「こんな本があったら」を実現して――『クラシックCD異稿・編曲のたのしみ』を書いて

近藤健児

 こんな本があったらいいな、そう思って書きだしたのはいいが、はっきり言って私の力に余る仕事で大変だった。ここでは校正終了後2006年の11月までに出た新譜や、不覚にも書き落としが判明した音源をまとめて記しておきたい。

モーツァルト 
 はじめに新譜から。『ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456』のフンメル編曲版、白神典子ほか盤(BIS)は同じくフンメル編曲の『交響曲第40番ト短調K.550』との組み合わせでリリースされた。
『交響曲第30番ニ長調K.202(186b)』『交響曲第32番ト長調K.318』『交響曲第37番ト長調K.444(425a)』および『ピアノ協奏曲第9番変ホ長調「ジュノム」』の第2楽章をブゾーニがピアノソロに編曲したものを集めて録音した、ヴィンセンツィ盤(DYNAMIC)もリリースされた。
『歌劇「魔笛」K.620』の抜粋をフルート、ギターとヴィオラで演奏したトリオ・コン・ブリオ盤(ANIMATO)も出た。
 次は遺漏である。『ピアノソナタ第11番イ長調K.331』『第15番ハ長調K.545』『「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K.618』『グラスハーモニカのためのアダージョ ハ長調K.356』『行進曲ハ長調K.408-1(383e)』『「ああ、ママに言うわ」の主題による12の変奏曲ハ長調K.265(300e)』や『フィガロ』『魔笛』のアリアをマンドリンとギターで演奏したものに、テヴェス/ヴァッガー盤(ANTES)がある。本書ではノーマークだったが、ほかにもマンドリンソロやアンサンブルなどへの編曲は相当数存在すると思われる。ギターやマンドリンへの編曲のCD情報は専門店ムジーク・ゾリスデン(http://www.musik-solisten.com/index.html)が詳しい。
『ファゴットとチェロのためのソナタ変ロ長調K.292(196c)』は調査不足で多くの編曲を書き落とした。クラリネットとバセットホルン版(ライスター/マジストレッリ盤、CAMERATA)、2ファゴット版(ゴーデ/ハード盤、ANTES)、2コントラファゴット版(ニグロ/レーン盤、CRYSTAL)、2バス・ヴィオラ・ダ・ガンバ版(ハーシェイ/ジェッペセン盤、TITANIC)、ファゴットとハープ版(ルーブリ/タリトマン盤、ARCOBALENO)などがある。
『歌劇「魔笛」K.620』『歌劇「フィガロの結婚」K.492』『歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527』の主要曲にはクラリネットおよびバセットホルンによるライスター/L&L・マジストレッリ盤(CAMERATA)がある。
『2台のピアノのための協奏曲変ホ長調K.365』を2台のハープの協奏曲に編曲したものに、ミシェル/メストレ盤(EGAN RECORDS)がある。CDの存在は知っていたが詳細情報がわからず本に記載できなかった。メーカーから取り寄せてみてはじめて原曲が判明。面白い試みだがやや音量不足は否めない。
 読者からのご教示で、『クラリネット五重奏曲イ長調K.581』『イ長調K.581a(断片)』にマジストレッリ/北条純子によるクラリネットとピアノ版(BAYER)があることを知った。また、本書28ページのハイモヴィッツ(Vc)によるセル編曲チェロ協奏曲の第2楽章の原曲が『ディヴェルティメント ニ長調K.131』であることも、同じ方から教えていただいた。

ベートーヴェン
『交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」』の弦楽五重奏版には、プロ・アルテ・アンティクア・プラハ盤(ARTESMON)があることが判明。BONA NOVA盤とは別に『第5番』とこの曲を録音していたようで、旧譜だが国内の各ショップではつい最近はじめて紹介され、早速取り寄せて聴くことができた。これで弦楽五重奏版の未紹介は『第2、4、9番』の3曲である。『チェロとピアノのための「マカベウスのユダ」の主題による12の変奏曲』にはマハラ編曲・演奏のホルンとピアノ版がある(MSR)。

シューベルト
『歌劇「アルフォンソとエストレルラ」D.732』にはハルモニー・ムジーク(木管合奏)版があり、リノスE盤(CPO)がある。
歌曲21曲をホルンとピアノで演奏したキング/テイチャー盤(ALBANY)も出た。

ブラームス
  ピアノ連弾のための『21のハンガリー舞曲集』からはじめの10曲をモシュコフスキがピアノソロに編曲した音盤もあり、ブジャージョ盤(PROPIANO)で聴くことができる。ブラームス自身もピアノソロ用に編曲しており、これにはビレット盤(NAXOS)がある。ブラームス自身の編曲で重厚な和音が登場する個所が、モシュコフスキはアルペジオによって軽くしなやかに編曲している。そのほか、この曲の管弦楽編曲にもいくつかの種類があり、たとえばS=イッセルシュテット/北ドイツSO盤(ACCORD)の『第8、9番』は通常録音されるショルム編曲ではなく、ブロイヤー編曲。
  なお本書では書き落としているが、ブラームス自身の編曲ということなら、ピアノ連弾の『ワルツ集「愛の歌」Op.52a』『ワルツ集「新・愛の歌」Op.65a』の原曲は同名の四重唱曲だし、ピアノ連弾用の『「ワルツ集」Op.39』にはピアノソロ編曲もある(ジョーンズ盤、NIMBUSなど)。
  読者からのご教示で、『クラリネット五重奏曲ロ短調Op.115』にマジストレッリ/北条純子によるP・クレンゲル編曲のクラリネットとピアノ版(BAYER)があることを知った。

チャイコフスキー
『バレエ組曲「くるみ割り人形」Op.71a』および『バレエ音楽「白鳥の湖」Op.20』から5曲をシュトラートナー編曲で8人のチェロ奏者によるアンサンブルに編曲した、アハト・チェリステン盤(CAMERATA)が新しく出た。

ドヴォルザーク
『4つのロマンティックな小品Op.75』『スラヴ舞曲Op.46-3,8』にはマハラ編曲・演奏のホルンとピアノ版がある(MSR)。

ネットでは解決しないものがある。だから、本を書く――『音楽は死なない!――音楽業界の裏側』を書いて

落合真司

 音楽業界の最新事情を分析・解説する授業を音楽系の専門学校でおこなっている。その講義ノートを一冊の本にしたいと思い、2003年に『音楽業界ウラわざ』を出版した。音楽業界への就職を希望す人はもちろん、音楽になんとなく興味がある人まで広く読んでもらえればいいと思った。
  実際に本を出してみると、意外な人たちから反応があった。あるインディーズバンドと話をしているときに、「メンバー全員で回し読みしてますよ。ちなみに、別のバンド仲間から勉強になるよってこの本が回ってきたんですけどね」と言ってくれたり、知り合いになった音楽プロダクション社長にこんな本を書いていますと名刺がわりに本を渡そうとしたら、「それ、もう読みましたよ。この前FM局に行ったら、この本おもしろいから読んでみてと言われて、一気に読ませてもらいました。よく調べてあるなあって感心しましたよ」と言われた。
  音楽業界を目指している人だけでなく、すでに業界で活躍している人たちがわたしの本を手に取ってくれている。しかもコミックのように本がつぎからつぎへと回し読みされている(自分の本が回し読みされるのをいやだとは思わない。自分でいうのもナンだが、いい本ほど旅していくものだと思っている)。
  あれから3年。音楽業界は大きく変動した。音楽配信によって楽曲の扱われ方や業界マップが急速に変化した。CDはなくなるのか……そんな声をよく耳にするようになった。
  そんなとき、教室にいた学生がポータブルCDプレーヤーで音楽を聴いていた。いまどきiPodではなくCD? かさばって持ち運びに不便だろう。そう思って教室を見渡すと、他にも数人の学生がポータブルCDプレーヤーを使っていた。「どうして?」と尋ねると、CDの方がいい音だからという返事だった。
  CDがなくなるとかなくならないという以前に、もっと単純なことをわたしは見失いかけていた。いい音で音楽を楽しみたいという原点だ。
  ユーザーが本当に求める音楽ライフはどんなものなのか。音楽業界は音楽配信をどう展開させようと考えているのか。そういったことを中心に本を書いてみようと思った。
  ちょうどそんなとき、『音楽業界ウラわざ』を読んでくれた人たちから、続篇を読みたいという声が聞こえはじめた。そして偶然にも『音楽業界ウラわざ』の増刷の連絡が青弓社から来た。
「書かなきゃ」。たしかな追い風を感じた。
 
  実は、本を書くうえでいつも悩むことがある。本にする意味は何か、ということだ。
  ネット利用者が6,500万人もいるいま、知りたいことのほとんどはクリックすれば手に入る。より正確でより新鮮な情報にたどりつくことも簡単になった。
  そんな時代に、数カ月もかけてつくる書籍にどれだけ人は期待するのだろう。
  何が何でも本にしなければならない。本にしかできないこと。その答えが見つかるまで、絶対に原稿は書かないでおこうと思っていた。
  でも、そんなに難しく考えることなどなかったのだ。読みたいと言ってくれる人がいるなら書くべきなのだ。
  知りたいだけならみんなパソコンの電源を入れる。だけど、整理して分析し、解釈をつけ、問いかけたり主張するところまで現在のネットは発展していない。
  新聞やCDがなくならないように(そもそもレコードだって消えていない)、本というかたちでしか完結しないものがある。
  ネットでは解決しないものがあるから、わたしは本を書く。ただそれだけだ。

 ちなみに、本屋でバイトをしている学生が、本書の書店用POPを手描きしてくれた。音楽も本も、そういうぬくもりが大切なんだ! 音楽は絶対に死なない!