トランペットを心から楽しむために ――『まるごとトランペットの本』を書いて

荻原 明

「クラシック音楽家」。それは、生まれたときから楽器がおもちゃで、物心がつくころには何時間も練習させられて、レッスンが怖い嫌い行きたくないと泣いても毎週のように連れていかれ、気がつけば音楽大学に通い、そしていつの間にかプロとして活動している人たち……。そんなふうに思われているかもしれません。
 確かに、これに近い人生を歩んできた音楽家も少なからずいると思います。しかしそれらの多くは、ヴァイオリンなどの弦楽器やピアノの世界の話であって、トランペットやトロンボーン、クラリネット、サクソフォン、打楽器などの管・打楽器系の音楽家のほとんどは、まったく別の道から音楽の世界へ足を踏み入れています。別の道、それは小・中学校の吹奏楽部です。
 私も中学校の吹奏楽部にひょんなことから入部し、第1希望だったアルトサックスは希望者が多数のためにかなわず、しかたなくトランペットを始めました。それまでは音楽とは無縁の生活でしたから、恥ずかしながら1年以上楽譜が読めないまま、ごまかしごまかし演奏していたくらいです。きっと多くのプロ管楽器奏者も(私ほどひどくはないでしょうが)、「吹奏楽、楽しそうだな。やってみようかな」と、はじめは気楽な動機だったと思います。
 このように、だいぶ異なる音楽人生を歩んできた弦楽器奏者と管楽器奏者。さまざまな違いはありますが、なかでも決定的なもの、それは「最初の教わり方」です。
 例えば、ヴァイオリンはまず、楽器の構え方だけでも相当な時間をかけ、それができるようになると、次は弓の持ち方と動かし方(ボーイング)についてみっちりと教わります。習っている子が飽きてしまおうがなんだろうが、そこは妥協しません。なぜなら、楽器の構え方と弓の使い方がきちんとできない人は、演奏上さまざまな支障が生じてしまい、その後どんなに練習しても一流のプロになることは難しいからです。
 一方、管楽器はというと、吹奏楽部はとにかく時間がありません。放課後の短い時間を使って活動しているにもかかわらず、吹奏楽コンクールや学校行事の演奏など、年間を通して演奏する機会がけっこうあります。そんな状況ですから、吹奏楽部では音の出し方などのいわゆる基礎について教わる時間が非常に少なく、そして雑です。例えば私の場合、「唇を横に思い切り引っ張って強く息を出せば、ブーーッて出るから!」。ほぼこれだけ(しかも間違った吹き方なのでまねしないでください)。
 ほかの人もここまで雑に教わったかはわかりませんが、最初の教わり方が決していいとはいえない状況で練習を始めてしまった結果、吹奏楽部には「とりあえず吹ける人」が大量生産されてしまいます。とりあえず吹ける人は、とりあえず楽譜に書いてあることがそれっぽく吹けるので、どんどんみんな合奏に参加させられますが、案の定、すぐさま壁にぶつかります。なかでもトランペットは主旋律やソロを吹く機会が多く、とても目立つポジションなので、先生から「もっときれいな音色で!」「なんで高い音が出ない!」「バテるな! 最後まで吹き通せ!」と厳しい指摘を受けることが多いのです。しかし、とりあえず吹ける人たちは、どうすればいいのかよくわかりません。そこで、解決策を求めて本や雑誌、さらには、いまではインターネットでも調べてみると、待ってましたといわんばかりにまちかまえている膨大な量の情報やアドバイス、解決方法に出合います。なかには正しい奏法とは真逆の行為を推奨していたりと、真偽が定かではない大量の情報に何が正しいのか見当がつかなくなり、その結果、トランペットを吹くことはとても難しいと思ってしまったり、正しい奏法を追い求めすぎて、それが最終目標になってしまう人が増えてしまうように感じます。楽器は音楽をするうえでの手段でしかないのに、その楽器の扱いに翻弄されてしまうようでは、心から音楽を楽しめません。
 そもそも、トランペットから音を出すのはそこまで難しいことではありません。音の出る原理なんてとてもシンプルなもので、ややこしくしているのは情報を発信している人たちではないでしょうか。
「奏法のことばかりにとらわれないで、もっと楽しくトランペットを吹いてもらいたい」、そうした思いから書き始めたのが「ラッパの吹き方」(http://trp-presto.jugem.jp/)というブログでした。毎週毎週こりずに更新を続けているうちに、おかげさまでいまではたくさんの人に読んでもらえるになり、そして念願の単行本を刊行できました。うれしいかぎりです。
 本書は、奏法について混乱してしまった人にとっては解決の糸口に、これからトランペットを始める人には最初でつまずかないように、そしてたくさんの人が、いつまでもトランペットを楽しく演奏できるように、そんな気持ちで書きました。
 本書を読んでくださった人に、いままで以上にトランペットに親しみを感じ、そして、演奏すること音楽をすることの楽しさを実感してもらえたら幸いです。