇的な奥行きのある音楽と演出は本当に圧巻であった。
  さて、『音楽のグロテスク』の話に戻ろう。あの『幻想交響曲』のように、この評論集もときとしてどこまでが現実でどこまでが空想なのかわからなくなるときがある。また、裏の裏をかくことが彼のくせになっていて、読み慣れると面白いのだが、素直な考え方をする読者にとっては少しばかりの苦労が強いられるかもしれない。そうはいっても、これは短い評論の集成なので、面白そうだと思うところから読んでもかまわない。ただ、前後関係によって全体は緩やかに統一されていて、通して読み終えたときにバラバラの話を集めたという印象を受けない、ということは強調しておこう。ときには「グロテスク」たちを中心とした、本書の登場人物の生き生きとした会話がふんだんに取り入れられていて、評論集とは思えないくらいに臨場感がある。それは読者に、映像を見ているかのような錯覚を起こさせてくれる。当時のフランスの音楽事情を知らないと理解が困難な部分もあるが、その場合はギシャールの注を参照されたい。いまの日本がかかえている音楽界の問題が、意外にも19世紀のパリのそれと似ていることに驚くことだろう。
  フランス人が音楽について書いたものはまだまだ他にもたくさんある。それだけ彼らのなかには、「音楽について何か言ったり、書いたり」したくてしょうがない人が大勢いたのだろう(それはいまの日本も同じである)。それらのなかでもこの『グロテスク』は、相当に強烈なインパクトのある本で、表現もいささか辛辣である。音楽評論に王道が存在するとすれば、まさに本書は「裏」バイブルである。人は封印されたものや真実を知りたいという欲求には勝てないのであり、本書がそうした人びとの心を充実させてくれるものと思っている。

若者とは何者か――『族の系譜学――ユース・サブカルチャーズの戦後史』を書いて

難波功士

  若者とは、いまだ何者でもない者のことだと私は考える。
  世に言うニートやフリーターのことだけを念頭においているのではない。どこかの学生であったとしても、それには時限がある。たとえ定職に就いていたとしても、それを生涯の職と、なかなかそう簡単に決めきれるものではない。
  唐沢なをき『まんが極道①』(エンターブレイン、2007年)などを読むと、マンガ家とはすべからく永遠の若者ではないかと思えてくる。一時売れたとしても、結局「消えたマンガ家」は枚挙にいとまがない。吾妻ひでおですら、マンガ家として復帰するまでの間、ホームレス、配管工、入院患者(アルコール依存症)などの日々をすごしていた。過去の印税だけで食べていける安定は、ほんの一握りの超大家だけのものだろう。
  そうした「若者群像」のなかでも、「第5話 母と子」は特に胸を打つ。篭目山トト治(45歳)は、母親のパート収入に生活を頼りながら、年3回同人誌即売会に出店し、10冊程度を売りさばく以外は、日がな一日、商業マンガ誌に掲載された作品やその作者に悪態をついてすごしている。母は泣きながら「お願いだよ まっとうに職についてくれ カタギになっておくれ」と懇願するが、トト治は「うるさいうるさい マンガ家なんだ俺は誰が何と言おうと」(母と話をするときのコツは大声でケンカ腰にまくしたてることだ)……。
  結局、ユース・サブカルチャーズの戦後史とは、「何者かであろうとした若者たち」の右往左往の足跡であり、あるユース・サブカルチャーの成員となりえたとしても、ほとんどの場合、それが持続可能な何者かではない以上、その歴史とは見果てぬ夢たちの航跡なのである。そうしたはかなさこそが、私がユース・サブカルチャーズに「萌えた」最大のポイントだったように思う。老眼にむち打ち作品を仕上げ、最後には自費出版業者に騙されるトト治(とその母)の切なさには言葉を失う。そして日々大学生を眼前にしている身としては、若者たちがすみやかに何者かになることを願ってやまない。
  だが、かくいう私も、「この子たちのお父ちゃん」という定住の地を得たのは、44歳になってからのことだ。トト治のことを、とやかく言えた義理ではない。また『族の系譜学』の「あとがき」にも記したことだが、43歳のときに教員組合の書記長をやってみて、「おらぁ労働者だぁ」と心底思える経験をした。大学教員は、ディレッタントであり訳知りであることが多く、「かかる社会的・経済的環境のもと、こうした大学経営の舵取りは一部やむをえないところもあり……」といった妙な評論家的物わかりのよさを示してしまいがちだが、最後の最後まで理事会サイドとは別の視点に立ちえた――要するに平行線を辿り続け、団交ではなんら互いに得るものがなかった――ことは、仲間に恵まれたとしか言いようがない。
  教員である以前に労働者である、「こちとら教員歴は11年だが、労働者歴は23年だ」と考えるようになって、大学生と接するのも楽になってきた。要するに私の場合、「君たち、とっとと労働者(ということばに抵抗があるむきには職業人)になりなさい」というのが基本的なスタンスなのである。文系学部教員としては、実務に直結する何かを教える気はないが(そんなことはできないが)、就職活動が「文章(エントリーシートや論作文)を書く」「人前(面接やグループ・ディスカッション)で話す」の繰り返しである以上、レポートや卒論を書くこと、ゼミで発表・討論をすることが、働き口の獲得にいくばくかは結びついてくるはずである。
  大学教員11年目にして思うことは、「大学生は、大学生でなくなるために、大学生をしている」のであり、「若者は、いずれ若者でなくなるがゆえに、若者である」という屈曲である。そうした思いのうち、後者に関しては『族の系譜学』を書くことで、少しは吐き出せた。前者に関しては、いずれどこかで展開したいと思っているのだが……。 
  要するに、ありがちな大学改革論でも、学問論・教養論でもない大学(教育)論です。この場は、編集者・出版関係者の注目もある媒体だと思うのであえて申し上げますが、『大学生は、大学生でなくなるために、大学生をしている』企画、いかがでしょうか。ニーズはあると思うのですが……。できるだけ平易に、面白く読めるものにします。けっこう部数は出るんじゃないでしょうか。お父ちゃんは、子どもたちに自転車を買ってやりたいんですけど……。

執筆を終えたいま、振り返ると、あの夏の日のことが思い出される。――『光のプロジェクト――写真、モダニズムを超えて』を書いて

深川雅文

  1985年8月のある日、僕は、ハンブルクのギャラリーに付設された書店に並んだ本を見ていた。写真についての本を探していたところ、一冊の小ぶりの薄手の本に目が留まった。目立たない灰色の表紙には「Fuer eine Philosophie der Fotografie」と黒い文字でタイトルが印刷されている。Vilem Flusserという著者のことは全く知らなかった。ドイツ語で書かれた本を立ち読み始めて間もなく、写真の文化史的な革命性を鮮明に抉り出す考察であるとの直観が脳裡を走った。出版元のミュラー・ポーレ氏にすぐに電話をし、ゲッティンゲンの街を訪れて話し合い、なんの見通しもないのに日本語に翻訳したいとの希望を伝えた。若気の至りとはこのことだろう。出版のあてはなかったが、帰国後早々に翻訳に着手した。数年間の放浪生活の後、1988年、幸い美術館に学芸員として就職することになったものの翻訳の出版の可能性は見えなかった。その10年後、事態は一変し、同書の理解者を得て、勁草書房から『写真の哲学のために――テクノロジーとヴィジュアルカルチャー』として1999年に出版していただくことになった。『写真の哲学のために』の訳者あとがきは、本書の位置づけを説明してくれるのでその一節を引用しよう。

「『写真の哲学のために』は、「写真」をテーマにしているが、現代の文化状況に対するアクチュアルな哲学的批判がベースになっており、その意味では、たとえば、ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」あるいは「写真小史」といった著作の系譜に連なるものである。したがって、室井尚氏が本書の「解説」で述べられておられるように、この書は”書店の「メディア論」や「写真」のコーナーにさびしく置かれるタイプの本ではない”だろう。(略)ここでは、そのテーマとなっている「写真」に立ち返り、写真論あるいは写真史という観点から、若干のコメントを加えておきたい。というのは、フルッサーの理論は、写真を考えるための新たな文化的視座と概念の枠組みを提示しており、それを写真に関する現実の現象や作品あるいは歴史的な事象において検証することは、写真に関する理解と歴史的な認識の深化を促すのみならず、写真という領域に限定されない、脱領域的な写真論の可能性も秘められているように思われるからである」(184ページ)

  本書で筆者が進めてきた考察は、上記の引用の最後の文章に書いた「検証」の作業の実践に深く関わっていた。こうした検証は、さまざまなかたちでなされることによって、その理論の妥当性と批判が進められると思う。筆者の考察はそのアプローチのひとつであり、さらにさまざまな歴史的・美術的事象からの検証が可能であるはずである。そういう意志をもつ読者は、ぜひ、さらなる検証にトライしていただきたい。そのために、本書でフルッサーの著作に関心をもたれた人には、『写真の哲学のために』だけでなく、村上淳一氏の名訳で出されているフルッサーの『テクノコードの誕生』『サブジェクトからプロジェクトへ』(いずれも東京大学出版会)の読書をお薦めしたいと思う。

  検証のためには、理論的考察にとどまらず実際の作品のイメージに照らし合わせることも重要である。考察の現場は写真が流通する日常の生活の場であるとともに写真に関する歴史的事象にあるからである。本書は、写真についての本でありながら、所収する写真は十指にも満たない。その代わりに、本文のなかに図版注を多数挙げて、実際の作品イメージとの参照可能なかたちをとることができた。これは、ひとえに、美術出版社の『カラー版 世界写真史』をはじめ同社のカラー版美術書など日本語の美術出版が充実してきているという事情によって可能になった。こうした図版に照らし合わせながら本書を読み進めていただければ、本書がたんなる理論の書ではなく、実践的な書であることを感じていただけるのではないかと思う。

  よほど力量のある執筆者の場合はさておき、本の出版は、自らの意志でコントロールできるものではないのではないか。この本も例外ではないだろう。出版をめぐるさまざまな条件・環境の変化が、この本の出版を遅らせた面もあり、また時間の経過によって逆に促進させ、時宜を得させた面もある。冒頭に記した夏のある日がこの夏の出版に繋がるとは筆者自身想像できなかった。そして、注として挙げるべき図版の環境の充実ももちろん予想できなかった。一冊の本が、さまざまな人々の思索と出版への努力とに結びついていることを強く感じ、本書がその無限のネットワークの末端に連なることに感謝したい。そして、願わくば、この本がさらなる人々のリンクを導きますように。

音楽で人と人をつなぐ――『音楽療法士になろう!』を書いて

加藤博之

 本書『音楽療法士になろう!』は、私たち二人(加藤博之、藤江美香)が長年にわたっておこなってきた音楽療法の実践をもとに、理論と実際をわかりやすくまとめたものである。
  読者は音楽療法と聞いて、きっと何かすてきな響きを感じるかもしれない。音楽という言葉には、美的な感覚や人を安らげるところがある。あるいは、音楽療法という言葉自体にあまりなじみのない人もいるかもしれない。一般的には、音楽療法士はまだメジャーな呼び名とはいえないのだろう。長年音楽療法をおこなっている私たちでさえ、いろいろな人から「音楽療法? それは癒しでしょう」「ヒーリングのこと?」「モーツァルトの曲が効くんだよね」などと言われる。最近になって少しずつ理解者が増えてきているものの、まだまだこういった意見を多く聞く。それは、当たっている部分もあるが、音楽療法の一面を指摘しているにすぎず、結局受け身のニュアンスが強いのである。そこには、最も大切なセラピストとクライアント(対象者)相互の「やりとり(コミュニケーション)」がないのである。じつはこの「やりとり」にこそ、音楽療法の大切な有効性が隠されている。療法士とは言い換えればセラピストのことであり、それはまさに人とかかわる仕事なのである。そして、音楽を使って人とかかわるのが音楽療法士である。
  本書では、難しい理屈を並べ立てるという構成にはなっていない。人とかかわる仕事で最も大切なことは、こちらが相手に何かをしてあげるのではなく、ともに過ごすなかで互いに影響を受け合い、一緒に学び合うということなのである。謙虚な姿勢をもってはじめて対象者に向き合うことができる。セッション(音楽療法の活動)を通じて、セラピスト自身が得ることが非常に多い。とにかく、人間性が磨かれないとできない仕事なのである。だからこそ、療法士は魅力的な職業だといえるだろう。
  本書では、全編を通して「音楽療法士とは何か」を問い続けている。そして結局、最後まで明確な答えは出せないでいる。でもそれは当たり前のことなのかもしれない。なぜなら、音楽療法自体、日本ではこれからの領域であり、現在さまざまな理論や方法論が提案されているものの、「どれが最も有効か」ということは多くのセラピストが日々の実践を重ねるなかで検証されるべきことだからである。私たちも民間の立場で、これまで多くの対象者(主に障害のある子ども)とかかわってきた。そこで子どもたちからさまざまなことを学び、徐々に自分たちのスタイルを確立するようになった。本書で紹介している理論や方法論は決して私たちの最終到達地点ではないが、いまの時点でおこなっていることは今後もぶれないだろうと確信している。つまり、多くの年月を経てきて、やるべきことがやっと見えてきたのである。
  社会には音楽療法の本があふれている。どれも密度の濃い内容だが、概論的だったり、複数の著者がいろいろな方法論を紹介していたりするため、全編を読み通したときにセラピストの具体的な姿が浮かび上がってこない。私たちは、読者が読後に「なるほど、こういうセラピストがいるんだ」「このような経過を経てセラピストとして仕事をしているんだ」と感じるように、セラピストの生の姿、言い換えれば人間的な部分を特に強調したかったのである。セラピストは、限りなく人間的な仕事なのだから。それがどこまで達成できたかは読者の判断にゆだねることにするが、少なくとも自分たちの経験と学んだことは惜しみなく書きつづったつもりである。正直、ここまで書いていいのかと著者が躊躇するほど書いてしまった感もある。でも、一人でも多くの人に、自分たちが「生きる」ことと「セラピストが成長する」ことをダブらせながら、音楽療法士を目指していただければと思う。もちろん、「音楽療法士」が音楽表現を日々磨いていくことはいうまでもない。ただし、それは高い技術を一方的に相手に聴かせるのではなく、相手とその場を共有できる音楽空間を創造するために、さまざまな技能を鍛錬するのである。
  最後に、著者の加藤は音楽を独学で学んだ。一方、藤江は音楽大学出身である。この対照的な二人が組んでおこなう音楽療法はどのようなものか、という観点からも、本作を読んでいただけると興味が倍増するのではないかと考える。互いに影響を受け合って、いまがあるのだから。

ブリティッシュ・ロックの世界へ続く「次の一歩」――『英国ロック博覧会――黄金時代を彩った名盤200選』を書いて

舩曳将仁

 本作『英国ロック博覧会』は、2006年2月に刊行した拙著『ブリティッシュ・ロックの黄金時代』(青弓社)の続篇といえるものだ。前著は、1960年代初頭から70年代初頭にかけてのブリティッシュ・ロック・シーンの歴史を「教科書」的に紹介するものだった。本書は、その世界により近づくためのガイドブックである。
  ブリティッシュ・ロックの世界は、まるで洞窟のように奥が深い。僕自身もいまいったいどのあたりを歩いているのか全くわからない。ただし、そのどこまで続くかわからない冒険が楽しくてしようがない。出口かな?と思ったら新たな洞窟への入り口だったり、いくつかの道が結局はひとつにつながっていたり、興味深い新種の生き物に出くわしたり、心休まるオアシスを発見したりと、並の小説やロールプレイング・ゲームよりもワクワクさせられる。
  しかも、そこで出会った音楽たちが、悲しいときに慰めてくれたり、自らを奮い立たせる場面で勇気づけてくれたりするのだから、生きている限りこの冒険を続けたいと思っている。
  音楽は人生や心を豊かにしてくれる。それなのに音楽業界が不振というのは、なんとも悲しい話だ。人心がすさんで、目を覆いたくなるような事件が増えている現実と、音楽をはじめとした文化を軽視する傾向の強まりが比例しているように感じるのは、僕だけだろうか?
  ……と、そんなたいそうな話は、この本に一切ないのであしからず。単なるガイドブックなので。
  僕にとっては音楽が人生であり、人生が音楽だ。音楽は世界の共通語で、音楽が世界を救うのだ。ノー・ミュージック、ノーライフ!!
  ……と、そんな煮えたぎるような熱い想いも入っていないのであしからず。ほんと、単なるガイドブックなので。
  僕自身が何度も音楽に助けられ、勇気づけられ、励まされてきた経験を持つので、音楽評論家である以前に一ファンとして、音楽に興味を持ってくれる人が増えればいいなと、そのきっかけを与えることができたら、こんなにうれしいことはないなという想いで、この『英国ロック博覧会』を執筆した。
  本書では、1960年代初頭から70年代初頭の、ブリティッシュ・ロック黄金時代に発表された200枚のアルバムを紹介した。本書で紹介したアルバムを全て聴いていただければ、当時のブリティッシュ・ロックの面白さや多様性がわかっていただけるのではないだろうか。勢いあまって前作よりページ数が多くなってしまったけれども、時間のあるときにでもペラペラとめくって、「おっ!これは!」と感じるようなアルバムと出会ってくれればうれしく思う。
  本書は、そういった単なるガイドブックなのだ。
  ただし、「なんだ、単なるガイドブックか」と軽い気持ちで読もうと思えば、あまりにもマニアックな世界なので驚くはずだ。書いた本人が、その情報量にクラクラしているぐらいだから、普通の音楽ファンからすれば、「どこが単なるガイドブックやねん!」とツッコミを入れたくなるに違いない。そんなときは、ぜひとも前著『ブリティッシュ・ロックの黄金時代』とあわせてごらんいただきたい。『英国ロック博覧会』の巻末には、前著も参照できる索引がついているので、これは便利!(ちゃっかり宣伝してすみません)。
『ブリティッシュ・ロックの黄金時代』で、深遠なるブリティッシュ・ロックの世界へ「最初の一歩」を踏み出した方には、ぜひともこの『英国ロック博覧会』を手に取って、「次の一歩」に進んでみてほしい。

  追記:いま読み返して気づいたのだが、本書『英国ロック博覧会』の「まえがき」と「あとがき」で「二〇〇五年」としているところは、「二〇〇六年」の間違いです。この場を借りて訂正します。

つかこうへいさんのこと――『ミュージカルにいこう!』を書いて

ささきまり

  好きなものを褒める、というのは楽しいものです。拙著『ミュージカルにいこう!』でも、ずいぶんいろいろと好きなものを褒めることができてうれしかったのですが、あっという間にページが尽きてしまいました。褒めたい人や作品はまだまだたくさんあります。そのひとりが、作家のつかこうへいさんです。そもそもつかさんの作る舞台はストレートプレイなので、それでこの本では褒めるのが後回しになった、ということもあるのですが。とりあえずこの「原稿の余白に」の場をお借りして、ちょっと褒めてみたいと思います。
 つかこうへい作品にふれたことがある方はご存じだと思うのですが、彼の描く世界や台詞には独特の力があり、それはときに暴力的と感じるほどの強さももっています。そのため私は昔、つかさんという人は、たとえば機嫌の悪いときに「つかさん、あのぅ……」と話しかけようものなら「うるせえな、このバカがよ」と返されてしまうような、とても気難しくて怖い人なのではないかと思っていました。けれども、文字と文字の間にあふれた優しさもまたとてつもない大きさで、ことにそれが舞台の上で役者の体を借りてあらわれたとき、客席の私たちの心にはなんとも温かな気持ちが生まれます。なので、もしかしたらほんとうは優しい人なんじゃないかしら、という疑惑も拭いきれませんでした。それが確信に変わったのはいまから15年ほど前、お電話でお話ししたときのことです。お話ししたといっても、以前働いていた会社のチケットセクションでつかさんの『熱海殺人事件』という公演をまるごと預かってチケットを販売したことがあり、そのことで主担当だった先輩あてにつかさんご自身がお電話をかけてこられたのをたまたま私がとった、というだけのことなのですが。
 「もしもし、つかです」
 受話器を通して聞こえてくる声はたいへん低く、落ち着いたものでした。
 「あの、あの、いま○○は外出しております」
 「そうですか。では○○くんが戻ってきたら伝えてください」
 そういってつかさんは、ゆっくりと丁寧に、劇団側で必要になったのでいついつのどこそこのチケットを2席ほど押さえておいてほしい、というようなことをおっしゃいました。私は面食らいながらも、つかさんの声の不思議な響きに癒されていくのを感じました。私は確信しました。こんな声をもっているつかさんは、やっぱり優しい人にちがいない。そして受話器を置き、たったいまメモをとったはずの白い小さな紙に目を落として、愕然としました。

 はい かしこまりました
 かしこまりました
 はい
 かしこまりました

 ……ありえません。あまりに舞い上がっていた私は、つかさんの指定した日にちや席の番号ではなく、自分が復唱している言葉のほう、しかも相づちだけを書き起こしていたのです。まあ、電話をしているときに紙とペンが手元にあると、なぜか同じ単語を何度もなぞってしまったり、いろんな大きさの丸や三角をたくさん書いてしまったりという不思議な現象が起こりがちです。しかしこれはひどすぎる。青ざめた私に、同僚たちが「たしか○○日って復唱してた!」「○列っていってた気がする!」などと記憶を寄せ集めてくれたおかげでどうにかことなきをえましたが、まったくもって情けない思い出です。
このチケットセクションにいたとき、私は、お客様からの電話をとったり、営業の方とお会いしたり、情報誌の編集に携わったり、チケットを予約するシステムを作るお手伝いをしたりしました。そして、芝居を支える人たちは、劇場や稽古場の外にもたくさんいるのだということを学びました。1枚のチケットを誰かに手渡すまでに、どれだけ多くの人たちが時間や気持ちをさいて準備をしているのか。いまでもチケットをとるとき、電話1本やメール1本の向こうで起きているいろいろなドラマを想像します。15年前に比べればずいぶんシステマティックになったようにみえるチケット予約ですが、関わる人たちのてんやわんやぶりはおそらくあまり変わっていないことでしょう。そんなほほ笑ましさも含めて、観劇が好きなのかもしれません。
 ちなみにつかさんですが、その後いろいろな方からきいた話を統合してみると、やはり優しい方らしいです。数々の猪突猛進エピソードには、かなり長嶋茂雄的なインパクトとスケールの大きさを感じます。たぶん、「つかさん、あのぅ……」と話しかけたら「お! なんだ」と前のめりで応えてくださるのではないでしょうか。そういえば、つかさんの舞台はストレートプレイといっても、ほとんどの場合ダンスシーンがあるんですよね。役者さんが突然マイクを握って歌ってしまうこともありますしね。それと、多くの作品のエンディングには、いままでの悲しみをひっくり返すような奇跡的などんでんがえしが用意されています。『蒲田行進曲』で映画監督や女優の小夏が繰り返す「ここはキネマの天地ですよ。望めば、どんな願いも叶うところなんです」という台詞。“キネマ”を“ミュージカル”に入れかえてもそのまま通じるような、美しい言葉です。
 ああ、またページが尽きてしまいました。このつづきは、また後日どこかで。

パワーストーンが毎日を明るくする――『癒しの宝石たち――パワー効果と活用法の事典』を書いて

北出幸男

  いまでは小学生の子供でも、水晶は幸運を運んでくるとか、ラピスラズリは運をよくする、ローズクォーツは恋人を招く、とかということを知っている。
  ことのおこりは、20年ほどまえに始まったパワーストーンブームにある。
  当時はアメリカ文化がまぶしい時代だった。ショッピングモールや量販店など、アメリカでの流行は5年ほど遅れて日本列島に到来してメディアをにぎわせていた。
  クリスタル・ヒーリングという言葉もアメリカ発の情報として私たちのもとに届いた。そのころぼくは、おもに雑誌のために原稿を書いたり写真を撮ったりして記事をまとめるという仕事をしていた。ある雑誌でマインドパワー強化のための特集を組むことになって、クリスタル・ヒーリングを項目のひとつに入れようと思った。それは視覚効果抜群で、いかにもニューエイジという感じが魅力的にみえた。
  ところがいざページを作ろうとすると、該当する製品がどこにもなかった。手に入らない製品を使って記事を作るわけにもいかず、さりとてあきらめるにはしのびなかった。
  結局はお気楽な気分で、「OK、売っていないのであれば自分で売ればいい。そうすりゃとにかくページを作ることができる」と考えた。
  こうやってパワーストーンとの付き合いが始まって約20年たつ。この間、パワーストーンについての単行本を5冊書き、いくつかの雑誌でパワーストーンがらみの特集ページを組んだり、編集に協力してきた。
  そんなわけでこの本には20年間に蓄積してきた情報の「おいしい部分」だけが、アラジンが開いた洞窟の財宝さながらに詰め込んである。気分では自分とパワーストーンとの関係の総決算一歩手前というつもりで書いた。
  今日ではインターネットの普及はなはだしく、100人が100の意見を不特定多数の人にむかって表現できるようになっている。それは悪いことではないのだが、ことパワーストーンやスピリチュアルな領域に関しては、あと5センチ賢くなるならもっと多くが見えるだろうにと思えるような情報が錯綜する状況を生んでいる。楼門に驚いて本殿を見ずにいるのは惜しいことだと思ってもいる。
  まずはこれを何とかしたい。レベルの低い情報や、吟味するなら「実」のない情報に惑わされずに、いつまでも初(うぶ)な心持ちでパワーストーンに接する方法がある、それを提示したいという気持ちが本書には込められている。

  本書は以下に述べる5つの小事典からなっている。
(1)水晶の形状別小事典……水晶ポイントは形状によってさまざまな名称がある。「石の花」のひとつひとつに与えられた名前だと思うなら、眺めるだけで神秘に出会える。
(2)水晶 色と内包物の小事典……ユリやバラにたくさんの種類があるように、水晶もまた色と内包物によって種類分けされている。知らない名前の石たちに出会って驚けるなら、それは楽しいことである。
(3)メノウとオパールの小事典……メノウ・オパール・ジャスパー・テクタイトなど、おもに潜晶質や非晶質の水晶の仲間たちをひとつにまとめた。
(4)ケイ酸塩鉱物の小事典……水晶の成分であるケイ酸(シリカ)にアルミニウム・鉄・マグネシウムなどが結びつくと、多種多様の鉱物が誕生し、万華鏡さながらの鉱物たちのミラクルワールドが一挙に開く。ここでは石たちの集いに胸躍る喜びを体験できる。
(5)各種鉱物の小事典……鉱物の科学的分類に従って、ケイ酸塩鉱物に属さないものをひとつにまとめた。宝石の成分を確認するだけでも多くの驚きに出会える。パワーストーンの心理学的パワー効果を学ぶなら、だれもがそこに光明を見いだせる。

「すべての宝石鉱物はパワーストーンである」とこれが全体の支えで、超古代から近代に至るまで、珍しい石や美しい石はことごとくすべてが、彼岸のパワーが凝集したパワーストーンとして扱われてきた。美しい天然石を愛でる人々の心根には、縫いぐるみに話しかける子供たちのような純真なきらめきがあった。
 パワーストーンに興味をもつ人のすべてが、そうした心根をより確かなものとできるよう願っている。

「こんな本があったら」を実現して――『クラシックCD異稿・編曲のたのしみ』を書いて

近藤健児

 こんな本があったらいいな、そう思って書きだしたのはいいが、はっきり言って私の力に余る仕事で大変だった。ここでは校正終了後2006年の11月までに出た新譜や、不覚にも書き落としが判明した音源をまとめて記しておきたい。

モーツァルト 
 はじめに新譜から。『ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456』のフンメル編曲版、白神典子ほか盤(BIS)は同じくフンメル編曲の『交響曲第40番ト短調K.550』との組み合わせでリリースされた。
『交響曲第30番ニ長調K.202(186b)』『交響曲第32番ト長調K.318』『交響曲第37番ト長調K.444(425a)』および『ピアノ協奏曲第9番変ホ長調「ジュノム」』の第2楽章をブゾーニがピアノソロに編曲したものを集めて録音した、ヴィンセンツィ盤(DYNAMIC)もリリースされた。
『歌劇「魔笛」K.620』の抜粋をフルート、ギターとヴィオラで演奏したトリオ・コン・ブリオ盤(ANIMATO)も出た。
 次は遺漏である。『ピアノソナタ第11番イ長調K.331』『第15番ハ長調K.545』『「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K.618』『グラスハーモニカのためのアダージョ ハ長調K.356』『行進曲ハ長調K.408-1(383e)』『「ああ、ママに言うわ」の主題による12の変奏曲ハ長調K.265(300e)』や『フィガロ』『魔笛』のアリアをマンドリンとギターで演奏したものに、テヴェス/ヴァッガー盤(ANTES)がある。本書ではノーマークだったが、ほかにもマンドリンソロやアンサンブルなどへの編曲は相当数存在すると思われる。ギターやマンドリンへの編曲のCD情報は専門店ムジーク・ゾリスデン(http://www.musik-solisten.com/index.html)が詳しい。
『ファゴットとチェロのためのソナタ変ロ長調K.292(196c)』は調査不足で多くの編曲を書き落とした。クラリネットとバセットホルン版(ライスター/マジストレッリ盤、CAMERATA)、2ファゴット版(ゴーデ/ハード盤、ANTES)、2コントラファゴット版(ニグロ/レーン盤、CRYSTAL)、2バス・ヴィオラ・ダ・ガンバ版(ハーシェイ/ジェッペセン盤、TITANIC)、ファゴットとハープ版(ルーブリ/タリトマン盤、ARCOBALENO)などがある。
『歌劇「魔笛」K.620』『歌劇「フィガロの結婚」K.492』『歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527』の主要曲にはクラリネットおよびバセットホルンによるライスター/L&L・マジストレッリ盤(CAMERATA)がある。
『2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365』を2台のハープの協奏曲に編曲したものに、ミシェル/メストレ盤(EGAN RECORDS)がある。CDの存在は知っていたが詳細情報がわからず本に記載できなかった。メーカーから取り寄せてみてはじめて原曲が判明。面白い試みだがやや音量不足は否めない。
 読者からのご教示で、『クラリネット五重奏曲イ長調K.581』『イ長調K.581a(断片)』にマジストレッリ/北条純子によるクラリネットとピアノ版(BAYER)があることを知った。また、本書28ページのハイモヴィッツ(Vc)によるセル編曲チェロ協奏曲の第2楽章の原曲が『ディヴェルティメント ニ長調K.131』であることも、同じ方から教えていただいた。

ベートーヴェン
『交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」』の弦楽五重奏版には、プロ・アルテ・アンティクア・プラハ盤(ARTESMON)があることが判明。BONA NOVA盤とは別に『第5番』とこの曲を録音していたようで、旧譜だが国内の各ショップではつい最近はじめて紹介され、早速取り寄せて聴くことができた。これで弦楽五重奏版の未紹介は『第2、4、9番』の3曲である。『チェロとピアノのための「マカベウスのユダ」の主題による12の変奏曲』にはマハラ編曲・演奏のホルンとピアノ版がある(MSR)。

シューベルト
『歌劇「アルフォンソとエストレルラ」D.732』にはハルモニー・ムジーク(木管合奏)版があり、リノスE盤(CPO)がある。
歌曲21曲をホルンとピアノで演奏したキング/テイチャー盤(ALBANY)も出た。

ブラームス
  ピアノ連弾のための『21のハンガリー舞曲集』からはじめの10曲をモシュコフスキがピアノソロに編曲した音盤もあり、ブジャージョ盤(PROPIANO)で聴くことができる。ブラームス自身もピアノソロ用に編曲しており、これにはビレット盤(NAXOS)がある。ブラームス自身の編曲で重厚な和音が登場する個所が、モシュコフスキはアルペジオによって軽くしなやかに編曲している。そのほか、この曲の管弦楽編曲にもいくつかの種類があり、たとえばS=イッセルシュテット/北ドイツSO盤(ACCORD)の『第8、9番』は通常録音されるショルム編曲ではなく、ブロイヤー編曲。
  なお本書では書き落としているが、ブラームス自身の編曲ということなら、ピアノ連弾の『ワルツ集「愛の歌」Op.52a』『ワルツ集「新・愛の歌」Op.65a』の原曲は同名の四重唱曲だし、ピアノ連弾用の『「ワルツ集」Op.39』にはピアノソロ編曲もある(ジョーンズ盤、NIMBUSなど)。
  読者からのご教示で、『クラリネット五重奏曲ロ短調Op.115』にマジストレッリ/北条純子によるP・クレンゲル編曲のクラリネットとピアノ版(BAYER)があることを知った。

チャイコフスキー
『バレエ組曲「くるみ割り人形」Op.71a』および『バレエ音楽「白鳥の湖」Op.20』から5曲をシュトラートナー編曲で8人のチェロ奏者によるアンサンブルに編曲した、アハト・チェリステン盤(CAMERATA)が新しく出た。

ドヴォルザーク
『4つのロマンティックな小品Op.75』『スラヴ舞曲Op.46-3,8』にはマハラ編曲・演奏のホルンとピアノ版がある(MSR)。

ネットでは解決しないものがある。だから、本を書く――『音楽は死なない!――音楽業界の裏側』を書いて

落合真司

 音楽業界の最新事情を分析・解説する授業を音楽系の専門学校でおこなっている。その講義ノートを一冊の本にしたいと思い、2003年に『音楽業界ウラわざ』を出版した。音楽業界への就職を希望す人はもちろん、音楽になんとなく興味がある人まで広く読んでもらえればいいと思った。
  実際に本を出してみると、意外な人たちから反応があった。あるインディーズバンドと話をしているときに、「メンバー全員で回し読みしてますよ。ちなみに、別のバンド仲間から勉強になるよってこの本が回ってきたんですけどね」と言ってくれたり、知り合いになった音楽プロダクション社長にこんな本を書いていますと名刺がわりに本を渡そうとしたら、「それ、もう読みましたよ。この前FM局に行ったら、この本おもしろいから読んでみてと言われて、一気に読ませてもらいました。よく調べてあるなあって感心しましたよ」と言われた。
  音楽業界を目指している人だけでなく、すでに業界で活躍している人たちがわたしの本を手に取ってくれている。しかもコミックのように本がつぎからつぎへと回し読みされている(自分の本が回し読みされるのをいやだとは思わない。自分でいうのもナンだが、いい本ほど旅していくものだと思っている)。
  あれから3年。音楽業界は大きく変動した。音楽配信によって楽曲の扱われ方や業界マップが急速に変化した。CDはなくなるのか……そんな声をよく耳にするようになった。
  そんなとき、教室にいた学生がポータブルCDプレーヤーで音楽を聴いていた。いまどきiPodではなくCD? かさばって持ち運びに不便だろう。そう思って教室を見渡すと、他にも数人の学生がポータブルCDプレーヤーを使っていた。「どうして?」と尋ねると、CDの方がいい音だからという返事だった。
  CDがなくなるとかなくならないという以前に、もっと単純なことをわたしは見失いかけていた。いい音で音楽を楽しみたいという原点だ。
  ユーザーが本当に求める音楽ライフはどんなものなのか。音楽業界は音楽配信をどう展開させようと考えているのか。そういったことを中心に本を書いてみようと思った。
  ちょうどそんなとき、『音楽業界ウラわざ』を読んでくれた人たちから、続篇を読みたいという声が聞こえはじめた。そして偶然にも『音楽業界ウラわざ』の増刷の連絡が青弓社から来た。
「書かなきゃ」。たしかな追い風を感じた。
 
  実は、本を書くうえでいつも悩むことがある。本にする意味は何か、ということだ。
  ネット利用者が6,500万人もいるいま、知りたいことのほとんどはクリックすれば手に入る。より正確でより新鮮な情報にたどりつくことも簡単になった。
  そんな時代に、数カ月もかけてつくる書籍にどれだけ人は期待するのだろう。
  何が何でも本にしなければならない。本にしかできないこと。その答えが見つかるまで、絶対に原稿は書かないでおこうと思っていた。
  でも、そんなに難しく考えることなどなかったのだ。読みたいと言ってくれる人がいるなら書くべきなのだ。
  知りたいだけならみんなパソコンの電源を入れる。だけど、整理して分析し、解釈をつけ、問いかけたり主張するところまで現在のネットは発展していない。
  新聞やCDがなくならないように(そもそもレコードだって消えていない)、本というかたちでしか完結しないものがある。
  ネットでは解決しないものがあるから、わたしは本を書く。ただそれだけだ。

 ちなみに、本屋でバイトをしている学生が、本書の書店用POPを手描きしてくれた。音楽も本も、そういうぬくもりが大切なんだ! 音楽は絶対に死なない!