第7回 朝夏退団発表、望海&真彩就任発表、動き続ける宝塚

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

 雪組トップコンビ早霧せいな・咲妃みゆの2017年7月退団に続いて、宙組トップスター朝夏まなとの11月退団が、3月7日に発表されました。そして、9日には雪組の次期トップコンビが望海風斗と真彩希帆に正式に決まり、8月の全国ツアーでのお披露目が発表されました。一方、宝塚大劇場では10日から星組新トップコンビのお披露目公演『THE SCARLET PIMPERNEL(ルビ:スカーレット ピンパーネル)』が華やかに開幕しました。相変わらず宝塚は目まぐるしく動いています。去る者がいれば新たなスターが誕生する。宝塚102年の歴史はこの繰り返しです。

 朝夏の退団は、昨年(2016年)末に発売された雑誌「an・an」(マガジンハウス)宝塚特集のトップスターの項に早霧とともに朝夏も入っていなかったことや、8月から11月にかけての宝塚大劇場と東京宝塚劇場での宙組公演が『神々の土地』と『クラシカル ビジュー』と発表されるのと同時に、その前の6月に梅田芸術劇場と文京シビックホールでおこなわれる朝夏のためのコンサート『A Motion(ルビ:エース モーション)』が発表されたことから、ある程度予想されたことではありました。それにしても、朝夏は2015年3月のお披露目公演『TOP HAT』(宙組)に続く『王家に捧ぐ歌』(宙組、2015年)で正式にトップに就任したばかりですから、まだ2年にもなりません。『エリザベート――愛と死の輪舞(ルビ:ロンド)』(宙組、2016年)に続く『王妃の館――Chateau de la Reine』(宙組、2017年)で新境地を開拓、これからじっくりと朝夏の男役を完成していってほしいと思っていた矢先でもあり、この時期での退団は残念です。いろいろな大人の事情があるのはわかりますが、ちょっと早い気がしてなりません。
 その朝夏ですが、退団会見に臨んで「卒業するその日まで進化し続けたい」と、彼女らしいさばさばとした潔さで退団の思いを吐露しました。退団の決断は昨年7・8月宝塚大劇場での『エリザベート』公演中のことだったと言い、「大作に挑戦したことで組が一つになり、自身も充実感を得た」ことが退団への思いを後押ししたとか。退団後のことは「まだ考えられない」というのは退団発表時のスターの常套句ですが、ここは、最後の公演にかける彼女の思いを汲んで、温かく見守りたいと思います。
 朝夏といえば佐賀県出身としては初めてのトップスター。トップ就任のときは佐賀県あげての応援ぶりで、公演初日に駆け付けたいという知事の意向を汲んで、広報担当が公務と重ならないようにスケジュールの調整に躍起になっていたことが懐かしく思い出されます。当の本人は、同じ佐賀県出身で1期上の夢乃聖夏(元・雪組)が1999年に宝塚音楽学校に合格したとき、地元の新聞に大きく報じられ、「佐賀県からでも宝塚を受けられるんだ」と知って一念発起、レッスンに励んで、翌2000年に受験、見事一発で合格しました。初舞台は香寿たつきがトップだった02年4月の星組公演『プラハの春』でしたから、今年で研16ということになります。
 当初は花組に配属され、長身で見栄えがすることから、新人公演などで早くから主役に抜擢されました。ダンスが得意で雰囲気がよく似ていることから、「ポスト和央ようか」と言われたものです。春野寿美礼、真飛聖、蘭寿とむと3人のトップスターのもとで男役を修業、春野時代には彩吹真央や蘭寿、真飛時代には大空祐飛、蘭寿時代には壮一帆、愛音羽麗と男役の層が厚い花組で、新人時代の勢いほどにはなかなか目が出ず、スランプの時期もありましたが、2012年、凰稀かなめのトップ就任と同時に宙組に組替え、一気に2番手に躍り出て、凰稀退団と同時に100周年後の新生宙組のトップスターに就任しました。
 朝夏がトップに就任した時点での各組のトップは、花組が明日海りお、月組が龍真咲、雪組が早霧せいな、星組が柚希礼音で、朝夏の長身とその凜としたたたずまいがなんとも新鮮でフレッシュな感じでした。課題だった歌唱力も、宙組に組替えになったころからレッスンの仕方を変えたのか、声の出し方を新たに習得したのか、高音低音ともに余裕がある歌い方に見違えるように変わり、よく伸びる歌声は『王家に捧ぐ歌』や『Shakespeare ――空に満つるは、尽きせぬ言の葉』(宙組、2016年)、そして『エリザベート』と、ダンサーであるとともに歌手・朝夏を強く印象づけることにもなりました。
 退団公演『神々の土地』は宝塚期待の作家・上田久美子の新作です。朝夏の最後にして代表作となるような傑作の誕生を期待したいと思います。

 そして、雪組の新トップスターに就任することが決まった望海は、もう誰もが彼女の起用に異論はない、待ちに待った花も実もある実力派です。特に花組の下級生時代に主演した『太王四神記』(花組、2009年)新人公演のときから定評があったその歌唱力は、その後もどんどん進化して、本公演以外でも『アル・カポネ――スカーフェイスに秘められた真実』(雪組、2015年)や『ドン・ジュアン』(雪組、2016年)などの主演作で観客を魅了しています。早霧・咲妃、そしての望海のゴールデントリオは、観客動員数でも5組中トップを誇っています。この雪組人気を望海1人で今後持続できるか、これも注目の的です。お披露目公演は高汐巴、若葉ひろみ時代の花組で上演され、その後も春野寿美礼や柚希礼音で再演されている柴田侑宏の名作『琥珀色の雨にぬれて』全国ツアーと発表されています。望海の個性にはぴったりの選択で、なかなか楽しみな公演になりそうです。

 そんな発表のさなか、10日からは星組新トップコンビ紅ゆずる・綺咲愛里のお披露目公演、ミュージカル『THE SCARLET PIMPERNEL』が宝塚大劇場で開幕しました。2008年の初演時、紅が新人公演で主演したゆかりの深い演目とあって、初日は満員札止めの盛況。2番手時代が長かっただけに、ファンの待望感も相当なもので、初日の熱気は独特のものがありました。それに応えて紅も、終演後の挨拶で「ファンの方の応援があればこそ今日がありました。ありがとうございました」と感謝、その言葉に満員の客席から大きな拍手が送られました。

 そんな新旧入れ替わりが話題の2017年前半の宝塚ですが、6月1日発売のわが『宝塚イズム35』は、雪組トップコンビ早霧せいな・咲妃みゆの退団を惜しんで、彼女たちのコンビの魅力を大解剖します。現在は雪組ですが、早霧は宙組が生んだ最初のトップスターでもあります。華奢な体のどこにあれだけのパワーがあるのか、その源を執筆メンバーが探ります。大いにご期待ください。もちろん、柚希礼音、北翔海莉のもとで2番手修業をした星組新トップ紅ゆずるのお祝い特集もあります。常に動いている宝塚だからこそ、いましっかりと書きとめておかないといけない。『宝塚イズム』のテーマはそれに尽きるでしょう。執筆メンバーからそろそろ原稿が届くころです。編著者として、宝塚への愛にあふれた多くの原稿を読むのを楽しみにしたいと思います。

 

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