第1回 「国境」としての国道16号線

塚田修一(東京都市大学、大妻女子大学非常勤講師。共著に『アイドル論の教科書』〔青弓社〕ほか)

 国道16号線(以下、16号と略記)が都心/郊外の「境界」としての性質を有していることは、しばしば指摘される。その16号が文字どおりの「国境(Border)」になっている個所がある。それがここ、福生である。
 16号の向こう側は、アメリカ空軍横田基地である。許可なしに入ることは許されない、アメリカ合衆国なのだ。

2016年9月27日撮影

にじみ出ていたアメリカ

 かつては、この横田基地から「国境」を超えてにじみ出すアメリカンな文化や雰囲気を求めて、多くの若者やアーティストが福生に集まった。
 例えば、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』(講談社、1976年)は、この福生が舞台である。また、1973年にここに移り住んだ大瀧詠一は次のように語っていた。

「福生のよさ?そりゃ住んでいる仲間たちが素晴らしいということだね。ここには、朝8時半から夕方の5時まで働くような、スクウエアな人種はいないんだ。みんな金はないけど、ミュージシャンになろうとか、絵描きになろうとか、そういう目的をちゃんと持ってる。つまり、みんなビビットに生きているのさ。それが素晴らしいんだヨ」
この福生から、深夜放送『ゴーゴー・ナイアガラ』のワンマンDJを流している大瀧詠一クン(27)は、“わが街”のよさを語る(1)。

 ――だが、現在の福生の16号沿いを「歩いて」みて感じるのは、こうしたかつての「アメリカンな匂い」の希薄化である。
 確かに、16号沿いには多少「アメリカン」な店舗が並んでいるし、16号と沿うように走るJR八高線やわらつけ街道沿いには、古びた米軍ハウスが現在も点在している。だが、現在の福生では、何よりも「基地の街」としてのリアリティーが希薄化しているように思えるのである。

「聖地巡礼」の頓挫

 映画『シュガー&スパイス 風味絶佳』(監督:中江功、2006年)は、「基地の街・東京―福生(ルビ:ふっさ)。アメリカの香り漂う街角で、少年ははじめて“本当の恋”を知る」と銘打っていたように、ここ福生の「アメリカンな香り」を存分に演出した、ほろ苦いラブストーリーである(原作は、山田詠美の短篇小説『風味絶佳』〔文藝春秋、2005年〕)。
 しかしながら、福生でこの映画の「聖地巡礼」を試みるならば、早々に頓挫するだろう。
 JR福生駅前や横田基地のフェンスなど、確かに福生でロケーションがおこなわれた場面もあるが、この物語中で「福生のアメリカの香り」を演出している肝心な個所であるガソリンスタンド――グランマ(夏木マリ)風にいえば、「ガスステイション」――や、主人公2人(柳楽優弥と沢尻エリカ)が同棲する米軍ハウスを、ここ福生で探そうとしても無駄である。実は「ガスステイション」(原作では立川にある設定になっている)は木更津に作られたセットであり(2)、2人が暮らす米軍ハウスは埼玉県入間市の「ジョンソンタウン」――狭山にあったアメリカ空軍ジョンソン基地の跡を利用して、「ハウス」と街並みを保存している地域――で撮影がおこなわれているのである。木更津も入間も「16号つながり」であるのはただの偶然だろうが。
 ここで、ただ「アメリカ文化が廃れている」ことを指摘したいわけではない。
「基地の街としての福生らしさ」を「福生以外の場所」によって演出しなければならないほどに、「基地」の存在が日常に溶解してしまっていること――すなわち、福生の街と「基地」とが、象徴的な意味で「地続き」になってしまっている、ということが言いたいのである。
 その意味で、もはや福生は「基地の街」らしくない。
 では、「国境」としての16号のリアリティーも考え直さなければならないのだろうか。

「国境」が無効になる日に

 いや、そういえば1年に1度だけ、ここ福生がまぎれもなく「基地の街」であることを強く意識せざるをえない日がある。
 毎年横田基地で開催されている、「日米友好祭」である。この日は横田基地が開放され、基地内のアメリカンな匂いを思う存分味わうことができるため、非常に大勢の人がこの基地を目指して福生を訪れ、16号を横断していく。福生がまぎれもなく「基地の街」として意識される日である。
「国境」が物理的に無効になる日に、「基地」の存在が強く意識されるとは、なんとも逆説的な話だが。


(1)「FUSSA=若き芸術家たちの限りなく透明なブルーの世界」「女性自身」1976年7月29日号、光文社、51ページ
(2)宮崎祐治『東京映画地図』キネマ旬報社、2016年、240ページ

 

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