第6回 ストイカ・ミラノヴァ(Stoika Milanova、1945-、ブルガリア)

平林直哉(音楽評論家。著書に『フルトヴェングラーを追って』〔青弓社〕など多数)

ブルガリアの名花

 1945年8月5日、ブルガリア中部のプロヴディフの生まれ。父からヴァイオリンを教わり(母親とする文献もあるが、おそらく間違いだと思われる)、60年(または1961年)、ブルガリアのコンクールで優勝。67年、エリザベート王妃国際コンクールで第2位(このとき、ギドン・クレーメルが第3位、ジャン・ジャック・カントロフが第6位)。64年から69年までモスクワでダヴィッド・オイストラフに師事、その成果を問うために70年のカール・フレッシュ国際コンクールに参加し、見事に優勝を果たす。
 ミラノヴァの顔写真はLP、CDなどに多数見ることができるが、それらはいずれも伏し目がちな、中空を見つめたような、あるいは一抹の憂いを含んでいるようなものばかり。カラッと笑ったものは一枚もない。彼女の演奏から受ける印象も、ある意味これらの写真と共通するものがある。解釈の基本は全くのオーソドックスだ。これみよがしな大げさな身振りや、お涙頂戴式の場面などはどこにも見られない。ほっと心を落ち着けるような親しみやすさ、懐かしさのようなものがあり、決して派手ではないけれど、聴くほどに味わいが増してくる。
 手元にあるミラノヴァの演奏は大半がLPだが、唯一のCDはブルッフの『第1番』とグラズノフ、それぞれのヴァイオリン協奏曲である(日本語帯付きはANF-312、オリジナルはFidelio 1865)。オリジナルのCDには録音データはないが、日本語の帯には1984年10月、ソフィアでの収録とある。
 2曲とも緩急の差はそれほどつけず、おだやかに、ゆったりと歌い込んである。特にブルッフの第3楽章の、決して先を急がず、のびのびと舞っているところは印象的だ。伴奏はヴァジル・ステファノフ指揮、ブルガリア国立放送交響楽団。
 以下は、すべてLPでの試聴。あえて彼女の最高傑作をあげるとすれば、プロコフィエフの『第1番』『第2番』のヴァイオリン協奏曲だろう(Balkanton 1982703、録音:1970年?1972年?)。全体的にはきちんと明瞭に仕上げられているが、切れ味やしなやかさ、テンポのよさ、必要にして十分な気迫など、すべてにおいてバランスが適切だと納得させられる。これはやはり、オイストラフからの伝授が効いたのだろうか。伴奏はブルッフなどと同じくステファノフ指揮、ブルガリア国立放送響。
 個人的に愛着があるのは、ベートーヴェンの『ヴァイオリン協奏曲』である(Balkanton BCA104533、録音:不明、1970年代?)。この曲の女流演奏は、なぜだか魅惑的なものが多い。ローラ・ボベスコやジョコンダ・デ・ヴィートのように、強烈な個性をもつものもあるが、このミラノヴァのそれは女流らしいなだらかさ、柔らかさをもちながらも、もっと控えめな気品にあふれている。たとえば、第3楽章の最初の部分、アレグロに入った際、ほんの少しブレーキをかけて歌い始めるところなどに、この人の特徴が表れていると思う。指揮者、オーケストラはプロコフィエフと同じ。
 メンデルスゾーンもある。もちろん、超有名な方の協奏曲だ(Balkanton 1982704、録音:不明、1970年代?)。これは多数ある名盤のなかでは、いささか地味な部類に入るだろう。けれども、この化粧っ気のなさがまた彼女の持ち味であり、聴いて決して損はない。なお、このLPは第3楽章が第2面にカットされている。こんなふうにカッティングされたLPは初めてだった(余白はメンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』序曲)。伴奏はプロコフィエフ、ベートーヴェンと同じ。
 室内楽では以下のものがある(同じくすべてLP)。1976年3月、ミラノヴァは来日した際に日本コロムビアにスタジオ録音をおこなっているが、これが結果的には彼女の最も音質がいいレコードとなった(日本コロムビア/デンオン OX-7070)。曲目はプロコフィエフの『ヴァイオリン・ソナタ第2番』、ドビュッシーの『ヴァイオリン・ソナタ』、ラヴェルの『ツィガーヌ』である。ピアノ伴奏はストイカの妹ドラ(Dora Milanova)。 
 ソナタ2曲はともに知情意の配分がとてもいい。驚くような解釈はないものの、しっかりと落ち着いた雰囲気がある。また、『ツィガーヌ』の最初の部分、たいていのヴァイオリニストは、それこそ松ヤニが飛び散るように激しく弾くのだが、ミラノヴァは決してそうしていない。力みを排し、可能なかぎり自然に楽器が鳴るようにしている。また、ぴたりと影のように寄り添っているドラのピアノも見事。これこそが、息の合ったアンサンブルなのだ。2016年8月現在、未CD化。
 フランクとドビュッシーのソナタを組み合わせたものもある(Duchesne DD-6095、録音:不明)。ドビュッシーはデンオン盤とダブっている。このLPは録音年が不明なので何とも言えないが、どうやらこちらのほうが先のような感じがする。もちろん、解釈は同じ(ピアノも同じくドラ・ミラノヴァ)。フランクは言うまでもなく大曲であり、名盤もひしめいている。そのなかにあって、彼女らのように慎ましく、穏やかに歌っている演奏は珍しいと思う。特に後半の第3楽章、第4楽章がそうだ。
 ブラームスの『ヴァイオリン・ソナタ全集』(「第1番」―「第3番」)という、ミラノヴァの唯一のまとまった録音がある(Harmonia mundi HMU-115-6、録音:不明)。これはBalkantonとの共同制作のようだ。これまた姉妹のデュオであり、ミラノヴァの芸風と作品内容がよく合っていて、見逃せない逸品だろう。不思議なのは、「第1番」と「第2番」は明らかにモノーラル(LPボックス。解説書とレーベルにはステレオの文字はない)。「第3番」はかろうじて広がりがあるステレオであり、3曲のなかでは音質に最ものびがある。第4面にはVladislav Grigorovというホルン奏者とのブラームスの「ホルン三重奏曲」が収録されている。音質は「第3番」のソナタと似ていて、演奏もすばらしい。普通なら、「F.A.Eソナタ」とか「ハンガリー舞曲」とかが第4面にきそうだが、「ホルン三重奏曲」が入っているところをみると、これはレコード用の録音ではなく、放送用のそれを転用したものではないか。
 妹ドラではなく、マルコム・フレージャーと録音したブラームスとシューマンの、それぞれ『ヴァイオリン・ソナタ第1番』がある(BASF KBB-21392、録音:不明、1972年頃?)。ブラームスの『第1番』は前出のハルモニア・ムンディ盤とダブっている。音はこちらのほうがいいが(ステレオ)、全体の出来は妹との共演のほうがいいような気がする。単に腕前を比較するならば、フレージャーはドラよりも上だろう。しかし、姉妹の共演は一心同体のような親密さがあり、その点でフレージャーはそこまでいっていない。
 このLPでは聴きものはシューマンだ。このふつふつと沸き上がるようなロマンは、ミラノヴァにぴったりだ。ピアノがドラだったら、さらに味わいが増したと思うが、でも十分に聴き応えがある。
 あと、参考としてヴィヴァルディの『四季』(Balkanton BCA-1250、録音:1970年12月、ブルガリア・コンサート・ホール)をあげておく。このLPは珍しく録音データが記されているが、音がよくない。風呂場のような、あるいはピンぼけの写真のような、実体が捉えづらい劣悪な音質なのだ。全体の解釈はごく普通。ミラノヴァのソロは安定し、巧く歌っていると思うが、参考記録の域を出ない。伴奏はワシリー・カサンディエフ指揮、ソフィア・ソロイスツ。

 

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第5回 ステファン・ルーハ(Stefan Ruha、1932-、ルーマニア)

平林直哉(音楽評論家。著書に『フルトヴェングラーを追って』〔青弓社〕など多数)

ルーマニアのパガニーニ
 
 ステファン・ルーハについては、詳しいことが全くわからない。1932年生まれだが、どうやらまだ存命であるようだ。具体的な情報としては58年の第1回チャイコフスキー・コンクール(言うまでもなく、クライヴァーン騒動だったとき)でヴァイオリン部門の第3位(上位8位の入賞者のうち6人が旧ソビエト連邦勢)、翌59年のロン=ティボー・コンクールで第2位、ジョルジュ・エネスコ・コンクールでは優勝(年不明)している。60年11月には来日しているらしい。
 ルーハのレコードはルーマニアのエレクト・レコードから出ていて、一部CD化もされているが、新品のCDはほとんど見かけず、中古のLPは1枚1,000円から3,000円程度で購入できる。ヴァイオリニストのLPというと、ときにとんでもない価格のものもあるが、ルーハにはそれがなく、集めやすい。ただし、録音年代は全くわからない。以下に紹介するものはすべてステレオ録音で、1960年代後半から70年代に収録されたと推測されている。
 最初に聴いたのはチャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』(ミルチェア・バサラブ指揮、ルーマニア放送交響楽団、Electrecord STM-ECE01088)。第1楽章、序奏のあと独奏が出てくるが、ここをわずかに聴いただけでも、ただ者ではないことが明らかだ。音はピンと張って輝かしく、ヴィブラートは大きめだが、テンポの揺らし方が非常にうまく、和音の弾き方も独特だ。また、カデンツァをこれだけ多彩に弾いた例も珍しい。
 第2楽章は非常に大らかに歌っていて、その独奏は遠くまでもよく響き渡るような、伸びのよさも感じさせる。第3楽章もその安定感と音の粒立ちのよさ、そしてリズムの切れは第一級である。
 次のブラームスは、ちょっと驚きの演奏だ(エミール・シモン指揮、クルジュ=ナポカ・フィルハーモニー、Electrecord ST-ECE01381)。まず、序奏がかなり遅いので、期待感が増してくる。そしてルーハの登場。ものすごい気迫だ。まるで敵陣に乗り込むサムライのよう。こんな厳しい開始を告げたヴァイオリニストは、過去にあっただろうか。むろん、全編にわたり、この雰囲気はずっと持続させられる。また、ちょうど曲の半ばで低い音域で重音を弾く個所があるが、ここはベートーヴェンの『第9交響曲』の第4楽章冒頭の低弦のように、何かをしゃべりかけているかのようだった。さらに、チャイコフスキー同様、カデンツァがとても濃厚である(弾いているのは最も一般的な、ヨアヒム)。
 第2楽章もルーハのソロは実に力強く、輝かしい。実際の彼の音量は録音ではわからないが、きっと大きなホールの隅々まで届いていたのだろう。
 第3楽章は、これまで聴いていたなかでも最も遅い部類だ。全体の構成はがっちりとしていて、気迫、輝かしさ、伸びやかさのバランスが見事にとれている。ルーハを知りたければ、まず、このブラームスを聴くことだ。
 ヴィヴァルディの『四季』(ミルチェア・クリステスク指揮、クルジュ=ナポカ・フィルハーモニー室内管弦楽団、Electrecord ST-ECE0564)も聴いた。全体の解釈は、やや遅めのテンポを基調として、伴奏もたっぷりと鳴らされている。要するに、古楽器奏法とは反対の、昔ながらの演奏である。
 ルーハのソロはここでも冴え渡っていて、堂々として、ヒバリのようにさえずっている。たとえば『秋』の第1楽章のような切れ味の鋭さは、彼が並みの奏者ではない証拠でもある。
 ヴュータンの『ヴァイオリン協奏曲第4番』『第5番』(エルヴィン・アチェル指揮、Electrecord ST-ECE03674)も手元にあるが、これは参考資料だ。というのは、このLP、見た目には全く問題なくきれいなのだが、実際にかけてみると、針と溝がピタッと合わないようなノイズが盛大な音で再生されるからだ。このようなLPにはときどき遭遇するのだが、近々、別のLPを手に入れてみたい。演奏はとてもすばらしいと思う。
 エレクトレコードの音質はお世辞にもいいとはいえないので、その点ではちょっと損をしているが、虚心なく聴く人にはルーハの実力は明らかになるだろう。

 

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第4回 ジャン・フルニエ(Jean Fournier、1911-2003、フランス)

平林直哉(音楽評論家。著書に『フルトヴェングラーを追って』〔青弓社〕など多数)

知る人ぞ知る、フランスの逸材

 フルニエと聞いたら、まず百パーセントのクラシック・ファンがチェリストのピエール・フルニエ(1906―86)を思い出すだろう。そのピエールの弟ジャン・フルニエが優れたヴァイオリニストだったことは、残念ながらほとんど一般的には認識されていない。
 ジャン・フルニエはフランス・パリ生まれ。パリ音楽院でブラン、ティボー、カメンスキーに師事し、卒業後はフランス国内はもとより、広く世界中でソリストとして注目された。妻はピアニストのジネット・ドワイアン。2人は1957年に結婚したとされる。58年、2人は来日して全国各地でリサイタルを開いている。
 私がいつジャンの演奏を初めて聴いたのかは覚えていないが、モーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番』『第5番』(ミラン・ホルヴァート指揮、ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウエストミンスター WL-5187、録音:1952年)で、こんなに優雅な演奏があったのかと、腰を抜かさんばかりに驚いたのははっきりと記憶している。
 この演奏に惚れぬいた結果、とうとう自分でLP復刻盤(GRAND SLAM GS-2099)を制作してしまった。2013年のことである。ところが、制作過程で思わぬことを知ってしまったのだ。フルニエらは来日した際、ドビュッシーの『レントよりおそく』と『亜麻色の髪の乙女』、フォーレの『子守歌』、ラヴェルの「一寸法師」(『マ・メール・ロワ』から)の4曲の小品を録音したという。それは日本ウエストミンスターで録音されたが、45回転盤(WF-9001)というフォーマットの宿命なのか、中古市場ではウルトラ・レアなレコードだという。
 そういわれるともう、矢も盾もたまらず、あちこちにメールを送り電話をかけ、知っていそうな人には声をかけまくった。すると、とある人の仲介によってこの貴重な45回転盤を借りることができたのである。さらに、これまた幸運がなせるわざか、この録音手記を古い雑誌で見つけた。手記を書いた人は故人だったが、遺族と連絡がとれて原稿の再使用の許諾も得ることができた。
 GS-2099 の本編の協奏曲はすばらしい演奏であり、ボーナス・トラックの日本録音は、それこそ幻の逸品である。しかも、解説書にはその録音現場をレポートした記事も掲載してある。CDの内容としては、これ以上は望みえない、完璧といえるものだった。
 ところが、あれだけ力を入れて発売したのに、恐ろしいほどに売れない。何人かの知人は「こんなにすばらしい演奏があったのか」と驚いてくれたのだが、売れ行きの悪さは全く変わっていない。
 協奏曲と同じくウエストミンスターには、ベートーヴェンの『ヴァイオリン・ソナタ全集』(WL-5275、録音:1954年頃)がある。このなかで私は「第2番」と「第9番「クロイツェル」」を聴くことができた。ピアノはドワイアン。「第2番」は予想どおりの軽やかな演奏だったが、「クロイツェル」はこれほど見事とは思わなかった。第1楽章の序奏は実にゆったりと、存分に歌い、風格も豊かだ。主部に入っても凜々しく品格にあふれ、表情もしなやかに変化する。第2楽章の流麗さも、たいへんに印象的だ。第3楽章も、余裕のある足取りがいい。ピアノ伴奏については、あとでまとめて触れる。
 ベートーヴェン以上に優れていると思われるのはフォーレの『ヴァイオリン・ソナタ第1番』『第2番』(ウエストミンスター WL-5156、録音:1952年)だろう。なぜか最初に『第2番』を聴き、そのむせかえるような濃い味わいに感心したのだが、『第1番』はいっそうすばらしいと思った。これも、ピアノはドワイアン。
 ドビュッシーの『ヴァイオリン・ソナタ』(ウエストミンスター WL-5207、録音:1953年)。これもきれいな演奏だが、フォーレの翌年の収録なのに、ちょっと音が冴えない。このLPは『チェロ・ソナタ』と『フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ』、この3曲を詰め込んだせいで音がいささか窮屈になったのだろうか。
 ブラームスの『ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲』(ヘルマン・シェルヘン指揮、ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウエストミンスター WL-5117、録音:1951年)も聴くことができた。チェロはアントニオ・ヤニグロ。この曲にはほかに内容的・音質的に優れた名盤があるが、チェロのヤニグロともども、抒情的な美しさが楽しめる個所も多く、聴いて損はないと思う。
 いかにもジャンらしいということで選ぶなら、ヘンデルの『ヴァイオリン・ソナタ』(「第1番」から「第4番」、フランスVega 30MT10.180、録音:不詳)は、最右翼ともいえる。非常におおらかで気品にあふれ、心からゆったりとくつろげるような、本当に趣味のいい音がする。ピアノはドワイアン。
 フロラン・シュミットの『ヴァイオリン・ソナタ』(フランスVega C35A251、録音:1959年)は、曲そのものは地味だが、フルニエの妙技を満喫できる点では、ほかの録音と同等である。この演奏もピアノはドワイアンだ。フルニエとドワイアンは夫婦だからか、きっと心ゆくまで合わせることができたのだろう、見事なアンサンブルといえる。これぞ、真のデュオである。興奮して本能がおもむくまま、食べ物を食い散らかすようなヴァイオリンとピアノは、音楽的な意味合いは低いのだ。
『クライスラーの作品集』(フランスVega C30A38、録音:不詳)、これまた身震いするくらい魅惑的である。ここには『美しきロスマリン』『愛の喜び』『中国の太鼓』など、入っていそうな有名曲は含まれない。こうした選曲の理由はわかりようがないが、おそらくはフルニエが納得できる作品を厳選したと思われる。面白いのは、紹介したなかで唯一ピアニストがドワイアンではない。Andre Collard とある。もちろん、どうしてこの人が起用されたのかも不明。「モーツァルトのロンド」、その前半部分の軽やかさ、そして後半部分の甘い、甘い音! 「序奏のアレグロ」のとても柔軟な音も、ため息が出てきそうだ。さらに「ウィーン奇想曲」のむせかえるようなウィーン情緒。これは、かのクライスラー以上ではあるまいか。「メロディー」「シチリアーナとリゴードン」「コレルリの主題による変奏曲」ほか、14曲を収録。CD化が熱望されるだろう。
 聴いた範囲では、フルニエの録音はすべてモノーラルのようだ。その理由だけで認知度が低いわけではないのだろうが、いずれにせよ、きちっと再評価することが急務のヴァイオリニストだと断言したい。

 

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第3回 アルド・フェラレージ(Aldo Ferraresi、1902-78、イタリア)

平林直哉(音楽評論家。著書に『フルトヴェングラーを追って』〔青弓社〕など多数)

イタリアの怪物

 アルド・フェラレージはイタリア北部のフェッラーラで生まれる。父は軍人だったが、マンドリンをこよなく愛していた。ヴァイオリンを始めたきっかけは明らかにされていないが、母が息子の才能に気づき、5歳のときに地元のフレスコバルディ音楽学校に入学させた。12歳でパルマ音楽院、15歳でローマのサンタ・チェチーリア音楽院で学び、無声映画やカフェで演奏した。ヴァシャ・プシホダとヤン・クーベリックの勧めにより、ベルギーの大家ウジェーヌ・イザイの元で学ぶようになるが、イザイはのちにフェラレージを「最上の生徒」と認めたという。その後、ソリストとしての活躍は華々しく、ヨーロッパはもとより、アメリカにも渡り、注目を浴びた。共演した指揮者はヘルマン・シェルヘン、ハンス・クナッパーツブッシュ、シャルル・ミュンシュ、ジョン・バルビローリ、アルトゥール・ロジンスキ、セルジュ・チェリビダッケなど。戦後は主にイタリアで活躍し、1963年にはアラム・ハチャトゥリアンと共演、65年にはヴァティカンでローマ教皇パウロ6世の前でソロを披露している。アメリカのカーティス音楽院はエフレム・ジンバリストが他界したあと、フェラレージを後任として招こうとしたが、フェラレージは家族と離ればなれになりたくないという理由で、この申し出を断っている。78年6月、サン・レモで死去。
 フェラレージが世界的に知られていないのは、主に戦後、彼の活躍の場がイタリア国内にとどまっていたことによるものだと思われる。SP時代から録音はおこなっているが、戦後でもHMVのLPが1枚程度しか存在せず、公式録音としては協奏曲はひとつもなかった。
 現在、フェラレージのディスクで最も手に入りやすいのはパガニーニの『ヴァイオリン協奏曲第1番』などを収めたものだろう(ISTITUO DISCOGRAFICO ITALIANO IDIS6366)。これは1965年のスタジオ録音と記されているが、音声はモノーラルのようだ。もちろん、この演奏を聴いても、力強いタッチと濃厚なカンタービレは十分に聴き取ることができる。だが、このCDだけでは、彼の力量の全体像は見えにくい。
 その乾きを癒やしてくれたのが、2006年に発売された9枚組み、Aldo Ferraresi Le grandi registrazioni RAI-The great Italian Radio recordings (Giancluca La Villa、番号なし)である。これは現在ではどこを探しても見つからない、中古市場でもトップ・ランクの稀少品だ。だからといって、決してこれ見よがしにしたいわけではなく、とにかく内容的には抜群にすばらしいため、再プレスや再発売の期待を込めながら触れてみたいのである。
 収録年代は1959年から73年までで、場所はすべてイタリア国内。ほとんどすべてモノーラル(なかにはステレオ?と思われるものもある)で、音揺れがあったりノイズが多いものも非常に少なく、全体的には非常に明瞭な音質である。
 まず、チャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』(1965年、グラント・デロング指揮)。ソロが出てきて感じるのは、そのテンポの揺れ方や和音の弾き方など、これまで聴いてきたどのヴァイオリン奏者とも違うことだ。それに、常にたたみかけるような勢いも、ヤッシャ・ハイフェッツに匹敵するほどだ。第2楽章の濃密な歌もたいへんに印象的だが、第3楽章の自在さと素早さも破格。
 エルガーの『ヴァイオリン協奏曲』(1966年、ピエトロ・アルジェント指揮)も、こんなに多弁で、鮮やかな色彩な演奏は初めてだった。同じディスクに収録されたモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第5番』(1960年、カルロ・ゼッキ指揮)はなかでも古典的な演奏だが、たとえば第2楽章の、果汁たっぷりの音色は忘れられない。
 ショスタコーヴィチの『ヴァイオリン協奏曲第1番』(1959年、マリオ・ロッシ指揮)、この作品は1955年の初演だから、これはイタリア初演かもしれない。これもすごい。なにせ、いちばん最初にソロが出てくるときの音がすごすぎる。この、人の心をわしづかみにするような、妖気をはらんだような雰囲気は、ちょっと類例がない。個人的にはあまり好きな作品ではないが、フェラレージの演奏は一気に聴き通させるだけの、強烈なエネルギーがあった。
 ウォルトンの『ヴァイオリン協奏曲』(1961年、フォルシュタート指揮)、これは地味な作風と思われているのだが、フェラレージの演奏は異様なまでに艶めかしく、こんな解釈もあるのだと納得した。ハチャトゥリアンの『ヴァイオリン協奏曲』(1963年)、これは作曲者ハチャトゥリアンの指揮である。これまた、ものすごく生きのいい演奏だ。飛び跳ねるようなリズム、独特の濃い歌い方、自在極まりない表情。ハチャトゥリアン自身がフェラレージをどう思ったかは知りえないが、きっとダヴィッド・オイストラフやレオニード・コーガンらの演奏よりも高く評価したのではないだろうか。
 室内楽ではフォーレの『ヴァイオリン・ソナタ第1番』(1965年、エルネスト・ガルディエリのピアノ)がある。第1楽章はまず、手探りのような遅めのテンポで始まり、ピアニストの個性的な弾き方も面白いと思った。そこに、何とも悩ましく、涙に濡れたようなヴァイオリンが加わる。楚々と弾くピアニスト、そして万感の思いを込めて弾くヴァイオリニスト、これほど奥ゆかしく、かつ微妙に揺れる心のような演奏は初めてだった。
 ベートーヴェンの『ヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」』(1970年、ピアニストはフォーレと同じ)は、なかではすっきりしたほうの演奏だった。これが年代によるものなのか、たまたまそうだったのかは不明だが、でも、もともと音に力がある人だから、ことに第2楽章などは感動的だった。
 9枚目のCDの最後にはSP復刻が4曲入っている。このなかで注目されるのはバッヅィーニの『妖精の踊り』だろう。この輝かしさ、そして史上最速と思われるこのスピード感、これだけでもフェラレージは名奏者のひとりとして記憶されてもおかしくない。この弓さばきのすさまじさは、イザイの薫陶によるものだと思う。
 この9枚組みにはグアリーノ、アレグラ、ジャキーノ、マンニーノなど、イタリアの作曲家の作品も多く含まれている。さらにはトゥリーナ、ヘラーなどの珍しい作品も収録されていることから、フェラレージはたいへんに広いレパートリーをもっていたこともわかる。もちろん、そうしたレパートリーも珍重されるべきものだが、たとえば四大協奏曲ではチャイコフスキーしか残されておらず、そのほかのメンデルスゾーン、ベートーヴェン、ブラームスなども、もしも残っていたら、ぜひとも聴いてみたい。シベリウス、プロコフィエフ、バルトークなども演奏していたのだろうか。バッハの『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ』とか、ブラームスの『ヴァイオリン・ソナタ』なども、きっと魅惑的だったにちがいない。

 

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第2回 ジョン・ダン(John Dunn、1866-1940、イギリス)

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いまだ全貌が明らかでない

 イギリスのハル(Hull)生まれ。ハル劇場管弦楽団のコンサートマスターである兄弟(たぶん兄だろう)からヴァイオリンを習う。ライプツィヒ音楽院でヘンリー・シェラディックに師事、1875年に地元ハルでデビュー。82年にはプロムナード・コンサートに出演、1902年にはロンドンでチャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』を弾いた。また、エルガーの『ヴァイオリン協奏曲』を最初に弾いたイギリスのヴァイオリニストとされる。
 このヴァイオリニストは、わずか1曲だが、私に強烈な印象を残してくれた。それは、SP盤のコレクター、研究家で有名だった故クリストファ・N・野澤先生宅でのことだった。野澤先生がかけてくださったのはバッツィーニの『妖精の踊り』である。音質から察すると、明らかにラッパ吹き込みである。だが、とにかくその演奏の奇怪なこと! 恐ろしくゆったりと始まるのにまず驚いたが、中間部ではテンポががくんと落ち、聴いたこともないような不思議な世界が展開されたのだ。ジョン・ダンの名前をそのままもじって、「冗談だろ!」と言いたいくらいだ。そもそも、この『妖精の踊り』とは速く弾いてなんぼのような曲である。それを、その反対をいき、さらに自在にテンポを変化させているのだ。聴かせてもらった盤はEdison Bell 536だと思うが、以後、自分も手に入れたいと思って探したが、いまだに見つからない。
 現在、CDで聴けるダンの演奏は、Symposium 1071に入っているサラサーテの『サパテアード』(録音:1909年)だけだろう。これはスペイン情緒たっぷりの演奏で、これだけでも彼が個性的なヴァイオリニストだというのは理解できるが、バッツィーニほど衝撃的ではない。ダンはほかにバッハの『G線上のアリア』やショパンの『夜想曲』なども録音しているが、ある程度まとまって聴ける日がくるだろうか?

 

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第1回 アーサー・カテラル(Arthur Catterall、1884-1943、イギリス)

平林直哉(音楽評論家。著書に『フルトヴェングラーを追って』〔青弓社〕など多数)

イギリスの傑物

 ランカシャー州プレストン生まれ。6歳でソリスト・デビューし、9歳でメンデルスゾーンの協奏曲を弾く。ロイヤル・マンチェスター・オブ・ミュージックではヴィリー・ヘス、アドルフ・ブロツキー(チャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』を初演した)にそれぞれ師事。1902年にはワーグナーと交遊があったハンス・リヒターの招きでバイロイト祝祭管弦楽団に参加、コジマ・ワーグナー邸でも演奏している。13年からハレ管弦楽団のコンサートマスターに就任(1925年、首席指揮者ハミルトン・ハーティとの見解の相違で辞任)、BBC交響楽団の同じくコンサートマスターにも招かれ、ヘンリー・ウッドが主宰するプロムナード・コンサートにも参加している。室内楽方面ではカテラル弦楽四重奏団も結成、チェロのウィリアム・H・スクワイアやピアノのウィリアム・マードックらと三重奏もしばしばおこなっていた。
 私がアーサー・カテラルを初めて知ったのは、ブラームスの『ヴァイオリン・ソナタ第3番』(イギリス・コロンビアのSP。録音:1923年、L1535/76)だった。第1楽章冒頭の、ささっと流れるような心地よさと、ポルタメントを多用した上品な甘美さにより、たちまち虜になってしまった。しかし、カテラルの復刻はまったくないし、SPでは特にソナタなどの作品が入手難だった。そこに届いた朗報は、2014年に飛鳥新社から発売された『名ヴァイオリニストと弦楽四重奏団』(新忠篤/大原哲夫編集「モーツァルト・伝説の録音」第1巻、CD12枚+書籍1巻)のなかに、カテラルが弾いたモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」』(録音:1924年)が含まれていたことだ。指揮はハミルトン・ハーティ(オーケストラは覆面団体)で、カテラルとハーティが決裂直前の録音である。第1楽章はテンポの変化がすごく多いし、表情のつけ方、音の切り方・伸ばし方も全く彼独特である。ポルタメントも非常に多いが、たとえばブロニスラフ・フーベルマンのようなえぐるようなものとは全く違うし、ジャック・ティボーのような、良く言えば媚びを売ったものとも違うし、カテラルのそれはもっと自然で貴族的な香りさえある。
 第2楽章の甘美な雰囲気も、格別である。こんな演奏はほかにあっただろうか。第3楽章はちょっと不思議。伴奏はゆったりと遅いのだが、カテラルの独奏になると、一気にスピードを上げてくる。その爽快感たるや、見事というほかない。
 ベートーヴェンの『ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」』(ピアノはマードック。録音:1923年、L1231/32)も逸品である。カテラルの弾き方は、ウィンタースポーツのカーリングの石のように、ポンと押すとすうっと流れるような滑らかさがある。そこに、ほのかな甘さがそこはかとなく漂う。モーツァルトの『ヴァイオリン・ソナタK.526』(録音:1923年)も流麗で優美な演奏で、ピアノ伴奏はハーティが担当している。フランクの『ヴァイオリン・ソナタ』(ピアノはマードック。録音:1924年、L1535/37)はラッパ吹き込み(アクースティック録音)ゆえに重要な役割を果たすピアノが平たく響き、全体の立体感が不足するものの、異例のしなやかさをもつ希有の演奏として記憶されるべきものだ。
 室内楽の録音にも個性的なものが多い。たとえば、カテラル弦楽四重奏団によるブラームスの『弦楽四重奏曲第1番』(録音:1923年、HMV D791/4)は、濡れた抒情を描き尽くした傑作である。また、スクワイアのチェロとマードックのピアノによるチャイコフスキー『ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」』(録音:1926年、L1942/47)は、カテラルの数少ない電気録音という点でも注目に値する。チェロのスクワイアも古いスタイルで切々と歌っていて、カテラルの憂愁なヴァイオリンと相まって、かつて耳にしたことのない情緒纏綿たる美演奏が展開されている。
 カテラルは小品もそれなりに録音していて、これらもまとまって聴ける復刻盤が待ち望まれる。また、カテラルは戦前に亡くなったためか、カテラルの奏法を受け継ぐ後継者が完全に途絶えてしまったことも、非常に残念に思う。
 以上、モーツァルトの『トルコ風』以外のすべての曲目はウェブサイト「Historic Recordings」(http://www.historic-recordings.co.uk/EZ/hr/hr/index.php)からCDR、もしくはダウンロードで聴くことができる。CDRはオリジナルのSP盤の番号がなかったり(ただし、録音データは正確)、曲間があまりにも短いなどの不備があるが、音質や編集は水準以上である。
 蛇足だが、たまたまカテラルとハーティとの確執について目についたので記しておこう。それはマイケル・ケネディのThe Halle, 1858-1983:A History of the Orchestra(Manchester University Press, 1983)にあった。それによると、カテラルはある日、ハーティのベートーヴェンの解釈について口を挟んだところ、ハーティはカテラル弦楽四重奏団の演奏会をじゃまする企画を立てたり、カテラルの独奏の際に非協力的な伴奏をしたりしたという。そのため、両者は始終言い争いをし、結果、ケンカ別れしたらしい。
 カテラルの録音の大半はラッパ吹き込みだが、活躍していた期間を考えると、電気録音がもっと残っていてもおかしくない。これは、もしかするとハーティとの決別が影響しているのかもしれない。ラッパ吹き込みは演奏家の力量をはかるのには非常に不利だが、カテラルはそれをはるかに超えるだけの技量の持ち主だったと確信する。

 

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