第11回 千秋楽中継に見る宝塚の変化と進化

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

 宝塚史上最強のトップコンビといわれた早霧せいな・咲妃みゆの2人が、7月23日の雪組『幕末太陽傳』『Dramatic“S”!』東京公演千秋楽で、宝塚歌劇団を無事卒業しました。当日の模様は最近の千秋楽恒例になった全国東宝系と台湾の映画館でライブ中継されました。今回は特に上映館数が多く、直前にも上映館が追加されるなど、あらためて2人の人気が証明される盛況になりました。
 東京宝塚劇場の千秋楽のチケットは、チケットサイトでは30万円のプレミアがついたといわれていますが、ライブ中継のチケットでさえも3倍以上の値で取り引きされたといいますからびっくりです。100周年以降、蘭寿とむ、壮一帆、凰稀かなめ、柚希礼音、龍真咲、北翔海莉と6人のトップがすでに退団、それぞれ熱気を帯びたサヨナラでしたが、今回の早霧・咲妃の退団の過熱ぶりは想像をはるかに超えたものになったようで、これほどのサヨナラフィーバーはもう当分ないだろうとさえいわれています。
 トップスターのサヨナラ公演の東京公演千秋楽の様子が全国の映画館でライブ中継されるようになったのはいつごろからだろうと思い返してみると、2015年の柚希退団のときくらいからではないかと思われますので、まだそんな前ではありません。年に一度の祭典『タカラヅカスペシャル』や宝塚歌劇100周年夢の祭典『時を奏でるスミレの花たち』などの特別なイベントの全国的な映画館ライブ中継はありましたが、サヨナラ公演千秋楽のライブ中継は宝塚バウホールや東京、大阪、福岡などの大都市の映画館でのライブに限られていました。全国の映画館でのライブは柚希が最初ではなかったかと。柚希の千秋楽ライブ中継はさいたまアリーナでもあり、それを観ていたファンが、終了後、日比谷に大挙してどっと流れてきたことでちょっとした話題になったものです。柚希の大成功で、最近はサヨナラ公演でなくても東京公演千秋楽はすべての公演でライブ中継がおこなわれるようになり、早霧・咲妃のサヨナラ公演はついに宝塚大劇場千秋楽も全国ライブ中継が実現、宙組公演『A Motion』(2017年)のような梅田芸術劇場での外箱公演までも全国の映画館でライブ中継されるようになりました。
 映画館といってもシネマコンプレックスですから、チケットの売れ行きによって大きなスペースだったり小さなスペースだったりとさまざまに変化しますが、料金は一律4,600円で変わりません。東京公演のサヨナラ千秋楽は1時半に開演して終了は6時半ごろになりますから正味5時間。単純に計算して映画3本分になりますのであながち高いとはいえないのですが、その昔、宝塚大劇場でのトップのサヨナラ千秋楽のときは、チケットを買えなかったファンのためにロビーにテレビを置き、場内の様子を中継、無料で開放していたことを思うと、時代も変わったものだなあと思うことしきり。小さなテレビ画面を食い入るように見つめていたファンの熱い視線が忘れられません。もちろんロビーに集まるファンの多さが人気のバロメーターになったものでした。テレビがプロジェクターに変わり、大劇場に隣接するエスプリホールで中継するようになってから有料になったと記憶しています。そのころはまだ1,000円程度でしたが。いまや宝塚の千秋楽中継は、東宝の年間売り上げを左右するほどの一大イベントになっているようです。
 さて退団した早霧は、退団後10日ほどたった8月初旬、11月に東京と大阪で『SECRET SPLENDOUR』(構成・演出:荻田浩一)と題するコンサートで再出発することを発表しました。東京での千秋楽では、終了後の記者会見で、退団後については「軍の機密」とユーモアたっぷりに言明、男役との決別に対しては涙を見せたと聞いていたことから早期の芸能界復帰はないかもと思っていたので、思いのほか早い再出発の発表にはちょっと驚かされました。とはいえ、舞台人としての可能性は計り知れないと思いますので大歓迎。今後どんな舞台を見せてくれるのか、いずれ『宝塚イズム』のOGインタビューに登場してもらって、そのあたりをじっくり聞いてみたいと思います。
 早霧・咲妃以外にも鳳翔大、香綾しずる、桃花ひな、星乃あんりといった、早霧・咲妃の2人を支えてきたメンバーも同時に退団、次期トップコンビ望海風斗・真彩希帆を中心とした新生雪組はがらりと雰囲気が変わりそうです。そんな新生雪組は、8月25日から始まる全国ツアー公演『琥珀色の雨にぬれて』からスタートします。前トップが退団後初コンサートを発表したかと思うと、宝塚では丸1カ月で新しい組が始動する。そんな目まぐるしい動きの連続で、宝塚は少しずつ、しかしドラスティックに変わっていきます。
 そんな宝塚のダイナミックな動きを正確に、確実にお伝えしていこうというのが『宝塚イズム』の大きなテーマ。その最新号『宝塚イズム36』ですが、すでに大体の構成は固まり、現在、執筆メンバーに原稿を依頼している段階です。
 次号のメイン特集は、早霧・咲妃に続いて今年末で退団する宙組のトップスター朝夏まなとのサヨナラ特集です。朝夏といえば佐賀県が生んだ最初のトップスター。星組トップの紅ゆずるとは同期生です。早くから新人公演の主役に起用され、次代のスターとして大事に育てられてきました。ひまわりのような明るさと、手足の長さを駆使したダイナミックなダンスが魅力的な男役です。トップに就任して丸2年。退団はちょっと早すぎるような気もしないではありませんが、それも一つの決断。退団公演『神々の土地』にかける彼女の意気込みに期待しましょう。さまざまな面から彼女の魅力にアプローチ、朝夏との惜別にふさわしい特集をお約束します。
 もちろん、望海を中心とした新生雪組と真風涼帆を中心とした新生宙組への期待といった、2018年、新たな宝塚の展望を見据えた小特集にも興味深い原稿が集まりそうです。大いに期待していただきたいと思います。
 一方、10月には花組で大和和紀原作『はいからさんが通る』、来年1月には同じ花組で萩尾望都原作『ポーの一族』と少女マンガの王道というべき2作が次々に上演されます。『はいからさんが通る』はかつて関西テレビ『宝塚テレビロマン』(1979年)で、花鳥いつき、平みち、日向薫、剣幸、遥くららといった豪華メンバーでドラマ化されたことがありますが、以来、初めての舞台化。『ポーの一族』は、1974年に刊行されたときから小池修一郎が宝塚での舞台化を念願していたという作品。『ルパン3世――王妃の首飾りを追え!』(雪組、2015年)、『るろうに剣心』(雪組、2016年)と少年マンガの舞台化が続いた宝塚にあって、久々、少女マンガの王道作の登場。この2作の上演に合わせて宝塚歌劇と少女マンガの特集も組みます。
 と、こう書いただけで早くも手に取りたいと思われたファンの方、それは相当な宝塚ファン。発売日はまだ先ですが、首を長くしてお待ちください!

 

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