第41回 燃える男

 NHK交響楽団の創立85年ということで、記念のライヴが続々と出てくるが、物量が多くてなかなか聴くのが追いつかない。だがそのなかで、シリーズ中ではちょっと異色のものに遭遇した。それはルーマニアの鬼才コンスタンティン・シルヴェストリが指揮した1964年の公演である(キングインターナショナル KICC-2049~50)。
 まず、ドヴォルザークの『交響曲第9番「新世界より」』。第1楽章の冒頭からして普通ではない。水面下で謎の生物がうごめくようにテンポは遅く、響きは暗い。やがて、びっくりするほど長い長い間があって、最初のフォルテッシモが足を引きずるように登場する。そのあと加速・減速が繰り返され、ティンパニはまるで噛みつくようだ。主部に入ると金管楽器は怒号のように強調されたり、相変わらずテンポは一定ではなく、各パート間のバランスも独特である。第2楽章も最初のイングリッシュ・ホルンの歌い方から一風変わっているし、全編うねるような熱いロマンに支配されている。続く、第3楽章、第4楽章も全く普通ではない。かつてチェコの名指揮者カレル・アンチェルは「外国人の指揮者がドヴォルザークを振ると、概してロマンティックになりすぎる」と語っていたが、このシルヴェストリの演奏などはその最も極端な例だろう。一般的には受け入れがたいだろうが、「俺はどうしてもこのテンポで、このバランスでやりたいのだ」という指揮者の燃えたぎる情熱が感じられて、個人的には楽しく聴けた。なお、音はモノーラルだが、非常に明快で鑑賞には全く問題はない。
 おっと、これで終わりではない。ほかにも強烈な演奏がある。リムスキー=コルサコフの『スペイン奇想曲』。これも緩急の差が激しく、ときにオーケストラがずれている。ヴァイオリン・ソロもべらんめえ調に弾いているが、むろんこれは指揮者の指示だろう。チャイコフスキーの『交響曲第4番』も、最初の金管楽器の主題からしてすでに奇怪である。その先は想像どおり。たまげたのはドヴォルザークの『スラヴ舞曲第1番』だ。拍手が鳴りやまないうちに始まっているのでアンコールだろうが、それにしても冒頭の狂気のような爆発音! そして、そのあとのせっぱつまったような快速テンポ。曲想を完全に逸脱しているかもしれないが、とにかくこんな破天荒な演奏は聴いたことがない。
 もうひとつ驚いたのが、佐藤久成が弾いた『ニーベルングの指環』(イヤーズ&イヤーズクラシック YYC-0003)である。これはワーグナーのオペラをヴァイオリンとピアノ(ピアノは田中良茂)に編曲したものを取り上げているのだが、これが強烈すぎるほど強烈だった。赤々と燃え上がる情熱の炎、そして曲の内側をえぐり取るようなすさまじいポルタメントなど、ヴァイオリンとピアノがこれほどまでにワーグナーの深奥な響きや毒を感じさせるとは。とにかく、だまされたと思って聴いてほしい。収録曲は『さまよえるオランダ人』序曲、『マイスタージンガー』前奏曲、『神々の黄昏』から「葬送行進曲」(これも、すごい)、『パルジファル』前奏曲など。

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