第1回 聖地巡礼の一例――大洗と『ガールズ&パンツァー』

金木利憲

 私は『小説の生存戦略――ライトノベル・メディア・ジェンダー』(青弓社、2020年)で、「聖地巡礼」というテーマを担当した。これは小説をベースにしながら現実と接続し、作品の外に飛び出ていく行為である。聖地巡礼発生の仕組みと展開は本書中に記した。ならばこのコラムでは、巡礼をおこなう当事者としての私がどのように行動しているのか記録しておくのがいいと考えた。この意味で、本文と表裏一体をなしている。両者を読み合わせれば、より理解が深まるだろう。

はじめに

 私は本書で「聖地巡礼」というテーマを与えられ、1章を担当した。
 本書の企画は、ライトノベル研究会内で立ち上がったものだ。それが本格的に動きだした直後、テーマごとの担当者を決める会合を私は欠席してしまった。しかしながら、私自身、舞台探訪=聖地巡礼を好み、機会を作って現地訪問の旅へと出かけていることが研究会の面々に知られていたため、いわば欠席裁判でご指名を受けたのだった。
 その際の決め手は「この会にはガルパンおじさん(1)がいましたよね?」だったと聞く。
 聖地巡礼発生の仕組みと展開は本書中に記した。ならばこのコラムでは、ガルパン聖地巡礼の話を記録しておくのが筋というものではないだろうか。その前に、「ガルパン」とはなんぞや、という話をしておくことにする。
 なお、「聖地巡礼」の原義は宗教上の行為でもあるため、作品の舞台をたどる行為を指す用語としては「舞台探訪」を推奨する声もある。しかし、ここでは論考との用語統一を図り、主に「聖地巡礼」を用いる。

ガルパン概説

 ガルパンは、正式タイトルを『ガールズ&パンツァー』という。始まりはアニメ(制作:アクタス)で、テレビ版とOVA版、劇場版が2作ある。時系列順に整理しておこう。
・2012年10―12月+13年3月;テレビ版(全12話+総集篇2話)
・2014年7月:OVA版
・2015年11月:劇場版(1作目)
・2017年12月―:劇場版(2作目、全6話予定で現在2話まで上映)
 メディアミックスもおこなわれていて、小説・マンガ・ゲーム・パチスロなどを展開している。
 舞台となる世界では、戦車同士の試合が女性向けの伝統武道として「戦車道」の名で競技化され、華道や茶道と並ぶ「乙女の嗜み」として認知されている。この戦車道の全国大会で優勝を目指す女子高生たちの奮闘を描く物語である。なお、「特殊なカーボン」によって乗員たる高校生たちは保護されていて、戦車道の試合で人は死なない設定になっている。
 この作品の「聖地」と目される茨城県東茨城郡大洗町は、主人公チームが所属する架空の学校「大洗女子学園」が置かれている巨大艦船の母港としてしばしば登場していて、作中では町並みや商店、ランドマークや交通機関などがかなり忠実に描かれている。
 なかでも注目されるのが、劇場版(1作目)冒頭の、通称「大洗市街戦」と呼ばれる戦車道の模擬試合だ。ここで戦車が走り回るルートは、現実の大洗町の道路とほぼ矛盾なく一致する(2)。また、建物の様子など、町並みもかなり忠実に描かれている。
 これほど巡礼に適した作品はそう多くない。通っているうちに、聖地に加えて町の人との交流や巡礼者同士の交流も見えてきた。
 そんな大洗町のガルパン聖地巡礼の一例を紹介したい。

聖地巡礼

 2016年3月21日、友人K氏と上野駅で落ち合い、8時半の常磐線特急ひたちで出発。途中、水戸駅で鹿島臨海鉄道(大洗鹿島線)に乗り換え、10時13分、定刻どおり大洗駅に到着。観光案内所で巡礼マップとスタンプラリー台紙を入手(3)。
 この路線も駅も、作中に登場する。その縁もあって、キャラクターや戦車のラッピングを施した車両が2両走っている。また、月替わりでキャラクターイラストを刷り込んだ記念乗車券・入場券を発行するなど、ファン向けのサービスも手厚い。

写真1 ラッピングトレイン

 駅前で偶然、車で来ていた共通の知人と出会い、そのまま一緒に回ることにした。今回はたっぷり時間をかけ、先述の「大洗市街戦」ルートを徒歩で回る予定でいたのだが、車のおかげで半日ですんだ。さらに、私たちよりもずっと現地情報に詳しくて、まるで「ガルパン」専門ガイドのよう。本当にありがたいことだった。
 実際に道筋をたどると、ほぼすべて矛盾なくつながることに舌を巻く。入念な検討があったのだろうと思う。大きな改変があったのは2カ所だが、これは作劇上の都合だろう。
 一周した後は、ガイドのような知人も未発見だったという「立体駐車場」を探してしばし街中を探訪するも、ついに見つからなかった(4)。
 途中の土産物屋で、自分用と頼まれものの作品グッズと通常の土産物を購入した。
 一回りするとすでに15時半。お気に入りのキャラクター(福田)の看板が設置された店で遅い昼食にする。来店特典の缶バッジとオリジナル名刺をもらう。
 17時半、知人と別れ、K氏とともに本日の宿である肴屋本店へ。この宿は、「作中で戦車に二度も突っ込まれた宿」として、ファンの間では非常に有名だ。夕食は作品に関係する「あんこう鍋」を事前予約している。実を言うと、今回の巡礼は、K氏があんこうの季節に偶然この宿を予約できたからという理由でおこなわれているのだった。

写真2 宿の外観。作中では玄関部分に二度も戦車が突っ込むことになる

 人生初にして待望のあんこう鍋は美味だった。
 宿には巡礼者が多数いて、そのうちの一部と交流し、情報交換。時折、宿の主人も話に入ってくる。
 翌日は10時にチェックアウト。その際に、イギリスで自分で撮影してきた戦車の写真を渡す。この宿に突っ込んだ型式だ。フロントに立つご主人は一目でソレとわかった様子。……たくさんのお客さまたちに教えられてきたのだろうなあ。
 この日は徒歩で市街地をめぐる。
 まずは宿近くの曲がり松商店街を歩く。すぐに、多くの店先にキャラクターの等身大POPが飾られているのが目にとまる。それもそのはず、大洗の商店街ではこれまで2回にわたり、権利者と組んで希望する店舗にキャラクターの等身大POPを配布しているのだ。なかには店主によってマフラーが巻かれたりして(いわく「寒いだろうから」)、ファンだけでなく地元の人々からも大事にされているのがよくわかる。さらに、店とファンの結び付きが強くなってきたため、その隣に店主の等身大POPさえ置かれていることもある。

写真3 等身大キャラPOP・店主POPとスタンプ台

 大洗には、現地を訪れるファンのことを「ガルパンさん」と呼ぶ人がいる。かつては不安げな響きとともに使われていたが、いまは親しげになった。作品を核にしたファンと地元の共生関係がわかる言葉だと思う。
 歩くと小腹が空いてくる。買い食いしながら散歩は続く。等身大POPがある店にはたいていそのキャラゆかりのグッズが置かれ、店員と談笑するファンが数人いる。そういった人たちと挨拶を交わし、ときに作品やキャラ愛の話に興じるのも楽しいひとときだ。
 13時10分、昼食。作中のメニュー「鉄板ナポリタン」を再現した喫茶店だ。噂に違わないボリュームだったが、おいしく完食できた。
 昼食後、町歩きを再開。
 ショッピングモール・まいわい市場でおやつを買い、興味がない人からすれば平凡なエスカレーターと広場の写真を撮る。作中では、手すりを破壊しながら戦車が降りてきて、広場の噴水でぐるぐると追いかけっこをする場所だ。

写真4 まいわい市場のエスカレーター
写真5 まいわい市場の垂れ幕。これも作中キャラ

 他にも橋やホテルなどゆかりの場所を歩き、写真を撮りながら巡っていく。気心知れた友人と検証しながらの道中は楽しい笑いがたえない。
 16時10分、大洗駅から鉄路で帰る。帰り道、作中メニューを再現したとんかつ屋に寄っていく。こちらも大ボリューム。帰宅後に乗った体重計は……まあ、言わぬが花だろう。

写真6 戦車の形を模したとんかつ

 その後、同年5月1日に、茨城県久慈郡大子町の旧上岡小学校を訪れた。劇場版(1作目)で、大洗女子学園生徒の仮住まいとなった「廃校」のモデルになった場所だ。作中だと大洗町内にあるかのように描かれるが、実際は直線で約60キロ離れている。
 コスプレ撮影のマナーで問題になり、必ずしもファンを歓迎していない雰囲気だったが、それでも作中の黒板再現などがあって印象的だった。新緑の季節で、風が気持ちよかったことが記憶に残っている。

写真7 旧上岡小学校
写真8 黒板再現

 また、同年5月23日には大洗ゴルフ倶楽部を訪問することができた。これは先方の好意によって実現したファン向けのイベントで、常時公開はしていない。劇場版(1作目)の冒頭、「大洗市街戦」の直前のシーンが目の前に浮かぶよう。これで一連の戦闘シーンの現場をすべてこの目で見て、記録できたことになる。

写真9 大洗ゴルフ倶楽部で

 同年6月18日には、北海道に用事ができたついでに、大洗―苫小牧間を結ぶフェリー・さんふらわあに乗船。劇場版(1作目)の移動シーンを押さえることができた。

写真10 さんふらわあ船内、ゲームコーナー

 これで、主要な舞台は巡り終えた。長かったような短かったような、そんな旅だった。

おわりに

 アニメ作品に大洗が登場したのは、『ガルパン』が最初ではない。名前だけではあるが、1984年2月公開の劇場作品『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(監督:押井守)に「大笑海水浴場」というダジャレとして登場する。とはいえ、本格的に街が扱われたのは『ガールズ&パンツァー』が最初だ。
 聖地巡礼研究では、『涼宮ハルヒの憂鬱』の兵庫県西宮市と、『らき☆すた』の埼玉県久喜市(旧北葛飾郡鷲宮町)がしばしば扱われるが、事例としては古い。『ガルパン』も決して新しいとは言えない事例だ。聖地巡礼でファンと地元がうまく噛み合った成功例は少ないが、新たな事例研究が始まることを願ってやまない。
 現在、新型コロナウイルス感染症の拡大防止によって、聖地巡礼は中断を余儀なくされている。また現地を訪れることができる日が一日も早く訪れるように、いまは必要以上の外出を慎む日々である。


(1)『ガールズ&パンツァー』ファンの男性の俗称。ときに自称。
(2)ファンによる検証(「ガールズ&パンツァー劇場版 大洗市街戦 戦闘経過をGoogle Maps上で再現してみる」〔http://dragoner.heteml.jp/girlsundpanzer/〕[2020年3月1日アクセス])。
(3)商店街の店舗にスタンプを設置。かつて集めると景品がもらえるキャンペーンがあったが、終了後も継続して設置中。
(4)のちに調べてみると、背景は確定したが、駐車場本体については候補はあるものの決め手に欠けるようだ。

[付記]
『小説の生存戦略』の私の担当箇所で、誤植がありました。謹んで訂正します。
第9章「「聖地巡礼」発生の仕組みと行動」
177ページ、最終行 
誤:「ベーカー街十三番地」
正:「ベーカー街二二一B」

 


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