コロムビアからフランツ・コンヴィチュニー指揮、ウィーン交響楽団のブルックナーの『交響曲第4番「ロマンティック」』(COCQ-84623)が新装再発売された。これは帯に“オリジナル・マスターによる世界初CD化”とあるように、初めてオリジナル・マスターからリマスタリングされたもので、聴いてみると確かに過去に発売されたCDよりも格段に鮮度を増している。
今回、オリジナルまでさかのぼってCD化をおこなった段階で、実は驚くべき事実が発覚したのだ。それは、これまで流通していた同じくコンヴィチュニー指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による同じ曲のブルックナーの『交響曲第4番「ロマンティック」』、これは世の中に存在しない、つまり中身はウィーン交響楽団のものと同一であることが確定されたのである。
では、どうしてこんなことが起こったのか。ごくおおまかに説明すると以下のようになる。ウィーン響の録音が終了後、安全のためにマスターからセイフティ・コピー(サブ・マスター)が作成され、以後、このコピーでさまざまな作業がおこなわれていた。この原盤はオイロディスクによるものだったが、LP時代、このオイロディスクは旧東ドイツの国営レコード会社エテルナとライセンス契約を結んでいた。おそらく1960年代後半のことと思われるが、オイロディスクはエテルナからコンヴィチュニー指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管とのブルックナーの『交響曲第5番』『第7番』の原盤を借り受けた。そして、自社にある『第4番』とエテルナからの『第5番』と『第7番』をLP3枚組みセットで発売したのである。
このときに間違いが起きた。ウィーン響の『第4番』のテープが保管してあった箱にはオーケストラ名の表記がなかったため、オイロディスクの担当者が『第4番』もゲヴァントハウスだと勘違いし、“ゲヴァントハウス管による”ブルックナーの『交響曲第4番』『第5番』『第7番』の3枚組みが市場に流布してしまったのである。国内ではウィーン響と表記されたLPは1971年10月に、ゲヴァントハウス管(中身はウィーン響)と表記されたLPは73年12月にそれぞれ発売されており、つい最近までこの2種類のステレオ録音の存在が信じられていた。しかし、これは何も日本国内だけの問題ではなく、世界中のカタログやディスコグラフィでも同様の現象が起きていたのである。
けれどもこの取り違え問題、この先にもいろいろとありそうなのだ。たとえば、上記の『ロマンティック』と同時に発売されたドヴォルザークの『交響曲第9番「新世界より」』(COCQ-84624)の余白にあるベートーヴェンの『序曲「レオノーレ」第2番』。これと、ベートーヴェンの『交響曲全集』(徳間ジャパン/ドイツ・シャルプラッテン TKCC-15044、6枚組み)に入っている同じ曲を比べてみた。前者はバンベルク交響楽団、録音年不詳、後者はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、録音は1959年~61年と記されている。聴いてみると、これがものすごく似ている。演奏時間も酷似している(ブックレット表記は14分17秒と14分18秒だが、CDプレーヤーでの表示もほとんど同じ)。両者はともにステレオなので、録音された時期はほぼ同じと断定していい。同じ曲を同じ頃にオーケストラを変えて録音するということは、現実的にはほとんどありえないことだ。古いLPの表記もバンベルク響なので、おそらくバンベルクが正しいと思われる。この場合、エテルナがオイロディスクから原盤を借り受け、そこでうっかりバンベルク響をゲヴァントハウス管として保管してしまったのだろうか。
同じベートーヴェンでは1959年のモノーラル録音の『交響曲第6番「田園」』というCD(コロムビア COCO-75405)も出ていた。TKCCの『全集』はステレオだが、このステレオの『田園』とモノーラルのそれを比較してみると、これらは違う演奏のようにも思える。最も大きな違いは、前者コロムビア盤では第1楽章の提示部の反復がないが、後者TKCC盤では楽譜どおりに反復がなされていることだ。ただし、この2つは互いにピッチがかなり異なるため、ピッチを揃えて比較すると案外……。
そのほか、ワーグナーの『ジークフリート牧歌』というのもある。国内で出た実績があるものはウィーン交響楽団のものだが、古いレコード総目録にははっきりと「ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」と記されている。この曲のゲヴァントハウス盤というのは存在しないので(少なくとも正規の録音では)、これは目録の誤植ということも考えられる。ただ、あれこれとひっかかってくると、どれもこれも疑いの目で見たくなってしまう。そうなると、落ち着いて聴けなくなるので、この問題はとりあえずこのあたりで終了。
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