第23回 トップスターのサヨナラ公演に思う

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 宝塚歌劇105周年の今年、星組の紅ゆずると花組の明日海りおという2人のトップスターが立て続けに退団するという異常事態になりました。『宝塚イズム40』(12月1日発売予定)では、『39』の紅に続いて明日海の退団を特集、5年半にわたる在位でトップの座を極めた宝塚歌劇史上まれにみるフェアリーの魅力のすべてを解き明かすべく、鋭意、編集作業中です。
 現在、そのサヨナラ公演が、宝塚から東京へと、さよならフィーバー真っ最中といったところです。紅のサヨナラ公演は小柳奈穂子作・演出による『GOD OF STARS――食聖』と酒井澄夫作・演出の『Éclair Brillant(エクレール ブリアン)』。一方、明日海は植田景子作・演出の『A Fairy Tale――青い薔薇の精』と稲葉太地作・演出の『シャルム!』。いずれも2人にゆかりの深い作者が、それぞれの最後の公演のために腕によりをかけた作品です。しかし、同じサヨナラ公演といっても2人の個性に合わせた対照的な作品が並びました。サヨナラ公演といっても千差万別。とはいえ、そこには厳然とした決まり事もあります。そこで、その最近の傾向を振り返ってみることにしましょう。
 トップスターのサヨナラ公演は、そのトップスターが下級生のころから特にゆかりのある演出家が担当し、そのスターの宝塚生活最後の公演のために新たなキャラクターを書き下ろすのが基本的なセオリーになっています。
 ここ10年を振り返ってみると次のようになります。
 
 星組・安蘭けい 『My Dear New Orleans』植田景子(2009年)
 宙組・大和悠河 『薔薇に降る雨』正塚晴彦(2009年)
 花組・真飛聖  『愛のプレリュード』鈴木圭(2011年)
 月組・霧矢大夢 『エドワード8世』大野拓史(2012年)
 雪組・音月桂  『JIN――仁』齋藤吉正(2012年)
 宙組・大空祐飛 『華やかなりし日々』原田諒(2012年)
 花組・蘭寿とむ 『ラスト・タイクーン――ハリウッドの帝王、不滅の愛』生田大和(2014年)
 雪組・壮一帆  『一夢庵風流記 前田慶次』大野拓史(2014年)
 宙組・凰稀かなめ『白夜の誓い――グスタフⅢ世、誇り高き王の戦い』原田諒(2015年)
 星組・柚希礼音 『黒豹の如く』柴田侑宏(2015年)
 月組・龍真咲  『NOBUNAGA信長――下天の夢』大野拓史(2016年)
 雪組・早霧せいな『幕末太陽傳』小柳奈穂子(2017年)
 宙組・朝夏まなと『神々の土地』上田久美子(2017年)
 星組・紅ゆずる 『GOD OF STARS――食聖』小柳奈穂子(2019年)
 花組・明日海りお『A Fairy Tale――青い薔薇の精』植田景子(2019年)
 
 タイトルとスターの名前を見ると、当時の舞台が走馬灯のように次から次へと目の前を駆け巡ります。そして、それぞれの作品に作者がスターの個性を渾身の思いで生かそうとした努力が見え隠れして、懐かしさが込み上げます。これ以前は、植田紳爾や小池修一郎、正塚晴彦といったベテラン作家がサヨナラ公演を書いていましたが、ここ10年は、世代交代してトップスターにゆかりのある若手作家が担当することが多くなってきました。というのも、トップスターのサヨナラ公演は、黙っていてもチケットは完売し営業的には心配する必要がないので、若手作家の腕試しにはもってこいの場になっているからです。
 ついついサヨナラの思いに流されて、涙もろい感傷的な作品になりがちですが、『幕末太陽傳』や『神々の土地』のような独立した作品として十分鑑賞に堪える作品も生まれてきています。とはいえ、クライマックスには退団するトップスターが次期トップに決まった二番手スターに組を託すというセリフや歌が必ずあって、ファンの涙を誘うことになっています。それが度を超すと、内輪のセレモニーになりすぎて、見ていて気恥ずかしく感じることもしばしばです。今年の2本は、それがあまり仰々しくなくてほっとした次第。作品的にも紅と明日海の個性に合わせた軽いコメディーとファンタジーでした。
 上の表にもあるように、退団するスターにはすでに代表作といわれる作品があって、サヨナラ公演はファンサービスといったものが多く、今年の2人も、紅には落語の世界を舞台化した『ANOTHER WORLD』(作・演出:谷正純)、明日海には萩尾望都原作の『ポーの一族』(脚本・演出:小池修一郎)があるので、そのイメージを膨らませたような作品になっているといえるでしょう。ラストに次期トップスターに組を託すというバトンタッチが用意されているのはセオリーどおりでした。
 そもそもサヨナラ公演というのはいつごろから始まったのでしょうか。サヨナラ公演の千秋楽にサヨナラショーを開催するようになったのは1963年の明石照子が最初といわれていますが、サヨナラ公演となると定かではありません。退団することが宿命づけられている宝塚のトップスターにとって、それこそ100年前からサヨナラ公演はあったことになります。でも、退団発表があり翌日に記者会見があってサヨナラ公演というパターンは、少なくともこの50年前から確実に続いてきました。そして「宝塚はサヨナラで稼ぐ」という言葉どおり、劇団のドル箱になっているのもそのころから変わりません。
 サヨナラ公演の演目はトップスターに対する当て書きの作品で再演しづらく、いかに優れていても再演というのはなかなかありません。和央ようかと花總まりのサヨナラ公演だった宙組公演『NEVER SAY GOODBY』(2006年)は小池修一郎のオリジナルミュージカルの秀作ですが、2人に遠慮してか、いまだに再演されていません。しかし、例外もあります。それが一路真輝のサヨナラ公演だった『エリザベート』(1996年)です。この作品はウィーン発のミュージカルということで他の作品とは意味合いが違うかもしれませんが、一路のサヨナラ公演はオリジナルを大幅に変更して上演したことで宝塚歌劇にぴったりの作品に生まれ変わり、現在に続くヒット作になったのだと思います。サヨナラ公演が、宝塚歌劇の財産になった稀有な例でしょう。始まりはサヨナラ公演でしたが、最近ではトップお披露目公演で上演することが多くなりました。そういえば、今回退団する明日海のトップお披露目は『エリザベート』でした。
 とりもなおさずサヨナラ公演は、宝塚歌劇ならではのビッグイベントであることはこれからも変わらないでしょう。そして、スターが替わっても、常に新鮮さを保ち続けることが宝塚歌劇の魅力の一つであることも変わりはないと思います。

 

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