第25回 ミュンシュのライヴ

 この年末にパリ管弦楽団発足ライヴ録音(1967年11月14日)がアルトゥスから発売される(ALT182)。指揮はシャルル・ミュンシュ。当日のプログラムはドビュッシーの『海』、ストラヴィンスキーの『レクイエム・カンティクルス』、ベルリオーズの『幻想交響曲』だったが、このディスクにはストラヴィンスキー以外の2曲が収録されている。
  この演奏について宣伝文を書いてくれと依頼されて、私は以下のように書いた。「これは人間の演奏ではない。神と悪魔が手を組んだ饗宴である。大爆発、驚天動地、未曾有、空前絶後、千載一遇――こうした言葉をいくつ並べてもこの演奏の凄さを言い表すのに十分ではない。トリカブトの百万倍の猛毒を持った極めて危険なライヴ録音」
  私は、このなかから適当に選んでくださいと言ったつもりだったが、レコード会社はそのまま全部使用したようだ。これを読んだある人が、「ものすごいキャッチを書かれていましたねえ」と言っていたが、これは決して大げさではない。さらに言えば、これは過去10年20年に発掘されたライヴのなかでも突出して輝いているのだ。
  私はミュンシュという指揮者にそれほど強い思い入れはない。パリ管弦楽団発足を記念してEMIに録音されたベルリオーズの『幻想交響曲』、ブラームスの『交響曲第1番』も高く評価されるべき演奏だとは思うが、決して自分にとっての最高峰ではない。しかし、今回のライヴを聴き、このミュンシュという指揮者について、もう一度きちんと聴き直したいと思わせられた。とにかく、各パートが生き物のように動き、オーケストラ全体からは信じがたいエネルギーが放射されている。単に燃えているという言葉では言い尽くせず、取り憑かれていると言ってもまだ不十分だ。特にベルリオーズを聴いて思ったのだが、この約1カ月前のEMI録音と、その細部の表情がかなり違っていることである。つまり、この1カ月の間に、ミュンシュはまだ試行錯誤していたのだ。もうひとつは、これだけ荒れ狂っているのに、それほどオーケストラが乱れていないことだ。シェルヘンやアーベントロートのライヴのなかには、オーケストラが崩壊したかのような場面が含まれているものもあるが、それらと比べると、このミュンシュ盤の演奏は本当に個々の団員が棒に食らいついているのがわかる。
  この日は、フランス国内はもとよりヨーロッパ各地から各界の重鎮が列席していたことだろう。そのため、指揮者も楽団員もやる気満々だったことは想像に難くないが、それでも、これだけ空恐ろしい演奏が繰り広げられたというのは奇跡とも言うべきものだ。

 話題はがらりと変わる。けさの新聞を見たら、「ビートルズのモノーラル・ボックス、在庫僅少、お早めに」なんて広告が出ていた。そこには「モノーラルで聴いてこそ本当のビートルズの音がわかる」といったキャッチコピーがあった。これを見て、即座に自分が先日発売した『クナッパーツブッシュ/ウィーンの休日』(GS-2040)を思い出した。すでに買っていただいた方はおわかりだろうが、このCDにはモノーラル録音をあえてボーナス・トラックに加えている。ビートルズの広告にあるように、「モノーラルでなければ本当の良さがわからない」とまでは言わないが、このビートルズの広告が私の仕事をも評価してくれているような気がして、ちょっとうれしかった。あ、宣伝で申し訳ない、このGS-2040も在庫僅少です。

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