第39回 『宝塚イズム45』同期特集とポスト上田久美子への期待

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム45――特集 柚香・月城・彩風・礼・真風、同期の固い絆』が完成、順次、全国大型書店の店頭に並びます。今号は宝塚歌劇ならではの“同期生の絆”にテーマを絞り、同期生同士のオフでの結束や舞台で繰り広げる独特の呼吸が生み出す親密さについて、橘涼香さんのタカラジェンヌOGへのアンケートも含めて論じていきます。学校組織の宝塚歌劇だからこそ生まれたテーマではないでしょうか。
 宝塚歌劇はご存じのとおり、宝塚音楽学校に入学後、2年間の研修期間を修了した者だけが入団できる劇団です。宙組が誕生した1998年以降、50人が入学したこともありましたが現在は40人が通例で、たいてい1人か2人が健康上の理由などによって途中でリタイア、ここ数年、2年後の入団時は38、9人といった感じで推移しています。ちなみに今年の初舞台生108期生は38人でした。
 毎年、全国から1,000人近い応募があり、倍率20倍以上の難関ですので、入学したからには卒業までは初志貫徹してほしいとは思うのですが、そのあたりは部外者にはうかがい知れないことがあるようです。音楽学校のカリキュラムを見ると、歌唱(ポピュラー、クラシック)、日舞、ダンス、演劇など実技演習が1週間ぎっしり詰まっていてさすが舞台人育成のための学校の名に恥じません。表現することを学ぶという意味ではこれほど贅沢な学校はなく、舞台人としての基礎を学ぶには申し分のない学校です。
 音楽学校は、中学卒業から高校卒業まで受験できるので、同期生といっても年齢は中卒で15歳、高卒で18歳ですから、年の離れた姉妹くらいの差があり、技量もまちまちなので授業はA、Bの2班に分けておこなわれることが多いようです。
 舞台人としての迅速な判断を養うため、上下関係にことのほか厳しく、学校内での礼儀作法もうるさかったのですが、近年、社会全体のハラスメント抑止の風潮によって、音楽学校の教育方針も以前とはずいぶん変わってきたようです。音楽学校名物だった予科生(1年生)による早朝の校内清掃も3年前から廃止されたと聞いています。
 とはいえ青春真っ只中、2年間の寮生活で培った競争心と友情は生涯続き、同期生から生まれたスターは同期の誇りになって、同期全員のシンボルのような存在になります。特集ではそんな同期愛について、さまざまな論考が集まりました。読んでいると期によって微妙に特徴が異なるのもわかります。これも宝塚歌劇ならではの楽しみ方でしょう。みなさんもぜひ好きな期を見つけて同期生同士の活躍ぶりを楽しんでみてはいかがでしょうか。
『宝塚イズム45』ではほかにもさまざまな特集記事を組んでいますが、6月13日、すべての原稿の締め切り後、雪組の娘役トップスター朝月希和の退団が発表されました。今号では残念ながらこれにはふれることができませんでした。退団公演の『蒼穹の昴』は12月25日が東京公演千秋楽ですから、彼女のこれまでの功績については次号で取り上げたいと思います。朝月は、花組⇒雪組⇒花組⇒雪組と何度も組替えを経験して娘役トップに上り詰めた苦労人。芝居心がある娘役でしたが歌のうまさも格別でした。トップとしての在任期間は比較的短い印象ですが彩風咲奈とのコンビはお互いが信頼しあっている様子がよく伝わって、安定感がありました。退団までまだ2公演残されていますので、しっかりと目に焼き付けておきたいと思います。
 一方、3月末で退団が明らかになった演出家・上田久美子の退団後の初仕事となったスペクタクルリーディング『バイオーム』が6月8日から12日まで東京建物 Brillia HALLで上演されました。上田が書き下ろした脚本を一色隆司が演出。中村勘九郎、麻実れい、花總まり、成河、古川雄大らの実力派俳優による朗読劇で、出演者は植物と人間の2役。植物の目から見た人間社会の理不尽さが面白おかしく描かれた異色の舞台でした。宝塚歌劇での新作を期待していた者にとっては複雑な心境ですが、今後の作家としての上田の再出発を祝福したいと思います。初日の客席は、宝塚ファンというより上田久美子ファンで埋まっていた印象。宝塚はつくづく惜しい人材を手放したといまさらながら悔やまれます。
『宝塚イズム45』はそんなポスト上田久美子の登場を期待して、有望な若手作家たちにもスポットを当てました。『元禄バロックロック』(花組、2021―22年)の谷貴矢をはじめ“宝塚ヌーヴェル・ヴァーグ”と呼ばれる若手作家たちが、100年の伝統を守りながら新たな世界をどう作り上げていくか、今後の宝塚歌劇の担い手になるであろう、デビュー後間もない若手作家陣にエールを送ります。
 ゴールデンウィーク前後に東西で休演が相次ぎ、コロナ禍はまだまだ油断大敵ですが、宝塚歌劇は2024年の『ベルばら』50周年、2025年の大阪・関西万博と大きな節目に向かって邁進していくパワフルさを失っていません。『宝塚イズム』も『46』に向けて準備を整えているところです。ますますのご支援とともにご期待ください。

 

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