久野久(くの・ひさ)というピアニストをご存じだろうか。彼女は1886年(1885年とも)に、滋賀県で生まれ、1925年に死去した。私が久野を知ったのは中村紘子『ピアニストという蛮族がいる』(文藝春秋、1992年)だった。そのなかで最もショッキングな記述は、久野はしばしば演奏中に鍵盤が血で染まったということだった。彼女はピアノにうずくまったまま朝を迎えることが珍しくなかったほど猛練習したらしいが、中村は自身の経験をふまえても、鍵盤が血で染まる理由はわからないとしている。もうひとつ鮮明に覚えているのは、久野はウィーンに留学し、現地のピアニストの演奏を聴いてショックを受け、ホテルから身を投げて自らの命を絶ったことだ。
最近発売された『ロームミュージックファンデーションSPレコード復刻CD集』(Ⅳ)を手にしたとき、私はまずこの久野が弾いたベートーヴェンの「月光」ソナタが入っていることに驚いた。中村の著作でも久野の演奏については具体的に触れていないので、この本を執筆中には中村もまだ久野の録音を聴いていなかったのだろう。実際、このSP盤はウルトラ・レアであり、今回は昭和館所蔵のコレクションから復刻されている。
中村の著作によると、久野は演奏中に激しく身体を動かすので、頭のかんざしがはずれることがしばしばだったようだ。また、ロームのCD解説によると、レパートリーではベートーヴェンを得意とし、そのベートーヴェンの後期のソナタを弾いたのは久野が初めてと言われている。鍵盤が血で染まり、かんざしがはずれるくらいとなると、よほど激しいベートーヴェンだったと想像される。しかし、今回のSP盤は久野が渡欧する前の1922、23年頃、つまりラッパ(アコースティック)吹き込みによって収録されたため、ダイナミック・レンジが極端に狭く、細部も不明瞭である。そのため、文献上で言われているような激しさはあまり感じ取れないと思う。しかし、私は特に第1、2楽章に感銘を受けた。微妙なテンポの揺れのなかに、えも言われぬ妖しい雰囲気が立ち上ってくるのは印象的だった。いずれにせよ、伝説のピアニストの音が聴けたのは望外の喜びだった。
このセットの概要について、ごく簡単に触れておこう。日本人の演奏家と来日演奏家とのオムニバスなのは先行の3巻と同様だが、今回も中古市場ではまずお目にかかることができない超貴重なSP盤からの復刻を多数含んでいる。このセットを聴くと、情報が乏しかった時代の日本人の演奏は一般的に思われているほど稚拙ではないし、今日のそれとはまた別の味があることがわかる。また、魅力的であり意外性に富んだ日本人作品も非常に多いし、来日演奏家の演奏(海外作曲家と日本人作曲家の作品)も興味深いものばかりである。解説書も充実しており、聴くほどに読むほどに、かつての日本の音楽界の奥深さを知ることになるのだ。それにしてもこのセット、全4巻の充実ぶりは破格である。これこそがレコード(記録)である。関係者の努力と熱意には心から敬意を表したい。
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