「図書館は成長する有機体である」とあらためて実感――『子どもの読書を支える図書館――ブックトークや読書のアニマシオンから考える』を出版して

槌谷文芳

 北海道蘭越町と滋賀県豊郷町を通算して41年、自治体職員として働きました。蘭越町での38年間のうち28年間は総務や税務などの一般行政職でした。滋賀県の豊郷町立図書館の期間を含めても図書館勤務は通算13年で、一般行政職として働いた期間のほうが長いことになります。
「人生に無駄な経験はない」とよく先輩から聞かされました。税務行政のときに地方分権時代の法定外目的税や法解釈権などが注目され、政策法務に関心をもちました。また、農務水産行政では、内水面漁業協同組合の事務局員として簿記会計にふれました。
 学生時代には新古典派経済学が主流でしたが、就職したころ、供給重視や合理的期待形成などが注目され、やがて新自由主義や市場原理主義の思想と結び付くようになって、新古典派以上の違和感がありました。そんななかで、自動車の社会的費用など、宇沢弘文による社会的共通資本の考え方に親近感をもちました。また、北海道町村会が主催する新しい行政経営に関する研究会に参加したときの私のテーマは「行政経営品質」でした。そのときの経営学や組織論の知識が、図書館の経営に役立ったように思います。
 図書館との出合いについてのエピソードです。当時、地方分権改革の気運が高揚するなかで、全道から自治体職員が集う研修会が札幌でありました。町長が講師を引き受け、私も同じ研修会に自主参加すると職場に報告していました。それが目にとまったのでしょうか、町長の公用車に同乗することになりました。「槌谷くんは、こんど異動するとしたらどんな仕事がしたいか」というようなことを聞かれました。正直に「経営をしてみたいです」と答えました。いまから考えると僭越でしたが、結果的に新設する図書館の準備を任されました。図書館との関係の始まりです。こんな小さな偶然の巡り合わせから本書を出版することになり、とても不思議な縁を感じます。
 本書の校正を終えて確信したことが一つあります。本書は、大きな意味でブックトークの原稿を作成する手法を使っていたということです。ブックトークでは、紹介したい本やテーマを中心に、想像力をはたらかせて関連する資料を集め、つないでいきます。紹介したい本に関連する資料を発見できることもありますが、あまり関係がなさそうな資料も、とりあえず「マインドマップ」にします。回り回って中心になる本やテーマに接続することもあります。人の記憶は、意外性や遊びが大きなはたらきをするといいます。ブックトークでも、中心になる本から意外な方向に資料がつながる面白さを発見することがあります。とりわけ読書のアニマシオンは、発見を協働し、ともに成長するように誘います。ブックトークの研修会では本のつながりが大事だといいますが、私などはむしろ意外性とワクワク感が好きです。
 カナダの環境生態学者スザンヌ・シマードの著書『マザーツリー――森に隠された「知性」をめぐる冒険』(三木直子訳、ダイヤモンド社、2023年)があります。森林は、マザーツリーを中心に森の立木のすべてを菌類ネットワークがつないでいる、という発見です。菌類が水や栄養や病原菌の情報さえも交換しているといいます。図書館はしばしば森に例えられますが、これは本質を突いています。図書館の森をつないでいるのは、地下に張り巡らされた菌類ネットワークのようなはたらきをする言語活動だと想像しています。
 ブックトークや読書のアニマシオンは、能動的なはたらきかけを特徴とする言語活動です。言語には、単調な繰り返しのような回帰性と、複雑さを引き起こす意外性や遊びがあります。森に暴風雨などの錯乱が起こって倒木の跡に新しい芽が吹くように、新たな知が創造されます。
 日本は、経済成長しない没落国家へ向かっているといわれることがあります。そうした社会情勢のなかでも私が強調したいのは、図書館には卓越した機能があること、そして、誰でも望めば「情報教育者」として大学院修士課程まで学び続けることができるような公共政策によって教育改革が進み、21世紀日本に社会的公正と豊かな社会文化を育むということです。
 本書には、住民ボランティアのみなさん、司書課程を学ぶ人、非正規を含む図書館職員、さらに教育行政職員などの自治体職員に向けて書いた章があります。しかし本書の骨格は、筆者を北海道から滋賀県の図書館へ送り出してくれた職員の寄せ書きにあった「図書館は成長する有機体であることを実感しました」の言葉でした。その有機体から自己組織化、フラクタル図形をイメージし、分子生物学、脳科学、認知心理学の知へとつなげ、言語活動に着目し、子どもの読書、ブックトークや読書のアニマシオンから考えて本書を構成し、執筆したのです。
 
『子どもの読書を支える図書館』試し読み