第16回 見過ごされがちなクレンペラーのヴォックス録音

 クレンペラーのようにモノーラルとステレオにまたがって録音を残し、なおかつ晩年の方がいいと言われるタイプの指揮者は、たいていの場合、モノーラルの方はあまり見向きもされない。
  このたび初めて国内盤として発売されたクレンペラー指揮、ウィーン交響楽団のブルックナーとマーラー(コロムビア/ヴォックス 84583~4)は、改めてその真価を問われるべきものではないかと思った次第である。クレンペラーは戦後、アメリカ・ヴォックスにまとまった量の録音をおこなっているが、この2曲はそのなかで1951年に録音されたものである。
  ブルックナーの『交響曲第4番「ロマンティック」』はSP時代のベーム、ヨッフムに続く史上3番目の録音で、LP用の初めての録音でもあった。第1楽章はかなり速い。統計をとっているわけではないが、史上最速かもしれない。そのみなぎる覇気には驚かされるが、このときクレンペラーは60代半ばなのである。第2楽章以降は第1楽章ほどは速くはないが、それでもいかにも張りがあって、若々しい。
  もうひとつ指摘しなければならないのは、この当時のウィーン響の音である。この頃はまだ古い楽器を使用していたのだろう、ホルンをはじめオーボエなどの管楽器がいかにもひなびた味わいである。特にホルンはウィーン・フィルそっくりで、そこらのマニアに「これはウィーン・フィルだ。指揮者は誰かわかるか?」と尋ねても怪しまれないだろう。弦楽器もかなり艶っぽい音を出している。たとえば第2楽章のヴィオラ、チェロなど、この頃のウィーン響がこんなに甘い音だったとは知らなかった。なお、クレンペラーはこの第2楽章の途中のヴィオラの旋律をソロに変更している。むろん、これはクレンペラー独自の改変で、賛否はあるだろうが、これはこれでなかなか味があると思う。また、輸入盤(CDX2 5520)はこの第2楽章冒頭に欠落があったが、この国内盤は正常である。
  マーラーの『大地の歌』はワルターのSP録音に続く史上2番目の録音で、ブルックナー同様最初のLP用録音である。『ロマンティック』同様、速めのテンポで処理しているが、ここでもオーケストラの柔らかい音色が十分に物を言っている。さすがにワルター/ウィーン・フィルほど結晶化はされているとは言えないものの、個性的であるのは間違いない。ヴァイオリン・ソロなども場所によってはかなり甘く歌っている。デルモータの美声はさすがで、この曲の名唱のひとつではないだろうか。
  一方のカヴェルティはポルタメントが多い古いスタイルの歌い方だが、この曲の退廃的な雰囲気とよく合っていて、決して悪いとは思わない。ただ、この2人の歌手があまりにもマイクに近すぎるのがちょっと気にはなるが。
 『ロマンティック』だけ国内盤と輸入盤とを聴き比べてみた。音の傾向は全く同じだが、国内盤の方がよりピントがぴったり合った音質のように思える。また、国内盤はブックレットに2曲の初版LPのデザインをあしらっているが、これはマニア心をくすぐるだろう。

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