第7回 マントヴァーニ(Mantovani、1905-80、イギリス)

平林直哉(音楽評論家。著書に『フルトヴェングラーを追って』〔青弓社〕など多数)

ムード音楽の大家だが、クラシックの小品も数多く録音

 マントヴァーニ、本名はアンヌツィオ・マントヴァーニAnnuzio Mantovani。ムード音楽の大家であり、その名は世界的に有名。生まれはイタリアだが、幼い頃に一家はイギリスに移住した。私たちが知っているマントヴァーニは、楽団を率いて指揮をしているが、彼自身はもともとヴァイオリン奏者だった。そのため、ヴァイオリンのパートを複数に分割して同時に演奏すると旋律に聞こえる“カスケード・ストリングスcasacade strings”(滝が流れるような)という方法を発案、電気的に増幅したような効果を出すことに成功していた。
 そのマントヴァーニだが、クラシックの小品を数多く録音しているのを、少し前に知った。それらは数十曲ともいわれ、収録時期は1920年代中盤から後半頃と推定されている。当然、SP盤(78回転)である。
 私が最初に聴いたマントヴァーニのクラシック小品は、シューマンの『トロイメライ』とシューベルトの『セレナーデ』だが、のちのマントヴァーニ・サウンドを予告するかのような、甘く、親しみやすい表現だった。最近、彼のソロがCD化されていないかと調べてみると、ナクソスから“A Mantovani Concert:Original Recordings 1946-1949”(8.120516)が出ていた。表紙にはマントヴァーニがヴァイオリンを持っている姿があったのでソロも聴けるのかと思ったら、オーケストラだけだった。どうやら、彼のソロを集めたCDは、目下のところは出ていないようだ。
 以来、私は気にかけていて、彼のSPを見つけたら買おうと思っていたのだが、数十あるといわれているのに、ちっとも見つからない。そんなに彼のソロSP盤は希少なのかと思っていたところ、ひっかかってこない理由が最近判明した。それは、マントヴァーニと表示されたSP盤も存在するが、多くはマヌエロManuelloという変名で発売されていたというのだ。だから、いくらインターネットでMantovaniと検索しても出てこないわけだ。さらに話がややこしいのは、同じマヌエロという名であっても、マントヴァーニの叔父の録音も含まれているという噂もある。いきなり難題を突き付けられた形になったが、解決の糸口を見つけるためにも、不十分ではあるけれど、少しマントヴァーニのソロ録音についてふれてみたい。
 私が入手したマントヴァーニのSP盤は以下のものである。
シューマン『トロイメライ』
シューベルト『セレナーデ』(日本コロムビア J866)

ドヴォルザーク『ユモレスク』
ラフ『カヴァティーナ』(日本コロムビア J270)

ブラームス『ハンガリー舞曲第1番』『第2番』(イギリスRegal G7821)

ヴェルディ『椿姫』幻想曲(Fantasia)
プッチーニ『ボエーム』幻想曲(イギリスRegal G1020)

 J866だけがマントヴァーニと表記されているが、他の3枚はマヌエロ表記。すべてピアノ伴奏付きだが、ピアニストの名前は表示されていない。このなかでも最も詳しく表記されているのはJ866で、シューマンはマントヴァーニの編曲であり、シューベルトはMANTOVANI and HIS HOTEL METROPOLE ORCHESTRAと記されている。
 私が初めて聴いたシューマンからふれてみよう。これは、とろけてしまいそうなほど、べたべた、クネクネと弾いている。その甘さは異様なほどで、しかも通常よりも1オクターヴ高く弾いているので、なおさらである。このシューマンだが、ある有名ヴァイオリニストに聴かせたところ、「興味なし!」と一蹴された。シューベルトも、めちゃくちゃ甘い。先ほど記したようにレーベルにはORCHESTRAとあるが、せいぜい3、4人程度だろう(ヴァイオリン2本とチェロ1本?)。ドヴォルザークとラフも同傾向の演奏だが、特にドヴォルザークの中間部にマントヴァーニらしさが出ている。
 ブラームスはおっとりと優雅な演奏で、テンポの揺らせ方も実にうまい。もちろん、ポルタメントも多用されている。
 ヴェルディの2曲は、このなかではマントヴァーニの個性が最も理想的に発揮されていて、聴く価値は大きいと思う。ここでも彼のソロはトロトロに甘いのだが、編曲(明記はないが、マントヴァーニ自身だろう)の巧さと相まって、楽団を率いたときのような最上のムード音楽が展開されている。
 マントヴァーニがソナタや協奏曲などを弾いていたかどうかは、わからない。でも、だからといって彼を単純にB級奏者扱いするのもおかしい。量的には決して十分とはいえないが、以上の作品を聴いてみても彼は決して非力ではない。それどころか、そこらの専門奏者以上に、小品を魅惑的に演奏していたことは間違いないのだ。

 

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