鶴岡英理子(演劇ライター。著書に『宝塚のシルエット』〔青弓社〕ほか)
宝塚歌劇の評論シリーズの最新号『宝塚イズム34』を12月1日に無事刊行しました。特集は11月20日に宝塚を巣立っていった北翔海莉&妃海風コンビに贈る評論の花束「さよなら北翔海莉&妃海風」。小特集に『アーサー王伝説』(月組、2016年)で月組トップスターとしてのスタートを切った珠城りょうにエールを送る「珠城りょう――若き月組トップへの期待」と、非常にレベルが高い仕上がりとなった『ドン・ジュアン』(雪組、2016年)で主演し、進境著しい雪組2番手スター望海風斗をキーワードに各組2番手を語る「望海風斗の衝撃――各組二番手戦力分析」をそろえました。このほか、2016年4月から11月の大劇場作品公演評、編著者2人で外箱公演を一気に振り返る対談、東西の新人公演評、OG公演評、さらに宝塚OGによる『CHICAGO』ニューヨーク公演観劇報告と、天津乙女さんのありし日をつづった貴重な寄稿文。そして17年の元旦から月組で幕を開けるミュージカル『グランドホテル』の初演主演者である涼風真世さん登場のOGロングインタビューまで、充実のラインアップになっています。北翔&妃海ファンのみなさんからはもちろん、望海ファンの方々からもさっそく熱いメッセージが届いているのに加え、紫の美しい装丁も、北翔海莉&妃海風サヨナラ公演のロマンチック・レビューや、サヨナラショーで再現された『LOVE&DREAM』(星組、2016年)のシンデレラのシーンで妃海が着用したドレスを連想するという声をいただき、大変うれしく思っています。宝塚ファン必携の評論シリーズとして今後もますます内容を充実させていきますので、ぜひ書店でお買い求めください。青弓社サイトからのオーダーももちろん可能です。
さて、宝塚の大きな動きとしては、なんといっても圧倒的な人気を誇る雪組のトップコンビ早霧せいなと咲妃みゆが2017年7月23日、『幕末太陽傳』『Dramatic“S”!』東京宝塚劇場公演千秋楽をもって同時退団するという発表がなされたことでしょう。さまざまな要因から、この公演での退団が予想はされていた2人ですが、宝塚の動員記録を塗り替え、コンビとしても組としても乗りに乗っている時期だっただけに、劇団がこれだけのトップコンビをそう簡単に手放さないのではないか?という思いもどこかではあり、正式な発表にはやはり大きな寂しさが募りました。最近では異例のトップコンビの同時退団発表、しかもその会見日が11月22日「いい夫婦の日」というのは、もちろん狙ったことではなかったそうですが、2人のプレお披露目公演だった『伯爵令嬢』(雪組、2014年)の初日前囲み会見で早霧から「結婚します。そのくらいの覚悟がないとね」という咲妃をちょっとからかった発言が飛び出したこの2人らしいなと、感慨も大きかったものです。退団発表を挟んで東京での上演となった『私立探偵ケイレブ・ハント』(雪組、2016年)は、早霧時代の雪組では初めてとなるオリジナルのスーツ物。2人が初めから恋人同士という設定に新鮮さがあり、コンビとしてキャリアを重ねてきたいまだからこそ出せる雰囲気がきちんとあって、面白い仕上がりになっていました。原作物でヒットを飛ばしてきた印象が強い雪組だけに、適材適所に配置された主要メンバーの活躍に、オリジナル作品なればこそのよさも感じられました(鳳翔大には、何かもう少し別の役を書いてほしかったですが)。さらに、ショー『Greatest HITS!』は、大劇場ではいくら「あわてんぼうのサンタクロース」を組み入れていても、ちょっと早すぎるなぁと感じられたクリスマスメドレーがどんぴしゃり!のシーズンになったことも手伝って、明るい楽しさにはじけていて、癖になるショーとして楽しめます。ここでも圧巻はやはり早霧&咲妃のデュエットダンスで、ベートーヴェンの『運命』を使った望海&彩風咲奈による赤と白の激しい対立の場面が、2人の緑がもたらす安らぎと幸せオーラによって昇華される流れは、いま絶好調の雪組を象徴するシーンとしてなんとも美しいものでした。本当に早霧&咲妃は、2人が並んだときの絵面としての美しさが抜群なだけでなく、芝居をしてもともに踊っても、お互いがそれぞれのよさを引き出し合い、引き立て合う、近年屈指のベスト・カップルです。正直、まだまだこの2人で観たかった作品、夢は多くありますが、残された7カ月、2人ならではのラストランの輝きを見届けたいと思います。もちろん、次代を担うだろう望海の、任せて安心の盤石さと豊かな歌唱力にも、また新たな夢が描けることでしょう。宝塚はこうして続いていくのですね。つくづくすごいシステムだなと感じずにはいられません。
一方で、この雪組公演と同じ時期に、KAAT神奈川芸術劇場で専科の轟悠と宙組トップ娘役の実咲凜音をはじめとした宙組精鋭メンバーによる『双頭の鷲』も上演され、その高い完成度に圧倒されました。脚本・演出の植田景子の美意識が凝縮された舞台で、それに応えた出演者・スタッフすべての力がほとばしるさまは見事なものでした。ジャン・コクトーの『双頭の鷲』(1946年)を宝塚で上演しようというこの企画自体もそうなのですが、ここ数年、轟悠の存在が宝塚の幅を広げ、新たな挑戦を成し遂げている姿には、退団と新トップスター誕生という別れと再生を繰り返す宝塚のスターシステムが紡いできた100年を超える伝統とはまた別の安定を宝塚にもたらしていることを確かに感じずにはいられません。役者には年齢を重ねないとできない役柄が確実にありますし、轟さえいれば今後の宝塚でそうした役柄を脇筋ではなく主役で取り上げることが実現していくと思います。変わり続けることでバトンをつないできた宝塚に変わらない象徴があることは、やはり貴重なものですね。春日野八千代亡きいま、その重みを痛感します。
そんな轟が『For the people――リンカーン 自由を求めた男』(花組)そして『双頭の鷲』という秀作をそろえてきたのをはじめ、2016年の宝塚には見応えある作品が並びました。新たなファンを獲得した『るろうに剣心』(雪組)。実在の人物を宝塚ならではの自由さで描いた作品が、くしくもトップスター退団公演としてそろった『NOBUNAGA〈信長〉――下天の夢』(月組)、『桜華に舞え』(星組)。宝塚の財産演目である海外ミュージカル『ME AND MY GIRL』(花組)、『エリザベート――愛と死の輪舞』(宙組)。オペレッタの『こうもり』(星組)への挑戦や、シェイクスピアの人生を作品でコラージュした意欲作『Shakespeare――空に満つるは、尽きせぬ言の葉』(宙組)。またオリジナル作品ならではの作家の個性が表れた『私立探偵ケイレブ・ハント』(雪組)、『金色の砂漠』(花組)が続きました。さらに数多くのショー作品のきらめきが並び、外箱に目を転じれば『ローマの休日』(雪組)、『ドン・ジュアン』『アーサー王伝説』など、大作も多く登場しています。6月と12月に発行している『宝塚イズム』では、残念ながらこうした1年の作品のベストを語り合うような企画は作りにくいのですが、きっと宝塚ファンの間では、一人ひとりの胸にある独自のベストに話がはずんでいる時期ではないでしょうか。見どころの多い作品がそろった2016年の宝塚。この勢いと盛り上がりが、また17年にも続いていくことを期待しています。
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