第1回 書店を辞めて、遍在する本屋を目指す

久禮亮太(久禮書店〈KUREBOOKS〉店主。あゆみBOOKS小石川店の元・店長)

 はじめまして、久禮亮太と申します。今年の1月に、新刊書店のあゆみBOOKS小石川店の店長の職を離れ、「久禮書店」を始めました。
「久禮書店」とは名乗っていますが、まだ店舗はおろか、本の在庫も持ってはいません。ネット古書店や、いわゆるアフィリエイトで稼ごうというものでもありません。書店員の仕事の経験や人脈、技能を携えてあちこちへ出向くという、いわばフリーランス書店員を始めることにしたのです。
 勝手に始めたこのわけのわからない取り組みに対して興味を示してくださる方々がいて、ありがたいことに、報酬がある仕事をくださる方も現れました。
 独立して初めての仕事は、新刊書店でもあるブックカフェで、売り場全体の選書をすることでした。また別の、本と雑貨とカフェの店では、ブックフェアの選書に加えて、書籍担当スタッフに書店実務を指導するというご依頼をいただきました。
 このような選書に絞って関わる、いわゆるブックコーディネートや、書店の現場に即した知恵を共有していく仕事は、本屋の専門的な技能として、いろいろな場所で求められていることがわかりました。
 また今後は、他店に身ひとつで関わる仕事だけではなく、自分自身の売り場を持って、この手で仕入れた本を読者に届けたいと思っています。ただ、それは一軒の自分の店を開業するということではなく、いろいろな場所に棚を持って出かけていく「あちこち書店」をやりたいのです。つまり、棚を乗せて移動する車両書店、様々な業種の店舗やオフィスに間借りする書棚、イベントスペースを貸し切って「ひとり書店」たちが小ブースを並べるブックフェスなど。そのような活動を継続しながら、その後に、自分の店を構えたいと思うのです。
 この連載では、久禮書店の今後の活動をリアルタイムでお伝えしながら、久禮書店の土台となったあゆみBOOKSでの経験を、回を追って次のように振り返りたいと思います。

 棚や平台をどう編集してきたか――書店で本を探すということ自体に楽しさを感じてもらい、長く店のファンでいてもらうためには、いちばん大切な仕事ではないでしょうか。ネットで買ってもいいし、買わなくても生きていける本というものをどうやって面白そうにみせるのか。
 売れた本のスリップを、どう活用してきたのか――売り上げスリップをチェックするのは、単に売れ筋を追いかける作業ではありません。なぜ売れたのかと考えながら、読者の視点を自分の内面に取り込んで、その立場なら、次は何を求めているだろうかと考える作業なのです。
 新刊書籍だけではなく、アウトレット本を扱ってきたのはなぜか――それは、書店にも、よそでは買えない掘り出し物や、その場限りのバーゲンの楽しさがあるべきだと考えたからです。また、新本の仕入れ予算や持てる在庫の制限に対抗して、本にこだわった品揃えで棚を演出するには、うってつけの商材だったからです。
 読者とどのようにコミュニケーションをとるのか――売り上げスリップと平台を介した無言のやりとりや売り場での会話を通して、読者のライフスタイルに寄り添った売り場の編集をできるか。売り場でのイベントに参加してもらうことで、リアル店舗の楽しさを生み出していけるか。

 このような事柄について、これまでの取り組みと、これからどう発展させていくかということをレポートしていきたいと思います。
 そして、この連載をきっかけに、現場の様々な制約のなかで仕事を模索する書店員のみなさんと、会社の垣根を越えて連帯し、教え合い学び合う場を実際に作れたらと期待しています。さらに、書店員がその経験や技術を生かして著者や編集者と協働する場を持つことをも考えていきたいと思います。

 私は、あゆみBOOKSでおよそ18年を過ごしました。学生時代にアルバイトとして早稲田店に入って6年間。その後、よその新刊書店への短い就職を経て、正社員としてあゆみに戻って12年間。最後の4年間は、小石川店の店長を務めました。
 あゆみBOOKSチェーンは、首都圏と宮城に13店舗があり、おもに100坪以下の中規模店で構成されています。どの店も、書籍の品揃えは正社員が担当していて、各人の裁量が大きく認められてきました。どの店も、地域住民の好みや各店長の色が反映されて、独自の雰囲気をつくってきました。
 どの店も比較的、書籍単行本の売り上げ構成比が大きく、とくに私が預かる小石川店は、売り上げ構成比以上に、人文書や文芸書の在庫を潤沢に持っていました。しかし、それは順調に売れていればこそ、可能なことでした。
 私たちの店も、業界全体の流れと同じく、売り上げは漸減していました。私たちが、その売り上げ減少の実情に合わせて在庫を返品し、新たな仕入れを減らすことは、経営上当然のことでした。
 他方、この状況をより複雑にする事情も出てきました。私たちが書籍の大半を仕入れる取次が、ある施策を始めたのです。簡単にまとめると、こうです。店舗の売り上げ額に対する返品額の比率(返品率)を、前年よりも下げればその成績に応じて取次から書店に報奨金を支払い、反対に上回れば書店が罰金を納めるという契約です。あゆみBOOKSも数年前から、この取り組みに参加しました。
 返品を減らし、それによって得る報奨金という、いわば真水の現金を獲得することは、経営を短期的には潤します。本の売り上げ金から純利益を濾過して同額の現金を得ようとすれば、途方もない売り上げが必要だからです。
 仕入れにかかる支払いの軽減と、この契約による報奨金の獲得を両方とも実現するためには、現場の私たちは、ひとまずは在庫を一気に返品し、以後は注文をできるだけ抑えて在庫を少なく維持して、無用の返品を出さないことが必要でした。そうすることで、本を売って得ることよりも大きな現金収入を会社にもたらすという、倒錯した「成果」を生み出すかもしれなかったからです。
 しかし実際には、そううまくはいかない。少ない在庫を回転させて、思惑どおりに低い返品率のなかで安定して売り上げをたてられる店は限られています。例えば駅前の好立地で、競合店がない。不特定多数の幅広い客層に恵まれているために、配本で入荷したもの以外に、意図的に品揃えを差別化する発注が(とりあえずは)少なくてすむ。そのような条件のもとでだけではないでしょうか。
 当然、そんな恵まれた店はそうそうありませんし、その好調な店にしても、標準的な商品構成の店であるかぎりは、業界全体に共通する売り上げの減少には、大筋では同調しています。
 売り上げの縮小に合わせて店舗の在庫量を減らさなければならない。それでいて委託配本は入荷する。たいてい、それらは店に最適なタイトルの本ばかりではないので、より売れそうなものを積極的に注文して入れなければいけません。配本された新刊にも、自分で注文したものにも、やはり当たり外れはあります。売ろうとすれば、どうしても返品は増えます。チャレンジする品目は減らさないで、1点あたりの注文冊数を少しずつ抑えていくしかありません。
 このように在庫をスリムにしながらもできるだけ売ることを目指すには、日々の売り上げや仕入れ、返品の数字を把握する必要があります。予算が許すギリギリの線まで、積極的な仕入れと、売れるものへと取り替える注文が必要ですし、長く積むべきものの在庫を守るためには、より短期のうちに見切りをつけるべきものを探し当てて返品もしなければいけません。
 ここに、返品率を下げれば金を出すという条件が挟まれるとなると、ややこしくなりました。「注文してはいけない」「返品してはいけない」という経営上の要請を、具体的な指標よりも曖昧なムードとして、現場担当者は過剰に忖度するようになりました。
 何かを平積みにして試してみようと自分から注文をすると在庫が増えるし、それが売れるのかはわからない。どうせ返品になるのなら、何もしないことがいちばん儲かるらしい。売れ筋データのベスト20に挙がっている商品くらいは、欠品すると怒られるから、とりあえず入れておこう。なんとなくそういう雰囲気になりがちでした。
 本来なら、その空気に抵抗してでも売るという棚担当者たちの見識があるべきです。新刊・既刊を問わず、できるだけ幅広く目配せをして、これから売れそうな兆しを見せている本を掘り出して積む。手をかけなくても積んでおくだけで売れるヒット商品があるのなら、その隣に何を積めばあわせて買ってもらえるのか、あれこれと探ってみる。それが本来の仕事です。
 売り上げデータの上位には上がってこない中位グループを豊かにすることが、書店の売り上げ全体を下支えするとともに、品揃えを面白くもします。ベスト20ではなく、それ以外の1,000点の平積みそれぞれが月に1冊でも多く売れることや、その組み合わせが読者の衝動買いやまとめ買いを生むことほどに面白いことが重要です。しかし、その試みや成果は、売り上げ順に並べ替えられた結果だけを追ってもわかりにくいものです。
 私たちは、店全体あるいはジャンルごとの売り上げ額やその前年比の下降というような大きな数字にとらわれすぎていました。そういうわかりやすい数字によって、責任を感じたり不安に思ったりしました。一方で、品揃えの一冊一冊への判断の仕方や組み合わせの面白さをどう作り出すか、読者とどのようにコミュニケーションをとるのかといった仕事の細部は、重要なのに自分自身にも成果が見えにくく、現場にいない本部からはなおさら評価もしづらいものです。
 そのために、このような本屋の技能を磨いたり共有することを、疎かにしてしまいました。以前は確かにやっていたはずの訓練を、だんだんとしなくなってしまったのです。
 店の棚担当者全員が集まって、ジャンルにとらわれずに毎日の新刊を1冊ずつ手にして、各自の判断を言い合う。売り上げスリップの束を、全員が全ジャンルのそれを一枚一枚めくって、次の品揃えにつながるヒントを探す。平積みの並べ方を批評し合う。そういう訓練や育成を日課にしていたはずでした。
 確かに、そのようにしていい品揃えをして部分的な成功を得ても、全体の大きな売り上げ減少の流れのなかにいては、成果を自己評価しづらい。私たちも現場で、「どうせなに積んでも売れないしなあ」という思いにとらわれることもありました。現に、売り上げは減少しています。
 しかし、私たちは日々、実際に買ってくださるたくさんの人々と接していたはずです。つまり、本は確実に求められているし売れているが、かつて好調なころの店舗や制度の設計では、おもに家賃などの経費が見合わない、ペイしない。そのために、会社の存続が危ういという自分たちの不安を語っていたのだと思います。
 売り上げの減少に合わせて店舗や組織を縮小するという、避けられない変化に対応するときに、守るべき本屋の仕事の核心は何でしょうか。読者に本にまつわるすばらしい体験を提供するサービスであり、得た報酬を書き手や作り手に還元すること、本をめぐる生態系を維持することだと、私は思います。この循環の技術や労力と、そこに集まる人たちとのコミュニケーションという、書店員の属人的な技能こそが本屋の仕事の中心ではないでしょうか。
 それ以外の要素、つまり店舗の規模やそれに伴う家賃、流通制度の維持やそのコストという枠組みに縛られて、かわりに仕事の本質的な部分を継承していくことが軽んじられていくのはいやだと思ったのです。

 そこで私がまず取り組んだのが、アウトレット本の販売でした。新本のバーゲン品は、すべて買切で仕入れなければいけませんが、適切に仕入れれば粗利がとても大きく、読者にも喜ばれます。つまり、書店員の目利きの力で、本にこだわった品揃えをしながら利益率を高める方法なのです。これは、より多くの新刊書店で取り組むべきことだと考えています。
 利益率と家賃の問題をめぐっては、多くの新刊書店が様々な取り組みを始めています。雑貨や文具、食料品など様々な商材を混ぜ込むことで、書籍の在庫負担を軽減しながら利益率を高め、読者の購買体験を楽しいものにデザインする。または、カフェなど飲食店を併設することで、家賃を分担しながら、人が集まり滞在する場所づくりをする。
 一方で、読者が雑誌を定期的に買いにくるという習慣が全体に減り、入店する人の数も減っているといいます。それに代わって、なんとなく来店するきっかけや何度も立ち寄りたくなる魅力を、様々な方法で模索しているという面もあります。
 それなら、一軒の書店を構えて待っているだけでなくてもかまわないのではないか。家賃という固定費に縛られずにもっと身軽になって、本屋や棚が自由に読者のいるところへあちこち出張していくことも、一つのやり方なのではないか。その仕組みを考えたいと、私は思いました。
 そのような考えから、私は会社を離れて自分が考える取り組みを試してみることにしました。実際には、会社勤めを辞める理由は一つではありませんでした。在職しながら、私が考える「あちこち書店」企画を実行する道もあったかもしれません。私の場合は、働く妻のキャリアと幼い娘の育児を合わせて考えたときに、どんなワークライフ・バランスを実現したいかという問題もありました。

 次回からの連載では、フリーランス書店員あるいは「あちこち書店」など、久禮書店の具体的な取り組みを紹介しながら、今回の問題提起の答えを考えていきたいと思います。

 

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