執筆を終えたいま、振り返ると、あの夏の日のことが思い出される。――『光のプロジェクト――写真、モダニズムを超えて』を書いて

深川雅文

  1985年8月のある日、僕は、ハンブルクのギャラリーに付設された書店に並んだ本を見ていた。写真についての本を探していたところ、一冊の小ぶりの薄手の本に目が留まった。目立たない灰色の表紙には「Fuer eine Philosophie der Fotografie」と黒い文字でタイトルが印刷されている。Vilem Flusserという著者のことは全く知らなかった。ドイツ語で書かれた本を立ち読み始めて間もなく、写真の文化史的な革命性を鮮明に抉り出す考察であるとの直観が脳裡を走った。出版元のミュラー・ポーレ氏にすぐに電話をし、ゲッティンゲンの街を訪れて話し合い、なんの見通しもないのに日本語に翻訳したいとの希望を伝えた。若気の至りとはこのことだろう。出版のあてはなかったが、帰国後早々に翻訳に着手した。数年間の放浪生活の後、1988年、幸い美術館に学芸員として就職することになったものの翻訳の出版の可能性は見えなかった。その10年後、事態は一変し、同書の理解者を得て、勁草書房から『写真の哲学のために――テクノロジーとヴィジュアルカルチャー』として1999年に出版していただくことになった。『写真の哲学のために』の訳者あとがきは、本書の位置づけを説明してくれるのでその一節を引用しよう。

「『写真の哲学のために』は、「写真」をテーマにしているが、現代の文化状況に対するアクチュアルな哲学的批判がベースになっており、その意味では、たとえば、ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」あるいは「写真小史」といった著作の系譜に連なるものである。したがって、室井尚氏が本書の「解説」で述べられておられるように、この書は”書店の「メディア論」や「写真」のコーナーにさびしく置かれるタイプの本ではない”だろう。(略)ここでは、そのテーマとなっている「写真」に立ち返り、写真論あるいは写真史という観点から、若干のコメントを加えておきたい。というのは、フルッサーの理論は、写真を考えるための新たな文化的視座と概念の枠組みを提示しており、それを写真に関する現実の現象や作品あるいは歴史的な事象において検証することは、写真に関する理解と歴史的な認識の深化を促すのみならず、写真という領域に限定されない、脱領域的な写真論の可能性も秘められているように思われるからである」(184ページ)

  本書で筆者が進めてきた考察は、上記の引用の最後の文章に書いた「検証」の作業の実践に深く関わっていた。こうした検証は、さまざまなかたちでなされることによって、その理論の妥当性と批判が進められると思う。筆者の考察はそのアプローチのひとつであり、さらにさまざまな歴史的・美術的事象からの検証が可能であるはずである。そういう意志をもつ読者は、ぜひ、さらなる検証にトライしていただきたい。そのために、本書でフルッサーの著作に関心をもたれた人には、『写真の哲学のために』だけでなく、村上淳一氏の名訳で出されているフルッサーの『テクノコードの誕生』『サブジェクトからプロジェクトへ』(いずれも東京大学出版会)の読書をお薦めしたいと思う。

  検証のためには、理論的考察にとどまらず実際の作品のイメージに照らし合わせることも重要である。考察の現場は写真が流通する日常の生活の場であるとともに写真に関する歴史的事象にあるからである。本書は、写真についての本でありながら、所収する写真は十指にも満たない。その代わりに、本文のなかに図版注を多数挙げて、実際の作品イメージとの参照可能なかたちをとることができた。これは、ひとえに、美術出版社の『カラー版 世界写真史』をはじめ同社のカラー版美術書など日本語の美術出版が充実してきているという事情によって可能になった。こうした図版に照らし合わせながら本書を読み進めていただければ、本書がたんなる理論の書ではなく、実践的な書であることを感じていただけるのではないかと思う。

  よほど力量のある執筆者の場合はさておき、本の出版は、自らの意志でコントロールできるものではないのではないか。この本も例外ではないだろう。出版をめぐるさまざまな条件・環境の変化が、この本の出版を遅らせた面もあり、また時間の経過によって逆に促進させ、時宜を得させた面もある。冒頭に記した夏のある日がこの夏の出版に繋がるとは筆者自身想像できなかった。そして、注として挙げるべき図版の環境の充実ももちろん予想できなかった。一冊の本が、さまざまな人々の思索と出版への努力とに結びついていることを強く感じ、本書がその無限のネットワークの末端に連なることに感謝したい。そして、願わくば、この本がさらなる人々のリンクを導きますように。