第21回 105周年宝塚、激動の上半期

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 真夏並みの暑さとなった2019年5月末、令和と年号が変わって初めての『宝塚イズム39』が完成、そろそろ全国の書店の棚に並ぶころになりました。今回は原稿依頼の締め切りぎりぎりになって星組の紅ゆずる、花組の明日海りおとトップスター2人が次々に退団を発表し、いつも以上にずいぶん慌ただしい編集作業になりました。できあがってきた最新号は、105周年宝塚の華やかな話題のうちにはらむさまざまな問題も提起していて、こちらが思っていた以上に充実した内容で、読みごたえがある一冊になりました。
 巻頭特集は「さよなら紅ゆずる&綺咲愛里」。類いまれな美形コンビとしてファンを魅了してきた星組のトップコンビの退団を前に、私が彼らの宝塚でのこれまでの軌跡をリードで振り返り、現在の宝塚で2人がどんな位置を占めるコンビだったのかなど、彼らの魅力を鶴岡英理子、宮本啓子、永岡俊哉、木谷富士子の4人が分析します。
 2人のサヨナラ公演『GOD OF STARS――食聖』(作・演出:小柳奈穂子)はおろか、プレサヨナラ公演となったドラマシティ公演、楽劇『鎌足――夢のまほろば、大和(やまと)し美(うるわ)し』(作・演出:生田大和)さえまだ始まっていない時期に原稿を依頼したとは思えない論考がそろい、執筆者たちの2人への愛の深さを改めて理解するとともに、サヨナラ公演に臨む彼らへの期待の大きさもうかがい知れます。
 その紅&綺咲のプレサヨナラ公演『鎌足』の開幕直前の4月末に、星組の次期トップスター人事が宝塚歌劇団から発表され、星組の二番手スターで人気、実力とも急成長の礼真琴が順当にトップ就任することになりました。また、相手役が4月29日付で花組から星組に組替えになることが発表されていた舞空瞳であることも同時に発表されました。舞空が動くことで宙組の芹香斗亜が星組に里帰りしてトップになるのではという噂がSNSで流れていたこともあって先手を打ったとも考えられなくもありませんが、思いがけず早いタイミングの次期トップ発表でした。
 大阪の梅田芸術劇場では、メインホールで5月4日に礼主演の全国ツアー公演『アルジェの男』(作:柴田侑宏、演出:大野拓史)が初日、階下のドラマシティでは『鎌足』が一日違いの5日に開幕。ゴールデンウィーク後半の劇場周辺は宝塚ファンで終日ごった返しました。ただ、退団が決まっているトップスターが中劇場、次期トップスターに決まったばかりの二番手スターが大劇場で公演というのが、発表前ならまだしも発表されてからでは、なんとも複雑な感覚にとらわれました。
 トップスターが退団を発表したあとの次期トップスターの発表時期はさまざまで、サヨナラ公演が終わってもなかなか発表されないケースがあったりするなかで、今回は、トップのプレサヨナラ公演前、次期トップに決まった二番手スターが主演する全国ツアー公演前に発表されました。星組生え抜きスターの昇格人事ということもあって、比較的スムーズにバトンタッチができたのではないでしょうか。ただ、場内の熱気はドラマシティよりもメインホールのほうが上回っていました。新しいスターを求める宝塚ファンの正直な思いが如実に表れていて何とも言えない気持ちになりました。常にフレッシュなスターを求め、新旧交代を繰り返してきた宝塚105年の歴史はこういうことだったのかなあと妙に納得できた瞬間でした。
 一方、そんな宝塚のなかで、新旧交代の波にうまく乗れず、ファンに惜しまれて退団していったスターもいます。月組の美弥るりかと星組の七海ひろきです。実力はおろか人気も抜きんでていて、とりわけ美弥はショーでは二番手羽根まで背負い、いつトップになってもおかしくないという位置まできながら、何らかの力とタイミングが合わず、退団という選択をせざるをえなかったスターです。七海もその男役としての美貌と人気は現在の宝塚で一番といわれたほどでした。そしてもう一人、二番手スターの位置まできながら専科入りという選択をした愛月ひかるがいます。ファンはセンターに立つ3人を夢見ながら、その寸前に糸を断たれたのですから、その計り知れない無念さは容易に察しがつきます。この3人の決断がこれからの宝塚にどんな影響をもたらすのか、宝塚全体を覆うもやもやとしたストレスにならなければいいのですが……。
 美弥と七海は、花組の明日海や雪組の望海風斗と同期生。宙組の真風涼帆や月組の珠城りょう、そしていま星組の礼真琴がトップになるなど、宝塚の時計はどんどん進んでいきます。そんななかで美弥と七海が、その歯車からこぼれたとしたらもったいないとしかいいようがありません。あとは愛月の頑張りに期待するしかないのでしょうか。
『宝塚イズム39』ではそんな3人に対する愛ある応援として「美弥・七海・愛月、105周年の決断」という小特集も組みました。水野成美、岩本拓、宮本啓子、永岡俊哉が3人への渾身の思いをぶちまけます。3人のファンの方たちは必読です。
 OGロングインタビューは、昨年末退団、女優として始動したばかりの元月組トップ娘役愛希れいかが、退団後の第一作となった東宝版『エリザベート』への熱い思いを語ってくれました。暮れには『ファントム』のクリスティーヌ役も決まり、ますますの活躍が期待される愛希の宝塚愛に満ちた近況報告をお楽しみください。
 大劇場公演評、新人公演評、私と鶴岡の外箱対談、東西のOG公演評とレギュラー企画もたっぷり。今年初演から45周年を迎え、年初に一大スペシャルイベントが組まれた『ベルサイユのばら45――45年の軌跡、そして未来へ』はOG公演評で詳しくお伝えしています。
 あとは実際に手を取っていただくしかないのですが、決して損はさせない一冊に仕上がっていると思います。そして次回は、記念すべき『40』。人気絶頂のさなか11月24日に退団する花組のトップスター、明日海りおのさよなら大特集号です。明日海の魅力をどんな切り口で探っていくかこれからじっくりと知恵を絞りたいと思います。いまから楽しみにしていてください。
 

 

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