本を書くというメディア実践――『ケアする声のメディア――ホスピタルラジオという希望』を出版して

小川明子

 私は小さいころ、父母にお話をしてもらわないと眠れない子どもだった。父が適当に話を終わらせようとすると、首根っこをつかまえて、ちゃんと納得するまでお話をしてもらわないと眠らないやっかいな子どもだった。自分で本が読めるようになると、布団にもぐって寝たふりをしながら、懐中電灯の明かりで、夜遅くまで物語を読んだ。眠くなってきて目を閉じると、襖の向こうから聞こえてくる両親の話し声に安心して、ようやく眠りに落ちる。子どものころの私が欲していたのは、物語だったのか、それとも父母の声だったのか。私の単著1冊目は物語を作って語ることをテーマにした(『デジタル・ストーリーテリング――声なき想いに物語を』リベルタ出版、2016年)。2作目になる今回は「声」がテーマだ。
 こうした子どものころの経験が影響してか、私はラジオが好きだ。中高生のころは深夜ラジオに社会や人生を教えてもらい、いまも朝から晩までラジオを聴いている。正確にはスマートフォン(スマホ)アプリのradikoとかポッドキャスト(Podcast)だけれど、ニュースでさえも声で聴くほうが落ち着く。ラジオや新聞、ネットでニュースを見聞きして大谷翔平が相当有名になってから顔や動きを知ることになって笑われたけれど、新型コロナウイルス感染症拡大のニュースはそれまでさほど怖くなかったのに、テレビで人工呼吸器につながれた若い人の映像を見た途端に怖くなってしまった。映像は良くも悪くも衝撃的だ。
 幸か不幸か、本書はコロナ禍に書くことになった。イギリスでのインタビューも、藤田医科大学での実践もコロナのせいで自由に調査できず、ずいぶん出版が遅れてしまった。しかしだからこそ、この間にあらためてラジオの力が見直されてきた。本書以外にも2023年から24年にかけて、これまでほとんど学術的なテーマとして扱われてこなかったラジオに焦点を当てた書籍が、日本で次々と出版されている。本書のテーマでもあるケアする声のメディア、イギリス発祥のホスピタルラジオにもメディアの注目が集まり、その意義があらためて見直された時期でもあった。
 ホスピタルラジオをめぐる書籍は、私が知るかぎり、イギリスにも見当たらず、ウェブサイトでホスピタルラジオの歴史をつづっていた(数年前に閉鎖されている)Goodwinを探し出してUSBで原稿をもらって教えを請うた。イギリスのホスピタルラジオに実際に行ってみると、ボランティア側がラジオで話したいという欲望も強く、聴いている患者のほうがボランティアをケアしているような側面もあって、本家イギリスでアカデミアの関心が得られなかった理由もおぼろげながら理解できた。
 人文社会系の学問がどんどんエビデンスや客観性を重視する時代になるなかで、学術的に扱うのが難しいテーマをなんとか書籍にして世に出したいと思ったのは、「声」がもつケア的な側面にもっと関心が寄せられてもいいのではないかと強く感じているからだ。社会人としてのスタートを放送局で始めた私は、専門家だけが読む小難しい本としてではなく、関心をもつ誰もが手に取ってもらえるような本にしたかった。そして、青弓社の編集のみなさんは期待以上の本にしてくださった。
 ありがたいことに、本書を取り上げる書評も現れ、NHKのラジオなどでもコメントをする機会を得た。そこからのつながりや動きも生まれ始めている。これまで「メディアを作ってちょっとだけ社会を変える」をモットーに、研究と実践の間を進んできた。単なる学術書として閉じるのではなく、現実をちょっとだけ変えていくような書籍になったら本望だ。本を出す、ということはメディア実践だとあらためて実感した。孤立状態にあって、誰かの温かな声を求めている人、そして声で誰かを励ましたいと思っている方々に届きますように。

『ケアする声のメディア――ホスピタルラジオという希望』詳細ページ