第9回 早霧・咲妃コンビを大特集! 内容充実の『宝塚イズム35』

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

『宝塚イズム35』が6月1日に発売されました。今回のメイン特集は、『幕末太陽傳(ルビ:ばくまつたいようでん)』東京宝塚劇場千秋楽の7月23日付で宝塚を卒業する雪組の人気トップコンビ、早霧せいなと咲妃みゆのサヨナラ特集です。
 この2人は、100周年後の2015年正月に『ルパン3世――王妃の首飾りを追え!』(雪組)で宝塚大劇場でのトップ披露を飾り、以来、退団公演までの全公演が前売りで完売という前代未聞の記録を作りました。宝塚の長い歴史のなかで、トップ在籍中の公演すべてが完売したのは初めてのことだといいます。100周年人気の余韻のなかで、話題性がある演目に恵まれたこともありますが、タカラジェンヌとしての資質に加えて、2人の舞台人としてのたゆまぬ努力のたまものが、この記録を生んだのだと思います。
 早霧の初取材のとき、宝塚音楽学校の受験のために初めて大阪に来たときの思い出を話してくれました。梅田から宝塚行きの阪急電車が8両連結だったことにびっくり。「佐世保では2両連結の電車しか見たことがなかったから、なんて都会なんだろう、と思った」というのです。好きで受験したとはいえ「こんなところで1人で生活できるのだろうか」と漠然と不安を感じたようです。遠い九州からたった1人で都会に出てきた少女の戸惑いが実感として迫り、強く印象に残っています。そんなか弱い少女が、18年後、こんな立派なトップスターになるとは誰が予想したでしょうか。
 2001年初舞台。戦時中のタカラジェンヌの苦難の歴史を描いた藤原紀香主演のテレビドラマ『愛と青春の宝塚――恋よりも生命よりも』(フジテレビ系、2002年)に、収録当時の研1生がエキストラ出演していて、同期の沙央くらまらとともに早霧の初々しい姿も見られます。当初は宙組に配属され、アイドル的な美貌とダンスの切れ味で注目されましたが、背の高い男役が多かった宙組にあって、どちらかというと埋没ぎみでした。研6のとき、和央ようか・花總まりの退団公演『NEVER SAY GOODBYE』(宙組、2006年)新人公演で初主演、ようやくエンジンがかかりました。
 その後雪組に組替えとなり、このあたりから劇団は、早霧をトップ候補として全面的に押し出していきます。しかし、このころは早霧のやる気と役の大きさがまだアンバランスで、歌唱力にも課題があり、かなり無理をしている感じがあって、見ているほうがつらかったこともありました。壮一帆トップ時代の『Shall we ダンス?』(雪組、2013―14年)の女役への挑戦から、それが抜けるように見事になくなり、あとはもうご存じのとおりです。
 サヨナラ公演の『幕末太陽傳』は、宝塚大劇場で大好評裏に上演を終え、6月16日から東京宝塚劇場での公演が始まります。幕末の品川宿を舞台に、江戸落語の『居残り佐平次』をメインに『品川心中』『三枚起請』『お見立て』といった噺を随所にちりばめた人情喜劇。1957年制作の日活映画『幕末太陽傳』(監督:川島雄三)を、小柳奈穂子が宝塚風のミュージカル・コメディとして巧みにアレンジしました。早霧が演じるのは、映画でフランキー堺が演じた佐平次。労咳(結核)を病み、死に場所を求めて品川にやってきた口八丁手八丁の佐平次が、幕末の品川に生きるバイタリティーあふれる人々の姿を見て再び生きる勇気をもらうまでを、早霧は、明るさのなかにも陰影をつけて、人間賛歌を謳い上げることに成功しています。『ルパン3世』や『るろうに剣心』(雪組、2016年)などのアニメキャラクターを宝塚の舞台で作り込んだ貴重な経験が、この舞台で見事に開花したといっていいでしょう。100周年後の新たな宝塚の男役像を築き上げてのラストステージ、『宝塚イズム』の執筆者たちも熱いメッセージを寄せてくれました。
 一方、相手役の咲妃みゆは、2010年初舞台の96期生。月組に配属後、期待の娘役として早くから大役に起用され、清純な娘役から大人の役まで演じるたびに大きく成長してきた、天性の素質をもつ宝塚の娘役の枠を超えた舞台人です。その類いまれなる歌唱力で芝居だけでなくショーでも活躍。昨年(2016年)の『Greatest HITS!』(雪組)では、マドンナの難曲「マテリアルガール」を見事に歌いこなして観客を驚かせました。サヨナラ公演の『幕末太陽傳』では、吉原から品川に流れ着き、お客をえり好みするうちに、後輩のこはるに板頭(トップ)の座を奪われてしまう相模屋の女郎おそめ役。宝塚のトップ娘役のラストステージとは思えない役どころですが、咲妃らしく、そこは品よく、はかなげに、しかし芯がある演技でラストを飾っています。早霧、咲妃という花も実もある2人だからこそ実現したファイナルステージになったのではないでしょうか。そんな2人に対する特集原稿は、退団を惜しむ声で埋め尽くされました。宝塚史上希有なトップコンビの退団に対する惜別の文章をごらんください。
 そして、早霧と咲妃については退団後の活躍も期待したいと思います。2人とも作品と運に恵まれれば、女優として大成できる可能性を十分秘めていると思います。宝塚は、月丘夢路、乙羽信子、淡島千景、新珠三千代、八千草薫、有馬稲子と、戦後すぐの映画黄金時代に娘役から多くの女優を輩出しています。このあたりの人の生の舞台はさすがに観ていませんが、ぎりぎり朝丘雪路や浜木綿子、扇千景そして淀かほるあたりはかすかに記憶があります。『風と共に去りぬ』が1966年に東宝で初めて舞台化されたとき、スカーレットが有馬稲子、メラニーを淀かほる、ベル・ワットリングは浜木綿子と、主要キャストをすべて宝塚出身女優が占め、大きな話題になったものです。
 その『風と共に去りぬ』ですが、宝塚で初演されてから今年で40年になります。今年は、宝塚が初めてレビュー『モン・パリ――吾が巴里よ』を上演して90年という節目の年にもあたり、宝塚的にはそちらのほうにスポットが当たりがちですが、ポスト『ベルサイユのばら』(1974年初演)の急先鋒として1977年に初演され大ヒット、宝塚の現在に至る隆盛の一翼を担った作品として忘れるわけにはいきません。その月組初演のスカーレットは順みつきでしたが、続演した星組のスカーレットに抜擢されたのが遥くらら。彼女は在団中に2度スカーレットを演じ、退団公演になった1984年の雪組公演でのスカーレットは歴代最高といわれる名演技でした。元毎日放送記者の宮田達夫さんがその当時の思い出をつづってくださいました。
 もちろん、レビュー90周年をことほいだ「宝塚レビューの魅力」についての論考も特集します。もともとは「お伽歌劇」から始まった宝塚がレビューを取り入れたことによって、歌劇団のコンセプトが大きく変貌しました。そのレビュー自体も、時代とともに変化する観客の嗜好に合わせて、大きく様変わりしてきています。新時代のレビューとは何か、さまざまな視点で分析します。
 ほかにも星組新トップ・紅ゆずるへの期待の小特集、今回から新たに執筆メンバーに加わってくださった宮本啓子さんのデビュー論考「宝塚に見る戦国武将」など、盛りだくさんな内容はまさにいまの宝塚をそのまま反映しています。
 そして今回の目玉の一つ、OGインタビューは元星組の北翔海莉。退団後初めて『宝塚イズム』のインタビューに応じてくれました。宝塚ファンならずとも読み応え十分。『宝塚イズム35』を全国有名書店でぜひお買い求めください!

 

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第8回 娘役としての完成形――実咲凜音に寄せて

鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)

『宝塚イズム』の共同編著者である薮下哲司さんと、毎月交代で執筆しているこの「『宝塚イズム』マンスリーニュース」ですが、4月と10月にはお休みをいただいています。といいますのも、この2カ月は6月と12月に刊行している『宝塚イズム』の新刊制作が最も佳境に入る時期なのです。雑誌、新聞、さらにウェブニュースと、情報のサイクルが早いメディアから考えると「2カ月も前に制作?」と思われるかもしれませんが、これは書籍である『宝塚イズム』にはどうしても必要なスパンで、執筆メンバーから集まる原稿の精査、校正、OG公演の舞台写真貸与の依頼、対談、さらに自身の担当原稿の執筆と、さまざまな作業に追われる日々が続きます。特に、ニュースの即時性という意味ではほかのメディアに追いつけない書籍であるからこそ、宝塚の半年間をじっくりと検証し、きちんと書き留め、残していくことを最大のテーマに制作に当たっています。
 そんな思いを込めた『宝塚イズム35』、「平成のゴールデンコンビ」と謳われた、早霧せいな&咲妃みゆのさよなら特集を柱とした新刊が、もうすぐお目見えを果たします。その新刊については次回で薮下さんが存分に語ってくださるので、そちらをぜひ楽しみにお待ちいただくとして、私は去る4月30日、『王妃の館――Chateau de la Reine』『VIVA! FESTA!』(宙組)東京宝塚劇場公演千秋楽をもって宝塚歌劇団を退団した宙組トップ娘役・実咲凜音について書き記したいと思います。
 実咲凜音は、2009年『Amour それは…』(宙組)で初舞台を踏んだ95期生。現在の宝塚で最も勢いがある期といっても過言ではないほど多くのスターが輩出している95期ですが、そのなかでもいちばん早く名前が出てきたのが、娘役の実咲でした。
 何しろ花組に配属になったばかりの研究科1年生で、ショー『EXCITER!!』の「ファッション革命」のシーンで当時花組の男役ホープだった朝夏まなとと組んで銀橋を渡る大役に抜擢されたのですから、そのインパクトは大変なものでした。のちに実咲が朝夏と宙組トップコンビになろうとは、もちろん誰一人予想することはできませんでしたし、実咲のさよなら特集の「歌劇」2017年4月号(宝塚クリエイティブアーツ)の朝夏からの「送る言葉」によれば、この配役発表を見た朝夏が「私と組む、実咲凜音って誰だ?」と思ったということですから、未知数も未知数、いわば海のものとも山のものともわからない時点での抜擢だったわけです。でも、このとき舞台を観ていた観客の多くが「朝夏まなとと組んでいる、あの娘役は誰だ?」と公演パンフレットをひっくり返し、「実咲凜音」の名前を覚えたのもまた間違いないことで、この大きな賭けが、実咲をあれよあれよという間にスターダムに押し上げていきます。
 翌年2010年、研2で『麗しのサブリナ』(花組)のサブリナ・フェアチャイルド役で新人公演初ヒロイン。同じ年に、朝夏主演のバウホール公演『CODE HERO/コード・ヒーロー』(花組)でバウホール初ヒロイン、そしてこの作品は東上もしたので、早くも東京でのヒロインデビューも果たします。さらに11年には『ファントム』新人公演(花組)で歌姫クリスティーヌ・ダーエを演じ、抜群の歌唱力を披露。ソロナンバーで客席からの拍手がしばし鳴りやまなかったほどで、この一夜のヒロインの見事な歌いっぷりの評判は、宝塚世界を瞬く間に駆け回ったものでした。特に実咲は、どちらかというと明るくサバサバとした現代的な個性をもった新しいタイプの娘役として認識されていたので、こうしたクラシカルな役柄をしっとりと演じられることがわかったのも、豊かな歌唱力とともに大きな収穫になり、ここからの実咲の日々は、ただまっすぐに続くトップ娘役への階段を駆け上っているかのごとくでした。なんと花組に在籍した4年間でヒロインを演じた別箱公演3本すべてが東京にきているのですから、劇団の英才教育ここに極まれりといえるでしょう。
 その勢いのまま2012年、宙組に組替えして宙組6代目トップスター凰稀かなめの相手役としてトップ娘役に。実に意外なことですが、むしろここから実咲はヒロイン一直線ではない、さまざまな役に巡り合うことになります。トップ娘役披露だった『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』(宙組、2012年)は、長大な原作のほぼ第2巻までを舞台化していた関係上、凰稀が演じたラインハルト・フォン・ローエングラムと実咲のヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの関係は、この舞台の幕が下りたあと、2人の間に新しいページが開いていくでしょう……を匂わせるにとどまるものになりました。また、『風と共に去りぬ』(宙組、2013年)ではメラニー・ハミルトン、『ベルサイユのばら――オスカル編』(宙組、2014年)ではロザリーと、コンビの凰稀の相手役ではない役柄に当たることも続きます。もちろん『うたかたの恋』(宙組、2013年)のマリー・ヴェッツェラなど、娘役なら誰しもが憧れるだろう大役を全国ツアーで務めてもいたものの、トップコンビががっぷり組む作品が本公演で特に少なかったことから、凰稀時代の実咲には、彼女本来の明るさが控えめに映る時期もあったものでした。
 けれども、この時期に蓄えていたもの、古典的な娘役に求められていた「男役に寄り添い、華を添える」という経験が、実咲の宝塚の娘役としての幅を大きく広げていたことが、凰稀退団後、宙組7代目トップスターに就任した朝夏と、まさに初恋の成就のように改めてコンビを組んだ日々のなかで明らかになっていきました。
 それは『王家に捧ぐ歌』(宙組、2015年)のアイーダや、『エリザベート――愛と死の輪舞』(宙組、2016年)のエリザベートという、宝塚の娘役の域をハッキリと超えて、実質的には物語の主人公である役柄を堂々と演じることもできれば、『メランコリック・ジゴロ』(宙組、2015年)のフェリシアや、実咲の退団公演になった『王妃の館』の桜井玲子といった、作品のなかで周りとの呼吸を計り、大切なピースとしての役割を果たす役どころも軽やかに演じられる強みとなって表れます。さらに彼女がすばらしかったのは、歌える娘役であるだけでなく踊れる娘役でもあったことで、ダンサートップスターである朝夏とのデュエットダンスは、宙組に大きな輝きをもたらしました。それらすべての経験が、縁の濃い朝夏との同志のような関係から生み出される小気味よいテンポ感はもちろん、轟悠と正面から渡り合った『双頭の鷲』(宙組、2016年)の全身全霊の演技につながったのです。思えば、劇団が初舞台まもなくから彼女に施した英才教育のすべてが実咲の実りになり、輝きになった、まさにパーフェクトな娘役でした。
 そんな彼女ですから、サヨナラショーで圧巻だった『エリザベート』の「私だけに」の文字どおりのショーストップの歌唱に負けず劣らず、『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』の「蒼氷色の瞳」のリリカルにどこまでも澄み切った歌声がいつまでも耳に残ったのも当然だったのでしょう。そこには役柄に瞬時に染まり、歌に合わせてほほ笑み方さえ変わる、娘役・実咲凜音の完成された姿が輝いていました。実に美しい娘役の、それは見事な旅立ちでした。
 ですから、実咲が早くも今年2017年の年末、市村正親と、宝塚の大先輩・鳳蘭が主演するミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』の長女ツァイテル役を演じることが発表されたのは、とてもうれしいニュースでした。ツァイテル役には大きなソロナンバーがなく、実咲の歌唱力が温存されるのはもったいないかぎりですが、市村、鳳という日本ミュージカル界の大スターとの共演から得るものは、計り知れないほど大きいはずです。宝塚の娘役として完成形をなしたと思える実咲だからこそ、女優としての第2章でどんな歩みを見せてくれるのかに期待が高まります。そんな実咲のこれからを楽しみにしながら、大輪の花を咲かせた彼女に、拍手とエールを送ります。たくさんのすばらしい舞台をありがとう! これからの道のりにも期待しています!

 

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第6回 極私的テレビ・ドキュメンタリーの視聴記録

丸山友美(法政大学大学院博士後期課程、法政大学兼任講師)

 私は『国道16号線スタディーズ』で2つのドキュメンタリー番組を取り上げる予定だ。私がドキュメンタリーに関心をもっているからか、ゼミの先輩であり本書の編者である西田善行さんが、国道16号線(以下、16号と略記)を取り上げた2つのドキュメンタリー番組で書いてみないかと、声をかけてくれた。新しいことへの挑戦は大切だ。そう考えて、私は二つ返事で本書のもとになる研究会への参加を決めた。だが、番組を見始めた途端、私は大きなショックを受ける。

写真1 『ドキュメント72時間』第48回「オン・ザ・ロード――国道16号の“幸福論”」(NHK、2014年6月13日放送)タイトル画面
写真2 前掲「オン・ザ・ロード」の横浜のシーン

 番組の1つ、16号を取り上げた『ドキュメント72時間』に父が出てきたのである。いや、「父」がいるように見えてしまうのである。画面に現れた消防士が、私の父だとは断言できない。父に確認して自慢されても面倒なので、番組を見せることなど絶対にしない。けれども、歩き方、身のこなし、声のかけ方のどれをとっても、私には「父」にしか見えないのである。それは、商店街に1人で暮らす高齢者が救急搬送される場面。取材クルーは現場で近隣住民に話を聞きながら、高齢者の孤独を「16号の風景」として映そうとする。しかし、父がこのエピソードに映り込んでいると「気づいて」から、私の目は全身銀色の父ばかり追ってしまう。搬送者に声をかけ、ストレッチャーを動かす父。救急車に担架を乗せる父、指さし確認している父。私の頭は「16号」を探究するどころか、画面のいたるところに現れる「父」に振り回されてしまったのである。
 映画『アメリ』(監督:ジャン=ピエール・ジュネ、2001年)で主人公が告白するように、私は、画面のなかの物語から逸脱する存在に魅力を感じる。彼女が楽しむように、キスシーンのすぐ後ろの壁で這い回るハエがいないか探したり、俳優が脇見運転する時間を心のなかで数えたりする。メディア論の大家マーシャル・マクルーハンは、映画はシナリオに書かれた言葉よりはるかに豊富な現実(視覚的要素)を映すメディアであるために、余計なものを映し込むのだと指摘する(1)。人間の目よりも優れたカメラが、シナリオよりももっと複雑な現実を映像の内に撮り込んでしまうからだ。ただし、統語法のうえに成立する映画は、その豊富な現実を後景に押しやって、観客に物語世界に没頭するよう要求する。だから、観客はロマンチックな雰囲気を台無しにする壁のハエを見落とすし、事故を起こさない見事な脇見運転テクニックを、熱情を伴った女性への視線として読み込もうとする。『ドキュメント72時間』で出合った「私の現実」は、私がちょっと変わった観客ゆえに見つけてしまったものだった。
『ドキュメント72時間』は、16号の幸福を探すことを目標にしたドキュメンタリーだった。もしかしたら『ドキュメント72時間』は、日常の記録を装いながら、日常に存在する意識が及ばない“盲点”を映しているかもしれない。それは、「私」が見つけた「父」であり、極私的なフィルターを通して構築される“再発見”された16号の面白さである。
 もう1つのTVK『キンシオ』(2010年―)は、画家キン・シオタニのフィルターを通して16号を再発見する番組である。彼は、16号からかなり離れた公民館に車を走らせたり、旧街道(絹の道)を歩いたり、日光街道や奥州街道との交差点を丹念に確認したりする。『ドキュメント72時間』と比べると、キンシオの好みがてんこ盛りで、郊外型の店や人々の語りはほとんど登場しない。平たく言えば、「わかる人だけわかればいい」というタイプの、マニアックな場所や店ばかりなのだ(地元住民からすると「どうしてそこに?」と思う場所かもしれない(2))。キンシオのフィルターを通して再現された16号の面白さは、人々の日常からごっそり落ちた土地の記憶であり、その土地の記憶と出合うには、16号から思い切りはみ出す必要がある。神奈川の走水から千葉の富津に表れる「郊外的」な景色を見落として、彼は地域が育む記憶の積層に「16号の姿」を読み込んでいく。これが、キンシオのフィルターを通して再発見された16号の面白さである(3)。

写真3 『キンシオ』タイトル

 2つの番組には、16号の「内と外」という違いがあるように思える。そうであるならば、16号の幸福を探して、その内側にべったり張り付いた『ドキュメント72時間』には、どんな盲点が記録されているのだろう。このあたりを分析してみたら、国道を描くドキュメンタリーの面白さを説明できるかもしれない。


(1)マーシャル・マクルーハン『メディア論――人間の拡張の諸相』栗原裕/河本仲聖訳、みすず書房、1987年、276ページ
(2)キンシオは横浜では朝食のかわりに文明堂に立ち寄るが、私なら平沼にあるそば屋の角平を紹介したと思う。ここの「つけ天」はおいしさとボリュームを兼ね備え、「つけ天」発祥の店として、週末や大みそかには長蛇の列ができる。私たち執筆メンバーは、2016年3月に1泊2日のフィールドワークを実施した。そのときは、ファミリーレストランのほうが「16号らしい」と思い黙っていたが、瀬谷のサイゼリアで昼休みをとることになり、299円のミラノ風ドリアを口にしたとき、角平でつけ天を食べたほうがやる気が出たなと思ったことを白状しておく(だから、2日目に柏で「ホワイト餃子」を思い切り食べたときは幸せだった)。
(3)とてもマニアックな店や場所ばかりを取り上げる番組で、私が住む横浜を通り過ぎたあとは、何度も眠気に襲われた。しかし、だからこそ、地元民がキンシオの番組を見ると、「ああ、あそこだ!」と言わずにはいられない魅力がある(実際番組には、「見ているよ!」と声をかけてくる人が映り込んでいる)。『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系、1995年―)と違うのは、街を知らない視聴者に観光したいと思わせるのではなく、街の住民が見落としている「街の魅力」を見つけることで、街を好きにさせてしまうところにあるように思う。

 

Copyright Tomomi Maruyama
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第5回 続・コスプレ――キャラクターとパフォーマンス

須川亜紀子(横浜国立大学教員。専攻は文化研究。著書に『少女と魔法』〔NTT出版〕など)

 第4回「コスプレ――キャラクターとパフォーマンス」では、コスプレにまつわる問題群として、【1】アイデンティティーの問題、【2】セクシュアリティーの問題、【3】空間意識の問題に注目し、【1】と【2】について考察した。今回は、【3】空間意識の問題について論じていく。

空間意識――2次元への侵入

 コスプレイヤーのイベントには、必ずカメラをもった参加者がいる。プロのカメラマン、コスプレイヤーが連れてきたカメラ小僧(カメこ)、まったく参加者と関係がない素人カメこまで、出自はさまざまだが、彼・彼女らの目的はただ一つ――ベストショットを写真に残すことである。また、コスプレ撮影スタジオで、さまざまな背景を使いながら撮影会をするコスプレイヤーも多い。イベントに参加せず、もっぱら写真撮影を専門にするコスプレイヤーもいるくらいである。写真は、ネットにアップして公共に公開する場合もあれば、コミュニティー内でしか共有しない場合もある。
 最近では、“コスプレ”写真をアートとしてビジネス化している例もある。たとえば、フィリピンのプロのコスプレフォトグラファーであるジェイ・タブランテは、モデルに主にアメコミ(アメリカン・コミックス)や日本アニメのキャラクターのコスプレをさせ、コミックスのワンシーンの一瞬を切り取ったような写真を撮影して、効果(エフェクト)をつけた写真集を出版している(1)。2013年に筆者がおこなったインタビューでは、フィリピンは1970年代から日本アニメの影響が強く(特に『超電磁マシーンボルテスV』〔テレビ朝日系、1977―78年〕の政治的・文化的影響は有名である)、彼自身も日本のアニメを見て育ったため、植民地化の影響で文化的にも浸透しているアメコミはもちろんだが、戦後影響力を持った日本アニメへの親近感があると語っていた(2)。彼の写真には、彼自身のノスタルジアも多分に含まれているようだ。
 日本では、著作権者に了解をとったうえで、プロの外国人モデルを起用した本格的なアニメ・マンガ・ゲームキャラクターのアート写真を手がけるアーティストICHIを中心とするANIMAREALがある(3)。筆者がICHI氏に失礼ながら「これはコスプレ写真ですか?」とうかがったところ、完全に否定された。タブランテ氏が考えるCosplayの定義とは、異なる理解をしているようだった。“コスプレ”への解釈は異なるものの、彼らの写真作品は、コスチュームの“プレイ”を超えた芸術である。
 コスプレと写真の関係は、多様な側面から考察することができる。スーザン・ソンタグは有名な『写真論』のなかで、映像との関係から写真の機能について次のように述べている。

写真は幾つかの形での獲得である。一番単純な形では、私たちは写真の中で大事なひとやものを代用所有する。その所有のお陰で、写真はどことなく独特の物体の性格を帯びてくる。私たちはまた写真を通じて、出来事に対して消費者の関係をもつようになる。(略)3番目の形の獲得は、映像作りと複写機を通して私たちはなにかを(経験というよりも)情報として獲得できるということである(4)。

 この代用所有による物質化された身体、出来事の消費、情報としての獲得、という認識は、2次元性へと回帰するコスプレイヤーたちの欲望と結び付くだろう。
 では、素人コスプレイヤーたちの舞台上の小演劇(スキット)という動的なパフォーマンスではなく、写真撮影という静的なパフォーマンスには、どのような社会的・文化的意味が生成されるのだろうか。

2.5次元からみる2次元性・物質性・記憶

 コスプレイヤーは、自分が扮したアニメ・マンガ・ゲームなどのキャラクターの決めポーズの写真を名刺代わりにしている人が多い(図1)。キャラクターの決めポーズそのままの写真もあれば、決めポーズがないキャラクターの場合は“キャラクターらしさ”がにじみ出るポーズの写真やシーンの再現もある。たとえば、「コスプレイヤーズアーカイブ(5)」には、コスプレイヤー名・作品名・キャラクター名がデータベース化され、誰でも(素人の)コスプレ写真を検索して鑑賞することができる。作品内ではありえない他のキャラクターとの二次創作的ショットなどもあり、コスプレ写真の可能性は無限だ。それは自己表現や自己アピールの意味ももちろんある。しかし、注目すべきは、2次元のキャラクターの世界に入りたい、というコスプレイヤーたちの欲望と空間意識である。

図1

 2016年に中国のコスプレイヤーたちにインタビューしていたとき、好きなキャラクターのコスプレはできない、と話した女性がいた(6)。「好きすぎて〔畏れ多くて、コスプレ:引用者注〕できない」というのである。こうした例は、日本はもちろん世界中で聞かれる感想の一つである。神のように崇めているキャラクターではなく、彼(女)の脇に寄り添うサブキャラクターのコスプレをすることで、彼(女)に近づける感覚があるようだ。むろん、崇拝という理由だけでなく、自らのコスプレ技術が未熟なため、もう少し上達するまで好きなキャラクターのコスプレはしない、という理由をあげる人もいる。事情はさまざまだが、重要なのは、好きなキャラクター、もしくは彼・彼女らがいる虚構世界に、コスプレを通じて接近、もしくは侵入するという感覚が、多くのコスプレイヤーに共通しているということである。
 筆者が考える「2.5次元遊戯」とは、2次元(虚構)と3次元(現実)のはざまを漂いながら楽しむ文化実践なので、コスプレはまさに2次元と3次元を行き来する遊戯だと言える。しかし、写真を通じて自らを平面化・物質化することで“2次元”の世界に入る、つまりアニメなどのキャラクターたちがいる世界と地続きになる感覚、コスプレをした自分と作品内のキャラクターを同列に位置づけるという認識は、もっぱら2次元から3次元という方向へと展開しているようにみえる2.5次元文化に、新たな視点を与える契機をもたらしてくれる。

“逆2.5次元”――“現実”から“虚構”へ?

 コスプレからいったん離れて、再度2.5次元舞台に目を向けてみよう。2次元のマンガ・アニメ・ゲームの世界を3次元で再現して、虚構性をある程度維持したまま3次元の身体で表現する舞台作品が2.5次元ミュージカルやストレートプレイである。しかし、最近注目されてきたのが、“逆2.5次元”、つまり3次元の舞台をアニメ・マンガ・ゲーム化(2次元化)するという取り組みである。これは、2.5次元ミュージカルの嚆矢であるミュージカル『テニスの王子様』(2003年―)を手がけているネルケプランニングが打ち出したプロジェクトで、舞台『錆色のアーマ』(2017年)を原作に、アニメ・マンガ・ゲームなどの2次元メディアへとメディアミックス展開をしていく計画だという(7)。『錆色のアーマ』の主演には、EXILEの佐藤大樹と、ミュージカル『テニスの王子様』出身の声優・増田俊樹をキャスティングして、すでにアイドル、俳優、2.5次元俳優、声優という2.5次元的“虚構性”と親和性がある2人を選択しているところに、戦略が垣間見える。現時点で今後の展開やファンの受容についてはまだ未知数だが、3次元から2次元へのベクトルの可能性に注目した最初の例だと言える。
 それより先んじてメディアミックス展開している例に、バンダイナムコグループとアミューズが手がける「2.5次元アイドル応援プロジェクト『ドリフェス!』(8)」がある。Dear Dreamを中心とする男性アイドルグループたちの成長を描くゲーム・アニメだが、アニメのキャラクターと重ねて、実際のアイドルDear Dreamとしての声優たちの活動がパラレルに展開されるという、最初から企図して進められたプロジェクトに、“逆2.5次元”ともいうべき要素が認められうる。

虚構が担保する「現実」

 さらに、空間認識を考えるうえで興味深いのが、最近ネット上で炎上した「『うたの☆プリンスさまっ♪』の舞台化」騒動である。『うたの☆プリンスさまっ♪』(以下、『うたプリ』と略記)とは、女性向け恋愛アドベンチャーゲームを原作にアニメ・ドラマCD・キャラツイッター・コンサートなどメディアミックス展開をしている大人気コンテンツである。アニメシリーズ(TOKYO MX、2011年―)のストーリーは、作曲家志望の15歳の少女・七海春歌の視点から主に描かれる。芸能学校「早乙女学園」を舞台に、七海と一十木音也、一ノ瀬トキヤ、来栖翔、四ノ宮那月、神宮寺レン、聖川真斗、それに愛島セシルを加えたアイドルの卵たちの成長と、アイドルグループST☆RISHとしてのデビュー、ブレイク、ライバルグループとの切磋琢磨などが描かれ、2016年には第4期が放映されている。これまでキャストされた声優(寺島拓篤、宮野真守など)による『うたプリ』コンサート=プリライも開催され、2次元キャラクターにビジュアルが必ずしも忠実でないにもかかわらず、主に声の演出によって2.5次元的空間を創出している希少な成功例である。“その『うたプリ』が舞台化される”と聞くと、他作品でもすでに展開されている“ゲーム原作の作品の2.5次元舞台化”と思われがちである。しかし実際は、作品中に登場する早乙女学園長シャイニング早乙女の「劇団シャイニング」が上演したという設定の『天下無敵の忍び道』を舞台化する、という発表だったのである(9)。いわば、劇中劇を舞台化するということである。舞台化では、たとえば、一十木音也が演じた音也衛門役を俳優・小澤廉が演じる。しかし、多くのファンにとっては、“実在する(はずの)”音也を他者(俳優)が演じること自体が許せなかったり、『うたプリ』とは別次元の「演劇作品」だから『うたプリ』の舞台化ではない(から許容できる)、といった賛否両論が「twitter」上に飛び交った。『うたプリ』は、他のアイドルコンテンツとは現象面で一線を画すコンテンツだが、こうしたファンの反応を分析すると、ファンにとっての虚構(2次元)の確実性や指向性、重厚なリアル感の存在が浮き彫りになる。

おわりに

 再び写真に立ち戻る。写真は「現実」を切り取り、記憶を喚起させるメディアとして作用してきた。また、所有を通じた「現実」や「身体」の物質化という意味も生成してきた。映像というメディアが現れたことで、写真はつねに静的であり、かつ動的な要素を含む映像とは異なるメディアとして異化されるようになった。今日では、VRやARの浸透によって現実(reality)と虚構(virtuality)が感覚的にはすでに融合し、われわれの「現実」認識を撹乱している。仮に物質的な現実世界の「2.5次元化」によって、特に若い世代に不確実性による不安が生じているのだとしたら、無時間性であり、所有し、記録し、共有し、存在証明ツールともなるコスプレ写真は、2次元(虚構)の“確実性”というべきものを逆説的に保証するのである。2次元キャラクターは歳をとらず、性格のブレもなく、スキャンダルもない。失望することがなく、勝手な妄想をしたとしても、キャラクター自身から訴えられることもない(ファンからバッシングされることはあるが)。コスプレ写真から析出しうるものは、「現実」(3次元)を異化し、その不確実性を照射する機能と、虚構(2次元)によって再認識・再評価される「現実」(3次元)への価値・意味づけという機能なのである。


(1)“January 2013 Featured Photographer of the Month: Jay Tablante,” Cosplay Photographers(http://cosplayphotographers.com/2013/01/jay-tablante/)[2017年3月1日アクセス]
(2)2013年12月フィリピンでおこなったCheng Tju Lim氏(現Yishun中学)との共同インタビューによる。
(3)「ANIMAREAL」(http://animareal.com)[2017年3月1日アクセス]
(4)スーザン・ソンタグ『写真論』近藤耕人訳、晶文社、1979年、158ページ
(5)「Cosplayers Archive」(http://www.cosp.jp/photo_search.aspx)[2017年3月10日アクセス]。アクセス時には、約1万6,000人の登録(活動)と記されていた。
(6)2016年10月上海でおこなった田中東子氏(大妻女子大学)との共同調査による。
(7)「錆色のアーマ」(http://www.nelke.co.jp/stage/rusted_armors/)[2017年3月30日アクセス]
(8)「2.5次元アイドル応援プロジェクト『ドリフェス!』」(http://www.dream-fes.com/)[2017年1月29日アクセス]
(9)「“劇団シャイニング”はシャイニング事務所のアイドル11人をメインに構成された「劇団」をキーワードに展開するうたの☆プリンスさまっ♪オフィシャルプロジェクト」と設定されている。「劇団シャイニング」(http://www.utapri.com/sp/shining_theatrical_troupe/introduction.php#.WNyv4BLyg0Q)[2017年3月30日アクセス]

 

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第5回 杉戸から春日部へ――北村薫「円紫さんと私」シリーズの「町」と不在の国道16号線

鈴木智之(法政大学社会学部教授。著書に『顔の剥奪』〔青弓社〕など)

北村薫「円紫さんと私」シリーズにおける郊外の「町」

 ミステリー作家・北村薫は、デビュー作『空飛ぶ馬(1)』(1989年)を起点として、博識な落語家・春桜亭円紫を探偵役に、女子大学生の「私」を語り手に配したシリーズ作品――「円紫さんと私」シリーズ――を著している。これらの作品では、殺人事件のような重大な犯罪を契機としてではなく、日常生活のふとしたなりゆきのなかに浮かび上がる小さな「謎」をめぐって物語が展開される。
 他方で、一連の作品は語り手である「私」の「成長」の物語でもある。郊外の町に生まれ育ち、地元の女子高を卒業したあと東京の大学の文学部に進んだ「私」は、魅力ある教員や友人たち、そして落語家・円紫との交流のなかで、文学的教養を深めていくだけでなく、とりわけ「事件」との出会いを通じて人間的な成熟を遂げていく。各篇は、19歳から23歳になるまでの日々の緩やかな成長の軌跡を、1コマずつ丹念に追っていく。この間、「私」はずっと両親の家に暮らしていて、謎解きの対象になる「事件」もまたしばしばこの郊外の町に起こる。
 断片的にちりばめられた手がかりから、その「町」は埼玉県杉戸町から春日部市にかけてのエリアであることがわかる。杉戸は作者・北村薫が育った町であり、彼は早稲田大学を卒業後、県立春日部高校の教員を長く務めていた。そして、作中の語り手である「私」の家もまた杉戸にあると推察され、彼女は隣の市(春日部)の女子高に通い、大学生になってからもしばしば市立図書館に足を運んでいる。

「国道16号線」の不在

 杉戸、春日部は国道16号線(以下、16号と略記)沿道の町である(厳密にいえば、この道が杉戸町内を走ることはないのだが)。ところが、「円紫さんと私」シリーズのなかに、16号は一度も登場しない。「町」を舞台とする場面ではしばしば「国道」が描かれるが、それは常に「国道4号線」――旧日光街道――である。国道4号線(以下、4号と略記)は、「私」の生活圏内にあって、「物語」の展開に関わる場所として登場する。だが、16号は存在さえしないかのように、テクストの外部にうちやられている。しかし、作者である北村も作中の「私」も、この道と無縁の場所に暮らしていたわけではない。16号は、北村が教員を務めていた県立春日部高校のすぐ裏側を走っている。

写真1 国道16号線、浜川戸交差点(春日部市南栄町)。春日部高校の裏手にあたる。右前方に伸びているのが16号。左前方が工業団地
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 また作中でも、「私」の家がある杉戸と、通っていた高校や図書館がある春日部の町のあいだを16号は走っていて、「私」が春日部に行くときには、必ずこれを超えていかなければならない。作中に記されているように、「家」から「古利根川」の岸に沿って自転車を走らせるとすれば、「春日部大橋」の交差点で16号を渡ることになる。

写真2 国道16号線、春日部大橋の信号。古利根川との交点

 このように、16号は物語の舞台になるエリア(杉戸から春日部)の中央を走っている。ところが、物語の語り手からは完全に無視されてしまう。だが、このような位置づけ(物語空間からの脱落)は、それなりの必然性をもっているようにも思える。この道は徒歩や自転車を移動手段にする町の人々の往来には使われない産業道路であり、車で移動する習慣をもたない「私」にとっては、「不在」であるにも等しい道だからである。生活空間・物語空間としての「杉戸・春日部」と、「無縁の道」としての「16号」。その(没)関係性を考えることも、「町」と「道」のつながりを論じる一つの回路になるのかもしれない。

物語の舞台としての「道」

 まったく無視されている16号との対比で、物語の舞台として重要な意味をもつ道も登場する。
 1つは4号である。「私」が暮らしている家は、おそらく杉戸町の県道373号線と古利根川のあいだのエリアに位置している。そこから、4号までは歩いて5分もかからない。そして、作中にはしばしば4号沿いの風景が描き出される。例えば「赤頭巾(2)」では、夜遅くに「私」が家を出て深夜営業の本屋にまで足を運んでいる。あるいは、「山眠る(3)」では、子どものころに、雪の日に「父と2人」で行ったことがある思い出の場所として、「国道沿い」の「郵便局」が思い起こされている。
 それは、杉戸町清地2丁目に所在するこの郵便局かもしれない。

写真3 国道4号線沿いの郵便局(杉戸町清地2丁目)

 ただし、その地域にもすでに、確実に「ロードサイド」型の商業施設が進出し始めている。「私」の家の近くの4号沿いには、「ビデオCD」のレンタルショップが「ビリヤード場」と「本屋」を兼ねて開業し、深夜まで営業を続けている。

  こんな時間に家の近くで本屋に入れるなどとは、高校時代には想像もしなかった。去年の冬、国道沿いのガソリンスタンドの隣に、ビデオCDレンタル兼ビリヤード兼本屋がオープンして、深夜までの営業を始めたのである。一方の隣は役場の広い駐車場だし、国道を挟んだ向こう側はカステラの工場である。特に今夜のように暗い夜には、派手とはいえないむしろ沈んだ風景の中で、点滅する極彩色のネオンは魔界の城のしるしのようである(4)。

 一連の作品が描き出すのは、1970年代から80年代にかけて虫食い的に進行していく「郊外都市化」の流れのなかで、高度経済成長期以前の「町」とこれを侵食していく新しい「町」の要素とが混在する、いわば「過渡の風景」だが、ロードサイドの深夜営業の書店やビリヤード場が物語るように、「国道沿い」の風景もまた「郊外型」の開発にしたがって変容している。しかし、重要なことはおそらく、4号は人々の生活の履歴のなかで蓄積されていくさまざまな「記憶」の痕跡をとどめているということである。
 そして、作品世界の構成を考えるうえで重要な、もう一つの道がある。それは、古利根川沿いの道である。「私」が住んでいると思しきエリアから、4号とは逆の方向に進むと、すぐに古利根川の河原に出る。「家」から川に出るルートについては、具体的な記述がある。

  工場の塀に沿って回ると、川に出る。風景が大きくなって気持ちがいい。朝の光で、まぶしい。
 土手は冬枯れの草の筈だが、一面の雪に覆われている。わずかに、川に接する辺りの、ふんわりとした白い裾から、葉先の黄色くなった緑が顔を覗かせている。遠くの橋に近い辺りでは家鴨が泳いでいることもあるが、今日は見えない。水量が減って大きな中州が出来ている。勿論、そこも白だ。元気に走ったらしい犬の足跡が、そんなところに8の字を描いている(5)。

「町」を舞台にした作品では、この古利根川沿いの道が、重要な出来事が起こる場所になっている。「私」が(春日部の)市立図書館に向かって自転車を走らせるのも、『秋の花(6)』でオートバイに乗ったかつての同級生「伊原君」と再会するのも、「山眠る」で母校の教員「本郷先生」と出会うのもこの河原の道だった。彼女の「成長」の節目になる出来事は、しばしば「古利根川沿い」の土手の道で起こる。物語の要所を占める出来事が生まれる場所、それは、ミハイル・バフチンがいう意味での「クロノトポス」である。

写真4 古利根川沿いの道(杉戸町清地3丁目

「私」の成長の物語が演じられる舞台としての「町」。4号と古利根川沿いの道は、その物語に「有縁な場所」としてある。それは、日々の有意味な出来事が生起するトポスであり、人々の生活の痕跡をとどめる「記憶の場所」である。そして、杉戸(生家・小中学校)から春日部(高校・図書館)へ、さらには東京(大学・職場)へとつらなるこの「南北の道」は、そのまま「私」の成長の軌跡を方向づけるルートにもなっている。
 これに対して16号は「記憶なき道」だといえるだろう。ただ移動するだけの、通過するだけの「道」。そこには、出来事の痕跡が刻印されない。何度通り過ぎても、その場所にかつて営まれていた生活の記憶を呼び起こさない。16号はその意味で、この「町」の生活の履歴に対して「無縁の道」である。そして、この町に暮らし、成長していく「私」は、この不在の場所をただ通り過ぎていくだけなのである。


(1)北村薫『空飛ぶ馬』(創元推理文庫)、東京創元社、1994年
(2)北村薫「赤頭巾」、同書
(3)北村薫「山眠る」『朝霧』(創元推理文庫)、東京創元社、2004年
(4)前掲「赤頭巾」246ページ
(5)前掲「山眠る」86ページ
(6)北村薫『秋の花』(創元推理文庫)、東京創元社、1997年

参考文献
北村薫『空飛ぶ馬』(創元推理文庫)、東京創元社、1994年(初出:1989年)
北村薫『夜の蝉』(創元推理文庫)、東京創元社、1996年(初出:1990年)
北村薫『秋の花』(創元推理文庫)、東京創元社、1997年(初出:1991年)
北村薫『六の宮の姫君』(創元推理文庫)、東京創元社、1999年(初出:1992年)
北村薫『朝霧』(創元推理文庫)、東京創元社、2004年(初出:1998年)
『このミステリーがすごい!』編集部編『静かなる謎 北村薫』(「別冊宝島」第1023号)、宝島社、2004年

 

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第7回 朝夏退団発表、望海&真彩就任発表、動き続ける宝塚

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

 雪組トップコンビ早霧せいな・咲妃みゆの2017年7月退団に続いて、宙組トップスター朝夏まなとの11月退団が、3月7日に発表されました。そして、9日には雪組の次期トップコンビが望海風斗と真彩希帆に正式に決まり、8月の全国ツアーでのお披露目が発表されました。一方、宝塚大劇場では10日から星組新トップコンビのお披露目公演『THE SCARLET PIMPERNEL(ルビ:スカーレット ピンパーネル)』が華やかに開幕しました。相変わらず宝塚は目まぐるしく動いています。去る者がいれば新たなスターが誕生する。宝塚102年の歴史はこの繰り返しです。

 朝夏の退団は、昨年(2016年)末に発売された雑誌「an・an」(マガジンハウス)宝塚特集のトップスターの項に早霧とともに朝夏も入っていなかったことや、8月から11月にかけての宝塚大劇場と東京宝塚劇場での宙組公演が『神々の土地』と『クラシカル ビジュー』と発表されるのと同時に、その前の6月に梅田芸術劇場と文京シビックホールでおこなわれる朝夏のためのコンサート『A Motion(ルビ:エース モーション)』が発表されたことから、ある程度予想されたことではありました。それにしても、朝夏は2015年3月のお披露目公演『TOP HAT』(宙組)に続く『王家に捧ぐ歌』(宙組、2015年)で正式にトップに就任したばかりですから、まだ2年にもなりません。『エリザベート――愛と死の輪舞(ルビ:ロンド)』(宙組、2016年)に続く『王妃の館――Chateau de la Reine』(宙組、2017年)で新境地を開拓、これからじっくりと朝夏の男役を完成していってほしいと思っていた矢先でもあり、この時期での退団は残念です。いろいろな大人の事情があるのはわかりますが、ちょっと早い気がしてなりません。
 その朝夏ですが、退団会見に臨んで「卒業するその日まで進化し続けたい」と、彼女らしいさばさばとした潔さで退団の思いを吐露しました。退団の決断は昨年7・8月宝塚大劇場での『エリザベート』公演中のことだったと言い、「大作に挑戦したことで組が一つになり、自身も充実感を得た」ことが退団への思いを後押ししたとか。退団後のことは「まだ考えられない」というのは退団発表時のスターの常套句ですが、ここは、最後の公演にかける彼女の思いを汲んで、温かく見守りたいと思います。
 朝夏といえば佐賀県出身としては初めてのトップスター。トップ就任のときは佐賀県あげての応援ぶりで、公演初日に駆け付けたいという知事の意向を汲んで、広報担当が公務と重ならないようにスケジュールの調整に躍起になっていたことが懐かしく思い出されます。当の本人は、同じ佐賀県出身で1期上の夢乃聖夏(元・雪組)が1999年に宝塚音楽学校に合格したとき、地元の新聞に大きく報じられ、「佐賀県からでも宝塚を受けられるんだ」と知って一念発起、レッスンに励んで、翌2000年に受験、見事一発で合格しました。初舞台は香寿たつきがトップだった02年4月の星組公演『プラハの春』でしたから、今年で研16ということになります。
 当初は花組に配属され、長身で見栄えがすることから、新人公演などで早くから主役に抜擢されました。ダンスが得意で雰囲気がよく似ていることから、「ポスト和央ようか」と言われたものです。春野寿美礼、真飛聖、蘭寿とむと3人のトップスターのもとで男役を修業、春野時代には彩吹真央や蘭寿、真飛時代には大空祐飛、蘭寿時代には壮一帆、愛音羽麗と男役の層が厚い花組で、新人時代の勢いほどにはなかなか目が出ず、スランプの時期もありましたが、2012年、凰稀かなめのトップ就任と同時に宙組に組替え、一気に2番手に躍り出て、凰稀退団と同時に100周年後の新生宙組のトップスターに就任しました。
 朝夏がトップに就任した時点での各組のトップは、花組が明日海りお、月組が龍真咲、雪組が早霧せいな、星組が柚希礼音で、朝夏の長身とその凜としたたたずまいがなんとも新鮮でフレッシュな感じでした。課題だった歌唱力も、宙組に組替えになったころからレッスンの仕方を変えたのか、声の出し方を新たに習得したのか、高音低音ともに余裕がある歌い方に見違えるように変わり、よく伸びる歌声は『王家に捧ぐ歌』や『Shakespeare ――空に満つるは、尽きせぬ言の葉』(宙組、2016年)、そして『エリザベート』と、ダンサーであるとともに歌手・朝夏を強く印象づけることにもなりました。
 退団公演『神々の土地』は宝塚期待の作家・上田久美子の新作です。朝夏の最後にして代表作となるような傑作の誕生を期待したいと思います。

 そして、雪組の新トップスターに就任することが決まった望海は、もう誰もが彼女の起用に異論はない、待ちに待った花も実もある実力派です。特に花組の下級生時代に主演した『太王四神記』(花組、2009年)新人公演のときから定評があったその歌唱力は、その後もどんどん進化して、本公演以外でも『アル・カポネ――スカーフェイスに秘められた真実』(雪組、2015年)や『ドン・ジュアン』(雪組、2016年)などの主演作で観客を魅了しています。早霧・咲妃、そしての望海のゴールデントリオは、観客動員数でも5組中トップを誇っています。この雪組人気を望海1人で今後持続できるか、これも注目の的です。お披露目公演は高汐巴、若葉ひろみ時代の花組で上演され、その後も春野寿美礼や柚希礼音で再演されている柴田侑宏の名作『琥珀色の雨にぬれて』全国ツアーと発表されています。望海の個性にはぴったりの選択で、なかなか楽しみな公演になりそうです。

 そんな発表のさなか、10日からは星組新トップコンビ紅ゆずる・綺咲愛里のお披露目公演、ミュージカル『THE SCARLET PIMPERNEL』が宝塚大劇場で開幕しました。2008年の初演時、紅が新人公演で主演したゆかりの深い演目とあって、初日は満員札止めの盛況。2番手時代が長かっただけに、ファンの待望感も相当なもので、初日の熱気は独特のものがありました。それに応えて紅も、終演後の挨拶で「ファンの方の応援があればこそ今日がありました。ありがとうございました」と感謝、その言葉に満員の客席から大きな拍手が送られました。

 そんな新旧入れ替わりが話題の2017年前半の宝塚ですが、6月1日発売のわが『宝塚イズム35』は、雪組トップコンビ早霧せいな・咲妃みゆの退団を惜しんで、彼女たちのコンビの魅力を大解剖します。現在は雪組ですが、早霧は宙組が生んだ最初のトップスターでもあります。華奢な体のどこにあれだけのパワーがあるのか、その源を執筆メンバーが探ります。大いにご期待ください。もちろん、柚希礼音、北翔海莉のもとで2番手修業をした星組新トップ紅ゆずるのお祝い特集もあります。常に動いている宝塚だからこそ、いましっかりと書きとめておかないといけない。『宝塚イズム』のテーマはそれに尽きるでしょう。執筆メンバーからそろそろ原稿が届くころです。編著者として、宝塚への愛にあふれた多くの原稿を読むのを楽しみにしたいと思います。

 

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オペレッタの楽しみを伝えたくて――『オペレッタの幕開け――オッフェンバックと日本近代』を書いて

森 佳子

「あとがき」にも書いたように、本書は、2014年に出版した私の前著『オッフェンバックと大衆芸術――パリジャンが愛した夢幻オペレッタ』(早稲田大学出版部。博士論文をもとに書いたもの)の「続篇」である。着想から2冊の本の完成までにかなりの年数がかかってしまったが、17年になってやっと出版することができた。
 最初にテーマの着想を得たきっかけは、次のようなものである。オペレッタの創始者ジャック・オッフェンバックの名は日本でも有名で、最高傑作の一つ『地獄のオルフェウス』に挿入される「フレンチ・カンカン」の音楽だけを知っている人も多い。若い世代でさえ、この曲を「運動会の音楽」として認識している。私にはその点が気になった。明治時代から主にドイツのクラシック音楽の影響下にあった日本で、なぜあの曲が昔から知られているのか、不思議だったのだ。
 それに加えて、オッフェンバック作品のすばらしい上演に巡り合ったことが、このたびの執筆に大きな影響を与えている。まずは15年以上さかのぼるが、パリのオペラ・バスチーユで『ホフマン物語』を初めて観て、大きな憧れを抱いたことがその始まりだった。印象的で洗練されたメロディー、時空を行き来し、夢と現実の境が見えない物語構成の面白さ、人形や悪魔あるいは音楽の女神ミューズなどの魅力的な登場人物たち……あの「フレンチ・カンカン」と同じ作曲家の作品とは信じられず、これをテーマに何か書いてみたいと思った。
 そして2007年になって、パリのオペラ・コミック座でオッフェンバックのオペレッタ『ラ・ペリコール』を観て、大きな衝撃を受けたことがあった。本書でも触れた、ジェローム・サヴァリによる「ミュージカル風」演出の上演である。サヴァリはジャズをかなり勉強した人らしいが、このときに使っていた音楽には大変驚かされた。オッフェンバックのオリジナル音楽に、ジャズやロックが交ざったようなアレンジを加えていたと記憶しているが、物語の舞台がペルーということもあってうまくマッチしていた(サヴァリ自身によれば、同時代の南アメリカの独裁政治を舞台で表現したという)。しかもそのうえ、オッフェンバックに扮装した「謎の人物」(小さな丸メガネに薄い頭髪、黒っぽい毛皮付きガウンといった格好)がたびたび舞台上に現れ、観客の笑いをとっていたのが印象的だった。ちなみに本書でも触れたが、彼自身に扮した人物を舞台に出すのは、20世紀初頭によくおこなわれた演出方法である。もっとも、こうした「翻案」上演は、オーソドックスなものを好む人には評価されないかもしれないが、当時の私にとっては新鮮な驚きだった。
 このようなかつての様々な体験のなかで、オッフェンバック作品が秘めている多彩な上演の可能性を見いだしたことが、博士論文と2冊の本の執筆に向かう出発点になっている。しかし博士論文では、オペレッタのように娯楽性が強いジャンルが受け入れられるかどうかわからず、困難な道になるだろうと予想した。だが、幸運なことにそれはうまくいき、学術書と一般書の両方を書き上げるにいたったのだ。
 博士論文と前著の執筆に際しては、オッフェンバックが晩年に影響を受けた「夢幻劇」の調査にかなり時間を費やしたが、後続の本書でもそうした地道なアプローチの姿勢は崩していない。例えば第3章「オッフェンバックとは何者か」では、オッフェンバックがテーマになったムーラン・ルージュのレビューに関して、パンフレットなどの一次資料を読み込んだうえで書いている(フランス国立図書館はまとまった数のパンフレットを所蔵していて、これらが役に立った)。また第6章「日本人とオッフェンバックの出合い」と第7章「花開く日本のオペレッタ」の日本のオペラやオペレッタ上演に関する項目でも、できるかぎり当時の雑誌などにあたったり、オペラ団体からパンフレットを取り寄せたりして、様々な資料に基づいてまとめている。ただし「浅草オペラ」に関しては、知られざる資料がまだまだ眠っていると思われ、十分な情報が得られたとは言いがたい。私にとってはそれが心残りだが、これらが世に出てくることを切に願っている。
 さらに今回の執筆では、次のような点でも苦労した。まず論文から一般書に書き換える際には、かなり工夫しなければならない。例えば、学術の世界で説明が不要のことでも、一般書の場合はそれが必要になる。なおかつ、丁寧で簡潔な表現でなければならない。同時に、単なる「オッフェンバックの伝記」にとどまらない、多くの読者が興味を持てるような構成にしたい。ある意味では、前著を一歩でも乗り越えたいという気持ちもあり、正直言って完成するまでの道のりは平坦ではなかったと思う。
 おそらく、いわゆる「研究書」と呼ばれる本のなかには、専門家だけでなく一般の読者や大学生にも面白いと思えるテーマがたくさんあるだろう。しかも書き方や構成の工夫次第で、それらはもっと興味深く、読みやすいものになると思う。今回はその点で、青弓社にずいぶんサポートしてもらった。私にとってはこれが貴重な第一歩である。

 

第4回 トラックドライバーがコンビニエンスストアを変えた?――私の国道16号線見聞録

後藤美緒(日本大学文理学部助手。論文に「戦間期の学生の読書実践」〔「社会学評論」第62巻第1号〕など)

 国道16号線(以下、16号と略記)を走破してみた。一度は後部座席の乗客として全部を、次は運転手として一部区間を走った。ファミリーカー、ワゴン、大型トラックとさまざまな車両がこの道を駆けていく。立場はさまざまだったが、車中にいながら感じたことがある。はたして16号は、とりわけ自動車で移動する者たちにとって走りやすいのだろうかと。
 運転することは快楽であるとともに、思いのほか体を酷使するものだ。長時間運転して体がこわばった、のどが渇いた、気分転換がしたいなど、ドライバーは気ままに思いつく。
 実際にすでに走りだしてから小1時間。ちょうどいい具合にコンビニエンスストアが見えてきた。あそこで一息入れよう。雑誌を立ち読みしてからトイレに行って、甘い物でも買おうか。しかし、はたしてここはコンビニなのか。

写真1 埼玉県春日部市増戸地区を野田市方面から望む(2016年5月1日撮影)

16号上のサービスエリア?

 川口方面からは左手に、野田方面からは右手にそのコンビニは現れる。川口方面から駐車場に入ると、まず目に入るのは10トンを超える大型トラックの鼻先である。駐車スペースを求めて徐行運転すると、それが数台あることに気づき、いま何をしようとしていたのか忘れてしまう(写真2)。よく見ると、ナンバーはさいたまではない。札幌、山形、三重、大分と全国のナンバーだ。ウィンドーガラスには日中にもかかわらずカーテンがかけられ、エンジンが切られた車体同様、運転手たちも休んでいることがうかがわれる。

写真2 駐車場で出迎える大型トラック

 群居する車体を横目に店内に入って入り口付近に目をこらすと、まず飛び込んでくるのは、書体も鮮やかな廉価コミックとCDラック。次に車内用の消臭剤や芳香剤と携帯トイレ、簡易車体用ワックス、そして大容量の水色のカーウォッシャー液である。小さなカーショップ並みの品ぞろえをいぶかしみながら、ようやく書棚にたどり着くと、そこには女性ファッション誌はなく、地図や観光情報、男性マンガ雑誌、生活雑誌、成人雑誌が並ぶ。どうやらお目当てのものはないようだ。それではとトイレに向かうと、男女別に分かれてトイレが3つあることに気づく。こうなるとがぜん面白くなって店内散策に出かける。すると、弁当や飲料だけではなくアルコール類も小型スーパーマーケット並み。男性用肌着も都心のオフィス街レベルの品ぞろえだ。
 サービスエリアの基本設計は、駐車場、トイレ、電話、園地(休憩スペース)で構成されているという。巨大な駐車場に全国のナンバーのトラック、複数のトイレ設備、自動車用品を含む充実した品ぞろえは、あたかも高速道路のサービスエリアのようだ。しかし、ここは16号。幹線道路であって高速ではない。

ドライバーとコンビニ

 コンビニ経営の成立要件は人口密度、配送距離、配送コストの3点だといわれる。ここで取り上げたコンビニは、東北自動車道と国道4号線から車で約10分の幹線道路沿いにあり、近隣には徒歩圏内ではないものの住宅団地が広がっている。最寄りのコンビニまでも距離があり、深夜営業を売りにして競合する存在はない。独立した商圏が十分成立することが予想される。通勤通学途中にあるコンビニは、ちょっとした飲み物やお菓子にはじまり、昼食や夜食の調達、公共料金の振り込みや預金の払い戻しもでき、もはや地域になくてはならないものである。さしずめ、ここは地域のコンビニというところだろう。
 だが、ここではコンビニであるがゆえに、異なる時間と空間を引き寄せているのではないだろうか。2つの大きな道路網に囲まれた、片側2車線で中央分離帯と歩道が整備された春日部市内の16号は、拠点をつないで物を運ぶトラックにとって本来なら最適な道路である。しかし、彼らの欲求をまかなう施設は幹線沿いには見つからない。実際に移動してみると、飲食店にはファミリーカーを基本にした駐車場しかなく、トラック運転手が休息と栄養を補給する場所は必然的に限られる。付近には巨大な駐車スペースを備えた物流センターが散在するものの、そこにとどまってはあまりにも仕事と休息が地続きになってしまう。
 おおよそ、生活に必要なものをまかなえるのがコンビニである。訪れれば必ずこれだけはある、という確信が私たちをコンビニに運ぶ。そこに時間や場所に対する制約はない。それは誰に対してもだ。
 そうしたなか、幹線沿いの商店にとって、得意先を自動車で回る営業マンや運送業社のドライバーは重要な顧客である。昼夜を問わずおこなわれる長距離移動で疲れたトラックドライバーを休ませるのは、ひょっとするといつもの一杯かもしれない。しかも、コンビニは通勤途中だろうが、休日のドライブだろうが、勤務中だろうが理由を問わない。彼らを消費者として取り込もうとしたときに見いだされた身体性が、コンビニをサービスエリア化させ、コンビニの特性である没場所性を奪っていく。けれど、ここはコンビニ。駐車場やトイレは付属設備になり、純然たるサービスエリアになることはない。

 16号ではトラックとファミリーカーをしばしば見かける。それらは並列で、ときには縦列のように走っていることもある。ただ、それらは、一方通行の道を互いに無関心に走っている。また、散在する大型ショッピングセンターでは、ファミリーカーは幹線道路沿いから店舗正面へ、トラックは搬入口のある店舗の裏側に回り、ここでも交わることはない。目的も運転技術も異なる2つのドライバーは潜在的に不協和音を抱えているが、16号上で顕在化することはない。そうした出会わないドライバーが、商業を媒介に対面してしまうのがくだんのコンビニなのだ。
 本リレーエッセーの第2回「国道16号と私――あるいは『国道16号線スタディーズ』の私的企画意図」で西田善行が述べるように、16号は実は地域によってさまざまな表情を見せる。没場所性を有するコンビニは、一部とはいえ、16号と交わることでむしろ独自性を進化させていったのだ。

 

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第6回 花組トップ娘役・花乃まりあ退団に贈る言葉

鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)

 つい先日2017年年頭のご挨拶をさまざまな方たちと交わしたつもりでいましたが、早くもめくれたカレンダーの2枚目、2月が終わりに近づいています。まさに飛ぶように過ぎていく毎日に息つく暇もない思いですし、すでに手配している劇場の前売り券には6月・7月の公演も交じってきました。あまりにも先すぎるように思いながら、このチケットで客席に座るまで、ちゃんと元気でいなければ!と前売り券に鼓舞されているような気持ちにもなるのは、ライブパフォーマンスを愛する者の特権かもしれません。
 そんななか、6月1日刊行予定の『宝塚イズム35』の準備も着々と始まっています。幸い『宝塚イズム34――特集 さよなら北翔海莉&妃海風』は大変ご好評をいただき、青弓社にほぼ在庫がない状態ということで、編著者の一人としてうれしく、ありがたく思っています。書店によってはまだ並んでいるかと思いますので、気になっている方は店頭でぜひお求めください。その熱い勢いに乗って!と、『35』の編集会議も白熱し、平成のゴールデンコンビとうたわれた雪組トップコンビ早霧せいな&咲妃みゆ退団特集を軸に、星組新トップコンビ紅ゆずる&綺咲愛里お披露目、宝塚レビュー90周年、など盛りだくさんなテーマでお送りすべく動いています。こちらもどうぞお楽しみになさってください。
 と、思いは先へ先へと進んでいくのですが、一方でこの2月を思い返しますと、第一日曜日の2月5日、宝塚花組公演『雪華抄』『金色の砂漠』東京宝塚劇場千秋楽をもって、花組トップ娘役・花乃まりあが宝塚を去っていきました。
 2010年、『THE SCARLET PIMPERNEL』(月組)で初舞台を踏んだ花乃は、宙組に配属。可憐な容姿の新進娘役として、いち早く頭角を現します。12年、宙組6代目トップスター凰稀かなめのトップお披露目公演『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』の新人公演では、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ(ヒルダ)役を演じ、早くも新人公演初ヒロイン。13年、同作品の博多座公演では、物語の重要人物ヤン・ウェンリーの養子ユリアンを、キリリと芯が通った少年役として生き生きと演じ注目を集めます。その後も『モンテ・クリスト伯』(宙組、2013年)の新人公演でヒロイン・メルセデス役、『the WILD Meets the WILD』(宙組、2013年)のエマ・トゥワイニング役で宝塚バウホール公演初ヒロイン、さらに『風と共に去りぬ』(宙組、2013年)の新人公演では、本公演で男役スターの朝夏まなと・七海ひろきが演じていたヒロイン、スカーレット・オハラ役を演じ、娘役が演じるスカーレットならではの、可憐さをもった体当たりの熱演を披露しました。何より、博多座公演からここまでの経歴がすべて2013年1年間でのことだった、という事実が雄弁に語るように、花乃は宙組の秘蔵っ子、未来のヒロイン娘役候補生として、大切に大切に育てられてきたのです。
 ですから、翌2014年に花組に組替え、『ベルサイユのばら――フェルゼンとマリー・アントワネット編』(花組、2014年)の中日劇場公演でのロザリー役、『エリザベート――愛と死の輪舞』(花組、2014年)新人公演でのエリザベート役を経て、花組トップスター明日海りおの2代目の相手役、花組トップ娘役に花乃が就任したことは、宙組時代の彼女を知る者からすれば、しごく当然の流れに思えたものでした。
 ところが、明日海の相手役という観点だけで見れば花乃がやや大柄だったことや、これまで当たり役にしてきたのが、『the WILD Meets the WILD』のエマや『風と共に去りぬ』のスカーレットという、宝塚の娘役特有の砂糖菓子のような愛らしさとは一つ異なる、勝ち気な性格の役どころだったこと、さらに持ち味にどこか現代的な香りがあったことが、古典的な美貌を誇る明日海の個性と、ややなじみにくいのでは?ということ――これらが懸念され、ファンの一部から不安の声が上がったのもまた事実で、花乃の才能を高く買っていた一人として、私も陰ながら気をもんだ時期があったものです。
 けれども、トップ娘役として一つひとつの作品に立ち向かううちに、役柄に対してひたむきでまっすぐな花乃らしい演じぶりが、やはり芝居をとことん深めていく明日海とがっぷり向かい合う真剣勝負に、日々爽快さを加えていったように思います。確かに寄り添い型の娘役ではなかったかもしれませんが、でもだからこそ、進化するコンビとしての面白さは抜群でした。『Ernest in Love』(花組、2015、16年)のグウェンドレン、『カリスタの海に抱かれて』(花組、2015年)のアリシア・グランディー、『ベルサイユのばら――フェルゼンとマリー・アントワネット編』(花組、2015年)のマリー・アントワネット、『新源氏物語』(花組、2015年)の藤壺の女御、『ME AND MY GIRL』(花組、2016年)のサリー・スミス、『仮面のロマネスク』(花組、2016年)のメルトゥイユ夫人、そして、『金色の砂漠』のタルハーミネ。こうして並べてみると、意外にも再演物が多いのですが、そのどれもが花乃でなければ、もっといえば明日海と花乃でなければという、丁々発止のやりとりを楽しめる作品になっていたのは、宝塚を観る楽しみをさらに超えて、芝居を観る醍醐味にあふれていました。特に、『ME AND MY GIRL』以降の作品には、花乃のなかになかったはずがない悩みや葛藤が吹っ切れたかのような伸びやかさと勢いがあり、宙組の若手時代のおおらかさも戻って、生き生きと輝く花乃を観ることができ、実にうれしい期間でした。
 そんな花乃だからこそ、退団公演になった『金色の砂漠』の、男役トップスターが奴隷でトップ娘役が王女という、女性が夢を見られるファンタジー世界のなかでの男性優位を描いてきた宝塚としてはイレギュラー中のイレギュラーである設定が生み出す、互いの矜持をかけた愛憎相半ばするきわめてディープな世界を演じきることができたのだと思います。『金色の砂漠』は、花乃まりあという娘役にとっても、また明日海&花乃コンビにとっても、集大成であり代表作に仕上がりました。これぞ有終の美とたたえられるべきものにちがいありません。
 ですから、2月5日の千秋楽におこなわれた花乃まりあサヨナラショーでは、『ME AND MY GIRL』を中心に、花乃の代表作のナンバーを芝居チックにつなげていく見事な構成とともに、実に晴れやかな花乃を堪能できたのも当然だったのでしょう。真紅のドレスで大階段に1人立つ花乃が劇場中に発したオーラのなんと輝いていたことか! 台湾公演にももっていった『宝塚幻想曲』(花組、2015年)の「花は咲く」による明日海との名残のデュエットダンスも美しく、なんとも華やぎに満ちた時間が流れていきました。筋金入りの「雨女」だという花乃ですが、この日東京の天気はどうにかもち、明日海が「花組の雨姫は、今日はみなさまの心と(自分の頬を指して)ここに雨を降らせたのだと思います」という、なんとも粋で愛にあふれた言葉で、去りゆく相手役をねぎらったのがことさらに印象的で、花乃の真摯な別れの言葉とともに胸に深く残るものがありました。
 だからこそ、トップ娘役として花乃まりあが本懐を遂げて退団していったことを疑う余地はないのですが、少し気になるのは、花乃が今後芸能生活をする予定はなさそうだという声です。それはあまりにももったいない!と伝えたい気持ちでいっぱいです。花乃は、宝塚の枠を広げる域にまで達したあの芝居力、映像にも出ていけるビジュアル、心地いい声と、たくさんの宝石をもった表現者です。しばらくはゆっくり休んで、そしていつかどんな形でもいいから、また表現することを始めてほしいと、声を大にして言っておきたいと思います。そんな願いとともに、大輪の花を咲かせた宝塚トップ娘役・花乃まりあに拍手を贈ります。お疲れさまでした、そしてすばらしい舞台をありがとう。

 

Copyright Eriko Tsuruoka
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第3回 相模原市緑区巡礼――Walking alone/along R16

松下優一(法政大学大原社会問題研究所環境アーカイブズRA。共著に『失われざる十年の記憶』〔青弓社〕ほか)

 筆者にとって国道16号線(以下、16号と略記)とは、何よりもまず、鉄道駅(JR線および京王線の橋本駅)へ向かうべく、ほぼ毎日のように横切る道路である。幅が広く、交通量が多く、大型車両が行き交うその道を渡るのは、いつも少し億劫だ(たいてい、長い信号待ちや地下道への迂回を強いられる)。電車で各地へ通勤する者にとって16号は、行く手を遮る障害物、多少の緊張感とともに横切る対象として現れる。
 このエリアに暮らしてはや数年になるが、思えば私は16号を横切るばかりで、道に沿って移動したことがないのだった(特に用がなかったからである)。そこで、今回のリレーエッセーでは、16号に沿って歩く、という非日常的な行為に出ることにしたい。区間は相模原市緑区。陸橋続きで、自動車ならあっという間に通り過ぎてしまうような距離だが、その沿線風景を見ていくと「16号的」要素連関が浮かび上がってくる、のではないだろうか。

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写真1 アリオ橋本屋上駐車場から北西=津久井方面を望む(2016年11月29日撮影)

相模原北部から八王子、福生、入間・狭山にかけては、16号のルートのうちで最も“山”が近づく区間である。横浜方面から北上すれば左手に、埼玉方面から南下すれば右手に“山”=関東山地が見える(関東山地は、相模川を挟んで北の秩父山地と南の丹沢山地に分かれていて、相模湖や津久井湖は相模川のダム湖にあたる)。橋本駅に入る京王線や駅周辺の少し高い建物から西の方角を眺めると、山の近さがよくわかる。

 

写真2 国道413号線分岐点前(2016年10月29日撮影

2016年の夏、私たちはメディア報道で「相模原市緑区」という地名をしばしば目にすることになった。「相模原障害者殺傷事件」の現場(津久井やまゆり園の所在地およびその容疑者の居住地)として、である。ただし、「事件が起きた場所は10年前までは相模原市ではなかった(1)」。緑区は、10年に政令指定都市になった相模原市の北部に位置し、JR横浜線・相模線と京王線が乗り入れる橋本駅を中心とした区域と、06年から07年に合併した旧・津久井郡4町(城山町・津久井町・相模湖町・藤野町)の広大な山間部からなる。16号は、緑区の東端をかすめるように走っている。写真は相模原から津久井・相模湖方面へ向かう幹線である国道413号線の分岐点。津久井方面へは葬儀屋の手前で左折、直進すればJR横浜線の踏切。

 

写真3 元橋本交差点付近(2016年10月29日撮影)

横浜線の踏切を渡って北へ行くと元橋本交差点。ここで16号は八王子バイパスと旧道に分岐する。地上に横断歩道はない。

 

写真4 八王子バイパスと多摩丘陵(2016年12月3日撮影)

写真4 八王子バイパスと多摩丘陵(2016年12月3日撮影)
16号緑区区間の北端。墓地の向こうには「境川」が蛇行し、東京都・町田市との境界線をなしている。このあたりは「元橋本」の地名のとおり、お寺や墓地があり、歴史が漂う。16号は境川を越えると東京都道47号線(通称・町田街道)と交差し、多摩丘陵にぶつかる。

 

写真5 元橋本交差点歩道橋上から横浜方面を望む(2016年10月29日撮影)

横須賀から58キロ、横浜から35キロ。新宿まで京王線特急で40分足らず。画面奥のタワーマンションが立ち並ぶあたりに、緑区の区役所ができた。ちなみに現在、首都圏には4つの緑区があり(ほかに横浜市・さいたま市・千葉市)、どの緑区も16号沿線である。

 

写真6 東京電力橋本変電所前(2016年11月22日撮影)

横浜方面に南下すると、向かって左側に、長いコンクリートの壁と送電線、そびえ立つ大小の鉄塔の群れが現れる。この一帯には、住宅地の頭上を送電線が走る“『ウシジマくん(2)』的な風景”が広がる。画面右の信号機には「自転車事故多発地点」という警告看板が立っている。左手に折れると、かなたまで続くコンクリート塀の有刺鉄線が殺伐たる雰囲気を醸している。写真1の右手に見える鉄塔はここに立つ。

 

写真7 小学校入り口(2016年10月29日撮影)

変電所からさらに南下すると左手に小学校。優先されるべき歩行者にはなかなか出会わない。

 

写真8 橋本五差路地下道(2016年10月29日撮影)

さらに南下すると、16号は国道129号線や津久井広域道路などと立体交差し、やや東に折れる。ここも横断歩道はなく、歩行者や自転車は地下道を通らなければならないのだが、枝分かれした地下道は複雑で、方向感覚をまひさせる。そのため往々にして意図せざる場所に出る羽目になる。

 

写真9 ロジポート橋本(2016年10月29日撮影)

五差路の地下道を無事抜けると、左手に巨大な箱のような建物が現れる。物流施設のようだ。やはり沿道に人影はない。

 

写真10 大河原陸橋側道(2016年10月29日撮影)

右手に16号、左手に日本山村硝子の工場。突き当たりはJR相模線、その向こうは神奈川医療少年院、中央区である。中央区の16号は道幅が広い直線区間で、銀杏並木が続き、ロードサイドの商業施設が増え、沿道は華やいで見える。この風景は、基地の痕跡である。道路の直線は戦前の軍都計画の名残だし、相模原初のロードサイド店は、道沿いに休憩施設がほしいという駐留アメリカ軍人や外国人観光客からの声を受けて1955年に開設された相模原レストハウスだったという(3)。

 

写真11 ラブホテル(2016年10月29日撮影)

もちろんある。ロジテック橋本の向かい。奥にもう一軒あり。

 

写真12 相模原機械金属工業団地(2016年11月29日撮影)

ここは大小さまざまな工場が立ち並ぶエリア。この一帯は、さながら巨大な迷路だ。まず、同じような工場や倉庫の建屋が続くので場所の見当をつけにくい。また、歩道がない道路が人を拒み、車両に脅かされる(工業団地なので当然だが)。夕暮れどきに迷い込めば、人外の心細さを味わうことができるだろう。

 

写真13 貸しコンテナ(2016年11月29日撮影)

最近このあたりに増えた気がする。モノは捨てないかぎり蓄積されていく。そして、大都市住民の居住スペースは限られている。これはあふれたモノ、持て余されたモノたちが行き着く先、ということになるのだろうか。

 

写真14 相模原市北清掃工場(2016年12月3日撮影)

写真14 相模原市北清掃工場(2016年12月3日撮影)
ゴミ収集車出動。相模原北部の廃棄物はここに集まる。粗大ごみを持ち込める施設も併設されている。

 

写真15 職業能力開発総合大学校跡(2016年12月3日撮影)

視界が開け、何やら大きな建物が取り壊されている。ここにあった学校は2013年に移転し、それ以後廃墟になっていた。

 

写真16 送電線の狭間の荒地(2016年12月3日撮影)

写真16 送電線の狭間の荒地(2016年12月3日撮影)
立て看板によれば、障害者福祉施設の建設予定地であるようだ。台地を下って少し行けば、相模川に出る。

 

写真16+1 相模川と圏央道(2015年8月10日撮影)

写真16+1 相模川と圏央道(2015年8月10日撮影)
相模川にかかる巨大な橋(県道510号線/津久井広域道路新小倉橋)の上は、足が竦むような高さである。奥の山が城山。手前を横切るのが圏央道の橋梁。画面右奥に城山ダム(ダム上を国道413号線が通る)、その向こうは津久井湖や相模湖が連なるエリアになる。遥拝。もはや16号からずいぶん離れたところまで来てしまった。

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 さて、今回の撮影地点は、以下の地図のとおりである。相模原市緑区の橋本エリア(相模川と境川のあいだに広がる台地)を、おおよそ東北南西に巡ったことになるだろうか。ルートとしては途中で16号を外れ、五差路で分岐する県道508号線(相模原から津久井への路線を複数化すべく整備中の「津久井広域道路」)に沿って北西へと向かっているが、この道は中央区から続く16号直線区間の延長線である。地図で見れば単純そうだが、実際に歩くとなれば話は別である。まず途中で歩道がなくなる。また工業地帯の道路が直線ということは大型車両のスピードが出るということであり、沿線の工場から輸送トラックがしばしば出てくるということである。自転車や歩行者は気が抜けず、車が怖くて脇道に逃げ込む。すると工場地帯をさまよう羽目になる。このルートを歩こうとされる奇特な方々はくれぐれも気をつけてほしい。
 なお採録は見送ったが、橋本変電所周辺に立つ送電線鉄塔の風景は、夕映えの山のシルエットとともに実にフォトジェニックである。鉄塔好きなら西へ続く送電線をたどるのも一興だ。橋本駅はアリオ橋本付近の相模線の歩道橋から撮るのがいい(相模線・横浜線・京王線が集散する様子が楽しめる)。境川付近は、曲がりくねった深い谷川に白鷺が歩き、町田街道と多摩丘陵周辺は『ブラタモリ』(NHK、2008年―)的な歴史散歩にもってこいではないだろうか。相模川付近では、段丘上の畑地にたたずむひまわりののどかさに癒される一方で、城山(津久井城)東麓は、巨大な橋梁や山を貫く圏央道、ダムや発電所など新旧の建造物が集中していて(小倉橋は1938年、城山ダムは65年完成、新小倉橋は2004年開通、愛川―高尾山間の圏央道は14年開通)、開発的近代の地層を露出させるかのように織りなす山河と人工物のスペクタクルが目をうつ(4)。やがてこのあたりの風景には、リニア中央新幹線が重なることになる。東京からほぼ途切れなく広がった都市が、“山”にぶつかる場所。東京の西の淵。そこでは20世紀に夢見られた近代的プロジェクトがいまなお作動し、堆積し続けている。


図1 撮影地点
『相模原市・愛川町 第6版』(〔「都市地図――神奈川県」第10巻〕、昭文社、2016年)を利用。


(1)猪瀬浩平「土地の名前は残ったか?――吶喊の傍らで、相模湖町の地域史を掘る」、「緊急特集 相模原障害者殺傷事件」「現代思想」2016年10月号、青土社、232ページ
(2)真鍋昌平『闇金ウシジマくん』(ビッグコミックス)、小学館、2004年―
(3)箸本健二「消費と商業をめぐる相模原市の現代史」、相模原市教育委員会教育局生涯学習部博物館編『相模原市史現代テーマ編――軍都・基地そして都市化』所収、相模原市、2014年、684―685ページ
(4)相模湖周辺の開発については、ひとまず前掲「土地の名前は残ったか?」参照。

 

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