池上 賢
「先輩、気がつきました。論文ってバトルマンガのストーリーに似てませんか? 俺たちには倒さないといけない敵がいる、それはこういうやつだ。で、それを倒すために仲間を集め、技を覚え……」
「池上さん、それを表すわかりやすい言葉が日本語にはありますよ。起承転結です」
これは私が大学院生のころの、先輩との会話である。正確な時期は不明で文言も一文一句覚えているわけではないが、こういった内容を話したことは間違いない。
さて、このエッセーでは拙著『マンガ研究で卒論を書こう!――社会とメディアから考える』について短く補足したい。
本書の特徴として最も大きなものは、当然ながら「マンガ」という題材にフォーカスしていることだが、もう一つの特徴として、論文の構成に「起承転結」という考え方を用いている点がある。だが、今回本書の執筆にあたり、この概念を使うのかどうかはかなり判断に迷った。なぜならば、私はすでに論文の基本としてあげられるのは「序論・本論・結論」だと知っていたし、執筆のため参考にした著書の多くでも「起承転結という考え方は論文用のものではない」という主張が多くみられたからである(さらにいえばSNSなどでも、同様の主張を見かけることがある)。つまり、この考え方はいわば「異端」であるわけだ。だが、悩んだ末、私は自分が慣れ親しんできた「起承転結」というとらえ方で論文を書くことを記述することにした。ここでは、この点について説明をしたいのである。
では、私はなぜ、「起承転結」という言葉を用いて解説をすることにしたのか。その理由の一つは、本書にも記載されている。つまり、論文構成の比喩として、「起承転結」という考え方は初学者にもわかりやすいと考えたからである。
そして、もう一つには、実際に私自身が「起承転結」という思考で論文を執筆しつづけ、それなりの業績を残してきたという理由もある。自分の恥をさらすことになるが、私は大学院に入るまで、研究というものがどういうものかしっかりと理解していなかった。複数の議論を並べて中間的な結論を提示すればそれで論文になると本気で考えていた。当然のことながら、そのような状態でまともな研究ができるはずもなく、苦い経験を多数重ねるなかで少しずつ研究というものについて学んでいった。そして、あるときふと気がついて、大学院の先輩に話しかけたのが冒頭の会話である。
この発想に気がついてから私の研究に対する理解は深まり、以後は(アカデミアで一般的な形式とは異なるかもしれないが)「起承転結」という考え方を意識しながら論文を執筆してきた。ちなみに、本書では池上賢自身の個人的な経験も交えながら記述してほしいとも依頼されていた。そういった経緯もあり、この考え方を採用した次第である。
さらに、本書を書き終えてあらためて振り返ると、こと社会学では、「起承転結」という考え方が適合しているのではないかと考えることもある。
社会学は、国際社会から日常生活まで、幅広い社会現象を研究対象にする学問である。むろん、私が本書の主題として取り上げたマンガも身近な娯楽であり、日常的な社会現象の一つになる。そのためか、社会学の論文では、「はじめに」などと呼称されるパートが設定されることがしばしばみられる。そこでは、研究者が自身の生活のなかで触れた素朴な実情やきっかけを記述したり、メディアで見聞きした社会現象に関する疑問を研究の導入として提示したりする。拙著『“彼ら”がマンガを語るとき、――メディア経験とアイデンティティの社会学』(ハーベスト社)でも、自分自身の個人的なマンガとの関わりに触れ、現代社会のメディアとアイデンティティという研究での大きな枠組みを提示している。もちろん、すべての社会学の論文がこのような構成をとるわけではない。だが、社会学の論文では、研究者自身の個人的な経験や素朴な体験談が研究の起点として提示されることがしばしばあるのだ。ちなみに、「起」の部分については、さまざまな導入が考えられるが、本書では学生にとって書きやすい「研究動機」に限定して記述した。
ということで、「起承転結」という考え方を導入した理由を記述したが、すでに多くの場合で指摘されているように、「起承転結」という考え方には確かに問題もある。特に本論にあたる部分を「転」として説明することは、「意外などんでん返しが必要なのか」などと学生の勘違いを招く危険性があるかもしれない。とはいえ、この点については、学生に伝える際に、別に意外な出来事を書く必要はないということを丁寧に伝えれば対応が可能であると考える。
このエッセーでは、私が「起承転結」という考え方を採用した理由を説明した。学生にどのようにアカデミックスキルを身につけてもらうのかという問題に「唯一完全な正解」はおそらく存在しない。少なくとも私自身は、「研究とは何か」を理解するうえで、「起承転結」という考え方に助けられてきた。本書もまた、その経験を学生たちに伝えるために書いた一冊といえる。
『マンガ研究で卒論を書こう!――――社会とメディアから考える』試し読み