第2回 退団から再生へ――宝塚が刻み続ける日々を追って

鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)

『宝塚イズム』が年2回刊行となって1年半以上がたちました。このネット全盛の時代、半年に1冊という刊行ペースで、日々動き続ける宝塚歌劇の何を語っていくか、当初は編著者の一人である私自身が戸惑いを覚えたのが正直なところです。けれども、回を重ねるにつれて、即時性にとらわれずに宝塚の半年間を外部からじっくりと見つめ、「書籍」という形で残すことに、新たな意義を感じています。
 そのような思いで、現在『宝塚イズム34』の準備中ですが、宝塚の大きな動きとしては、『宝塚イズム33』でそのオンリーワンの輝きを特集した月組トップスターの龍真咲が、9月4日の東京宝塚劇場月組公演千秋楽を最後に、宝塚を卒業していきました。
 女性だけの歌劇団である宝塚は、存在そのものが一つの幻想空間ですが、その幻想空間のなかにも確実に時代の波は訪れていて、端的にいえば男装の麗人である男役も、よりナチュラルな方向へと緩やかな変化を遂げ続けているのを感じます。
 そんな時代のなかに、忽然とそそり立ったのが龍真咲でした。独特の台詞回し、歌唱、火の玉のように猪突猛進な演じぶり。すべてが熱く、濃い。かつて『ベルばら』四強の一人に数えられ、「炎の妖精」と称された汀夏子や、野性的でワイルドな男役を得意とした順みつきなどをほうふつとさせるその個性は、どこか時代をタイムスリップしてきたような、新鮮な驚きを常に与えてくれていたものです。さらに興味深いことには、それでいて不思議と龍には、時代に遅れてきたというような昭和の香りはまったくしなかったのです。がむしゃらにわが道を行きながら、憎めないやんちゃな風情のなかに、きちんと現代を背負ってもいる。改めて面白い個性派スターだったと感じます。
 そうした龍ですから、千秋楽でも本人は涙を見せず、むしろ泣いている観客を泣き笑いに持ち込むようなパフォーマンスを繰り出して、会場を大いに沸かせていたのが印象的でした。かと思うと、次代を担う珠城りょう、珠城の相手役を引き続き務めることになったトップ娘役の愛希れいかという、月組の新コンビをこれからもよろしくと、観客にきちんと託すことも忘れず、紋付き袴の正装ですっきりと美しいラストデーを飾っていました。退団後にはすぐに「Instagram」を開始して、やはりおちゃめでやんちゃでファン思いの素顔を生き生きと発揮していますし、宝塚OGが集う『エリザベート TAKARAZUKA20周年 スペシャル・ガラ・コンサート』(2016―17年)では、持ち役のルイジ・ルキーニだけでなく、タイトルロールのエリザベートに挑むというビッグサプライズも発表されました。これからもその活動から目が離せないOGスターがまた一人誕生したのだなと、強く感じています。
 そんな龍が残した月組は、珠城りょう&愛希れいかの大劇場お披露目作品『グランドホテル』『カルーセル輪舞曲(ルビ:ロンド)』(月組、2017年)の制作発表から、早くも再始動しています。会見のパフォーマンスでは、珠城の大人の魅力が炸裂。たばこを吸うシーンの堂に入ったことには、まだ男役10年を数えていないスターなのだということを忘れ去るほどの余裕が感じられました。経験を重ねた愛希とのコンビも、いい効果をあげそうです。この制作発表会見には美弥るりかも参加していて、新生月組の新しい形が見えつつあるかに思えましたが、今回ポスター入りした朝美絢と雪組の月城かなとが、この公演のあとにいわばトレードされるという発表がありました。両者ともにスターぞろいの「花の95期生」ですが、この組替えも月組の未来にとって意味があるものになっていきそうです。そんな珠城体制の新月組への期待は、次号『宝塚イズム34』でも小特集を組みますので、ぜひご期待ください。
 また他組に目を転じますと、来年(2017年)2月での退団を発表した花組トップ娘役の花乃まりあに続いて、宙組トップ娘役の実咲凜音が同年4月での退団を発表しました。このところは、星組の北翔海莉&妃海風のようにトップコンビが同時退団するケースのほうが、むしろ少なくなっているのかな?というほどに、男役トップ、娘役トップがそれぞれの思い、それぞれの「いま」を見定めて退団していくケースが増えているように思います。俗にいう「添い遂げ退団」が美学だった、そういう時代もまた、宝塚から次第に遠くなっているのかもしれません。
 そんななかで、花乃は『ME AND MY GIRL』(花組、2016年)のサリー・スミス役から一転、全国ツアー『仮面のロマネスク』(花組、2016年)のフランソワーズ・メルトゥイユ侯爵夫人役で、明日海りお演じるジャン・ピエール・ヴァルモン子爵に一歩も引かない丁々発止の、火花散る芝居を繰り広げて、大輪の花を咲かせていました。メルトゥイユ侯爵夫人はもともと初演の花總まりに当てて書いてあるので、男役に寄り添うというよりは、男役に正面から並び立つような格が要求される役どころですが、それを堂々と果たしていて見事でした。本来大人びた個性をもつ人でもありましたが、芝居を日々追求して深めていく明日海の相手役として、どれほど努力してきたかがしのばれる成長ぶりで、退団公演となる『金色(ルビ:こんじき)の砂漠』(花組、2016―17年)の成果も楽しみです。
 さらにその花乃の後任には、さまざまな娘役の名前が巷間取り沙汰されていましたが、同じ花組から仙名彩世の昇格が決まりました。こちらは来年の全国ツアーで再び上演される『仮面のロマネスク』で花乃のあとを受けて演じる、メルトゥイユ侯爵夫人がトップ娘役としてのお披露目となります。今回演じていたマリアンヌ・トゥールベル夫人も大役ですが、轟悠の相手役を務めた経験もあり、押し出しがいい仙名には、メルトゥイユ侯爵夫人がより柄に合う予感がします。どちらかというと似たタイプの娘役間でのバトンタッチとなりましたが、とはいえやはりこれによって明日海から醸し出されるものもまた自然に変化していくことでしょう。大人のコンビの誕生といえそうです。
 一方、『エリザベート――愛と死の輪舞(ルビ:ロンド)』(宙組、2016年)のタイトルロールに臨んでいる実咲もまた、次の大劇場公演『王妃の館』『VIVA! FESTA!』(宙組、2017年)で退団です。こちらは前任の凰稀かなめの相手役から現在の朝夏まなとの相手役と、2代続けてトップ娘役を務めてきましたが、作品の巡り合わせから、どちらかといえば辛抱役が続いていた凰稀時代から一転、朝夏時代には『TOP HAT』(宙組、2015年)、『王家に捧ぐ歌』(宙組、2015年)、『エリザベート』など、宝塚のヒロインの枠を超えた、作品の柱ともいえる役柄を次々に演じる機会に恵まれてきました。それだけに、ある意味でトップ娘役としての本懐は遂げたのだろうな……と想像するにかたくない活躍を示してきた人でもありますから、ラストランに向けてますます加速していくだろうこれからの日々にも期待が高まります。
 そして当然の流れとして、朝夏まなとにもまた新しい相手役が登場することになります。今回の異動では、ほかに雪組の有沙瞳と星組の真彩希帆のやはりある意味のトレードが発表されていますが、ここに宙組の娘役が絡んでいないということは、やはり宙組からの昇格なのでは?と予想されます。とはいえ宙組には注目の娘役が複数いますので、朝夏にとって2代目となる相手役が誰になるのかもまた目が離せない人事となりそうです。宝塚を観続けているかぎり、本当にこの種の興味関心が薄れることはありません。
 退団という大いなる寂しさを抱えた一大イベントが、そのまま新たな誕生、リボーンにつながっていく。これこそ宝塚が100年の歴史を刻んでこられた力の源でもあるのだと思います。そんな動向を注視しながらの、編集作業が今日も続いていきます。

 

Copyright Eriko Tsuruoka
本ウェブサイトの全部あるいは一部を引用するさいは著作権法に基づいて出典(URL)を明記してください。
商業用に無断でコピー・利用・流用することは禁止します。商業用に利用する場合は、著作権者と青弓社の許諾が必要です。

第1回 『宝塚イズム34』、順調に制作中!

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

 宝塚歌劇の評論シリーズ『宝塚イズム』の発行を半年に1回に変更して1年半あまりがたちました。
 ネットやブログで瞬時に情報がいきかう現在、しかもトップスターの退団が宿命づけられている宝塚歌劇は新陳代謝も激しく、コンテンツは次から次へと変化の連続なので、年2回刊ではニュースに追いつくことができないのではとの不安もありました。しかし、だからこそじっくりと分析して、作品と生徒の成果を振り返り、新しい人材に目を向けて今後に期待を寄せるというスタンスは貴重だと思います。
 読者からは「隔月刊に」とか「年4回をキープして」という要望もありましたが、日々の出来事や動向はウェブサイトを利用していただくとして、年2回刊のペースでお届けする「宝塚を愛する批評シリーズ」=『宝塚イズム』を引き続きご愛読ください。

 さて、年2回刊にしたために、ネットやブログと差別化を図って、記録としてきちんと残るものをと、毎回、編集会議にも熱がこもります。とはいえ、読者のみなさんにご説明が行き届かなかったこともあって、刊行間隔があいたので「『イズム』は休刊したのか」という誤解もありました。あらためて発売日をお伝えすると、1年の前半が6月1日、後半が12月1日です。この間隔でこれまで『31』『32』『33』の3号を発行しました。
 原稿締め切りはそれぞれ2カ月前ですから、内容のニュース性には限りがあります。そこで、『宝塚イズム』から逆にニュースを作り出すというねらいで先取りの企画を優先、それと対談形式を含めた公演評やOGインタビューの記事を組み合わせることで、評論シリーズとしての方向性を打ち出すことにしました。
 先取りの企画は、『32』号の特集である「『ベルばら』から『るろ剣』へ」で、「マンガと宝塚の幸福な出合い」を検証しました。また、『33』号の、20周年を迎えた『エリザベート』特集もその一例です。これにトップスターの退団特集を加えることでバラエティーに富んだ構成をお届けすることができました。

 とはいえ、半年に1回はやはりスパンが長すぎます。そこで青弓社のウェブサイトで、『宝塚イズム』では伝えられない宝塚歌劇の最新情報や、『宝塚イズム』の編集裏話などをお伝えしていきます。これが次号発売への期待につながって、読者のみなさんとの太いパイプになればこれにまさる喜びはありません。

 さて現在は、12月1日発売の『宝塚イズム34』の構成内容がほぼ固まり、執筆者が原稿の構想を練っているところです。『34』のメインは、11月20日付での退団を発表した星組のトップコンビ北翔海莉と妃海風のサヨナラ特集です。柚希礼音、夢咲ねねのあとに2015年5月にトップに就任した2人は、大劇場3作、たった1年半で退団することになりましたが、人気の実力派コンビとあって、各執筆者はさまざまな視点からアプローチし、充実した特集が組めそうです。サヨナラ公演『桜華に舞え』『ロマンス!!(Romance)』は8月26日から宝塚大劇場で開幕しましたが、評判は上々、チケットも全期間S席はほぼ完売ということで、公演自体も大いに盛り上がりそうです。『34』の発売日は東京公演千秋楽の11日後。北翔・妃海サヨナラの興奮がさめやらないなかで、2人のファンにも格好のスーベニールになることでしょう。

 それとは別に、『34』にはスペシャルな寄稿記事が2つあります。今回はそのひとつを紹介しましょう。元毎日放送事業局長の宮田達夫氏による「天津乙女さんとの想い出」がそれです。宮田氏は、1970年代から90年代までの報道局記者時代に宝塚歌劇の取材を担当しました。トップスターのサヨナラ千秋楽の模様をニュース番組で生中継したり、話題作の稽古場からスターのインタビュー取材をするなど、関西テレビの名物記者・丸山巌氏とともに宝塚歌劇をテレビニュースの素材として積極的に取り上げ、宝塚歌劇の知名度を高めるとともに一般視聴者の理解を深めた功労者の一人です。現在は、宝塚が自前でCS専門チャンネルをもったことから地上波の取材を歓迎せず、テレビ局にも宝塚歌劇に対する理解者がいなくなり、こういう放送は皆無になっています。
 その宮田氏とお会いする機会があり、『33』をお見せしたところ、「今年は天津乙女さんが亡くなって36年。僕は栄子さん〔天津さんの愛称〕を取材したことがあるんだけれど、それを書いてみようか」といううれしいお話。天津さんといえば、宝塚草創期から戦後にかけての大スター。“女六代目”といわれた日舞の名手ですが、その舞台姿を生で見ている人はもう少数になってきました。かくいう私も『朱雀門の鬼』(花組、1977年)を見て、そのピンと張り詰めた台詞の声ときびきびした動きに大いに感動した覚えがあるくらいです。宝塚バウホールで営まれた葬儀の取材をしたのですが、実際に取材したことはありません。
 宝塚も100周年が過ぎ、そろそろ何かの形で歴史をきちんと振り返ったものも必要かなあと思っていたのですが、作品や人と関係がない事象についてのこむずかしいものは『イズム』向きではないし、と思っていた矢先のことだったので、ぜひお願いしたいと思いました。「とりあえず書いてください。それから考えます」みたいな返事をしたところ、数日後にさっそく原稿がメールで送られてきました。原稿は、稽古場での天津さんへのインタビューの様子と芸歴60周年記念パーティーのエピソードなどがつづられています。天津さんの飾らない素顔が生き生きと伝わり、そこに天津さんがいるような錯覚を覚えるほどです。天津さんへのインタビューの様子など、いまや書ける人はそういません。さっそく編集会議でも了解を得て『34』のスペシャルレポートとなった次第。『宝塚イズム』ならではの貴重なインタビュー記事をお楽しみください。天津さんの葬儀は神式だったため仏式で数えることはないのですが、37回忌にふさわしい企画になったと思っています。

 さて、宝塚歌劇ですが、宝塚大劇場では宙組によるミュージカル『エリザベート――愛と死の輪舞』が千秋楽を迎えました。夏休みと重なってチケットは全期間前売りで完売していて、数少ない当日券を手に入れようとゲート前には連日早朝から長蛇の列ができる盛況ぶりです。初演以来20周年を迎えた『エリザベート』の変わらない人気を証明しています。トップスターの朝夏まなとの個性に合わせ、黄泉の帝王トートがウィーンの原典にそった現代的かつクールなつくりとなり、その評価は賛否両論ですが、作品的なレベルの高さは抜きんでていて、いまや宝塚の財産といっていいでしょう。公演評には多くの執筆者の手が挙がっています。どんな切り口の評が集まるかこれも楽しみです。12月の発売までいましばらくお待ちください。

『宝塚イズム』について
『宝塚イズム』は「愛がある在野の宝塚批評本」として、6月1日・12月1日の年2回刊行している書籍です。2007年から刊行を始め、2016年8月現在で『33』まで出版しています。宝塚歌劇団の公演評はもちろん、宝塚OGが出演している舞台の公演評などを所収して、幅広い年代のファンに楽しんでいただいています。
170ページ程度/A5判・並製/定価1600円+税

 

Copyright Tetsuji Yabushita
本ウェブサイトの全部あるいは一部を引用するさいは著作権法に基づいて出典(URL)を明記してください。
商業用に無断でコピー・利用・流用することは禁止します。商業用に利用する場合は、著作権者と青弓社の許諾が必要です。