第3章 コンピューターをめぐる同一化と恋着

小倉利丸(富山大学名誉教授。専攻は現代資本主義論)

目次
序章 資本主義批判のアップデートのために
第1章 拡張される搾取――土台と上部構造の融合
第2章 監視と制御――行動と意識をめぐる計算合理性とそこからの逸脱
第3章 コンピューターをめぐる同一化と恋着

[第3章構成]
3-1 コンピューターと無意識の位置
   ・行動主義の陥穽
   ・コンピューターの人間行動理解
   ・集団認識
3-2 集団心理
   ・「集団心理学と自我分析」
   ・同一化と恋着
   ・教会と軍隊
   ・支配的構造と集団心理
3-3 集団心理と無意識――監視社会の基層へ
   ・「集合的無意識」
   ・ネクロフィリアとしての資本主義
   ・ライヒのマルクス主義とフロイト主義の結合
3-4 資本主義的非合理性
   ・近代における非合理性の位置
   ・資本の無意識の欲動
   ・プライバシーと家父長制―集団心理を支えるもの
   ・コンピューター・テクノロジー/コミュニケーションと集合意識形成

3-1 コンピューターと無意識の位置

行動主義の陥穽

 現代のコンピューター・テクノロジー/コミュニケーション(CTC)に基く監視社会化を支えている考え方は、監視対象としての人間の外形的な行動や言語化された意識を分析し、将来の行動を予測することができるという仮定に基づいている。この仮定によって、支配的構造が意図するように人間の行動を制御することが期待されている。遺伝子科学の進展のなかで、クレペリン流の人間の性格を生得的な遺伝要因によって判断する傾向に再び注目が集まったりもしている。こうした作業で収集されるビッグデータが膨大に積み上げられ、より精緻になればなるほど人間の言動の原因や将来の行動を予測できるということになるとすると、人間の生物学的な性質を理由に、自由あるいは自由意志という概念そのものに疑問が投げかけられ、結果として自由を否定して社会の支配がもたらす人々への抑圧に科学を加担させる方向へと向かう可能性がある。
 行動主義やプラグマティズムは、制御の技術を正当化する思想として現在の支配的な人間観を構成している。こうした思想は経営実務や経済学のような分野で実践的な人間行動の制御テクニックとして普及してきた(注1)。品質管理のために開発されたPDCAサイクル(plan-do-check-act cycle)が資本内部での労働者の行動制御技術として利用される場合に最も典型的に現われるのだが、当初の目標を達成する上で最適の行動を組織化するために、人間個々人の内的な動機や意識に拘泥せず、人的資源をいかにして動員するかという点に大きな関心が寄せられた。こうした技法はいまでは政府にも採用されるようになってきた(注2)。
 本章では、こうした考え方がとりこぼした人間のもうひとつの要素、行動を支える非合理性に関わる心的な構造をとりあげることになる。非合理性の広大な領域がコンピューターに代表される現代の情報処理に基づく監視社会のイデオロギーと相反するとはいえない、という点を、フロイトに遡って検討することになる。CTCが支配的な時代の極右ポピュリズム現象をみれば容易にわかるように、権威主義やファシズムの現代的な傾向は、コンピューター科学やコミュニケーションツールを駆使する一方で、非合理な世界をも包含しうる構造のなかで起きている。フェイクニュースやQアノンの陰謀論が新奇な現象として注目されているが、虚偽や流言蜚語の言説拡散は、古くからある問題であって、新しいものではない。国策プロパガンダによる虚偽の流布、権力による流言蜚語はむしろ権力の歴史のどこをみてもありふれた出来事でしかない。陰謀論については、20世紀でいえばシオンの議定書のような有名な事例がすぐに思い浮かぶ。また、ナチスが論じられるときに、そのオカルト的な世界観が、アカデミズムからサブカルチャーまで、現代に至るまで興味を引いている。イタリアのファシズムの系譜のなかでも、その最右翼にあり、ムッソリーニをローマカトリックと妥協した日和見として糾弾したユリウス・エヴォラの思想は現代の極右思想の一角を占めている。戦前日本で、その近代国家と近代工業技術の合理性が「現人神」と共存して憲法と統治イデオロギーの中枢に据えられた事例も、フェイクと陰謀それ自体が近代国家の歴史的本質をなしていることを端的に示した例だといえる。新しい事態は、こうした旧来からある出来事が、個人による情報発信やコミュニケーション環境を介して社会全体を覆うような構造が登場したところにある。メディアの構造が変容し、個人の世界観が拡散力を増したことによって、西欧近代が公的な世界から締め出しながらも、個人の内面にしっかりと生息しつづけてきた欲望の露出回路が社会のインフラとなったという点が、これまでにない事態なのだ。

コンピューターの人間行動理解

 コンピューターが前提とする人間の行動は、とても単純なものだ。それは、外形的に把握可能な現象(態度、振る舞い、表情、言葉などに始まり諸々のセンサーや脳画像に至るまで)を、その限りで詳細に解析し、ここから人間の行動をカテゴリー化し、将来を予測し、行動変容のために必要な対策をとる、ということであり、コンピューターの情報処理能力が高度化すればするほど、この外部に表出した言動の解析が精緻化され、カテゴリーも細分化され、ここから人々の意識や感情が演繹される。かつては、抽象的な量として一括りにする以外に把握のしようがなかった集団の心理も、より小さな集団やさらには個人にまで分解されて、その特性を解析することが技術的に可能なところにまでコンピューターの処理能力が発達してきた。その結果として、人々は確実に、相互に識別可能な「個人」として扱うことができるようになった。生体情報を含めて、膨大な個人データの集積を前提として、そのつど必要に応じて、個人はテンポラリーに構築される存在になっている。コンピューターによるデータ処理の側からデータの集合としての個人を眺めたとき、もはや個人には、主体としての一貫性もアイデンティティと呼べるような統合された一体性もその根拠を失ってしまったかにみえる。もしそうであるなら、それでもなお、資本主義社会が延命しつづけている現在、この現代の資本の人格的表現とはいったい何なのだろうか。情報資本の人格的表現としての「資本家」というアイデンティティはどのような矛盾を抱えるというのか。反対に、この資本に抵抗する者たちはどうなのか。データ集合としての個人と、路上でデモをしたり、抵抗の意思表示を繰り返す人々とを繋いでいるのは、警察の監視カメラのネットワークと、その先に接続されている膨大な顔認識/認証データベースだとしても、だからといって、路上の民衆がデータの集積に還元できるとでもいうのだろうか。権力者たちはそうすることで弾圧の力を発揮するが、こうした権力に対抗して私たちは何をなすべきなのか。この新しい支配的構造の秩序を支えるデータの集積に基づく支配の弱点と矛盾はどこになるのか。彼らは私たちの何に焦点を絞って攻撃を仕掛けようとしているのか。

集団認識

 社会理論は、長らく匿名で均質な大衆なる社会集団を実体化して論じてきた。しかし、この匿名の大衆なる存在は、集団としての社会現象を分析しようとしたときに、こうした集団について、諸個人一人一人を識別して解析できるような技術がないばあい、匿名の個性のない人口の集合として具体的な人々の行動を観察する以外になかったという技術的な限界に起因するものと理解すべきだろう。ところが、そうとは理解せずに、それこそが集団の本質、あるいは実体だとされてきた(注3)。ここには、集団とみなされる人々への偏見や異なる価値観への拒否の感情が観察者のなかにもあるということが、ときには見落とされてもきた。このことは、本章で後にみるように、集団心理を扱ったル・ボン、フロイト、ユングらに、その立場は違っても共通している。他方で、集団を通じた社会変革を目指す社会主義運動の場合であっても、階級の概念に還元される集団を構成する一人一人の個人への関心は重視されなかった。意識の問題は階級意識として集約され、結果として、個人はその人格や存在をまるごと階級に帰属するものとして扱われる階級還元主義をもたらし、家族関係やジェンダーやエスニシティといった個人を構成する様々な要因が軽視されることになった。階級は従来のように属人概念としてではなく、構造として理解すべきことを明確にすることが必要なのだ。こうした理論の限界が人々の社会意識や社会認識として正当化されることを通じて、人々の意識もまた「大衆」といった観念を実体化して受け止めるようになる。階級意識や国民意識、民族意識あるいはジェンダー意識などもまた、同様に人口統計や量化された集団への理解のなかで、主に支配的イデオロギーによって肯定的にも否定的にも実体化される。
 しかし、こうした外部に現れない人間の内面の意識の領域に無意識が「発見」され、20世紀の社会理論は避けて通れない重要な課題を抱えこむことになる(注4)。個人の心的装置における無意識の存在は、さらに、集団としての人間の心理との関わりにおいても問われることになる。
 無意識はフロイトによって人間の心理における不可欠な領域として精神分析の主要な対象とされ、学説としての地位を確立した(注5)。 無意識の発見は、マルクスの剰余価値の発見とともに、実証主義を斥けながらも形而上学や哲学としてではなく、あくまで、人間や社会を批判的に分析する理論として、その本質を論じる方法を提起した。フロイトもマルクスも、その方法の核心において、人間であれ社会であれ、これらを構成する諸要因が形式論理的首尾一貫性をもつものではなく、相互に矛盾と対立を孕んだ存在であり、なおかつ、その基本的な性質そのものが当の主体の自己理解を超えたところで、成り立つために、経験や計測可能な数値データに還元できない構造をもっているということを重視した。社会や人間の理論は、この矛盾の理論的な記述になる(注6)。しかし両者の決定的な違いもあり、主な対象が家族と個人なのか、労働者と資本家なのかという違いの他に、とくに歴史認識に顕著に両者の違いが顕著にあらわれる。
 ウィルヘルム・ライヒがSex-Polで精力的にマルクス主義に関与した時代からドゥルーズ=ガタリが『アンチ・オイディプス』を書いた時代、つまり、大戦間期からケインズ主義終焉の時代までは、階級闘争を背景にしながらも大衆意識に消費生活(家族)が抑圧の重要な装置として機能していることが露わになった時代という意味では共通している。コミュニケーションの環境が資本の主要な投資領域となり、データが商品化するような大きな資本蓄積の構造転換はまだ到来していなかった。コンピューターが人工知能としての役割を担う時代になって近代の二分法に基づく現状維持の弁証法の世界――ヘーゲルの家族と市民社会の世界――そのものが内破しはじめた。プライバシーの権利を物理的に保護する制度が、支配的構造によって解体され監視社会の物質的土台がプライバシーの領域に形成され、「家族」も「市民社会」も、コミュニケーション・テクノロジーの浸透を通じて、もはやその本来の機能を大幅に逸脱しはじめ、結果として「個人」の概念それ自体が変容しはじめる。上述したデータの集積としての個人の誕生である。近代の世界理解そのものを支えてきた物質的土台がここでもまた上部構造を侵食しはじめているのだが、それは、物質的な私生活を介してではなく、コミュニケーションの回路を資本が押さえることを通じて、しかも双方向のコミュニケーション環境の占領を通じて、ということになる。データ化された個人には、もはやプライバシーは存在しない。隠されたデータは希少性をまとい市場で売買されるインセンティブを高めるために、次々に市場の餌食になる。こうした事態のなかで、唯一残された領域がある。それが無意識だ。しかし、この無意識には厄介な歴史がまとわりついてもいる。
 無意識の領域を含む人間の感情や意識が反資本主義の闘争課題とみなされることはほとんどなかった。たぶん、マルクス主義やコミュニズムへの回路を自覚してこの無意識が運動として問題化されたのは、ライヒのSex-polの運動がほぼ唯一だったのではないか。1929年にライヒがウィーンで設立した性的アドバイスと性的調査のための社会主義協会(Sex-pol)は貧困地区に6つのクリニックを開設している。その後、ライヒはドイツ共産党に入党して性改革運動にとりくみ、一時は4万人のメンバーを抱える組織にまで成長した(注7)。 ライヒは党内から繰り返し批判され離党し、運動は頓挫する。そして精神分析そのものは、スタリーン主義が支配的になるにつれて、主流の社会主義運動のなかで評価されなくなる。フランクフルト学派やサルトルらが精神分析への関心をもち、またフロムやラカン(この二人は真逆だが)の存在が西欧左翼の知識人や運動のなかにフロイトの記憶を維持する役割をになった。同時に、Sex-pol時代のライヒの活動は日本でも1960年代から70年代に翻訳され、雑誌「情況」が特集を組むといった時代があったが(注8)、こうした、無意識を含む情動の革命という課題は、その運動論組織論の構築という課題とともにいまに至るまで手つかずのままに放置されてきた。ライヒ自身がコミュニズムを放棄したこともその原因だが、それだけではないだろう。マルクーゼもまたある意味ではセクシュアリティとフロイトの理論の熱心な支持者だったし、現代でいえば、ガタリもしかり、ラカン派の左翼もしかり。しかし、一部の例外(注9)を別にして、こうした知的なサークルは、活動家たちの「趣味」にはなっても、運動にはならなかった。遠因はスターリニズムと近代ブルジョワ社会の科学主義への不徹底な批判しかもちえなかった主流のマルクス主義にある。一方で資本主義は、コミュニケーションを労働に組み込み、人間が労働対象とされるなかで、無意識への包囲網が構築されるようになり、ますます人々の情動が市場と国家によって包摂可能な事態へと追い込まれるようになってしまった。
 しかし、高度にコンピューター化された社会であっても、コンピューター制御の及ばない人間の無意識の作用が、CTCの思惑を挫折させるに違いないと私は考えるが、こうした考え方はもはや時代遅れとみなされることによって――マルスク主義同様に――黙殺されようとしているようにも思う。無意識はコンピューターによって適切に扱うことができない厄介な領域だ。支配的構造は、無意識という領域を科学や学問の世界から放逐して人間をコンピューターが解析可能な情報データへと還元し、コンピューターが人工的な「知能」として人間の「知能」に代替可能な存在へとのしあがることを可能にしようとしている(注10)。
 19世紀の機械は、マルクスの表現を借りれば人間の肉体労働が対象化された「死んだ労働」だったが、21世紀のコンピューターという機械は人間の精神労働を対象化したものとして、「死んだ労働」の新たな領域を生み出した。19世紀の労働者は死んだ機械に縛られることになったとはいえ、資本の機械体系の外部に自らの拠点を築いた。資本主義は機械によって労働者を文字どおりの意味で淘汰し絶滅させることができたわけではなかった。21世紀になって、精神労働がAIに置き換えられるという場合も同様であって、いかなる意味においても労働者を絶滅させることはできない。機械によって〈労働力〉を排除すると同時に、人口の規模と失業率と賃金水準といった量的指標とともに、人口の統治に必要な社会領域を市場として開拓することによって、この排除された〈労働力〉と量的に見合う新たな労働市場を形成せざるをえない。資本が肉体労働と精神労働の双方を機械に置き換えたとしても、その結果として人間社会が総体として機械に置き換えられるわけではなく、私たちは働かされて存在しつづけ、絶滅危惧種になることさえできない。肉体労働に代替する機械が映画や小説で擬人化して描かれたように、AIの擬人化も時代の流れのなかで当然のようにして進展してきた。そして、自動車にその典型を見出せるのだが、機械へのフェティッシュな欲望がAIにも成り立つことによって、情動の世界があたかも機械によって支配されうるかのように感じられる時代にさしかかっている。すでに私たちはAIフェティシズムの先駆として鉄腕アトムから『スターウォーズ』のR2-D2を人間並に遇してきた。そして現在、AIロボットは現実のなかにあって、介護ロボットのように、人間の感情を引き寄せうるものとして機能することが期待されるようになっている。フロイトが言う意味での「まやかし」「錯覚」の共通理解は、世俗化された近代にあっては、資本や国家が、そしてこれらを表象する機械やシンボルが、フェティズムの対象になったわけだが、本章が課題にする無意識の課題とは、この「まやかし」「錯覚」の問題であり、非合理的な事柄が合理的理性によっては駆逐しえないできた問題に取り組む場合の、コミュニケーションが労働となり商品となる時代にあって、その「外部世界」への出口を模索するための契機にまつわる議論である(注11)。 このまやかしはコンピューターやデジタルがもたらすまやかしではなく、アナログの世界においても発揮されてきたフェティシズムがデジタルの世界にも当然のこととして波及したというだけのことだ。ただし、デジタルの世界のフェティシズムは、後述するように、もっぱら人間の「脳」に関わる領域であることによって、フェティシズムはモノに寄生するのではなくより直接的に人間の精神世界に寄生するようになったために、意識に対する資本主義の支配がより直接的になりつつあるとみなければならない。繰り返すが、こうした資本主義的な意識支配は間違った前提にたったものであり、人間に固有の無意識を支配することはできないが、他方で、科学的な間違いは支配的構造を揺るがすことにはならないのであって、まやかし、誤認、誤解、不/非合理という批判は有効ではない。支配的構造の存立は科学的な正しさや間違いとは次元を異にする。
 こうして、一方に高度に合理的で数学的な世界によって解析された人間や社会についての認識があるなかで、ここから逸脱する不/非合理な領域が必然的にひとつの形をとってあらわれる。合理性と不/非合理性の相互補完的な構造が社会全体を構成するというありかたは、近代に一貫しており、これを、「科学」や「学問」、とりわけ人間の制御に寄与しようとする学問は、まず初めに人々を集団として扱い、人口として分類・分析すると同時に、人口を「国民」「民族」あるいは「階級」といったカテゴリーによって差別化しながら、この集団に固有の存在理由となる物語を構築してきた。CTC監視社会は、伝統的な人間類型を継承したうえで、この枠組を集団から個人へと解析の精度を高度化させながら、個別具体的な個人を識別し、彼らを集団として再定義するという方向をとるようになる。「国民」とか「民族」といった概念を継承していても、かつての概念とは異なって、個人を媒介するものとしてこれらの概念が再構成されるのがCTC監視社会の特徴だ。非合理性は、個人と集団の間で新たな機能を発揮するようになる。コンピューター化が果たしえない人間の非合理な欲動を、この時代から逸脱しないような新たな神話へと再編成するための堡塁となって高度な合理性の世界を覆う鎧のような役割を担うようになる。

3-2 集団心理

「集団心理学と自我分析」

 資本における集団の問題を、人間集団そのものを対象に論じたフロイトの「集団心理学と自我分析」(1921年)を手掛かりにしてみたい。
 フロイトの「集団心理学と自我分析」は、その問題意識の多くをル・ボンの『群集心理』から示唆を受け、これへの応答といった趣で議論を展開している。フロイトは、心理学による個人としての人間の素質、欲動、動機、意図、行為、そしてこれらと身近な人びととの関係が解明された場合であっても「もう理解できたと思ったはずの個人が、特定の条件の下では、その人から予想されるのとはまるで違った風に感じ、考え、行為するという驚くべき事実を、心理学は説明せねばならない」とし、人間が集団のなかで獲得する特性としての「心理的な集団」に着目する。そして「個々人の心の生活にそれほどにも決定的に影響を及ぼす能力を、集団は何によって獲得するのか。そして、集団が個々人に強いてくる心の変化は、どの点に存するものなのか(注12)」と自問する。この自問は、フロイトの精神分析の基本的なパラダイムと本質的に抵触する可能性を秘めた問いでもあるが、いまはこの点には深入りできない(注13)。このように、集団のなかには、個人を対象とした心理学では想定しがたい個人の心理作用が存在するというフロイトの指摘は、私たちの日常体験のなかでも見いだせる。とくに、私からみて、いわば他者の集団であり、価値観や文化を共有しているとはみえない人々の集団に対して、私たちは予想外の言動を目撃するかのような感覚をもつことがある。逆に、私もその一員をなしている集団になると、フロイトが上で述べているような予想しえない言動をそのなかに見いだすことは稀であり、むしろ集団の行動と私の心理との間には一貫した連続性があるように感じられる。たぶんこの感覚は、集団を論じる場合に非常に重要なものであり、この主観的な情動には多かれ少なかれある種の偏見が忍び込んでいる。しかし同時に、この心理的な遠近感には集団相互が抱いている世界観の相違がその背景にあるともいえる。いずれにしても、既存の支配者にとっては、こうした諸々の集団を束ねることを可能にするメタレベルでの集団心理の構築なしには統治の安定性は維持できないし、逆に、反体制運動が大衆的な基盤を持つことができるとすれば、支配的な世界観からは理解しえないが様々な大衆の間で共通して理解を獲得することが可能な世界観の構築が不可欠になる。多くの人々は、このような錯綜し、輻輳した対立する集団の網の目のなかでしか自己のアイデンティティを形成することはできない。 しかも、問題は、こうした集団の結束を可能にしているものが、理性的な判断に基づくとは限らず、むしろ様々な感情によって左右される、という点にある。
 フロイトが議論の叩き台にしたル・ボンは、近代社会がもたらした「群集」現象として労働運動や社会主義運動を念頭に置く。彼が「群集の勢力が生まれたのは、まず、人心に徐々に植えつけられていたある思想が普及したため」だと指摘していることからも明らかだが、次のように具体的に群集行動の内容に言及する。
「群集は、どんな権力もその前では屈服するような企業組合を起こし、また労働紹介所をはじめた。この労働紹介所は、経済法則を無視して、労働と賃金との条件をとかく支配しがちである」 「〔群集の要求は〕現在の社会を徹底的に破壊して、文明の黎明依頼のあらゆる人間集団の常態であった、あの原始共産主義へこの社会を引きもどそうとする。労働時間の制限、鉱山、鉄道、工場および土地の没収、生産物の均等な配分、民衆階級のために上層階級を除去すること、等々。これらが、その要求である(注14)」
 ここで「労働紹介所」と呼ばれているのはフェルナン・ペルーチエらが組織していた労働取引所連盟の活動を指すのだろう(注15)。少なくともル・ボンに『群集心理』を書かせた前提となる群集の集団は、文字どおりのいかなる制御も効かない一過性の暴徒だとはとうてい言いがたいにもかかわらず、ル・ボンを含めて支配階級からは、統制のきかない集団としてしか理解しえなかった。第1章で指摘したように、ここには支配的な階級の世界観からは理解しえない資本主義的支配秩序への抵抗運動によって構築されるパラレルワールドがあり、ル・ボンらの関心はこれを再度資本の世界に引き戻すことにある。
 ル・ボンは、たった1世紀前には民衆階級は何らの政治的な力ももちえていなかったにもかかわらず、現在では「近代の最高主権者である新たな勢力」にまで成長し、「支配階級に次第に変りつつある」こと、そしてこの「群集」の登場が「西欧文明の最終段階を画し、新社会の出現に先立つあの雑然とした混乱期への復帰」だとみなし、これは社会の道義力の喪失であり、また「野蛮人ともいうべき狂暴で無意識的な」群集による社会の瓦解を招くものだとて慨嘆する。

「群集が支配するときには、必ず混乱の相を呈する。およそ文明というもののうちには、確定した法則や、規律や、本能的状態から理性的状態への移行や、将来に対する先見の明や、高度な教養などが含まれている。これらは、自身の野蛮状態のあままに放任されている群集には、全く及びもつかない条件である(注16)」

 こうした群集の近代西欧文明への拒否の心理の根源にあるのが、現代人にまで遺伝的に受け継がれてきた「種族の精神を構成する無意識的要素」であって、ここに集団としての個人の類似性をもたらす遺伝的な根拠があるともいう。つまり個人の性格の一般的な性質は「群集」のなかで次のようになるという。

「〔個人の性格は〕無意識に支配されるものであり、かつ一種族に属する常人の大部分が、ほとんど同程度に所有するものであるが、これこそが、まさしく群集に共通に存在する性質なのである。集団的精神のなかに入りこめば、人々の知能、従って彼等の個性は消えうせる。異質なものが同質的なもののなかに埋没してしまう。そして、無意識的性質が支配的になるのである(注17)」

 労働運動や社会主義運動は、こうして高度な知的な能力を発揮するどころがむしろ「野蛮人」並みの「本能のままに任せる」運動だとしか理解されていない。
 ル・ボンとは対照的にフロイトは、個人が集団に同調する心的メカニズムを個人の心理に即して論じることから始める。個人心理学や、親密な人間関係だけを念頭に置いて分析された人間の心理が、「特定の条件の下」、つまり心理的な集団のなかでは当てはまらないという問題に関するフロイトのアプローチの方法は、個人の心理と集団心理のある種の弁証法なのだが、正確には、個人とその周辺にあって誕生から成人になるまでの生育期にあって最も大きな影響を与える親、とりわけ父親との関係を含む私的な人間関係と、大きな社会集団との関係である。ここでフロイトが持ち出すのが「同一化」と「恋着」だ(注18)。
 同一化も恋着もこの家族関係を前提として形成される。同一化と恋着の議論では、集団のなかで個人の固有性が大幅に奪われる事態があることを認めながらも、そうであっても個人の固有性としての心的なメカニズムの働きが作用しつづけることを主張しようとしている。心理的集団は常に、個人を心理的に動員しようと試みるのだが、こうした集団の側の個人に対する心理的な力の存在そのものが、個人の側には集団心理に還元できない固有性が消え去ることなく存在しつづけていることを示している。

同一化と恋着

 フロイトによれば、同一化とは「他の人格への感情的拘束の最も初期の発現」であり、父親を自分の理想として一体化しようとする、あるいは父になりかわりたいという欲望を抱く心理状態をいう。この欲望は母親への性的な対象備給としてあらわれるから、これがエディプスコンプレクスを生むことになる。
「母親を得ようにも父親が邪魔していることに気づく。父親との同一化はいまや敵対的な色調を帯び始め、母親に対する関係においても父親に取って代わりたいという欲望と一つになる。要するに、同一化は始めから両価的[アンビバレンツ]なのであって、情愛の表現に変わりうると同様、除去への欲望にも変わりうる(注19)」
 同一化は「模範」となる他者の自我に自らを似せることで自らの自我を形成しようとする。この同一化の契機となるのは、男の子の母への性欲動である。この性欲動は、自分が父となることによってしか満たせないから、父になりかわろうとすることで同一化が生じる。しかし父になりかわることは不可能であり、挫折とともに母への性欲動の無意識への抑圧のなかで人格形成がおこなわれる。女の子は逆に、母への同一化と父への性欲動の挫折、無意識への欲動の抑圧となる。同一化とは、自分の自我が同一化の対象となる人物の性質を帯びること、あるいは、同一化は自我のなかに対象を取り込むことによって自我の変容をもたらすことだが、この同一化のきっかけは、性欲動を必須の条件とするわけではない。「対象を自我のなかに取り込む」ことによって何らかの欲動が充足できるのであれば、同一化が生じる。この同一化をもたらす心的機制は、対象や欲動の内容が変化しても、そのメカニズムは成人になっても維持される。また、同一化の対象は、実在の人間である必要もない。架空の存在や人間以外の何ものかであってもよい。たとえば、神、民族、国家といった観念への同一化が可能であるということだ。それが自分の欲動の充足をもたらすとみなされる限り同一化の過程が生み出される。(注20)
 集団のなかの個人は、この同一化を通じて、自我のなかに、集団を構成する他者を取り込むことを通じて、私は集団のなかの他者に拘束される。他者の自我もまた私を取り込むことによって拘束される。この関係が二者間だけではなく多数者の間で生じることを通じて、集団への個人の拘束が生じ、同一化の過程を通じて異なるはずの人格の同一性が現象する。個人の自我が集団のなかに溶解し、あたかも喪失したかのようにみなされる状況が生み出されることになる。これは法や制度が個人を縛るような形式的な集団への強制力ではなく、むしろ個人を集団に帰属させるより内面的な機制だといえる。
 このとき、三者以上の諸個人相互の同一化をもたらす情動の共通性はどのようにして生み出されるのだろうか。つまり、集団の誰もが自らの自我に取り込もうとする共通した他者の存在が必要になる。「この共通点は指導者に拘束されることの内に存在するものだ、と推測することができる」とフロイトは指摘する。まったく平等な諸個人が相互に同一化の過程を通じて他者の自我を取り込むという場合、AがBの自我を取り込み、BがCの自我を取り込み、という自我の取り込みの連鎖だけでは、集団が共通した自我を形成することはできない。このジレンマを解決するには、多くの人たちがその自我を取り込もうとする共通した誰か、あるいはその誰かが体現している何らかの理念の存在が必要になる。このような誰かは、集団の指導者となる人物・理念ではあるが、後述するように、この人物・理念がどのようにして形成されるのかをフロイトは理論的に論じることには失敗している(注21)。さらに言えば、フロイトの議論には、集団の指導者となるべき存在とその理念に関する民主主義的な合意形成の議論も存在しない。このことがフロイトの理論の限界だと指摘することもできるが、むしろ私は、集団心理に関する民主主義の限界に自覚的でなかった民主主義の政治運動にこそ、その限界があると考えたい。
 容易に想像できるように、この一人の指導者の自我あるいはこの自我を介する理念に収斂するまでの過程こそが集団にとって不安定な内的な競争や闘争の過程になる。複数の指導者・理念相互の主導権争いは、フロイトの観点からすれば、自我の取り込みをめぐる闘争ということになる。この過程は、組織内の闘争が、合理的あるいは理論的な闘争の体裁をとって展開しているとしても、その背後にはむしろ欲動の充足に関わる同一化の過程が存在することを示唆している。集団心理をめぐる最もやっかいな問題は、こうした指導者が形成される過程に、一方で、理性的・理論的な主張が、他方で、リビードが関与する情動に基づくある種の好き嫌いの感情が渾然一体となって表出するという点であり、このことにとりわけ民主主義を擁護する政治運動が無自覚なままだったために、理性の限界を自覚できず、ファシズムの情動・情念の政治を凌駕することができなかった。ある意味でフロイトはこうした問題の存在を示唆したのだ。
 さて、一旦この指導者が確定することになると「集団化した個人の相互の拘束は、重要な情動的共通点に基づくそのような同一化を本性とする。そしてこの共通点は指導者に拘束されることの内に存在するものだ、と推測することができる」 ということになる。
 これは心理学でいう「感情移入」であり「他の人格の中に自我にとってよそよそしい部分を理解する上で最も重要な出来事なのである(注22)」。フロイトは、自我がこの同一化によって、他者の自我に乗っ取られるメカニズムのなかに「自我理想」の役割をみる。心的装置には自我から派生していわゆる快欲動を実現しようとする自我と対峙する自我に批判的な「自己観察、道徳的良心、夢の検閲、そして抑圧に際しての主要な影響をその機能(注23)」とする自我理想が自我を裏切る。自我理想は、集団あるいはその指導者への同一化を、それこそが「自我」の理想だと唆す。自我理想が理性的な判断を麻痺させ、自我の土台をなす無意識の抑圧と抵抗を自我理想は解除し、対象への同一化こそが快欲動最大化の実現であるように心的メカニズムを調整することによって同一化が促されるともいえる。集団的な心理の構造では、奇妙なことに、無意識と自我理想が結託して自我を集団的な情動へと誘導するのだと私は考えている。こうした集団心理の機制があるとした場合、本稿の問題意識との関連では、この自我理想と監視社会(監視の集団心理)との関係が重要な論点になる。監視を外部、他者からの眼差しだけではなく、他者と同一化しながら自我理想によって内面からの監視の心的な構成が形成される。監視は抑圧だが、この抑圧は積極的に肯定されるような抑圧であり、これに自我理想が加担する。監視社会批判の観点で手薄なのは、この自我理想に拠点を置く内面からの監視の問題だ。 言い換えれば、誰もが多かれ少なかれ持っているマゾヒズムを監視社会は巧妙に味方につけているといってもいい。
 集団心理を検討する際にフロイトが注目するもうひとつの心的な情動が恋着だ。この恋着は同一化とは逆方向で自我に作用する。つまり、自我の犠牲である。恋着は対象に呪縛される状態、あるいは「恋の奴隷状態」であり、かつ性的充足が得られない状態が持続するときに典型的にみられるという。愛の対象への過大評価が生じ対象に対する理性的な評価や判断が後退し、理想化される。
 一般に、子ども期の両親に対する性的欲動とその目標制止の状態は、無意識のなかに保存されて維持される。思春期になるとこの欲動は親ではない他者へと向けられる。ここで制止されない欲動と制止される欲動の双方が「共働」し、欲動制止のなかで恋着が生じるが、これが対象に対する錯覚や理想化をもたらす。
「自我はどんどん無欲になり、謙虚になり、他方、対象はどんどん偉大に、価値あるものになる。最後には、対象は自我の自己愛をすっかり獲得するに至り、そこから、自我が自己を犠牲にすることが自然な帰結となってしまうほどだ。対象が、言うなれば自我を食い尽くしてしまったのだ。へりくだり、ナルシシムズの制限、自己毀損といった特徴が、恋着にあってはいずれの場合も顔を出す(注24)」
 日常生活のなかで恋愛感情がもたらす恋着によって、自己犠牲的に対象に奉仕するような振る舞いがみられることはよく知られているし、多かれ少かれ誰もが経験したことでもあるだろう。恋着の心的メカニズムが集団心理にも作用する場合、権威主義を支える心的メカニズムとなる。理想化された対象の価値は、実際のそれ以上に増殖する。対象は現実を超越するわけだが、対象は、ある種の現実の対象には還元しえないような観念をまとうようになり、こうした超越的な観念の体現者が現実に眼の前にいる対象だという転倒した情動にとらわれる。キリストへの愛、軍隊における自己犠牲的な国家への愛、つまり愛国心は、現実の教会や国家・政府の具体的なありようを基礎にしているのではなく、現実を超越した観念が現実にとってかわることによって生み出される。ここには、恋着に伴う制止され逸らされた性欲動の作用があるのだが、これが性欲動の制止=抑圧の帰結だということは自覚されない。情動のレベルでいえば、神への信仰も国家への忠誠も、対象への愛も自我の「献身」だ。いずれの場合も対象は理想化され、自我は対象に対して自立した「力」を発揮するこができない。

「自我が対象に「献身」するようになると、抽象的な理念への昇華された献身とさえもはや区別不可能になり、同時に、自我理想に割り当てられた諸機能は全面的にその無力さをさらけ出す」「対象がなすこと、求めることはすべて正しく、非の打ちどころのないものになる。対象に都合好く起こることには、良心は全く提供されなくなる」「対象が、自我理想の代わりに置かれたのだ(注25)」

 監視社会のなかの集団心理が恋着に基づく行動をとるとき、自らが恋着する対象に対して危害を加えたりすると思われるものへの過剰な監視が正当化される。監視カメラの蔓延を許容する人々の心理は、集団心理のなかの恋着に基づく過剰な防御の典型だろう。すべて正しく、非の打ちどころのない私たちの社会に対して、逸脱した行動をとるであろう者を許容できない心理は、「私は決して間違ったことはしないし、隠し事もないから監視カメラがあっても気にならない」といった心理を生み、同時にこの心理は、この「正しい」社会のルールに違反する者の存在を理解しえず、ただ排除すること以外の手段を見いだせない人々を生み出してしまう。
 フロイトは、同一化と恋着が集団心理に果たす役割がどのようなものなのか、特にその相互関係について論じているわけではない。しかし、前述したように、この二つは一つの過程として、結果として集団心理を構成することになるのは明らかだろう。
 集団形成の端緒は、親密な関係にはない人々が、同一化の過程に入るなかで、多くの人々が共通して同一化しようとする人物の登場によって集団への第一歩が始まる。他方で、人間は、出生してから自立するまでの間に、家族と呼ばれる親密な人間集団のなかで育つ。家族の形態は多様とはいえ、資本主義に固有の家族の機能と性格があり、そのなかで原初的な性格構造が形成される。フロイトが同一化と恋着を論じる前提になっているのは、こうした人間の家族関係がもたらす自我の形成なのだが、他方で、人がこうした与件としての集団ではなく、ある集団を選んで参加するとか、自ら集団を形成しようとする場合こそが、集団心理を形成する重要な場面となる。
 いわゆる「群集」の問題は、家族とは異なって、まだ輪郭もはっきりしない集団以前の人間の集合が次第に、「集団」と呼びうる性格を形成する過程の問題でもある。この過程を通じて、多くの人々が同一化の対象とする人物が、恋着の対象となることによって、集団の指導者として確立される。この一連の過程で、指導者となる人物の「権威」を支えるのは、彼/彼女の個人的なパーソナリティとともに抽象的な理念や思想あるいはこれらを体現する表象群である。たぶんこの構造は民主主義にも独裁制にも共通する集団を構成する集団心理の基盤をなすという意味で、民主主義のアキレス腱になりかねない。統治機構一般に共通する権威の存在は、人々が心理的な自由を獲得するうえで、言い換えれば、抑圧的な社会が形成する超自我によって自我の検閲がおこなわれ、無意識に抑圧された性欲動が道徳や倫理として「私」の言動を縛る一連のメカニズムを視野に入れない政治と社会の変革は、結果として制度を変えても権威主義を支える心理を変えることには繋がらない、ということである。先にも述べたように、フロイトは集団心理を論じるときに、集団の意思決定の民主主義のありかたには全く関心を寄せていない。しかも前提となる家族関係の構造のなかで、父の子どもへの性的欲動といったエディプスの逆三角形とでもいうべき関係が排除されているために、権威と支配の問題に内在する暴力の質もまた見逃された。これは、フロイトの欠点というよりも、民主主義が集団に果たす役割の限界――近代社会は、民主主義と家父長制の共存を前提としているというある種の欺瞞――として理解すべきことだと思う。同一化と恋着を民主主義はどのように「解決」できるのか、言い換えれば、理性的な討議を通じた合理的な集団的意思決定という民主主義の建前と集団心理における同一化と恋着がもたらす集団へのアイデンティティ形成とでは、そもそもの成り立ちが本質的に異なるのだ。この問題を自覚せず、未解決なまま放置するかぎり、民主主義は権威主義とほとんど同義だとみなしていい(注26)。
 心的装置がとる人間集団との関係のなかで生じる自我、無意識、自我理想の関係は、それ自体が相互に整合的なメカニズムをとっていない。同一化と恋着では、「私」という主体は、対象との関係のなかで、対象を自我に取り込むのか、自我が食いつくされるかという、自我に対して正反対の影響を与えるのだが、この二つは全く別々の現象ではなく、同じ集団のなかで同時に起きることでもある。集団のなかの「私」にとって、指導者は成就できない愛の対象であり、集団となる仲間との間には仲間意識や同胞愛などと呼ばれる同一化が起る。この二つの心理は相互に軋みながら私の心的装置のなかで共存することになる。自我は、取り入れと放棄という相反する情動のなかに置かれることになる。こうした情動の構造が集団内部の力学を生み出す。
 フロイトにはもうひとつ重要なル・ボンの議論との決定的な違いがある。「集団心理と自我分析」における主な例示にフロイトは、軍隊と教会といった制度化され長期にわたってその存続が安定して維持されている集団を取り上げている点だ(注27)。とりわけ宗教は、フロイトにとって、解決されなければならない重大な「まやかし」「錯覚」だった。フロイトと精神分析をとりまく当時の時代状況を考えたとき、彼の問題意識の背景には、第一次世界大戦の惨劇があり、また、精神分析の優れた後継者と目されていたユングによる宗教への肯定的な関心に対するフロイトによる厳しい拒絶があり、これらが軍隊と教会という例示へと結び付いたのではないか。

教会と軍隊

 フロイトが特に注目して論じている教会も軍隊もともに「高度に組織化され持続的で人為的な集団」であって、自然発生的に生まれる「群集」ではない。高度に組織化された近代社会でその正当性を誰もが承認している組織をフロイトは「まやかし(錯覚)がまかり通っている」典型例として挙げている点は注目すべきだろう。
 まやかしとは、集団の構成員を等しく愛する指導者という錯覚のことだ。集団の存続はすべてがこの錯覚にかかっている。フロイトは、この錯覚を手放してしまえば、教会も軍隊もたちまち崩壊してしまうという。
 フロイトはこの錯覚の謎を解く鍵が催眠術にあると考えた。被験者は自らの意識への統制を失って催眠術師の制御に服するという関係の延長線上に、集団への一体性が生まれるプロセスを見出せるというのだ。
「催眠術師は催眠に導入するために、しばしば眠るようにという指示を与えるが、そうすることで彼は両親になり代わっている」とフェレンツィの指摘を肯定したうえで、「催眠において眠るようにという指示が意味するのは、一切の関心を世界から逸らしなさい、そして催眠術師の人格に集中しないさいという要請以外の何ものでもない」とし、このことを催眠術をかけられる側=主体もまた理解しており、こうして催眠術師に自らの自我を預けることを、自我理想もまた承認し、主体は催眠術師の暗示に支配されることを主体的に選択する。問題は、フロイトが被験者の心に生じる変化を次のように解釈している点にある。

「こうして催眠術師は、その処置を通して、主体が原始から相続してきた遺伝的資質の一部を主体のもとに呼び戻す。その資質は、両親に対しても現われていたもので、父親に対する関係の内で個人的再生を経験していた。すなわち、父親はきわめて協力で危険な人物として表象され、この人物に対しては人は受動的・マゾヒズム的な態度をとることしかできず、この人物に触れると人はその意志を失わずにはすまなくなり、この人物と二人きりになり「さしで向かい合う」ことは、容易ならざる冒険であるように思われたのである。原始群族に属する個人が原父に対してとっていた関係を思い描くとすれば、例えばそのようにするしかあるまい(注28)」

 進化論や遺伝学がまだ草創期ともいえる時代であったことを差し引くとしても、父とのマゾヒスティックな関係が原始群族の時代の「原父」なる存在を現代にまでひきずってきた結果だということにフロイトはかなりの確信を抱いた。しかし根拠が示されているわけではない。この「集団心理学と自我分析」のなかの集団と原始群族の節でもその冒頭でもダーウィンを引き合いに出しながら「人間社会の原型は一人の強力な雄のほしいままな支配を受けた群族だった(注29)」という。

「この群族の運命が、人間の遺伝的継承の歴史の中に破壊し去ることの不可能な痕跡を残してきたこと、特に、トーテミズムが宗教と倫理、社会の構成化の端緒を含んでおり、その発展は、首領の暴力的殺害と、家父長的群族の兄弟的共同体への転換に関連するものだったこと(注30)」

これは「仮説」にすぎない。近代社会が個人の人格の自立性を際だたせる社会であったとしても、この近代的な個人が集団のなかで、その人格を消失させ「思考や感情が同じ方向を向きがちになること」、情動性と無意識の心の動きが優勢となって理性的な抑制が効かなくなる傾向は、近代的個人のなかにその根拠は求められないとフロイトは考えたにちがいない。ここからフロイトは一挙に「どれをとっても、他ならぬ原始群族についつい帰したくなるようま原始的な心の活動への退行という状態に相応するもの(注31)」と理解した。しかし、私はこのフロイトの仮説には与しない。理性的な抑制が十分に機能しないのは、資本にそもそも理性が備わっておらず、その人格的表現としての資本家もまた理性によって自我を統御するような存在ではないという、資本主義に固有の性格構造に由来すると考えるからだ。のちに述べるように、これは家族関係で、とりわけフロイトがエディプスコンプレクスと命名した性欲動の制止に伴う現象であると私は考えている。
 近代にあっても、集団化した人間は、原始群族のなかに見いだされるような情動が支配的になるというのフロイトの推論は、人間が完全な個人の集合体として存在することはできず、何らかの集団を形成するかぎり、「原始群族が存続しているのを、われわれは認める」「集団の心理とは最古の人間心理である、われわれはそう結論づけねばならない(注32)」というように、集団と個人の関係を前提にしている。
 ただし、フロイトは個人心理が原始群族には存在しないのではなく、集団心理と同等に古くから存在する心的なありようであって、この個人と集団という二つの心理が最初から人間のなかには存在するという。つまり、「集団の中の個人の心理と、父親、首領、指導者の心理」である。ここでの「個人」――主に男性が念頭に置かれている――には、父親に体現される個人と、父親に従属する個人という少なくとも二種類の個人の存在がなければならない。父親としての個人は、自由であり、自我はリビード的に拘束されず、「彼は自分以外の誰も愛していなかった」のであり愛するとしても「彼の欲求に役立つ限りでしかなかった」といった存在だという。ニーチェになぞらえて、こうした父親は「超人」だともいう。主人として、ナルシス的であり、自信に満ち、自立的でもある。これがフロイトがいう「原父」である。同時に集団の諸個人は「指導者によって等しく愛されている、というまやかしを必要としている(注33)」という。
 一方に他者を愛さない指導者=「父」がおり、他方に「父」によって「公平に愛されている」と錯覚する集団の構成員がいる。「まやかし」という概念は、フロイトの集団心理と個人心理の構造の核心をなしている。フロイトは、錯覚とも呼ばれるこの社会の支配的な人間関係を構造化する心的なメカニズムのなかから原父の「神格化」が生み出されるという。集団のなかの一個人でしかなかった父の息子(いちばん下の息子)が父の継承者になるために、集団心理を個人心理に変換する何らかのメカニズムが必要であり、これを可能にする唯一のプロセスが以下のようなものだという。

「原父は、息子たちが直接の性的追求を充足するのを妨げていた。彼は息子たちに禁欲を強要し、その結果、制止された性的目標の追求から生じうる感情の拘束を、彼らと自分との間に、そして彼ら同士の間に強要した。原父は息子たちを、言うなれば集団心理へと強要したのだ。彼の性的嫉妬心と非寛容が、最終的には集団心理の原因になった(注34)」

 では、こうした原始群族の人間関係と近代社会のなかの集団とはどのような関係があるのか。教会と軍隊の例で、次のように言う。

「軍隊や教会の例では(略)指導者はすべての個人を等しく公平に愛しているというまやかしがその工夫だった。しかしこれは、原始群族の置かれた状況を理想主義的に改作したもの以外の何ものでもない(注35)」

 この原始群族と現代を繋ぐ「まやかし」を説明するために、氏族制度とトーテム信仰に言及し、家族の自然な集団形成の強さは父親の等しい愛という必須の前提を必要とするという。では、フロイトが催眠術で指摘した自我の放棄とこの原始群族にまでさかのぼる心的な構造とはどのように関わるのか。ここでフロイトは催眠に付随する「何か直接的に不気味なものという性格」の想起を読者に促し、これこそが「何か古くて馴染みのもの指し示して」おり、この不気味なものが催眠術師の「秘密の力」ともいうべきものであって、「原始人たちがタブーの源泉とみなした力と同じもの」「王や首領たちから発し、彼らに近づくことを危険なことにする力(マナ)(注36)」と同類のものだと指摘する。首領の眼差しを危険なものとして忌避することのなかに神の眼差しが、首領へと転移される表れであるとみなす。
 この集団における原父に起源をもつまやかしとしての平等は教会では次のように現れる。

「個々人に向けられる要求はすべて、キリストのこの愛から導き出される。一定の民主的な特徴が教会を貫いているのであって、それはまさに、キリストの前では皆が平等であり、皆が彼の愛の等分の分け前に与っているからである」キリスト教の教区が家族的なものとなり、信者相互が兄弟姉妹とされる。「それぞれの個人がキリストに拘束されていることが、彼ら相互の拘束の原因でもある(注37)」

 神の前での平等は、日本であれば天皇の赤子としての臣民相互の平等であった。ワーグナーもまた封建制を否定しながらも君主制を肯定する際に持ち出す理屈が君主の下での臣民の平等だった(注38)。教会に言えることは軍隊の「リビード構造」にもいえる。異なっているのは、位階構造をもっており、隊長を父とし、部下を子とする関係が重層的に繰り返される点であり、一方が欺瞞とはいえ隣人愛を説くのに対して、他方が、殺人を肯定しうるほどに強固な同一化と恋着を再生産しうるある種の破壊や死の欲動に直接支配されている点だ。

支配的構造と集団心理

 一般に集団形成を論じる場合には、集団の理念や思想を構成員を拘束する重要な要因とみなすが、フロイトは、軍隊の場合であっても祖国や国の名誉などの理念は「存続にとって不可欠というわけではない(注39)」とし、リビードを重視する(注40)。この指摘は重要な観点であり、集団に帰属する個人ひとりひとりの心理に即したとき、教会であれ軍隊であれ「一方で指導者(キリスト、隊長)に、他方で集団内の他の個人たちにリビード的に拘束されているという点を心にとどめておこう(注41)」と指摘しているように、個人がストレートに神や国家への愛に拘束されているということではなく、むしろ組織内部の人間関係への拘束が決定的要因となり、そのうえで神や国家への恋着が可能になる。
 ただし、この個人の人間関係の核をなす構造を重視することは、組織が総体として表象する理念やイデオロギーを軽視していいということではない。たとえば、個人の主観のなかでは「自分はファシストではない」と思う者が組織の過半数を占め、ファシズム思想を確信犯として抱いている者が少数であるような組織が、それを理由にファシストの組織ではない、というふうには即断できない、ということだ。少数の思想が組織全体を体現することはむしろ一般的にみられることだ。組織の過半数が非ファシスト意識だったとしても組織がファシズムを体現していることを容認してるのは、組織への同一化が人間関係に拘束されてよいという大衆心理の構造のなかで、実は、ファシズムが全体のイデオロギーとしてのヘゲモニーを握ることになる。
 先に述べたように、この集団心理を資本主義におけるそれとして検討するのであれば、教会と軍隊という例示は重要だが、同時に、あるいはそれ以上に重要なのは、資本の組織、つまり労働組織における集団心理をこの同一化と恋着によってどのように説明することができるか、そしてまた、近代国家の構成員=国民としての集団性をどのように説明することが可能なのか、という問題は私たちに残されることになる。同時に、親密な集団としての家族についても、現代の家族関係における同一化と恋着が資本主義的な家父長制をどのように再生産するのかという観点もまた、残された課題になる。近代組織が、その合理主義の側面で諸個人を組織に拘束するときの基礎をなすのは法と契約である。しかし、フロイトが集団の心理的側面で重視した同一化も恋着も契約に還元することはできない。組織や集団と個人の関係について社会科学がもっぱら契約を重視したことを踏まえれば、同一化と恋着、一言でいえば「愛」の側面が極端に軽視され、結果として、愛国心や郷土愛といったファシズムを支えた情動を捉えそこなった欠点を補ううえで重要な観点なのだが、形式合理性としての法と契約との関係もまた問われれるべき課題として残された。とりわけファシズムとこれにつらなる集団心理は法と契約を超越する「愛」の優位を――その裏面としての敵への憎悪を――特徴としていることを想起する必要がある。
 軍隊と宗教は現代でも世界の暴力と不寛容を構造化する要素であり、しかもこれらは、いずれも、個人主義と人権、世俗的近代の統治という構造のなかで、これらの理念を裏切る側面と、逆にこれらを補完する側面を同時に示しながら、むしろその存在理由をより強固に固めつつある。集団的な殺人行為の正当性を軍隊はどのようにして維持できるのか。科学的世界観や合理的な価値判断と超越的で非合理を肯定する宗教的な世界観とがなぜ、どのようにして人々の心理に無視できない作用をもたらしているのか。こうした問いが、現在でも十分意味をもっていると私は考えるが、この問いを、さらに、本書の主題でもあるコンピューター化された監視社会の時代で支配的な人間のデジタルデータ化とその商品化の世界のなかに置きなおして再考する必要がある。
 集団を構成する諸個人が相互に一体感を覚え、指導者や指導理念に共感する構造は、現代のSNSやネットを介したコミュニケーション環境の場合であっても、同一化と恋着の機能の重要性は変わっていないと思う。つまり、集団が掲げる方針や目標などが情動のレベルで人々を繋ぎとめる要因を人々の合理的な判断に還元できないということでもある。現代の集団心理は、SNSのような情報通信ネットワークの影響力が大きくなっていることを前提にしたとき、同一化と恋着の心的メカニズムを形成する過程は、マスメディアを背景として人と人が直に顔を合わせることを通じて形成されるそれとは本質的に違うものをもっているとも思う。その違いは、個人の双方向コミュニケーション能力の獲得にある。インターネットが個人の情報発信力を飛躍的に強化し、商業メディアや政府の発信力と遜色がない水準を獲得したことによって、同一化と恋着が形成されるプロセスが根本的に変化し、これまで親密な人間関係のなかでしか実現しえなかったような類いの同一化と恋着が、グローバルに(ただし言語の壁にははばまれるが)実現可能になった。
 プライバシーの権利が保護されるための物質的な基盤として、一人になれる部屋や敷地など、他者による介入を排除できる空間的な条件が必要になる。通信は、この空間的なバリアを突破する技術でもあった。電話はその典型であり、だから電話の盗聴は、プライバシーの権利問題を論じるうえで重要な争点でもあった。もうひとつのプライバシーの空間的なバリアを突破する技術が電波によるメディア、ラジオやテレビだったが、これらは不特定多数のプライベートな空間に一方通行で介入するメディアだ。このことが、電話とは異なって、大衆消費社会の広告宣伝におけるマスメディアに固有の心理効果をもたらすものとして注目された。つまり、プライベートな空間にいる「私」が武装解除した状態にある情動に直接介入しうるメディアとして重宝がられた。プライベートな空間は個人の心的装置の超自我による検閲を弛緩させて快原則を最大化させる効果があり、ここにマスメディアが介入することによって、人々の情動に作用しようとしたともいえる。これは、同一化と恋着を効果的に生み出す装置にもなった。前述したように、同一化や恋着の過程で複数の人々が誰の自我を取り込み、誰に自我の放棄を委ねるのかという一般的な集団心理形成過程を大幅にに効率化した。
 インターネットによる不特定多数が双方向のコミュニケーションを実現できる技術は逆に、同一化と恋着が収斂する過程をより複雑にした。市場が貨幣を媒介にして商品の売買を効率化するときに、人々の欲望が貨幣という共通した価値物に収斂することが必要であったように、集団の凝集力と安定の獲得もまた、情動と理念における「一般的等価物」を求めようとする傾向をもつ。民主主義はそのための有力な意思決定プロセスだが、双方向で不特定多数がネットワークするSNSのようなメディアを通じて、これを実現するという場合、参加者がプライバシー空間のなかで超自我の検閲が緩む状態でオープンなコミュニケーション環境に参加することによって引き起こされる情動の発現は、資本主義の支配的なイデオロギーに内在する偏見や差別の感情をそのまま表出させる回路にもなる。大手マスメディアによる放送・出版コードのように、レイシズムなどの差別を公的な表現空間のなかで制度的なフィルタリングがかけられて抑制される従来のメカニズムは、個人の無意識へと抑圧された差別の情動まで消し去るような効果をもつことはできなかった。無意識へと抑圧された情動がプライベートな空間のなかで緩んだ超自我の検閲をすりぬけて表出し、一次的にはプライベートな空間のなかで発現し、これにネット上の人々が同一化と恋着を繰り返すことによって、これまでにはみられなかったようなネットによる集団心理の回路が形成されるようになった。
 無意識のなかで保持されつづける差別や偏見、あるいは他者への憎悪といった感情は、フロイトやユングらによれば、その根源を探れば太古の原始群族にまで遡ることができるある種の遺伝的な根拠をもつものとされかねない。こうなれば、差別や憎悪はむしろ「自然」な人間の感情として肯定されることになるだろう。ここに、集団としての「民族」や、ジェンダーなどのカテゴリーの網が被されることによって、民族やジェンダーが実体化されることにもなる。こうなった場合、問題となる制度や法を改廃しただけでは人々の集団心理の問題は解決せずに、無意識に潜在してしまう。マスメディアの時代には、こうして潜在化した情動が不特定多数へと漏出する回路が不在だったが、インターネットがこの回路を開いた。
 同時に、問題は、フロイトが例示した軍隊と宗教に即していえば、これらの「まやかし」の組織を解体するためには、集団心理を構成することになる同一化、恋着、そして群族への回帰をどのように処理すべきか、ということになる。私は、フロイトが論じたこれら集団心理をもたらす諸要因についての議論に社会と歴史認識が欠落していることが決定的な限界をもたらしており、ここにマルクスの資本主義の歴史認識が不可欠になると考えている。
 一般に、制度としての集団を廃棄するようには集団に対する情動を廃棄することはできない。無意識のなかに膨大な源泉をもちながら人間が生み出し、記憶し、知識や経験として蓄積され、諸個人の情動の一部を構成する集団を、自らの意思で廃棄するのか、あるいは外的な要因で廃棄された結果を受動的に受け入れるのかでも事柄は異る。少なくとも、暴力や神的な超越性を否定する大衆運動が本来であれば正面から問うべき情動に埋め込まれた記憶を、集団の廃棄のなかで文字どおりの意味で過去のものとして始末をつけることは、形式的な制度の廃棄で片づくわけではない。物を捨てるように、無意識にも根を張る記憶や知識を捨てることはできない。
 他方で、あらゆる軍隊、あるいは集団による武力の行使が悪であるということもできない。フロムが主張しているように破壊欲動には防衛的な欲動に基づくものがあり、あらゆる合理的な理解を超越するところに成り立つ情動をまやかしや錯覚だとみなすこともできないのだ(注42)。抑圧された者たちが、非対称の支配者による暴力に晒されているときに、集団的な抵抗の暴力を行使することは、ある意味では全く正しい(注43)。「ある意味」という留保が重要なのだが、暴力と超越的な事柄の廃棄という課題の難しさがここにあり、同時にこの難しさが言い訳となって、支配者によってその暴力や神信仰が正当化されることが繰り返されてもいるし、抵抗の暴力への寛容がポスト革命の社会の統治に深刻な後遺症を残す結果を何度も経験している。人類社会の未来を構想する力のなかには、合理的な判断がややもすると陥りがちなのが現状への妥協と現状の改良で満足すべきだという誘惑である。こうした誘惑を断ち、不可能にみえる理想や希望を行動の駆動力にすることのなかに、いまだない社会の可能性を想像する力を私たちはもつことができなければならない。同時に、集団心理を検討することのなかには、私たちが将来社会で希望の創造となりうるように集団性を構想するという場合にも同じように、制度的な集団の枠組や意思決定の手続きが集団の性格のすべてを決定するわけではなく、集団に参加する一人ひとりの個人が、個人としての固有性を最大限発揮するための必要不可欠な制度としての集団とはどうあるべきか、という課題を検討するうえでも、集団心理の問題は極めて重要になる。この場合、同一化と恋着を生み出す心的メカニズムの形成に家族が深く関わっているとするならば、同一化と恋着が支配的なイデオロギーの体現者としての組織やその指導者あるいはそれらが担う理念や思想に拘束されずに、別の道をとること、あるいはこうした既存の集団の「まやかし」からみずからの自我を解放するための戦略は、制度をめぐる闘争だけでは十分とはいえないことは明らかだろう。
 集団的な拘束から個人が解放されるとき、パニックや個人の不安をもたらす場合がある。「彼にとって危険を低く抑えていた情動的拘束が働かなくなってしま(注44)」うことがあり、「パニック的不安は集団のリビード的構造が緩んでしまったことを前提とし、その弛緩にもっともなやり方で反応(注45)」するとき、そこには、新たな予期せぬ「集団」の形成がみられるかもしれない。こうした集団が、果たして解放の集団的な萌芽となるのかどうかは、同一化と恋着を生み出す性格構造を再生産する家族関係が維持されていれば、私たちが期待するような方向へと集団が創造されることはまずない、といっていいだろう。とすれば、自然発生的な解体によるパニックを招来させずに、目的意識的に集団の解体を追求することが可能でなければならない。しかし、フロイトのように、集団とその指導者の存在を太古の原父の遺伝的な継承とみなしてしまうと、宿命論になってしまい、私たちに残された自由の可能性はきわめて狭いものになる。

3-3 集団心理と無意識――監視社会の基層へ

「集合的無意識」

 フロイトは、集団心理のなかの非合理性を太古から継承されたある種の宿命とみなす一方で、一貫して宗教の意義をはっきりと否定し、将来の人類が理性によってこの非合理性を抑え込むことができるようになることに期待を寄せた(注46)。
 これに対して、C.G.ユングは、人間の集合的無意識と宗教的な信仰を肯定した。ユングは性欲動と宗教への態度でフロイトと決定的に対立する。この対立もあってユングが反ユダヤ主義者でありナチスの同伴者であったかどうかが繰り返し議論になってきた。私は、彼のドイツ民族や宗教あるいはオカルトを肯定する態度のなかに、ナチズムを支える大衆的な心情とでもいうべき感情と共通するものがあり、おおかたのユンギアンとは逆に、反ユダヤ主義とナチズムへのシンパシーを抱いていたと判断する(注47)。
 フロイトが集団心理の情動と心的メカイニズムのなかに見いだした「原父」や原始群族、そしてトーテミズムの心理から宗教の「まやかし」を導こうとしたのに対して、ユングは、心的メカニズムを二分し、個人心理のなかには個人的に獲得されたわけではないが無意識を構成する部分があるとし、これを集合的無意識と呼んだ。この集合的無意識は「一度も意識されたことがなく、それゆえ決して個人的に獲得されたものではなく、もっぱら遺伝によって存在している(注48)」。個人の無意識がコンプレクスから成るとすれば、集合的無意識は「元型」から構成されているという。

「個人的な性質をもった意識的な「こころ」の部分(これに個人的無意識を付随物として付け加えたとしても)だけをわれわれは経験可能な「こころ」の部分であると信じているが、しかしそれとは別にこころ」には第二のシステムがあって、これは集合的普遍的で非個人的な性質をもっており、すべての個人においても同一である(注49)」

 この「元型」から構成される集合的無意識は、ヒトという生物学的な種が共通してもつ意識ではなく、民族や性による区別が持ち込まれる。ユングは「ヴォータン」と題されたエッセーのなかで「ドイツ的元型」に言及している。このエッセイの冒頭付近で、ドイツの若者たちのワンダーフォーゲル運動のなかに、ゲルマン神話の荒ぶる神ヴォータンの復活の予兆を見、それがのちにヒトラーを熱狂的に支持する大衆の心理へと成長したと指摘している。これは人々の無意識のなかにあったものが意識化された結果だという。ヒトラーとナチズムの登場を「ヴォータンほど、因果仮説としてうまく当てはまる神はいない」のであって経済的、政治的、心理学的に合理的な説明以上に「ナチズムというものをうまく説明している」ともいう(注50)。 そしてヒトラーが神格化されないとしても、ヴォータンという神が存在することを指摘し、ヴォータンをはじめとするゲルマン神話の神々は「疑いもなく心のうちなる激しい力の人格化」であり、しかもこの心の力は無意識に属するために、それが心の内側から生起したものだとは意識されない。「ヴォータンこそドイツの魂の基本的特性であり、非合理的な心の「要素」である(注51)」とし、「ゲルマン気質の根本的所与であり、とりわけドイツ国民の根底をなす特性の真正無雑の表現であり、優るもののない人格化」だとして、ヴォータンを元型だという(注52)。元型とは「あたかも水の枯れた川底のようなもので、どれほど長い年月を経ても、時至れば水はおのずから戻ってきて奔流をなす」ものであって、国家が水路を厳格に管理できる運河だとすると、民族の生命なす元型は人工的に管理することができない「原野の河」のようなものだともいう。国家や国際組織など、あるいは人間の支配を受けることなく、なおかつ人間を支配するもの、「人間という存在をはるかに凌駕する者」、これを「民族の生」だとして、この民族の生は「制御も受けず、導かれることもなく、ただもう無意識にボタ山をころげ落ちる岩塊に似て、よほどの障害でもない限り止まることを知らない(注53)」という。

「〔ヴォータンは〕自律的な心的要因として集団全体に効果を及ぼし、それによっておのれ独自の性情をあざやかに浮び上がらせる。ヴォータンは独自の生物学的原理に従っていて、個々の人間存在とは別物である。個々の人間は折にふれ、この無意識的制約の影響力に抵抗もならず縛られるばかりなのだ。(注54)」

 しかもユングは、「無意識の衝動的情緒面と、直観的霊感的な面とを併せ体現している」ヴォータンは、「一方で狂暴な怒りの神であり、他方ではルーン文字、神秘的前兆の解読者、運命の告知者である(注55)」とも指摘する。

「個人とはちがって群集は、いったん動き出せば人間の統制は及ばない。そしてそのとき元型が働きはじめる。それは個人にあっても、既知のカテゴリーでは片づけられない状況に出会ったときには生ずることなのだ。しかしこの動き出した群集に対して、いわゆる指導者[フューラー](総統)がどんなことをするかは、われわれは、わが国の南でも北でも、これ以上は望めないほどはっきりと見ることができる(注56)」

 私は、ユングの元型がナチスにとって利用可能な理論的枠組みをもっていると思う。ドイツがナチズムの到来を必然的にもたらす民族的に遺伝的な要因をもっていたということをユングが示唆したことは、彼がナチズムに批判的であったとしても、その批判は、ヴォータンを否定することにまでは至っておらず、ただヴォータンが呼び覚まされたことに問題を見いだしているにすぎない。この覚醒は、宗教を廃棄する社会主義運動やマルクス主義がもたらした社会的な危機あるいは民族的危機に対する無意識の抵抗の帰結であるとユングはみなしていたようにも思う。ナチズムを避けられない元型の帰結とすることによって、ナチズムの犯罪をある意味では免罪したともいえる。少なくともは近代法ではヴォータンなる神話の主体を戦争犯罪の主犯として裁くことなどできはしない。逆に、個人にとっては遺伝によって定められた不可抗力であるとなれば、戦争犯罪への免罪の理由さえ構成してしまう。ユングの議論の枠組みでは、ナチズムへの抵抗の可能性を民族としてのドイツ人のなかに見いだすことはできないことにもなる。また、この元型を廃棄することは考えられてもいない。宿命を生き、ヴォータンを蘇えらせるような出来事もまた、人間や集団の意思を超えた出来事とみなされているように思う。
 ナチズムだけでなくファシズム全般にみられる思想や世界観に共通する特徴は、剽窃や転用を通じて、自らの権力の再生産に寄与するようなイデオロギー装置のための原料とする態度だ。こうなるのは、彼らにとって最大の主題が、権力を支えるような大衆的な情動の統合にあり、この目的を達成することが可能なものであれば、あらゆる思想や理論を動員しようとする無節操さにある。

ネクロフィリアとしての資本主義

 ユング同様、フロイトの精神分析から出発したフロムが集団心理に対してとった態度はユングとはかなり対極的だ。フロムは、ライヒが史的唯物論とフロイトの精神分析を総合しようとする試みを高く評価していた。1930年代のフロムもまたほぼライヒ同様、ナチズムへと引き寄せられる大衆意識の謎を解く鍵をフロイトの精神分析に求め、フロイトが中産階級のブルジョワ的な個人主義という限界をもっていたところを、マルクスの資本主義批判によって克服しうるとみていた。

「今日まで、社会問題に対し精神分析を応用しようと試みたおびただしい研究は、分析的社会心理学に寄せられた要請に、ほとんどこたえていない。これらの研究の失敗は、家族の機能を評価することからはじまっている。彼らは、個人が社会的存在としてのみ理解され得ることを十分明瞭に認識していた。彼らはまた、本能の発達に決定的影響を与えるのは、子どもといろいろな家族のメンバーとの関係であることも理解していた。しかし彼らは家族自体の心理的、社会的構造や、その特有の教育目標あるいは情緒的態度が、これを包む総体としての社会的構造、そして(さらに限定されて)階級構造の産物であるという事実は、ほとんど完全に見落していた。いいかえると、家族はその成立基盤である社会および階級の心理的代替物であるという事実を見落としていたのである(注57)」

 こうしてフロムは精神分析の個人心理学を社会関係のなかで再定義する必要性を主張した。家族関係は、それ自身が社会構造の、つまり資本主義の産物であることを理解することなく、個人に対して家族関係が与える重大な心的な影響を正しく理解することはできないと考えた。

「社会心理学の扱う現象は社会―経済的状況に対して、本能の働きが能動的もしくは受動的に適応するプロセスとして理解されねばならないこと。ある程度基本的には、本能の働きそれ自体は生物学的な所与であるが、しかしそれは高度の可塑性をもつこと。これを変容する要因をもとめていくと、結局それは経済条件に帰着すること。家族は経済状況が個人心理を形づくるような影響を及ぼす際の媒体になること。社会心理学の課題は、社会的に意味があって共有される心的態度やイデオロギー――そしてとくにその無意識の底辺――を、経済条件がリビドー的衝動に対し加える影響の問題として説明することである(注58)」

 フロムは『破壊』の第12章「悪性の破壊」のなかでネクロフィリアと技術崇拝との関連に言及している。フロムの技術論はルイス・マンフォードの影響が大きいが、マンフォードが古代エジプトの巨大機械の最終的産物はミイラとなった死体の住む巨大な墓であり、ここに「<文明的>残虐行為の原型(注59)」があるという指摘に示唆されながら、現代の産業社会における機械の破壊性、と力を中心とする〈巨大機械〉について次のように述べている。

「人びと、自然、そして生きている構造を焦点とした関心を窒息させ、それとともに機械的で生命のない人工物にますます引きつけられることである。…妻よりも自分の自動車に対してよりやさしく、より大きな監視を持つ男たちがいる…車に愛称を付けてやる。彼らは車を観察し、ごくささいな機能障害の徴候をも気にする。たしかに車は性の対象ではない――しかしそれは愛の対象である(注60)」

 写真を撮ることは観る行為をカメラに代替させることであり、レコードで音楽を聴くことも機械への置き換えであるといった指摘は決して珍しいものではない。むしろフロムの指摘で興味深いのは「この種の行動が、生命への関心や、人間が与えられている豊かな機能を発揮することの代用となった時には、それはネクロフィラスな性質を帯びるのである」と指摘したところにある。「人工物への関心が生きているものへの関心に取って代わり、技術的な問題を杓子定規で生気のないやり方で扱う人びと」が存在することに問題があり、事実「私たちの時代が非常に多くの例を提供している技術と破壊性との融合の、より直接的な証拠」としてイタリア未来派、ファシストのマリネッティ「未来派宣言」を引用している(注61)。
 フロムは、ネクロフィリアの本質的な要素は、ファシズムを支えたイタリアの未来派宣言にあるように、「スピードと機械の崇拝、襲撃の手段としての詩、戦争の賛美、文化の破壊、女性への憎しみ、生きている力としての機関車や飛行機」であり、「革命的精神の華麗な宣言と、技術の崇拝と、破壊の目的のこの混合こそ、まさにナチズムを特徴づけるものである(注62)」と指摘した。
 技術と破壊性の融合の典型は、「大量殺戮のための飛行機の使用」である。空軍のパイロットたちは「殺すことに関心は持たず、敵をほとんど意識していなかった。彼らの関心は、細心に組み立てられた計画によって定められた方針に沿い、彼らの複雑な機械を正しく扱うことにあった(注63)」。彼らの行為が殺戮になることは観念的にしかわからず感性では捉えることはできなかった。だから罪の意識も希薄になる。こうしてフロムは、「現代の空襲による破壊が従う原理は、現代の技術的生産のそれであって、そこでは労働者も技術者も、彼らの仕事が生み出す製品から完全に疎外されて」おり、労働者たちは「それが有益な製品なのか有害な製品なのかを自問してはならない――それは、経営者が決めるべき問題なのである。しかしながら経営者に関するかぎり、〈有益な〉とはただ〈有利だ〉の意味」である(注64)。際限がない破壊と、無感動破壊が技術化され、自分がしていることへの感情的認識が排除されると「破壊性には際限がなくなる」。さらにフロムは「〈電子技術〉社会の精神をネクロフィラスと判断することには、根拠があるのだろうか(注65)」と将来に向けた示唆的な問いかけをしている。1970年代はじめの著作としては、非常に早い時期にコンピューターとネクロフィリアの関係に気づいていた。現代であれば、コンピューターとポストヒューマンとでも言い換えられるかもしれない主題だろう。そして、フロムにしては極めて珍しくネクロフィリアについて、フロイトの肛門愛やサデイズムの議論を参照している。
 ネクロフィリアは、サディズムでもなければ死の欲動でもない。サディストは他者に対する支配の欲望であって、他者への破壊と自己へのナルシシムズ的な(その意味では自己の死の欲動とは正反対の欲動なのだが)、「すべての生きているものを死んだ物質に変貌させること」「すべてのもの、すべての人間、しばしば自分自身をも破壊することを望む。彼らの的は生命そのものである(注66)」。資本主義におけるネクロフィリアはフロイトが指摘した口唇、肛門、性器といった性格分類のいずれにも該当せず「市場的性格」という新たな性格類型を用いる必要があるとした。市場的性格は、すべてのものが商品に変貌し、交換によって利益を上げることを前提にする。「すべてのものは商品に変貌する―物だけでなく、人間自身、彼の肉体的エネルギー、技能、知識、意見、感情、そしてほほえみまでも(注67)」ということだ。こうした市場経済の物象化的性格や感情労働の議論を超えて、彼はここにネクロフィリアを見いだしたのだ。死の欲動が生の欲動へと転化し、マルクスの言い回しをかりれば、死んだ労働になることを欲望する生きた労働、機械を偏愛し機械になれない自分に絶望して機械と同一化し機械に恋着するような自我の形成である。同一化と恋着が人間としての他者や、この他者を介した理念や観念(宗教の教義や不合理な陰謀論を信じること)へと収斂するのではなく、文字どおりの「物」的なものに同一化、恋着する。「電子技術社会」を代表する当時の議論でもあるサイバネティクスについてフロムは次のように指摘した。

「サイバネティック的人間はあまりにも疎外されているため、自分の肉体を成功するための手段としてのみ体験する。彼の肉体は若々しく健康に見えなければならないのであって、それはパーソナリティ市場における非常に貴重な資産として、ナルシシズム的に体験されるのである(注68)」

 サイバネティックス的人間は感情ではなく頭脳によって方向づけられる。こうした傾向は、「事務員、セールスマン、技術者、医者、経営者、そしてときに、多くの知識人や芸術家たち―実際、都市に住むほとんどの人びと」にまでみられ、「頭脳的=知的アプローチは、感情的反応の欠如と共存」する一方で感情は野生のまま「破壊する情熱となって現われ、また性やスピードや騒音に対する興奮となって現われる(注69)」。そしてフロムは次のように書いている。

「ある特別な種類のナルシシズムで、その対象は彼自身―彼の肉体と技術―である。要するに成功の手段としての彼自身である。唯知的な人間は彼が造った機械の一部になり切っているので、彼の機械もまた、彼自身そうであるように、彼のナルシシズムの対象となる。実際この両者の間には、一種の共棲的関係が存在する。すなわち「一顧の個体が他の個体と(あるいは自己の外部のいかなる他の力とでも)結合した結果、それぞれが自己の全体性を失い、互いに依存し合うようになる。象徴的には、人間の母は自然ではなく機械である(注70)」

 人間がもつ感性的な側面が剥ぎ取られて、物化され、性愛も技術に還元され、愛の機械となる。生きている喜びも娯楽産業が提供する商品に依存する。

「世界は生命のない人工物の総和となる。合成食品から合成器官に至るまで、人間は全面的に、彼が支配すると同時に支配される全体的な機械の一部となる。彼は計画も、人生の目的も持たず、ただ技術の論理の決定によって彼がなさなければならないことをなすだけである。彼は彼の技術的精神の最大の達成の一つとして、ロボットを造ることを熱望している(注71)」

 こうしてフロムはネクロフィリアの性格が核武装、核戦争への傾向に見いだせるだけでなく 「全面的に技術化された生命なき世界は、死と腐敗の世界の別な形にすぎない」と結論する。ほとんどの人が自覚化しえていないこの事態は、フロイトがいう意味での抑圧の結果であって、それがしばしば「死と腐敗に魅せられる気持ち」として表出する。
 フロムは、「機械的――生命のない――肛門愛的」という図式で上記のような傾向を論じるのだが、現代社会の圧倒的多数がフロムがいうような機械に支配された世界を肯定し、機械化=近代化=進歩の幻想にとらわれているとすると、これを肛門愛的とみなすことは妥当ではないと思う。フロイトであれフロムであれ多くの精神分析家は、肛門愛と口唇愛を性器愛と比べて精神的な疾患の原因として指摘する傾向があるが、性器愛こそがむしろ、近代的人間の異常性の根源にあるとみなければ支配的な社会制度それ自体がネクロフィラスな状況に支配されていることの説明がつかない。つまり、正常な性欲動の抑圧のコンプレクス(その典型がエディプスコンプレクスだがコンプレクスはこれに限らない)の過程を経て抑圧と抵抗によってこの機械化の世界が強いるネクロフィラスな欲望による秩序に自らの身体を同一化・恋着し、そのことによってこそ性器愛を基礎として人口の再生産、つまり世代を超えてこのネクロフィラスな秩序を再生産する仕組みを構築しているのではないか。ネクロフィラスは死体となるべき生きた人間を必要とするという逆説を含む残酷な社会である。それこそがこれまでの資本主義を形成してきたのだ。
 ネクロフィラスな秩序こそがバイオフィラスな秩序を規定するということは、マルクスの言い回しでいえば、死んだ労働による生きた労働の支配であり、この支配が労働者の意識をも包み込み、この関係を介して、人間は〈労働力〉となり、この〈労働力〉が商品として物化へと引き寄せられながらも、完全には物化することはできないなかで、資本は〈労働力〉を物とみなすネクロフィラスな欲望によってのみリビードの備給を発動でき、この資本に同一化・恋着するように促すのが、労働者の日常生活をとりまく市場が供給する商品の象徴的な意味作用なのだ。しかし、資本のネクロフィリアは、法人格におけるそれであるという意味で、ミクロの集団心理の構造をもち、市場経済全体のメカニズムは市場経済のマクロな集団心理の構造をもつことになる。のちにみるようにネクロフィリアを皮肉にも生政治と呼びうるような事態がおとずれつつある。フロイトが死の欲動と呼び、戦争の欲望を否定しえないものとみなさざるをえなかった事態が、この残酷さを維持したまま生の欲動を支える可能性に資本が注目しはじめている。

ライヒのマルクス主義とフロイト主義の結合

 フロイトが無意識を「発見」したことによって、存在と意識の全体構造が再構築されなければならなくなる。ファシズムの時代に、この問題に最も真正面から取り組んだのがウィルヘルム・ライヒだった。精神分析の専門家として性格構造分析の重要な業績をあげながら、マルクス主義の方法をフロイトの心理学と統合するなかで、ファシズム批判を展開し、階級意識をめぐる特異な観点を提起した。ライヒは、マルクスがいう人間の存在とは、労働や生産関係だけでなく、人間としての存在総体を含むものであって、そのなかには必然的に人間の性格形成にとって不可欠な幼児期の家族関係も含まれるとみなした。労働者階級に属する者たちは、一方で、マルクスが主要な分析の舞台とした労働者として資本―賃労働関係という階級関係によって規定される意識の部分と、他方で、家族関係に規定される性格形成に基づく意識の部分があり、この二つの意識のずれを抱える存在が労働者個々人の社会的存在としてのありかただとみた。家族関係を媒介にしながら、階級意識に還元できない、伝統や民族的な意識などが形成される。そして、またここにフロイトが強調する性的な欲動によって規定され無意識のなかに抑圧されながら意識に作用する両価的な構造も存在することになる。ライヒは次のように言う。

「現実にそくして云うなら、平均的労働者は、二者択一で割り切れるほど革命的でも保守的でもないという事実を発見できたであろう。むしろかれ労働者は、一つの葛藤状態にある、というべきであろう。なぜならば、一方においてかれの心理構造は、かれのおかれている社会的立場から派生し、それゆえにかれを革命的にする。しかし他方、かれのおかれている権威主義的な社会環境から、かれを保守的にもするからである。こうしてかれの革命的傾向と保守的傾向は、たがいにせめぎあって葛藤状態を形成する。この葛藤状態を理解し、反動的な要素と革命的な要素が、労働者にどんな具体的形式で働いているかを発見するのが、決定的な重要性をもつ。同じことが、もちろん中産階級の成員にもあてはまる(略)。社会―経済理論がどうしても理解できないのは、中産階級の成員がすでに窮乏化の過程をたどっているのに、なぜ革新を怖れ極端な反動に走るのかという事実である。かれもまた、反逆の感情と反動のイデオロギーの相克に悩んでいるのである(注72)」

 労働者は革命的か反動的かという二者択一では割り切れないからこそ、ライヒは、労働者階級を保守的にする権威主義的な社会環境を取り払うことこそが、革命的な条件の形成にとって必須の課題だとみた。労働者階級が抱え込んだ葛藤は、個人的な問題ではなく、「あらゆる社会秩序も秩序の必要とする構造を秩序の成員がつくりだす」のであって、社会の成員でもある労働者がこの秩序にとって必要な構造を作るという関係なくして戦争など可能になるはずがない、とライヒは言う。経済構造と大衆の心理構造の関係は、支配的イデオロギーを論じるだけでは不十分であり、経済構造上の諸矛盾が大衆の心理構造に及ぶメカニズムを論じる必要があるとみたのだ。「可能なかぎり社会の諸条件と性格構造が形成される関係、わけても直接的な社会―経済的説明では不可能な思想、つまり非合理的な思想の把握が先決である(注73)」。ナチズムで、なぜ神秘主義が科学的な社会理論に勝つことになったのかは、こうした視点に立たなければ理解できない。
 ライヒは、この現実に対して主流のマルクス主義が労働者階級の葛藤を軽視し、経済決定論に傾いていることを強く批判した。労働者をこの葛藤から救い出して階級意識に基づく集団として組織化するには、葛藤を生み出す一方の要因、「権威主義的な社会環境」との闘いが不可欠になる。この側面の分析を担うことができるのが階級的な精神分析の役割だと考えた。
 ライヒが主張している観点は、階級という観点を別にすれば、フロイトが「大衆心理」で論じた自我と集団との間の葛藤の枠組みと一面では相通じる。フロイトが集団心理を探るなかで原始群族の心理へと回帰したのに対して、ライヒは、その根源を資本主義内部にあって大衆の性格構造の再生産を担う家族の機能に求めた。私はこの点でライヒの観点を支持する。資本主義的家族関係のなかで形成される性格構造が集団への同一化や恋着の前提にある。とすれば、権威主義的な環境、つまり資本主義的な家族制度から権威主義的な集団への同一化が容易に生まれることが想定できる。
 ライヒは資本主義における家族の位置を次のように述べる。

「家父長制社会における経済状況と性・エネルギー経済状況が、相互に絡み会っている社会制度を研究しなければならない。この制度の研究を抜きにして、性・エネルギー経済や家父長制イデオロギーの把握は不可能である。いかなる時代の民衆の性格構造―たとえば国民性や社会階層といったような―の研究も、社会―経済と性・エネルギー構造の組み合わせが、社会の構造的再生産と等しく、人生の最初の四、五年の内に、権威主義的な家族において発生するという事実を示している。教会だけがこの機能をのちのちまで持続する。こうして権威主義国家は、権威主義家族内に巨大な利益を育てる。つまり家族とは、国家の構造とイデオロギーの原因なのである(注74)」

 ライヒは家族関係に内在する対立を「国家権威の執行機関である両親」とこれに反抗する若者という構図で描いてもいる(注75)。ライヒは、ナチスの青年組織のような反動的な集団へと組織されるのか、あるいはスポーツなどの非政治的なレジャーへと情動が組織化されるのか、それともプロレタリアの解放運動に組織されるのか、つまり若者の自我が同一化と恋着によって方向づけられるとしても、その方向は相互に対立する集団の間の選択として現れるとみている。既存の権威に対する若者の反抗が、客観的な階級によって一義的には決まらず、労働階級の若者だから左翼の運動の担い手へと向かうばずだという仮定を置くことができるほど単純な構造にはない。若たちが求める理想は「自分自身の生活を把握し、この生活を自分自身の意志にしたがって形成すること」であり、こうした理想を目的意識的に追求しうる運動の構築が必要になる。指導者への無条件の服従や国益のために命を捧げるといったことを拒否すること、つまり支配的な組織や指導者への同一化と恋着からの解放を目指す運動だ。これは、集団心理の核心をなすこれらの条件から一旦リビードを引き上げ、自我を客観的な階級構造に沿って再建することであり、そのためには支配的なイデオロギーやまやかしの神話によって自らの内面に形成された超自我、つまり、オイディプス・コンプレクスによって生育期に親との関係を通じて内面に組み込まれて権力の手先となった性道徳の規範をなす自我の一部と闘わなければならない。「社会革命を発展させことができるのは、青年男女の諸必要と諸矛盾だけからである。これらの必要と矛盾の中心に位置しているのは、青年男女の性生活という巨大な問題である(注76)」。こうしてライヒはSex-Polの運動を立ち上げた。
 資本主義が、市場を支配する資本と近代国民国家による統治機構という二つの構造を通じて制度としての再生産を維持しようとするとき、人間それ自体の再生産の基本を資本も国家も直接みずからの組織では担うことはできないという限界を抱え込むことになる。ライヒの前述のような観点、そしてまたフロイトが指摘する個人の性格形成に与える幼児期の性的リビードの構造形成にとって重要な時期を家族に委ねざるをえず、また資本にとっても国家にとっても直接の制御が及ばない場所として抱え込まなければならない。家族関係の場所そのものが資本主義の制度的な限界をなしリスクでもあるからこそ、家父長制によるエディプスコンプレクスを通じた性道徳規範の形成は、権威への従属の性格構造を形成するうえで不可欠の条件をなす(注77)。
 家族が資本主義が家父長制的で権威主義的なものとして制度化されるという場合も、人間の性格構造の形成に対しては制度を通じた形式的な包摂しかなしえなかった。(注78)親に権威主義的な性格形成のための子どもの躾を委ねる以外になかった。これを学校教育が側面から補完し、年齢が上がるにつれて子どもの社会性の醸成のなかで権威主義的な性格を与える外形的な力を行使できるにすぎないともいえた。特に、学校教育は子どもの性的な欲動のありかたを直接制御するためのノウハウをもっていない。いわゆる禁欲的な教育を間接的にほどこすのが精いっぱいということになる。純潔教育はその典型だが、性的欲動はこうした抑圧を容易に回避して学校文化や学校の秩序から逸脱するサブカルチャーのなかで性的な関係の現実を子どもたちは習得する。子どもたちもまた権威主義的で家父長制的な性の秩序を模倣することになる。こうした模倣が可能になるのは、そもそもが、学齢期以前に家族が子どもに対してもつ親と子の関係のなかの性的抑圧の構造によるリビードの配置、あるいは超自我の分化の芽生えである。ライヒは次のように述べている。

「児童における自然な性欲、ことに性器性欲の抑圧は、権威主義的意味で、児童に、不安、内気、従順、権威についての恐怖、「よしとされる行為」、「適応の仕方」を教える。このような抑圧が、権威に反抗しようとする力を麻痺させるのは、いかなる反抗も、権威の挑戦に不安をもたらさずにいないからである。抑圧は、児童における性的好奇心や性的施行の制止により、思考や批判能力の一般的制止を招来する。要するに性的抑圧の目標は、権威主義的秩序の維持にあり、あらゆる貧困と退化の源泉であるにもかかわらず、抑圧に甘んずる人間をつくることにある。まず児童は、権威主義的な国家構造の縮図である家族に適応しなければならない。このことがのちに、普遍的な権威主義的支配体制にかれを隷属させる原因となる。権威主義的な支配構造の形成は、性的な欲求実現の禁止と性的不安で固定される場合に可能となる(注79)」

 ドゥルーズ=ガタリはライヒについて「欲望と社会野との関係という問題を最初に提起したひと」であり、また「唯物論的精神医学の真の創立者」として高く評価する一方で「欲望的生産の概念を十分に形成していなかったので、経済的下部構造そのものの中に欲望が介入すること、また社会的生産の中に欲動が介入することを規定するまでには至らなかった(注80)」と指摘している。ドゥルーズ=ガタリはライヒの問題意識を継承した稀有な立場をとったことは強調しておかなければならない。ライヒが欲望的生産に内在する資本主義批判を展開できなかったのは、マルクスが資本主義批判を商品の使用価値批判として、〈労働力〉再生産過程に踏み込んで展開するところまで至らなかったことに、その理論的淵源がある。ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』は、この欠落を埋めるべくして書かれたものだという点を抜きにして彼らの資本主義批判を論じることはできないだろう。他方で、私は、再度マルクスの商品論における使用価値を再構成するところに立ち戻ってライヒの問題提起をCTCによる支配的構造に繋げたいと考えてきた。ドゥルーズ=ガタリや精神分析、精神医学が資本主義に果たしてきた役割についてはいずれ論じるべきときがくるだろうが、いまは最低限、このことだけを指摘しておきたい。

3-4 資本主義的非合理性

近代における非合理性の位置

 近代合理主義の支配と表裏一体をなして19世紀は近代ロマン主義をも成熟させる時代だった。これは近代合理主義の必然的な陰の同伴者であり、合理主義が取りこぼす人間の情動を捉える役割を果たした。工場の機械による秩序と都市の路上のあたかも「祝祭」であるかのような雑踏を「文化」が制御する。資本主義の歴史は、上部構造領域を土台を担う資本が侵食して土台化する過程であり、文化はもはや上部構造ではなく、文化産業の形成によって土台化する。この延長線上に、情報産業が形成され、これらが現代の資本蓄積の中枢を占めるようになった。この過程は、資本が上部構造領域へと拡張したともいえるから、土台の上部構造化でもあり、以下で述べるように、土台と上部構造の二階建ての構造が相互に融合するようになる、ということだ。この融合の構造は、政府の統治機構へのCTC資本の関与と生活過程への意味使用価値を介した関与という二つの経路をとって進展してきた。
 資本主義最大の問題は、資本の基本的な行動原理である速度と正確性とは本質的に抵触する「人的資源」を憎悪と敵意を隠しながらいかにして籠絡するか、にあった。機械化による〈労働力〉排除はその直接的な表現であり、「消費」過程を資本が供給する商品の使用価値によって編成することによって、生活様式を資本の価値観の枠に抑え込むこと、つまり欲望の形とその充足を資本の循環に組み込む方向で社会の「発展」や「進歩」が企図されてきた。
 しかし同時に、機械と接合する〈労働力〉として資本によってあたかも物であるかのように再構成・処理される人間類型からはみ出す部分に、マルクス主義者や社会主義者が階級意識の可能性が生み出したとすれば、ファシズムや右翼は伝統や太古への回帰を可能にするようなロマン主義の余地を見出そうとした、といえる。その時代に支配的な人格を構成するのは、マルクスが資本主義批判の方法として資本家を資本の人格的表現として扱ったように、支配的な階級を構成する人間集団に基づく集合的な人格である。しかし、マルクスは、資本という人格的な条件を欠いた価値増殖体に基づいていかなる「人格」が構築されるのか、という問題をさして重視しなかった。〈労働力〉商品の担い手としての労働者についても、その人格を人格そのものとしては扱っていない。少なくとも、『資本論』の執筆段階ではそういっていいだろう。
 いつの時代にも共通していることだが、その時代の支配的な意識は、人口の少数者でしかない支配層の集団的な意識によって規定される。また、そうであっても、この支配者の意識に対する抵抗の意識もまた形成されるから、こうした社会内部の複数の相対立する意識の存在をめぐる問題は説明を要する。資本主義の場合、人口の多数が〈労働力〉となるにもかかわらず、少数にすぎないブルジョワジーが身体性の主導権を握り、資本の人格的な表現を代表し、これを労働者階級にも浸透させて、社会総体の意識に定位する。時代の支配的な人間のありかたを情動領域も含めて、社会の規範・典型をなすものとして教化・訓育する制度が構築されることによって、この情動は制度的に、支配者たちに有利に再生産される。資本が供給する商品の使用価値から構成される日常生活の生活様式と、生産過程で資本の指揮監督のもとに従属する〈労働力〉が、労働者の意識を規定し、学校と家族は、こうした制度の中核をなす。しかし、19世紀にあっては、労働者の情動世界、つまり日常生活は、物としての商品の使用価値を通じて間接的に資本の世界に形式的に包摂されるにすぎなかった。労働者が見る世界の風景を、その内面に立ち入って制御する技術は存在しなかった。統治機構からも資本の管理からも相対的に自立した擬似的な「外部」からの眺めとして、資本家が眺める世界とは別の世界が見えていた可能性が大きく、この意味で資本は生活世界総体を包摂することはできなかった。民衆の抵抗は、支配的構造からは容易に理解しえない「世界」をある種の心象風景として共有できるかどうかにかかっている。抵抗の力は、このパラレルワールドから制度の間隙や亀裂を通じて表出する。支配的構造は、このパラレルワールドに楔を打ち込み、世界観の「標準化」を図り、民衆固有の世界を駆逐しようと繰り返し試みる。この過程が歴史的に繰り返され、少数の支配者の意識をあたかも社会の多数者の意識であるかのように束ねて維持するメカニズムが次第に支配の構造に組み込まれるようになる。20世紀の大衆民主主義が労働者階級を統治機構に参画させながらも資本主義の体制を維持しえたのは、数的には圧倒的に多数であるはずの労働者・民衆の意識を資本の世界意識に統合することを可能にする諸前提の成立が必要であって、これが19世紀末から20世紀初頭の資本主義が抱えた問題でもあった。 この構図のなかで資本は、不合理な人間的な側面を資本の秩序に回収するために、伝統主義を味方につけて、これをナショナリズムの支えとしつつ階級意識やジェンダー、エスニシティをめぐる社会的平等への攻撃拠点に据えた。この構造は、コンピューター・テクノロジー/コミュニケーションCTCの時代になって、コンピューターの合理主義を補完する形で、ある種のシリコンバレー・イデオロギーを構成することにもなった。
 20世紀前半の二つの世界戦争とロシア革命から「社会主義」の成立は――「社会主義」そのものの権威主義化、あるいは国家資本主義への退行という問題も含めて――近代合理主義と啓蒙主義の限界と破綻の現れだった。そうであっても資本主義が延命しえたのは合理性に収まりきらない残余としての、あるいは過剰としての人間を支配的構造のなかで制御するメカニズムを獲得してきたからだ。こうして合理主義と啓蒙主義を補完する思想や理論が20世紀の特徴をなすことになる。フロイトが臨床の現場で対応したのはまさにこの問題だった。アダム・スミスが、経済学という学問も存在しなかった時代に、資本主義経済を解明する基本的な枠組みを提起したのとほぼ同じ役割をフロイトは、人間心理の領域でなしとげた。スミスの後にマルクスが登場することによってスミスのパラダイムは止揚されるのだが、フロイトと精神分析の不幸は、こうした意味での止揚を実現することを可能にするような理論をいまだ見いだせていない、というところにある(注81)。しかし、そうであってもフロイトに戻って意識(無意識)の問題を考えておくことは必要な作業だ。この領域こそが支配的構造によって、事実上囲い込みの主要な標的になっていると同時に、行動主義からコンピューターサイエンスの方法では、この目的は達成できないことも間違いないのだから(注82)。
 資本主義における支配的な人格の合理性から逸脱する残余部分は、削除したり切り捨てることができない人間の本質的な部分である。だから資本の人格的な表現のなかにある合理性と非合理性の必然的な矛盾を内包したブルジョワ的な人間は、資本の時代に固有の人格的な矛盾を表出させることになる。これは階級間矛盾というよりも支配階級内矛盾として表出する。フロイトの精神分析は、このような矛盾が問題化した19世紀末以降の人間の心的次元での問題、主に彼の場合には様々な神経症を通じていわゆる正常とみなされている人々の心にも共通した特徴を見いだした。こうしてフロイトは、資本の人格的表現としての人間の心理とはどのようなものなのか、ブルジョワ社会の支配的な人格の再生産と、これを社会の秩序と調整するための心の科学としての側面を解明することになった。のちにみるように、フロイトの限界は、資本主義という歴史的社会のなかで形成される個人の生育を支える家族関係を、資本主義的な家父長制の帰結として理解することができなかった点だ。当時の人類学の業績に依拠したことにその限界があるとはいえ、人類社会に普遍的なものとしての家父長制を与件とする過ちを犯し、同時に、一貫した歴史認識を踏まえることも斥けた(注83)。
 第2章でとりあげた行動主義やプラグマティズムは、CTCを背景として現代の支配的なイデオロギーになっている。人間の行動を操作することへの過剰な関心は、もはや肉体的な人間の行動への関心から心的な情動が人間の言動(言葉と行動)に及ぼす影響へと関心が移動したなかで、イデオロギーはテクノロジーとより有機的に連携しながら、行動制御のメカニズムを構成するようになった。
 無意識を視野に入れたとき、機械化によって意識的な行為の制御が可能になったとしても、それは人間の行動に対する外形的制御にすぎない。資本にとっても国家にとっても人間集団を自らの支配下に置き、これを〈労働力〉として、かつまた国民として構成する場合であっても、「無意識」はこうした試みから確実に漏れる領域になる。支配的経済学が剰余価値や資本の搾取の存在を理解しえない結果として搾取をめぐる問題を、別の「理論」によって代替する以外の解決策を見いだせていないように、無意識という問題もまた、代替的な理論で対処する以外にない領域になる。
 しかし、資本の搾取理論を否定した支配的経済学が資本主義の矛盾を解決できないままでいるように、無意識の存在を無視するか否定し、意識と行為の連関のなかだけで人間を制御の対象として理解しようとする試みが、人間と社会をめぐる理論の主導権を握っている。予測の科学を道具として権力の正統性を大衆に受け入れさせようとする道具的合理主義は、その期待される結果を獲得するために、宗教やこれに類する非合理的な超越者(国家であれ資本であれ、あるいは独裁者であれ王室であれ)を必要としてきた、というのがこれまでの歴史が教えてくれた事実だろう。AIに代表されるコンピューター技術による監視社会が「解決」すべき課題は、このような意味での人間の非合理性をいかにしてアルゴリズムを介してシステムに実質的に包摂しうるかをめぐって展開されてきたということは、当然の歴史的帰結だともいえる。監視社会の争点の核心に無意識の問題があることを、彼らは経験的に理解しはじめている。しかし、彼らには、この課題を解決するための有効なテクノロジーが存在しない。なぜなら、無意識を排除した意識の科学としての心理学と行動科学によって情報科学の基盤を構築してしまったからだ。時計を1世紀巻き戻して、再度フロイトの助けを乞うことはもはやできない(注84)。
 同様の失敗は、20世紀の社会主義でもみられる。マルクス主義にとって、無意識の問題は、階級闘争と無意識の問題、あるいはプロレタリアートの無意識の問題として、資本とは別の次元で格闘を余儀なくされてきた重要な主題だ。しかし、この主題は、スターリン主義のもとでは1930年代には早々と放棄される。他方で西欧マルクス主義、とりわけフランクフルト学派やエルンスト・ブロッホ、あるいはフェリックス・ガタリのような異例の左翼がこの主題に挑戦することになる。たぶん、こうした見取り図は新しいものではないだろう。すでに述べたように、私はこれに、最も果敢にファシズムと対決しながら敗北の途を歩んだウィルヘルム・ライヒの亡霊を呼び覚ましたいと思っている。ライヒを介することによって、家父長制資本主義への批判の一つの可能性が見いだせると思うからだ。そして他方で、もうひとり、たぶんラディカルな左翼にとっては評判が悪いエーリッヒ・フロムにも既に着目してきた。とりわけフロムがフロイトの死の欲動をさらに一歩進めてネクロフィラスな資本主義的人間をバイオフィラスな人間と対置させて「悪性の攻撃」心理のなかで着目したことをマルクスの「死んだ労働」とフェティシズム論を踏まえながら、死体としての機械=資本の位相をコンピューターの再定義に取り入れたいと思う。マルクーゼはたぶんこの座標軸のどこかに位置付けることが可能だし、ドゥルーズ=ガタリは『アンチ・オイディプス』で繰り返しライヒに言及しており、学説の系譜学としてフォローすることも可能だが、これは本稿の課題を超える。

資本の無意識の欲動

 資本とは価値増殖を自己目的とした運動体だ。資本にとっての欲望は無限に増殖を繰り返す市場経済的な価値への欲望であり、その現象形態が貨幣で示される量化された富だ。貨幣は、市場に供給されているあらゆる商品に対して一般的等価物として交換の主導権を独占する。貨幣の唯一の限界はその量的限界だから、無限の価値増殖は、この量的限界を無限に突破しようとする果てしない運動であり、理論上、この欲望に上限は存在しない。通俗的に経済の「成長」と呼ばれている事柄が意味するのは、このことでしかない。資本の生産過程、つまり市場に供給される商品の使用価値は、その交換価値のフローに沿って構成される。商品の使用価値は、資本にとっては「他人のための使用価値」、つまり買い手にとっての使用価値であり自らにとっては価値の担い手にすぎない。ところが、市場のやっかいなところは、資本の生産物は商品として市場に供給されるために、買い手=貨幣所有者による購買の意思決定に従属しなければならず、買い手の意思は売り手(資本)にとっては自由にならない。たとえば、賃金を得た労働者が、この貨幣をもって市場に登場したときに、彼は貨幣というオールマイティの札によって売買ゲームのイニシアチブをとる。資本がこの過程を自らの支配下に置くためには、買い手の欲望を支配し、競争相手の他の資本を排除することが必要になる。後者は「独占」として市場の構造に組み込まれ、前者は消費者心理の調査と広告の技法によって大衆心理の操作技術の開発を促した。この過程は、資本の価値増殖欲望によって常に促される。貨幣に収斂される無限の欲望は、欲動の特殊資本主義的な現象形態であり、フロイトはこれを性的欲動の転移の体現とみなした。
 資本の人格的表現としての資本家の場合、本来であれば無意識のなかに抑圧されているはずの欲動が超自我の検閲を受けることなく自我を支配する。資本家の超自我とは、性の欲動を価値増殖欲望として全面的に肯定することにある。つまり超自我は無意識と共謀して自我を資本の価値増殖欲望に同調するように調整する。同時に、この価値増殖欲望を満たすための「生産過程」と市場による社会の解体と統合は、飽くなき破壊の過程としてあらわれる。工業化以降の経済における「生産」とは、不可逆的な自然の破壊による人間社会の維持であり、この側面からみると、ドスタール=マリスが指摘するように死の欲動の体現といえる(注85)。資本のリビードは欲望全体が貨幣的欲望へ、つまり資本の収益や利潤として、社会全体としてみるときには、景気の上昇や好況への肯定的な評価として現象するなかで資本は自らの生の欲動を〈労働力〉を死に追いやろうとする欲動によってのみ実現される。これは、サディズムというよりもむしろ死の欲動の特殊な発現形態、ネクロフィリアの欲動である。労働者の労働とは、この資本の死の欲動と同一化し恋着するように促される。これが資本という組織における集団心理の基本となる。資本主義における労働者は「破壊」の担い手になるのだが、これが創造的な行為として真逆の意味を与えられる。
 資本の価値増殖構造のなかに組み込まれた資本の人格的表現としての資本家にとって、無意識に抑圧されるのは、価値増殖を阻害するような欲動のうごめきだということになる。この抑圧対象となる最大のものが、〈労働力〉の人間的側面への配慮である。労働者は価値増殖体にとっては費用にすぎず、資本の効率性と制御可能性に服すべき存在でしかない。マルクスは、資本によって市場で買い入れられた生産手段を死んだ労働と呼び、資本は生産過程で、死んだ労働としての生産手段を介して生きた労働を支配し、その労働のなかから剰余価値を抽出するのだと指摘した。つまり、資本にとって「生きた労働」は必須の条件だが、資本の無意識の欲動は、この「生きた労働」を生産過程で生産手段と結合して、生産物に対象化された労働として固化し、死んだ労働へと転化させる。商品に対象化された労働は死んだ労働である。この剰余価値の抽出を可能にするには、生きた労働を一旦商品に対象化して死んだ労働として扱い、これを市場で貨幣に転化させることが必要になる。資本家は、死んだ労働による生きた労働への支配や、生きた労働を死んだ労働へと転化する過程としての生産過程に内在する人間に対する資本の否定的な情動を抑圧するだけでなく、これを「創造」的な過程として再定義する。
 労働者が資本ととりむすぶ関係は、労働市場で〈労働力〉の売買としてあらわれるわけだが、これをマルクスは、人と人との関係が商品と商品の関係としてあらわれると述べ、人間は商品、貨幣、資本の人格的表現となると指摘したように、物象化の構造が資本のメカニズムを支配する。死んだ労働による生きた労働の支配は、これにとどまらない。生活手段として販売された商品に対象化された労働もまた、家事労働という生きた労働を支配するだけでなく、この生活手段の消費過程は〈労働力〉再生産過程として、人間の生存を規定する。人は、商品の使用価値の「有用性」としての側面を生活過程に取り込むが、これは単なる生理学的な生存の維持を意味しない。あらゆる生活手段の消費の細部に至るまで、消費過程の人間関係と消費の意味の生成が、つまり、人間の意識の再生産に深く関与する。
 私たちは、私生活であれ労働の現場であれ、そこでの知覚作用の全てを、あたかもビデオカメラが録画する映像のように、どのピクセルも平等な権利をもって記憶しているわけではない。少なくとも記憶に直接表れない膨大な知覚が存在する。労働市場を通じて人間が〈労働力〉となる背景には、市場によっては制御しえていない過程があり、これが労働者の意識形成に影響しこの影響が労働過程に持ち込まれ、資本の指揮監督の影響する。
 労働者が〈労働力〉商品の人格的担い手として形成する意識は、資本家のそれとは対照的だ。資本は労働者の快原則を抑圧し、資本によって規定された現実原則を生きるように強いることになるが、その中核をなすのが労働倫理だ。快原則は消費過程のなかで、上限が定められた貨幣の制約のなかに抑圧される。快楽と禁欲は資本の〈労働力〉支配の従属変数になるから、資本主義は禁欲の道徳と消費の快楽による「豊かな生活」の謳歌との両面をいくばくかずつもちながら、心理的なバランスをとるように強いる。しかし、重要なことは労働者の側に形成されるこれらの情動は、資本の人間嫌い、あるいは機械に対するフェティシュな情動によって規定されているということだ。機械へのフェティスズムをさらに規定しているのは、相対的剰余価値の生産だから、究極においては、資本の価値増殖欲望が全てを支配することになる。資本自らの生の欲動が労働者と自然への死の欲動、つまり破壊欲動として現れる。資本主義に固有なのは、資本の組織で、資本家と労働者の集団の間に形成される同一化と恋着が、資本に対しては快原則の貨幣的なリビードの備給として形成される点にある。そして死の欲動が常にこの一連の過程の隠された資本のモチーフとして底流をなす。

プライバシーと家父長制――集団心理を支えるもの

 前述したプロセスはあまりにも資本の生産過程にとらわれすぎた説明になっているかもしれない。労働者は、資本の生産過程と私生活を日々往還しながら生きる。つまり、〈労働力〉の消費と再生産は一人の人間を〈労働力〉として宿命化する必須のプロセスであり、一体のものだ。だから〈労働力〉の再生産過程――その中核を担うのが家父長制的家族である――についてもみておかなければならない。
 家族はプライバシー領域の中核をなす制度とみなされている。資本主義の支配的構造では個人のプライバシーよりも家族を優先し、男性にその権力を事実上委ねる家父長制プライバシーが事実上のデファクトスタンダードとなってきた。プライバシーが資本と国家からの自由の空間であるというのは、もっぱら男性にだけ当てはまるにすぎないものだった。そして、同時に、このプライバシー空間は、人間の生育の過程で家父長制的な性道徳を内面化させるための場所として、権威主義的パーソナリティ形成を担うことになる。
 性的な欲望とその発現のありかたは、近代社会の個人の権利とされてきたプライバシーの権利が実際には家父長制家族のプライバシーでしかないという特徴と密接に関わる。自分の内面にある欲望が社会の道徳とどのように関わるのかを、子どもの時代に親などから学ぶ。フロイトの理論を前提にすれば、口唇、肛門、性器性欲の多型性が性器性欲へと収斂するように促されること、親との間に形成される近親相姦の欲望が抑圧されて思春期に他者への欲望へと向かうこと、これらは、社会が要求する性道徳の基本的な枠組みに沿って後天的に子ども時代に学習することを通じて超自我として内面化される。しかし、同時に、この性道徳規範から逸脱した欲望は抑圧されるとはいえ消滅することはなく、ことあるごとに超自我の検閲をすりぬけて意識化される。フロイトはこのすりぬけを、夢や言い間違い、冗談や洒落の類いまで、様々な状況のなかにも見いだせるとしたわけだが、同時に、人々にとって重要なことは、この内面に抱えた道徳規範からの逸脱を解放する空間としてのひとりだけの場所、誰からも干渉されない場所が必要だということだ。そうであっても、とくに子どもや若者にとって、家族の空間が文字どおりの意味での監視の目にさらされない自由な空間であるわけではない。家族関係を通じて、子どもたちが生育の過程で学ぶのは、同一化と恋着の情動をどのように発動するか、誰に同一化し、誰に恋着し、自我を誰から引き受け、誰に対してなら自我を放棄してもいいのか、こういった一連の心的装置の作動のありかたを身に付けることになる。
 フロイトの議論を踏まえれば、性的欲望の身体的心理的な多型性と向き合い、そのあからさまで「不道徳」な欲望を肯定することが可能な場所こそがプライバシーが保護すべき場所の核心にあるものであり、これを男性がおおむね独占してきた。ライヒが性的抑圧が権威主義秩序の維持にあることを指摘した場合、性的抑圧のメカニズムは彼が考えていたよりも巧妙だったのだ。プライバシーの空間という性的抑圧の調整構造を通じて、不安、内気、従順、権威への恐怖、よしとされる行為や適応の仕方の学習が、文字どおりの抑圧として感じられない構造をつくることにもなる。ある状況のなかでは、特定の人々には許される「不道徳」があり、これが実は権威主義や道徳を強化する。
 しかし、家族だけがこうしたプライバシーの空間でありかつ権威主義的な心理の再生産の場であるわけではない。フロイトが「文化」の文脈で論じた事柄の多くが多かれ少なかれ、こうした性的欲動と社会の道徳規範との摩擦のなかにある。
 たとえば、ヒトラーが傾倒したワーグナーのなかには典型的な性規範からの逸脱への加担がある。『ニーベルングの指環』の登場人物たちは、近親相姦や不貞ともいえる関係をとりむすぶ。つまり近代社会の契約や規範よりも「愛」を上位に置くような現実原則敗北の美学が描かれる。この登場人物の振る舞いをポルノ映画に仕立てるとかなりハードな「変態家族」の物語になること請け合いだが、むしろ、ワーグナーは左翼の知識人(現代でいえばバディウやジジェクか)を含めて、その物語が聴衆に踏ませる踏み絵、近親相姦の愛(ジークムントとジークリンデの双子の兄妹、彼らの間にジークフリートが生まれる)をとるか、それとも法の掟をとるか、という二者択一を前にして、ほとんど例外なく近親相姦の愛をとるのだ(注86)。
『指環』は法・契約を超越する存在にあからさまに加担する物語だ。これが許容されるのは神話であってリアルな現代の物語ではないからなのだが、ワーグナーが19世紀の作家でありながら、ゲルマンの神話に題材を求めたその動機は、彼が生きた時代のなかにこそその答えがあるはずだということが忘れられがちになる。聴衆による作品への同一化あるいは恋着がもたらす効果がこれだ。劇場という空間やそこで展開される物語がもたらす集団心理の効果は、規範からの逸脱の物語を神話として表現することによって、この逸脱が時代を超越する人間の欲望のありかたをあたかも表現しているかのようにみなされ、そこに法や契約を超越する普遍的な運命が存在するような錯覚を集団的に形成する。これは伝統を背景として成り立つ文化に共通する集団心理形成の特徴でもある。エディプスコンプレクスもそうだが、資本主義の下での家父長制の性規範が人々の無意識へと抑圧した欲動が文化的な虚構の世界で欲動の向かう対象をずらすようにして無意識からの召喚を促すことで支配的な文化が権威主義と共謀する。
 私にとって興味深いのは、日常生活の現実の場面であれば決して許されないであろう規律違反が美しい愛の物語として賞賛されるという現実と虚構の間にある矛盾を、鑑賞者のほとんど誰もが気にもしていないか、あるいは芸術の美学によって一時的に規範を逸脱する快楽に浸ることを誰もが暗黙のうちに肯定していることだ。しかも、近親相姦の肯定という一見すると深刻な事柄を肯定的に受容させるところに物語の力がある。物語は、資本主義的家父長制の性規範からの逸脱を真に受けることなくやりすごすしながら、支配的な性規範の逸脱を現実の事柄としては否定するという二重基準を通じた欲動の弁証法になっている。虚構の世界への同一化と恋着がたくみに無意識の欲動の快原則を飼い馴らす一連の過程になり、現実の性規範との対立が文化の枠組みのなかで止揚される。文化的な虚構におけるその逸脱が現実の家父長制家族の規範と表面的な対立と矛盾をみせながらも実際には、この規範からの逸脱が虚構のなかで昇華されるように仕組まれている。観客たちは、現実の社会におけるタブーの規範を実際に破ることはないばかりか、社会の規範を守るべき立場の者たちもまた率先してこの近親相姦の愛の物語に陶酔する。劇場という公共空間のなかにあっても、聴衆は自らの性の規範を逸脱する快楽と愛の世界を堪能できるのは、そこには心理的なプライバシーの空間を構築できるような人格の構造があるからだ。
 ここには、イデロギーの違いがもたらす集団心理とは異なる別の集団心理が作用している。ワーグナー主義者がヒットラー主義者であるという等式は成り立たず、むしろ多くのワーグナー主義者たちは、ヒトラーがワーグナーに傾倒したことからいかにしてワーグナーを救い出すことができるか、という立場に立つことが少くない。ワーグナーの反ユダヤ主義がその楽劇や著作から明らかだったとしても、感性が理性的な判断に容易には従おうとはしない。同一化と恋着は重層的な構造をもって、人間関係、集団相互の関係のなかで、理性的な判断を凌駕して作用することが決して少くない。だからこそ、権力は、この情動を組織し動員することによって、批判的な理論の攻撃を無化して、非合理な行為を正当化しようとする。権力に抗う側もまた、この同じ誘惑のなかで権力のこの非合理と同じ手法で集団心理を構築しようとする罠に陥るとき、革命は悲劇となる。ライヒが直面したのはこの問題だった。
 同一化と恋着と集団心理の問題の核心が家族制度と不可分であるところから生まれるこうした問題が、プライバシーとその権利をめぐる問題と密接に関わることはこれまで議論されてはこなかった。無意識のなかに抑圧された欲動がプライベートな場所で解除されるのは、睡眠中の夢にその一端が表出しているように、物理的な空間が重要であるだけでなく、たとえ近代の個人生活のなかで普及してきたプライバシー空間が存在しない長い人類の歴史のなかにあっても、人々は、他者によっては覗くことができない私的な場所を心的なメカニズムのなかに確保することによって、超自我や現実原則の抑圧を調整してきたのではないか。近代社会は、さらに、私的な空間(これは土地の私的所有制度、つまり土地の商品化なしには成立しない)が確保されることによって、性をめぐる欲動が発動される構造が、現実原則と快原則の二重構造の矛盾を制度化するように、心的装置と客観的な制度の両方が構築されてきた。プライバシーの権利として主張されてきたことのなかには、性的欲動を構成する具体的な人間関係の日常的な振る舞いが、直接支配的構造の監視の外部にありながら、しかし、家父長制を通じた大人たちによる監視――特殊資本主義的な近親相姦の抑圧と、これに伴う特殊歴史的な無意識の形成――にさらされる構造が構築されたのである。ここでいう「監視」は刑務所のようなものではない。文字どおりの内面の欲動として外部に直接露出することがない欲望から家族内部のプライバシー空間のなかで発現される欲望まで、社会の道徳的法的な規範からの逸脱が制度的に可能でありながらそれが社会全体の規範構造を侵犯しないような歯止め、つまり、個人の内面に抑圧しながらもひそかに発現可能な環境と個人の限られた閉鎖的な空間において他者の干渉が排除された環境がプライバシーの権利の前提をなす。
 この「プライバシー」の主観的・客観的な環境は、20世紀以降、コミュニケーション・テクノロジー(電話からインターネットへ)と精神分析や精神医学を通じて、徐々に脆弱になってきた。私的な言動が外部へと漏出する回路が形成されるにつれて私的な言動や内面の欲動がそのままメッセージとして外部に漏出する可能性が高まり、社会規範や道徳、法と抵触するようになる。この漏出の回路は、コンピューター・コミュニケーションによって形成される非知覚過程によるデータ化されたプライバシーをめぐるフィードバックを通じて「私」の意識の社会との自己調整的な組み替えを含む。プライバシー領域で例外的に開放されていた欲動――その多くは直接・間接に性的な規範を逸脱することによってこそ発動される欲動――もまた漏出することになる。一方に、ある種のワーグナー効果とでもいえるような、情動による社会的な契約や理念からの超越現象が様々な形で表出する。いわゆるSNSにおけるヘイトスピーチや誹謗、フェイクニュースなどがあり、他方に、権力自らが法の支配を逸脱しうる力を行使できるところにこそ権力の権力たる正統性があるのだというカール・シュミットが指摘したような集団的な心理の権力的表現が存在し、この両者がともに資本主義社会を構成する集団としての人間をめぐる本質的な矛盾の二つの現れを構成している。監視社会の問題は、個人であれ集団であれ、無意識をめぐるポリティクス、権力作用がテクノロジーや資本蓄積様式を通じて社会を構成する人々を支配的社会に同一化と恋着によって包摂する問題なのだ。死やネクロファラスな欲望や不道徳とされる性的な欲望が個人の内面に封印しさえすれば資本主義の人権や自由の建前が維持できるといった二重基準を、コンピューター・テクノロジーが破壊してしまった。プライバシーの権利によって監視社会を批判する観点には限界があることはこれまでも指摘されてきたが(注87)、プライバシーのシールドを剥ぎ取られた資本主義的人間の内面にうずまく差別、偏見、憎悪やあるべきではないとされる性的な欲望やフェティシズムを、では、どうすべきなのか。資本主義はその答えをもつことができないのは当然としても、反資本主義からコミュニズムを展望しようという私たちはもまた、まだその答えを出しあぐねているようにみえる。私たちもまた、言葉にしないという道徳律を教育することがせいぜいであり、法による処罰が次の手段となるといった程度のことしかできないように感じている。しかし、権力者たちは、この近代のプライバシーの権利に保護されてきた家父長制家族が生み出してきた悪魔を飼い馴らすことを具体的に考えはじめているように思う。たとえば、ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)のような技術への関心が急速に高まっていることにこのことが表われている。人間の心理の内面への直接の物理的介入である。私はこうした手法は失敗するだろうと思っているが、むしろ脳科学をコンピューター・サイエンスとして再構築したがっている政府や軍や研究者たちは、この方向をとることによって一気に監視テクノロジーの限界領域をほぼ無限大にまで拡張できると信じているように思う。

コンピューター・テクノロジー/コミュニケーションと集合意識形成

 さらに、ここで本論の課題との関連で述べておかなければならないのは、コンピューターを介在させたコミュニケーション(CTC)が支配的な現代にあって、フロイトの集団心理の議論をどのように理解すべきか、というもうひとつの課題である。同一化や恋着は、「私」と人間集団との間のコミュニケーションを通じて形成される。想定されている人間関係は、「私」対集団の間のあくまでも「人間」相互の関係である。この関係のなかに、同一化や恋着の感情が形成される場合に、メディアのプロパガンダが少なからぬ影響を与えることはありうるから、何らかのメディアが介在することはフロイトの時代であれば当然想定されていただろう。しかし、メディアの受け手である「私」がどのようにメディアを受容し、どのような感情を持つに至ったのかを直接知ることはできない。メディアは一方通行でしかないが、人間とのコミュニケーションは双方向的であり、この過程を通じて私の相手に対する認識や印象は修正されながら関係が調整される。会話であればリアルタイムで、手紙であれば時間的な遅延を伴う。学校や職場の管理者と管理される者の間の上下関係は対等な双方向性ではないが、支配‐被支配を含む双方向コミュニケーションを通じて調整される。この意味で人間の相互コミュニケーションはフィードバックを含む。
 CTCは、人間相互のフィードバックとはそのメカニズムを全く異にするが、マスメディアの時代にはなしえなかったフィードバックを折り込むことが可能になった。コンピューター・コミュニケーションでは、相手は、「私」を追跡し、「私」に関するビッグデータも参照しながら「私」をプロファイルし「私」の情動を制御しようとし、これがうまくいかないと判断されれば、制御方法を微調整しながら「私」につきまとうことができる。しかし、こうしたコンピューター・コミュニケーションが及ぼす私の情動に対する影響を「私」はコンピューターによる機械的な作用として自覚するのではなく、対象に対する「私」の純粋かつ率直な印象に基づくものだと直感する。他方で「私」に生起した同一性や恋着は、機械的に操作されフォードバックを通じて制御される隠されたコミュニケーションによって操作可能なものになりうるか、あるいはそうなる方向で技術開発が展開されるようになってきている。人間相互のコミュニケーションに、当事者が知覚しえないコンピューター・コミュニケーションの回路が付随し、これが再帰的に情動の制御を担う。私はこれを非知覚過程と呼ぶ。この非知覚過程を支えているコンピューター・コミュニケーションのネットワーク構造はグローバルで複雑なものであり、私たちが自らの意識や感情あるいは他者との相互コミュニケーションに人為的なメカニズムがこれほどの規模で関与するようなことは人類史のなかで初めての出来事だ。この問題についてはあとの章でより立ち入って検討する。
 集合意識はSNSが形成する諸個人が各自それぞれに形成する人間関係の集合の総和として星雲状に展開され、あたかも中心が不在であるかの印象を与える。そうであっても、多くのフォロワーをもつインフルエンサーたちとそうでない者たち、トピックによる偏り、人種差別的なメッージをめぐる明らかな賛否をめぐるAIによるマッピングが政治的な傾向(リベラルか保守かといった伝統的な分類であっても)と相関する傾向があったりもする。コミュニケーションの前提となる情報発信の手段がほぼ対等である場合であっても、こうした発信の影響力の差は、コンテンツに対する評価の差を表しているとしても、ここには、人々の意識的な評価に加えて、非知覚過程のコンピューター・アルゴリズムによって操作された要素が加味されている。最もわかりやすい例は、トランプ政権を支えた右翼の諸勢力によるCTCの戦略的な活用だろう。トランプに対して有権者たちが抱いた恋着と同一化のあからさまな心情吐露は、ネットならではのことであるというよりも、ネット以前からみられたショービニズムと私的な情動が、ネットという不特定多数と繋がるメディアを得ることによって公然化したものとみるべきだが、こうした集団が構成される背後には、ケンブリッジ・アナリティカがフェイスブックの膨大なデータを解析し、保守的な浮動票にターゲットを絞った選挙メッセージを集中的に発信するというこれまでになかった世論操作技術の結果が含まれている。(注88)つまり、SNSの時代にはそれなりの恋着と同一化の心理を生み出してもいるが、これが純粋に意識されたコミュニケーション過程に基づくとはいえない、ということだ。フロイトが軍隊と教会を例としたことは、国家と宗教への個人の心理的な関わりの問題として理解することができたわけだが、SNSの時代の集団心理は、AIや機械学習などによって構築された非知覚過程を抜きには説明できない。そうであっても、人々は、様々な情報やコミュニケーションを通じて、最終的には「自分の」意志で行動を選択したという実感につなぎとめられるところは変わることはない。同時にコンピューター・テクノロジーが支配的な時代を主導したアメリカのシリコンバレーの企業群には、カリフォルニア・イデオロギーと呼ばれる独特な価値観もまた蔓延した。(注89)いわゆるテック産業のプログラマーや技術職の労働者は、労働者ではなくクリエターなどと呼ばれ、階級意識を押さえ込むような価値観が支配的になる。このイデオロギーに抗してテック産業の労働者たちの運動が、非正規のマージナルな職種(つまり、清掃や食堂などハイテク産業の周辺で不可欠な労働を担っていた移民や女性の労働者たち)から広がりはじめる。数万人規模でGoogleで働く労働者が労働運動の伝統ともいえる職場放棄を敢行するまでになる。シリコンバレーの階級闘争の存在を視野に入れるとき、ケンブリッジアナリティカとFacebookやGoogleが加担してトランプと共謀した非意識過程の問題は、支配的構造をめぐる闘争でもあり、階級闘争の新たな地平を形成することにも繋るということを押さえておく必要がある。
 資本主義的な意味生成の過程は、非知覚過程が構造化されるにつれて、これまで形式的にしか包摂しえなかった個人の言語や象徴に収斂する表現行為にインタラクティブに介入できる道筋を見いだしはじめた。従来のメディアではなしえなかった消費者の能動的な行動、消費者とのインタラクティブな関係、たとえば、寝室やトイレに持ち込まれるスマホやIoT機器によるデータ収集機能は資本主義的な非知覚過程が私たちの身体と接する「端末」になることで可能になるのだが、日常的な行動のリアルタイムによる追跡と解析を通じて、生活世界総体の包摂が可能になってきた端的な表れともいえる。
 この観点からすると、商品の意味使用価値もまた変容することになる。たとえば、掃除ロボット・ルンバであれば、清掃の自動化が直接的使用価値であり意味使用価値もその周辺に形成される。電力会社のスマートメーターももはや電力消費量を測定することが主要な役割とはいえない機能を搭載している。新型コロナウイルス感染症で急速に普及した店舗などの体温センサーには、顔認識機能が搭載されていることも珍しくない。利用者は体温を測定するつもりでも、実は顔生体データまで取得されてしまう。こうした例は他にも随所に見いだすことができる。パソコンやスマホからクラウドと連携する家庭内のAI機器、GoogleアシスタントやAmazonのAlexa、AppleのSiriなどに至るまで、これらの機能は、商品売買を通じた所有権の移転の古典的なモデルはあてはまらない。AIが搭載される結果として、購入して「自分の所有」になったはずの商品が、実は売り手によって買い手の動静を把握するための端末として機能しつづけることが当たり前になってきた。
 消費者に半ば意識されながら完全には理解しえないかもしれない機能がこうして付随するのが非知覚過程が資本や国家によって構造化された現実的なあり方だ。こうして、直接的使用価値や意味使用価値には属さないデータがメーカーのクラウドに送信されて蓄積され、必要に応じて他のデータベースと照合されながら利用されたり、他のメーカーとデータ共有されたりする。消費者の利便性に関わる部分は意味使用価値を形成するが、そうではない部分は積極的には宣伝されずに隠される。「個人情報の取扱」といった文書のなかで言及されることがあったとしてもほとんどの消費者は気づかないかその内容を理解できないままスルーしてしまう。こうして、商品の使用価値は、プライベート空間での消費者の動静そのものを推測するための端末としての機能を担うための表向きの役割を担い、売り手の本当の狙いは、非知覚過程に密かに潜り込むことによって、寝室やトイレを覗くことを介して私たちの意識の内面を探ることにある。構造化された非知覚過程はプライバシーの権利を回避する巧妙な手口だ。
 そしてもうひとつ、私たちのコミュニケーション相手もまた、容易にプライベートな空間に入り込めるようになった。SNSでしか会話したことがなく、会ったことがない誰かと寝室で「会話」することが違和感なく受け入れられることによって、プライベートな会話の場所と不特定多数がアクセス可能な場所での会話の区別が実感として把握しづらくなる
 プライベートな空間では、抑圧された性的欲動が一定程度解放されうるが、プライベートな空間が成り立たない環境であるにもかかわらず、主観的にはプライベートな空間にいるかのように実感される場合、人はこの性的欲動を抑圧する検閲を解除してしまうともいえる。こうした事態が、人間関係にネガティブな影響をもたらすことは容易に推測できる。非知覚過程は、この混乱を把握しデータとして収集しながら、制御の方法を模索する過程になる。いま、ネットで起きている多くのコミュニケーション上の軋轢や炎上は、資本主義が制度として作り出しながらそれを抑圧すべきとした個人の欲動が、抑圧から解除される回路を得た結果ともいえる。
 こうして、私生活に持ち込まれる市場で購入した商品は、プライバシー空間に入り込み、プライバシーで保護されている場所で、人々は自ら能動的にプライバシーの権利を一時棚上げにして不特定多数とのコミュニケーション空間に参入し、資本は、スマホからIOT端末までを駆使してプライベートな場所にいる人々の動静を把握して膨大なデータを蓄積することになる。こうしてプライバシーは空間による保護を失うことになる。そして集団心理は、非知覚過程を通じたフィードバックを通じて消費生活のなかでリアルタイムに繰り返し生成されるモノの意味を通じて制御され調整されるようになる。同一化と恋着は個人と集団の人間関係ではなく、データ化された個人がAIによって制御された仮想的な集団との間で繰り返されるコミュニケーションを通じて形成される(注90)。この過程で、無意識のなかに抑圧されていた資本主義の支配的構造に内在する偏見や差別をはらむネクロフィラスなリビードが検閲をすりぬけてネットワークに放出される。これは支配的構造に内在する二つの矛盾する傾向、普遍的な人権を偽装した価値と身体性の搾取を維持する欲望との間で繰り広げられる支配の弁証法の現象であって、支配的構造を与件とする人権による差別と偏見の押さえ込みは一次的な効果しか生まない。


(1)サリー・サテル、スコット・O・リリエンフェルド、『その<脳科学>にご用心』、柴田裕之訳、紀伊国屋書店、とくに第二章参照。
(2)「地方公共団体におけるPDCAサイクルの質の向上に資する政策(行政)評価参考事例集」富士通総研 https://www.soumu.go.jp/main_content/000536798.pdf
(3)インタビューによって集団のなかの個人の意識や心理を調査する手法はあり、本書の関心との関係でいえば、アドルノらが行なった権威主義的パーソナリティの調査『権威主義的パーソナリティ』(田中義久他訳、青木書店)や、エーロッヒ・フロムの『ワイマールからヒトラーへ 第二次大戦前のドイツの労働者とホワイトカラー』(佐野哲郎、佐野五郎訳 紀伊国屋書店)
(4)コンピューターに無意識は存在するのか、あるいは、コンピューターは人間の無意識を「理解」できるのか、あるいは、コンピューターが解析できない心はそもそも存在しないのではないか…などなど。たぶん、人間が人間として解放された未来の社会を目指そうとするときに、その最後の根拠地となりうる場所があるとすれば、それは無意識と呼ばれてきた場かもしれない。未だコンピューター科学によって囲い込むための方法を見出すことができていないフロンティアでもある。しかし、これまでこの無意識の領野は、合理主義的近代の裏面をなして、近代の正統性を支配者の歴史観に基づいて過去へと繋ぎとめるために利用されてきた非合理性の拠点でもあった。私たちの課題は、まず無意識の領域をファシストや極右から奪回するとともに、これを資本主義的なコンピューター科学による囲い込みから防衛することにある。
(5)無意識をめぐる学説については、アンリ・エレンベルガー『無意識の発見』、木村敏他訳、弘文堂、参照。
(6)無意識の存在は解剖学的に脳のある組織が担うといったかたちで立証されてはいない。フロイトの局所論や心的な場所の理論は、理論的に構築されたものであって、解剖学的な身体との対応を実証することはできない。これは実証主義からすると、検証不可能な仮説ということになる。フロイトの無意識の重要性は、この検証不可能であることが虚偽や単なる観念論ではなく、科学的な構築物であることを主張した点にある。
(7)Bertell Ollman ‘Introduction’, in Wilhelm Reich, Sex-Pol Essays, 1929-1934. Verso, p. xiii.
(8)『情況』増刊号、W・ライヒ特集 《性の抑圧と革命の論理》、1971。
(9)私が念頭に置いているのは、たとえば、マリー・ランガーらのラテンアメリカの精神分析運動である。Marie Langer, From Vienna to Managua, Journey of a Psychoanalyst, Free Association Books, 1989参照。
(10)しかし、人間がコンピューターによる分析が可能だと誤解することは十分にありうることで、この方が問題としては深刻だ。
(11)誤解なきように、補足するが、「まやかし」や「錯覚」を批判する私が一切の虚偽意識から自由になっているという高みからの批判をしようというわけではなない。「まやかし」「錯覚」への批判が別の「まやかし」「錯覚」をもたらすことはいくらでもある。あるいは人間が言語によって文化的な文脈を理解する枠組を持たざるをえないということのなかに、錯覚をめぐる歴史的に重層的な構造があり、ここから逃れる術を見出すこと自体が、人類前史からの出口を見出すことにも繋るといえるかもしれない。
(12)フロイト「集団心理学と自我分析」『フロイト全集』17巻、岩波書店、132ページ
(13)フロイトの文化等についての著作ではなく、本来の精神分析に関する見解においては、個人の前提をなす集団は、もっぱら家族関係であり、これを越えるものではない。本文で引用した「特定の条件の下では、その人から予想されるのとはまるで違った風に感じ、考え、行為するという驚くべき事実」というフロイトの驚きは、家族関係と個人の枠組によって予想されうる個人の情動や行動を越えた何かがあり、これが個人に影響しているとみているだけでなく、これが晦明されるべき重要な課題だと感じていたことを意味している。
(14)ギュスターヴ・ル・ボン『群衆心理』、桜井成夫訳、講談社学術文庫、16ページ
(15)労働取引所連盟については、ジラール/ペルーティエ『ゼネストとは何か?』(1895年) 猿虎日記 http://sarutora.hatenablog.com/entry/20100312/p1 参照。
(16)ル・ボン、前掲書、32ページ
(17)ル・ボン、前掲書、32ページ
(18)フロイトはこうした問題意識を彼がなぜ重視して課題にしようとしたのかをこの論文では明確には述べてはいない。かつて『トーテムとタブー』を書いたときに念頭に置いていのがヴントの『民族心理学』であり、この「集団心理と自我分析」ではル・ボンの『群集心理』であるように、当時注目されていた集団性をめぐる課題についての影響力のある学説への強い関心が背景にあったといえる。
(19)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、174ページ
(20)この集団の構成員が一致して同一化する対象の存在を彼は、人類の過去へと回帰してアルカイックな世界における創造者としての「原父」にその起源を求めようとする。
(21) 付言すれば、このよく知られた枠組では、父、母の子どもへの性的欲望や男性の女性への暴力という問題が意図的に回避されている。子どもへの性的な支配の問題は、アンナ・Oへの分析の試みなど、初期のフロイトでは自覚されていた可能性がある。ジュディス・L・ハーマン、『心的外傷と回復』、中井久夫訳、みすず書房参照。
(22)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、177ページ
(23)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、179ページ
(24)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、184ページ
(25)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、184ページ
(26)エルネスト・ラクラウはポピュリズム分析の出発点にフロイトのこの論文を置いており、組織の指導者形成の論理のなかに、集団構成員に共通する特徴を特に際だた仕方で提示する者が指導者となるとすれば、こうした指導者は専制的でナルシス的とはいえず、また、構成員がこの指導者を承認する関係には、指導者の説明責任が含まれ、ここには、グラムシのヘゲモニー論に通じる、ある種の「民主的な指導力」の可能性があるとみている(『ポピュリズムの理性』、山本圭訳、明石書店、p.90)。ラクラウはフロイトの発生論的な方法も否定するが、むしろ個人のアイデンティティや文化の枠組みを集団との関係で分析するときには発生論的な観点と、これに伴う性的欲動の機制の問題は必須の観点だと思う。この点で、ライヒやドゥルーズ=ガタリの観点を私は支持したい。
(27)ル・ボンは逆に、いわゆる群集心理や暴動などと言われるような一時的に形成される集団を対象にしている。
(28)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、202ページ
(29)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、195ページ
(30)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、195ページ
(31)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、196ページ
(32)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、196ページ
(33)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、198ページ
(34)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、198ページ
(35)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、199ページ
(36)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、200ページ
(37)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、160-1ページ
(38)リヒャルト・ワーグナー『芸術と革命』、岩波文庫参照。
(39)フロイト、前掲「集団心理学と自我分析」、161ページ
(40)フロイトは、プロイセンの軍国主義は、このリビード構造を軽視したために敗北を喫したとも示唆する。戦争神経症の原因が上官による心ない仕打ちを受けたことが原因であるということもその証左だという。
(41)フロイト、前掲「集団心理学と自我分析」、162ページ
(42)エーリッヒ・フロム『破壊』(合本)、作田啓一、佐野哲郎訳、紀伊国屋書店、参照。
(43)正しさと、暴力を手段として選択するかどうかとは別の問題である。権力は力学的な構造をもっているわけではないから、理不尽な暴力に対してとりうる唯一の選択が暴力だということにはならない。権力が政治過程であることの意味がここにある。
(44)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、163-4ページ
(45)フロイト、「集団心理学と自我分析」、前掲書、164ページ
(46)「宗教は、個々それぞれに、われこそが真理の所有者なりと争いあっていますが、私たちから言わせますと、宗教のもつ真理内容など、もとよりまともに扱うだけの価値はありません。宗教とは、私たちが生物学的ならびに心理学的な必然性に従って自らの内に育てあげてきた欲望の世界をもとに、私たちの住まっている感覚世界を制覇しようとするひとつの試みなのです。しかし、宗教にはこれをなし遂げる力はありません。宗教の教義には、それが生まれた時代の刻印、人類の無知な子供時代の刻印がこびりついております。宗教のもたらす慰めは、なんら信頼に値するものではありません。(略)宗教は倫理的要求にアクセントを置こうとしておりますが、倫理的要求というものには、むしろ宗教以外からの根拠づけが必要です。と申しますのも、倫理的要求は人間社会になくてはならないものでして、その要求の元首を宗教的敬虔というものに任せきるのは危険だからです。宗教を人類の発展過程のなかに組み入れて考えれば分りますように、宗教は永続的な不動の罪などではなくて、文化的人間なら誰しも幼年期から成熟してゆく途上で通り抜けなければならない神経症に匹敵する一過性のものにすぎないのです」「宗教的世界観にたいする科学的精神の闘争は完了しておりません。闘いは現在なお私たちの眼の前で進行中です」フロイト『続・精神分析入門』、220-222ページ
(47)ユングをナチスの同伴者として指摘している小俣和一郎『精神医学とナチズム―裁かれるユング、ハイデガー』、講談社現代新書、参照。Andrew Samuels,Jung And Antisemitism,https://sas-space.sas.ac.uk/4412/1/Jung_And_Antisemitism_by_Andrew_Samuels___Institute_of_Historical_Research.pdf も参照。
(48)C.G.ユング『元型論』林道義訳、紀伊国屋書店、11ページ
(49)C.G.ユング、前掲書、11ページ
(50)C.G.ユング 『現在と未来』所収、1936年、26ページ
(51)ユング、前掲書、28ページ
(52)ヒトラーのなかにヴォータン的なものを見出すとしても、それがユングの元型の証になるわけではない。ヒトラーのヴォータンは多分に、ワーグナーから継承したものとみるべきだろう。
(53)ユング、前掲書、34-35ページ
(54)ユング、前掲書、31ページ
(55)ユング、前掲書、33ページ
(56)ユング、前掲書、35ページ
(57)ユング、前掲書、35ページ
(58)フロム、前掲書、191〜192ページ
(59)フロム、前掲『破壊』、550ページ
(60)フロム、前掲書、550ページ
(61)フロム、前掲書、553ページ
(62)フロム、前掲書、556ページ
(63)フロム、前掲書、556ページ
(64)フロム、前掲書、557ページ
(65)フロム、前掲書、559-560ページ
(66)フロム、前掲書、561ページ
(67)フロム、前掲書、562ページ
(68)フロム、前掲書、562ページ
(69)フロム、前掲書、566ページ
(70)フロム、前掲書、567ページ
(71)フロム、前掲書、563ページ
(72)ウィルヘルム・ライヒ『ファシズムと大衆心理』、平田武靖訳、上巻、せりか書房、59ページ
(73)ライヒ、前掲書、61ページ
(74)ライヒ、前掲書、68ページ
(75)ウィルヘルム・ライヒ『階級意識とは何か』、久野収訳、三一新書、44ページ
(76)ライヒ、前掲書51ページ
(77)ただし、権威に従属する性格は性道徳の形成と密接に関わるが、だからといってエディプスコンプレクスを必須の条件とするというわけではない。規範と禁忌は、それぞれの社会に受容されている自由、平等、権利に関する理念がどのように実体化されているのかとの相関関係のなかで、虚構としての文化や民族の伝統なども動員されながら、結果として既存の権威を支える枠組のなかに収まるように設計される。エディプスコンプレクスはいくつかある選択肢のうちの一つにすぎない。
(78)資本主義家族に関する私の考え方はややユニークであるが、ここでは立ち入らない。詳しくは以下を参照のこと。小倉「一夫多妻制としての資本主義家族とラカンの『家族コンプレックス』」「売買春と資本主義的一夫多妻制」「性の商品化」いずれも『絶望のユートピア』桂書房所収。
(79)ライヒ、前掲『階級意識とは何か』、69ページ
(80)ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』、宇野邦一訳、河出文庫、上巻、p.227-8。また同書、下巻、第四章第三節「精神分析と資本主義」も参照。
(81)このように断言することには若干の躊躇がある。後述するように、ライヒはフロイトの精神分析理論を社会主義革命へと媒介しようとした。全く異る文脈だが、マルクーゼも、ドゥルーズ=ガタリが『アンチ・オイディプス』などで目指していたのもフロイトの理論を資本主義批判へと接合するための重要な挑戦だった。マルスクには、スミスだけでなく、通俗的な教科書風の言い回しをすれば、ドイツ観念論、とりわけヘーゲルが、そしてフランスの初期社会主義思想が、マルクス主義の源泉として、つまり総体としての資本主義批判の源泉として必要だったように、まだ幾つもの源泉になりうる可能性のある何ものかが私たちには足りないのだと思う。
(82)マルクスの本源的蓄積の議論を想起する必要がある。資本主義初期の基軸産業であった羊毛工業の原料の調達のために、数世紀にわたる農業の構造変動が引き起こされ、工業原料のための羊毛生産への転換と、これに伴う農業人口のプロレタリア化が生じた。この時代に必要だった〈労働力〉は、主として工場における肉体労働だった。資本が供給する商品を生産するための人的資源がどのような性質をもつものなのかは、資本が生産する商品が何なのかによって変化する。現代の資本主義の場合、人間のデータを「原料」として「採掘」し、これを加工して商品にする。買い手は、商品を売り込みたい生活手段を生産する資本の場合もあれば、選挙運動で有権者の投票行動を操作したいと考えている政治家かもしれない。これまで資本にとっては市場価値を見出せなかった断片的な個人データの欠片が価値化されることになる。こうなることによって、データ領域が市場に統合されることになる。その時代の支配的な資本蓄積様式が必要とされる資源の採掘=搾取の領域を規定することになる。知識、情報、データといった領域が、人間の情動を含む心理的な領域にまで拡張されるところに現代の資本主義の資本蓄積様式に固有の特徴がある。
(83)フロイトはマルクスの歴史認識には「あやしげなヘーゲル哲学の澱が沈殿している」とし、階級闘争史観を否定して歴史とは「いくつもの人間群族のあいだで有史以来戦われてきた闘争にあると見なすのが、習い性になっております。社会的な力の差は、もともとは種族的ないし人種的な差異に由来するものだ、というのが私の昔からの考えです」『続・精神分析入門』、フロイト全集21巻、岩波書店、234ページ
(84)コンピューター・テクノロジーを駆使したニューロサイエンスやブレイン・コンピューター・インターフェース技術(BCI)は、商用利用が拡大されれば、今後急速に発展するだろう。しかしこれらの技術では無意識を把握することは不可能だ。たとえ、言語化されたとしても、カウンセリングの過程で語られた事柄を「分析」することもできない。なぜなら、機械もまたエディプスコンプレクスを経験し、性的な多型性から性器性欲へと収斂する個人史を経験としてもつことがなければ「分析」はできない。資本家が資本家のままで労働者とともに資本と闘うことができないように、機械は機械のままで無意識を抱くことはできない。
(85)G・ドスタール、B.マリス『資本主義と死の欲動』、斎藤日出治訳、藤原書店参照。
(86)掟破りはこでだけでなはない。神ヴォータンは妻がありながら、知恵の神エルダ(エルダもまた夫がいる)などの女神たち、人間の女性などとも関係をもつ。ワーグナーが題材としたゲルマン神話が形成されたのは10世紀前後といわれているが、ほぼ同じ頃日本では『源氏物語』が書かれる。この物語もまた、光源氏が自らの義母、つまり皇后でもある藤壺と関係し子どもまでもうけるという天皇家をめぐる近親相姦が重要なモチーフになっている。 あるいは、マルセル・プルーストが『失なわれた時をもとめて』のひとつのモチーフとした同性愛が、19世紀末から20世紀の貴族やブルジョアの間で、情報の秘匿と共有の鍵となるプライバシーとしてどのように構成されていたのかをみてみる上で参考になる。フェリックス・ガタリ『機械状無意識 スキゾ分析』、高岡幸一訳、法政大学出版局も参照。
(87)デヴィト・ライアンは、監視問題の重要な犠牲者はプライバシーではなさそうだとして、次のように述べている。「プライバシーの問題も無視すべきではありませんが、監視は公平や公正、市民の自由、人権の問題とも結びついています。その理由は、(中略)今日の監視が主に行なっているものが社会的振り分け(social sorting)だからです」(ジグムント・バウマン、デイヴィド・ライアン『私たちが、すすんで監視し、監視される、この世界について』伊藤茂訳、青土社、27ページ)
(88) クリストファー・ワイリー『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』、牧野洋訳、新潮社、ブリタニー・カイザー『告発、フェイスブックを揺がした巨大スキャンダル』、染田屋茂他訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、参照。
(89) the Tech Workers Coalition、”The California Ideology”https://sites.google.com/view/tech-workers-coalition/topics/the-californian-ideology
(90)AIは「人工知能」と訳されるから、本来であればintelligenceあるいは「知能」が、コンピュータ科学や脳神経科学などの分野でどのように定義されているのかを検討しなければならない。しかし専門家の間でも定義は定まっておらず総務省『情報通信白書』(2016年)では、12の定義を列挙している。本書では、人間の知能の一部を代替することを目的として開発されたコンピュータ・プログラムといった漠然とした意味あいで用いている。本書の問題意識は、AIが部分的な代替でしかないにもかかわらず、むしろ人間がAIに人間性を見てしまうというフェティシズムにある。

 

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第39回 『宝塚イズム45』同期特集とポスト上田久美子への期待

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム45――特集 柚香・月城・彩風・礼・真風、同期の固い絆』が完成、順次、全国大型書店の店頭に並びます。今号は宝塚歌劇ならではの“同期生の絆”にテーマを絞り、同期生同士のオフでの結束や舞台で繰り広げる独特の呼吸が生み出す親密さについて、橘涼香さんのタカラジェンヌOGへのアンケートも含めて論じていきます。学校組織の宝塚歌劇だからこそ生まれたテーマではないでしょうか。
 宝塚歌劇はご存じのとおり、宝塚音楽学校に入学後、2年間の研修期間を修了した者だけが入団できる劇団です。宙組が誕生した1998年以降、50人が入学したこともありましたが現在は40人が通例で、たいてい1人か2人が健康上の理由などによって途中でリタイア、ここ数年、2年後の入団時は38、9人といった感じで推移しています。ちなみに今年の初舞台生108期生は38人でした。
 毎年、全国から1,000人近い応募があり、倍率20倍以上の難関ですので、入学したからには卒業までは初志貫徹してほしいとは思うのですが、そのあたりは部外者にはうかがい知れないことがあるようです。音楽学校のカリキュラムを見ると、歌唱(ポピュラー、クラシック)、日舞、ダンス、演劇など実技演習が1週間ぎっしり詰まっていてさすが舞台人育成のための学校の名に恥じません。表現することを学ぶという意味ではこれほど贅沢な学校はなく、舞台人としての基礎を学ぶには申し分のない学校です。
 音楽学校は、中学卒業から高校卒業まで受験できるので、同期生といっても年齢は中卒で15歳、高卒で18歳ですから、年の離れた姉妹くらいの差があり、技量もまちまちなので授業はA、Bの2班に分けておこなわれることが多いようです。
 舞台人としての迅速な判断を養うため、上下関係にことのほか厳しく、学校内での礼儀作法もうるさかったのですが、近年、社会全体のハラスメント抑止の風潮によって、音楽学校の教育方針も以前とはずいぶん変わってきたようです。音楽学校名物だった予科生(1年生)による早朝の校内清掃も3年前から廃止されたと聞いています。
 とはいえ青春真っ只中、2年間の寮生活で培った競争心と友情は生涯続き、同期生から生まれたスターは同期の誇りになって、同期全員のシンボルのような存在になります。特集ではそんな同期愛について、さまざまな論考が集まりました。読んでいると期によって微妙に特徴が異なるのもわかります。これも宝塚歌劇ならではの楽しみ方でしょう。みなさんもぜひ好きな期を見つけて同期生同士の活躍ぶりを楽しんでみてはいかがでしょうか。
『宝塚イズム45』ではほかにもさまざまな特集記事を組んでいますが、6月13日、すべての原稿の締め切り後、雪組の娘役トップスター朝月希和の退団が発表されました。今号では残念ながらこれにはふれることができませんでした。退団公演の『蒼穹の昴』は12月25日が東京公演千秋楽ですから、彼女のこれまでの功績については次号で取り上げたいと思います。朝月は、花組⇒雪組⇒花組⇒雪組と何度も組替えを経験して娘役トップに上り詰めた苦労人。芝居心がある娘役でしたが歌のうまさも格別でした。トップとしての在任期間は比較的短い印象ですが彩風咲奈とのコンビはお互いが信頼しあっている様子がよく伝わって、安定感がありました。退団までまだ2公演残されていますので、しっかりと目に焼き付けておきたいと思います。
 一方、3月末で退団が明らかになった演出家・上田久美子の退団後の初仕事となったスペクタクルリーディング『バイオーム』が6月8日から12日まで東京建物 Brillia HALLで上演されました。上田が書き下ろした脚本を一色隆司が演出。中村勘九郎、麻実れい、花總まり、成河、古川雄大らの実力派俳優による朗読劇で、出演者は植物と人間の2役。植物の目から見た人間社会の理不尽さが面白おかしく描かれた異色の舞台でした。宝塚歌劇での新作を期待していた者にとっては複雑な心境ですが、今後の作家としての上田の再出発を祝福したいと思います。初日の客席は、宝塚ファンというより上田久美子ファンで埋まっていた印象。宝塚はつくづく惜しい人材を手放したといまさらながら悔やまれます。
『宝塚イズム45』はそんなポスト上田久美子の登場を期待して、有望な若手作家たちにもスポットを当てました。『元禄バロックロック』(花組、2021―22年)の谷貴矢をはじめ“宝塚ヌーヴェル・ヴァーグ”と呼ばれる若手作家たちが、100年の伝統を守りながら新たな世界をどう作り上げていくか、今後の宝塚歌劇の担い手になるであろう、デビュー後間もない若手作家陣にエールを送ります。
 ゴールデンウィーク前後に東西で休演が相次ぎ、コロナ禍はまだまだ油断大敵ですが、宝塚歌劇は2024年の『ベルばら』50周年、2025年の大阪・関西万博と大きな節目に向かって邁進していくパワフルさを失っていません。『宝塚イズム』も『46』に向けて準備を整えているところです。ますますのご支援とともにご期待ください。

 

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第2章 監視と制御――行動と意識をめぐる計算合理性とそこからの逸脱

小倉利丸(富山大学名誉教授。専攻は現代資本主義論)

目次
序章 資本主義批判のアップデートのために
第1章 拡張される搾取――土台と上部構造の融合
第2章 監視と制御――行動と意識をめぐる計算合理性とそこからの逸脱

[第2章構成]
2-1 デホマク
  ビッグデータ前史
  IBMと網羅的監視
   ・『IBMとホロコースト』の波紋
   ・IBMのグローバルな展開と日本、アジア
   ・IBMとアメリカ軍
   ・日系アメリカ人の強制収容
   ・『IBMとホロコースト』へのIBMの反論
   ・ホレリス・マシーン開発の背景
  制御の構成――社会有機体の細胞としての人間=データ
   ・ホレリスと機械――〈労働力〉の構造
   ・国家による生産過程
   ・革命と抵抗の意味
   ・人口の管理
  法を超越する権力
2-2 行動主義と監視社会のイデオロギー
  意識の否定――J・B・ワトソン
  支配的な価値観を与件とした学問の科学性
  道具的理性――資本主義的理論と実践の統一
  行為と動機――行動主義と刑罰

2-1 デホマク

ビッグデータ前史

「医師は人体を診察し、(略)すべての器官が体全体の利益となるように働いているかどうかを判断します」「われわれ(デホマク)は医師によく似ています。ドイツの体を一つの細胞ごとに解剖するのです。われわれはすべての個人の特徴を(略)小さなカードに記録します。これらは生命を持たないただのカードなどではなく、後になって、1時間に2万5,000枚の割合で特定の特徴に選別されるときに、生きた力となるのです。これらの特徴は人間の体の組織のように分類され、われわれの図表作成機の助けを借りて判定されるのです(注1)」
 これは、1933年頃にアメリカIBMのヨーロッパの子会社ドイッチェ・ホレリス・マシーネン・ゲゼルシャフト(略称デホマク)の創業者ヴィッリー・ハイディンガーがナチス政権時代にナチ党幹部を前におこなった演説の一節である(注2)。この演説でハイディンガーは、ドイツという国家を人間の人体に、人間一人一人をその細胞にみたて、この細胞としての人間の「特徴」を、デホマクは一片のカードに記録できると豪語した。そしてこの膨大な情報を必要に応じて検索したり選別することが技術的に可能な機械(図表作成機=タビュレーティングマシン)がある、とも述べている。実際にここで語ったことが文字どおり実現するまでに10年の歳月が必要だったとしても、こうした技術へのニーズの可能性を、事務機器メーカーが宣伝したこと自体がきわめて重要なことなのだ。
 ハイディンガーの演説以降、IBMは着実にナチス政権の下でビジネスを拡大させていく。そして、IBMが提供する機器がホロコーストを背後で支える情報処理システムの一部となり、ナチス支配下でもIBMは着実に収益を上げる(注3)。このデホマクは、ドイツをはじめ欧州でホレリス・マシンと呼ばれるパンチカード式のデータ処理機械を独占的に販売していた。デホマクにホレリス・マシンを供給していたのが、親会社、アメリカのインターナショナル・ビジネス・マシーンズ、IBMである。パンチカード式の電動の統計データ処理装置は、1880年代にハーマン・ホレリスが開発したためにこの名前がついてる。パンチカードによって情報を制御する仕組みは、もともとは19世紀初めにフランスの発明家ジョセフ・マリー・ジャカールが織機用に、パンチカードでパターンを織る仕組みを発明して、これが自動織機に採用された時代にまで遡る。このパンチカードの仕組みを統計データの処理に応用することを思いついたのが、1880年のアメリカ国勢調査の際に国勢調査局の統計係で働いていたホレリスだ。ホレリスの作表機は1890年のアメリカ国勢調査に利用され、注目されるようになった。ホレリス・マシンは1911年以降、IBMが販売するようになる。ビッグデータはおろか現代の電子計算機=コンピューターも存在しなかった100年以上も昔から、大規模なデータ処理へのニーズは政府にも民間企業にも存在し、だからこそ、このニーズを満たす機械が開発されていた。このコンピューター以前の時代が内包していたビッグデータへの欲望は現代のそれと本質において違いはない。

IBMと網羅的監視

・『IBMとホロコースト』の波紋
 冒頭の引用は、エドウィン・ブラック『IBMとホロコースト』からの再引用なのだが、同書はタイトルからもわかるように、アメリカの企業のIBMがいかにホロコーストに加担していたのかを詳細に調査した最初の本として2001年の出版当時大きな反響を呼んだ。この本でIBMの戦争犯罪に大きな注目が集まった。ドイツ国内と占領地域からユダヤ人を選別して移送、収容、強制労働あるいは「最終解決」と呼ばれるガス室での大量殺戮まで、その一貫したホロコースト・システムは高度なロジスティクスなしには成り立たなかっただろうことは容易に想像できる。ユダヤ人を選別し、集団的に集めて列車に乗せ、収容所まで移送する。収容所では、人員の数を把握し、寝食の最低限の供給や強制労働の配置など複雑なロジスティクスが必要になる。デホマクのホレリス・マシンがこのロジスティクスの要になる人口データの解析や収容所の管理に用いられたという場合、注目すべきなのは、ナチスの強制収容所の設置よりもずっと前に、ユダヤ人、ロマあるいは反体制的な人々、精神障害者などを人口のなかから識別できるシステムが既に存在していた、ということである。人口統計や治安管理から医療制度に至るまで、人々を選別するための統計処理の制度があり、こうした統計の処理が機械化されたのであって、機械化技術が先行していたわけではない。そして機械化によるデータ処理の効率性が向上するにつれて、「人口」の分類はより詳細になり、用途に応じて臨機応変に対応可能な様々なカテゴリーに人口が分解され、このカテゴリー項目もまた効率性に比例して多様化する。社会の「細胞」としての個々の人間は、もはや抽象的な「一人」の人間ではなく、分割可能な複数の個人の集合となる。
 このような個人の扱いが最も残酷な姿をとって実践されたのがナチスの強制収容所だった。このホレリスの機械は、用途によって仕様が異なり、専門的な技術者を必要とし、パンチカードそのものもIBMが独占しした(注4)。ブラックによると、ナチの強制収容所にはほとんどすべて「ホレリス部」があり、用紙の書式、パンチカード、統計機の三部分から成るホレリス・システムは、状況に応じて収容所ごとに異なっていたこと、また、「IBMの機械や継続的な保守点検ービス、パンチカードの供給がなければ、ヒトラーの収容所はあれだけの数をこなすことなど決してできなかったであろう(注5)」と指摘している。
 収容所には、事務処理用のコードが割り振られ、たとえば、アウシュビツは001、ダッハウは003のように3桁で表示される。そして、収容者については、個人別のカードが作成される。ブラックは1943年8月のポーランド出身のユダヤ人収容者のケースを次のように紹介している。400人ほどの集団として収容所に到着した後の様子だ。
「まず彼が労働に耐えられるかどうかを医師が簡単に検査した。彼の身体情報が『収容者内病院索引』の医療記録に書きとめられた。次に詳細な個人情報を記録して囚人登録が完了した。その後、政治部の索引と氏名を照合して特別に残酷な処遇をするべきかどうかがチェックされ、最後に労働配置室の索引にホレリス方式で登録され、特徴的な5桁のホレリス番号、44673が与えられた。この5桁の番号はこのポーランド人商人が一つの仕事から次の仕事へと割り振られるのについて回り、ホレリス・システムが彼の労働配置状況を追跡し、D局第二課に保管されている中央収容者ファイルに報告することになる。オラーエンブルクのSS経済管理本部のD局第二課が全収容所の強制労働の配置を管理していた(注6)」
 強制収容所は単なる大量殺戮のための施設だっただけではなく強制労働の施設でもあり、ホレリスはこうした労働の配置を管理するために活用された。このホレリス番号はのちに、身体に入れ墨として彫られることになる(注7)。そしてまた、ブラックはアウシュビッツのホレリス・システムについて次のようにも述べている。
「アウシュビッツでは、まだ生存している労働者、死亡者、移送者など囚人の情報すべてが収容所のホレリス・システムに絶え間なく打ち込まれた。各地の収容所のホレリス部は毎日の集計を、SS経済管理本部やベルリンにあるその他のオフィスに打電した。絶えず変動し続ける全収容所の人口に全体を監視する、唯一の追跡方法がホレリスであった(注8)」
 このホレリスが管理する番号によって収容者が把握され、これが各収容所の枠を超えてベルリンとオラーエンブルグにある中央ホレリス・データバンクで管理された。この情報はアメリカ本社にも送られていた。まさに番号制度が囚人の集中管理に用いられたわけだ。そして収容所に移送されるユダヤ人を選別する人種統計もまたホレリスのパンチカード・プログラムによって可能になったのだ。

・IBMのグローバルな展開と日本、アジア
 IBMのホレリス・システムはデータ処理の汎用機であり、世界中で販売された。アジアでも販売されており、日本では1923年、日本陶器(現ノリタケカンパニーリミテド)がIBMの前身のCTR社からホレリスマシーンを購入したのが最初だとされている(注9)。その後、パンチカード式のデータ処理機器の開発が日本国内でも進められるようになり、国勢調査など国の統計処理にも用いられるようになる。こうした民間資本によるデータ処理の効率性と正確性をめぐる競争のなかで、機械の性能が向上すればそれだけより多くのデータが収集可能になり、より複雑な統計処理を実現することが政府にとっても可能になる。国家の統治の前提となる「事実」の把握と人口に対するコントロールにとって、詳細な人口データが不可欠な条件だという理解もまた一般化してくる。こうして、権力は、法制度と、これを執行する官僚制度だけでなく、人口をコントロールすることを可能にした情報処理技術によってもまたその実質的な支配の力を確保することになる。
 IBMのグローバル展開は1930年代以降急速に進む。ペルー、イタリア、フィリピンなどがその早い時期の進出先になる。ドイツと上海への進出は1933年になる。日本は遅れて37年に子会社ワトソン・ビジネス・マシン・カンパニーが設立される。またIBMは、ナチスが占領することになる東欧諸国ユーゴ、チェコ、ポーランドなどにも進出する。1930年から39年末までの間に、北米に32、ヨーロッパに22、中南米に8、中東・アフリカに5、アジアに5つの子会社を設立している(注10)。IBMの子会デホマクは1945年までにドイツ国内に約300の顧客、2,000台のホレリス型マシンをリースし、従業員は約1万人(約8,000人がベルリン)という大企業になっていた(注11)。IBMの子会社デホマクはナチスの政策に妥協してユダヤ人の従業員を解雇したり、ナチスの政策を受け入れることで企業としての存続の道を選択した。デホマクのCEOはナチ党員でもあるハイディンガーであり、彼とアメリカ親会社トップのワトソンとの不仲はよく知られ、このことが親会社のナチスへの加担の罪を軽減するかのように述べられる場合があるが、私はむしろ、冷徹なビジネス戦略を貫くワトソンは親ナチスのハイディンガーの存在をビジネスにとって有利と判断していたと思う。逆に熱烈なナチ支持者のハイディンガーだったからこそ強制収容所のロジスティクスに深く関与できたし、たぶん積極的に関与しようともしただろう。ナチスのユダヤ人たちに対するホロコースト政策をアメリカのIBM本社が文字どおり知らなかったということのほうが不自然だと思う。この規模の資本が敵国ドイツでも生き延びることができていたことにはそれなりの権力との妥協あるいは癒着があったとみるべきだろう。
 1942年以降、アメリカ企業の枢軸国における経済活動が厳しく制限されるようになった後も、アメリカ企業の資産保護を名目に経済活動は続けられた。日米開戦時、すでに日本にもIBMの代理店があった。ブラックは「敵国領土にある子会社から真珠湾攻撃以後も受け取り続けた、四半期ごとの財務報告書と詳細な月次報告書は、最新の事業展開と競争相手の推移に関する情報を伝えていた(注12)」と書いている。

・IBMとアメリカ軍
 他方で、アメリカ軍もまたホレリス・マシーンを活用していた。アメリカ軍にはIBMの機器を専門に扱う機械記録部隊(Machine Records Units MRU)が設置され、IBMの協力のもとパンチカードの操作に熟達した兵士を育成した。IBM出身の兵士たちは「IBM兵士」と呼ばれて結束も固く、軍の情報収集で特別な任務を担ったとされ、IBM自身もアメリカ軍の戦争プロジェクトとして独自のロジスティクス部門を設立した(注13)。また戦場にも機械記録部隊が同伴していた。爆撃の結果、死傷者、捕虜、避難民、物資などを網羅的に記録する任務にあたったという。
「IBMの機械は戦争を行うためだけに使われたのではなかった。人を追跡するのにも使われたのである。ホレリスを使って徴兵用の何百万人分ものデータが組織化された。枢軸国の捕虜や作戦中行方不明となった連合国軍兵士の名簿はIBMのシステムで作られた。上はジョージ・S・パットン将軍から下は名もない二等兵まで、どんな軍人でも、世界中どこにいてもホレリスに質問を打ち込めば所在がつきとめられた」
「アメリカでIBMの機械が、人を追跡するににこのような並外れた能力を発揮できた重な理由は、こうした機械が1940年の国勢調査で広く使われたことであった。詳細で個人的な質問が多数あった」
 そして、原爆の開発でもIBMの計算機が利用された。1945年5月、原爆を開発していたロスアラモスでは必要な計算作業に遅れがでていた。原爆を完成させるための温度―圧力方程式を解く作業にIBMの計算機が導入される(注14)。
 イギリスでも、ホレリス・マシーンは軍で用いられていた。ブレッチリーパークのGCCS(Government Code and Cypher School)では、ホレリスの機器が一時期駆使されていた(注15)。ここでは、ドイツの暗号エニグマの解読で有名になったアラン・チューリングが暗号解読の仕事に携わっていた場所として、暗号の歴史に残る有名な場所だ(注16)。

・日系アメリカ人の強制収容
 国勢調査などの人口統計を駆使した網羅的な監視技術が真珠湾後の日本人の強制収容所への隔離にも利用された。ブラックは次のように述べている。
「〔真珠湾攻撃から〕24時間以内に、『アメリカ合衆国の日本人人口、その居住地域と財産』という、日系アメリカ人に関する最初の報告書を発表した。次の日には『アメリカ合衆国諸都市における出生地・市民権別日本人人口』を発表した。12月10日には、第三の報告書『太平洋沿岸諸州における性別・出生地・市民権別・郡別の日本人人口』を発表した。国勢調査局はIBMの技術を応用し、1940年の国勢調査に対する回答に基づいて、日系アメリカ人の祖先の人種を追跡したのである(注17)」
 ホレリス・マシンなどパンチカード方式によるデータ処理の機械化は19世紀末には国勢調査に導入されていたから、1940年の国勢調査で人種別国籍別などによる振り分け作業は十分可能だった。こうした国勢調査などの人口統計を前提にして、真珠湾攻撃直後から日系アメリカ人の強制収容が開始される。およそ12万人の日系アメリカ人を収容する施設が建設されるまで、仮の収容所(AC)が建設される。ネルソン=フライシュマンによると、収容所の労務管理と会計について分析した論文のなかで、ACにおいて収容者は家族識別番号を付与され、各家族のメンバー、個人の所有物、医療行為、商品やサービスの取引を識別するためのIDタグを身につけることを求められた。食事、シャワー、トイレ、洗濯施設はすべて共用であり、「個性は日常的に損なわれた」。
 ネルソン=フライシュマンはホレリスのパンチカードに言及し、このカードには年齢、性別、学歴、職業、家族構成、病歴、犯罪歴、「再定住センター」(強制収容所をこのように呼んだ)の所在地、日本での滞在年数や教育内容など日本との関係も記載されていたと指摘している。さらに、収容者の訪問者のリストや背景情報など広範な情報も集められ、アメリカに忠誠を誓う者と拒否する者、日本に帰国させる者、要警戒人物などの振り分けもおこなわれた。こうした作業で「パンチカードのプロジェクトは非常に大掛かりで即効性があったため、WRAはその機能をIBMに外注した」(注18)という。

・『IBMとホロコースト』へのIBMの反論
 ブラックの『IBMとホロコースト』は、あらためて資本と戦争犯罪をめぐる問題に焦点をあてることになり、訴訟(注19)も起こされる一方で、IBMはこの本に対するコメントを公表し、これまで知られてきた事実以上のものはないこと、また、アメリカ本社はホロコーストの事実を知っていたという証拠はなく、戦時中の文書類は廃棄されていると居直った(注20)。他方で、ホロコースト博物館は、ブラックが主張する収容所管理へのホレリス・マシンの全面的な導入という主張を受け入れていない。博物館側の主張は、ユダヤ人の移送と組織的な殺害を支えたロジスティクスのなかでパンチカードのような機械化が果たした役割は部分的であり、多くが手作業による処理に委ねられていたこと、機械化が進んだとしてもそれは連合軍がノルマンディに上陸した戦争末期に限られるとしている(注21)。最近出版された“IBM The Rise and Fall and Reinvention of a Global Icon”でも、著者のジェームズ・W・コルタダはホレリス・マシンの採用は限定的だったという立場だ。さらにコルタダは、IBMのドイツ法人にはナチスへの加担の責任がないとはいえず、またアメリカIBMの創業者ワトソンにも一定程度道義的な責任はあるかもしれないとしながらも、企業が経営を継続していくうえでやむをえない選択という側面もあったことに理解を示す立場をとっている(注22)。コルタダの主張は、現地法人にすべての責任を負わせることでIBMの創業者であり、ある意味で、現代であればマイクロソフトのビル・ゲイツ、Facebookのザッカーバーグにも匹敵する国際的に成功した20世紀のアメリカの経営者ワトソンを免罪しようとするやや客観性に欠けた判断が先行しているようにも思う。
 ブラックの本の内容が正しいとすれば、IBMの欧州子会社がやっていたことは、強制収容所とユダヤ人虐殺関連のデータ処理にとどまらず、ドイツ軍やドイツが占領していたフランスなど他の地域も含めて、総体として軍のロジスティクスを支える事業で収益をあげていたことになる。アンソニー・J・セボックは、対IBM訴訟がもっぱら企業の人権侵害、あるいは人道の罪に焦点をあてていることに対して、それにとどまらずむしろアメリカへの反逆罪にさえ該当するのではないかと述べているのだが、日本企業の戦争責任問題が決着していないのと同様、アメリカ多国籍企業の戦争責任問題も未解決のままなのだ(注23)。
 実は私たちが見落としてはならないのは、ブラックの主張が行き過ぎであって実際にはホロコーストへの加担は部分的なものだという企業寄りの主張をとることが、網羅的監視の技術を軽視する態度に基づくという点に気づかなければならないということだ。最も重要なことは、その技術が現実のものとして実現しえたかどうかではなく、網羅的な監視の技術への明らかな意図や欲望が存在したということのほうである。この欲望を実際に達成しうるだけの技術開発や現実のロジスティクスに組み込むことができなかったことをもってその意図そのものが免罪されるわけではないし、こうした欲望の意味が軽くなるわけでもない。むしろ、実現しえなかった欲望は戦後から現代へのコンピューター・テクノロジーの「進歩」のなかに確実に継承されてきたとみるべきだろう。また、ブラックの主張が正しかったとすれば、今世紀に入るまでIBMの戦争への加担が見過ごされてきたことによって、IBMが体現した網羅的監視と大量殺戮の技術としてのコンピューターという技術開発の側面が戦後も長い間検証されずに継承されてきたということを含意している。こうした欲望は、核テクノロジーからミクロな戦争兵器としてのドローンやサイバー戦争におけるインフラ攻撃まで、形を変えながらもその目的、つまり、権力の政治的価値と資本の経済的価値の不断の増殖という目的のための手段としての役割は、相変わらず不変のまま継承されてきたということを見落としてはならない。

・ホレリス・マシーン開発の背景
 監視社会問題は、コンピューター・テクノロジーが可能にした大量監視の問題として私たちの目の前にそびえたつとしても、コンピューター以前の時代にすでに大量監視テクノロジーへの強烈な欲望があったことは間違いないということをふまえるならば、監視社会を資本主義の歴史的展開のなかに位置づけることは必須の課題となる。しかも、この監視欲望は、ナチスドイツのようなナチズム/ファシズム体制に固有だったのではなく、アメリカでも同様に発現していた。しかも全く同じ技術の基盤だったことにも注目しておく必要がある。制度・権力に対する敵対集団とみなされた人々を選別して監視し、あるいは隔離・収容するために必要な技術への欲望は、その後の技術開発において、コンピューターをこうした目的に利用しようとする普遍性をもった方向づけにつながった。
 日系アメリカ人が突然、アメリカにとって監視対象となったときに、この対象を即座に把握できたのも、そもそもの国勢調査に人種などについての詳細な項目が記載されていたこととともに、必要に応じた効率的な情報処理を可能にするテクノロジーが開発されていたからだ。当時の国勢調査では、調査データに住所の居住者の名前が記されていたから国勢調査から個人を特定することは不可能ではなかった。日本人10人を1つの点(ドット)で表示する人口密度地図が作られた。この手法はオランダでも強制収容所への移送計画で使われていた。ドイツでも同様にユダヤ人を統計上識別できるような制度があらかじめ存在したことが、IBMのデータ処理技術を利用する前提条件だった。ブラックの本ではIBMのナチスへの協力についての真偽に注目が集まりがちだが、私は、機械化の技術が導入されようとされまいと、カテゴリーとしての人種や自国民と外国人の識別によって人口をカテゴリー化しようとする権力の強い意志が19世紀の近代国家形成とともに強化されてきたことのほうが問題の本質としては重要なことだと考えている。
 第二次世界大戦中のIBMの行動は、現代の多国籍企業の行動を理解するうえでも多くの示唆を与えている。国家間の対立・摩擦と資本の投資行動とは一致しないということだ。資本は、利潤最大化を目的として手段を選択するのであり、道義や正義あるいは人道などという観点は、この最終目標の実現のためのレトリックとして利用することが利益に繋がれば利用するというにすぎないものだ。多国籍企業にとっての行動選択の最適解に人権とか人道は優先項目としては存在しない。アメリカの企業だからアメリカの国益に従属した行動をとるとはかぎらない。国益に沿う行動をとりながら、「敵国」でのビジネスをも同時に展開可能な戦略をとる。このような行動パターンは、現代の巨大IT企業にも確実に受け継がれている。それは、市場経済での資本の行動原理が常に最大限利潤の追求という非常にシンプルな基準に従うという性質が資本主義に本質的なものであるからだ。では資本主義における国益はないがしろにされるのかといえばそうではない。国家は政治的権力の最大化を資本の経済活動との相互依存のなかで達成しようとする。政治的権力にとって法的強制力はその重要かつ唯一に近い武器になるが、資本との利害のなかでこの強制力の構造が形成される点を軽視することはできない。
 効率的に目的を達成するうえでの最適な技術の開発あるいは選択においては、技術は目的に従属する。目的を設定するのは権力であり、いかなる理由で権力の目的が設定されたのかという問題は、技術の問題ではない。この意味での目的は、合理性とか理性の領域の問題ではなく、権力の最大化にあるが、最大化とは量的な概念ではなくむしろ政治的権力に収斂する力の概念であり、この力とは、権力がその支配下に置く人間集団―近代であれば「国民」に収斂する集団性―が権力に対して向ける同一性や恋着のような欲動の集団的なエネルギー、リビードの力に由来する。この意味で、技術が指向する目的を規定する文脈は、社会を構成する人々の複数の文化的な価値を背景としながらも、資本と国家の二重権力からなる支配的構造に依存する。

制御の構成――社会有機体の細胞としての人間=データ

・ホレリスと機械――〈労働力〉の構造
 アメリカやドイツに限らず、権力には、一方に排除・収容あるいは「絶滅」、他方に保護、同化、寛容、という両面がある。この権力の意志が要請する目的を実現するうえでの最適な技術が資本主義における効率性と予測可能性(結果の確定性)によって規定されるとき、数値化と分類による制御のための機械の開発とその実現をもたらすことになる。ホロコーストに用いられる技術と同化(規律と訓練)の技術は同じ技術なのだ。
 19世紀末のIBMに代表される事務の機械化は、明確なベクトルをもって展開されることになる。国勢調査に代表される大規模な人口センサスの情報処理は、ホロコーストと同化の技術的な基礎という傾向を端的に示した。国家規模で、しかも、資本の技術によって可能になった国家の技術という構図がはっきりとした姿をとった。
 ホレリス・マシンを開発したハーマン・ホレリスは、イギリス王立統計学会で、1880年の国勢調査まで、人口のうち独身、既婚、未亡人の割合やアメリカ生まれの白人、外国人の白人、有色人種に分類するのが精いっぱいでしかもデータ処理に長年月を必要としていることなどを批判し、これに対して1890年の国勢調査ではホレリス・マシンを用いることによって、より詳細な人口の分類とクロス集計をより短い時間で処理できることになったと発表した。たとえば、地域別、年齢階層別の性別の分布、婚姻の有無、両親がアメリカ生まれなのか、外国人なのか、白人なのか有色人種なのかだけでなく、有色人種についても「黒人、ムラ-ト、クァドゥルーン、オクトルーン(注24)、中国人、日本人、インド人の区別」が可能であり、さらに英語を理解できるかどうかの識字についての状況も区別可能だとした(注25)。
 ホレリスがパンチカード式の統計処理の自動化機械を開発しようとした経緯は、こうした動機を支えるだけの社会的なニーズがあったからだ。国勢調査による人口統計の網羅的な把握の限界は、その処理をすべて人間の手作業に依存しなければならないというところにあった。他方で、国勢調査の目的は単純に人口を数えるというだけではなく、人口の属性を可能な限り詳細に把握することが統治機構にとって重要な関心になりつつあったということを示している。性別や年齢、そしてなによりも人種の人口構成への強い関心は、世代の再生産を家族に委ねる一方で、国家の人口についてのある種のモデルを構築したいという権力の意志の反映でもある。とりわけアメリカでは、大量の移民が流入する時代背景のなかで、外国人であるかどうか、白人であるかどうかという関心は政治的な権利の境界が、国籍と人種によって「国民」のカテゴリーの輪郭を形成することを意味しており、以前から存在したあいまいな「人種」をめぐるカテゴリーが実際に人口統計として分類可能な技術的な条件が与えられることによって、客観性の外観と実体を獲得することになる。この傾向は、19世紀後半以降、ダーウィンやチェーザレ・ロンブローゾのような生物学に基づく人間の研究が社会的な人間類型を基礎づける科学の展開と結びつくことによって、ミシェル・フーコーが「生=政治」と呼ぶ生物学的身体性への支配のテクノロジーが発達することになる。こうした環境が、技術を開発する技術者集団(テクノクラートとのちには呼ばれることになるだろう)の人種的な偏見を正当化し、技術者たちは、人口の人種分類や正常と異常などのカテゴリーを生物学的に特定しうる以上、人間を遺伝や生物学的な特異性に還元して、これを権力の支配に有用な人口のコントロールの参照枠としうるような技術的な適用を試みた。この意味で、白人支配層とその同伴者たちの偏見が技術によってあたかも科学的であるかの装いをとってカテゴリーとして固定化され、構造的な差別を正当化する機能を果たすことになったともいえる。
 この時期に産業界を席巻した科学的管理法(注26)は、労働過程の主導権を資本が握る手法として、作業手順を細分化し、各作業に要する標準的な時間を定め、道具なども標準化して労働者の裁量を可能な限り奪った。労働の細分化に用いられたのが、映画の手法だった。フィルムに収められた人の動きの分析を通じて最適な作業手順を資本が把握して指揮・監督する体系的な技術を通じて、労働者の主体性を最小化する手段となった。労働を細分化する発想と人口を細分化する発想は、いずれも対象を最小単位に細分化することを通じて、対象を効率的に把握し、コントロールすることを可能な対象へと変容させようとする点では、共通する意図をもつものだといえた。細分化された動作であれカテゴリーであれ、これらは標準化のための単位ともなるものだ。いったん標準化されると、作業の標準的なありかた、つまり理想的な作業モデルに身体の動作を適応させる力が生まれる。カテゴリーとして細分化された人種であれ家族であれ、標準化のなかで画一的なモデルが形成され、このモデルに基づいて現実の人間に対する政治的な権力の力が作用するようになる。経済的であれ政治的であれ、それが権力としての力として具体的な諸個人に向けられるためには、その力が向かう対象が明確なカテゴリーとして類別されている必要がある。こうした力とその対象の関係は、それまでは、人と人の関係のなかで、とりわけ法と規範意識がその役割を担っていたが、これに加えて生物学的な人の行為や属性を細分化する科学的な知見や技術によって力の作用点を特定する新たな統治の方法が、法をも凌駕するほどの影響を次第に強められるようになる。20世紀は、この技術と法を相補的に用いる経済的政治的な権力の新たな構成が二度の世界戦争と冷戦、そして対テロ戦争という永続的な戦争状態のなかで発達してきた時代だと総括することもできるだろう。
 ここで再度、〈労働力〉と機械をめぐる資本主義の歴史的な展開の意味を整理しておこう。
 前章で、機械が〈労働力〉としての資本主義的な身体の構成に与えた影響が、工業化から情報化へと展開するなかで、どのような変質と矛盾を抱えることになってきたのかを概観してきた。力学的な世界観を背景にして、これが社会の技術として産業に応用されるような方向をとった資本主義の発展経路には、それなりの資本主義的な合理性があった。つまり、価値増殖体としての資本が最適な投資――利潤の循環を実現するとすれば、時間の効率性(スピードアップ)と結果の予測可能性(不確実性によるコストの最小化)を目指すことになり、人間の〈労働力〉に全面的に依存するよりは、設計図どおりに作動し、改良によって限りなく速度を早めることのできる機械を好む性向がある。とりわけ〈労働力〉は商品化されたとしても、その買い手である資本にとって完全に自由に使用できるわけではない。労働者は〈労働力〉を売る以外に生存の選択肢がない状況に置かれることで「働く」ことを強いられるわけだが、だからといって労働の意味を内面化できるとはかぎらない。ここに労働者の「抵抗」が生み出される社会的な原因があるわけだが、この「抵抗」は、政治的集団的な抵抗だけではなく、労働者たちが伝統的に維持してきた生活様式そのものが資本のリズムに抵触したからでもある。機械化は、マルクスが指摘していたように、大量の〈労働力〉を商品として調達するシステムが直面した労働者による抵抗であり、この抵抗に対する解決の手段が機械化だった。
 19世紀的な機械は、労働者の労働を単純労働化し、次にはこの単純労働を機械に置き換えることによって労働者そのものを排除した。労働者を機械の補助的な位置に置き、いわゆる死んだ労働(機械)による生きた労働(生身の労働者)への支配を通じて、労働者の動作を制御し、生産過程の結果の確定性(予測可能性)を獲得することにあった。20世紀のコンピューターは、生産過程の自動化という側面からすれば、この19世紀の資本主義の基本的な労働者=人間観に基づき、これを高度化したシステムといえる。
 工業化=機械化という社会現象としても見えやすい事態は、それ自身が原因ではない。機械の発明や技術革新が資本主義の発展を促したわけではない。むしろ機械化をもたらす社会的な駆動力は、労働者に対する資本の制御力を確立することなしには最大限利潤を実現できないという階級構造に内在する摩擦と抵抗にあった。フーコーは、監視社会のモデルとしてベンサムのパノプティコンを引き合いに出しながら工場、学校、精神病院、刑務所といった組織に注目したが、工場は学校などの組織と決定的に異なるところがひとつあることにフーコーはあまり注目していない。たしかに学校などは、工場の〈労働力〉が必要とする規律(定時に出社し、労働の休憩を明確に区別し、指示された作業を効率的にこなす能力を発揮するなど)の習得が目指される。しかし、工場を経営する資本にとって〈労働力〉はコストであり、可能であれば機械への置き換えによって排除されるべきものとして扱われており、この点で、資本の対象として労働者への動機は、国家による人口管理とは決定的な違いをなしている。学校、精神病院、刑務所はいずれも、人間そのものを究極的には機械に置き換えて排除することを目的にしているのではなく、収容されている人間を、支配的構造の規範に沿って再構築するか、それが不可能であれば隔離することを目指している。資本の場合、人間の組織編成は、将来的には機械への置き換えを可能にするような見通しのなかで組み立てられる。作業手順が細分化され単純化されるのは、労働者の労力の軽減ではなく機械化への潜在的可能性の意志を背後に秘めた機械への置き換えの予兆である。
 しかし、こうした手法が資本における〈労働力〉制御すべてに適用できるわけではない。とくに、資本の規模が拡大し、管理部門が労働者によって担われるようになり、さらに、商業や金融などの組織では物質的生産を担う工場モデルを適用できない〈労働力〉の組織化を必要とした。いわゆる事務労働、ホワイトカラーの〈労働力〉の組織化である。他方で、近代国家の統治機構の巨大化が法に基づく行政組織を官僚制として整備する方向をとる。
 機械化が生産過程から事務・管理部門へ、そしてさらに国家の行政組織に導入されるとともに、機械化は、思考=意思決定の確定性のための機械となってきた。現代のコンピューターは思考=意思決定そのものを自律的に担う方向へと進み、人間に残された最後の領域とみなされている感情に関わる心的な機能そのものの機械化を関心の射程に入れている。歴史的な傾向をみると、人間の総体としての行動と思考の機械への移転がみられ、またターゲットが工場労働者から、労働者一般へ(とりわけホワイトカラーとサービス労働者へ)、そして、労働者としての人間という限定された属性が取り払われて、多様な属性を担う人間そのものを総体としてターゲットにしようとする方向で監視の技術が「進化」してきた。
 こうした傾向は、資本主義が制度として抱えてきた構造的な矛盾に対する権力の対応のある種の弁証法の過程である。19世紀のイギリスは膨大な都市無産者層という歴史上初めての事態と、フランス革命以降の近代社会の新たな民衆の権利概念を背景に、諸々の社会主義が登場し、資本主義の構造的矛盾は、主に階級闘争として露出してきた。第1章で述べたように労働価値説をめぐるイデオロギー闘争と機械化の導入は、資本に進歩と繁栄の主役の座を与え、機械化を社会の進歩という意味づけを与えることによって、資本主義の正統性を確保しようとするころを通じて、階級闘争の主体となる〈労働力〉を支配的構造から排除するか周辺化しようとする歴史だった。

・国家による生産過程
 もちろんこうした資本と国家――支配的構造――の展開が、現実の資本主義の構造的矛盾そのものの解決を導いたわけではない。むしろ、様々な支配的構造が抱えている問題が、階級闘争の戦場を中心に構築されてきた資本主義批判と擁護という枠組みの外側に漏出する形で徐々に表面化することになる。資本主義は、階級構造の矛盾を抱えながら、その制度内への抑え込みと摩擦の調整のノウハウを蓄積するなかで、階級的な矛盾に対する資本主義の調整機能もまた洗練されるようになる。その核心をなしたのが、資本主義的な生産過程の構造のなかに、資本が担う生産過程に加えて、国家が担う生産過程が形成される。19世紀に起きた工業における労働過程における機械化と労働者の労働の細分化では、こうした資本の生産過程のなかの労働対象と労働生産物は文字どおりの原料と物としての生産物だった。ところが20世紀では、労働対象は物から人へと拡大していく。人が労働対象となることが当たり前の時代が20世紀資本主義のひとつの特徴となる。人を労働対象とする過程は、当初、商業やサービス産業のように、買い手としての人間の意識にはたらきかけて新たな欲望を形成して消費行動を制御しようとする過程として現れるわけだが、国家にとっては、人口という対象に対して、これを政策の遂行によって新たな人口として再構築する過程として国家の統治機構のなかに組み込まれるようになる。人口をカテゴリーに沿って識別し、国家の政策目標にあわせて集団としての人の行動を制御するような技術を通じて、人に対する操作的な力を行使する。教育や医療は、この意味での人間の再構築のための制度となる。普通選挙制度を通じて、議会制度を媒介とした階級的な利害の調整もまた、この観点からみた場合、有権者という「労働対象」に対して、投票行動を制御することを通じて、主権者としての意識を国民と呼ばれる人口を形成する生産過程の一環をなすものだ。物から人へと、操作対象=労働対象が拡張され、労働者の労働もまた、その対象が人であることによって、再帰的に自己を含む人口の再構築に結果するような回路に組み込まれるようになる。ファシズムとニューディールはこの見取り図に基づく二つのバージョンだった。いずれのバージョンも、物だけでなく、人間もまた物と同様に操作可能な対象として処理するにはどのような技術が必要なのかという点に強い関心をもつような社会を形成することになった。

・革命と抵抗の意味
 さて、19世紀の資本主義の矛盾、あるいは階級闘争の主要な舞台が、当時の最先端をいく機械制大工業の労働現場、あるいはまた、機械化と工業化に直接影響される周辺の産業にあったとすれば、このことが逆に構造的矛盾の表出のひとつの限界をなしてもいたといえる。その限界とは、機械化によって工場の秩序に労働者の行為を抑え込むことができたとしても、可能なことは行為の機械への従属にすぎず、労働者の24時間を資本の支配に服させるような制度はなく、労働者の意識そのものを資本主義の支配的なイデオロギーへと転換するための技術は工場の機械には備わってはいない、という限界だ。この限界が20世紀の資本主義的な矛盾をめぐる新たな亀裂を表面化させることになる。階級構造の矛盾は「解決」されたのではなく、暫定的に制度内に封じ込められたにすぎず、常にこの封じ込めの危機という問題が存在した。
 他方で、資本主義の権力は、その支配のターゲットを狭義の労働者あるいは労働現場における対立から総体としての人口を根こそぎ支配的構造の意識に還元しうるような制御へとシフトさせてきた。こうした転換を促した最大の出来事は、第一次世界大戦だったのではないだろうか。階級闘争は、戦争とナショナリズムによって分断され、大衆としての労働者は、国境を超えた階級の連帯と「国民」へと収斂する人口との間を揺れ動くことになる。20世紀の最初の四半世紀は、資本主義にとっては、この矛盾の封じ込めをめぐる試行錯誤の時代でもあり、ロシア革命からドイツやイタリアへと革命の波及をみることにもなった。政治的権力は、国勢調査のような人口を網羅的に把握し分類して監視する技術を獲得しつつあるなかで、労働者の闘争はこれに対抗できる人口戦略を確立することができなかった。

・人口の管理
 労働現場での行為の機械による制御に続いて支配的構造が取り組んだのが、総体としての労働者の言動への監視と、意識そのものの制御という問題だった。つまり、階級意識を無化し、国民意識と資本の意識への同化を可能にするような制度の構築である。資本主義は理念として個人的自由を掲げるが、この意味合いは、18、19世紀の封建制との対抗のなかで主張された個人主義と自由が、市場経済にとって必要な前提であるかぎりで保証されたにすぎず、資本主義は本質的には機械との親和性が優位にたつ人間嫌いの体制である。20世紀になると、社会主義、共産主義あるいは諸々の左翼の主張との対抗という文脈のなかで、市場経済と議会制民主主義が普遍的な意味での自由の唯一の実現形態であるというイデオロギーによってそれ以外の自由の可能性が抑圧されるようになる。同時に、社会の正統性を根拠づけるために過去の歴史的な記憶を(不都合な事実を隠蔽しながら)神話として再構成して、現在の統治の永遠性を根拠づけようとするわけだが、資本主義ではこれが機械と伝統のキマイラの様相を呈するようになる。
 監視社会への関心は、ジョージ・オーウェルの『1984』にみられるように20世紀初頭から一貫した権力の欲望である。監視を合理的な社会の制御として労働者による労働者に対する自発的自律的なプロセスと定義するなら、それは社会主義の計画理念にも組み込みうるものともいえた。「計画」の問題は、マルクスが『資本論』第2巻の再生産表式で論じ、のちにローザ・ルクセンブルクが『資本蓄積論』でアップデートした資本主義の競争や政治的な支配の経験や実感のレイヤーを背後で規定する構造を意識的に抽出することによって、市場経済の「無政府性」や私的所有と生産の社会的性格の矛盾を止揚しうる観点を提示するのだが、そして、そのかぎりでは、ある種の妥当性を一面では有しているのだが、これがコンピューターによる高度な情報処理と結び付く可能性もありうることが期待されて、投入産出分析からサイバネティクスに至る様々な「社会主義的」な試みをもたらす。しかし、いま私たちが注目しなければならないのは、こうした計画的な理性によっては把握しえない人間の側面である。情動とか感情といった概念に還元することもできないものであって、ある意味では合理的な判断や言動をも含みながら、ここに留まりえない領域としての人間の側面である。この側面こそが、20世紀から21世紀にかけて資本主義が主に関心をもって注目し、制御と統制の対象にしようとしてきたものであり、「社会主義」が軽視してきた側面だ。
 こうして合理性と非合理性を不可分一体のものとする人間を総体として制御し統制するためのテクノロジーをめぐる問題が、20世紀資本主義のひとつの焦点となる。この問題は、ジークムント・フロイトの無意識に始まる意識と行動の非合理な側面から文化の領域へと展開する側面、ドイツ、イタリアそして日本のファシズムに特徴的な高度な工業国家を目指すこと(日本の場合であれば高度国防国家と称されたが)と、太古へと回帰するロマン主義的な伝統との奇妙であるが、しかし、現実に実在した構造を支えた社会意識の問題の両面から論じる必要がある。20世紀初頭は、この意味で、文字どおりの意味における意識とイデオロギーを発見したことによって、人間の制御という主題がより複雑性を帯び、困難を呈した。この困難に対して、俗流マルクス主義(そしてスターリン主義)は、ありとあらゆる非物質的な意識をめぐる創造/想像力に固有の世界を観念論として排し、結果として、社会主義の墓穴を掘ることになり、現実を超越するあらゆる試みが、資本主義を前提とする美学の文脈に回収されてしまう。これが20世紀の文化を構成することになる。
 支配的構造の関心の軸は、19世紀から20世紀初頭のバベジ、ユアやテイラー、あるいはヘンリー・フォードが構想した〈労働力〉制御の技術から、拡張しつづけることになる。政治の領域でいえば大衆民主主義を前提とした集団の意識制御の問題であり、経済の領域でいえば「豊かな社会」の消費生活の問題であり、文化の領域でいえば、あらゆるリアリズムに還元できない領域を美学のカテゴリーによって覆い尽くすという問題であり、これらを通じて、資本主義が未来を先取りし、未だ実現しえていない世界を唯一占有することが可能なシステムが資本主義なのだと宣言することによって、コミュニズム――実は擬制のコミュニズムでしかないものなのだが――を凌駕しようとした時代でもある。これが21世紀の資本主義の前提をなす特徴であり、対テロ戦争を通じて21世紀に受け継がれることになる。

法を超越する権力

 ミシェル・フーコーは『性の歴史』第1巻のなかで、近代権力の再定義を論じているが、そのなかで、「人口」を生物学的な人間への制御の技術に着目して論じた。18世紀の権力技術にとって、政治的・経済的な問題として「人口」が捉えられる。ここでいう人口とは「富としての人口」「労働力あるいは労働能力としての人口」であり、トマス・マルサスが提起したような人口増大と富の増加の均衡問題に政府が着目するようになる。政府が管理すべきなのは「人口」としての住民であり、「出生率、罹病率、寿命、妊娠率、健康状態、病気の頻度、食事や住居の形」といった固有の特殊な現象と、固有の変数をもつ人口である。フーコーは「これらの変数は、生に固有の運動と制度に特有の作用との交叉点に位置する」とし、「人口をめぐる経済的・政治的問題の核心に、性があ」るとして、権力が「出生率や結婚年齢を、正当なあるいは不倫に基づく出生を、性的交渉の早熟さや頻度、それを多産にしたり不毛にしたりするやりかた、独身生活や禁忌の作用、避妊法の影響(注27)」といった問題を分析対象にしなければならないことに気づいたという。
 他方でフーコーは、通説とは逆に、19世紀以降の統治形態を法治国家、あるいは法の支配を原則とする国家ではなく、むしろマルクスが見ていたように、「現実の権力は法律的権利の規則には縛られないということ」「法律的権力の体制そのものが、暴力を行使し、それをある人々に有利なように組み込み、一般的な法という外見の下に支配の不均衡と不正義とを機能させる一つのやりかたにすぎないことを示した(注28)」のだが、とはいえこの批判もまた法の支配という規範のなかでなされてきたにすぎない、と述べた。そしてこの法律的権利に縛られない権力メカニズムは次第に、法的な表象に還元しえない様相を呈するようになる。こうした意味での権力とは「人間の生命を、人間を生きた身体として引き受けてきた」ようなものであり、この新しい仕組みでは「法律的権利によってではなく技術によって、法によってではなく標準化によって、刑罰によってではなく統制、つまり国家とその機関を越えてしまうレベルと形態において行使されるような権力の新しい仕組み」であって、「全く異質なもの」である。「我々はすでに数世紀以来、法律的なものが権力をコード化できなくなり、また表象の体系となることもいよいよ少なくなるような型の社会に突入している(注29)」とした。生身の身体を引き受ける権力にとって、必要になるのは、こうした身体を制御できる技術、標準化、統制であって、これらはいずれも公式の国家の枠組みだけでは実現できない異質な権力なのだという。こうして法規範によって権力に一定の枠をはめる(コード化する)こともできなくなり、また法が権力のありかたを明示的に示すことができる力を表現することもできなくなった。
「権力という語によってまず理解すべきだと思われるのは、無数の力関係であり、それらが行使される領域に内在的で、かつそれらの組織の構成要素であるようなものだ。絶えざる闘争と衝突によって、それらを変形し、強化し、逆転させる勝負=ゲームである。これらの力関係が互いの中に見出す支えであって、連鎖ないしはシステムを形成するもの、あるいは逆に、そのような力関係を相互に切り離す働きをするずれや矛盾である(注30)」
 フーコーの上記ような主張は、監視社会批判では定番のようにして引用される箇所かもしれない。もともと権力は自ら法の規範によって縛られることを積極的に受け入れるようなものではない。法が国家の権力を一定の枠内に抑え込むための規範としてある場合、前提になっているのは、権力は法を逸脱し、法を超越しようとする本性をもっている、ということだ。だからこそ法による抑え込みが必要になる。しかし、現実に起きていることは、こうした法の縛りをすり抜ける手法を権力が見いだしている、ということだ。国家権力に該当するような大きな権力をフーコーは否定しているのではなく、大きな権力が人口の詳細なカテゴリーを把握して支配しうる統計処理の技術を獲得したことによって、より親密な諸個人の身体性の領域に浸透するきっかけをつかんだということを指摘したのだと私は解釈している。法の限界は、人口に対する規範、コントロールにおける技術の優位性によって明らかになる。法は張り子の虎にすぎないのだが、民衆に対してはあたかも法に権力を抑制できる万能の力があるかのように思わせることによって、権力の行使の核心にあたる構造が巧妙に隠蔽される。民衆の運動が立法化と議会制民主主義に焦点を合わせることによって、権力の核心への攻撃を逸らされる。この隠蔽に加担するのが、法律学や政治学といった学問が掲げる国家と法の理念に基づく理論である。現実の資本主義権力は、それがいかに腐敗し暴力的であり法を逸脱していようとも、法の支配のもとで理想的に機能しうるような本質をもっているはずだ、という空想を科学的に粉飾するために、こうした学問を信じる民衆に不可能な幻想を与える役割を担うことになる。マルクスは、権力には現実の権力以外の理想的な権力がどこかに存在するなどということは論じてはおらず、だからこそ現実の権力を倒すことだけが、抑圧からの解放の唯一の道だとしたのだが、学問や科学はこのような実践的な選択肢を無化し、かつて宗教と形而上学が果たした観照的な態度を資本主義のなかで引き受けることになるのである。
 フーコーはこうした議論を通じて権力の再定義を試みるが、優生学や生理学から精神医学にいたる身体をめぐる知の秩序の再構築を性を中心において論じた。フーコーの観点は監視社会批判にとって重要なのだが、人口に対する権力の法ならぬ技術と性をめぐる秩序に対するコントロールに不可欠な親密な人間関係に対する権力による直接的な包摂、言い換えれば性的な身体に対する権力による実質的な包摂を可能にする技術について、フーコーは必ずしも十分な議論を展開していない。フーコーの観点を別の言葉で言い換えるとすると、権力はいかにしてプライバシーの権利という法の表象の背後でコントロールの力を獲得したのか、である。フロイトのように人間の身体性を性的な欲望の多型的な構成として描く。性器に収斂する異性間の性的な欲望はその単なるひとつにすぎず、誰であれこのような性的欲望には還元できない部分をむしろ多様な形で抱えている。これを、資本主義の性の秩序に成形する世代的あるいは制度的な枠組みの中核をになう家族関係のなかの性的な関係であれ、その外にある性的な関係であれ、この関係を直接コントロールする技術を権力が持ちえるようになったのはつい最近になってからだ。プライバシーは法的に保護されているという以前に、そもそも権力は(ここでいっているのは大きな権力、国家の権力や資本の権力のことだが)性的関係を直接コントロールするメカニズムを開発できていなかった。法による規範化は外形的であり、道徳や倫理もまた、それが人々に内面化されてひとつのコードとして行動に結果するかどうかは、実は曖昧なままだ。つまり、人がいつ誰とどのようなセックスをしたのか、あるいは人がいつどのような性的な空想に導かれてマスターベーションをしたのか、といったことをほぼ知りうる技術は存在しなかった。だから、このようなプライベートな行為をめぐる間接的なコントロールの技術に多くの関心が寄せられた。プライバシーの権利は、法によって保護されたとしても、その実態は法そのものというよりも物理的な環境(空間)への法の保護による。しかし、その実態は、私有財産制度による私的空間への排他的権利をもっぱら男性が獲得する家父長制の正当化だった。現代の監視社会は、このプライバシーの空間を解体し、支配的構造に組み込む技術的な条件を通じて展開されることになる。

2-2 行動主義と監視社会のイデオロギー

 統計データとして数量化された人口を基にした人口への制御の技術は、人間をデータ化可能な存在として把握することを意味するだけでなく、こうして把握された人間こそが人間の本質部分であるという確信が共有されることによって、制御の正当性もまた担保されることになる。しかし哲学であれ宗教であれ、外形的に観察可能な人間の背後に、何か隠された人間の本質のようなものが存在するといった考え方が人間観を支配してきたとすると、こうした考え方を保持するかぎりで、観察可能でデータ化され数値化された人間をいくら詳細なカテゴリーの網の目で捉えたとしても、人間をその本質において理解することには到達しないことになる。
 ホレリス・マシンのような大量の人口データを解析することを通じて人間を把握して、制御するという方法が、人間を理解するうえでの思想的・理論的な妥当性をもつものだというお墨付きを与えたのが、プラグマティズムや行動主義の心理学といった人間観だったといっていいだろう。データによっては証明しえない現象や行動の背後にあるなにものかの存在を否定する思想は、政治と経済の実務の世界を支えただけでなく、自然科学者たちの人間観にも影響を与えた。こうした人間観なくして、コンピューターを大砲の弾道計算や物理的な自然現象の解析だけでなく人間そのものの分析に適用しようとする動機は社会的な合意を得られなかったにちがいない。

意識の否定――J・B・ワトソン

 人間とはどのような存在なのかという問いが生物学的な人間に還元できない理由は、意識や心理といった概念で論じられてきた人間の非生物学的な側面にある。この意識と呼ばれる領域は、上述したようにデータ化の対象にすることがきわめて困難な領域でもある。しかし、この意識を対象として科学的な理解によってその謎を解き明かそうとする学問が19世紀から20世紀にかけて急速に発展してくる。これが心理学や精神医学といった分野であり、さらに精神分析がこれに加わる。他方で、こうした傾向と真っ向から対立する考え方もまた登場する。それが行動主義と呼ばれる心理学の考え方だ。行動主義は、人間をデータとして処理することによって人間の本質を理解可能だとする学問的妥当性のお墨付きを与えた。アラン・チューリングが数学の世界で構想したことがのちにコンピューターとして具体化したように、行動主義の構想もまたコンピューターの開発によって具体化された。言い換えれば、行動主義は、監視社会を正当化する人間解析に理論的かつイデオロギー的な根拠を与えた。以下では、行動主義の創始者とも目されるJ・B・ワトソンの『行動主義の心理学』を取り上げてCTCのイデオロギーともいえる側面を考えてみたい。
 行動主義は、この語に体現されているように、人間の心理とは人間の行動を意味するものであって、「意識というものは、明確な概念でもない」「意識というものがある、という信仰は、迷信と魔術のあの大昔に生まれたものだ(注31)」と主張する。
 ワトソンが率直に「行動主義者は、物理学者が自然現象を支配し、操作するように、人間の行動を支配したい。人間の活動を予言し、支配することは、行動主義心理学の仕事である(注32)」と述べているように、行動主義の目標は人間の行動を支配して将来の行動を予測可能なものとすることにある。人間の行動を支配したり予測できるということは、人間の行動が本能のようにあらかじめ生得的に獲得された条件によって縛られることはなく、他者によって操作可能だということを意味するから、本能という概念も否定する。本能と呼ばれてきたものは、実は訓練の結果であり学習行動として理解できるとする。また「われわれは、能力、才能、気質、体質、性格の遺伝のようなものはない(注33)」とする。
 同様にワトソンは、「記憶」という概念も用いない。以前出合った状態に再度出合ったときに同様の反応を示したりする行動は、記憶によるのではなく、学習と習慣形成に基づくとする。幼児期がこの習慣形成の時期ということになる。つまり、パブロフの条件反射の考え方に通底するが、人間は、行動を改善するように促す刺激を受けることによって、行動の改善を学習する。しかし、この刺激に慣れると学習効果が薄れる。この効果低減をどのように克服して改善を継続させるのかはビジネスでも「重要な問題の一つ」と指摘する。そして行動の「意味」を求めること自体も否定する。なぜならば「意味という言葉は、哲学と内観心理学から借りられた歴史的な言葉である。それには科学的な含蓄がない」からであり、したがって「行動主義者の前提は、意味についての命題を含んでいない(注34)」のであり、また意味という概念を必要としないという。私は、資本主義における意味の剥奪こそが身体性の搾取に核心にあるとみなすのだが、ワトソンは逆に、そもそも意味それ自体を認めないことによって、この意味の剥奪を正当化したともいえる。
「われわれが、あらゆる形の個体の行動の発生を理解し、その機構の多様性を知り、この機構の一つをよび起す種々の状況を整理したり、操作できるとき、われわれはもはや意味のようなことを必要としない。意味というのは、個体が今何を行っているのか、を教える一つの方法にすぎない(注35)」
「われわれ」が対象となる「個体」を操作できればいいのであって、意味は不要だというのは、対象とされる個人に対して行為の意味づけによって行為を促す動機づけを与えるという方法をとらない、ということである。つまり、人間が行為の意味を自ら理解し、納得することを通じて行為を実現するという道筋をとらず、いかなる動機や意味づけを個人が抱いてもよく、結果として、その行為を通じて「われわれ」が計画した目的が達成されればいいのであって、こうした意味での目的を達成できるような合理的な道筋を立てることが科学の任務だというわけである。「われわれ」とはもちろん、われわれのことではなく、資本や国家といった「彼ら」であり、常に目的は、彼らが私たちに与えるものとしてしか想定されない。
 意味と行為のこの分離は、私が第1章で述べたように、資本主義における身体性の搾取からみたとき、意味の剥奪を正当化する「科学」としての役割を果たすことになる。つまり、意味を、人間の行為にとって不可欠な条件から排除することによって、人間の行為は、その人間に対して支配的な力を行使しうる者が操作するものとなることが最も最適な人間のありかただということになる。ただし、ワトソンは意味の真空状態を肯定したのではなく、意味を与件とした。その与件とは、資本主義の支配的なイデオロギーや倫理を定数として変化や変更可能なものとはせず、それ自体を習慣の体系に組み込んだものだ。そのうえで行動主義が関わる個人の行動を操作しようというわけだ。
 行為の意味を与件とすることはできないし、間違ってもいる。行為の意味をめぐる社会意識の対立――資本のための勤労倫理か労働者の権利を獲得するための階級意識か――の現実をふまえれば意味は与件にはなりえない。
 ワトソンは人間を「組み立てられた有機的な機械」とみなして、次のような観点から人間を操作可能な存在として考察する。
「一個人のパーソナリティ――彼が何の役に立つか、立たないか、また何が彼の役に立たないか――を研究するさいには、われわれは、彼が日常の複雑な活動をしているとき、彼を観察しなけでばならない。この瞬間や、あの瞬間ではなく、毎週毎週、毎年毎年、努力しているときも、誘惑されているときも、金持ちなときも、貧乏なときも、観察しなければならない。いいかえると、一個人のパーソナリティ、すなわち「正札」をつけるためには、店に招き入れ、できるかぎりの検査をしなければならない。そうすると、ついにわれわれは、彼はどういう種類の人間か――どういう種類の有機的な機械か――がわかるようになる(注36)」
 こうして「どういう人間機械が役に立つのかを述べ、その未来の能力について、社会が知りたいときはいつでも、役に立つ予言をすることが、行動主義者の科学的な仕事の一つである(注37)」というわけだ。では具体的にどのようにして人間機械を操作可能で将来に向けて学習効果をもたらすように解析しようとするのだろうか。彼は、個人の行動を生まれてから24歳まで詳細に観察してデータ化でき「あなたがすることができるあらゆることに対する習慣曲線」がプロットされているとする。図1にあるように人間の誕生から5歳までの生育過程を、生理的な身体のはたらきから喜怒哀楽の感情表現に至るまで多様な「活動の系統」を詳細にプロットできるという仮説をたてる。さらにこの仮説を成人年齢まで延長したものが図2になる。

図1
図2

 個人のパーソナリティを構成する様々な「体系」がここでは例示されている。たとえば、靴職人として仕事をしている24歳の若者の場合であれば、靴作りの習慣の体系、宗教的な習慣の体系、愛国的な習慣の体系、結婚生活の習慣の体系などなどである。「この図の中心的な考え方は、パーソナリティは優勢な習慣の体系からできているということである」とし、例示はそのごく限られたものだけを示しているにすぎず実際には何千という習慣の体系があるという。
「あなたはすでに、夫婦の習慣の体系、両親の体系、大勢のまえでしゃべる体系、深淵な思想家の思想の体系、恐れの体系、愛の体系、怒りの体系のような、たくさんの体系にている。これらのすべてはもちろん広い一般的な分類だが、非常にたくさんの小さい体系に分解されるはずである。しかしこのような分類でさえ、われわれが示そうとしている事実についての概念をあなたに与えるのに役立つだろう(注38)」
 つまりパーソナリティと呼ばれているものは実際には「われわれの習慣の体系の最終産物にすぎない」と定義する。パーソナリティを構成する数千の体系は相互に対等な関係にあるのではなく、これらのなかで「優勢な体系」としてワトソンが指摘するものが手を使う分野(肉体労働の分野)、咽頭の分野(言語の分野)、内蔵の分野(情動的な分野)だという。そして「これらの優勢な体系は、明白であり、見ることが用意である。そしてそれは、われわれが個人のパーソナリティについてすみやかに判断を下すとき、その拠りどころとして役に立つ。そしてわれわれは、これらわずかの優勢な体系をもとにて、パーソナリィを分類する(注39)」と述べている。
 ワトソンは、パーソナリティを可視的で客観的に観察できるものとし、しかも多くの「習慣の体系」の総和だとみなした。このようにパーソナリティを理解することを通じて、人間の行動を支配し、将来の行動を予測可能なものとして操作しうるとする考え方を根拠づけようとした(注40)。

支配的な価値観を与件とした学問の科学性

 ワトソンの行動主義の前提にあるのは、欧米の民主主義社会であって、独裁的な社会は想定されていない。しかし、彼が生きた時代は、実際には人種差別主義が公然と存在する時代のことであり、ジェンダーの価値観も家父長制的な旧態依然の時代である。このことが端的に示されているのが、彼の労働観だ。ワトソンは、労働者の労働意欲を刺激するために、賃金の増額や利潤の還元、責任ある地位につけるなどステータスによる刺激といった様々な手法があることを指摘する一方で、こうした刺激は慣れによって、その改善効果は低減するとも指摘している。その理由として、人間の怠惰と労働に対する誤った理解があるからだという。
「個人は最低の経済状態にせよ、集団のなかでどうにか暮していくことができると、改善をやめてしまうのが、人間の欠点であるように思われる。人間は怠け者だし、労働したい人は少ない。また現代の風潮は、すべて働くことに反対している。最小の労働と最大のだらしなさが、たいていの工場の現在の秩序である。労働者――支配人にしろ、職長にしろ、筋肉労働者にしろ――は、つぎの言葉で、このことを理屈づける。『おれは、自分のために働いているのではないので。なぜおれは、協同作業に身を粉にして働いて、だれか他の奴に自分の利潤のすべてをくれてやらなければならないんだ』。この人は、作業能力の改善、および作業習慣を発揮さす全身の機構は、自分自身のものだ、ということを見落としている。それらは、個人の所有物で、だれか他の人と共有しているものではない。青年時代に早く作業習慣を身につけること、他人よりも長い時間働くこと、他人よりも一生けんめい練習すること、こういうことは、今のところ、各界での成功者や転載をおそらくいちばん合理的に説明してくれるだろう(注41)」
 ワトソンは、こうした労働者に対する理解を前提にすることはあっても、このこと自体を相対化しようとはしない。本能や遺伝といった生得的な性質を否定するにもかかわらず、「人間は怠け者だし、労働したい人は少ない」とあたかも人間が生来怠惰であるかのように述べている。興味深いのは、「現代の風潮は、すべて働くことに反対している」と書いている点だ。これは労働者のストライキなど資本に抵抗する労働運動が念頭にあっての言い回しだろうと推測する。「おれは、自分のために働いているのではない」という労働者の実感に言及していることからも明らかだと思う。実は、この観点は、ワトソンの行動主義の方法の矛盾と限界を示している。ワトソンのパーソナリティの枠組みは、客観的な社会環境が構築する数千に及ぶ「習慣の体系」から成り立っている。この「習慣の体系」こそが彼にとっての与件であって変更しえないものという前提にたっている。もし労働への否定的な態度が社会で支配的な場合、この労働への否定的な態度が「習慣の体系」を構成することになる。ワトソンの理論的な枠組みでいえば、労働を積極的に肯定するワトソンのパーソナリティを、労働を否定するような「習慣の体系」へと適応させるべきだろうが、むしろ逆に労働に関する「習慣の体系」を否定しようとする。もし、「習慣の体系」を否定するとすれば、どのように否定することが可能なのだろうか。ワトソンの行動主義にはこうした問題への対応の方法がない。というのも、そもそも行動主義の前提にある「習慣の体系」は、実験室に設置された人工的な環境をモデルにしていて、これは与件であって固定された条件であり、もっぱら変容の対象は人間(あるいは実験室であれば動物)なのだ。このことを社会にあてはめると、所与の社会環境は変えることのできなものだとみなされ、人間の行動をこの所与の社会に適合させるための最適な方法を探るのが行動主義だということになる。人間の行動の変化が社会を変化させるとしても、この人間と社会の関係の枠組みでは、既存のそれとの衝突のなかから、人間が意識的に社会の既存の習慣や価値観に挑戦して新たな「習慣の体系」を生み出すというダイナミックな社会変化をそもそも許容できないのだ。
 現実の労働者の世界では資本が支配する労働過程への否定的な態度が支配的だったとしても、支配的構造の労働倫理のイデオロギーこそが習慣の体系であるかのようにみなされて、この支配的なイデオロギーに適合した行動変容を教育や習慣づけを通じて確立するための理論的な裏付けに行動主義が利用されることになる。ワトソンの行動主義が「習慣の体系」というもっともらしい行動規範をもちだしながら、そこにはこの学問の主体となる研究者や、この学問を政策や経営に応用しようとする者たちの価値観への客観的な批判的視点が完全に欠落することになる。
 行動主義は、アメリカで、つまり、世界戦争の勝者として、支配者を支えた科学や思想が内包する問題が討議に付されるよりも、むしろこの勝者の世界で支配的な地位を占めた理論であることをもって、その学問的な意義についても当然のように主役の座をあてがわれた。ワトソンは、当然のようにしてパーソナリティの習慣の体系のなかに宗教的な習慣や愛国主義などを含めているが、実はパーソナリティの習慣の体系として諸個人が受容すべきこうした価値観そのものを与件とする考え方と、この与件としての習慣を教育によって諸個人に訓練をほどこすことによって行動を制御できるという考え方が肯定的に受け入れられたのは、ワトソンの行動主義が、20世紀のはじめから現代に至るまで、その支配的な価値観が根底から疑問に付される機会をもたなかったアメリカだったからかもしれない。戦前のドイツであれば、ワトソンの行動主義はナチズムに同調するパーソナリティの形成に寄与する心理学とみなされたかもしれない。ドイツは個人を集団に同調させるメカニズムを行動主義とは別の方法で開発したし、実は日本もそうである。ドイツや日本あるいは西欧諸国の集団への個人の動員の方法がアメリカと決定的に異なるのは、ナショナリズムの根源に、ある種の歴史的な近代以前との精神的連続性(神話)を定位させうる社会と国家の歴史的な経緯があったからかもしれない。アメリカは、移民による侵略に基づく国家として国家の起源を数千年遡ってその正統性を根拠づける物語を欠くことから、むしろ集団への統合の技術はきわめて人工的で操作可能な人間の機械的な側面に依存することが必要だったのかもしれない。こうした特異性がアメリカを中心として築かれてきた20世紀の操作主義的な思想に基づく技術の極端な発達を促したともいえる。
 行動主義は、外部から制御したり操作することが不可能な人間の側面を捨象して、目的を達成することを可能にする行為の機械的な再現の特化することによって、人間を操作可能な対象にできるとみなすもので、科学的管理法や人口管理のための人間のデータ化といった先行する実務的な経験の延長線にあるものといえる。その後スキナーによってより洗練された「科学」の装いを獲得するが、彼らの理論的な枠組は、実験によって検証可能な枠組から理論の枠組を逆算するようなところがあり、もし現代のような深層学習やAIによる擬似的な「心」の再現を可能にするような実験環境があったとすれば、その枠組も大きく変ったかもしれない。

道具的理性――資本主義的理論と実践の統一

 プラグマティズムもまた19世紀末に登場した行動(ギリシャ語のプラグマ)に着目したチャールズ・パースの哲学を淵源とし、ウィリアム・ジェームズによって発展させられたアメリカ資本主義を支える思想となり、行動主義と近縁性をもつ。ジェームズはパースを紹介しながら「およそ一つの思想の意義を明らかにするには、その思想がいかなる行為を生み出すに適しているかを決定しさえすればよい。その行為こそわれわれにとってはその思想の唯一の意義である(注42)」とした。行為によって実証しえない思想には意味がない、あるいは思想は行為を生み出すうえで有用な役割を果たしえるものとなったかどうかだけが思想の意義だという。
『プラグマティズム』(1907年)のなかで、ウィリアム・ジェームズはプラグマティズムが伝統的な哲学とどのような点で決定的に異なる思想なのかを、パースを紹介するかたちで、次のように端的に指摘している。
「およそ一つの思想の意義を明らかにするには、その思想がいかなる行為を生み出すに適しているかを決定しさえすればよい。その行為こそわれわれにとってはその思想の唯一の意義である。(略)或る対象に関するわれわれの思想を完全に明晰ならしめるためには、その対象がおよそどれくらいの実際的な結果をもたらすか(略)いかなる反動をわれわれは覚悟しなければならぬか、ということをよく考えてみさえすればよい(注43)」
 つまり、実証可能な現実の裏付けをもたない抽象的な言語の概念や原理を否定する。絶対者や根源の存在も否定する。だから、「事実、行動および力に向かう」もののみだけを前提にする。真理についてもデューイとシラーを引きながら、哲学や学問が主題にしてきた物事の根源や本質あるいは真理といったことには関心を寄せないか、あるいは、最適な行為を実現するための手段となりうるような観念を真理と呼ぶ。
「プラグマティズムが真理の公算を定める唯一の根拠は、われわれを導く上に最もよく働くもの、生活のどの部分にも一番よく適合して、経験の諸要求をどれ一つ残さずにその全体と結びくものということである(注44)」
 したがって、目的が与えられること自体、あるいは目的意識をもつこと自体が何に由来するのかについては、ある種の形而上学的な事柄であってもよく、神への信仰のように、その実在が疑わしいものであっても、それが現実に力をもつものであれば、そこに真理の作用をみようとする。他方でジェームズは神を否定する無神論者の生き方が実感としては理解できない。彼にとって神は経験しうるものであるのに対して、実感しえず言葉でしかないものは無意味だと否定する。彼が自分の存在を意味あるものにするには、この世界に経験しうるものとして創出すればいいことになる(注45)。世界を操作可能なものとして、自らの意志の下に従属させうるような力をもつことが、まさに、真理の体現者になる。強固な操作的な世界観が有神論と結び付き、世界を変えうる力への強固な信念を築いているように思う。これは、私のいう意味の剥奪を、支配者の側から眺めた意味の世界だといってもいい。世界を変えることを哲学の主題に据えたマルクスと対極の立場から世界を変えるための主導権を握ることを企図する思想がプラグマティズムにはあり、これがコンピューターを社会制御の手段として支配的な技術へと発展させるうえで重要な社会的背景をなしたとみることができるだろう。
 行動主義もプラグマティズムも、思想あるいは理論の有効性は、設定された目的に対して最適な手段を提示できるような現実的な効果によって評価される。これはある種の理論と実践の弁証法的統一の見本だろう。もともと弁証法には既存の秩序を維持しながら、その内部に必然的に生じる矛盾と対立という秩序を揺がす諸要因を秩序の内部で調整して抑え込むために必要な思想的な技法という側面がある。
 理論と実践の資本主義的統一の可能性を主張した行動主義やプラグマティズムと違って、マルクスの唯物論は、思想や理論を目的実現の手段とみなすのでもなければ、意識や普遍的な真理の役割を否定することもない。そしてなによりも理論が抽象的な論理構造をもつことの意義を否定しない。だから、資本主義批判の方法は、人々の意識や常識、あるいは習慣からなる経験的で具体的な出来事の集合でもなければ、実証主義のように事実やデータとされる事柄の集合から論じることもできないのであって、歴史性をもつ構造としての理論的抽象性をともなって論じることは避けられない。マルクスが対象とした資本の価値増殖をめぐる一連の概念、価値の概念をはじめとして、価値の実体としての抽象的人間労働や剰余価値といった概念は、いわゆる経験によっても統計などのデータによる実証によっても証明可能なものではない。しかし、神や形而上学的ななにものか、あるいは超越的な普遍的ななにものかなのではなく、現実の社会の具体的な事実からの理論的な抽象に基づいて導かれた資本主義の構造認識の所産である。この意味で、きわめて特異な唯物論なのだ。
「フォイエンルバッハにかんするテーゼ」のなかのマルスクの言葉として最も有名なもののひとつが11番目のテーゼ、「哲学者たちは世界をたださまざまに解釈してきただけである。肝腎なのはそれを変えることである」だろう。この言葉の含意は観照的な哲学への批判であると同時に、実践の意義も否定していまある世界を変ええないものとして前提にするような態度を否定し、世界を変えうる行為としての人間の実践に明確に焦点を定めていることだ。だから、行為主体としての人間を客体としてだけ捉えるような唯物論を否定し、「感性的人間的な活動、実践として、主体的にとらえ」ること、こうした人間の活動こそが、「対象的活動」、つまり世界を対象として世界のありかたにはたらきかけて、世界を変える活動であるという側面を重視して、従来の(フォイエルバッハがその代表とみなされたわけだが)唯物論を批判した。
 そしてもうひとつ重要な観点は、社会のなかの個人を孤立した個としてではなく「現実性においてはそれは社会的諸関係の総体」であり、その本質は「類としてのみ、内なる、無言の、多数個人を自然的に結び合わせている普遍性としてのみとらえられる(注46)」(第6テーゼ)とみる点だ。個人の人間性(あるいは行動主義でいうパーソナリティとあえて読み替えてもいいかもしれない)は、社会的諸関係の総体でありながら、この社会的諸関係に対して諸個人は、能動的な行為主体としてはたらきかけることによって、もの関係の総体を変革する潜勢力の担い手ともなる。このような担い手であることを通じて、諸個人は、単なる「個」ではなく、類的な本質の担い手として普遍性と不可分な存在にもなる。マルクスがフォイエルバッハを念頭に置いて述べたときの問題意識は宗教的な人間観への批判であり、人間の本質を現実の世界を変革することに関わらないところで構築された観念の世界に求める考え方が、結果として既存の世界を正当化し延命させることに加担していることを批判した。かつて宗教が占めた位置を資本や国家が占めるようになったことを念頭に置けば、マルクスの批判はそのままプラグマティズムや行動主義にもあてはまる。宗教的な感情のかわりに支配的構造の心情(利潤と貨幣物神と愛国心)を人間性に解消するような立場である。人間であることとは支配的構造の価値を肯定することであり、この前提を承認したうえで成り立つパーソナリティと習慣が唯一肯定される現実をなすということである。
 マックス・ホルクハイマーは、そのほとんどをプラグマティズム批判に捧げた『理性の腐食』のなかで、行為は、それが健康、休息、労働に寄与しうるような場合にだけ「合理的」とみなされるような行為の道具化を招く「形式的理性」を徹底して批判した。こうした合理性が、かつては客観的理性、権威主義的宗教、形而上学に担われていたとすると、近代産業社会では「無名の経済的装置の物象化機構によって引き継がれた」のであり「生産的労働であれば尊敬されるべきであるということ」「実際、それが人生を送る唯一の認められた在り方」であって「結果として収入をもたらすものであれば、どんな職業も、どんな目的の追求も生産的と呼ばれるのである(注47)」と指摘した。こうした行為の道具化は、これと対応して思考や意識そのものの放棄をもたらすことになる。『啓蒙の弁証法』のなかで「思考が数学、機械、組織といった物象化した形をとって思考を忘れる人間に復讐をとげる」として次のように述べている。
「この思考を放棄することによって、啓蒙は自己自身の実現を断念してしまった。啓蒙はすべての個別的なものを自己の制御下に起くことによって、事物に対する支配として逆に人間の存在にはねかえってくる自由を、概念的には捉えがたい全体に手に譲りわたしてしまった。社会は人の意識を喪失させることによって思考の硬化をもたらす(注48)」
 問題はこうして意識をめぐって、どのように闘争の陣形を構築しうるか、というマルクスがフォイエルバッハに関するテーゼで提起した問題がやはりここでも提起されるのである。真の革命的実践の成否は、このような意識喪失に逆らう理論の不屈さにかかっている(注49)」
 プラグマティズムや行動主義が意識の問題を無視するという方法を通じて、支配的な意識とそれへの同調を当然の与件とし、このような支配的な意識からの逸脱を機械的に矯正して調整、制御する技術に合理性や真理をあてがい、社会的な矛盾――当時の文脈でいえば労働者による組織的抵抗――を、支配的な秩序を維持するという目的を実現するための手段を通じて、制度内「解決」を正当化した。しかし、そうだとしても意識の問題は解決されたわけではなく、ただ棚上げされたにすぎない。この棚上げが、ホルクハイマーやテオドール・アドルノが危惧したように、文字どおり物象化された資本主義の大衆文化のなかに溶解してそれ自身の抵抗の根拠を獲得できなければ、大衆消費社会もまたファシズムと同じ帰結を招くことになるかもしれない。現実の歴史は、アドルノやホルクハイマーが危惧したような悲観論を半ば実現しながら、彼らが予想しなかった別の矛盾や問題を資本主義の内部から生み出すことになるが、これはのちに論じることにしよう。
 こうして、ホレリス・マシンが体現した人間の意識や思考といった雲をつかむような側面を無視して数値化やデータ化が可能な「人間」を通じて制御の力を大量の人口に対して行使しようとする権力の技術と、この技術を正当化する思想としてのプラグマティズムや行動主義が、やはりその内に包摂しえなかった意識の問題が残ることになる。この残された問題こそが20世紀資本主義がその支配の戦略の中心に据えた問題でもあった。

行為と動機――行動主義と刑罰

 監視社会批判では、国家権力による監視が何を目指すものなのかをどのように論じるのかによって、いくつかの異なる考え方が生まれる。フーコーの『監獄の誕生』の議論以降、監視とはオーウェルの『1984』のようなイメージよりも、むしろ教育や規律訓練を通じた自発的な同調行動の形成を促すメカニズムに注目が集まってきた。このことを具体的な刑罰の問題として考えるとき、刑罰が応報刑なのか教育刑なのか、という論争とも関わることになる。ワトソンの議論には犯罪者に対する行動心理学のアプローチが含まれている。ここでは、ワトソンの議論を日本の刑法学が戦前から議論してきた客観主義と主観主義の対立を絡めてみておきたい。
 ワトソンの行動主義は、人間を環境のなかで学習させて変えることが可能であるとみなし、本能や遺伝による変えることができない要因を否定する。ワトソンによれば、意識も記憶もその存在を証明することができないものだという。この徹底した操作主義は、監視社会のイデオロギーとしてはうってつけだが、全く評価の余地がない議論かというと実はそうともいえない。とくにワトソンが人間が犯す犯罪に関して述べている主張には、検討すべき論点がある。
 ワトソンは、その論理的な帰結として、ロンブローゾのような犯罪学者が主張するような犯罪者の性格を遺伝的な体質に還元する考え方を受け入れない。「情動とよばれている複雑な反応型が遺伝だという証拠がないことを知らなければならない(注50)」と述べ、情動は遺伝ではなく、習慣の型であって後天的に作られるものだと主張した。したがって、犯罪に対する刑罰についても、犯罪者への報復あるいは苦痛を与えることを目的とする懲罰ではなく、更生の手段とみなすべきだという立場をとる。つまり、習慣のパターンを変えることによって、いかなる犯罪者であっても更生させることが可能だと考えたのだ。犯罪を犯すような「社会的に訓練されていない人」について次のように言う。
「訓練所に入れられるべきだ。さらにまた、この期間中は、彼らは、集団の他の成員に危害を加えることのできない場所におかれるべきだ。このような教育や訓練は、10年から15年、あるいはそれ以上かかるかもしれない。彼が再び社会に入るのに適した訓練を身につけることができないなら、彼は常に再訓練をうけるべきだし、逃亡できない大きな工業施設や農業施設で、毎日パンを手に入れられるようにされるべきだ。どんな人間も――罪人も、そうでない人――も、空気、太陽、食物、運動、あるいは快適な生活状態に必要な他の生理学的因子をとりあげられてはならない。他方、一日12時間熱心に仕事をすることは、どんな人にも有害ではないだろう。こうして追加訓練のために隔離された人は、行動主義者の手もとにおかれなければならないのは、もちろんである(注51)」
 こうして彼は、警察制度は残されるべきとする一方、「訓練施設」の充実によって「刑法を完全になくしてしまう」こと、「刑事弁護士、法律の(刑事上の)判例、犯罪人を裁く法廷をなくしてしまう」ことが可能だと言う。「私は逸脱者を取り扱う現在の報復説、あるいは刑罰説(宗教的な一理論)が、条件情動反応を作ったり、こわしたりすることについて、われわれが知っている事実に立脚した科学的な一理論にとって代わるなどとは考えていない(注52)」と結論づけた。
 ワトソンのこうした考え方は、そもそも犯罪行為をその行動が社会の法から逸脱しているかどうかだけで判断し、その動機を問題にするのではなく「社会的に訓練されていない人」として問題にする。一般に犯罪行為に対して、その動機が問われがちだ。こうなると、犯罪に対する処罰は、その動機を含めて処罰することになる。動機を処罰対象にするということは、行動に至らない場合であっても、動機があるだけでも犯罪とみなされかねない側面をもつ。つまり行動以前の内心への権力の介入を認めてしまう余地を残すことになる。ワトソンはこうした考え方をとらなかった。
 犯罪を処罰するとはどのようなことなのか、行為を処罰することなのか、それともその動機も含めて処罰の対象とすべきなのか、という問題は刑法では重大な争点になる。事実日本の場合でも戦前から客観主義と主観主義(注53)、あるいは旧派と新派の対立として争点になってきた論点と重なるところが多くみられるが、ワトソンのように刑法の廃棄を主張する論者は私の知る限り登場したことはない。ただし、日本の主観主義刑法の立場は、動機へのはたらきかけこそが刑罰の主要な目的であって、刑罰に教育的な意義を見いだそうとする立場であり、逆にワトソンに近い客観主義刑法の立場は、応報刑の立場をとりがちであり教育刑の効果を疑問視することにもなっている。日本の戦前の客観主義刑法の立場をとった者たちは、瀧川幸辰のように、犯罪をめぐる客観的な社会情勢に関心をもった。瀧川は次のように書いている。
「刑法の社会的防衛任務は、ここでは崩壊過程に踏み込んだ資本主義社会を、大波のように押し寄せて来る大衆運動から、防衛することでなければならない。防衛の相手は従前の窃盗、強盗、等々の非組織的犯人ではなく、鋼鉄の組織をもつ無産大衆である(注54)」
 客観主義刑法がその客観性の基礎に、階級社会論と階級闘争の現実を承認したうえで、こうした資本主義の客観的な矛盾に対して刑法が日本の権力体制を防衛する任務を担うとした。瀧川の議論には情緒的な日本の国体への心情的同調の感情は希薄であっても、国家の体制を防衛することの意義を論じる立場をとることができることを示している。ここにある種の学問の客観性の限界があったといえる。とはいえ瀧川は戦時期も国家主義とは一線を画したともされており、この点が他の客観主義刑法学者との違いともいえると評価されている。他方で主観主義の立場をとる刑法学者は、戦時期に国家主義を体現する立場を明確にした。日本法理と呼ばれる独特の国家主義刑法が主張されることにもなる。客観主義刑法学者は、その応報刑を肯定することから、国家主義を肯定し、他方で主観主義は教育刑の肯定にみられるように思想転向を肯定することから、国家主義へと傾く。
 ワトソンの行動主義は、個人の意識や価値観といった内面を不問に付すか、これを外形的な行動や観察可能な現象に還元して、人間を「機械」にたとえたように、外部から操作可能な主体とみなすことを通じて、内面の問題に踏み込むことなく、人間を操作可能な対象へと改造する道を見いだそうとした。規範や法から逸脱する人間に対して、応報刑が苦痛を与えることを目的とすることにワトソンは意義を見いださなかったとはいえ、教育によって慣習的な行動を社会の規範に従わせることが可能だとするワトソンの発想はパブロフの犬の実験のように、教育と訓練によって行動を制御しようとするその意図には、応報刑に劣らない力の行使が教育の名のもとに正当化される要素を内在させていた。戦前の日本の刑法における刑罰と規律・訓練との関係は、結果として行動主義の方法ときわめて類縁性が近い発想をもっていたともいえる。行為の意図よりも行為そのものの違法性を問う客観主義刑法の観点と教育による更生の可能性を刑罰の意義とする主観主義刑法の観点は行動主義と重なり合うが、客観主義刑法の刑罰を応報刑とする立場や主観主義刑法の犯罪を動機や意図と関わらせようとする観点は行動主義とは対立する。だが、このねじれは現象面でのことであって、実際にはそうではない。
 日本の刑法思想は、人間の心理や意識を問題にできる枠組みをもっていない。戦前刑法を取り巻く国家状況、とりわけ治安維持法以降の国家主義とファナティックな愛国主義の時代が戦後の民主主義的な価値観からみると特異な時代として現代とは異質な時代とみなされるために、当時の時代に同調する主観主義刑法の異質性が目立ってしまう。とくに思想犯に関しては、そもそもその意図や意識、動機が処罰の重要な要素であり、だからこそ思想信条を抑圧するものと理解され、教育刑とは転向を促すことによって、支配的な秩序への同調行動を形成することの異常性に注目が集まりやすい。現代の価値観からすると肯定しがたいイデオロギーに犯罪者を教育によって変えることは、思想教育、思想的な更生措置として、刑罰としての教育の異常さが理解されやすい半面、現代社会のなかで、その社会の支配的なイデオロギーが肯定的に受容されている場合、こうした社会の価値観に刑罰としての教育によって犯罪者を再教育することは、社会復帰による更生の好ましいありかただとみなされがちだ。しかし、どちらの場合であれ、支配的な価値観に基づく社会行動から逸脱した者を既存の秩序のなかに抑え込むことでは変わるところがない。動機ではなく行為の結果が法を逸脱しているというところに着目して刑罰を与える場合、それが応報刑にような苦痛を与える場合であれ、教育刑のような人間の適応能力を利用する場合であれ、結果として現象する刑罰は当事者に対する権力による力の行使であり、その行使が当事者に肉体的な苦痛を介して行動の変容を強いるのか、それとも精神的な苦痛を介してそうするのか、あるいはその両方の調合の具合なのかという違いにすぎないともいえる。
 ワトソンは、精神病に対しても異論を唱えた。精神病は、そもそも「精神」を前提したものだとして批判して、パーソナリティの病、行動の病、行動障害だとみなし、遺伝や体質といった要素を否定する。しかし、刑法の否定の主張とともに、1960年代に登場する反精神医学や監獄廃止の議論とはある意味で関心のありかたが全く異なる。再学習、再教育を重視するある種の集団的な再教育キャンプのような洗脳を肯定しかねない危うい考え方がひそんでいる。ワトソンは次のように言う。
「パーソナリティを徹底的に変える唯一の方法は、新しい習慣が形成されねばならないように環境を変えて、その人を作り直すことである。習慣が完全に変えられば変えられるほど、パーソナリティは変化する」「将来われわれは、パーソナリティを変える上に役立つ病院をもつだろう。というのは、花の形を変えることができるほどらくらくと、われわれはパーソナリティを変えることができるからである(注55)」
 パーソナリティを変えることができないとみなされた人間はどうなるのだろうか。また、どのように変えることが正しい措置だとされるのだろうか。ワトソンのこの確信は、逸脱した人間の存在を認めないことにはならないか。逆に、こうしたパーソナリティを変えたり環境を変える側の動機や意図を一切問わないような主張は、結果として権力者の動機や意図を不問に付すことになる。コンピューター監視社会が目指そうとしているパーソナリティと社会との理想的な関係モデルはこのワトソンの再教育プログラムだといっても過言ではないだろう。新たな習慣の形成を人工知能の現代であれば、それが人間ではなく、機械によって実現されうるものとして、事実上社会が受け入れている。あるいは、再教育を効率的に実施するために、徹底した環境の変化を実現する技術として、人間の知覚を回避して直接脳神経に作用するような教育方法がとられることがあってもいいのではないかという発想に帰着しつつあるように思う。人間の行為と目的の意味は、こうした発想のなかで、文字どおり、主体から剥奪されることになる。


(1)エドウィン・ブラック『IBMとホロコースト』宇京頼三訳、柏書房、2001年、63ページ
(2) Denkschrift zur Einweihung der neuen Arbeitsstätte der Deutschen Hollerith Maschinen Gesellschaft m.b.H. in Berlin-Lichterfelde, January 8, 1934, pp. 39–40, USHMM Library.ブラック前掲書による。
(3)前掲ブラックによれば、アメリカとの開戦以降、デホマクは表向きアメリカ本社とは切り離され、アメリカへの送金も停止された。
(4)ホレリス・マシーンの開発者、ホレリスはもともとIBMの技術者だったわけではない。紆余曲折を経てIBMにこのマシンの販売を委ねた経緯はブラック前掲書を参照。
(5)ブラック前掲書379ページ。一般的なパンチカードシステムは、カード穿孔機、カード分類機、カード照合機などの機械から構成されていた。カード穿孔機(punch)とは、タイプライターの印字部を穿孔機構にしたものである。単に穿孔するだけのものとカードに印字ができるものがある。1枚のカード穿孔途中でエラーがあると、そのカードを廃棄して打ち直す必要がある。カード分類機(sorter)とは、カードの特定カラムを指定して、その穿孔位置によりそれぞれのホッパーに分類する機械である。これを何回もおこなうことにより複数のカラムにわたるソートができる。カード照合機(collator)とは、ソートされているかどうかを確認する機能やある条件に合致するカードだけを取り出す機能をもつものである。ソートされている2組のカード群を一つにまとめるマージ機能をもつものもある。作表機(tubulator)会計機 ソートしたカード群を読み込んで、「金額=数量×単価」程度の簡単な計算をして、小計・中計・大計を計算して作表する。これらの処理内容は配線によるプログラムで指示される。合計穿孔機(summary punch)処理が複雑な場合は、最初の処理で集計結果をカードに穿孔して出力し、それを入力として編集処理をおこなうこともある、その穿孔をおこなうものを合計穿孔機という。(パンチカードシステムの歴史 http://www.kogures.com/hitoshi/history/punch-card/index.html)
(6)ブラック前掲書380ページ
(7)ヘザー・モリス『アウシュヴィッツのタトゥー係』金原瑞人/笹山裕子訳、双葉社、2019年、参照
(8)ブラック前掲書381ページ
(9)1925年、日本に初めてIBMのホレリス式統計機械を設置(日本陶器) https://www.ibm.com/ibm/jp/ja/history.html
(10) James W. Cortada, The Rise and Fall and Reinvention of a Global Icon, The MIT Press, 2019, p.128
(11) Cortada前掲書153ページ。ちなみに、第二次世界大戦中、IBMは驚異的な収益をあげる。1939年から45年までにIBMの総収入は3倍に膨れ上がった。従業員数は2倍になり、事務機械産業最大の企業になる。トーマス・G・ベルデン/メルバ・R・ベルデン『アメリカ経営者の巨像――IBM創立者ワトソンの伝記』荒川孝訳、ぺりかん社、1966年、224ページ参照
(12)ブラック前掲書367ページ
(13)Peter E. Greulich、The Story of Machine Records Units (MRUs) https://mbiconcepts.com/the-story-of-world-war-ii-and-machine-records-units-mrus.html
(14)Columbia University Computing History; A Chronology of Computing at Columbia University http://www.columbia.edu/cu/computinghistory/#sources
(15)Little, S.E. and Grieco, M.S.(2003). From Bletchley Park to the NSA: scientific management and “surveillance society” in the Cold War and beyond. In: Critical Management Studies 3 Conference, Stream 9: Cold War and Management, 7-9 Jul 2003, Lancaster University, UK.
(16)Ibid.
(17)ブラック前掲書375ページ
(18)Thomas N. Tyson and Richard K. Fleischman, “Accounting for Interned Japanese-American Civilians during World War II: Creating Incentives and Establishing Controls for Captive Workers” https://www.accountingin.com/accounting-historians-journal/volume-33-number-1/accounting-for-interned-japanese-american-civilians-during-world-war-ii-creating-incentives-and-establishing-controls-for-captive-workers/
(19)訴訟については、 Barnaby J. Feder,”Lawsuit Says I.B.M. Aided The Nazis In Technologyl,” New York Times, Feb. 11, 2001 https://www.nytimes.com/2001/02/11/world/lawsuit-says-ibm-aided-the-nazis-in-technology.html?mcubz=0
(20)”IBM Statement on Nazi-era Book and Lawsuit,” https://www-03.ibm.com/press/us/en/pressrelease/1388.wss;
(21)United States Holocaust Memorial Museum, “LOCATING THE VICTIMS” https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/locating-the-victims
(22)JAMES W. CORTADA, IBM: The Rise and Fall and Reinvention of a Global Icon, lMIT Press, 2019、参照。とくに第五章参照。
(23) ANTHONY J. SEBOK, “IBM AND THE HOLOCAUST: The Book, The Suit, And Where We Go From Here,” https://supreme.findlaw.com/legal-commentary/ibm-and-the-holocaust.html
(24)クァドゥルーンは4分の1が黒人、オクトルーンは8分の1が黒人を指す。差別的な意味合いをもつ言葉。
(25)Herman Hollerith, “The Electrical Tabulating Machine,” Journal of the Royal Statistical Society, Vol.57, No.4 (Dec., 1894)
(26)F・W・テーラー『科学的管理法』上野陽一訳・編、産業能率短期大学出版部、1976年、小倉利丸『支配の「経済学」』れんが書房新社、1985年、参照。
(27)ミシェル・フーコー『性の歴史』第1巻、渡辺守章訳、新潮社、1986年、35ページ
(28)フーコー前掲書115ページ
(29)フーコー前掲書116ページ
(30)フーコー前掲書119-120ページ
(31)J・B・ワトソン『行動主義の心理学』安田一郎訳、河出書房、1968年、15ページ。なお、早い時期のワトソンやスキナーなどの行動主義批判としては、アーサー・ケストラー『機械のなかの幽霊』、日高敏隆、長野敬訳、ぺりかん社、ノーム・チョムスキー「言語行動」、『言語 フンボルト/チョムスキー/レネバーグ』、岩波書店、所収、参照。なお、本章ではスキナーやパース、デューイといった行動主義、プラグマティズムの重要な論者にはほとんど言及していないが、コンピューター科学を支えるイデオロギーの問題を網羅的に論じることは別途課題としなければならないと考えている。
(32)ワトソン前掲書28ページ
(33)ワトソン前掲書118ページ
(34)ワトソン前掲書306-307ページ
(35)ワトソン前掲書308ページ
(36)ワトソン前掲書232-233ページ
(37)ワトソン前掲書233ページ
(38)ワトソン前掲書336ページ
(39)ワトソン前掲書338ページ
(40)行動主義をワトソンで代表させる方法には異論があるかもしれない。特に本書のように「意識」に重要な位置を与えようとする場合、同じ行動主義であってもG・H・ミードのような観点を取り上げるほうが好ましくはないだろうか。たぶん、現代のAIからニューロテクノロジーの時代であれば、自我と社会心理(ここにAIなどのコンピューターテクノロジーが含まれる)は重要な課題だが、ここに至るまでの道程のなかで、コンピューターが苦手としてきた「「意識」を排除して、もっぱら人間を操作可能な対象とみなすことで成り立ってきたのがコンピューターが主導的な役割を果たす資本主義社会である。この意味で、ワトソンの行動主義には無視しえない意義がある。
(41)ワトソン前掲書261ページ
(42)ウィリアム・ジェームズ『プラグマティズム』桝田啓三郎訳(岩波文庫)、岩波書店、1957年、52ページ
(43)ジェームズ前掲書53ページ
(44)ジェームズ前掲書88ページ
(45)ジェームズ「哲学的概念と実際的効果」、チャールズ・サンダース・パース/ウィリアム・ジェイムズ/ジョン・デューイ『プラグマティズム古典集成――パース、ジェイムズ、デューイ』所収、植木豊編・訳、作品社、2014年、参照
(46)『マルクス・エンゲルス全集』第3巻、大月書店、1963年、593ページ
(47)マックス・ホルクハイマー『理性の腐蝕』山口祐弘訳、せりか書房、1987年、51ページ
(48)アドルノ/ホルクハイマー『啓蒙の弁証法――哲学的断想』徳永恂訳(岩波文庫)、岩波書店、2007年、86-87ページ
(49)アドルノ/ホルクハイマー前掲書87ページ
(50)ワトソン前掲書202ページ
(51)ワトソン前掲書230ページ
(52)ワトソン前掲書230-231ページ
(53)中山研一の説明によれば、以下のとおり。客観主義とは犯罪を「外部的な行為とその結果を重視するという考え方」で「この思想的な基礎は、犯罪を人間の外部的な行為による侵害結果の惹起として客観的かつ事実的にとらえることによって、意思や移送の処罰を拒否し(行為原理)、処罰範囲を客観的に限界づけようとする」(『口述刑法総論』成文堂、2007年、21ページ)。主観主義とは「行為者の犯罪的は性格を重視」し「行為者の主観的な意思や性格が客観的な犯罪行為およびその結果を『徴表する』ものとしてとらえる」(同書23ページ)。中山研一『刑法の基本思想』(成文堂、2003年)も参照。
(54)瀧川幸辰『刑法読本』改訂版、大畑書店、1933年、15-6ページ。引用箇所はほとんど伏せ字であるため中山前掲『刑法の基本思想』から原文を再引用した。
(55)ワトソン前掲書370ページ

 

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失われた偽作・疑作を求めて――『クラシック偽作・疑作大全』を出版して

近藤健児

 妻は私と違って収集癖はないが、もう10年以上前に勤務医の仕事をいったん辞めたときに、当時熱中していた塩野七生の『ローマ人の物語』(全15巻、新潮社)に触発されて、退職金を原資にローマ時代のコインを買い集めだしたことがあった。メイン・ターゲットはデナリウスと呼ばれる直径1.5センチほどの銀貨で、同じ皇帝のものでも裏面のバージョンは多種多様でなかなかに集めがいがある。eBayに出品している海外の業者から購入するのだが、本物かどうかはなんともわからない。だが、もし真贋鑑定に出すとなるとコインの価格以上の費用がかかってしまう。それがどうにも気になったのか、原資が尽きたのか、ある程度集めたところで収集をやめてしまったようだ。
 絵画や骨董の世界では、ニセモノは一般に贋作と呼ばれる。これは欺く目的で悪意のもとに作られたもので、例えば同時代の絵にレンブラントのサインを加えたり、新しい陶器をわざと古めかしく汚したりしたものだ。真作と思って大枚はたいて購入したものが贋作と鑑定されることはしばしばあるが、これは当事者にとってはおおごとだ。そうとは知らずに美術館が自館の目玉として展示していたものが贋作ないし贋作が疑われる事態となると、展示をやめて倉庫に引っ込めざるをえないことになる。来館客数に響く大変な損失だ。なおかつ始末が悪いことに、いったんは贋作と判定された作品が、のちに真作とされる逆転事例もないわけではないから、恨めしい絵を邪険に捨てるわけにもいかないのだ。
 ところでクラシック音楽作品の場合にも、本書で取り上げたシューベルトの『交響曲ホ長調』(1825年)のように、悪意ある贋作もないわけではない。しかし偽作や真偽不詳の疑作の多くは、著作権の概念などなかった18世紀に、売らんがために有名作曲家の名前を勝手に楽譜に付けて売ったことから生じたもので、当時それなりの実力があった作曲家が真面目に書いたものだ。曲そのものの中身は聴くに値するものが少なくない。例えば、ハイドン作とされていた『おもちゃの交響曲』も、モーツァルト作とされていた『子守歌』も、いずれも他人による作曲と判明しているが、曲自体は名品であるにもかかわらず、偽作とわかったために演奏・録音される機会が少なくなってしまっている。ハイドンの弦楽四重奏曲集Op.3は、名曲「セレナーデ」を含んでいるにもかかわらず、偽作とわかると全集ボックス(エオリアン四重奏団盤)ではわざわざその曲を外して販売されるようになる始末だ。
 ちょっと待ってほしい。倉庫行きになった美術作品を本物とじっくり見比べる機会があってもよくはないか。それと同じように、真作でないとわかった音楽作品も、長らく有名作曲家のものと信じられてきたゆえんはどこにあるのか、自分の耳で確かめてみたいものではないだろうか。偽作や疑作となると、大作曲家の全作品事典や熱心な愛好家のウェブサイトに断片的な記載があるだけで、基礎的情報さえかなり苦労しないと集まらない。肝心の録音さえも、かつて真作と信じられていた時代に出ていた古い音源が相当探してやっと見つかるほどに限られているのが実情だ。それでもモーツァルトの交響曲やヴァイオリン・ソナタなどで、偽作ということで欠番扱いになっている前々から気になっていた曲に出合えたときの喜びは大きく、曲の出来栄え以上に満足感を味わった。そのほか全部が全部名曲だなどと言うつもりはまったくないが、真作と同じように愛聴すべき佳作も本書の執筆を通してたくさん見つけられた。
 転売するわけでもないので、真作でも偽作でも疑作でも、自分でいいと思ったものを楽しむだけだ。だから、妻のローマ・コインだってたとえ真贋不明のグレーゾーンのものでも、楽しみを与えてくれればすてきな宝物である。音楽も同じだ。本書を通して、私と同じように自分だけの名曲に出合える人が増えたらいいなと願っている。

 

第1章 拡張される搾取――土台と上部構造の融合

小倉利丸(富山大学名誉教授。専攻は現代資本主義論)

目次
序章 資本主義批判のアップデートのために
第1章 拡張される搾取――土台と上部構造の融合

1-1 機械と〈労働力〉――合理性の限界

機械が支配した時代

 ポスト冷戦以降、資本主義を人類史のなかで肯定的に把握する理解が、ある種の常識として通用するようになった。そのきっかけをつくったのがフランシス・フクヤマの『歴史の終わり――歴史の「終点」に立つ最後の人間』(三笠書房、1992年)に代表される社会主義・共産主義の終焉を論じた議論である。リベラルな民主主義を歴史上完璧な統治機構として評価したのだ。そのフクヤマが2018年のインタビューで、マルクスが資本主義における過剰生産の危機と貧困の拡大を指摘した点を捉えて、「カール・マルクスが言っていたことが 事実になりつつある(注1)」とマルクスの議論をあたかも肯定するかのような発言をしている。同時に、中国を「国家資本主義」とみなして、中国モデルか西欧モデルか、という資本主義の制度内の危機への最適な適応をめぐる争いにむしろ将来の選択肢があるとも語り、リベラルな民主主義の危機を指摘した。マルクスを引きながら、結局のところは、将来社会のありかたについては、資本主義を前提としたリベラルな民主主義に収斂するとはかぎらず、資本主義と非リベラリズムあるいは近年の流行語でもある権威主義的な資本主義が歴史のゴールを飾るという別の選択肢もありうるということを暗に示唆したともいえる。
 以下で述べるように、資本主義は自由と民主主義のシステムとしては矛盾と限界を抱えている。資本主義の制度的な矛盾を資本主義内部で解決しようとする試行錯誤としての20世紀資本主義の歴史は、そのイデオロギーの側面からみたとき、ファシズムもまた矛盾の制度内止揚(そもそもこれが弁証法の本来の機能だが)として社会主義を資本主義的に再定義して包含しようとする現象だったことを想起する必要がある。もちろん中国が社会主義だと言いたいのではなく、20世紀のファシズムと社会主義の実験が失敗に終わったことをもって、リベラルな資本主義の勝利とみなす認識や、社会主義を20世紀に社会主義を標榜した諸国に還元して理解しようとする考え方に疑問があるのだ。こうした考え方は、制度や社会に対する理論的な枠組みをもつことなく、現実の世界を構成する国家や宗教の権力が、みずからの統治の技法の一部に用いる言語の象徴的な使用を「正しい」概念用語として前提してしまいかねない。ファシズムは、イギリスのケインズ主義、アメリカのニューデールと表裏一体をなすものであり対立するものではないし、社会主義革命を企図しながらもそれがファシズムに転態した歴史の教訓を汲むとすれば、資本主義や20世紀の社会主義もファシズムもいかなる意味でも私たちの未来の選択肢にはなりえない。同時に、コンピューター・コミュニケーション/テクノロジー(CTC)が支配的な位置を占めることによって資本主義の構造は、その深部で転換を経験しつつあり、マルクスの資本主義批判の妥当性を検証する場合も、この転換を念頭に置く必要がある。
 本章では、本連載の主題であるコンピューターが支配的なテクノロジーとなった時代の資本主義批判を見据えながら、その前提となる機械が支配した時代の資本主義を主に論じることになる。カール・マルクスが『資本論』で論じた一連の資本主義における矛盾に対し、資本主義はいかなる対抗を制度的に展開してきたのかを確認する。主題になるのは、機械と〈労働力〉(注2)と化した人間をめぐる管理、指揮、命令、制御、監視といった一連の問題をめぐって、マルクスが提起した土台=上部構造の資本主義の構造に関わることになる。
 労働市場を通じて〈労働力〉が売買されるということを私たちは、会社に雇われて働くことであり、労働が契約によってルール化されて、このルールを遵守することが労資双方の当然の前提だと思い込まされている。もちろん労働者は雇用主が狡猾にルールをかいくぐって酷使しようとしたり賃金をピンハネすることを警戒するし、雇用主もまた、労働者が従順に働くとは信じておらず、常時仕事ぶりを監視しないではいられないという不信感を抱くこともまれではない。一般商品の売買が前払いであるのに対して〈労働力〉だけは後払いだというところに、労資の力関係の不均衡と資本の不信感が端的に示されている。
 とはいえ、契約は双方にとって満足できなくてもほぼ有効な範囲には収まる程度の効果はもつ。だから、雇用契約とか就業規則の明文化は、労働者の権利を守るうえでも大切だとされている。しかし歴史を遡ると、こうした近代的な〈労働力〉売買の契約関係が定着するのには長い時間がかかっており、現代の世界全体の人口を視野に入れたとき、むしろ近代的な雇用契約の教科書的なモデルが実際に実現している場合のほうが少ないかもしれない。労働問題が国際的な人道・人権団体にとっての主要な課題でありつづけており、資本主義は建前ほど契約の平等と自由を重んじるような体制をおのずと実現できるようなシステムであるわけではない。
 したがって、工業化=機械化として出発した資本主義的な「経済発展」の経路をいま一度〈労働力〉の観点から再構成しておく必要がある。機械化、工業化が始まった当時、労働者の日常がいかに機械のリズムに反し、したがって資本家たちを苛立たせていたか。そして、機械の導入とは、この労働者の日常的なリズムの解体と服従の過程でもあったということを再度みておきたい。

道具、機械、歴史認識

 産業革命を通じて、イギリスを中心に、熟練の解体と機械への置き換えが19世紀に急速に進展し、労働の様相が一変する。社会の人口の多くが農業などの伝統的な産業から引き離されて都市の工場〈労働力〉へと短期間に転換できるのは、熟練労働の習得に必要な長年月の訓練が不要になり、短期で習得できる労働が支配的になってきたからだ。同時に、単純労働が支配的な労働市場は「流動化」しはじめ、資本は市場の需給動向に合せて必要な〈労働力〉を排除したり入れ替えたり、追加で調達するなど、あたかも〈労働力〉が「モノ」ででもあるかのように自由にその数量を調整可能な存在になる。これは周辺部資本主義における奴隷制の展開と表裏一体をなす資本主義に固有の「人間観」、つまり労働機械としての人間の一側面をなす。労働者は単純労働であればあるほど、取り替え可能な使い捨ての〈労働力〉としてのリスクに直面する。労働者は生存を維持するための雇用の維持を、かつての熟練労働者のように、容易に取り替えがきかない熟練技能を交渉の武器にして資本に譲歩を迫ることができなくなる。熟練労働者が主体となった労働運動から単純労働者による労働運動への転換は、重要な質的切断を伴う。
 マルクスは『資本論』第一巻「機械と大工業」でかなりのページを割いて機械が資本主義に果たす役割を論じている(注3)。工業化=機械化に対するマルクスの評価はややトリッキーだ。ラダイトのような機械化への拒否を批判しながら、機械化がもつ二面性の間で、難問に強引な決着をつけようとしているところがある。
 マルクスは、マニュファクチャから機械制大工業への展開のなかで、機械が膨大な数の熟練労働者の排除と単純労働化による低賃金化をまねくことを指摘する。資本主義的な労働市場に投げ込まれた無産労働者にとって、失業は貧困そのものだが、同時に雇用されたとしても長時間の劣悪な労働と最低限の生活をかろうじて維持できる賃金しか保障されない人生にしか帰結しない。だから、とくに蒸気織機の利用に対して機械の大量破壊運動が起きるが、マルクスは、これが「シドマスなどの反ジャコバン政府に最も反動的な強圧手段をとる口実を与えた」とその副作用の大きさをむしろ指摘して、「機械をその資本主義的充用から区別し、したがって攻撃の的を物質的生産手段そのものからその社会的利用形態に移すことを労働者がおぼえるまでには、時間と経験とが必要だったのである(注4)」と述べている。労働者が壊すべき対象は、機械ではなく資本(家)であるというマルクスの指摘は正しいが、そこから彼は、機械を資本主義的に利用することが労働者の搾取と貧困を生み出しているのであって、機械そのものの生産手段としての機能を擁護することになる。こうして、この単純労働化がもたらした労働の流動性、かつての職人のように一生一つの仕事に縛られることなく、様々な産業分野を行き来できる労働者の新しいありかたから、資本主義では実現しえない生産の社会化、つまり労働者が生産への主導権を取り戻すなかで、機械に体現される生産力を労働者の労働能力の全面的な開花として可能にするという楽観的な見通しを示唆する。この楽観論が、のちの正統派マルクス主義に継承され、資本主義が開発した技術の社会主義での横滑り的な適用を正当化する理屈として俗流化されて、20世紀の社会主義を標榜する体制が墓穴を掘ることになる。資本主義が開発した技術には、設計思想=資本のイデオロギーの物質的な体現、現代の言い回しでいえばイデオロギー・バイ・デザインという側面があり、機械とその社会的利用を区別することはできないと私は思う。この間違いにマルクスが陥ったのは、後述するように、商品論における使用価値批判の観点の希薄さが深く関連している。つまり、使用価値――生活手段であれ生産手段であれ――は、同時にイデオロギーの担い手でもあるという点への関心の欠如だ。工場の機械に関していえば、労働者を統制・制御しようとする意図がなければ、機械化は資本には受け入れられなかっただろう。
 他方で、マルクスは機械制大工業に先だつマニュファクチュアに関して、非常に示唆的なことを指摘している。マニュファクチュアで個々の労働者は全体の一部をなす部分労働者として適材適所で機械を操作する仕事をこなす。
「彼は、この作業ではより多くの力を、別の作業ではより多くの熟練を、また第三の作業ではより多くの精神的注意力、等々を発揮しなければならないが、これらの属性は同じ個人が同じ程度にそなえているものではない。いろいろな作業が分離され、独立化され、分立化されてからは、労働者たちは彼らの比較的すぐれた属性にしたがって区分され、分類され、編成される。彼らの生来の特殊性が基礎となってその上に分業が接木されるとすれば、ひとたび導入されたマニュファクチュアは、生来ただ一面的な特殊機能にしか役だたないような労働力を発達させる。今では全体労働者がすべての生産的属性を同じ程度の巧妙さでそなえており、それらを同時に最も経済的に支出することになる(注5)」
 ここで「全体労働者」と呼んでいるのは、文字どおりの意味での労働者ではなく、分業によって様々な作業工程を担う労働者組織が機械とともに構成する全体のことである。この全体に対して、実際の労働者は「部分労働者」として全体の秩序に従属する。「部分労働者の一面性が、そしてその不完全性さえもが、全体労働者の手足としては彼の完全性になる」わけだが、この全体労働者が資本の組織そのものということになる。この全体労働者と部分労働者の構造は、事務・サービス労働が機械化される過程を理解するうえで重要な観点でもある。
 機械化が進んでいない時代の事務労働組織は、官僚制に典型的なように、人間の作業を法や規則によって規制し、労働者の能力を個人の適性によってある特定の作業に特化し、それらを相互に繋ぐことで組織全体=全体労働者としての機能を発揮させる。個々の労働者は全体に対する部分として器官化される。書類作成の過程にタイプライターが導入されると、この作業が単純労働化されて、書類のコンテンツ作成から切り離されて純粋な文字入力作業になり、熟練の解体へと向かう。文字を書く作業がこうして、直接的な文章作成に必要な知的な作業と、この作業の結果を印字して書類にするというアウトプットに切り分けられ、後者が機械化されるにつれて労働者は意味を剥奪された「タイピスト」という労働に特化される。ここで構築される書類の「意味」は資本によって制御される。労働者は資本の論理に沿って意味を文字として対象化する。ここでは、彼/彼女にとって意味がある労働とはならない。
 のちの議論を先取りしていえば、CTCが支配的な時代の独自の機械=コンピューターは、多数の部分労働者を結合した全体労働者の位置を占める。労働過程の錯綜した作業工程に必要な様々な作業、たとえば、熟練、大量のルーチン作業、高速のデータ処理、高度な解析作業などがそれぞれに特化したアプリケーションに振り向けられ、労働者は、彼/彼女のスキルに応じてコンピューター・プログラムによる処理を補助できるように労働組織が区分、分類、編成される。システムエンジニア、プログラマといった技術職からデータ入力やモニターの監視などの比較的単純な作業、処理されたデータに基づくコンピューターによる意思決定に対して人間の組織として最終的な確認をおこなうことなど、労働者は個別化されながらコンピューターのシステムに沿って組織全体に、つまり資本に結合される。労働者は、コンピューター・システムという「全体労働者」の機能=器官に転化することによって組織の規則性が維持される。古典的な工業化では、肉体的な行為を徐々に機械に譲るなかで、労働者は、機械の補助労働へと周辺化される一方で、機械が果たすことができない判断や思考に直接間接関わる部分を担うようにもなる。事務やサービス労働もまた、そのなかから計算機によって処理可能な労働を切り離して機械に委ねるようになる。20世紀の事務・サービス労働で起きてきた機械化の過程は、製造業がマニュファクチュアで機械が徐々に導入されるなかで起きてきた労働者の排除と機械による置き換えの過程と、その資本の意図と構造に即せば、ほぼ相似形である。ただし、今度は、人間の精神的・心理的な側面に機械が深く関与するようになったという意味で、人間にとってはより侵襲的な過程になっている。そして、この精神的・心理的な過程がコミュニケーション過程でもあることから、この問題は、狭義の資本の生産過程や流通過程を超えて〈労働力〉再生産過程、つまり私生活領域に接合されることになる。
 機械への批判を、ラダイトのような機械の拒否でもなく、またその社会的利用形態だけを資本主義のそれから切り離しさえすれば無毒化できるわけでもないとすれば、どうすべきなのか。資本主義的な技術開発から質的に切断されたテクノロジーをどのようにすれば獲得できるのか、という方向で問題を立て直す必要がある。こうした意味でのテクノロジーにおけるオルタナティブが真剣に議論されるようになるのは、核技術や公害、環境破壊が深刻になる一方で、マスメディアが人々の心の支配に深刻な影響を及ぼすようになってきたことへの批判が自覚的に提起される20世紀半ばを待たなければならない。またコンピューターの大衆化が到来した20世紀末に、ふたたびラダイトの影がコンピューターに向けられたこともまた忘れてはならない(注6)。

資本の秘技

 資本の投資動機が最大限利潤の追求であることをふまえれば、資本主義における機械は、「労働日のうち労働者が自分自身のために必要とする部分を短縮して、彼が資本家に無償で与える別の部分を延長するべきもの」、つまり「剰余価値を生産するための手段」であるという基本線は、現在に至るまで一貫している。しかし、機械の普及についての資本の大衆向けの正当化の主張は、人類の普遍的な進歩の体現としての機械とその発明が結果として、資本に利潤というご褒美を与えるのだという神話を構築することによって、資本の存在理由を文明の進歩の証しとして正当化しようとするものだ。こうした主張が万国博覧会のようなメガイベントを通じて人々のなかに資本主義の「未来世界」を印象づけることになる(注7)。機械を人類の歴史的な社会の存在様式から切り離して普遍化あるいは進歩の宿命とみなす考え方とマルクスの理解との間には、資本主義をその唯一の実現可能な制度とするか否かという点を除けば、共通した認識に立っているところがある。自然科学の応用としての技術の体系が資本主義と共通のものに基づくオルタナティブな社会なるものがありうるとして、それがはたして労働者の労働を解放された人間の行為の地位に据えるようになりうるのか、私はこの点についてはきわめて懐疑的だ。したがって、こうした抽象的・自然科学的唯物論に対して、私は、機械を明確にその設計思想も含めて歴史的な過程の産物であり、資本主義という固有の社会がもたらした特殊歴史的な技術の具体的なありかたであって、未来社会にまでその遺産を継承すべきかどうかはあらためて検証すべき課題だという点をはっきりさせる必要があると思う。
 機械が人類史のなかで長い歴史をもつ「道具」とどのように本質的に異なる意義をもつのかという問題は、機械が登場した資本主義という時代の特異性と、この時代に機械が人間労働の客観的な環境として資本によって導入されることによって生じた労働者の「労働」そのものの変容の問題でもある。機械の導入のなかでの労働の変容を通じて、一方で資本にとっては有機的構成の高度化を通じた相対的剰余価値の生産という特異な資本主義的な経済成長を実現する。労働そのものの大きな変容は、全体的労働者から部分的労働者へ、労働者のコミュニティのなかで「秘技」として伝承されてきた熟練が機械に翻訳可能な知識として資本が収奪するという事態を招く。『資本論』には次のような記述がある。
「ひとたび経験的に適当な形態が得られれば労働用具もまた骨化することは、それがしばしば千年にもわたって世代から世代へと伝えられて行くことが示しているとおりである。この点で特徴的なのは、18世紀になってもいろいろな特殊な職業がmysteries(myste’res[秘技])と呼ばれて、その秘密の世界には、経験的職業的に精通したものでなければはいれなかったということである。人間にたいして彼ら自身の社会的生産過程をおおい隠し、いろいろな自然発生的に分化した生産部門を互いに他にたいして謎にし、またそれぞれの部門の精通者にたいしてさえも謎にしたヴェールは、大工業によって引き裂かれた(注8)」
 では、大工業はどのようにしてこのヴェールをひきちぎったのだろうか。マルクスはこの秘技が近代工業化のなかで、機械化によって自然科学による意識的で計画的なもとのになったことを評価する。
「大工業の原理、すなわち、それぞれの生産過程を、それ自体として、さしあたり人間の手のことは少しも顧慮しないで、その構成要素に分解するという原理は、技術学というまったく近代的な科学をつくりだした。社会的生産過程の種々雑多な外観上は無関連な骨化した諸姿態は、自然科学の意識的に計画的な、それぞれ所期の有用効果に応じて体系的に特殊化された応用に分解された。また、技術学は、使用される用具はどんなに多様でも人体の生産的行動はすべて必ずそれによって行われるという少数の大きな基本的な運動形態を発見した(略)近代工業は、一つの生産過程の現在の形態をけっして最終的なものとは見ないし、またそのようなものとしては取り扱わない。それだからこそ、近代工業の技術的基礎は革命的なのであるが、以前のすべての生産様式の技術的基礎は本質的に保守的だったのである(注9)」
 秘技としてしか伝承されなかった社会的な生産に不可欠な技術が科学的な知見によって、また機械を発明することになる過程を通じて、秘技から解放され不断の発達あるいは進歩を可能にしたとみる。「自然科学の意識的に計画的な、それぞれ所期の有用効果に応じて体系的に特殊化された応用に分解された」というときの「意識的」の主体は、資本主義では、先の述べたように「全体労働者」としての資本によって、資本の利潤追求というその特性によって、意識的・計画的・体系的に応用される。同時に、複雑な生産的行動が基本的な運動形態に還元可能だという場合もまた、それは資本にとっての「基本的な運動形態」認識だという制約がある。
 秘技の問題は、単なる労働の熟練技能の問題なのではなく、労働者が労働の現場を自らの意思で支配することを可能にする固有の労働のリズムの問題でもあり、同時に、雇用契約が労働とその報酬(賃金)をリンクさせることによって、より勤勉に資本家に対して従順に働くことでより高い報酬が得られるという近代的な労働のエートスの罠が有効性を必ずしももたなかった長い資本主義初期の時代の労働者の生活世界のありかたとも密接に関わっている。E.P.トムスンが述べているように(注10)、この機械化以前からラダイトの頃の機械化初期に至る時代のなかで、労働者たちにとっては、賃金のための勤勉な労働よりも、昨日と同じ今日の生活が確保できればよく、余計に働くよりは酒を呑むことを選び、また、工場に出稼ぎにきていた労働者達は収穫期になれば工場の労働を放棄して収穫の作業のために帰省してしまう。どのようにどれだけ働くかは自分たちの生活のリズムのなかで自分たちが決めることであって、資本家が口出しすべきことではなかった。こうした労働現場の自立性が労働の秘技として伝承されてきた実際の内容ではないか、とも思う(注11)。
 ここで問題になるのが、技術と資本の本源的蓄積過程との関連である。本源的蓄積とは資本主義にとって必須の前提条件となる〈労働力〉と土地の商品化を可能にする社会変容過程を意味し、歴史的にはイギリスの囲い込み運動がその典型とみなされるが、この過程は現在に至るまで繰り返し引き起されている恒常的な現象でもある。商品化される〈労働力〉をめぐる問題は、工業化のなかで、もっぱら自らの〈労働力〉を商品として売る以外に生存の手段をもたない無産者の社会的大量の出現によって、労働市場が形成され、資本はこの〈労働力〉を調達することによって生産過程を編成する、という一連の過程が生み出されることになる。ここで、この過程を理論的に論じる場合に念頭に置かれてきたのは、労働者の日常生活とその文化を捨象して工場の肉体労働の担い手としての単純労働者の存在だった。労働者が単純労働者として登場する回路は、そもそも熟練をもたない労働者たち(そのなかには、「秘技」から排除されていた農村から流入した労働者や子ども、女性が含まれた)と、機械化によって衰退した熟練労働者の単純労働者化がある。上の引用でマルクスが言及しているのは後者との関連である。労働者が「秘技」としての技能を奪われる過程は、マルクスが指摘するような自然科学の機械への応用といった過程をとったとみるとしても、社会の生産関係のなかでみれば、熟練の技能を資本は自然科学による応用が可能な「知識」に変換すると同時に、この知識を資本の所有として独占しようとする過程、つまり、労働者の部分労働者化、資本の「全体労働者」化でもあり、実際には容易な過程ではない。むしろこの容易ならざる過程の結果として、手に負えない労働者の頑固な生活様式に対抗する有効な手段として、繰り返し新たな機械が発明され導入された。この経緯は、マルクスもアンドリュー・ユアの『マニュファクチュアの哲学』(全集版『資本論』の翻訳では『工場の哲学』と訳されている)やチャールズ・バベジを参照しながら論じていた。そして、近代化によって「秘技」から解放された技術は、資本による機械化のなかで、今度は特許という近代的「秘技」によって資本によって労働者から隠され、生産の社会的性格が私的所有によって制約される典型的な資本の利潤構造のなかに取り込まれることになる。
 ところで、機械のリズムによって伝統的な労働者の生活様式を解体できたのかというとそうでもない。ユアは機械化に果たしたアークライトの業績を賞賛しながらも、「システムが完璧に組織され、また労働が極度に軽減されている現在でさえ、農村出身であれ職人出身であれ、思春期を過ぎた年齢の人びとを役に立つ工場労働者に変えることは、じつのところ、ほとんど不可能である」と述べている。つまり、労働者の日常生活が資本主義的な規則に従属するようになった経緯を機械による労働の規則的な行為への転換という方法で実現するにはあきらかな限界があったのだ。単純労働者は容易に取り替えがきくから、解雇が容易であることは事実としても、逆に単純労働者もまた、熟練工の秘技による排除を回避して資本を渡り歩き、よりよい条件(賃金ではなく自由なリズムでの生活)が可能な職場を探し歩くことも可能にした。ユアは機械だけでなく、また力による抑圧だけでもなく、「道徳律」の重要性を強調する。
「どの工場所有者にとっても、比類ない関心事は、機械装置の場合と同じくらい強固な原理にもとづいて道徳装置を編成することにある。そうしなければ工場所有者は、すぐれた生産物に欠かせない、確かな手の動きや、注意深いまなざしや、素早い協力などを支配できないのだから(注12)」
 この道徳律を労働者階級のなかに浸透させるうえで重要な役割を果たしたのが、ジョン・ウェスレーが創設したキリスト教のメソジストだった。メソジストが労働者階級に大きな影響をもった点にE.P.トムスンは着目した。トムスンは労働規律としてのメソジスムの効用は明確であって「多くの労働者がこの心理的な搾取に屈服した(注13)」と述べ、その経緯を子細に論じてもいる。メソジストの教義そのものはきわめて厳格であって、子どものしつけはいまでいえば虐待とみなされてもおかしくないほどの厳格さを要求していて、19世紀末の研究者でさえメソジストの道徳律を「恐しい宗教的テロリズムの体制(注14)」と述べているほどだ。しかし、むしろこの教義が実際のコミュニティのなかでは様々に変形されたり緩められたりしながらも、新興の教会が、閉塞した労働者の精神的な拠りどころになる経緯は、現代のドナルド・トランプ政権下での福音派やイスラム国など、多様な形で存在する宗教的な意識と共通するところが多い。機械と道徳が一体となった「装置」として人口を制御するシステムが求められていたという点は、労働者の階級意識と階級闘争、あるいは労働をめぐる道徳律と拒否をめぐる反資本主義運動内部に現在に至るまで持ち越されてきた課題を、19世紀の機械の時代にも見いだせるということでもあり、機械と道徳の問題がいかに資本主義の本質と密接に関わる課題であるのかを示してもいる。だから、本連載の関心はコンピューターという機械が要求する道徳装置の編成という課題を通じて、創造的なラダイトの可能性をどこに見いだせるのか、ということにもなるだろう。
 民衆が近代資本主義のなかで労働者として再定義されるなかで、機械と市場の合理主義によって、その意識が一方的に規定されるというよりも、この経済的土台が要請する意識を道徳律によって補完する場合に、ある種の宗教的な信仰に依存しながら、近代社会における封建制や前近代社会とは異なるコミュニティの人格依存的な紐帯の再構築がなされることになる。この過程で、労働者の労働に関わる知識は宙吊りにされて資本の側に囲い込まれることになる。この知識の資本による占有が、資本主義における私的所有がもたらしたあまり注目されてこなかった側面だが、それが情報資本主義からコンピューターによる資本主義のなかで中心的な役割を担うようになる。

1-2 身体性の搾取をめぐるコンテクスト

知識・技術・身体性の搾取

 労働者の知識、あるいはより一般的にいって民衆の知識が近代資本主義では資本の「知識」として囲い込まれて私有化されるという問題は、身体の〈労働力〉化にともなう重要な局面だ。労働者は肉体労働を資本の機械に従属させられるだけでなく、労働=生産過程に必要な知識を細分化され、意味を剥奪されて資本に独占され、その知識の共有を阻まれる。
 資本の生産=流通の全過程を、生産手段と〈労働力〉の結合による生産物の生産と、この生産物の流通と市場での貨幣への転化という観点から、資本と労働者の間で知識の流れがどのように構成されているのかをみると、労働者は一貫してその知識を機械と資本家による監督のなかで抑制されるか、資本家が与える知識の流れに自らの意識を同期させることを強いられていることがわかる。この過程は、一般に生産手段の私的所有に伴う特許や知的財産権としての側面と、同様の効果を労働者の側に及ぼす特殊資本主義的な知識の占有過程でもある。一方が機械をめぐる技術に関わる私的所有であるとすると、もう一方は〈労働力〉商品化によって労働者が引き渡すことになるのは、彼の知的能力の資本による抑圧や囲い込み、つまり道徳律の貫徹の過程、トムスンがいう「心理的搾取」だった。これはいずれも、本来は労働者に帰属すべきものが資本家の技術あるいは知識として現象するものだともいえるが、むしろ、機械の設計思想と資本による労働組織に知的所有と心理的搾取を組み込むこと、つまり、exploitation by designが内在していることを見逃すわけにはいかない。こうした技術は、生産過程に関わるものだけでなく、資本の流通過程に関わる技術や会計、労務管理、商品の販売といった一連の技術として、市場と資本の組織に固有のものとして、資本主義的な意識の形成を伴う特殊歴史的な発展を遂げる。この一連の過程を私は意味の剥奪と呼んできた。剥奪された意味の空白を埋める代替的な意味が、19世紀であればメソジストに象徴的に現れた宗教的な信条だったように、何らかの意味によって埋め合わされる必要がある。この支配的な埋め合わせと階級意識、反資本主義の意識との対抗関係こそが、イデオロギーの領域での重要な闘争課題になる。したがって、心理的搾取をレトリックとみなすべきではなく、こうした搾取は剰余労働の搾取とともに資本主義における搾取の重要な側面であって、この意味での搾取からの解放もまた、コミュニズムの重要な主題となるべきものだ。
 この知識の私的所有、あるいは心理的搾取は、資本の直接的な支配の領域を超えて人々の日常生活領域にも深い影響を及ぼすようになる。消費生活の水準が「向上」すればするほどその傾向が顕著になる。20世紀の資本主義は、文化産業あるいはメディア産業の成長に伴う知の商品化、あるいはコミュニケーションの市場経済への統合によってこの生活世界への浸透が進展する時代となる。大衆文化としての映画、ラジオ、テレビといったメディアのコンテンツが知的財産として資本の所有に帰してきたという20世紀の歴史があったからこそ、コンピューター化の歴史とプロプライエタリなソフトウエアによる不透明でブラックボックス化するコミュニケーション制御技術の生活過程への浸透が可能になった。歴史的にみれば重商主義のイギリスが最初に導入したといわれる技術をめぐる特許制度、1624年の専売条例にまで遡ることができる知の商品化過程と〈労働力〉の意識を一定の道徳律によって制御するために宗教的な信条を動員する非合理な世界が、21世紀のコンピューター化による資本主義へと継承される、とみることができるだろう。ここには、合理主義と非合理主義の資本主義的な不器用な「統一」の試行錯誤をめぐる歴史がある。かつて機械が労働者の日常生活のリズムをも制御することができず、結局は道徳律を宗教的な非合理に委ねざるをえなかったように、コンピューターのコードやプログラムもまたそれ自身の内在的な合理性によっては人間の非合理な行為を制御することはできず、やはり宗教的な非合理に委ねざるをえない事態が顕著にみえる(注15)。
 私が関心をもつのは、労働の主体である労働者としての役割を担う人間の生存様式そのもの変容とは、資本による形式的包摂の段階から、単純労働化、知識の資本による囲い込みを経て、資本による実質的包摂へと変容させる一連の過程がもたらす全体的な心身変容である、という点だ。剰余労働に限定されることなく労働の総体が「搾取」される過程へと巻き込まれていくことを見逃してはならないと思う。マルクスが明らかにした経済的搾取が搾取の全体なのではなく、同時に、社会を統治する力を奪い(政治的搾取)、人間の自己理解を書き換え、存在の意味を剥奪することが搾取の全体を構成する。近代資本主義が人間を人間として扱いえないことを私は身体性の搾取と呼んだが(注16)、この搾取過程は、いわゆる経済的貧困の問題に限定されないのであって、意味の剥奪と資本による意味の再構築を伴う総体としての人間そのものの資本主義的な再構成である。これがコンピューター化によるデータ化する人間の前提になるとともに、コンピューター化による資本主義的な人間の進化の意味することにもなる。だから、剰余価値の搾取からの解放は、解放の戦略の必要条件であっても十分条件ではない。人間が「労働者」となることによって再構成される人間の意味が、膨大なデータに基づく可変的な客体として処理される現代の「私」は、搾取の実態を経験的な実感として捉えることができたと主観的に感じられたとしても、その実感を超えたところで、実感されない広大な領域に拡がる「私」の意味が搾取に晒されていて、これを取り戻す闘いは、社会的平等に基づく自由の領域の創造においてのみ可能なのであって、現代に固有の資本主義的生産様式とイデオロギーの構成の全く新しい地平での闘争の配置を必要とするだろう。
 19世紀から20世紀にかけて、資本と支配者たちは、プロレタリアートに社会変革の主体の位置を与えないような主体の変容をもたらす生産様式と生活様式の再構築を目指してきた。資本が導入するテクノロジーもまた、この視点を通じて評価されることが必要になるのは現代でも変らない。

経済的価値をめぐる資本主義のパラレルワールド

 19世紀の機械制大工業への転換の時代を目撃したマルクスによる資本主義批判の理論的パラダイムの根本にある労働価値説は、労働を社会的富の根拠とし、資本の利潤の源泉を労働者の労働に見いだし、社会の豊かさは資本が生み出すのではなく労働者が生み出すものだから、資本が存在しなくても社会は存続可能であると指摘することによって、資本主義の歴史的な限界を理論的に明確化し、19世紀の労働運動の正当性を根拠づける重要な役割を担った。『資本論』の刊行当時から現代に至るまで、彼の理論の核心にある労働価値説については厳しい拒絶にあってきた。マルクスの経済学が学問の世界で主流の位置を占めたことはない。労働が価値の源泉であるというマルスクの主張が必然的に導き出す資本家への道徳的な批判が、理論的な問題以上に支配階級の感情的な拒否を生み出したとE.J.ボブズボームは指摘している。この意味で、労働価値説は、理論的な批判に加えてイデオロギー的な「批判の砲火」を浴びることになる(注17)。
 20世紀初頭にかけて、資本主義は、マルクスの資本主義批判と労働運動、社会主義、コミュニズム、アナキズムの運動に直面して次のステップへと展開していく。一つには、資本主義の正当性、とりわけ資本が社会の豊かさを担う主体であり、市場経済がその不可欠な機構であることを証明しようとする一連の資本主義擁護の学説が登場する。いわゆる限界革命とよばれる経済学説の台頭である。労働価値説を否定し、労働者の労働と社会の富を結び付ける一切の論理を否定する理論体系が構築される。これが、のちにケインズ理論と呼ばれる考え方とあいまって、現在の主流の経済学を構成することになる。社会を数理的なモデルによって分析可能であるとみなし、マルクスが採用した弁証法的な論理構成をとらない。同時に、マルクスが実証主義を退けて、経験的な事実によっては論証しえない資本主義の搾取の構造を論じたのに対して、統計データを「事実」とみなしてデータを解析することによって、経済システムの動向を把握し、これを理論にフィードバックさせる方法が科学的な方法とみなされることになる。こうした支配的経済学がとる方法と理論の前提に置かれる資本主義は、コンピューター・テクノロジーが支配的な社会にあって、コンピューターのプログラムが前提する理論的な方法と共通する。つまり、経験や実感からは把握しえない社会の歴史的な構造を理解する方法をもたず、弁証法のような矛盾する要素をともにかかえこむことができず、与件とされたシステムは、与件そのものの否定という究極の否定としての結論をあらかじめ排除し、どのような結論も既存のシステムを維持することが前提される。
 19世紀が肉体的な熟練を単純化して資本の下への労働者の従属を可能にする基盤が形成されたとすると、20世紀は、この過程がいわゆる「精神労働」の世界で繰り返される時代だったとみることができる。「精神労働」の展開は二つの局面をもっていた。
 一つは、単純労働化した工場労働者をめぐる問題である。労働行為は、工場での物質的生産に関わる肉体労働だが、どのような肉体労働であれ、人間の労働であるかぎり「頭=脳」の問題を抜きにすることはできない。労働者が資本の管理・支配を受け入れるかどうかは、労働者の意思に関わる。前述したように、トムスンが論じた道徳律の形成にメソジストが果たしたような役割の構造から、資本はより積極的に、自らの資本の運動過程に意識を制御する仕組みを組み込むようになる。意思の問題を労働の単純化と機械への従属という客観的な環境を通じて強制する手法に加えて、労働者の意識そのものを資本に従属する意識へと変えるための技法の開発が20世紀資本主義が取り組んだ最大の課題だった。というのも、アントニオ・グラムシが述べていたように(注18)、労働者の労働が単純化したとしても、労働者の頭もまた単純化するわけではなく、単調な繰り返しの労働をこなしながら労働者たちは、頭を使って資本の支配への抵抗のための作戦を練ることが可能であり、労働者の意識を資本が直接支配することは容易なことではなったからだ。そして、マルクスもまた労働時間の短縮をめぐる闘争で、資本が長時間労働を追求するのは、単に、絶対的剰余価値の生産を求めようとする意図だけではなく、労働者に自由な時間を与えることのリスクを自覚していたからであり、逆に労働運動にとっては「労働時間の短縮は、精神的教養にあてるべきより多くの時間を労働者階級にあたえるためにも、絶対に必要」であり「彼らの究極の解放を達成するための第一歩(注19)」だと主張していた。その後の資本主義の展開をみればわかるように、労働時間の短縮によって生じる自由時間を資本は娯楽の時間として資本の消費過程に包摂した。非労働時間をめぐるこの階級闘争は同時にイデオロギーの再生産をめぐる闘争であり、意味をめぐる争奪でもあるのだが、労働運動がもっぱら労働時間の短縮を労働過程の過酷な労働の問題として理解してしまったために、自由時間と私生活を資本の支配下にみすみす譲り渡すことになった。20世紀の資本主義では、産業心理学が発達し、フォードは移民労働者の日常生活をアメリカ型のライフスタイルや英語教育などによって生活をまるごと資本主義の価値観によって包摂しようとした(注20)。こうした流れが、その後、大衆消費社会や「豊かな社会」としての資本主義モデルとイデオロギーの形成へと繋っていく。この問題は階級意識の解体とともに、20世紀には当たり前になる普通選挙権によって労働者もまた有権者としての政治的な権利を獲得したことに伴う国民国家への意識的な統合、すなわちナショナリズムの浸透を伴うために、労働者の国際主義もまた解体し、これが20世紀型の社会主義を標榜する権威主義国家の誕生を支えてしまう。
 21世紀の機械の問題は、この20世紀の資本による意識生産が限界を迎えるとともに、再び、現代のメソジスト的な様相の登場とともに新たな機能をまとうことになる。コンピューター・テクノロジー/コミュニケーション(CTC)が支配的な社会は、コンピューターをモノの生産から人々の意識の生産へ、意識の生産から感情の生産へと展開していく流れのなかの最後の段階、つまり感情を含む人間の「脳」の活動を代替しようとする一方で、コンピューターは、19世紀の機械制大工業のなかで機械が工場労働者の肉体労働を支配したように、人々の日常生活の言動を支配するための装置になるような方向をもって開発が重ねられてきた。その現在の帰結が人工知能の産業への応用から日常生活への応用へという広がりということになる。こうなると、技術をめぐる問題領域は、一方で機械をめぐる問題でありながら、他方で、コンピューターが関与するほとんどあらゆる産業分野を横断する構造転換(いわゆるデジタル・トランスフォーメーション)にとどまらず、コンピューターが媒介する人間のコミュニーション領域をも包含するようになる。CTCは、人間のコミュニケーションと融合する局面、つまり機械による(象徴的)言語や表現の領域と人間のそれとの関わりといった切り口を介して、人間の文化的な営為を巻き込み、経済的土台は上部構造と不可分一体のものになる技術的な前提を獲得することになる。人間の言語行為が、人間とは全く異なるプロセスによるAIの言語と競合し、あるいはコミュニケーションすることによって、それ自体が新たなコミュニケーションと言語環境を構成するという、これまでにはない世界が、資本主義の基本的な構造を前提として形成されつつある。これは技術決定論を意味しているのではなく、技術の展開ベクトルは、人間の言動を予測と操作を通じてコントロールしようとする資本主義社会が抱いている支配欲望の実現に一歩近づくことを意味している。資本主義にとっての最後のフロンティアが、人間の言動の未来領域を資本の領域のなかに確実に囲い込み、予測可能で操作可能な存在へと変えることによって切り開かれる領域だ。この課題の実現のために、資本主義はCTCに賭けた、といってもいい。

非合理性と近代の科学技術

 20世紀半ばに、ルイス・マンフォードは次のように述べている。
「人間の単なる動物状態からの離脱に伴なう不幸は多かったが、その報酬は大きかった。人間が幻想や計画、欲望や意匠、抽象や観念を日常経験の平凡なことと混合させる傾向は、今も見られるように、限りない創造力の重要な源であった。非合理と超合理を分ける明確な線はない。そして、この対立した能力を扱うことは、つねに人間の主な問題であった。技術と科学にたいする今日の解釈が皮相的であることの理由の一つは、人間文化のこの面が、人間存在の他の部分ばかりでなく超越的な願望と悪魔的な強制をも受け入れやすいこと―そして、今日ほどそれらを受け入れやすく、害を受けやすいことがなかったこと―が見落されていることである(注21)」
 支配者が人々の言動の将来を把握し支配したいと考えることは、いまに始まったことではない。支配者が予言や占いを好むように、彼らは未来永劫の支配者としての安泰をなによりも願望する。人類史あるいは文明史のなかで、近代も含めて、この領域の大半を占め、最も大きな影響力を発揮してきたのは宗教だった。近代は宗教を二番手に退かせ、科学がこれにとってかわるが、宗教的非合理は、科学には不可能な人々の心理と意識に対して深い情動を、しかも非合理性を前提としたそれを刻み込むことができるために、相変わらず維持されるか、文化のなかに伝統などとして姿を変えて人々の非合理な日常意識を支えることによって権力の正統性を支えつづけている(注22)。このことは前述した19世紀のメソジストの事例でも言及したとおりだ。
 実はコンピューターが日常のコミュニケーションの生活必需品になりながらも、大衆の日常生活行動――不/非合理で非科学的な振る舞いも少くない――は本質的な影響を受けないままだ。ほとんどの人々はコンピューターがどのようなメカニズムで作動しているのかを知らされないし、コンピューターを動かしているプログラムも理解すべき知識だとはみなされないどころか、むしろこの「秘技」から遠ざけようとさえされてきた。コミュニケーションを成り立たせている技術がどのような仕組みなのかわからないまま、企業や政府の宣伝を鵜呑みにしてコンピューターを受け入れてきた。もし人々が、合理的で科学的な精神をもち、コミュニケーションに関する人間の権利や基本的人権の憲法の理念を日常生活で具体的に実現することに関心があるとすれば、コンピューターのような複雑で理解することが困難なものは容易には受け入れられないはずだ。他方で、コンピューターの開発者やプログラマーは合理的な世界にどっぷり浸っているわけではなく、偏見や差別、あるいはカルト的な世界観を同時に抱いている場合があっても不思議ではない。この意味でコンピューターは、実は近代世界における人々の不/非合理な日常生活や情動、言動の世界と表裏一体であって、この矛盾した構造を超越したり解決する技術ではない。この問題は、21世紀のフェイクニュースやヘイトスピーチのような不合理な表現行為を考えるうえで重要なことなのだ。
 そもそも近代社会の支配的なシステムをなす「資本主義」とは、マルクスの議論を念頭に置いていえば、資本の経済支配と国家による統治権力の独占という二つの下位権力からなる歴史的な社会だ、ということになる。資本と呼ばれる経済組織(注23)が、社会を構成する人口の必要とするモノを供給し、同時に統治機構=国家のとって必要な財政的な裏付けを創出する。資本による市場経済が社会の経済を支配するようになり、人々の生存の基盤を根底から転換させた。とりわけ〈労働力〉と土地が市場で売買される商品になることによって、国家権力の基盤となる領土と人口が市場に接合されることになる。これが資本主義を歴史的にそれ以前の社会から区別する根拠をなすことになる。この意味で、国家もまた近代に固有の統治機構なのであって、文明と呼ばれる古代社会以降の様々な社会の統治機構との共通性は、近代国家がその正統性を確立するために持ち出してきたイデオロギー的な歴史のナラティブのなかで人工的に構築されたものだ。
 コンピューターによって接合された社会関係に規定された人間関係を生み出す直接的な歴史的前提が機械制大工業だったとすれば、そしてこの両者に共通する社会統治のシステムが市場と国家であるとすれば、この全体を規定している構造がどのようなものであるのかに関心を寄せることは、近代と呼ばれている社会のいまだそのなかから脱することもできず、またその次を見通すこともできていない現在、重要な意味あるアプローチだと思う。というのも、資本主義が歴史的社会として一貫性をもっているとすれば、この一貫性が工業化の社会にも、脱工業化=情報化=コンピューター・テクノロジー/コミュニケーション(CTC)が支配的となった社会にあっても共通した構造が見いだせなければならないからであり、さらには、20世紀の諸々のファシズムにも、いわゆる社会主義と呼ばれた体制と資本主義の体制の間にも、これらとは異なる価値観をもつと主張するいわゆる「西欧民主主義」も、見かけ上の対立はあるにしても、その背後にある共通した何かが「近代」という時間と空間の限定を定義することができるものになっていなければならないだろう。 私は、これを身体性の搾取である、と考えたいのだ。
〈労働力〉としての人間の誕生は、マルクスが本源的蓄積と呼んだ数世代にわたる身体性の再構築過程の結果であり、この過程は現在に至るまで継続している。人間が機械を操作する過程が資本の生産過程に組み込まれることをマルクスは死んだ労働による生きた労働の支配と呼んだが、この機械化を資本が好んだ理由は主に二つある。一つは、時間の効率性である。資本の回転速度が利潤率に影響することから、資本はスピードアップに異状に執着し、機械化を好んだ。機械によって速度を資本がコントロールできるようになり、人間動作の速度の限界は資本にとっての決定的な限界とはならなくなった。もう一つは、結果の確定性だ。設計図どおりに作動する機械が産出する結果をあらかじめ予測することは可能であって、これもまた予測が不確定な人間の労働(明日もまた今日と同じように働かせることができるかどうかは不確定だ)の不確定性を排除して機械を好むことになる。機械に具体化されたテクノロジーの基本的な開発の方向性は、この二つの要因、速度と予測によって規定されてきた。特に予測=計画という側面は、20世紀の「社会主義」も注目した。計画経済がマルスクのコミュニズムのイデオロギーを右翼的に転用したこのイデオロギーは、市場の不確実性を超克する可能性を秘めているものとある時期まで期待されていた。資本がその組織内部での計画性(予測可能性)を高進させながらも、市場そのものを計画的に調整しつつなおかつ「市場の自由」と両立させる方法は、資本による独占というナショナルな経済の一部でだけ実現可能な方法がせいぜいだったのに対して、「社会主義」は、ナショナルな経済全体を国家の計画経済として調整することを法的にも政治的にも正当化しうる枠組みをもつことで優位にあるとみなさた時代があった。
 他方で、「社会主義」の主流もまた合理性の勝利の社会的な体現、あるいは合理性を経済の物質的な基礎において実現することこそが人類の進歩の証しだと誤解した「進歩主義者」という側面では資本主義と進歩の観念を共有してしまった。これが、グローバルな標準としてのテクノロジーをもたらし、その結果として、私たちは文字どおりの意味でのオルタナティブを奪われた。マーガレット・サッチャーが言った意味でのオルタナティブの不可能は新自由主義の専売特許なのではなく、おしなべて、現にある社会システムの淵源をなす20世紀の支配的なイデオロギーのいずれでも体現されていたものだ。私たちが挑戦しなければならないのは、こうしたイデオロギーの殻を破ることにある。
 歴史が弁証法的な展開を遂げる典型的な例が、機械化として始まった資本主義をめぐる20世紀の歴史のなかに見いだすことができる。机上の空論でしかなかった国家経済計画の「社会主義」モデルを実現可能と過信した20世紀の国家社会主義(ナチズムのことではなく、20世紀に存在した社会主義を標榜する国民国家群のことだが)に対して、資本主義は、市場の無政府性というやっかいな問題をかかえ込んできた。資本にとって予測の不確実性は、資本の価値増殖の深刻な制約条件をなしている。競争による将来の不確実性は資本蓄積の足を常にひっぱる。だから競争によって優位に立ち、競争相手の資本を淘汰して独占を指向するわけだ。しかし、これだけで不確実性の問題は終わりではない。
 市場経済は、ほかの経済システム(カール・ポラニーの分類を借りれば、互酬と再分配ということになるが(注24))と決定的に異なるのは、モノの受け手(買い手)にモノの移動の決定権がある、という点だ。しかも、この決定権が、理念的なモデルでいえば、「個人」に帰属する。つまり、貨幣所有者でもある買い手が自分の欲望(ニーズ)に忠実に、欲しいモノを市場で購入する。買うかどうかの決定権は貨幣所有者が独占する。この買い手と売り手の非対称性は、売り手もまた、販売が実現して取得した貨幣を持って市場で買い手になるときには、貨幣所有者としての売買契約の独占的な決定権を握ることで相殺される。

1-3 融合する土台と上部構造――支配的構造の転換

構造的矛盾の資本主義的止揚

 マルクスが資本主義に対する批判的分析の方法として、法的諸関係や国家緒形態、さらには人間精神は「物質的な諸生活関係」に根ざしており、その解明は経済学の領域にあるとしたうえで、これを定式化した端的な文言を『資本論』の『経済学批判』の序言で書いた。これが土台と上部構造という社会全体の見取り図を描いたものとして解釈され、マルクス主義の社会観、あるいは唯物史観(史的唯物論)の定式と呼ばれて資本主義批判の基本的な視点として、俗流化されたり教条的な解釈がまかりとおってきたり、グラムシからルイ・アルチュセールまで資本主義批判の議論にとって欠かせない入り口になってきた。以下、私の議論は、これまでのマルクス主義の掟からするとやや異例の論点を提起することになるかもしれない。結論から述べてしまうと、ポスト・マルクスの時代――マルクス死後の時代のことで、マルクス主義の終焉を意味しているわけではない――の資本主義は、土台―上部構造という定式によるマルクス主義による資本主義批判への対抗の時代だとみることができる。資本が、上部構造の土台化、つまり法やイデオロギーなど統治機構を資本の価値増殖過程に組み込むこと、こうして経済的土台それ自体が上部構造の機能を担うという土台の上部構造化をもたらし、今度は、政治的な統治権力の不可欠な一部をなすようになった資本が、市場の構造に政治的な機能を組み込むことになる。国家の経済学ともいえる財政学は長い学問的伝統があるが、いま必要なのは、ほとんど未開拓な市場の政治学である。20世紀以降の資本主義は、この土台と上部構造を徐々に融合させることによって、マルクス主義の唯物史観に対抗してきた。これがポスト・マルクス、つまり20世紀資本主義における統治の弁証法過程だった。この歴史的経緯をふまえて、この資本主義の対応を脱線させることが左翼に課せられた課題なのであって、そうだとすれば、マルクスの定式に対する大胆なバージョンアップが必要だ、というのが私の主張だ。このなかで重要なことは、コミュニケーションの労働化と資本による包摂に始まり、文化やイデオロギーの領域が資本の投資対象となって市場に包摂され、イデオロギーそれ自体が資本の価値増殖の直接的な領域へと再編されてきたこの1世紀に及ぶ過程をふまえることだ。そして、この構図の上に、産業分野を横断し、市場と国家を横断する収斂技術としてのコンピュータ・テクノロジーを位置づけながら、その限界と矛盾を見いだすことだ。資本が唯物史観の定式を出し抜こうとして展開してきた資本主義延命の戦略は、商品の使用価値が生活過程で果たしたイデオロギー作用を徹底して活用することによって、〈労働力〉の意識領域を資本が占領する方向をとった。資本の本源的蓄積が、地理的な空間の私的所有に始まり、次第に公共空間の市場化(いわゆる規制緩和と民営化)を進めた20世紀資本主義のもう一つのフロンティアが日常生活意識という心理的な空間の囲い込みだった。そして、現在、この上部構造に残された最後の領域ともいえる法と政治による統治の領域と日常生活空間とを資本はコンピューター・テクノロジーのコードによって加重決定できるところにまで到達していると私は考えている。
 そもそものマルクスの『経済学批判』の唯物史観の定式と呼ばれている文章に立ち返ってみよう。定式とは以下の箇所だ。
「人間は、彼らの生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係に、すなわち、彼らの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係にはいる。これらの生産諸関係の総体は、社会の経済的構造を形成する。これが実在的土台であり、その上に一つの法律的および政治的上部構造がそびえ立ち、そしてそれに一定の社会的諸意識形態が対応する。物質的生活の生産様式が、社会的、政治的および精神的生活過程一般を制約する。人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく、彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである。社会の物質的生産諸力は、その発展のある段階で、それらがそれまでその内部で運動してきた既存の生産諸関係と、あるいはそれの法律的表現にすぎないものである所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏に一変する。そのときに社会革命の時期が始まる(注25)」
 資本主義は、このマルクスの指摘に対して、土台それ自身が上部構造を担い、また上部構造が土台となることで、そもそもの「矛盾」を解除する方向をとることで、資本主義的な発展の桎梏と社会革命を回避しようとした。これが20世紀から現在に至る資本主義による反革命の戦略だった。
 ここで私が注目したいのは、マルクスがなぜもっばら物質的生活に着目したのか、このことをどのように理解すべきなのか、である。物質的生活の生産様式こそが当時でいえば資本主義的生産様式の中核をなしており、市場経済もまたもっぱら物の生産の連鎖からなるものだった。植民地での工業原料の生産や必ずしも資本家的とは言い難い家族制生産様式(注26)を含む農業などを周辺に配置しながら、物の生産が主に社会の人口の大半の生活過程への資本の介入の回路だった。この物の商品としての回路を産業資本や商業資本が支配することを通じてしか、人口の〈労働力〉としての再生産過程に介入する術はなかったともいえる。
 存在が意識を規定するというマルクスの定式は、存在がますます直接的に意識そのものの生産過程となり、物質的な束縛から解き放たれて非物質的な存在へと拡張されることによって、資本主義的な完全性を実現しようとする過程へ向かう歴史的な傾向をふまえて再定義される必要がある。唯物論の立場は「物質」主義とは関係ないことをマルクスははっきりと自覚していた。
「生産的であるのは、ただ、資本家のために剰余価値を生産する労働者、すなわち資本の自己増殖に役だつ労働者だけである。物質的生産の部面の外から一例をあげることが許されるならば、学校教師が生産的労働者であるのは、彼がただ子供の頭に労働を加えるだけではなく企業家を富ませるための労働に自分自身をこき使う場合である。この企業家が自分の資本をソーセージ工場に投じないで教育工場に投じたということは、少しもこの関係を変えるものではない。生産的労働者の概念は(略)労働者に資本の直接的増殖手段の極印を押す一つの独自に社会的な、歴史的に成立した生産関係をも包括するのである。それゆえ、生産的労働者だということは、少しも幸運ではなく、むしろひどい不運なのである(注27)」
 資本が支配する生産領域が資本主義的な支配の中核をなすということ、19世紀の資本主義は、この狭い土台を通じて上部構造を、一方で労働者の生活過程を、他方で国家の統治機構を基礎づけるという限界があった。だから資本が労働者の生活に影響を及ぼす回路もまた「物質的」な生活手段に限定されざるをえなかったということでもある。マルクスによる生産における物質性の強調は、資本主義が工業化、機械化として発展してきた19世紀資本主義の特徴をふまえて資本主義への批判の核心を資本によって担われる物質性の領域に絞ったのだ。
 上の引用にあるマルスクの「教育工場」への言及は、当時であれば、ある種のたとえ話の域を出ないとしか理解されなかったかもしれないが、むしろこの「教育工場」こそが現代の資本主義の剰余価値生産の主要な現場になっている。こうして、資本の価値増殖が「物質的生産の部面の外」へとその支配地を広げてきたわけだが、マルクス以後の俗流マルクス主義が物質的生産にこだわる狭い労働者主義の罠にはまっているなかで、非物質労働領域に〈労働力〉を動員して剰余価値を生産してきた歴史的経緯を重視しなければならない。ただし、マルクスの上記の文章のなかで、生産的労働者を「労働者に資本の直接的増殖手段の極印を押す」ものと限定している箇所は、さらに踏み込んで、生産的労働者の領域、つまり剰余価値を形成する労働の領域には、直接的増殖手段のほかに――この「直接的」という概念を借りれば――「間接的増殖手段」が存在するのだ、ということをも視野に入れておく必要がある。間接的増殖の最も重要な領域が、生活過程のなかに組み込まれた労働、つまり家事労働領域である。資本との直接的雇用関係の外にあって、なおかつ賃金労働者の〈労働力〉の支出を可能にする〈労働力〉再生産過程を支える役割を担う家事労働もまた、価値増殖の担い手であるという観点をも視野に入れておく必要がある。この領域は、労働者の日常生活の価値観のなかに家父長制を組み込むうえで不可欠であって、この家族と人間関係は、のちに権威主義的なパーソナリティの形成をめぐる主要な戦場となる。そうだとすれば、私たちがマルクスの土台=上部構造論を現代資本主義の文脈のなかで評価する場合、中心に据えるべき観点は、その物質性ではなく、資本が生活手段として供給する商品の意識に対する意味形成作用――剥奪された意味の空白を埋める意味――であり、この作用を可能にする狭義の意味での資本の生産関係に還元できない歴史的な意識の再生産構造である。19世紀の限られた工業化の世界に生きたマルクスにとって、資本が供給する商品が非物質的な属性をもつものであるということを念頭の置くことは容易なことではなかったはずだ。それは、20世紀半ば以降になってやっと資本が包摂するようになった領域だからだ。そうだからこそ、この資本主義の展開に含意されている反マルクスの具体化を見逃すことができない。
 さて、非物質的労働の生産的労働としての組み込みのもう一つの重要な領域がある。それが、いわゆる「資本家的労働」としてマルクスが剰余価値を生まないとした資本の流通過程の労働(流通費用(注28)に関わる領域や商業資本のもとでの労働など)だ。
 20世紀の資本主義は、肉体労働を機械を通じて資本の実質的包摂として資本に服従させる一連のメカニズムを前提として、精神労働の実質的包摂が主題になった時代だといえる。これは、資本の規模の拡大に伴って、資本家的労働としてマルクスが分類した管理や資本の流通過程における労働(販売労働がその典型だろう)を労働者に分担させることが必要になった。資本家的労働はマルクスの分類では不生産的労働として剰余価値を生まないとされた。これは資本家本人が「労働」を担う場合を想定しての判断だが、こうした資本家的な活動が労働者に担われることによって、剰余労働がこの領域で新たに形成されることになる、という観点まではマルクスの時代には想定しがたかった。資本が担う「活動」は、モノの社会的な分配であり、生産ではないとみなされたわけだが、社会の維持には、社会の構成員が必要とするモノの適正な分配が不可欠であり、同時に生産と流通を通じた分業関係は、モノの生産と流通だけでなく、これを担う人間相互の関係に必然的に伴うコミュニケーション行為の存在があり、こうしたコミュニケーションもまた様々な労働者によって担われるようになることによって、コミュニエーション領域もまた生産的労働となり、剰余価値を形成するような構造変容を遂げる。必要労働は、労働者が賃金を介して購入する生活手段の価値を意味している。資本家的労働が労働者に担われることによって生産的労働へと転換し、剰余労働を生み出す労働になる。
 身体性の搾取の観点からすると、こうした量的な価値の側面とは別に、労働者が資本家的な意識を「装う」か「内面化」することを強いられる多くの労働が流通過程の労働を構成している、という問題がある。対面での人と人の関係のなかで構築されるサービス労働の多くが営業労働のように、資本の意図を代理して人に意識にはたらきかける労働だ。労働者でありながら資本家の役割を担えるのは、そこに行為の意味に特異な入れ替えが起きるからだ。労働者は階級としての存在に基づく意識ではなく、資本の有機的な機械という存在に基づく意識によって自らの意識を組み替えることになる。階級を資本に代替するこの意識の構造を媒介するのが「国民」意識になる。階級が国民として資本をも包含した意識集合のなかに組み込まれ、そしてそこから資本の意識へと切り替えられていく。〈労働力〉は国民的〈労働力〉として構築されることによって、資本の意識を装うことが可能になる。
 人間の意思(あるいは意志)の問題は、集合的には社会的諸意識形態として現れ、これが階級意識となる場合もあれば、ナショナリズムや宗教的な信仰として表出したり、これらが輻輳し複合したり摩擦を引き起こすこともあるわけだが、どのような「意思」を諸個人が抱こうとも、資本主義の一定の生産諸関係のなかに組み込まれる。人間の意識はその社会的存在によって規定されるために、人間の「意思」の多様性は、社会的存在という枠を超えることはできない。
 資本にとって、労働者としての諸個人は〈労働力〉の単なる担い手であることを期待するが、実際にはそうはいかない。人間は労働者や、ましてや〈労働力〉に還元できる存在ではないからだ。先にユアを引用した際にも述べたように、〈労働力〉それ自体は、資本主義的な生産諸関係のなかに組み込まれた社会諸関係の客体の一部をなすが、労働者あるいはその役割を担う人間は、自らの意思によって文字どおりの意味でも契約上であっても資本にとっては物のようには自由にしえない対象であって、資本はこうした労働者への戦略的な対処の必要を自覚せざるをえない(注29)。
 資本家的労働にかぎらず、人間のどのような行為を労働とみなして、生産的労働へと組み込み、剰余労働をそこから抽出するのかという問題は、あらかじめ決められているわけではない。むしろ市場経済と資本の投資行動のなかで、この生産的労働と剰余労働の形成の範囲が伸縮性をもって対応することになる。たとえば、家事労働は家族内にあって資本の間接的な支配しか受けていない段階では、その利潤への接合は、直接的な市場経済の計算構造のなかで剰余労働の利潤への転化の論理では説明できないが、家事労働領域が市場経済に組み込まれて資本によって供給される商品として登場するとき、直接的な剰余価値形成の構造の内部に組み込まれることになる。国家の官僚組織が住民管理のデータ処理を資本に外注するとき、住民管理の労働は直接的な剰余価値形成の労働に転化する。身体性の搾取は、この搾取の量的な側面を超えて意味の資本主義的な組み替えをおこなう。つまり、人間を〈労働力〉に繋ぎ止め、自由や平等の意味を資本主義のそれに置き換えることを通じて、資本主義からの解放という動機づけそのものを無化しようとする。この過程は、労働だけでなく、労働者が消費する商品の使用価値の意味―イデオロギー・バイ・デザイン―を通じて日常生活のなかで再生産される。こうして問題の観点は、資本によって市場化された領域によって供給される商品が社会的・政治的・精神的過程一般を制約するということそのものということになる。
 資本家にとってマルクスの定式ほど恐しく不安に駆られる規定はないだろう。資本は〈労働力〉を必須とする以上、労働者がその意識をその存在によって規定されざるをえないのであれば、資本家の立場を労働者が内面化する、つまり資本主義的な意識をもつことによって労働者でありながらその存在の本質=搾取される身体性としての生を資本家的に肯定するなどということはありえようがない、ということになるからだ。以降、資本の労働者に対する戦略(注30)は、資本家的な意識が労働者の存在を規定するという逆立ちした関係の構築へと向かう。つまり、マルクス以降の資本主義は、労働者性を基盤とする資本主義批判への応答として階級意識を回避する社会意識の意図的な形成を市場経済のなかにも統治機構のなかにも、そしてイデオロギーのありかたにも組み込むことになる。この資本による挑戦は不可能への挑戦でしかなく、解くことができない難問によってもたらされる矛盾と摩擦が資本主義の常態となる。この矛盾と摩擦が組織的な闘争になる場合もあれば、いわゆる社会的逸脱や社会病理とみなされる場合もあれば、私的な悲劇として片付けられてしまう場合もある。心理的な空間や生活空間を資本が支配する社会にあってはいかなる私的な事柄も社会的な矛盾の表出として解釈されなければならないが、逆に、様々な矛盾や病理を「個人」に還元したうえで解決の政策を構築することによって、国家と資本を免責するような「科学的」なパラダイムが支配的になる。そして、20世紀の歴史を通じて、資本主義が出したマルクスへの、あるいは階級闘争と階級意識を介した「社会革命」を阻止する戦略が、そもそものこの解決不能な矛盾を、土台の上部構造化、上部構造の土台化を通じて構造内部の矛盾を止揚するという方向だった。

資本主義の支配的構造

 経済構造=土台の上に法律的政治的上部構造が立ち、これに一定の社会的諸意識形態が対応する、というマルクスの枠組みに対して、ポスト・マルクスの時代に資本主義は、法・政治と意識諸形態を経済構造に組み込むことによって、土台=上部構造という構造の接合構造から両者を分かち難い一体のものとすることによって、土台と上部構造相互の摩擦を解消する方向へと展開していった。これを実現したのは、資本蓄積の主軸がCTC関連産業へとシフトし、統治機構の情報インフラを資本によって開発されたCTCが担うと同時に、民間部門が政府によっては把握しえない膨大な人口の個人データを収集し、独自に解析できる能力を獲得したことによる。こうして資本は、価値増殖の本性を維持しながら社会的・政治的および精神的生活過程全般を市場に統合する力を獲得した。他方で、政治的な権力は、政治的価値、つまり権力の不断の拡張=増殖を私的な領域や公共領域へ、そして市場へと拡張を図ろうとする。伝統的な手法は政治権力が独占する法の制定権力と徴税権力を用いて、行為者の行動を規制する方法になる。この法と税を入り口として市場と生活世界を政治権力に接合できるのは、人間が法の言語を理解し、対価なしに所得の一部を支払い手段(注31)として政府に対して貨幣を拠出することをよしとする心理がときには内面化されるからだが、そのためには言語の能力とともに社会規範や国家観念の資本主義的な正統性を教育を通じて訓育することが不可欠の条件になる。しかし統治機構には、こうした伝統的な官僚とは異なる新たな役割を担うテクノクラート集団が次第に台頭する。政治権力の側からすると、市場と人口を政治的権力の領域に統合すること、つまり、市場の政治化と家族への国家の介入こそが権力にとっての究極の目標となり、この目標の具体的な実現をCTCが可能にした。こうして、土台は上部構造を呑み込もうとし、上部構造もまた土台を呑み込もうとする。この資本主義的な市場経済の政治化と政治過程と生活過程の市場化という二重の展開は、マルクスが指摘した生産力と生産諸関係との矛盾の資本主義的な止揚という不可能な夢を追うことでもある。こうした傾向はCTCによって突然可能になったわけではない。むしろ20世紀の長い歴史的な背景なしには実現できないものともいえる。その最初の実験が、日本やドイツなども含むプロトタイプのファシズムとニューディールと一国社会主義であり、とりわけ、戦争による社会の総体的な統制の技術と、これを支えるテクノクラートの形成という前史があった。
 資本の拡張領域、上部構造の土台化は、民主主義そのものに深刻な影響をもたらす。従来の上部構造は、政治的権力の自己増殖装置でもあり、社会を構成する人々を権力に接合させるための構造であり、市場と資本の外部にあるものとされた。近代国家が民主主義の政体をとる場合、いわゆる「国民」というカテゴリーに組み込まれた諸個人は、歴史的には財産や性別、人種など様々な社会的属性によって制限されながらも、「主権者」として、法の下で平等な政治的な権利主体となりうるものだという共通理解が共有されてきた。他方で、資本の統治に関する意思決定主体のありかたはこれとは全く異なり、利害関係者に平等な意思決定への参加の権利は認められない強固なヒエラルキーが当然とされている。資本が法・政治過程を包摂し、政治的権力が資本をその一部として組み込むということは、従来の政治過程の民主主義が狭められ、政治的意思決定が資本のブラックボックスに移される危険性をはらむことになる。この一連の過程の物質的基礎をなすのがCTCである。
 新自由主義において顕著な傾向を示す公共サービスの市場への開放は、単なる統治機構の解体・縮小なのではなく、資本の側から眺めれば、資本が統治機構の一翼を政治的権力とともに担うようになることを意味し、その分、民主主義的な統治は後退する。そもそも国家や公権力の公共サービスへの民衆の側の依存という事態は、民衆の相互扶助の解体、つまり、プロレタリアートの自律した世界(注32)の解体を意味していた。そしていま起きつつある事態は、統治機構に僅かに残された民主主義的な権利領域が解体され、統治機構の重要なプロセスが資本の私的な領域に移されているということだ。他方で、ケインズ主義による「大きな政府」が開拓したのは、福祉や社会保障といった分野を民衆の生活世界から奪い、国家がこれに代位する過程――この過程は同時に、階級闘争に内在する支配的構造から自律する傾向を破壊する過程でもあった――であり、戦争に伴う総動員体制を可能にした。この点ではファシズムも「自由主義」陣営も変わるところはない。資本にも国家にも直接帰属することのなかった民衆の自律的な空間は、資本あるいは国家のいずれかの制度へと囲い込まれることになる。ケインズ主義と(新)自由主義はこの意味で、資本主義的な支配の不可分な二つの側面を示すものだ。19世紀までの資本主義では、支配的構造から相対的に自律した領域として民衆のコミュニケーションや文化といった領域が存在したが、20世紀以降、一方で公教育によって、他方で大衆文化の商品化によって、そして、情報通信や交通は政府の財政と民間資本が相互に協調しながら、社会インフラとして構築されることによって、この領域がイデオロギー装置化すると同時に資本の投資の主要な領域ともなることによって、古典的な市場とパラマーケット(広告のように市場に不可欠だが商品化されない情報の流通)の構造が総体として、ナショナルな性格をもつようになる。資本主義は、経済学の教科書にあるような無国籍な市場ではなく、ナショナルな市場でありナショナルなパラマーケットであり、ナショナルな〈労働力〉であり、ナショナルな使用価値の意味体系を再生産する構造を高度化させる。インターネットが市場に開放されて大衆的なコニュニケーションのツールとなることで支配的な(イデオロギー)装置となる直前の時代、つまり、世界を席巻した1980年代の新自由主義も、こうした文脈のなかで理解する必要がある。
 インターネット以降を念頭に置くとすると、その草創期、とくに民間への開放直後に短期間だが、インターネットが国境を越えるネットワークであるというその技術的な基盤から、国家の統治から自由になりうる可能性に期待する声があったし、私も期待した一人だ(注33)。この期待はいまでもその可能性を残しているが、かなり大きく後退してきた。ただし、強調しておきたいが、後退したとしても、各国の政府も企業も完全にインターネットのコミュニケーションを自らの支配下に置くことはできていない。それは技術の問題ではなく、人間のコミュニケーションだからであり、コミュニケーションの自由を維持することが死活問題となる領域が存在するからだ。つまり、様々な傾向をもつ政治的な異議申し立てや抵抗が――このなかには私にとっては全く同意することができない極右やいわゆる宗教原理主義者たちによるものも含まれる――存在するからだ。だから暗号や、これと密接に関わる仮想通貨、捜査機関が侮蔑的に「闇サイト」と呼ぶ匿名性の空間が存在し、さらに私たちはアナログの権利を手放してはいないし(注34)、ウイルス作成罪があるとはいえ、かなりのところまでプログラムを書く自由を維持している。これらは、支配的構造に完全には包摂されていない空間である。
 この連載の後半では、ここで述べたインターネットの時代を対象にして議論をするが、その前に、本章で述べたやや抽象的な議論を、具体的な事例を通じて考えるてみるのが次章以降のテーマになる。コンピューター以前の時代の人間をデータ化し監視・管理する技術を通じて、大量監視の問題は近代資本主義が本性としてもっている人間観に根差しており、監視社会なき資本主義というリベラリズムの夢は現実にはなりえないことを論じる。


(1)“Francis Fukuyama interview:’Socialism ought to come back’”(https://www.newstatesman.com/culture/observations/2018/10/francis-fukuyama-interview-socialism-ought-come-back)
(2)マルクスは労働と労働力を概念的に明確に区別して把握することによって、剰余労働の存在を明かにすることに成功した。 本連載で〈労働力〉とカッコに括って表記する場合がある。これは、人間の労働能力そのものが可変であり、労働者による労働する意思に依存することを明示するための表現だ。労働者がどれだけの能力を発揮しようとするのかという問題は、労使関係のなかで重要な意味をもつ。たとえば、労働する能力を有しながら労働力の発揮をあえて抑制したり停止する(ストライキ)ことは労働者の重要な主体的な側面である。〈労働力〉は変数としての労働力の表現である。したがって、〈労働力〉とは、可能態としての人間の労働能力を指し、これが市場で売買されることになる。〈労働力〉は、伝統的な労働市場では、求人票に記載されているような内容によって固定化される。現実態としての労働能力を市場で売買可能な「枠組み」として提示しうる形式とすることで市場の契約に適応させることになる。コンピューターが支配的な技術になる時代では、資本が労働者の能力を判定するためのデータセットとしてより高度化されることになる。
(3)マルクスの機械についての基本的な考え方については、1868年7月28日に総評議会会議での発言が端的でわかりやすい。「資本家による機械の使用の結果についてのマルクスの演説の記録」、全集第16巻。
(4)『資本論』第1巻、全集23a、560ページ。
(5)注(3)参照
(6) Chris Carlsson, “Processed World: A Political History,” 2019, https://notesfrombelow.org/article/processed-world. Bryan Appleyard,”The New Luddites: Why Former Digital Prophets Are Turning Against Tech”
(7)「この博覧会は、現代大工業が、いたるところで集中された力をもって、民族的境界をとりのぞき、生産や社会関係やそれぞれの民族の性格における地方的特殊性をますます消し去っていることの適切な証明である。博覧会は、現代のブルジョア的関係がすでにすべての方面から掘りくずされているまさにその時にあたって、現代工業の生産力の送料を小さな空間に圧縮して観覧に供することによって、同時に、この土台からゆらいでいる状態のただなかで新社会の建設のためにつくりだされた材料、また日ごとにつくりだされつつある材料を展示するのである」。マルクス゠エンゲルス「論評」、『全集』第7巻。441ページ。「資本家階級は、人類社会がかつてもった富のなかで最も巨大な富のただなかにありながら貧困の運命をになわされている労働者の製作品を、凝視し嘆賞するために、富者と権勢者を万国博覧会に招待している。労働の解放と、賃金制度の廃止と、性別、国籍にかかわりなくだれしもが、共同労働によってつくりだされた富を享有する権利をもつ社会の樹立につとめているわれわれ社会主義者―そのわれわれが、7月14日、パリにおいて会合しようと約束するのは、この労働者となのである」。1889年、パリ万博開催にぶつけて国際社会主義労働者大会がパリで開催された際のエンゲルスによる「招集の知らせ」、『全集』第21巻、555ページ。
(8)『資本論』第1巻a、633ページ
(9)『資本論』第1巻a、633-634ページ
(10)「小農や、まだ囲い込まれていない村落の農業労働者、また都市部の職人や徒弟でさえ、労働の報酬を貨幣収入だけで計算していたのではない。彼らは、毎週毎週規律に従って働くという考え方に反抗したのである」。E.P.トムスン『イングランド労働者階級の形成』市橋秀夫/芳賀健一訳、青弓社、425ページ
(11)本連載では取り上げる余裕がないが、戦前から戦後にかけて、日本には固有の技術論論争の歴史があり、現代のコンピューター・テクノロジーが支配的になった時代からかつての技術論論争を総括することは重要な課題だ。
(12)トムスン、前掲書、430ページから再引用。
(13)トムスン、前掲書、446ページ
(14)トムスン、前掲書、445ページ
(15)こうした技術に関わる知識はそれ自体は物質的な存在ではないが、明らかに経済的土台の一部をなす。この知識自体の背景をなすのは単なる自然科学だけではなく、自然科学を支えた世界観にまで視野を広げなければ近代科学の技術との接点も明らかにならないだろう。この意味で、ルイス・マンフォードが文化や技術の象徴的な側面への着目をマルクスの技術論と和解させる観点が必要になるかもしれない。ルイス・マンフォード『機械の神話』樋口清訳、河出書房新社、参照。
(16)小倉利丸『搾取される身体性』青弓社、参照。
(17)「おそらく、批判の砲火が、これらのもの[労働価値説、利潤と利子の理論]に集中されたのは、『労働は、あらゆる価値の源泉である』という語句にふくまれている道徳的非難が、資本主義の衰退と崩壊との予言以上に、資本主義の確固とした信奉者に影響をあたえた」。E.J.ホブズボーム『イギリス労働史研究』鈴木幹久/永井義雄訳、ミネルヴァ書房、219ページ
(18)「肉体労働だけが完全に機械化されるのである。(略)自由で何物にも邪魔されない頭脳は別の仕事のために残されるのである」「アメリカの企業家たちは新しい産業方式に固有のこの弁証法を極めてよく理解した。(略)労働者は考えるだけでなく、作業から直接の満足を得ておらず調教されたゴリラに変えられようとしているのを理解しているという事実から、ほとんど順応主義でない思考の流れに向かう可能性がある。企業家たちの中にこのような懸念が存在していることは、フォードの諸著作やフィリップの著述から引き出すことができる一連のの予防策や『教育的』イニシアチブ全体から明らかである」。アントニオ・グラムシ『ノート22、アメリカニズムとフォーディズム』東京グラムシ会『獄中ノート』研究会訳、いりす、89ページ
(19)マルクス「労働時間の短縮についてのマルクスの演説の記録」、全集16巻、553ページ
(20)小倉利丸『支配の「経済学」』れんが書房新社、参照
(21)ルイス・マンフォード『機械の神話』樋口清訳、河出書房新社、55ページ
(22)だから、「暦」はいまだに宗教暦に依存しており、日常用語には多くの非合理な言い回しが残り、人々は事実よりも「信じうること」を受け入れる。
(23)資本は日常語では投資のための資金などを指すが、マルクスは「自己増殖する価値の運動体」と定義している。この定義からすると、資本とは資金、〈労働力〉、様々な設備、労働者と経営者からなる人間集団組織などが利潤を目的として一体となって「運動」する組織体そのものということになる。
(24)カール・ポラニー『大転換』野口建彦/栖原学訳、東洋経済新報社、参照
(25)マルクス『経済学批判』、全集第13巻、6ページ
(26)C.メイヤスー『家族制共同体の理論 経済人類学の課題』川田順造/原口武彦訳、筑摩書房、参照
(27)マルクス『資本論』第1巻、全集23b、660ページ
(28)マルクス『資本論』第2巻第6章、参照
(29)人間の意思や意識を制御するという資本の願望が20世紀資本主義の主要な課題をなしてきた。これを国家の側から捉えたとき、そこにナショナリズムの問題が表出する。しかし、こうした意識を監視のテクノロジーによって直接捉えるまでには長い時間がかかった。監視技術は工場では機械体系による労働の組織化によって実現することができたが、国家という枠組みのなかでは、産業組織に該当するような機械体系は存在しない。これに代わるものが、次章の課題になるが、人口を管理するために導入された様々な統計と技術による「全体機械」である。現代のCTCはナショナリズムという意識形態を再生産する経済的土台が上部構造として機能するという方向をとることによって、「階級」意識を解体する資本主義の反マルクス戦略でもある。
(30)本来なら資本と国家の労働者に対する戦略とすべきか、あるいは資本と国家の人口に対する戦略としてより一般的に論じなければならない問題だが、定式をふまえた議論としてあえて「資本」に絞った。また、こうした限定や一般化は、ジェンダーやエスニシティといった無視することそれ自体が理論の死活に関わる観点をも無視した議論になっている。ジェンダーとエスニシティを明確に論点の中核に据えた理論構築がなされるとすると、私が本連載で論じたことの大半は、そのままでは通用しなくなる。しかし、いまの私の能力ではこのような再構成を全面的に試みることができない。
(31)支払手段とは、富の一方的な移転としての貨幣の使用を指す。商品の購入のための貨幣の支出は「購買手段」であり、日常用語ではほぼ同義で用いられるが、マルクスの定義に従って、ここでは区別している。
(32)この世界は、実体として、地理的空間的のどこかに実在するものである必要は必ずしもないが、その可能性を示唆するような現実の運動の存在は重要である。20世紀の初頭まで、つまり、ファシズム、スターリン主義、ケインズ主義が登場することによって、こうした空間は先進国では国家の「福祉・社会保障」によって解体される。その後の長い歴史を省略してインターネット以後に限るとすると、サパティスタや都市部に点在する住宅占拠の空間(ハキム・ベイがいうT.A.Z)など、私たちが想像力を刺激される運動は多くある。
(33)「サイバースペース独立宣言」1996年。日本語訳( http://www.asyura2.com/2003/dispute6/msg/284.html)
(34)宮崎俊郎「デジタル監視法は超監視社会を招来する! アナログ選択権の行使を!」(https://www.jca.apc.org/shiminren/?p=152)

 

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手を取り合って観光業界の底上げを――『旅行ライターになろう!』を出版して

野添ちかこ

 ゴールデンウィークのとある昼下がり、『旅行ライターになろう!』を読んだ人から、「素敵な本を世に出してくださってありがとうございます」と「Twitter」でコメントをもらった。
 差出人はすでに書くことを生業にしている旅行ライターさん。拙著のなかでインタビューした人の書評をきっかけにこの本を読んだのだという。
「え? そんなうれしいことを言ってもらえるんだ?」
 想定外のメッセージに驚いたが、同時に旅行ライターについて書かれた本は近頃ほとんど出版されておらず、フリーの旅行ライターは、みな手探りで仕事をしているのだと気づいた。同業者の仕事を垣間見ることはほぼないに等しい。

 実は、私の旅行ライターとしての日々も、常に悩みのなかにあった。
「この仕事は、本当に世の中に必要とされているのだろうか」
「私が書かなくても、自分の代わりはごまんといるんじゃないか」
 署名記事を書かせてもらえるようになったいまも、そんな不安と隣り合わせにある。我ながらマイナス思考も甚だしいが、“隣の芝生は青い”のだ。
 本来、自分の醜態や弱い部分は隠すべきものなのだが、一冊の本を執筆するとなると、隠そうと思っても負の感情が行間からにじみ出てくる。執筆中はハゲるんじゃないかと思った。

 内田康夫さんのサスペンス小説「浅見光彦シリーズ」の主人公である「旅と歴史」のルポライター・浅見光彦のような仕事を旅行ライターだと思っている人もいるかもしれないが、あれはあくまでもドラマのなかの設定。あんなふうに事件に首を突っ込む暇は、普通はない。
 ウェブトラベルライターが書く仕事論はウェブ上に散見されるが、紙媒体を中心に仕事をしてきた旅行ライターは仕事の実態についてわざわざ記事にはしない。だから隣の人のリアルな仕事事情を誰も知らない。みんな、本音の部分を知りたかったのだ。そういう意味では、まだ格好つけてオブラートに包みすぎているかもしれない。

 この本の執筆依頼をいただいたのは、コロナ禍で「観光業界はこれからどうなっちゃうんだろう」という不安の真っ只中だった。それ以前から顕在化していたウェブの発展による情報の無料化のあおりを受けて、旅行ライターを取り巻く仕事の状況はずいぶん変容していた。書籍執筆も遅々として進まなかったが、私にとっては自分自身の仕事を振り返るいい機会になった。

 本書の執筆にあたって困ったのは、読者が若い人なのか、あるいはリタイア後の人なのか、本業なのか、副業なのか、あるいは自己表現の場がほしいのかで、伝えるべき内容がずいぶんと違ってくるということだ。
 通常の仕事で取材にいったときには、相手が発する言葉のなかから、ピカッと光る言葉を拾い集め、言葉を紡ぎ直して原稿に仕立てるのだが、本書に関しては、ターゲットの違いによる書き分けが難しく、考えれば考えるほどにズブズブと思考の沼へはまっていった。
 職業本だから、「情報を網羅しなければいけない」というジレンマもあった。が、すべての媒体に精通している旅行ライターなぞ、おそらく存在しない。ならば、むしろ業界紙記者時代も含めれば、私は詳しいほうではないか。そう割り切って、自分の経験を中心に書くことに決めた。私の経験で足りない部分は、旅行ライターとして活躍するタイプが異なる3人の方の体験談を加えることで補強した。
 本書は、旅行ライターを目指す人に向けて書いたが、すでに仕事をしている人が観光業界の現状を概観するのにも役に立つのではないかと思う。私の周りに「旅行ライターになろう」と考える人は皆無のはずなのに、「買うよ」「おもしろそう」「読みたい」という反響もいただいた。
 人間は「人の間」と書く。人の間に入ってはじめて人間たりうる。人と関わり、支えられ、人のおかげを感じることで喜びも出てくるのだとあらためて感じた。フリーランスの仕事は孤独を感じる瞬間が多いのだが、人に助けられて、16年もの間、仕事をしてこられた。

 書き終えたあとで、取材すればよかったと思ったこともある。
 まず、仕事に生かせそうな資格について。それから、近年の旅行本のベスト・ヒット。さらには、旅行本はどのくらい売れればベストセラーといえるのか……など。いずれ、機会があればまとめてみたい。

 最後に、本書がこれから旅行ライターになる人、すでに旅行ライターとして活動している人の助けとなり、観光業界の底上げにつながることを願ってやまない。私は今年50歳になる。これからの人生はみんなと手を取り合って発展していくことができれば嬉しい。

野添ちかこ公式ウェブサイト「ゼロたび」
https://zero-tabi.com

 

序章 資本主義批判のアップデートのために

小倉利丸(富山大学名誉教授。専攻は現代資本主義論)

目次
序章 資本主義批判のアップデートのために
第1章 拡張される搾取――土台と上部構造の融合

 私たちが生きる社会を、文化や伝統を引き合いに出して肯定的に賛美するような言説は、あたかもいまここにある現実を悠久の人類の歴史と未来永劫続く人類の歩みのなかに位置づけることによって、この現実を暗黙のうちに正当化して肯定しようとする保守的で排他的な願望が必ずといっていいほど含まれている。結果として、いまある現実を肯定して生きる以外の選択肢を模索する努力を最初から断念させる。こうして、いまある現実を与件としたうえで、いま可能な微調整(実現可能な対案)に限定するということこそが分別ある行為だとみなされる。
 とりわけ日本に関していえば、数世代にわたって私たちの記憶には、民衆の力が権力を打ち倒すといった劇的な歴史がなく、もっぱら抗いがたいほどの力をもって支配者たちが連綿としてその力を保持してきた絶望的な風景しか思い起すことができない。たとえあの1960年代にまで遡ったとしても、そう言うしかないように思う。しかし、世界では、多くの革命があり敗北もあるなかで、資本主義近代が誇る自由と民主主義が文字どおり実現された国はどこにもなく、また、革命が期待された帰結をもたらすこともまたまれななかで、民衆がいまだに到来しない世界に自らの夢を託すことを心の底から断念したこともまた一度たりともなかった。日本の資本主義近代という時間の幅は、南北アメリカ大陸の先住民が経験してきた時間の数分の一にしかならない。いまだない社会への夢を断念させようとするいま/ここにある支配者たちの目論見を私たちは忘れていはならないと思う。そして、彼らの目論見が冒頭に掲げたようなありふれた日常感覚のなかにひそかに込められているということ、そのこと自体を本連載では問題にしたい。
 現実的な感覚とか科学的なデータに基づく「事実」を判断基準にすること自体のなかに、私たちの可能性を削ぐある種の抑圧が伏在している。私たちは、彼らがいう「現実的」とか「科学」を受け入れて彼らの土俵の上で物事を論じなければならないのだろうか。むしろ、現実と呼ばれるものは、先験的に与えられた誰にとっても同じ客観的な世界であるかのようにみなされているが、実はあらかじめ押し付けられたものを押し付けられたと実感するのではなく、むしろ自らの自発的な理解であるという転倒した意識によって受け入れさせられているものであるし、データもまた現実そのものではなく、現実を一定の方法に基づて構築されたカテゴリーによってあらかじめ抽象化し、一定の理論的な枠組みを前提にして、それ自体としては整合性がある理論に基づくものであったとしても、データは事実ではないし、現実を説明する「エビデンス」でもない(注1)。データは私自身を「データ化」して、データ化された私が、私そのものに取って代わるデータ・フェティシズムをもたらしている。
 私は、ファイクニュースの肩を持っているわけではない。フェイクニュースもまたもう一つのいかがわしい証拠や「エビデンス」を持ち出して自らを正当化しようとする以上、同じ穴のムジナでしかない。日常生活の実感も、科学的と称するデータとその理解も、それ自体に含まれているいまだ見ぬ世界へと至る道を塞ごうとする罠であることに用心しながら、そこから絶対的に切断された立場をとることが不可能である以上、罠に落ることを覚悟しながら罠から這い上がる格闘を覚悟しなければならない。
「本質」なるものの存在が懐疑的な時代であるにもかかわらず、本質に立ち返って、また、いまある現実を将来でも継続するにちがいない現実にすべきではないという明らかな価値観を伴う観点をとることが、いま/ここにある現実を根底から覆すだけの力になりうる。これは実践的な課題であってテキストの役目を超えるのだが、とりあえずは、この役目のギリギリの境界に立つような試みをしてみたいと思う。
 文化や伝統のなかで語られる物語の多くが、科学的な理解によって間違いとされたとしても、私たちはこのことに目くじらを立てることはあまりない。とはいえ、近代以降、科学が現実の社会に応用され具体化されることによって、神学や伝説・伝承の類いを押しのけて人々の世界理解の基盤となった。にもかかわらず、日常生活に伴う感覚や実感の非合理性は、いまに至るまで強固に日常生活のなかに定着し、科学的理性をもって仕事をこなす研究者や技術者であってさえ日常の非合理性は肯定されている。神を信仰するとか、人種的な偏見をもつとか、その実体も明らかとはいえない「国家」に忠誠を尽すとか、こうした一連の行為は、人々の科学的認識と矛盾することなく共存し、逆に、こうした非合理な存在を科学が正当化してしまうような作用さえありうる、ということが近代の歴史が歩んできた道だった。いわゆる「偽科学」とかフェイクをめぐるあからさまな虚偽以上に、この非合理性と科学の平和共存の社会意識のほうがずっと厄介な存在だ。近代日本が西洋の近代科学を経済に応用し軍事力を誇示する一方で、非合理としかいいようがない現人神がなぜ一国の統治機構の中心をなすことが可能だったのか。なぜ科学者は現人神の存在証明を科学的に追求しようとしなかったのか。医学生理学は天皇が神なのかどうかを証明するという責任を棚上げし、法学者は、法の形式合理性の枠組みに巧みに現人神を据えることに加担した。こうした世界理解の和解しようがない亀裂を人々が受け入れることができたのは、そもそも人々の日常生活そのものにこうした非合理性と合理性の間に折り合いをつけるある種の生活様式が形成されていたからにほかならない。これは、日本に限らず世界的な現象である。私たちは、世界のどこであれ、合理性と非合理性の間にかなりいいかげんな「折り合い」をつけながら日常生活を送っている。どのように折り合いをつけているのかといったごく私的な態度や判断は、長い間自己の内面か親密な人間関係かのなかにしか表出しなかったが、誰もが不特定多数にメッセージを発信できるコミュニケーション手段が確立して以降(つまり1990年代以降)、この「折り合い」が可視化され、人々がいかにそれぞれ非合理な世界を抱えているのかが露わになったことで、この厄介な世界が共振しはじめ、世界理解の共通の基盤と思われたものが意外に脆弱であることが示された。自由も平等も実は人々の日常経験のなかでは絵に描いた餅以上のものではなく、常に、この理想を獲得するための闘争を強いられてきただけでなく、それ自体が戦争を内包さえしていて、結果として、ナショナリズムや神観念といった非合理な世界に救いを求めるというパラドクスから逃れることもできなくなった。
 言い換えれば、科学的な正しさが私たちの日常生活や行動を変えうるだけの力を持つとは必ずしもいえない、という問題を、科学的合理性を持ち出して簡単に否定できると考えてきた合理主義者たちのアプローチでは問題は解決できず、その「解決」はときには暴力に委ねられるしかなかったということではないだろうか。非合理性が世界観や価値観として影響力をもつとき、それは、暴力を別にすれば、文化的な表象を通じてその正統性を維持してきた。19世紀が機械と合理主義、あるいは理性の時代であったとはいえ、同時に19世紀はロマン主義の時代でもあり、このロマン主義が20世紀になって大衆的な心情を捉えながら、当時の時代状況に即していえば高度なテクノロジー指向の国家でもあったナチズムとファシズムをももたらした。日本の文脈でいえば高度国防国家であり、戦艦大和を賛美するような機械崇拝と現人神や戦争の美学が大衆の心情のなかで棲み分けていた。日本浪漫派であれエルンスト・ユンガーであれダヌンツィオであれ、ロマン主義は理性を破壊(注2)したというよりも理性を飼い馴らしたのだ。他方で、合理主義者たちが主張する「合理性」が資本主義的な合理性にすぎないという批判は主に左翼から提起されてきた長い歴史があるが(注3)、いま私たちが直面しているのは、日常の非合理を政治的な支配のレベルで合理的な法の支配を超越して拡大し、世界観そのものを過去に向かって覆すような状況であり、私たちが闘わなければならないのは、こうした力に対してである。権威あるメディアや知識人が自国のことや自国民の問題を論じる段になると、その言説のなかに意識されないナショナリズム、あるいはレイシズムなきレイシズム(注4)が容易に忍び込む。習俗とみなされる宗教的な信仰を伝統や文化として肯定する日本の風土のなかで暮らす者たちが、アメリカの福音派の非合理を理解しがたい迷妄とみなしながら、天皇や皇室について語る場合は、その存在の「フェイク」を伝統とみなして肯定するのである。こうしたわかりやすい真実と虚偽の御都合主義的な腑分けよりも問題なのは、科学や学問あるいは文化や伝統の正統性によって裏付けを与えられた世界の基盤にある私たちからみれば明らかな虚偽の世界を人々が正しい世界とみなすある種の認識の転倒である。
 マスメディの時代とは違って、SNSのなかに浸透する心情は、個々人の内心の集合的な発露であって、倫理的あるいは理論的な正しさに還元できない人間の欲望を連鎖的に表出する回路がインターネットの時代に開かれた。フェイクやヘイトはネットに原因があるのではなく、むしろ結果にすぎない。人々を表向き「正しい」とみなす学校文化風の秩序に押し込めることによって、社会の矛盾やどうしようもない汚なさを正当化する強い者たちに立ち向かうことで決着をつけるのではなく、むしろ一人ひとりがあたかも社会の支配者であるかのように思い込むことを可能にする仮想の集団性によって、矛盾や汚なさの側に加担しやすい回路が形成されている。だから道徳的倫理的に「言ってはいけない」という歯止めは、確かに「言わない」という歯止めにはなったのだが、これはそもそも多くの人々がこれまで何世代にもわたってひそかに内面化してきた他者に対するネガティブな感情を表出させないというにすぎず、こうした感情それ自体が消え去ったわけではない。マスメディアの時代には、これで社会の正義を維持することができた。しかし、インターネットの時代には、この内面の差別や偏見、あるいは非合理な集団的な価値観が容易に表出しうるようになる。真理が権力を握ったとみなされる時代に、この真理によって支えられていると称する権力は、大衆のなかに、真理とは言い難い神話や憶測、偏見と差別をも植え付けてきた。近代国民国家が「ナショナリズム」なしには成り立たないということは、国家が合理性によって統治の必要かつ十分な条件を備えることは不可能なのだ、ということの証しでもある。だから解決されるべき問題は、もっと大きくやっかいなものだ。つまり、現代の世界が真理とか理論などとして正しいとみなしてきた世界についての説明が、総体としてフェイクの源泉であるのであって、そうだとすれば、そもそもの真理や理論そのものを疑うことなくして、フェイクの問題は解決できない。人間は社会的な存在であり、社会的な意識がその時代の支配的な制度によって深く規定されるとすれば、理性と科学を標榜する時代そのものに内在する非合理性とのひそかな共謀を暴く必要がある。のちに述べるように、この問題は、資本主義における世界の二重性、あるいは、カール・マルクスが土台と上部構造として論じた社会構造への資本主義からの応答に対する私たちの新たな闘争の構築という課題である。こうした社会の現実があらわになったのはインターネットによるコミュニケーションが現代資本主義の支配的な構造となったことによる。私的なコミュニケーションが社会的な事柄として相互に共振しながら社会総体のコミュニケーションの集団性が形成される。このコミュニケーションの基盤が現代資本主義の資本蓄積の基軸をなし、同時に、これが資本主義の統治機構、つまり国家の正統性と不可分な構造が形成された。のちに述べるように、マルクスの土台と上部構造としての資本主義全体の枠組みは、現代資本主義においてはコンピューターテクノロジーを駆使した土台と上部構造の相互浸透と融合へと向いつつある。市場は政治化され、国家はそれ自体が資本のガバナンスを模倣し、結果として民主主義の居場所は次第に縮小され、データ化された私たちには、サファリパークの飼い馴らされた動物の自由だけが残されることになる。最悪の場合は、生存を保障された刑務所の受刑者のような「生存権」だけしか与えられないことになる。

0−1 あえて罠に陥るべきか…

 こうした現状に対して、私たちがとれる対抗策は、納得を得られるように科学的な知の啓蒙の技法に磨きをかけることだろか。しかし、こうした方法ではたして「陽が昇る」という実感を「正しい」実感に修正することができるだろうか。相対性理論に基づく私たちの日常感覚はどのように構成しうるのだろうか。あるいは、私たちもまた、私たちに敵対するフェイクを超えるフェイクを編み出すというフェイク戦争を仕掛けるという手法が、政治的プロパガンダとしては正しいとしても、社会の正義を実現(いったい何が正義なのかという問題も含めて)するという本来あるべき社会変革のための運動の課題からすれば、理念なきプロパガンダはデマゴーギーにすぎないから、当然採るべき道ではない。もちろん、最大の厄介事は、敵——そもそも誰が敵なのかさえ判然としない——は決して彼らの主張をフェイクだとは考えおらず、私たちもまた、自分の主張をフェイクとは考えておらず、いずれもが自分の主張を真実だと信じている、という救いようがない事態にある。しかし、さらに厄介なことは、こうした厄介事があたかもSNSのような新しい双方向不特定多数を対象にしたほぼ誰でもが発信できるメディアのせいで蔓延したという批判に典型的に示されている誤解だ。多くの良識あるリベラルや既存のメディアを死守したいとつい考えてしまう一昔前の「マスメディア」は、フェイクを阻止する方法として、SNSの発信を検閲すべきだとかアカウントを停止すべきだとかというが、こうした口封じは口しか封じておらず、頭はそのままで、また、キーボードを叩く手の自由も奪えていない。マスメディアが情報発信を独占してきたこの1世紀の間、圧倒的多数の大衆は、口封じ同然の状況のなかで一方的に情報を受け取る側にいることを強いられてきた。この20世紀のマスメディア時代を通じて形成されてきた諸個人のパーソナリティは、内心の声として、レイシズムやセクシズムなど諸々の差別の感情を発酵——腐敗というべきか——させてきた。きわめて私的な会話のなかで繰り返し語られてきたにちがいない差別的嘲笑的な人間観や荒唐無稽な世界観は、その根源にあるのは支配的な社会そのものが構造的に有している差別や偏見、排外主義の個人の意識への反映なのだが、制度の側は、憲法や国連の高邁な人権条項などを口実に、システムに偏見や差別は組み込まれていないとして自らの構造的な問題を不問に付し、個人の言論だけを法の権力を動員して扼殺する手法を繰り返してきた。SNSという手段を与えられたことによって不特定多数への呟きとして噴出する偏見、差別、憎悪の言説は、この資本主義社会そのものの本質的な矛盾の表出であるという視点をこの社会を支持する人々が自ら認めることを期待することはできない。私たちの究極の課題は、そもそものフェイクやヘイトという言論そのものが無意味であるだけでなく、念頭に置かれることも、無意識のなかに抑圧されて延命することもない、そうした言説の存在そのものが不在であるような社会をめざすということだ(注5)。
 こうした呟きの言説の質を長年培ってきたのは、実はマスメディアであったり言論を支配できる教育現場や、権威主義的な政治家たちの言説、そしてこれらを身近で増幅する信頼を寄せる友人や近隣の人々、家族などが繰り返すわけだが、親密になればなるほど、そのコミュニケーションは政治的正しさのメッキが剥がれた歯に衣を着せぬ率直な嫌悪や排除の感情が共有されるという一連のコミュニケーションの構造だったとは言えないだろうか。人間は社会的な存在であり社会的なコミュニケーションのなかでパーソナリティを形成し社会や人間への価値観を形成する。人々は、メディアや教師の政治的に正しいように見える言説が言外に語っている侮蔑や差別のメッセージを的確に受け取っているのではないだろうか。
 太陽は昇るわけではないが、この実感には抗いがたいところがあり、これは、真実ではないことを事実として肯定することがどうして可能なのかということでもあるが、こうした問題が私たちの社会のなかには無数に存在しており、それが些細な日常の事柄であるだけでなく、それが政治的な権力を支える権威の正統性や資本の行動を左右するような大きな問題にもなる。そのわかりやすい事象がナショナリズムや宗教的な信仰だろうが、わかりにくいが社会にとって重要な事象が、本連載の守備範囲に関する限りでいえば、市場経済の構造をめぐる「科学的」な理論の擬制である。市場経済のフェティシズムと呼んでもいいような擬制だがそれ自体の内的な論理は一貫している、というやっかいな存在である。経済政策の策定者から金融市場の売買に関与するコンピューターのプログラムまで、私からすれば——そしてたぶん、非主流の経済学者たちやマルクス経済学者たちにとっても——支配的学説が現実の世界に及ぼす力の問題がある。市場は多くの人たちが見ているようなものではないのだが、そのことをやはり実感することが難しい。
 さて、冒頭に掲げた例え話にはまだ「嘘」がある。時間の流れが太古の昔から変わらない、というふうには社会のなかの時間は流れない。社会は物理的な時間ではなく「暦」として時間を刻み、歴史を(主として)支配者の物語として記録する。残念なことに、「暦」には、重さや長さのような中立的な尺度がない。2021年は西暦であり、キリスト暦というれっきとしたキリスト教の背景をもった時間の尺度である。イスラム暦があり、日本には悪名高い元号がある。どの暦を用いてもとても客観的で中立な歴史の時間を表示することはできない。「暦」に関しては、いかなる科学主義の合理主義者であっても、時間の尺度を自分勝手に決めてもそれをほかの人々と共有する合意を形成できなければ社会的な意味を獲得できない。

0−2 連載の構成

 こうした例え話を通じて本連載の課題を示すとすれば、以下のようになる。
 私たちは、決して完璧な合理主義者として日常生活を過ごすことは不可能だが、同時にまた、完璧に非合理にもなりきれないということ。理論的に合理的な推論によって構築される理論の体系は、同時に非合理な世界と共存できることは人類の歴史を振り返れば自明といってもいい。自然哲学が自然科学の知見からみて明らかに間違った前提にたっていても、そのことをもって自然哲学の意義が全て否定されるわけではない。問題は、科学的・合理的ではない、そうはなりえない人間の社会的な生活存在を前提にして、社会が人々に対して振る舞う抑圧と闘うための基礎をどのようにすれば築くことが可能なのか、という問題である。この問題は、合理主義と非(不)合理主義との相克としてとらえたり、感情の哲学・思想、バールーフ・スピノザ、フリードリヒ・ニーチェからアンリ・ベルクソンやアルトゥル・ショーペンハウエルといった思想家の系列をイマヌエル・カント、G・W・ヘーゲルからさらにはマルクスといった唯物論へと至る系譜と対置させるというよりも、こうした思想の世界(マルクスを哲学に還元すること自体が間違っているが)に向かうのではなく、現実の社会へと目を向けることで、社会を変革するための手掛かりを、合理主義的な資本主義批判でもなく、かといって非合理を梃子として情念の革命を構想するのでもない、ねじれた世界へと出立できるような準備をすることを考えたい。
 とりわけこうした議論が重要なのは、現代の資本主義が逢着している事態が、まさに合理主義の徹底的な追求のなかで人間を再定義する方向で資本主義の延命を図る方向がかなりはっりしてきているからだ。つまり、コンピューターが支配的な技術になり、ほぼ社会の全ての領域で、私的な領域であれ公的・国家的な領域であるかを問わずに、コンピューターによって処理されたデータとしての私が、新たな私の自己同一性形成にとっての不可欠な要件をなすようになってきたために、資本主義はますます人間の合理的とはいえない振る舞いをいかにしてデータ化してコンピューターのアルゴリズムの世界に翻訳しうるかというところに追い込まれてしまっている、という問題である(注6)。
 なぜコンピューターテクノロジーが「発達」することになったのか、その動因とともに、その発展の方向性、とりわけデータ処理の高速化(ビッグデータ)、ネットワーク化、予測と予防(AI)としてあわられている状況を、経済の相からみれば資本主義的な生産—消費様式の構造的な再編の問題であり、政治の相でみれば資本主義的な権力様式の構造的な再編の問題であり、軍事の相でいえば武力攻撃と軍の配置における地政学の根本的な転換(サイバー戦争におけるスペース)の問題であり、イデオロギーの相でいえば文化様式の構造的な再編の問題である。これらが、いずれもコンピューターテクノロジーと不可分一体のものであるということがもっている広がりはほぼ私たちが住む世界全体を覆うだけの広がりとなっている。最もミクロな領域でいえば、遺伝子や生物学上の諸現象が情報として捉えられ、工学との境界があいまいになっていること、マクロでいえば、気候変動のような地球規模の自然の変化を把握すための方法もまた情報としての自然の把握を介してのことになっており、情報科学抜きには成り立たなくなっている。そして人間自身もまた、アナログとしての生身の人間もまたデジタルの膨大なデータの束として、そのつどの必要に応じて必要な組み合わせが抽出、解析され、そのつど「私」と呼ばれる存在の実体が一時的に再構成される。「私」を取り巻く空間もまた、地理的な空間がもっている絶対的な実在性に対して、地図が現実の空間をその目的に応じて抽象化するように——自然の地形、行政区画、車の運転に必要な道路情報、グルメ地図など——空間は必要に応じて必要な情報の組み合わせによって提示される可変的な情報の束であり、しかも、地理的空間の制約を超えて、カテゴリーで空間を再構成することも当たり前にできてしまう。
 これは一見すると技術革新であり進歩であり、人工的な知能による新たな支配の可能性をいま/ここにある支配者たちに夢想させることになっているが、しかし、むしろ政治が合理的な側面と非合理で予測困難な行動の側面の弁証法として構築されているという、その支配の軌道から脱線しつつあるということも示している。このことは近代の政治的な理念としての民主主義が果たすべき統治の実効性を削ぐことになりかねない。
 話がここで終わるなら、ある種の資本主義の終わりのような(私たちにとってはハッピーエンドな)筋書きになるが、こうした高度なコンピューター的な合理性がもたらす矛盾から運動の欲動が備給されているのは左翼だけではなく、むしろ右翼や保守主義者もまた、左翼以上に、このコンピューターが支配的な社会の新しい合理主義に異議申し立てをしている。彼らのスタンスははっきりしている。合理主義近代の裏面にへばりついている非合理で近代以前を諸々の形態で想起させる(本当に近代以前にそうした形態が存在していなくてもかまわない)表象や文化の領域を足掛かりにしながら、さらに、伝統を過去へと遡りながら、彼らにとっての社会の正当性の根拠を再構成しようとする。この傾向は、表れは様々であっても、どの社会にも見いだされる反動のプロジェクトである。彼らは、コンピューターの合理主義がとりこぼしている人間の非合理な側面と、これに付随する感情を高度なコンピューターの世界に接合して補完する。あたかもスティームパンクのように、歴史の時系列を伝統や過去への眼差しに依拠しながら未来を観る、つまり未来を過去の伝統に則して、しかし技術のあり方としては高度にコンピューター化されたデータ化された個人の存在を徹底して肯定することで、資本主義の将来をこじあけようというのだ。たぶん、こうした世界は、民主主義を壊死させながら資本主義は生き残るということになりかねない。独裁と民主主義のコンピューターテクロジー至上主義による弁証法的統一、これが資本主義の次の時代を特徴づけるのであれば、私たちもまた、この構造を正面に据えた闘いを模索しなければならない。
 上記で描いたような世界からは見えない世界がある。それは、一般に、フェイクとかポストトゥルースなどと呼ばれて極右の陰謀や政府のプロパガンダ(政府の広報やウェブページのデータの類い、議会の議事録などを含む)や、無名の庶民が引き起こすネットの炎上やリベンジポルノやネットのテクノロジーと深く関わるようなハッカーや金銭動機から政治的な動機に至る「犯罪」とみなされている世界だ。社会が容認しえない動機や情動にコンピューターコミュニケーションの社会基盤は手段を与えているとみなしてしまえば、手段を遮断することで動機の実現を阻止すればいい、という安直な対症療法に陥るが、ほとんどの政治的な対処はこの範囲を超えることはない。他方で、動機を問題にするときには、必ずといっていいほど、社会から逸脱した動機を社会が「正しい」とみなす情動へと矯正(強制)することに向かうことになる。しかし、いま起きているのは上記のようなモデルではない。極右がメインストリーム化し、保守と革新が議会政治では本質的な差異がない存在へと収斂しつつある現在、極右の陰謀と政府のプロパガンダは「正史」の位置を獲得し、政治的社会的マイノリティの言論空間は構造的暴力に晒される。社会から逸脱した動機がある特定の傾向に正統性を与え社会基盤へのアクセスを保障するという事態が世界規模で起きている。こうして、左翼の言説だけが周縁化され、ときには「犯罪化」される。いま起きているのは、私からみて陰謀やフェイクであるとみなしうる事柄が、政府のプロパガンダとともに、その正統性を主張するときに、常に、神話を含む過去の物語が参照される、という事態だ。過去を参照し、過去を再定義するなかで、未来への可能性を見いだそうとする伝統主義だ。
 しかし、左翼はこうした状況に十分に対処できないように見える。過去は未来を創造するための否定的な教訓の書庫であって決してそこに立ち返るべき場所ではない。未来は、ある意味でいえばいまだにありえない世界の一(はじめ)からの創造であり、とりわけ、その条件は、現にある資本と国家が構想できるようなものとは本質的に異なる、つまり彼らには到底理解することができない世界を創出することでなければならない。この任務をいま現在の世界と過去の記憶と記録からなる総括という限られた駒を使って進まなければならない。
 このときにやっかいなのは、資本主義が過去に梃子の支点を置きながらも、未来という時間を先回りして常に彼らの世界のなかに囲い込むことに長けているという点だ。後述するように市場経済と資本の投資行動の基本がこの将来=未来への投企であり、コンピューターもまた予測の技術として開発されてきたという経緯のなかに、未来は過去の軛にとらわれ、私たちが描くべき夢を次々と市場の商品や国家の愛国心が奪いとってしまうメカニズムが存在している。このメカニズムそのものを解体する闘いを組むことが必須である。運動が資本と国家にとっては不可能な夢を見る必要があるのだ。本連載はそのための模索である。
 こうした見通しをもって、本連載が意図していることは以下の点にある。
 第一に、資本主義批判の核心となってきたマルクスの資本主義批判、とりわけ搾取をめぐる理論の拡張である。剰余価値論として商品価値論から導出された搾取の理論に対して、本連載は、マルクスが十分な検討を加えないままにした商品の使用価値を正面に据える。商品の使用価値は、その消費を通じて人々の生活を再構成して人口の日常的再生産と世代の再生産の具体的なありようを規定する。ここで問題になるのは、労働の量ではなく、市場での使用価値の調達から消費に至る過程のなかで商品の使用価値をめぐって形成される「意味」が人々の意識に作用するあり方だ。この過程は、資本主義における意味の剥奪を通じた身体性の搾取であり、これを通じて資本主義において人々は〈労働力〉となる。マルクスの搾取の理論に加えて、より包括的な搾取の構造がここにはある。こうした意味での使用価値を論じるには、狭義の意味での市場だけでなく市場を取り巻く情報環境、コミュニケーションのあり方を視野に入れなければならないが、現代資本主義はこの分野をコミュニケーションの労働化によって資本に包摂するようになる。これまでパラマーケット論として述べてきた議論のアップデートを試みることになる。
 第二に、資本主義の人間嫌いが機械化をもたらしてきた過去の経緯のなかで、人間をデータ化し管理する方向で開発されてきたテクノロジー進歩はいったいどのような思想によって支えられてきたのか。この問題を、行動主義からコンピューター科学へと至る人間を操作可能な対象とみなす道具主義的合理主義を中心に、監視社会を支えるイデオロギーとして批判を試みる。
 第三に、資本主義の基本的な構造を土台—上部構造として描いたマルクスの議論が、その後の資本主義によって脱構築される経緯こそが20世紀資本主義の生き残り戦略の基本にあることから、土台と上部構造が一体化する傾向をもっていることを指摘する。イデオロギーはもはや上部構造ではなく、これ自体が経済的土台が担う領域になる。そして法もまたコンピューターのアルゴリズムやプログラムに取って代られることによって、資本のテクノロジーが優位を占める。
 第四に、こうした傾向を支えているコンピューターコミュニケーションはこれまでのコミュニケーション分析では考慮されてこなかった機械化されフィードバックのメカニズムを内包させた非知覚過程に着目し、プライバシー空間の解体と人々の意識そのものの直接的な包摂を企図するものとしてビッグデータからAIに至るテクノロジーの問題を指摘する。ここでは、資本主義的な人間が機械に対して抱くフェティシズムがAIに対する同一化をもたらす点も指摘する。
 第五に、意識の資本と国家による実質的包摂の可能性に対して、私たちは、パラマーケットと非知覚過程を通じて、私たちの主体をも巻き込んで展開される意味世界がもたらす身体性搾取からの解放のためにとりうるとりあえずの方途について、いくつかの具体的な考え方を示す。人間の意識や行動を道具主義的に把握し操作可能な存在とみなす見方への有力な批判は、コンピューターを支えるプログラム思考そのものの本質に本質的な変更がなされないまま普遍化していることを考えたとき、この道具主義への有力な対抗でありつづけたフロイトの無意識の系譜をいまこの時代に再度検証すること意味のあることだ。とくに、ヴィルヘルム・ライヒからドゥルーズ=ガタリの前インターネット時代に存在した無意識をめぐる対抗政治が、なぜか監視社会化のなかでは影響力が削がれているのだが、いま一度この無意識の復権を考えてみる。


(1)日本の公式統計では、仕事をしたいがここ1カ月仕事が見つからないと諦めてしまえば失業統計に反映されない。実態としては失業者であるのに隠されてしまう潜在的な失業人口を日本の統計では「潜在労働力」と言い換えて失業のカテゴリーから排除する。
(2)たとえば、ジョルジュ・ルカーチ『理性の破壊』は、その早い時期に影響力をもった例だろう。
(3)人類学の知見は、この点で非常に有益な解毒剤になる。たとえば、モーリス・ゴドリエ『経済における合理性と非合理性』(今村仁司訳、国文社)、マーシャル・サーリンズ『石器時代の経済学』(山内昶訳、法政大学出版局)などを参照。
(4)Eduardo Bonilla-Silva、Racism without Racists : Color-Blind Racism and the Persistence of Racial Inequality in America、Rowman & Littlefield 参照。
(5)20世紀の社会主義を標榜する諸国は、いずれも半ば強制的な文化革命やイデオロギーの強制を通じた意識改変を試みて失敗した。教科書的なマルクス主義の教義に従えば、存在が意識を規定するとすれば、社会主義の建設=経済的土台によって上部構造としての意識はおのずとこれに規定されて変容を遂げるはずだから、トップダウンの意識変容の強制政策は不要なはずだ。ところが、そうならないとすれば、そもそもの教科書が間違っていたか、現実の経済的土台が社会主義の名にそぐうものではなかったのか、そのどちらかである。本連載では、この問題に直接アプローチしないが、資本主義がどのようにして人々の意識を資本主義的な意識として再生産するのか、という問題を、市場が供給する商品の使用価値の問題として考えてみる。これはマルスクが『資本論』でやり残した問題でもある。
(6)コンピューター開発の歴史は、20世紀の歴史がいわゆる社会主義と資本主義という二つの体制が共存した70年間の時代を間に挟んでいること、そしてコンピューター開発にソ連を中心とする社会主義圏の科学技術の動向も関わりがあること、このことを前提にすると、コンピューターを支配的なテクノロジーとして選択した体制を資本主義に限定すること自体が果たした正しい認識なのかどうか、という問いに私なりの答えを出しておかなければならないことになる。
 さらに、この問いに加えてやっかいなこととして、ソ連をはじめとする20世紀の社会主義、そして冷戦崩壊後も社会主義として資本主義諸国から敵対視される諸国(中国、キューバ、北朝鮮など)も含めて、これら諸国は資本主義とは本質的に異なるとともに、社会主義と彼ら自身が自称することをそのまま受け入れて社会主義として区別すべきなのかどうか、というもうひとつの問いである。このように問うということは、20世紀の冷戦の一方の当事者を社会主義とみなすことの是非という問題がここには含意されている。社会主義と呼ばれる体制が成立した当時から議論されてきた、社会主義を自称する諸国は社会主義の名に値するのかどうか、という問題は、簡単に解決できない半面、この問題に一定程度の答えを与えないかぎり、20世紀の資本主義にも自称社会主義にも共通するテクノロジーの問題への答えがうまく出せない。
 もし、自称社会主義諸国を文字どおりの社会主義あるいはその萌芽、過渡的形態とみなすにせよ、いずれにしても資本主義とは本質的に異なる統治機構と経済システムをもつ社会であるとすると、そうであってもなお資本主義と共通するテクノロジーの基盤をもっていたとすれば、テクノロジーへの問いを、資本主義とテクノロジーという枠組みで論じることが妥当かどうかが問われることになる。この問題はコンピューター以前の工業化のテクノロジーにも共通する問題だ。

 

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第38回 上田久美子退団の衝撃

薮下哲司(映画・演劇評論家)

『宝塚イズム45』(7月発行)の編集会議のさなか、衝撃のニュースが飛び込みました。
 昨年、宝塚大劇場での初日を観て「宝塚史上に残る名作の誕生」と絶賛、「ミュージカル」誌(ミュージカル出版社)のベストテンでも5位にランクインした月組公演『桜嵐記(おうらんき)』(2021年)の演出家・上田久美子さんが3月末付で宝塚歌劇団を退団したというのです。
『桜嵐記』が好評を得ながら8月15日の東京公演千秋楽以降、上田さんの動向が歌劇団からぷっつりと消え、これだけの人気作家であるにもかかわらず次回作の発表もなく、秋ごろから退団の噂はなんとなく聞こえていました。しかし、雑誌「歌劇」2022年1月号(宝塚クリエイティブアーツ)の年頭のあいさつに簡単なコメントが掲載されたこともあっていったん噂は立ち消えていました。ところが、2022年のスケジュールが次々と発表されるなか、一向に上田さんの名前がなく、4月に入ってSNS上で退団の噂が一気に浮上。歌劇団もマスコミの問い合わせに対して3月末で退団したことを正式に認めたのです。
 退団の裏には複雑な事情があり、関係者の話を総合すると、昨年のかなり早い段階で本人から退団届が出され、歌劇団が慰留に努めたのですが意志は固く、年度末の3月末で受理という形になったと推測されます。
 宝塚に在籍したままでも外部の仕事はできるわけで、何も退団しなくてもと思うのですが、「無になってやり直したい」というのが本人の信念だそう。退団が明らかになったと同時に、外部の仕事が矢継ぎ早に発表され、宝塚での新作を期待していた者としては残念至極ですが、文化庁の海外研修でフランスに1年間の演劇留学をすることも決まっているとかで、日本演劇界の星として今後の活躍を大いに期待したいと思います。
 上田さんの退団を惜しむ原稿は『宝塚イズム45』でも単発で書きますが、ここで少し上田さんのプロフィルを紹介しておきましょう。上田さんは2004年京都大学文学部フランス文学専修卒。2年間の会社員生活を送ったのち、06年に宝塚歌劇団に演出助手として入団。13年に珠城りょう主演の月組バウホール公演『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』で演出家デビューを果たしました。
 2作目の朝夏まなと主演『翼ある人びと――ブラームスとクララ・シューマン』(宙組、2014年)で早くも鶴屋南北戯曲賞にノミネートされ、翌2015年、早霧せいな、咲妃みゆ主演の雪組公演『星逢一夜(ほしあいひとよ)』で大劇場デビューを果たしました。その後明日海りお主演の花組公演『金色(こんじき)の砂漠』(2016年)から最後の作品となった月組公演『桜嵐記』まで再演を含めて全10作品を担当、そのうち4作品がトップスターのサヨナラ公演という、若手作家としては異例のエース的活躍でした。
 その作品世界は、人の絆のもろさ、はかなさといった、人が生きるうえでの痛みを巧みなストーリーテリングに取り入れ、観る者の心にぐさりと直撃。退団することが宿命づけられている宝塚のスターたちの一瞬の輝きとリンクさせて、これまでの宝塚になかった重層的な物語を生み出しました。
『月雲の皇子』を舞台稽古で初めて見たときの衝撃はいまも忘れません。『日本書紀』と『古事記』で衣通姫についての記述にいくつかの矛盾があり、そこから物語を自由に紡いでいこうという冒頭のナレーションから上田さんが書いた物語世界にぐいぐいと引き込まれ、兄弟が同じ姫を愛するという宝塚の王道ストーリーと大和朝廷以前の古代ロマンのミステリーに魅了されたのでした。
 それまで優等生的な男役としてしか映っていなかった珠城が生き生きと舞台に息づいていたのにも目を見張りました。バウホール公演だけだったこの公演をぜひ東京公演でもと劇団に進言し、理事長が動いて、たまたま空いていた天王洲銀河劇場での公演が急遽決まったのでした。その後、朝夏まなと主演の宙組公演『翼ある人びと』もすばらしい出来栄えで、『宝塚イズム』で急遽小特集を組んだ覚えがあります。
 いま思えば最後の公演となった『桜嵐記』を書くときにはすでに退団の意志を固めていたのか、楠木正行の台詞の一つひとつに思いの丈の発露が見られるような気がしてなりません。観ているときは珠城の退団に合わせた台詞かと思っていたのですが、まさか自分のこととは。それにしてもこの『桜嵐記』はどこにも無駄がない見事な作品でした。戦前、軍国主義のプロパガンダに使われたことで戦後は舞台化を敬遠された主人公を逆手に取ったところもあっぱれ至極。上田さんが退団したことで、上田さんの作品の再演の道が閉ざされてしまうのではないかと、それが心配です。
 さて『宝塚イズム45』は目下、締め切りを前に執筆陣に原稿をお願いしているところです。ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻が激しさを増すなか、新型コロナウイルス禍も丸2年を過ぎても収束のめどがつかず、先行きの暗いご時世です。『桜嵐記』の楠木正行の台詞ではありませんが、「大きな流れに命を捧げ」これからも進んでいきたいと思います。『宝塚イズム』への応援もよろしくお願いいたします。

 

Copyright Tetsuji Yabushita
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船旅文化を築いた名もなき人々――『船旅の文化誌』を出版して

富田昭次

 本書で書き残したことがある。『愚か者の船』について、『絶望の航海』と『さすらいの航海』について、日本人によるユダヤ人救出について、そして阿波丸沈没の謎について。
 過酷な話ばかりである。だから、本書では取り上げにくかった。しかし、避けて通れないと思い直し、これを機会に少しだけ触れてみたい。
 アメリカ生まれのキャサリン・A・ポーターは1931年、メキシコからドイツへ航海の旅に出た。その船旅で、彼女は見聞きしたことをノートに書き留めた。それが『愚か者の船』(注1)というベストセラー小説に昇華し、同名で映画化もされた。「高級なドラマもあれば、低級な茶番もあり」(訳者の「あとがき」)という物語である。同書にこんな場面がある。教会の備品を販売するユダヤ人が「ユダヤ人の娘を侮辱することは、ユダヤ人全部を侮辱することですぞ」と言うと、多くのドイツ人乗客の一人が怒声を上げるのだ、「その汚らわしい口を閉じろ」と。ユダヤ人排斥思想の醜さについて描いていた。
 実話の『絶望の航海――ナチ・ドイツを逃れて』(注2)と、それを映画化した『さすらいの航海』(注3)もユダヤ人が主題だ。1939年、ナチス・ドイツは亡命希望者のユダヤ人937人をセントルイス号に乗せてキューバに向かわせる。「ナチが一番関心を持ったのは、船とその乗客がドイツを出発したあとで、これをどのように利用するかであった」(同書)
 キューバは、ナチスの策略もあってセントルイス号を受け入れることはなかった。ナチスから逃れる手立てはもうないのだろうか……。映画を見た同書の翻訳者・木下秀夫は「救いのない残酷物語」と題した一文を「キネマ旬報」に寄稿している(注4)。
「映画を見たときも、何回かハンカチを取りださなければならなかった」「船員と乗客の美しい娘が心中するが、あれは原著にはなかった。しかし一番感激的な場面の一つであった」
 第2次世界大戦下のユダヤ人救出に関して、日本人は杉原千畝の名を第一に挙げるだろうが、いつだったか、筆者はJTBの店舗でふと手に取った小冊子(注5)で、一つの秘話を知った。以下は、その小冊子に掲載してあったジャパン・ツーリスト・ビューロー(当時)の職員・大迫辰雄の詳細な手記(注6)によるものである。
 当時、日本はドイツと同盟の関係にあったが、同ビューローは人道的見地から、日本経由でアメリカに逃れる彼らを無事に送り届けようと尽力した。輸送するばかりか、アメリカ・ユダヤ人協会から送られてきた金銭を、本人確認をおこないながら手渡す業務も担った。
 その任務のなかで、まだ入社2年目だった大迫は、1940年(昭和15年)から翌年にかけて支給された船員服に身を包み、ウラジオストクから敦賀までユダヤ人を古びた天草丸で送り届けたのである。
 大迫は荒れる日本海を二十数回往復した。最初の往路で早速ひどい船酔いに苦しめられたが、復路では三等船室で雑魚寝する400人ほどのユダヤ人の世話に追われ、船酔いする暇もないほどだった。大きく揺れたときは沈没するのではないかと恐れたものの、航海を繰り返すうちに、案外沈まないものだと安心するようになり、また船酔いすることもなくなったという。
 過酷な事例をもう一つ挙げなくてはならない。
 ある古書市で、筆者は偶然見かけた有馬頼義の『生存者の沈黙』(注7)に手を伸ばした。『四万人の目撃者』などの推理小説で有馬の名が記憶に残っていたからだ。だが、これは単なる推理小説ではなかった。1945年(昭和20年)春に起きた阿波丸沈没の謎に迫った小説だった。
 太平洋戦争末期、阿波丸は連合国側から安全を保障されて航海を続けていたところ、アメリカ軍の潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没した。ただ1人の生存者を残して、2,000人を超える乗客が命を失った。赤十字の物資を輸送する任務を負っていた阿波丸がなぜ攻撃を受けたのか、その謎が残った。のちに、阿波丸には金銀財宝や戦時禁制品が積まれていたという噂が立った。乗客数が正確に把握されていなかったという謎も浮上した。
 有馬は15年もの長い歳月をかけてこの作品を書き上げた。その理由は、それらの謎に対する好奇心ばかりではなかったという。仲が良かった従兄の外交官が阿波丸の乗客の一人だったのだ。「あとがき」でこう書いている。「一小説家に過ぎない僕が知ることは、ずい分困難であった。しかし僕は、執念深く調査を続けた」
 暗く、つらい話はこれでやめよう。本来、船はロマンチックな乗り物である。読者のみなさんには、かつての人々が船旅で豊かな文化を築いてきたことを本書で知っていただけたらと願っている。


(1)キャサリン・A・ポーター『愚か者の船』小林田鶴子訳、あぽろん社、1991年
(2)ゴードン・トマス&マクス・モーガン‐ウィッツ『絶望の航海――ナチ・ドイツを逃れて』木下秀夫訳、早川書房、1975年
(3)『さすらいの航海』スチュアート・ローゼンバーグ監督、1976年
(4)木下秀夫「救いのない残酷物語」「キネマ旬報」1977年9月15日号、キネマ旬報社
(5)『“命のビザ”を繋いだもうひとつの物語』JTB(発行年不明)
(6)大迫辰雄「ユダヤ人海上輸送の回想録」(1995年1月25日記)、同冊子
(7)有馬頼義『生存者の沈黙』文藝春秋、1966年

 

第37回 コロナ禍からの脱却はいつ?

薮下哲司(映画・演劇評論家)

 宝塚歌劇の最新の状況と未来を展望する『宝塚イズム44』が1月17日に発売されるとほぼ同時に、オミクロン株が猛威を振るい始め、宝塚歌劇は東京の各劇場で初日の延期、公演中止が相次ぎまたまた大変な事態に陥っています。
 ことの起こりは1月10日開幕のはずだった東京国際フォーラムでの雪組公演『ODYSSEY――The Age of Discovery』(作・演出:野口幸作)が初日直前になって公演中止。当初は初日の延期と発表されたのですが、その後全公演中止が決定。東京宝塚劇場の花組公演『元禄バロックロック』(作・演出:谷貴矢)、『The Fascination!』(作・演出:中村一徳)も8日から29日まで公演中止になりました。
 本拠地の宝塚大劇場は当初は感染者が出ず、通常公演が続いていましたが1月下旬から雲行きが怪しくなり、2月1日からの宝塚バウホールの星組公演『ザ・ジェントル・ライアー――英国的、紳士と淑女のゲーム』(脚本・演出:田渕大輔)が全公演中止、名古屋御園座の星組公演『王家に捧ぐ歌』(脚本・演出:木村信司)が初日の延期、宝塚大劇場の宙組公演『NEVER SAY GOODBYE』(作・演出:小池修一郎)も初日が延期されるなど、中止、延期が続いています。宝塚音楽学校にも感染が広がり恒例の本科生による文化祭の開催が危ぶまれている状態です。
 感染防止には万全の態勢を取って慎重に公演を続けてきたにもかかわらず、感染力の強さにはかなわなかったということでしょうか。いずれにしても、なんとかこの事態を早く収拾して通常の公演形態に戻ってもらいたいものです。
 さて『宝塚イズム44』の特集テーマは「2022年各組新体制への期待」でした。花、月、雪、星、宙の5組とも何らかの形でスターの陣容が変化し、新たな布陣で臨む2022年を占うというのが骨子でした。
 しかし、原稿締め切り時点と発売時のタイムラグはいかんともしがたく、1月11日に月組の三番手スター、暁千星が星組に組替えになることが発表され、月組と星組の今後が大きく変化してしまうことになりました。
 月組は月城かなと・海乃美月の新トップコンビに二番手が鳳月杏という形が決まっていますが、三番手だった暁が抜けることによって風間柚乃がその位置に取って代わることになるのはほぼ明確となりました。一方、星組は二番手だった愛月ひかる退団後、礼真琴・舞空瞳のトップコンビに続く二番手スターが不在のまま年を越し、順当ならば瀬央ゆりあの二番手昇格かと思われていた矢先の暁の組替えということになりました。
 暁と瀬央は、入団年でいうと暁が98期生、瀬央は95期ですから暁のほうが下級生です。しかし、暁は月組最後の公演として梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ公演『ブエノスアイレスの風』(作・演出:正塚晴彦)が決まっていて、瀬央が主演するはずだったバウホール公演とはランクが違うのです。当分はダブル二番手のような感じで推移するのではないかと思われますが、暁を二番手にという劇団の思惑がうかがえる人事です。
 暁の組替えは『ブエノスアイレスの風』公演後の5月27日付。その時期、星組は宝塚大劇場公演中。次の東京公演には間に合わないという非常に中途半端な時期になり、暁が星組に合流できるのは、2023年最初の大劇場公演の前の外箱公演からということになりそうです。いずれにしても、4月から始まる星組公演『めぐり会いは再び next generation――真夜中の依頼人』(作・演出:小柳奈穂子)、『Gran Cantante!!』(作・演出:藤井大介)で瀬央が二番手として羽を背負うかどうか気になるところです。
 一方、2月に入って雪組の将来を担う位置にいた綾凰華が6月で退団というニュースが飛び込んできました。雪組は彩風咲奈・朝月希和が新トップコンビに就任したばかりで二番手は朝美絢ですが、三番手が流動的。ここへきて宙組から和希そらが組替えしたことにより、和希が三番手的な立場になりそうです。綾が劇団に退団の意思を伝えたことによって和希の組替えが実現したという見方もありますが、星組から組替えで雪組に配属、期待のスターだっただけに、ここへきての退団は残念というほかありません。
 ただ、退団後のスターの受け皿として設立されたタカラヅカ・ライブ・ネクストの活動がここへきて活発になり始め、元花組の瀬戸かずやの退団後初ディナーショーに続いてコンサートも主催、自主開催では到底望めない豪華なゲスト陣でバックアップするなど、梅田芸術劇場とともに系列ならではのパワーをいかんなく発揮しています。
 OGの活躍といえば元花組の明日海りおと元雪組の望海風斗、人気・実力とも近年抜きんでたトップスター2人が女性役で競演する『ガイズ&ドールズ』が6、7月に東宝の手によって上演されることが発表されています。2人の競演はファンにとっては朗報ではあり、それはそれで楽しみな公演ではあるのですが、同時にこれがなぜ男役だった宝塚時代になかったのかという思いが募りました。退団後に2人が女性役で共演しても、男役時代のファンにとっては何の意味もないのではないでしょうか。最近は『ベルサイユのばら』の役替わり公演くらいしか組を超えての共演がなくなりましたが、かつては合同公演のようなもっとフレキシブルな公演形態があり、組を超えた豪華顔合わせが話題を呼んでいました。退団後に夢の顔合わせが実現する前に在団中にそんなファンサービスがあってもいいのでは――。『ガイズ&ドールズ』公演の発表を聞いて、そんな思いに駆られたのでした。
 取り留めもなく書いているうちに、そろそろ紙数も尽きたようです。『宝塚イズム45』は7月1日の発行の予定ですが、それまでには現在の状況がドラスティックに変化していることを祈ってやみません。

 

Copyright Tetsuji Yabushita
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