「当事者」が書いたファン文化論――『台湾ジャニーズファン研究』を書いて

陳怡禎

 このたび青弓社から『台湾ジャニーズファン研究』を出版する機会をいただいた。初めて編集の方から本書のお話がきたのは2011年秋ごろだったから、3年前になる。当時新卒で日本の会社に就職し、すでに日本の社会文化への勉強にすべての精神力を尽くしていた私は、多忙を言い訳に執筆のことを先延ばしにしていたが、12年冬に学校に戻り、約1年間をかけてようやく刊行できた。「あとがき」でも書いたように、本当にたくさんの方のご協力・ご指導をいただいている。改めてお世話になったみなさまに感謝する。また、本書を上梓して約1カ月、ありがたいことに多くの方から反響や質問をいただいている。この場をお借りして私の考えを改めて述べようと思う。
「なぜ台湾のジャニーズファンを研究しようと思うの?」「ジャニーズが好きなの?」。こういった質問がいまでも苦手である。だが、修士論文にこのテーマを選んでから、インフォーマントを含めてたくさんの方によく尋ねられる。なぜ簡単に答えられないのかというと、私は「30代の台湾のジャニーズファン」だからである。言い換えれば、私は当事者の立場から台湾のジャニーズファンを研究している。私は台湾の政治大学のジャーナリズム学部出身で、冷静かつ客観的に物事を伝えなければならないと教わってきたので、当事者と研究者という二重の身分を持つため研究に盲点があるかどうか、常に不安である。だが一方、「ファン仲間である」という当事者の立場でジャニーズファンにインタビューした際に、なんとなく話がうまく進められる。なぜなら、ジャニーズファンのコミュニティーは、わかりやすそうに見えるが、実は複雑であり、「人間関係」が重視されるからである。ファンの間には暗黙のルールもあれば、外部の人間ではわからない「雰囲気」もある。さらに言うと、ジャニーズファンたちはファン同士の関係性を大事にしているために、外部からの割り込みを許せない、といっても過言ではないだろう。そのため、最初からジャニーズファンのコミュニティーを観察するという「研究者」の姿勢をとるよりも、台湾のファンコミュニティーがおこなうファン活動に参加して「当事者」目線でインフォーマントを考察し、本書を書き上げた。だから、多くの方々から、本書は「当事者ならではのファン文化論」と評価していただいたのだが、私自身もこのように本書を位置づけたい。
 また、「なぜ台湾のジャニーズファンが友情ものを重視しているのか」という質問を多くいただいている。本書は、台湾のジャニーズファンたちが、アイドルの関係性を媒介として「友情」の理想像を浮上させることを考察した。しかし、なぜほかの感情ではなく、同性同士の「仲がいい関係性=友情」なのか。筆者は以下2点の理由があると考えている。
 1つは、台湾社会は仲のよい優しい社会を目指し、さらにこのような欲求の影響も、女性ジャニーズファンが構築している小さな社会に至るからだと考えられる。言い換えれば、機能(利益)面でも精神面でも、台湾社会では「優しい連帯」が求められている。例えば抗議やデモ活動などの社会運動でも、「警察と仲良くしよう」「お互いに尊重しよう」という呼びかけが多い一方、「闘争」「けんか」「暴力」などのマイナスな性格は台湾の民衆に批判される(最も顕著な例は、2014年3月に起こった「ひまわり学運」と名付けられた学生運動である)。台湾社会では、直接的対立や競争より、どの場合でも円滑な関係性が求められる。このような価値観もファンコミュニティーという小さな社会空間にそのまま再現されると考えられる。
 2つ目の理由は、女性同性同士の友情は現在の台湾社会、さらにアジア社会ではいまだに不可視な存在であるため、彼女たちは男性同士の関係性をモデルとして、女性同士の関係性に再現しようとするしかないからである。この点については本書でも詳しく論じたが、台湾女性の教育、就業、参政率など様々な社会参加率はアジアのなかでは優れているほうである(だが、このような優劣基準は最初から男性が支配する社会構造のもとに評価されているだろう)。しかしながら、教養や経済面で恵まれているといっても、台湾女性は、常に男性が主体とする台湾社会の下で自らの居場所を探っているうえに、女性が主体とし、女性同士だけの関係性が構築される社会空間は、台湾社会では稀な存在である 。その現状の下に、台湾のファンたちは、「ジャニーズアイドル」という趣味をきっかけに、女性を主体とするコミュニティーを構築していた。こういった文化的領域の内部に、彼女たちは仕事や家庭での役割から解き放たれ、新たな女性主体の「社会」を能動的に構築しているが、この小さな社会のなか、彼女たちは、 いままで経験したことがない同性同士の(辻泉さんがいう)「関係性の快楽」を享受しながら、理想な関係性のかたちをどのように構築するかを模索している。そのとき、彼女たちの目に入ったのは、同じく同性同士だけ構築しているジャニーズアイドルの関係性だろう。さらに、彼女たちがジャニーズアイドルに読み取る関係性のフレームに、台湾社会共通の「優しい連帯」という価値観のフレームを重ね合わせ、自ら女性同士の「仲がいい関係性=友情」のフレームを形づくると考えられる。また、こういったかたちで女性ファンに重視される、同性同士の「仲がいい関係性=友情」の価値の上昇は、台湾社会に重視される「優しい連帯」の参照枠組みの一つになるのではないかと考えられる。