加藤博之
本書『音楽療法士になろう!』は、私たち二人(加藤博之、藤江美香)が長年にわたっておこなってきた音楽療法の実践をもとに、理論と実際をわかりやすくまとめたものである。
読者は音楽療法と聞いて、きっと何かすてきな響きを感じるかもしれない。音楽という言葉には、美的な感覚や人を安らげるところがある。あるいは、音楽療法という言葉自体にあまりなじみのない人もいるかもしれない。一般的には、音楽療法士はまだメジャーな呼び名とはいえないのだろう。長年音楽療法をおこなっている私たちでさえ、いろいろな人から「音楽療法? それは癒しでしょう」「ヒーリングのこと?」「モーツァルトの曲が効くんだよね」などと言われる。最近になって少しずつ理解者が増えてきているものの、まだまだこういった意見を多く聞く。それは、当たっている部分もあるが、音楽療法の一面を指摘しているにすぎず、結局受け身のニュアンスが強いのである。そこには、最も大切なセラピストとクライアント(対象者)相互の「やりとり(コミュニケーション)」がないのである。じつはこの「やりとり」にこそ、音楽療法の大切な有効性が隠されている。療法士とは言い換えればセラピストのことであり、それはまさに人とかかわる仕事なのである。そして、音楽を使って人とかかわるのが音楽療法士である。
本書では、難しい理屈を並べ立てるという構成にはなっていない。人とかかわる仕事で最も大切なことは、こちらが相手に何かをしてあげるのではなく、ともに過ごすなかで互いに影響を受け合い、一緒に学び合うということなのである。謙虚な姿勢をもってはじめて対象者に向き合うことができる。セッション(音楽療法の活動)を通じて、セラピスト自身が得ることが非常に多い。とにかく、人間性が磨かれないとできない仕事なのである。だからこそ、療法士は魅力的な職業だといえるだろう。
本書では、全編を通して「音楽療法士とは何か」を問い続けている。そして結局、最後まで明確な答えは出せないでいる。でもそれは当たり前のことなのかもしれない。なぜなら、音楽療法自体、日本ではこれからの領域であり、現在さまざまな理論や方法論が提案されているものの、「どれが最も有効か」ということは多くのセラピストが日々の実践を重ねるなかで検証されるべきことだからである。私たちも民間の立場で、これまで多くの対象者(主に障害のある子ども)とかかわってきた。そこで子どもたちからさまざまなことを学び、徐々に自分たちのスタイルを確立するようになった。本書で紹介している理論や方法論は決して私たちの最終到達地点ではないが、いまの時点でおこなっていることは今後もぶれないだろうと確信している。つまり、多くの年月を経てきて、やるべきことがやっと見えてきたのである。
社会には音楽療法の本があふれている。どれも密度の濃い内容だが、概論的だったり、複数の著者がいろいろな方法論を紹介していたりするため、全編を読み通したときにセラピストの具体的な姿が浮かび上がってこない。私たちは、読者が読後に「なるほど、こういうセラピストがいるんだ」「このような経過を経てセラピストとして仕事をしているんだ」と感じるように、セラピストの生の姿、言い換えれば人間的な部分を特に強調したかったのである。セラピストは、限りなく人間的な仕事なのだから。それがどこまで達成できたかは読者の判断にゆだねることにするが、少なくとも自分たちの経験と学んだことは惜しみなく書きつづったつもりである。正直、ここまで書いていいのかと著者が躊躇するほど書いてしまった感もある。でも、一人でも多くの人に、自分たちが「生きる」ことと「セラピストが成長する」ことをダブらせながら、音楽療法士を目指していただければと思う。もちろん、「音楽療法士」が音楽表現を日々磨いていくことはいうまでもない。ただし、それは高い技術を一方的に相手に聴かせるのではなく、相手とその場を共有できる音楽空間を創造するために、さまざまな技能を鍛錬するのである。
最後に、著者の加藤は音楽を独学で学んだ。一方、藤江は音楽大学出身である。この対照的な二人が組んでおこなう音楽療法はどのようなものか、という観点からも、本作を読んでいただけると興味が倍増するのではないかと考える。互いに影響を受け合って、いまがあるのだから。