第22回 柴田侑宏さんをしのんで

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 
 105周年を迎えた宝塚歌劇の後半世紀の間、宝塚の作品群に確固とした品格を生み出した最大の功労者、柴田侑宏氏が2019年7月19日、闘病の末亡くなった。87歳だった。7月21日に通夜式、同22日には告別式が西宮市内のエテルノ西宮でしめやかに営まれた。通夜式には、榛名由梨、鈴鹿照、高汐巴、寿ひずる、平みち、杜けあき、湖月わたる、朝海ひかる、蘭寿とむ、龍真咲らOG、松本悠里、轟悠、明日海りお、望海風斗らの現役生、告別式にも紫苑ゆう、黒木瞳、愛華みれ、真琴つばさ、稔幸、大空祐飛ら多くのOGや現役生をはじめ多くの関係者が参列し、故人の冥福を祈りました。
 
 柴田作品を演じていないトップスターはいないといっていいほど宝塚になくてはならない作家・柴田氏の訃報にふれて、『宝塚イズム』では12月発売の次号で柴田氏の追悼を予定していますが、その前に“宝塚の至宝”柴田氏の足跡と思い出を振り返っておきたいと思います。

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 柴田氏が宝塚歌劇団に入団したのは1958年(昭和33年)。関西学院大学を卒業、上京して数年後のことだった。歌劇団入団の経緯を、ご本人に取材した話をもとに再現してみよう。お兄さんが日活の映画監督だった松尾昭典氏だったことに影響されて、自身も大学卒業後、東京で脚本家修業をしていたのだが、宝塚歌劇団が募集したテレビドラマの脚本コンクールに応募して入選、面接で宝塚に来たときにそのまま入団が決まり、演出助手として採用されたのだという。それまで宝塚歌劇は一度も観たことがなかったという。26歳のときだった。当時OTV(毎日放送と朝日放送の前身)に宝塚歌劇の番組枠があって、入団早々、そこで民話ドラマシリーズを担当することになり、同期の新人作曲家だった寺田瀧雄氏とともに担当、右も左もわからず、しかも生放送の番組で大変苦労したそうだが、このシリーズは寺田氏とのコンビ誕生のきっかけになったほか、その後の宝塚での脚本執筆に大きな糧になったという。
 柴田氏は1961年暮れに宝塚新芸劇場での花・月組合同公演の3本立ての一本だった民話歌劇『河童とあまっこ』でデビュー。翌年12月の星・雪組合同公演の一本、舞踊劇『狐大名』で大劇場デビューを果たした。若手のころは日本物の作家というイメージが強く、私が最初に柴田氏の作品にふれたのも71年の星組公演『ノバ・ボサ・ノバ』初演と一緒に上演された『いのちある限り』ではなかったかと思う。鳳蘭、安奈淳、大原ますみという星組ゴールデントリオといわれた3人が山本周五郎原作の人情物に挑戦した作品で、鳳の似合わない青天姿で伝説的な舞台だ。
『ノバ・ボサ・ノバ』の強烈な衝撃度に隠れて見過ごされがちだが、『いのちある限り』も故寺田瀧雄氏の名曲がちりばめられたさわやかな感動作だった。その後、同じ鳳蘭ほかの主演でバウホールで一度だけ再演されている。ほぼ同時期の『小さな花がひらいた』(花組、1971年)そして『たけくらべ』(雪組、1973年)と、このころの柴田作品は珠玉のような作品群が並ぶ。
 一期上の演出家・植田紳爾氏(年齢的には一つ下にあたる)が1974年に『ベルサイユのばら』を発表して、社会現象的なヒットを飛ばしたことが柴田氏に大きな刺激を与え、これまで宝塚では扱われなかった古代王朝や幕末を題材にした『あかねさす紫の花』(花組、1976年)や『星影の人』(雪組、1976年)を連続して発表。いずれも高い評価を得て、ポスト『ベルばら』に貢献、宝塚での存在を絶対的なものにした。
 1972年の月組公演『さらばマドレーヌ』から洋物にも積極的に取り組み、74年の星組公演『アルジェの男』に次いで発表した75年の雪組公演『フィレンツェに燃える』で芸術選奨文部大臣新人賞を受賞、演劇界での名声も確立された。生前、柴田氏から「僕の作品で再演するとしたら君は何を観たい?」と問われて真っ先にこの作品を挙げると、ご本人も「機会があったらやりたい」とおっしゃっていたのだが、なぜか再演されずじまいだったのが悔やまれる。
 柴田氏の作風は、人間ドラマとして緻密に計算され、ストーリーとしての破綻がなく、結末を観客にゆだねて、観終わった後に深い余韻が残るという作品が多いのが特徴。一方、オリジナルでは『バレンシアの熱い花』(月組、1976年)のように、トップスターの個性や組の構成を考慮して、各人各役を当て書きしながらドラマとしても大胆な構成で書き下ろすなど、宝塚歌劇の座付き作者としての職人技には他の追随を許さないものがあった。『バレンシアの熱い花』初演は榛名由梨、順みつき、瀬戸内美八が主演だったが、客席の熱気はいま以上の信じられないパワーがあって圧倒されたことをよく覚えている。
 1985年、月組の剣幸のトップ披露公演『ときめきの花の伝説』はスタンダールの『ヴァニナ・ヴァニニ』の舞台化だったが、このときの舞台稽古で「最近、視野が狭くなって」とおっしゃっていたのをよく覚えている。その後、病気が進行して失明に近い状態になって新作の執筆が困難になってしまわれたのは慙愧に堪えない。それでも、自作の再演時には、必ずそのときのトップスターの個性や組の構成に合わせて役を書き足したり場面を増やしたりといった補筆を欠かさず、稽古場には必ず顔を出し、舞台稽古や初日なども付き添いの方と一緒に必ず客席でごらんになっていた。
 つい最近も稽古場で、出演者が立ち位置を間違えると、すかさず柴田氏の叱咤の声が飛び、演出を担当していた中村一徳氏が「見えないというのは嘘で、実際は見えているのではないかと思った」というほど、稽古場での柴田氏の集中力は研ぎ澄まされていたという。
『アルジェの男』(2011年)が霧矢大夢時代の月組で再演されることが決まったとき、私が講師をしている毎日文化センターの「宝塚歌劇講座」にゲスト講師として『アルジェの男』の創作秘話について話していただいたことがある。詳しい内容は忘れてしまったのだが、女性が演じる男役とかは特に意識することなく、しっかりした内容があってドラマに納得性があれば、品格さえ保てばどんな題材でも宝塚で上演できる、という確固たるポリシーをもっておられたのはよく覚えている。
 柴田氏の作品は宝塚を離れても十分通用するが、宝塚以外の舞台からの誘いには一切応じることはなく、宝塚一筋に邁進してこられた。宝塚を観たことがなかった演劇青年が宝塚のどこにそれだけの魅力を感じ創作活動の源となったのか、そのあたりをきちんと聞いておくべきだったといまになって悔やまれてならない。宝塚らしさとか宝塚の限界という常識を取っ払って次々に新境地を開拓されたのは、宝塚を一度も観たことがなかった演劇青年がある意味宝塚を冷徹な目で見ていたからにほかならないと思います。コデルロス・ド・ラクロの『危険な関係』が『仮面のロマネスク』(雪組、1997年)という見事な宝塚の作品に生まれ変わったのも柴田氏ならではの手腕でしょう。

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 そんななかで私がいちばん好きな柴田作品はといわれれば、松あきら、順みつき時代の花組公演『エストレリータ』(1981年)を挙げます。2人がダブルトップといわれていた時代の書き下ろしで、ブラジルのリオデジャネイロを舞台にしたトライアングルラブ。どちらも際立つように書かれたその手腕が見事で、ほとほと感心した覚えがあります。この作品も再演されていません。このことは生前、柴田氏にもお伝えしたことがあって「へーえ」と意外そうな返事をされながらもまんざらでもない表情をされたのが、いまとなっては宝物になってしまいました。合掌。

 

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第21回 105周年宝塚、激動の上半期

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 真夏並みの暑さとなった2019年5月末、令和と年号が変わって初めての『宝塚イズム39』が完成、そろそろ全国の書店の棚に並ぶころになりました。今回は原稿依頼の締め切りぎりぎりになって星組の紅ゆずる、花組の明日海りおとトップスター2人が次々に退団を発表し、いつも以上にずいぶん慌ただしい編集作業になりました。できあがってきた最新号は、105周年宝塚の華やかな話題のうちにはらむさまざまな問題も提起していて、こちらが思っていた以上に充実した内容で、読みごたえがある一冊になりました。
 巻頭特集は「さよなら紅ゆずる&綺咲愛里」。類いまれな美形コンビとしてファンを魅了してきた星組のトップコンビの退団を前に、私が彼らの宝塚でのこれまでの軌跡をリードで振り返り、現在の宝塚で2人がどんな位置を占めるコンビだったのかなど、彼らの魅力を鶴岡英理子、宮本啓子、永岡俊哉、木谷富士子の4人が分析します。
 2人のサヨナラ公演『GOD OF STARS――食聖』(作・演出:小柳奈穂子)はおろか、プレサヨナラ公演となったドラマシティ公演、楽劇『鎌足――夢のまほろば、大和(やまと)し美(うるわ)し』(作・演出:生田大和)さえまだ始まっていない時期に原稿を依頼したとは思えない論考がそろい、執筆者たちの2人への愛の深さを改めて理解するとともに、サヨナラ公演に臨む彼らへの期待の大きさもうかがい知れます。
 その紅&綺咲のプレサヨナラ公演『鎌足』の開幕直前の4月末に、星組の次期トップスター人事が宝塚歌劇団から発表され、星組の二番手スターで人気、実力とも急成長の礼真琴が順当にトップ就任することになりました。また、相手役が4月29日付で花組から星組に組替えになることが発表されていた舞空瞳であることも同時に発表されました。舞空が動くことで宙組の芹香斗亜が星組に里帰りしてトップになるのではという噂がSNSで流れていたこともあって先手を打ったとも考えられなくもありませんが、思いがけず早いタイミングの次期トップ発表でした。
 大阪の梅田芸術劇場では、メインホールで5月4日に礼主演の全国ツアー公演『アルジェの男』(作:柴田侑宏、演出:大野拓史)が初日、階下のドラマシティでは『鎌足』が一日違いの5日に開幕。ゴールデンウィーク後半の劇場周辺は宝塚ファンで終日ごった返しました。ただ、退団が決まっているトップスターが中劇場、次期トップスターに決まったばかりの二番手スターが大劇場で公演というのが、発表前ならまだしも発表されてからでは、なんとも複雑な感覚にとらわれました。
 トップスターが退団を発表したあとの次期トップスターの発表時期はさまざまで、サヨナラ公演が終わってもなかなか発表されないケースがあったりするなかで、今回は、トップのプレサヨナラ公演前、次期トップに決まった二番手スターが主演する全国ツアー公演前に発表されました。星組生え抜きスターの昇格人事ということもあって、比較的スムーズにバトンタッチができたのではないでしょうか。ただ、場内の熱気はドラマシティよりもメインホールのほうが上回っていました。新しいスターを求める宝塚ファンの正直な思いが如実に表れていて何とも言えない気持ちになりました。常にフレッシュなスターを求め、新旧交代を繰り返してきた宝塚105年の歴史はこういうことだったのかなあと妙に納得できた瞬間でした。
 一方、そんな宝塚のなかで、新旧交代の波にうまく乗れず、ファンに惜しまれて退団していったスターもいます。月組の美弥るりかと星組の七海ひろきです。実力はおろか人気も抜きんでていて、とりわけ美弥はショーでは二番手羽根まで背負い、いつトップになってもおかしくないという位置まできながら、何らかの力とタイミングが合わず、退団という選択をせざるをえなかったスターです。七海もその男役としての美貌と人気は現在の宝塚で一番といわれたほどでした。そしてもう一人、二番手スターの位置まできながら専科入りという選択をした愛月ひかるがいます。ファンはセンターに立つ3人を夢見ながら、その寸前に糸を断たれたのですから、その計り知れない無念さは容易に察しがつきます。この3人の決断がこれからの宝塚にどんな影響をもたらすのか、宝塚全体を覆うもやもやとしたストレスにならなければいいのですが……。
 美弥と七海は、花組の明日海や雪組の望海風斗と同期生。宙組の真風涼帆や月組の珠城りょう、そしていま星組の礼真琴がトップになるなど、宝塚の時計はどんどん進んでいきます。そんななかで美弥と七海が、その歯車からこぼれたとしたらもったいないとしかいいようがありません。あとは愛月の頑張りに期待するしかないのでしょうか。
『宝塚イズム39』ではそんな3人に対する愛ある応援として「美弥・七海・愛月、105周年の決断」という小特集も組みました。水野成美、岩本拓、宮本啓子、永岡俊哉が3人への渾身の思いをぶちまけます。3人のファンの方たちは必読です。
 OGロングインタビューは、昨年末退団、女優として始動したばかりの元月組トップ娘役愛希れいかが、退団後の第一作となった東宝版『エリザベート』への熱い思いを語ってくれました。暮れには『ファントム』のクリスティーヌ役も決まり、ますますの活躍が期待される愛希の宝塚愛に満ちた近況報告をお楽しみください。
 大劇場公演評、新人公演評、私と鶴岡の外箱対談、東西のOG公演評とレギュラー企画もたっぷり。今年初演から45周年を迎え、年初に一大スペシャルイベントが組まれた『ベルサイユのばら45――45年の軌跡、そして未来へ』はOG公演評で詳しくお伝えしています。
 あとは実際に手を取っていただくしかないのですが、決して損はさせない一冊に仕上がっていると思います。そして次回は、記念すべき『40』。人気絶頂のさなか11月24日に退団する花組のトップスター、明日海りおのさよなら大特集号です。明日海の魅力をどんな切り口で探っていくかこれからじっくりと知恵を絞りたいと思います。いまから楽しみにしていてください。
 

 

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第20回 紅ゆずる、明日海りおの退団に思う

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 宙組の朝夏まなとの退団以来約1年半の間、トップスターの退団がなく比較的平穏だった宝塚歌劇ですが、105周年というアニバーサリーイヤーにもかかわらず、2月に星組の紅ゆずる、3月に花組の明日海りおが連続して退団を発表するという異例の激震が訪れました。
 いずれも宝塚大劇場での公演が終わった翌日すぐの発表でした。2人ともトップ在位期間からいって早期の退団発表は予想されていたものの、まさか続けざまとは思わず、『宝塚イズム』編集者としてもかなりびっくりさせられました。
 紅は、昨年秋の台湾公演を盛況裏に終え、『ANOTHER WORLD』や『霧深きエルベのほとり』など作品にも恵まれていつ退団しても悔いはないという状態でしたので、退団自体はある程度想定内でした。しかし、7月公演での退団の場合、グッズの準備期間などを考えると本来なら発表の時期が『霧深きエルベのほとり』開演前というのがセオリーでしたので、公演後すぐの発表は想定外でした。
 一方、明日海は、先に相手役の仙名彩世が退団を発表、初夏の横浜アリーナでの公演からは新しい相手役の華優希とのコンビが発表され、大劇場公演1作だけで退団というのは推測しがたいものでした。ただ、退団公演となる『A Fairy Tale――青い薔薇の精』(作・演出:植田景子)発表の際、新コンビの大劇場お披露目公演という文言がなかったことが、いまとなっては退団のヒントだったのでしょう。
 トップスターの退団人事は大体1年前には決まっていて、トップシークレットとして歌劇団内部で厳重に管理されます。紅と明日海の退団ももちろんそうで、昨日今日に決まったことではありません。明日海は昨年、舞浜アンフィシアターでコンサートをおこないましたが、実はそのときはまだ発表されておらず、すでに今年6月の横浜アリーナのコンサートも決まっていました。明日海の退団を前提にしたはなむけのコンサートというビッグイベントとして着々と用意されていたのです。ただ、明日海を中心とする花組は、宝塚5組のなかでも一番人気で、作品に関係なく宝塚大劇場を全期間完売できるパワーがあります。そんな金の卵を歌劇団としても簡単に手放したくはないはずで、アリーナコンサートは歌劇団が明日海を慰留するために企画した最大のイベントだったことは想像にかたくありません。
 退団会見でも話していたとおり、明日海自身も昨年1月の『ポーの一族』で退団を意識し歌劇団に伝えてきましたが、慰留されていまに至ったということではないでしょうか。それだけに退団公演までの時間の余裕があり、仙名を先に見送るという彼女ならではの心遣いも可能になったのかもしれません。こう考えてくると、明日海の退団が先に決まっていて、あとから紅の退団が決まったことが浮かび上がってきます。紅は会見で「トップ就任5作で退団を決めていた」と話しましたが、それはあとからのつじつま合わせとも考えられ、案外、これが連続退団の真相かもしれません。
 紅は2002年初舞台。身長があって際立った容姿の持ち主でしたが、同期生のなかでもビリに近い劣等生。一方、明日海は03年初舞台。文化祭のときから抜群の容姿でしたが、男役として決して恵まれた身長があるとは思えませんでした。2人とも、それぞれのハンディを跳ね返して見事トップに上り詰めました。その共通点はやはり2人の「宝塚愛」の強さでしょうか。退団会見では2人とも、仲間との別れや退団することの寂しさで涙を見せたのが印象的でした。
 明日海は「退団後何をしたいか」と問われて「職探し」といって笑わせました。「車の免許をとりたい」とも。音楽学校入学後、初舞台から現在まで抜擢の連続で、稽古と舞台に明け暮れ、自分の時間が全くなかったことがこの言葉でうかがい知れます。3番手、2番手時代には役替わり公演が連続、これまでのトップスターたちと比べても2倍以上の濃い宝塚生活だったのではないでしょうか。
 2人の退団公演は紅が上海、マカオ、シンガポール、ドバイをまたにかけて活躍するシェフに扮するアジアンテイストの『GOD OF STARS――食聖』(作・演出:小柳奈穂子)とレビュー、明日海が19世紀後半のイギリスを舞台に、妖精界の掟に背いた青い薔薇の精の苦悩に挑戦する『A Fairy Tale』とレビューの二本立て。いずれも、それぞれを知りつくした女性作家の作品で、最後を飾るにふさわしい作品になることが期待できそうです。

 さて『宝塚イズム』は、現在6月1日刊行予定の『39』の原稿を募っているところです。『39』では、明日海より先に退団する星組の紅ゆずると同時退団する綺咲愛里のサヨナラ特集を中心に、月組の美弥るりか、星組の七海ひろきといった89期生の退団を惜しむ声も特集に織り込んで、105周年前半の宝塚の現状を多角的にレポート、評論します。旬のスターが登場するOGロングインタビューにもご期待ください。
 紅のあとに退団する花組・明日海りおのサヨナラ特集は、東京宝塚劇場の千秋楽が11月24日ということもあって、千秋楽の興奮もさめやらない12月1日刊行予定の『40』で大々的に取り組むべくいまから準備を進めてまいります。『宝塚イズム』40号の記念号でもあり、おおいに期待していただきたいと思います。
 105周年が始まったばかりというのに、新たな世代交代に大きく動き始めた宝塚。ウォッチャーとしては慌ただしい一年になりそうですが、これまでどおりぶれることなくきっちりとした視点で見守っていきたいと思っています。

 

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第19回 2018年を振り返り、19年を展望する

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム38』(12月1日発売)は2018年の宝塚を振り返るという意味合いも込めて「5組の診断」を特集に組みましたが、トップスターのサヨナラ特集とは違って、現在の宝塚全体を俯瞰することができて、なかなか充実した内容になったと自負しています。書店での反応も、個別のファンだけでなく宝塚を応援するファン全般に受け入れてもらうことができているようで、われわれ編著者が予想していた以上に好評だそうです。トップスターの退団発表がなく、ギリギリまで特集を決めかねていただけに、思いがけないうれしさとともに、読者のみなさまのニーズが何なのか、編集をするうえでの新たな課題を突き付けられた思いもしています。いずれにしても、楽しんでいただいていればこのうえない喜びです。
 宝塚歌劇は2019年に105周年を迎えます。つい先日100周年だと思っていたのですが、時がたつのは早いものです。100周年でマスコミがこぞって取り上げたおかげもあって、以来、好調な観客動員が続いています。それは、足が遠のいていたオールドファンや初めての若いファンがそのときに観劇して、宝塚歌劇の魅力を再認識し、リピーターになったからにほかなりません。ちょうどそんなときに上演された『ルパン三世――王妃の首飾りを追え!』 (雪組、2015年)や『るろうに剣心』(雪組、2016年)などの作品が、宝塚を見る彼らの目を変えたのではないでしょうか。「宝塚って意外と面白いやん」、それが現在の隆盛につながっているのだと思います。スタッフの企画力とそれに応えた出演者、演出力の成果だと思います。
 2018年の宝塚歌劇は、そんなファンを十分に満足させた充実した一年でした。少女マンガのカルト的名作を初めて舞台化した花組公演『ポーの一族』、人気ミュージカル『エリザベート――愛と死の輪舞』(月組)、そして『ファントム』(雪組)の再演が宝塚大劇場、東京宝塚劇場ともに連日満員の人気を呼びました。ほかにも台湾で上演した星組公演『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』のような人形アニメを舞台化するという新しいジャンルの作品にも果敢に挑戦、新作の合間にヒット作をバランスよく配置したバラエティーに富んだ陣容で話題を呼び、作品のレベルも比較的高い水準をキープできたのが何よりでした。宝塚大劇場では台風で二度休演するという不測の事態もありましたが、珍しくトップスターの退団がなかったのも安定感につながっています。
 そんななかで年末にディズニーリゾートにある舞浜のアンフィシアターで初めておこなわれたコンサート『Delight Holiday』(花組)が、これからの宝塚歌劇の一つのあり方を示していてなかなか興味深い公演でした。花組のトップスター、明日海りおを中心とした18人の選抜メンバーによる公演でしたが、本拠地では見られない男性客の姿が目立ち、普通のコンサートと同じようにペンライトを持ってタカラジェンヌを応援する姿が新鮮でした。場所柄、ディズニーランドのショーを見る感覚だったのかも。コンサートといえば最近では星組トップ時代の柚希礼音がおこなった日本武道館での大掛かりな公演がありましたが、そのときよりずいぶんとリラックスした感覚でした。
 内容も平成最後の年にちなんだ30年間のヒット・メドレーやディズニー・メドレーなど、いつものレビューとは一味違った選曲。トップ娘役の仙名彩世が歌った安室奈美恵の「Hero」は聴きものでした。
 宝塚歌劇にとって男性客の開拓は長年の懸案だったのですが、全国の映画館でのライブビューイングが拡充されて、宝塚歌劇が気軽に楽しめるようになったことも一因かもしれません。ライブビューイングはこれまで東京宝塚劇場での千秋楽公演に限られていましたが、2018年からは宝塚大劇場の千秋楽をはじめ、中日劇場、博多座、赤坂アクトシアター、さらに宝塚バウホール公演までおこわれるようになっています。これに加えて、放送開始とともにNHK-8Kでのライブ放映も始まりました。充実したコンテンツを生かして、今度はさらなる男性ファンの獲得へ――宝塚歌劇の攻勢は来年も続きそうです。
 来年の宝塚は宝塚大劇場が星組公演『霧深きエルベのほとり』、東京宝塚劇場は雪組公演『ファントム』からスタートします。元日、2日のそれぞれの初日には各組トップスターが勢ぞろいして口上をおこない、105年目の開幕をことほぎます。『霧深きエルベのほとり』は菊田一夫作で、1963年に初演された伝説的舞台の再演。20世紀初頭のハンブルクを舞台に、船乗りと深窓の令嬢の身分違いの恋を描き、当時のトップスター、内重のぼるの当たり役になった作品で、その後2度、再演されています。昭和の香りがする宝塚のクラシックといえば、大体の雰囲気はわかっていただけるでしょう。それを実力派の若手作家である上田久美子が現代の女性の視点でどんな形でよみがえらせるのか、興味は尽きません。
 前半のラインアップはその後、明日海りお率いる花組の一本立て大作『CASANOVA』、珠城りょうが宮本武蔵に扮する月組公演『夢現無双――吉川英治原作「宮本武蔵」より』、真風涼帆が星組時代に新人公演で主演した作品に挑戦する宙組公演『オーシャンズ11』、望海風斗が悲劇の新選組隊員に扮する雪組公演『壬生義士伝』と続きます。話題性があるオリジナルにヒット作の再演という安定路線はそのまま継承しながら、105年を乗り越えようという狙いです。後半もさらに話題作が続きます。
『宝塚イズム39』は6月1日発売です。105周年前半の成果の検証と後半への展望が、次号の大きなテーマになるでしょう。トップスターの変動もそろそろありそうな予感もしながら、4月には話題の新人の初舞台も控えていて、105周年の宝塚歌劇はマスコミを巻き込んでまたまた大きな旋風を巻き起こしそうです。宝塚ウオッチャーとしての『宝塚イズム』執筆メンバーも東奔西走、多忙な年になりそうですが、編著者としてはそのあたりの話題性に流されず、しっかりと宝塚のいまを見守っていきます。ご期待ください。

 

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第18回 『宝塚イズム38』発売と、宝塚歌劇の様々な動きに思う

鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)

 いよいよカレンダーが残り1枚になりました。すでに手元にあるチケットは2019年のものが格段に多くなっていて、月日の流れの早さには驚愕するばかりの毎日です。
 そんななか、そのカレンダーがラスト1枚になった12月1日、『宝塚イズム38』が店頭に並び始めました。今号の特集は「明日海・珠城・望海・紅・真風、充実の各組診断!」と題して、男役トップスターの交代が全くない年だった2018年のいまだからこそ語れる、花、月、雪、星、宙、各組の魅力と勢力分析を語ろうという企画で、それぞれの組の魅力や可能性を「我こそは!」と自負する書き手のみなさんが語っています。
 とはいえいつものことなのですが、「書籍」である『宝塚イズム』の締切り設定は雑誌と比べてかなり早く、これらの原稿がすでに上がってきていて校正作業が始まろうかという段階で、花組トップ娘役の仙名彩世が2019年4月28日花組東京宝塚劇場公演『CASANOVA』千秋楽をもって退団、宙組男役スターの愛月ひかるが宙組博多座公演『黒い瞳』『VIVA! FESTA! in HAKATA』千秋楽翌日の19年2月26日付で専科に異動することが発表され、私を含め書き手たちは原稿の差し込みと修正作業に追われました。いずれもここでこのような人事が動くとは予想していなかった事態で、格別な想いがあります。
 仙名彩世はこれまでトップスターになるための第一関門と考えられていた新人公演のヒロイン経験をもたずにトップ娘役の座をつかんだ人で、彼女の存在が、いまも与えられた場所で懸命に努力を重ねている、後に続く娘役たちにどれほど大きな励みを与えたか計り知れません。さらに、円熟期を迎えているトップスター明日海りおの3人目の相手役でもありましたから、明日海よりも先に単独で退団する道を選んだことには驚きもありました。けれども現在舞浜アンフィシアターで上演中の『Delight Holiday』で、一世を風靡した『アナと雪の女王』の「Let it Go」を東京宝塚劇場と変わらないキャパシティーを誇る大舞台で堂々と1人センターを張って歌いきる姿を見ていると、どこかでは満願成就のすがすがしさも感じます。あと半年、彼女のトップ娘役としての輝きを目に焼き付けていきたいと思います。
 一方愛月ひかるは、同期生の芹香斗亜が二番手男役スターとして加入して以来、宙組での立ち位置に一抹の不安こそ覚えてはいましたが、芹香とは巧みに居どころを分け、なお重要な役柄を演じてきていて宙組悲願の生え抜きトップスターの期待をその双肩に担っている人という想いは変わりませんでしたから、ここでの専科異動の衝撃は大きなものでした。ただ博多座公演『黒い瞳』では、トップスターに拮抗するほどの大役であるプガチョフを演じることが決まっていますし、現在発表されている範囲での2019年の宝塚作品ラインアップを見ても、この公演には愛月が必要なのではないか?と思えるものがすでに何本もあり、二枚目役からキャラクター性が濃い役柄まで幅広く演じられる愛月が専科に異動することは、発展的思考での人事だと信じたいと思います。専科で活躍したのちに組トップとして帰還した例は過去にも多いこともあわせて、愛月の今後の活躍に期待したいです。
 そんな人の動きのなかで、これは全く締め切りに間に合いようもなかったのが、星組スターの七海ひろきの2019年3月24日星組東京宝塚劇場公演『霧深きエルベのほとり』『ESTRELLAS(エストレージャス)――星たち』千秋楽をもっての退団発表でした。紅ゆずるが率いる星組では礼真琴が二番手スターとして確立していて、上級生の七海の進退に危惧するものがなかったのか?と言われれば、確かにその懸念は常にありました。しかし、星組全体のビジュアル度を確実に高めている「美しい男役」である七海の貴重さと同時に、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の実質的な主人公・殤不患(しょうふかん)を堂々と演じて実力面でも申し分がない進化を遂げていた七海をぜひ大切なスターとして生かしてほしいと念願していただけに、この発表には無念の想いがつきまといました。それこそ専科に異動して多彩な活躍をしてほしかったという想いはいまも消えませんが、やはりそれは七海本人の美学にも左右されることなだけに、多くを語ることはできません。ただだからこそ、限られてしまった「男役七海ひろき」を堪能できる時間を大切にしたいですし、七海本人にもファン諸氏にも、喜びにつながるはなむけが贈られることを切に願います。
 こうなってくると、七海の同期生である月組の美弥るりかへの想いもまた大きくなっていますが、大劇場公演の休演で案じられた体調も無事に整ったようで、11月18日、連日立見席まで完売の大盛況のなか千秋楽を迎えた月組東京宝塚劇場公演『エリザベート』のフランツ・ヨーゼフ1世役を盤石に務める姿に接して、心から安堵しました。フィナーレ冒頭の歌手、また男役群舞の「闇が広がる」のセンターなどで魅せる美弥の華やかさは圧倒的で、やはりいまの月組の豊かさを語るのに欠かせない人材であることを、いわば不在が証明した形になったと思います。2019年、主演を務めるバウホール公演『Anna Karenina』も壮絶なチケット難公演と化していて、千秋楽のライブ・ビューイングも決定し、ますます大きな存在になっていくことでしょう。さらなる活躍に期待したいです。
 そんな明日海りお、珠城りょう、望海風斗、紅ゆずる、真風涼帆が率いる各組に加えて、さらにもう一つ組が必要ではないか?とさえ思えるいまの宝塚の贅沢な陣容を語った『宝塚イズム38』では同時に「若手作家を語りたい!」と題して、小柳奈穂子、生田大和、上田久美子など期待の作家陣にもフォーカスしています。豊富なスターをどれだけ輝かせることができるかは、作家がいかに優れた作品を書いてくれるかにかかってくるだけに、こうした目線での論考も随時取り上げていきたい一つです。また、前述の月組公演『エリザベート』で大輪の花を咲かせて宝塚を巣立っていった愛希れいかが最も新しい宝塚OGスターとなりましたが、そんなOGたちの活躍を今号でも数多く取り上げています。近年では、東西に分けているにもかかわらずOGたちの活動が多彩なあまり、紙幅との兼ね合いが常に悩みの種ですが、今後も宝塚育ちの表現者たちにも丁寧な視線を注いでいきたいと思っています。
 なかでも大きな柱である「OGロングインタビュー」には、女優として破竹の勢いの活躍を見せている朝夏まなとが登場してくれました。ヒロインデビューを飾った『マイ・フェア・レディ』、12月8日に初日を開ける『オン・ユア・フィート!』の話題はもちろん、宝塚時代のターニングポイント、宙組のトップスター時代、さらに現在OGとして宙組の下級生たちや宝塚歌劇全体への想いを、非常に素直な言葉で語ってくれた、8,000字に及ぶ充実の内容になっています。こちらもぜひお楽しみください。
 こうして、慌ただしい師走のなかではありますが、一人でも多くの方に新刊を手にしていただけることを願いながら、変わらずに熱い想いを込めて宝塚を見つめる一年が過ぎていくのを感じる今日この頃です。

 

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第17回 月組、美弥るりか休演に思う

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 地震、大雨、台風と日本中、大変だった2018年の夏も終わりを告げ、ようやく秋らしくなってきました。宝塚大劇場も地震のときは「ショー・マスト・ゴー・オン」(小川友次理事長)と誰もいない劇場で公演を強行、ファンからの苦情が殺到して、さすがに台風のときは3時の回を休演するなど、危機管理のもろさが露呈されました。そんななか月組公演、ミュージカル『エリザベート――愛と死の輪舞(ロンド)』(潤色・演出:小池修一郎)宝塚大劇場公演でフランツ・ヨーゼフ役を演じていた美弥るりかが、9月22日から26日まで休演するという“事件”が起きました。
 初日に観劇したとき、ソロパートで高音が思うように出ておらず、音域が広い楽曲に思いのほか苦戦している印象で、やはり『エリザベート』という作品は一筋縄ではいかないのだなあと再認識していたのですが、やはり美弥自身の声の調子が本調子ではなかったということが、この休演でわかったのでした。
 出演者の休演は毎公演のようにありますが、今回のようなスタークラスの途中休演は最近では珍しいことです。『エリザベート』では2003年花組の東京公演のとき、退団公演だったエリザベート役の大鳥れいが体調を崩して休演、新人公演で主演した遠野あすかが急遽代役に立ったことがありました。新人公演では、カットされた曲があるため必死に覚え、やっと終わったと思ったら「まだフィナーレがある」と言われ、「やったことがなかったフィナーレがいちばん大変だった」とのちに聞いたことがあります。
 代役稽古は普段はおこなわれませんが『エリザベート』の場合は、不測の事態を考慮して必ずおこなわれていて、今回もそれが功を奏し、代役初日となった22日は2回公演とも15分ずつ遅らせて開演、フランツ役の月城かなと、ルイジ・ルキーニ役の風間柚乃らが熱演、主演のトート役の珠城りょうやエリザベート役の愛希れいかを筆頭に全員が一つのものを作り上げる緊張感にみなぎって、すばらしい出来栄えだったそうです。
 とはいえ、今回の休演騒動の裏に出演者たちの過酷なスケジュールが原因の一つに挙げられるのは想像に難くありません。このところの宝塚の過酷なスケジュールは想像を絶するもので、一般の企業ならとっくにブラックといって過言ではないでしょう。
 ちなみに今年の月組は1月が稽古、2、3、4月が宝塚大劇場と東京宝塚劇場で本公演、5月から3班に分かれて稽古、6月が赤坂ACTシアターなどで公演、7月が稽古、8月から『エリザベート』と休みなしのスケジュールが組まれていました。
 関係者の話では、美弥の場合「2、3、4月のショー『BADDY(バッディ)――悪党(ヤツ)は月からやって来る』(月組、2018年)で両性具有のような役を熱演して連日声を酷使したことで疲労がたまり、その後、休みなしに稽古、公演が続いたために、喉を休めることができなかったことが原因ではないか」といいます。
『エリザベート』は8月23日に開幕しましたが、その前の稽古の時点で、珠城、美弥らの喉の調子が本調子ではなかったため、ずっと声を出さない状態での稽古が続けられていて、演出の小池氏が初日を前にかなり焦っていたという話も伝えられています。
 完全な本調子に戻らないまま開幕してしまったわけですが、そのつけが1カ月後にまわってきたということでしょうか。休演する2日前、20日の終演後に2019年の宝塚バウホール公演『Anna Karenina(アンナ・カレーニナ)』のポスター撮影があり、それが深夜にまでずれ込み、翌21日の公演で美弥が声の異変を訴えたことから、急遽、新人公演でフランツを演じた輝生かなでが歌だけ吹き替えることになり、事なきを得ました。一日、様子を見たのですが、結局、22日から休演という最悪の事態になってしまいました。代役公演の決定は当日の朝9時。それから代役の場当たり、黒天使などの役替わりと、舞台裏は大変だったようです。出演者の体調管理の問題も浮き彫りになりました。
『雨に唄えば』(月組、2018年)に続いて『エリザベート』というスケジュールの立て方にもやや問題ありというほかありません。どちらもしっかりとした海外ミュージカルで、本来はじっくり時間をとって稽古してから本番という作品ばかり。それを1カ月あるかないかの短い稽古期間で上演という普通では考えられないサイクルで回しているのが宝塚。それをやってしまえるのも宝塚ということもいえますが、生徒たちの宝塚愛に製作サイドが甘えていて、ついつい無理をさせてしまうのだと思います。
 2019年も『ON THE TOWN(オン・ザ・タウン)』(月組)や『20世紀号に乗って』(雪組)などのミュージカルが次々に予定されています。これらはもともと宝塚のために作られたミュージカルではないので、女性だけで演じる宝塚では無理なナンバーがあります。とはいえ振りやキーを変えるとクオリティーが落ちるため、結局、出演者が無理してしまうのです。第2の美弥を出さないためにも、もう少し余裕をもったスケジュールを立ててほしいものです。
 さて『宝塚イズム38』(12月1日刊行予定)がいよいよ始動しました。現在、続々と原稿が集まってきている段階ですが、花組のトップ娘役・仙名彩世の退団が、原稿締め切り後に発表されました。これからそれをどうはめこむか頭が痛いところですが、常に動いているのも宝塚、どういうふうに料理されるか『宝塚イズム38』にご期待ください。

 

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第16回 キリシタンと宝塚歌劇の相性――『MESSIAH』を中心に

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 月組のトップ娘役、愛希れいかのサヨナラ特集をメインにした『宝塚イズム37』が書店に並んではや1カ月、そろそろ年末(12月1日刊行予定)の『38』に向けて始動する季節になってきました。とはいえ、例年にない酷暑の夏、なかなか頭の切り替えができません。
 宝塚大劇場では現在、花組のトップスター、明日海りおが天草四郎時貞に扮したミュージカル『MESSIAH(メサイア)――異聞・天草四郎』(作・演出:原田諒、7月13日初日)を上演中です。
 天草四郎時貞は江戸時代初期、幕府による禁教令が敷かれたあとも隠れキリシタンの人々が多くいた九州・天草の地に流れ着き、島原藩主のキリシタン弾圧と過酷な年貢の取り立てに天草そして島原の人々のために立ち上がり、救世主(メサイア)といわれたカリスマ的存在の少年です。2018年6月30日に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に決まり、天草四郎時貞が総大将として立てこもった原城跡も指定されるという絶好のタイミングで初日を迎え、明日海の渾身の熱演もあって公演は大いに盛り上がっています。
 とはいえ2017年末、明日海率いる花組が『ポーの一族』を上演する直前にこの公演が発表され、『ポーの一族』の主人公エドガーが14歳、天草四郎時貞も16歳前後、トップスターの明日海に少年役が続くということと、いまなぜ天草四郎なのかと上演に疑問を投げかける人も多かったのですが、世界遺産が発表されたいまとなっては原田の慧眼と歌劇団の先見の明に納得せざるをえなくなったことでしょう。原田は、倭寇の頭目・夜叉王丸が天草に漂着して天草四郎時貞と名乗り、隠れキリシタンの人々の熱い信仰に感動して、弾圧する島原藩主に対して立ち上がる決意をするという新解釈でストーリーを展開、天草四郎時貞の年齢を実際よりもかなり上の20歳前後に設定しました。これなら明日海ファンもすんなりと受け入れられる設定です。そのおかげでこれまでに知られた伝説とはかなり趣が異なった作品に仕上がっているともいえますが、無神論者の少年がなぜ人々のために立ち上がり、人々はそれに従ったのかという説明には納得できるものがあり、信仰とは何かを改めて考えさせられました。
 一方、天草四郎時貞はこれまでにも何度か宝塚歌劇で取り上げられています。1972年の花組公演『炎の天草灘』(作・演出:阿古健)では甲にしき、83年の月組公演『春の踊り――南蛮花更紗』(作・演出:酒井澄夫)ではショーの一場面ですが大地真央が演じています。阿古版は、天草四郎時貞が立ち上がるまでを描いていました。それに対して原田版は、原城陥落シーンのあとエピローグも含めた完全版。1時間35分でここまでまとめた手腕はさすがでした。とはいえ、甲も大地もいずれもその時代を代表する宝塚のカリスマスター。宝塚歌劇には悲劇の美少年がことのほか似合います。
 ついでにキリシタン大名と宝塚という観点で上演歴を調べてみると、キリスト教を日本に伝えたといわれるポルトガル人宣教師フランシスコ・ザビエルの日本渡来400年記念と銘打った歌劇『高山右近』(作・演出:香村菊雄)を1949年に上演していました。神代錦がキリシタン大名の右近を演じ、星組で初演、雪組で続演しています。それに関連して63年にはローマ遣欧少年使節の悲哀を描いた大作、ミュージカル・ロマンス『不死鳥のつばさ燃ゆとも』(作:平岩弓枝、演出:春日野八千代)を上演しています。春日野が自ら中浦ジュリアンに扮して主演した話題作で、これも雪組と月組で2カ月連続上演されています。
 迫害のなか、長年にわたって生き続けた隠れキリシタンのピュアで強い信仰心は、どことなく宝塚歌劇自体の特殊性と通じるところがあり、宝塚でもたびたび取り上げられてきたようです。そのあたりを考えても、いま天草四郎時貞は宝塚歌劇で上演する絶好のタイミングなのかもしれません。「清く、正しく、美しく」は創始者・小林一三が提唱した宝塚のモットーですが、これも隠れキリシタンの精神に共通するところがあり、謎多き天草四郎の真実が、宝塚というフィルターを通して透けて見えてくるのも面白いところです。
 天草四郎時貞と隠れキリシタンからとんでもないところに飛び火してしまいましたが、宝塚歌劇はそれくらい様々なジャンルの作品を平気で羅列して上演するところです。エリッヒ・マリア・レマルクの『凱旋門』があるかと思えば、萩尾望都の『ポーの一族』があり、モンキー・パンチの『ルパン三世』まで。そこに、いかに宝塚らしさを見いだすかが作者の腕のみせどころなのです。
 2018年後半は、いまや『ベルサイユのばら』以上の切り札となった空前のヒットミュージカル『エリザベート――愛と死の輪舞(ロンド)』の再演、レオナルド・ダ・ビンチの愛憎を描いた新作『異人たちのルネサンス』、そして人気ミュージカル『ファントム』再演と続きます。安定路線のあいだに少しばかりの冒険を加えて、新鮮さを保持していくというやり方は、ここ数年のパターンです。19年以降も当分はこの方針が続いていくようです。
 トップスターの布陣は、2017年の宙組・朝夏まなと退団以降はまだ動きはありませんが、次期トップスター候補が出そろってきた19年には一気に各組の新陳代謝がありそうです。『宝塚イズム38』も、新しい動きを見据えながら準備をしていきます。ご期待ください。

 

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第15回 宙組20周年を祝う――誕生の思い出とともに

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

 新トップスター、真風涼帆、星風まどかが主演する宙組公演、ミュージカル・オリエント『天(そら)は赤い河のほとり』、ロマンチック・レビュー『シトラスの風――Sunrise』が3月16日から宝塚大劇場で開幕しました。新トップ披露とともに1998年に宙組が誕生して以来、今年で丸20年になるのを記念した公演です。
 宝塚歌劇はもともと16人の少女から出発したことはご存じでしょう。104年たった現在、花、月、雪、星、宙の5組に専科、宝塚音楽学校の生徒を加えて常時約500人の団員を抱えるスケールの大きな劇団に成長しました。しかも団員はすべて未婚の女性。公演回数は年間1,500回、動員数は270万人。都心から離れた2,500人収容の宝塚大劇場が平日昼間でも満員の盛況、こんな劇団は世界広しといってもここだけです。
 当初は「少女歌劇」という一つのグループでしたが、劇団が創立されて7年目の1921年に花組と月組が誕生しました。大阪公演に続く東京公演が大成功、本拠地の宝塚も年ごとに動員数が増え、プールを改造して作られたパラダイス劇場だけでは手狭になり、箕面にあった公会堂劇場を宝塚に移設して2館での上演が実現したことがきっかけで、年長メンバーを花組、年少メンバーを月組に分けて2班体制にしたのです。おとぎ歌劇が中心だった公演もバラエティーに富んだ演目が上演できるようになり、さらに人気が高まりました。
 その後、両劇場が火災で焼失し、4,000人収容(補助席、立ち見席を含む)の宝塚大劇場を建設、その開場に合わせて雪組が誕生しました。1924年のことです。
 星組ができたのは1933年。春日野八千代のための組ともいわれていますが、翌年の東京宝塚劇場オープンに合わせて創設されました。戦時色が濃くなり、レビューの公演が禁止され、大劇場閉鎖になった一時期、星組は廃止されますが、戦後、大劇場再開とともに復活しました。
 以後、長い間、4組体制で公演がおこなわれてきましたが、老朽化した東京宝塚劇場を改築することになり、宝塚歌劇の東京での通年公演が実現(それまで東京宝塚劇場での宝塚歌劇の公演は年間8カ月でした)することを前提に1998年、65年ぶりに新しい組、宙組が誕生したのです。組の歴史は宝塚の発展の歴史でもあります。
 その宙組誕生に際しては、因縁浅からぬ思い出があります。東京宝塚劇場の建て替え計画が発表された1997年初頭、宝塚の新しい組の誕生が噂され始めました。しかし、開場は2000年ということで、歌劇団内部でも新組増設には賛否両論があり、まだ懐疑的でした。一方、歌劇団は1998年1月下旬から香港が中国に返還されて1周年になるのを記念した香港公演が決まっていて、各組からメンバー45人が選抜されていました。この公演はスポーツニッポン新聞東京本社が創刊50周年を記念、スポンサーとなって主催した公演でした。スポーツニッポン新聞社は当時、大阪、東京、西部の3本社制をとっていて、それぞれ独立採算制でした。創刊50周年に宝塚歌劇のスポンサーになるというなら、本拠地に近い大阪本社がイニシアチブをとるのが自然ですが、諸事情で東京本社単独の主催となり、結局、記事発信は大阪、事業としては東京本社という形でおこなわれることになり、担当記者だった私は事前のパブや香港公演初日取材などでスタッフ同然に駆け回りました。
 香港公演の準備と並行して東京宝塚劇場の建て替え工事が始まり、歌劇団は建て替え中の代替劇場を模索していました。当初は帝国劇場を代替劇場として使用することになっていて、実際、1997年には雪組公演と星組公演を実施しています。ところがこれには莫大な金額がかかることが判明。あわてて別の劇場を探したのですがどこも一長一短でなかなか決まらず、八方手を尽くした結果、有楽町南側にあった都有地を新劇場オープンまでという条件付きで借りることができ、仮設の「1000days劇場」を建設することになりました。新大劇場オープンの3年前に、思いがけず通年公演も前倒しで実現できることになり、そこでローテーション的に4組では無理が生じ急きょ新組が必要となって、当初は新組として集められたものではなかった香港公演メンバーが、前倒し的に新組メンバーにスライドしたのでした。これが宙組誕生の真実です。
 香港公演の取材をしているこちらとしては、途中でこのメンバーが新組にスライドすることはわかっていたのですが、都有地のクリアに時間がかかっている裏事情もあったので記事化を抑えていたら、都有地の使用許可がまだ下りていないうちに他社が「宝塚新組結成」とスクープ、劇団が激怒して、その社の記者を出入り禁止にしたといういきさつもあります。その後都有地の使用許可が下りて5組化が実現したので、結果的には大スクープになったのですが、内情を知っているこちらにとっては痛しかゆしといったところでした。
 1997年12月12日、大阪市内のホテルで大々的に新組発表の記者会見がおこなわれました。新組の名前は一般公募され、約2万通の応募のなかから選ばれたのが「宙」組でした。書道家の望月美佐さんが屏風に巨大な筆で「宙」と大書したときは一瞬よくわからなかったのですが、それは出席していた初代トップスターの姿月あさとらも同じだったようです。2月19日に宝塚大劇場で開かれた「宙組20周年記念イベント」のときにも、「リハーサルのときにも聞いていなかったので本番で初めて知りました。最初にウ冠を書かれたので噂になっていた“虹”ではないなと思い“空”かと思ったのですが、“寅”に見えて、司会者が“そら”と言われたのも“とら”に聞こえ、一瞬、みんなで顔を見合わせました。すぐに“そら”とわかって、みんなで“寅”でなくてよかったとホッとしました」と話して、満員の会場を沸かせていました。姿月によると「空は空席とかで縁起がよくないので、宙になったとお聞きしました」と言い、「でも普通、“宙”を“そら”とは読まないですよね」と、当時の戸惑いを正直に話して、さらに笑いを誘っていました。とはいえその宙組も20年、その間に姿月あさと、和央ようか、貴城けい、大和悠河、大空ゆうひ(祐飛)、凰稀かなめ、朝夏まなと、そして真風と8人のトップスターを輩出、エネルギッシュでダイナミックな組というイメージが定着してきました。年月が過ぎるのは早いものです。

 6月1日に刊行予定の『宝塚イズム37』は、11月退団を発表した月組トップ娘役・愛希れいかの惜別特集をメインに、宙組20周年を記念して宙組の魅力をさまざまな視点から分析した特集も組みます。宙組愛に満ちた数々のエッセーをお楽しみください。

 

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第14回 2018タカラヅカ、始動!

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

 2018年の宝塚大劇場は、永遠に年を取らないバンパネラ(吸血鬼)の美少年の愛と苦悩を描いた萩尾望都原作による伝説の少女漫画を舞台化した『ポーの一族』(花組)から幕開け。連日、立ち見がでる満員盛況に沸いています。
 脚本・演出は、『エリザベート』(1996年初演)はもちろん『るろうに剣心』(雪組、2016年)や『All for One』(月組、2017年)などここぞというときには必ず登板して、ことごとく期待に応え、劇団はおろかファンからも最も信頼が厚い“宝塚のエース”的存在、小池修一郎です。彼は原作を宝塚歌劇団入団前から愛読し、宝塚入団の折はぜひ舞台化したいと念願していたという逸話が公演解説やプレスリリースにまで紹介され、原作漫画を知らないファンが観る前から特別な感情を抱くように巧みに操作された宣伝文句と、主演がこの原作の舞台化を待っていたかのようなフェアリー系スターの代表格、明日海りおとあって、期待感はいやがうえにも盛り上がりました。チケットは発売と同時に全期間完売、幸先のいいスタートです。
 短いエピソードの連続で、しかも時代を自由に行き来する原作はかなり大胆な構成で、漫画を読みつけていない者にとってはその世界観になかなか入りにくい壁があり、どんな形で舞台化するのだろうかと興味津々だったのですが、少女漫画独特の耽美的な作画の魅力を巧みに再現し、『ポーの一族』の世界を宝塚の舞台によみがえらせました。
 舞台は1964年の西ドイツ、フランクフルトから始め、バンパネラ研究家が「ポーの一族」について解き明かしていくという構成をとったのも、原作の複雑な時制を整理する役割をうまく果たしたようです。ただ、全体の構成としては、主人公のエドガーがバンパネラにならなければいけなかった理由など前半の説明部分がややくどく、エドガーが永遠の時をともに過ごすパートナーとして選ぶ後半のアラン(柚香光)とのくだりが淡白になり、ストーリーとして盛り上がりに欠いたのがやや期待外れ。ここをきっちり描かないと『ポーの一族』を舞台化する意味がないと思うのですが、原作ファンの感想を聞いてみたいもの。とはいえ、ラストのエドガーとアランが永遠の旅立ちに出る場面の2人の美しさは、宝塚でしか観ることができないものでした。
 入団当初『ベルサイユのばら』(1974年初演)の演出家・植田紳爾から「100周年のオスカルが見つかった」と注目され、以来、スター候補として大事に育てられ、花組トップスターに就任した明日海。『エリザベート』のトート、『新源氏物語』(1981年初演)の光源氏、『ME AND MY GIRL』(1987年初演)のビル、『Ernest in Love』(2005年初演)のアーネスト、『仮面のロマネスク』(1997年初演)のバルモンと先輩が演じてきたさまざまな役を演じ、本人の真摯な取り組みもあってどれも役を自分のものにしてきましたが、エドガーは本来の明日海の個性である役に初めて出合ったといえるのではないでしょうか。もう少し前に出合っていたらとも思いますが、多くの個性的な大人の男性を演じた後だからこそ表現できる少年のセクシーさというものもあって、まさにいまだけの輝きを放っています。エドガーは永遠の時を生きますが、それを演じる明日海はいまだけしかエドガーを演じることはできません。その貴重ではかない一瞬をぎりぎりに共有できたことをうれしく思います。
 明日海の次回作は博多座で柴田侑宏の万葉ロマンの名作『あかねさす紫の花』(1976年初演)で、中大兄皇子と大海人皇子の二役を役替わりで挑戦します。一路真輝、春野寿美礼、瀬奈じゅんら多くの先輩が演じてきた作品で、本人も月組時代に小さな役で出演していて、歌劇団スタッフによると、いつかは演じてみたいと憧れていた役なのだそうです。中大兄と大海人を同じ公演で二役で挑戦するのは明日海が初めてで、個性が異なる2人の皇子を両方演じるというのも明日海の幅広い演技力を証明しているようです。
 その後には『MESSIAH(メサイア)――異聞・天草四郎』で、若くして逝った悲劇のキリシタン大名に挑みます。ようやく明日海らしい作品が続きます。トップ就任後5年、充実期にさしかかった2018年の明日海りおの今後の動向に注目したいものです。
 
 元日の拝賀式に続いて9日に小川友次理事長が会見し、昨年(2017年)の実績と2018年の抱負を述べました。それによると、昨年も宝塚歌劇の動員は4年連続で270万人を超えました。本拠地の宝塚大劇場と東京宝塚劇場の両方で動員が100パーセントを超え、特に大劇場の動員の伸びが著しいそうです。100周年の余韻が続くなか、この好調を持続するために、さらなる新たな挑戦を続けていきたいとも。また生田大和や上田久美子、田渕大輔、野口幸作ら若手作家の成長を高く評価しています。デビューまで5年から10年かかる作家の育成に努めるべく今年も新人を採用し、演出部を37人に拡充するといいます。一方、チケットの発売方法を一新、一人でも多くの人に宝塚歌劇を適正な価格で観てもらえるようにするのが狙いだそうです。これと関連して、公演のライブ中継やテレビ放送の拡充も図りたいとのことでした。
 一方、2018年も台湾公演をおこなう予定ですが、将来的にはニューヨークなどの欧米での公演も視野に入れて、本場ブロードウェイで公演をしても遜色のないプロフェッショナルを育てたいという夢も披露していました。昨年『グランドホテル』(月組)で来日したトミー・チューンが愛希れいかを激賞したことも刺激になっている様子で、ニューヨークの舞台から声がかかるようなスターを育てるのが目標だそうです。好調の波に乗った、笑顔が絶えない会見だったようです。経営的な部分への質問が多く、スターの人事的な話題にはふれられませんでしたが、その分安定期ということなのかもしれません。
 4年連続270万人突破は劇団史上初の快挙で、これほどおめでたいことはありません。理事長も、チケットが取れないという苦情に対処するのがいちばん心苦しいと話していました。ただ、チケットに関しては、平日の昼間を埋めるために団体回りをする営業係の血と汗と涙の努力の結晶を忘れてはなりませんし、私設ファンクラブのチケットの大量買い占めに頼っていることなどまだまだ問題はたくさんあります。毎公演観る人も多く270万人のうち何人がリピーターかということを考えると、実質的にはファンの数はその半数にも満たないのではないかという統計の専門家もいます。熱心な宝塚ファンに支えられて、いまの繁栄があるというのも事実でしょう。
 とはいえ東京宝塚劇場の雪組公演も滑り出しは好調で、2018年の宝塚は順風満帆の船出といってよさそうです。わが『宝塚イズム』は12月発売の『36』が朝夏まなとのサヨナラ特集をメインに好評に推移し、6月1日発売予定の『37』に向けて動きだす新春を迎えています。本体の好調の原因を徹底的に解明する特集を組むのも面白いかも。そんなことも考えながら、編集会議に臨む所存です。
 
 では今年も『宝塚イズム』をよろしくお願いいたします。

 

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第13回 朝夏まなと退団、そして2018年の宝塚

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

『宝塚イズム36』発行日の12月1日が迫ってきました。今号も執筆メンバーの宝塚愛に満ちた熱い原稿が多く集まり、すでに校了。印刷そして発売を待つばかりの最終段階になっています。
 最新号のトップを飾るのは、11月19日、東京宝塚劇場公演『神々の土地』『クラシカル ビジュー』千秋楽で退団した宙組トップスター朝夏まなとのさよなら特集です。丸2年という短い就任期間でしたが、作品に恵まれ、濃い2年間だったことが、寄せられた惜別の原稿にもよく表れていました。最後に巡り合った『神々の土地』のロマノフ王朝最後の貴公子ドミトリー・パブロヴィチ・ロマノフは、朝夏本人にとってもファンにとっても、長く記憶に残る当たり役だったと思います。退団が宿命づけられている宝塚のスターにとって、退団後もファンの記憶に残る作品に出演できることは非常に大事なことだと改めて思いました。退団後に女優として活躍しているOGの宝塚時代の代表作を聞かれて、誰も知らない作品のタイトルを言わないといけないことほど寂しいことはありません。大地真央なら『ガイズ&ドールズ』(1984年初演)、一路真輝なら『エリザベート』(1996年初演)、最近では早霧せいなといえば『ルパン3世――王妃の首飾りを追え!』(雪組、2015年)、『るろうに剣心』(雪組、2016年)とすぐに出てくる人はいいのですが、出ない人のほうが多くて悔しい思いをしたことが何度もありました。『神々の土地』が再演されて、初演は朝夏だったといわれるようになってほしいものです。
 一方、過去を振り返るばかりではなく、年明け最初の話題作、1月1日から宝塚大劇場で開幕するミュージカル『ポーの一族』(花組)への期待を込めた「少女マンガと宝塚歌劇」についての小特集も組みました。『ポーの一族』は、11月16日にパレスホテル東京で盛大に制作発表会見がおこなわれて作品の一端がベールを脱ぎ、明日海りお扮する美少年エドガーの妖しい美しさに、会場の出席者は「この世のものとは思えない」と一様に思わずため息が出たようです。
 この作品の原作は、萩尾望都の少女マンガの伝説的な名作。演出の小池修一郎が、宝塚歌劇団に入団する前の1970年代のはじめごろ、萩尾が原作を発表したころからの熱烈な読者で、宝塚歌劇団に入った暁にはこの作品をぜひ舞台化したいと念願していたといういわくつきの作品。作品が発表された当時、私の周囲にも『ポーの一族』の熱狂的な信者がいて、よく話を聞かされていたので、当時の少女マンガファンにとって特別な作品であることは理解していました。その後、劇団Studio Lifeが上演した『トーマの心臓』(1996年初演)や『訪問者』(1998年初演)などで萩尾作品にもふれましたが、瞳がキラキラ輝く少女マンガ独特の絵柄にどうしてもなじめず、『ポーの一族』はずっと読んだことがありませんでした。今回、舞台化が決まったということで、初めて原作に目を通しました。
 永遠に年をとらないバンパネラ(吸血鬼)一族の少年が主人公の話だったんですね。シェークスピアの『真夏の夜の夢』を宝塚で舞台化した小池の初期の秀作『PUCK』(1992年初演)にも通じる内容であることがわかり、小池の胸の中にはずっと『ポーの一族』が渦巻いていたのだなあといまさらながら納得。年をとらないことを周囲の人たちに悟られないように、時空を超えて転々と引っ越しを繰り返すという設定も、宝塚にはふさわしい題材だと思いました。そういえば美人女優ブレイク・ライヴリーが主演した映画『アデライン、100年目の恋』(監督:リー・トランド・クリーガー、2015年)が同じ設定だったことを思い出しましたが、洋の東西、考えつくことはあまり変わらないですね。
 問題は主人公のエドガーの14歳という年齢の設定。しかし、これも姿形は14歳でも、長年生きていることから精神的には成熟しているという解釈でクリアするのだとか。小池氏は会見で「入団時点で宝塚に『ベルサイユのばら』ブームがきていて、少女マンガと宝塚が親和するのはわかっていたし、いつかぜひやりたいと思っていたのが『ポーの一族』だった。主人公が少年なので、宝塚では難しいかなと思った時期もあったが、ポスター撮影での明日海の扮装を見て、明日海でやれるまで運命の神が待ちなさいと言ったんだなと思った」と語って、いま舞台化する意味と作品への熱い思いを語りました。
 エドガーを演じる明日海は、赤いバラをもって主題歌「悲しみのヴァンパイア」を披露したあと、「原作を読めば読むほど魅力的で、すっかり『ポーの一族』の世界にはまっています。エドガーは少年だけれど、何百年も生きていて、周りにいる普通の少年たちとは明らかに違うものをもっているはずですから、彼のオーラや、少年の姿でありながらのセクシーさ、永遠に生きなければならない悲しみを表現したい」と抱負を述べました。
 そんな2人を傍らで見守りながら、原作者の萩尾氏も「長い間待たされたけれど、私のイメージを超えた美しい世界が目の前に広がるのが予感できて、いまからドキドキわくわくしております」と舞台化への期待を込めました。
 宝塚版は、原作の第2巻(〔フラワーコミックス〕、小学館、1974年)所収の「メリーベルと銀のばら」のエピソードがメインになり、問題の年齢設定は明確化されないそう。小池は、「みなさん一人ひとりさまざまなイメージがあると思いますが、私たちで、いまの花組でできるベストの作品を作りたい」と明言していました。いずれにしても、宝塚の2018年最初にしていちばんの話題作であることは確か。『宝塚イズム36』では甲南女子大学メディア表現学科准教授で少女マンガと宝塚歌劇の両方に精通している増田のぞみさんに原稿を依頼、『ポーの一族』の宝塚での舞台化の意味と期待を執筆していただきました。熱心な宝塚ファンでもある増田さんらしい鋭い分析で読み応えがある原稿が送られてきました。ぜひお楽しみください。
『ポーの一族』を筆頭に、宝塚歌劇は2018年も新作に加えて名作の再演と話題作が目白押し。気が早い話ですが、編著者としては気持ちはすでに『宝塚イズム37』に動きかけています。次の発行は6月1日の予定。どんな特集が組めるのか、いまからあれこれ考えるのが楽しみです。

 

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