第2回 なろう作家のひとりごと

山口直彦

「活字離れ」「出版不況」が叫ばれて久しい書籍業界だが、いま「なろう系」と呼ばれるジャンルが活況を呈している。
 縛りが少なく、斬新なアイデアを盛り込めることが大きなメリットだったが、作品が増えるにつれて新たな問題点も見えつつある。
 本稿は、とある「なろう系」作家が投稿した、一風変わった短篇作品を取り上げ、「なろう系」が露呈している問題点を議論する。

はじめに――小説書き(アマチュア)が作家になる話

 Webサイト「小説家になろう(1)」(以下、「小なろ」と略記)は株式会社ヒナプロジェクトが運営する小説投稿サイトである。作品投稿・閲覧は誰でも無料でおこなうことができ、ジャンルもほぼ問わない(2)。投稿者・読者の双方に使い勝手がよかったことから人気に火がつき、投稿作品数は約79万作品(3)。SimilarWebが分析・公開している日本の上位Webサイトランキングによれば、「小なろ」のアクセス数は第15位(4)。登録ユーザ数は約176万人(5)、ユニークユーザーが約1,400万人、月間約20億PV(6)(7)にもなり、小説投稿専門のサイトとしては名実ともに日本最大のWebサイトと言える。
 もともとは純粋にアマチュアの創作活動拠点として機能していたが、「小なろ」に投稿された作品が出版社に見いだされて商業出版されるようになり、なかでも「なろう系」と俗称される人気作品群が出現し、ある種のジャンルとして確立するようになった(8)。そのため現在では作家デビューしたい人の登竜門としての機能も実質的に果たすようになっている。

投稿したら流れていった件

「小なろ」には毎日膨大な量の作品が投稿される。一例として2019年12月25日に新規投稿された短篇小説を検索して作品数と文字数を集計してみると、136作品39万2,855文字という結果になった(9)。これは文庫本換算で約4冊分に相当し、毎分500字のペースで読み続けても読み終えるまで13時間かかる。短篇だけではなく、連載小説も含めればさらに膨大な量の作品が「小なろ」に投稿されていて、到底すべてを読み終えられる量ではない。作品を投稿すれば、その瞬間《だけ》は、トップページの新着作品欄に載るが、次から次へと作品が投稿されるため、すぐに新着作品欄からは見えなくなってしまう。
 この状況では、単純に作品がうまいとか面白いだけで作品は評価されない。作家デビューを夢見て「小なろ」に作品を投稿する作者は、まず「いかにして自分の作品を埋もれさせずに読者の目に触れさせられるか」が最初の難関となる。読者を獲得し、高評価を得られればランキングに掲載される。ランキングの上位10作品に入ればトップページに掲載されるため、新規ユーザの目に留まりやすくなり、さらに読者が増える好循環が始まる。この〈自分の作品をランキングに掲載させねばならないプレッシャー〉をいかに乗り越えるかが作者の死活問題になっている。

なろう系作家の下剋上

『無職転生――異世界行ったら本気だす』は、2012年から15年にかけて作者「理不尽な孫の手」が「小なろ」に連載(10)した作品である。14年に商業出版(11)されて『このライトノベルがすごい!2015』に初出(12)、『このライトノベルがすごい!2017』では単行本・ノベルズ部門第4位を記録している(13)。出版後すぐに漫画化されて現在も連載中のほか、20年にはテレビアニメ放映も決定されているなど、「なろう系」作品のなかでも特にヒットした作品として知られている。
 同作者が「小なろ」に投稿している作品のなかに、『小説投稿サイトでランキング一位を取らないと出られない部屋』(以下、『出られない部屋』と略記)という異色の作品がある。
 本作には以下のような紹介文が付されている。

 目覚めると、真っ白い部屋にいた。
 部屋に一台だけあるパソコンのディスプレイには、こう表示されていた。
【この部屋は、小説投稿サイト『小説を書こう』のランキングで一位にならなければ出られない】
 これは、何もない部屋に閉じ込められた男の、地獄の投稿生活を綴ったものである(14)。

 作中ではサイト名が「小説を書こう」という架空の名称になっているが、これが「小なろ」と重なる存在であることは明白だろう。『出られない部屋』は作家を目指して「小なろ」に作品を投稿する人が背負っている〈自分の作品をランキングに掲載させねばならないプレッシャー〉を、条件をクリアしないかぎり閉鎖空間から脱出することができずタイムループを繰り返すという〈脱出ゲームのプレッシャー〉に置き換えることでエンターテインメント小説に仕立てている。なろう系作家の姿をなろう系作家が書く「メタ〈なろう系〉小説」ととらえることもできるし、実際に「小なろ」で成功した作者による「ノンフィクション小説」あるいは「ルポルタージュ」ともとらえられる。エンターテインメント性を持たせるために多少の誇張も含まれるが、まったく素人の状態からループを繰り返しながらノウハウを学び、段階的に成長していく様子を見ていくと、なろう系作家を目指す人のための「教科書」にも見えてくる作品である。
 例えば『出られない部屋』の「L4」(4回目のループ)では、どれほど優れた作品であっても、投稿ペースや投稿の時間を考えないと評価に結び付かないことを主人公は学んでいる。たとえ投稿前に作品を完成まで書き溜めてあったとしても、一度にまとめて投稿すると評価に結び付かない。あえて章を小分けにして、1日につき1、2章のペースで投稿したほうが全体の評価は伸びることを、主人公は試行錯誤と分析によって学ぶ。また、連作作品の新章を投稿すると、トップページの「更新された連載中小説」に掲載される。これは初見の読者に興味を持ってもらうためには貴重な機会だが、掲載される作品数が決まっているため、後から別の作品が投稿されればすぐに流され消えてしまう。このチャンスを生かすためには「人が多く集まる時間に投稿すること」「毎正時は予約投稿機能により投稿者が一気に増えてすぐ表示が流れてしまうため、あえて手動投稿で自動投稿が落ち着いた1分後を狙って投稿する」というノウハウ(15)を学ぶ。

作者無双――小説家、業界で生き残るために歩む道

「小なろ」を通じて自分の作品をたくさんの人に見てもらおうと思う投稿者、特に「小なろ」を通じて作家デビューを目指す投稿者にとっては、「いい(=読者に受け入れられ評価される)作品」を書くことは必要条件ではあるが、必要十分条件にはならない。いい作品を書いたうえで、さらに「作品を読者に伝える工夫」を尽くすことが求められる。そこに必要なのは文学論でも創作技術でもなく、マーケティングと営業とSEO(16)のノウハウである。だから『出られない部屋』のなかで主人公が学ぶノウハウに、小説の内容に関わるノウハウ――すなわちストーリー構成やキャラクターの設計・描き分けなど――に関するものはほとんどない。代わりに主人公が学ぶのはほぼ一貫して「いかに作品を読者に届けるか」のノウハウである。いわばSNO(=Shosetsukani Narou Optimization=「小説家になろう最適化」)と言えるだろう。
 純粋な気持ちで創作に取り組もうとする人にとっては、邪道な小手先芸に見えるかもしれない。しかしながら、文学賞受賞を目指して投稿作を書くにあたって、賞の傾向や審査員の好みを分析して作品に反映することを必要な努力の一つであると考えれば、『出られない部屋』で主人公が会得するノウハウもその延長線上にある。なぜならば〈一般読者〉と〈審査員〉の間に明確な線引きがある従来の文学賞と異なり、インターネットの世界では〈一般読者〉こそが重要な〈一次審査員〉の役割を果たしているからである。ケアレスミスで一次審査に落ちることがないように文学賞投稿者が推敲を重ねるのと同じ理屈で、作品を読者に届ける努力と工夫がなろう系作家には求められているのである。
「小なろ」に限らず、インターネット上で自分の作品や各種の情報を公開することは、多少の知識さえあれば誰でも無料で簡単におこなうことができる。かつてはパソコンや通信回線などに初期投資をおこなうというハードルがあったが、もはやほとんどの国民が1人1台のスマホや携帯電話を持ち、自宅でも学校でも職場でもパソコンがあふれている現代ではもはや初期投資のうちに入らないだろう。
 しかしインターネット上の作品を他者の目に触れ「させ」、読んで「もらい」、評価に結び付けるためには、創作とはまた異なる次元の努力が求められる。いい作品であれば他者の目に触れ「る」、読んでもらえ「る」ような牧歌的な状況ではないのだ。

なろう作家のひとりごと

「小なろ」という開かれた場から、誰でも創作活動を楽しみ、世に公開できるようなインフラが整ったこと、そしてそのうえで創作活動が花開いていることは素晴らしいことだが、同時に弊害も生じていることに目を向けなければならない。
『出られない部屋』ではストーリーの都合上、小説投稿サイト以外のWebサイトにアクセスできないことになっているが、実際には「小なろ」の外部でも作者や作品に興味を持ってもらうための行動が必要である。例えば一般的なSEOに相当する行為や、SNS(「Twitter」や「Facebook」など)での露出などがある。従前の商業作家であれば出版社や編集や雑誌や新聞広告や書評が担ってくれた部分を、現在のなろう作家はすべて自分で引き受けることが必然的に求められていて、下手すれば創作活動以上の時間と手間を費やさなければならないという本末転倒な状況さえ起こりうる。
 また大橋崇行の論考(17)で詳しく解説されているとおり、現在「なろう系」とくくられる作品は、ほとんどが「異世界モノ」に偏っている。これは異世界モノに注目が集まったことで類似の作品を求める読者の要求、読者の要求に応えなければならない作者、この機会に類似作品を書いてみようと思う新規参入者の相互作用によって、加速度的に進んでいる現象である(ちなみに、異世界モノの前には特定職業に着目した作品群〔職業もの〕のブームがあり、同様に多数の派生作品を生み出した)。出版社は「小なろ」で評価が高い作品から刊行するため、商業デビューを目指す作家がさらに偏りを増長させる。「小なろ」そのものはあらゆるジャンルに開かれた場であるにもかかわらず、「なろう系」として評価されるためにはブームにうまく追従して作品を作るか、わずかな望みにかけて新たな鉱脈を掘り当てるしかない。むしろ「なろう系」が足枷になって作品の自由度が低くなってしまっている面があり、ジャンルの深み・厚みがなかなか育たない状況になってしまっている(定められた様式のなかで創意工夫を楽しむ、定型詩的なあるいは様式美的な楽しみ方があることは否定しない)。

おわりに――出版社のお仕事 in ネット社会

 本稿では、理不尽な孫の手『小説投稿サイトでランキング一位を取らないと出られない部屋』を紹介しながら、同作から垣間見える「なろう系」作家の見えざる努力と「なろう系」作品の問題点について述べた。
 インターネットや「小なろ」などの各種Webサイトといったインフラが整備されたことで、誰もが創作者として作品を発表し、消費できる環境が整ったことは文化的に大きな意義がある。その一方で、出版社が〈「小なろ」で人気の作品=売れる作品〉というと安易に結び付ける仕組みを作ってしまうと、せっかくの開かれた創作の場が有効に機能しなくなってしまいかねない。
 出版社には、「小なろ」でヒットした作品や作者を一本釣りして刊行するだけでなく、隠れて目立たない作品や風変わりだが個性のある作品を丁寧に拾い上げ、磨いて、整えて、世に送り出すという本来の仕事も忘れないでもらいたい。書籍の文化とインターネットの文化が対立するでも依存するでもなく、互いに刺激を与え合っていく関係になってほしい。


(1)「小説家になろう――みんなのための小説投稿サイト」(https://syosetu.com/)[2020年3月16日アクセス]
(2)厳密に言えば、二次創作作品は禁止(原作者許諾や著作権が切れた作品を原作にするものなど一部例外を除く)、R15作品は警告表示付きで公開、R18作品は成年向けサイトからだけ閲覧可という制限があるが、日本の法律に鑑みれば必要最小限の制限と言えるだろう。
(3)「小説掲載データ」(https://syosetu.com/index/data/)[2020年3月16日アクセス]
(4)SimilarWeb「Japan における上位ウェブサイト SimilarWeb ウェブサイトランキング」2020年2月1日最終更新(https://www.similarweb.com/ja/top-websites/japan)[2020年2月16日アクセス]
(5)前掲「小説家になろう」トップページ掲載の数値による[2019年7月20日アクセス]。
(6)KAI-YOU Premium「「小説家になろう」インタビュー――文芸に残された経済的活路」(「Vol.1 個人発サイトがエンタメ/出版業界を席巻する理由」〔https://premium.kai-you.net/article/53〕[2020年2月16日アクセス])で、2019年4月時点の情報として記載。
(7)PVはページビューの略で、ウェブサイト内の特定のページが開かれた回数を表す(ウェブサイトのアクセス統計で訪問者の多さを測る指標として最も一般的なもの)。
(8)大橋崇行「「異世界モノ」ライトノベルが、現代の「時代劇」と言えるワケ」2019年9月14日(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67125)[2020年2月16日アクセス]
(9)調査をおこなった2019年12月27日13時50分の段階で、小説種別「短編」になっている作品を新着投稿順に並べ替え、初出が19年12月27日00時00分から23時59分までの作品を集計。
(10)「無職転生――異世界行ったら本気だす」(https://ncode.syosetu.com/n9669bk/)[2020年2月16日アクセス]
(11)フジカワユカ、理不尽な孫の手原作『無職転生――異世界行ったら本気だす』第1巻(MFコミックス、フラッパーシリーズ)、KADOKAWA、2014年
(12)『このライトノベルがすごい!』編集部編『このライトノベルがすごい!2015』宝島社、2014年、168ページ
(13)『このライトノベルがすごい!』編集部編『このライトノベルがすごい!2017』宝島社、2016年、60ページ
(14)「小説投稿サイトでランキング一位を取らないと出られない部屋」(https://ncode.syosetu.com/n1077eb/)[2020年2月16日アクセス]
(15)予約投稿機能は、作品をあらかじめ登録だけしておき、指定の日時まで更新を遅らせる機能である。年月日時は指定できるが、分を指定することはできず、登録時刻の正時から順次公開される。
(16)Search Engine Optimization=「サーチエンジン最適化」。より多くウェブサイトが検索サイトの検索結果に表れるようにおこなう取り組みの総称
(17)前掲「異世界モノ」ライトノベルが、現代の「時代劇」と言えるワケ」

 


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