古賀令子『コルセットの文化史』コルセットの時代[シーズン]、再び?

 毎シーズン発表されるパリ・コレクション。ファッション・クリエイターたちはみずからの創造や提案を世界に問うために、ジャーナリストやビジネス・ピープルたちはその新しい芽をいち早くつかみとろうと、世界中から集まる。2004-5秋冬コレクションの大きな話題は、ジャン=ポール・ゴルチエがクリエイティブ・ディレクターとなったエルメス社のコレクションだった。
 マドンナのセンセーショナルな衣装製作者としても知られるゴルチエは、幼時の「祖母のコルセットの記憶」にこだわりつづける。その名を冠した香水のボトルもコルセットをならっている。そして新エルメス・コレクションにもその刻印が押されたのだ。
 コルセットはいつから存在したのだろうか?
 コルセットに似た衣服は古代にもあった。地中海クレタ島の女性たちは、膨らんだスカートで下半身を覆う一方、ウエスト部分を細く締めたらしい。出土した多彩色テラコッタの女神像は、こうしたコルセット風の服装で身を包んでいる。しかし、クレタの文化はギリシャに滅ぼされた。そして、古代文明のギリシャ・ローマではゆったりした巻衣が主流で、女性性の身体的特徴にあまり価値を見いださなかったらしい。中世以降、オリエントなどの影響もあって衣服が立体化して男女差も確立し、女性の身体の曲線美を紐締め[レイシング]によって表現するようになった。
 ルネサンス時代に入ると女性服立体化の技巧は進展し、大きく膨らませたスカートの上半身は、堅く糊付けした麻地を張り骨[ボーン]で補強した胴着[ボディス]を強く紐締め[レイシング]するようになった。当時のヨーロッパ各地の宮廷ではそれぞれ多少の違いはあったものの細いウエストが好まれ、女性だけでなく男性もその細さを競ったという。イギリスのエリザベス一世も、強く締めた胴着[ボディス]とスカート枠[ファージンゲール]とでかっちり構築した豪奢な衣装姿の肖像画を残している。胴着[ボディス]は張り骨[ボーン]と紐締め[レイシング]の構造によって次第に本格的コルセット化するが、「コルセット」という呼称がイギリスで使われるようになったのは17世紀頃である。
 しかし、18世紀末、コルセットはその姿を消す。王政からモードまであらゆる旧体制を覆そうとするフランス革命の時代、宮廷スタイルの象徴としてコルセットも否定され、新しく台頭した直線的な新古典主義[ネオ・クラシシズム]スタイルはナポレオンの帝政から公認されたのだ。
 しかし、短期間の帝政崩壊後、再び女性の身体の曲線を誇張するシルエットが復活する。19世紀は、ブルジョワジーたちの価値観が時代を支配した。男女の役割分化が確立して女性にはあくまでも女らしさが求められ、機能を無視した装飾的・技巧的なモードが階級の印となった。コルセットは復活し、王侯貴族から労働者階級にいたるまで、選択の余地なく着けるべきものとなった。コルセットは女性専用ではなかった。伊達男のなかにも着用する者がいたらしい。流行によるフォルムの変遷や製作技術の進展・革新などによる変化は多様だったし、極端な紐締め[タイト・レイシング]の害を問題視する医学者や女性運動家たちによるコルセット批判もやかましかったが、コルセット着用は、世紀を超え第一次世界大戦まで続く。
 20世紀初頭、モードが女性たちのコルセットを脱がせた。後に「モードのサルタン」とも呼ばれるポール・ポワレらが提案するシンプルで緩やかな新しいモードが、コルセットを流行遅れにし、徐々に社会進出を始め、テニスやゴルフなどスポーツを楽しむようにもなっていた20世紀の女性たちは、コルセットに代わってブラジャーを採用するようになったのだ。
 コルセット・スタイルが復活するのは第二次世界大戦後、クリスチャン・ディオールの「ニュー・ルック」発表による。「整形下着[ファウンデーション]なしにモードはありえない」というディオール自身の作品は服そのものにコルセットのような張り骨[ボーン]が入っていたが、「ニュー・ルック」を追う女性たちは、少しでもウエストを細くしようと整形下着[ファウンデーション]を求めた。しかしすでに合成繊維が導入されてストレッチ性を備えた整形下着[ファウンデーション]は、以前のコルセットとは別のものだった。
 服の内側で身体を締め上げる伝統的コルセットは、モードの主流を外れた。しかし、コルセットはいまなお無視できない存在でありつづける。「内なるコルセット」として、「表着化したコルセット」として。
 コルセットから解放されたはずの現代女性を縛る「やせ願望」という「内なるコルセット」の締め付けは緩まる気配がない。モード誌のダイエット特集に整形美容医までもが加わって女性たちの「やせ願望」を強迫観念化しているようだ。
 そして、伝統的コルセットは、ロックやストリート・シーンなどでそのフェティッシュな存在感が再評価されている。こうしたサブ=カルチャーと共振するアヴァンギャルドなデザイナーの旗手ゴルチエらが、再びコルセットをモードの表舞台へと引っぱり出した。ヴィヴィアン・ウエストウッドやクリスチャン・ラクロワ、アレキサンダー・マックイーンらも加わった、過去の下着を「見せる」モードへ変貌[コンバート]する作業は、現代モード界に大きな影響を及ぼした。表のフォルムを支える裏の存在から、「見せる下着」という新しいコンセプトを得て表着となったコルセットは、その身体との密着性によって身体を誇らしげに顕示するツールと化した。
 そしていま、新しい「コルセットの時代[シーズン]」がやってきたのだろうか。パリで、そして東京でもクリエーターたちがコルセットを作り出している。「洋服」を日常着としながら、「祖母のコルセットの記憶」をもたない私たち。現代のコルセットは私たちの衣服の記憶に何かを残すのだろうか?