手を取り合って観光業界の底上げを――『旅行ライターになろう!』を出版して

野添ちかこ

 ゴールデンウィークのとある昼下がり、『旅行ライターになろう!』を読んだ人から、「素敵な本を世に出してくださってありがとうございます」と「Twitter」でコメントをもらった。
 差出人はすでに書くことを生業にしている旅行ライターさん。拙著のなかでインタビューした人の書評をきっかけにこの本を読んだのだという。
「え? そんなうれしいことを言ってもらえるんだ?」
 想定外のメッセージに驚いたが、同時に旅行ライターについて書かれた本は近頃ほとんど出版されておらず、フリーの旅行ライターは、みな手探りで仕事をしているのだと気づいた。同業者の仕事を垣間見ることはほぼないに等しい。

 実は、私の旅行ライターとしての日々も、常に悩みのなかにあった。
「この仕事は、本当に世の中に必要とされているのだろうか」
「私が書かなくても、自分の代わりはごまんといるんじゃないか」
 署名記事を書かせてもらえるようになったいまも、そんな不安と隣り合わせにある。我ながらマイナス思考も甚だしいが、“隣の芝生は青い”のだ。
 本来、自分の醜態や弱い部分は隠すべきものなのだが、一冊の本を執筆するとなると、隠そうと思っても負の感情が行間からにじみ出てくる。執筆中はハゲるんじゃないかと思った。

 内田康夫さんのサスペンス小説「浅見光彦シリーズ」の主人公である「旅と歴史」のルポライター・浅見光彦のような仕事を旅行ライターだと思っている人もいるかもしれないが、あれはあくまでもドラマのなかの設定。あんなふうに事件に首を突っ込む暇は、普通はない。
 ウェブトラベルライターが書く仕事論はウェブ上に散見されるが、紙媒体を中心に仕事をしてきた旅行ライターは仕事の実態についてわざわざ記事にはしない。だから隣の人のリアルな仕事事情を誰も知らない。みんな、本音の部分を知りたかったのだ。そういう意味では、まだ格好つけてオブラートに包みすぎているかもしれない。

 この本の執筆依頼をいただいたのは、コロナ禍で「観光業界はこれからどうなっちゃうんだろう」という不安の真っ只中だった。それ以前から顕在化していたウェブの発展による情報の無料化のあおりを受けて、旅行ライターを取り巻く仕事の状況はずいぶん変容していた。書籍執筆も遅々として進まなかったが、私にとっては自分自身の仕事を振り返るいい機会になった。

 本書の執筆にあたって困ったのは、読者が若い人なのか、あるいはリタイア後の人なのか、本業なのか、副業なのか、あるいは自己表現の場がほしいのかで、伝えるべき内容がずいぶんと違ってくるということだ。
 通常の仕事で取材にいったときには、相手が発する言葉のなかから、ピカッと光る言葉を拾い集め、言葉を紡ぎ直して原稿に仕立てるのだが、本書に関しては、ターゲットの違いによる書き分けが難しく、考えれば考えるほどにズブズブと思考の沼へはまっていった。
 職業本だから、「情報を網羅しなければいけない」というジレンマもあった。が、すべての媒体に精通している旅行ライターなぞ、おそらく存在しない。ならば、むしろ業界紙記者時代も含めれば、私は詳しいほうではないか。そう割り切って、自分の経験を中心に書くことに決めた。私の経験で足りない部分は、旅行ライターとして活躍するタイプが異なる3人の方の体験談を加えることで補強した。
 本書は、旅行ライターを目指す人に向けて書いたが、すでに仕事をしている人が観光業界の現状を概観するのにも役に立つのではないかと思う。私の周りに「旅行ライターになろう」と考える人は皆無のはずなのに、「買うよ」「おもしろそう」「読みたい」という反響もいただいた。
 人間は「人の間」と書く。人の間に入ってはじめて人間たりうる。人と関わり、支えられ、人のおかげを感じることで喜びも出てくるのだとあらためて感じた。フリーランスの仕事は孤独を感じる瞬間が多いのだが、人に助けられて、16年もの間、仕事をしてこられた。

 書き終えたあとで、取材すればよかったと思ったこともある。
 まず、仕事に生かせそうな資格について。それから、近年の旅行本のベスト・ヒット。さらには、旅行本はどのくらい売れればベストセラーといえるのか……など。いずれ、機会があればまとめてみたい。

 最後に、本書がこれから旅行ライターになる人、すでに旅行ライターとして活動している人の助けとなり、観光業界の底上げにつながることを願ってやまない。私は今年50歳になる。これからの人生はみんなと手を取り合って発展していくことができれば嬉しい。

野添ちかこ公式ウェブサイト「ゼロたび」
https://zero-tabi.com