第14回 2018タカラヅカ、始動!

薮下哲司(映画・演劇評論家。元スポーツニッポン新聞社特別委員、甲南女子大学非常勤講師)

 2018年の宝塚大劇場は、永遠に年を取らないバンパネラ(吸血鬼)の美少年の愛と苦悩を描いた萩尾望都原作による伝説の少女漫画を舞台化した『ポーの一族』(花組)から幕開け。連日、立ち見がでる満員盛況に沸いています。
 脚本・演出は、『エリザベート』(1996年初演)はもちろん『るろうに剣心』(雪組、2016年)や『All for One』(月組、2017年)などここぞというときには必ず登板して、ことごとく期待に応え、劇団はおろかファンからも最も信頼が厚い“宝塚のエース”的存在、小池修一郎です。彼は原作を宝塚歌劇団入団前から愛読し、宝塚入団の折はぜひ舞台化したいと念願していたという逸話が公演解説やプレスリリースにまで紹介され、原作漫画を知らないファンが観る前から特別な感情を抱くように巧みに操作された宣伝文句と、主演がこの原作の舞台化を待っていたかのようなフェアリー系スターの代表格、明日海りおとあって、期待感はいやがうえにも盛り上がりました。チケットは発売と同時に全期間完売、幸先のいいスタートです。
 短いエピソードの連続で、しかも時代を自由に行き来する原作はかなり大胆な構成で、漫画を読みつけていない者にとってはその世界観になかなか入りにくい壁があり、どんな形で舞台化するのだろうかと興味津々だったのですが、少女漫画独特の耽美的な作画の魅力を巧みに再現し、『ポーの一族』の世界を宝塚の舞台によみがえらせました。
 舞台は1964年の西ドイツ、フランクフルトから始め、バンパネラ研究家が「ポーの一族」について解き明かしていくという構成をとったのも、原作の複雑な時制を整理する役割をうまく果たしたようです。ただ、全体の構成としては、主人公のエドガーがバンパネラにならなければいけなかった理由など前半の説明部分がややくどく、エドガーが永遠の時をともに過ごすパートナーとして選ぶ後半のアラン(柚香光)とのくだりが淡白になり、ストーリーとして盛り上がりに欠いたのがやや期待外れ。ここをきっちり描かないと『ポーの一族』を舞台化する意味がないと思うのですが、原作ファンの感想を聞いてみたいもの。とはいえ、ラストのエドガーとアランが永遠の旅立ちに出る場面の2人の美しさは、宝塚でしか観ることができないものでした。
 入団当初『ベルサイユのばら』(1974年初演)の演出家・植田紳爾から「100周年のオスカルが見つかった」と注目され、以来、スター候補として大事に育てられ、花組トップスターに就任した明日海。『エリザベート』のトート、『新源氏物語』(1981年初演)の光源氏、『ME AND MY GIRL』(1987年初演)のビル、『Ernest in Love』(2005年初演)のアーネスト、『仮面のロマネスク』(1997年初演)のバルモンと先輩が演じてきたさまざまな役を演じ、本人の真摯な取り組みもあってどれも役を自分のものにしてきましたが、エドガーは本来の明日海の個性である役に初めて出合ったといえるのではないでしょうか。もう少し前に出合っていたらとも思いますが、多くの個性的な大人の男性を演じた後だからこそ表現できる少年のセクシーさというものもあって、まさにいまだけの輝きを放っています。エドガーは永遠の時を生きますが、それを演じる明日海はいまだけしかエドガーを演じることはできません。その貴重ではかない一瞬をぎりぎりに共有できたことをうれしく思います。
 明日海の次回作は博多座で柴田侑宏の万葉ロマンの名作『あかねさす紫の花』(1976年初演)で、中大兄皇子と大海人皇子の二役を役替わりで挑戦します。一路真輝、春野寿美礼、瀬奈じゅんら多くの先輩が演じてきた作品で、本人も月組時代に小さな役で出演していて、歌劇団スタッフによると、いつかは演じてみたいと憧れていた役なのだそうです。中大兄と大海人を同じ公演で二役で挑戦するのは明日海が初めてで、個性が異なる2人の皇子を両方演じるというのも明日海の幅広い演技力を証明しているようです。
 その後には『MESSIAH(メサイア)――異聞・天草四郎』で、若くして逝った悲劇のキリシタン大名に挑みます。ようやく明日海らしい作品が続きます。トップ就任後5年、充実期にさしかかった2018年の明日海りおの今後の動向に注目したいものです。
 
 元日の拝賀式に続いて9日に小川友次理事長が会見し、昨年(2017年)の実績と2018年の抱負を述べました。それによると、昨年も宝塚歌劇の動員は4年連続で270万人を超えました。本拠地の宝塚大劇場と東京宝塚劇場の両方で動員が100パーセントを超え、特に大劇場の動員の伸びが著しいそうです。100周年の余韻が続くなか、この好調を持続するために、さらなる新たな挑戦を続けていきたいとも。また生田大和や上田久美子、田渕大輔、野口幸作ら若手作家の成長を高く評価しています。デビューまで5年から10年かかる作家の育成に努めるべく今年も新人を採用し、演出部を37人に拡充するといいます。一方、チケットの発売方法を一新、一人でも多くの人に宝塚歌劇を適正な価格で観てもらえるようにするのが狙いだそうです。これと関連して、公演のライブ中継やテレビ放送の拡充も図りたいとのことでした。
 一方、2018年も台湾公演をおこなう予定ですが、将来的にはニューヨークなどの欧米での公演も視野に入れて、本場ブロードウェイで公演をしても遜色のないプロフェッショナルを育てたいという夢も披露していました。昨年『グランドホテル』(月組)で来日したトミー・チューンが愛希れいかを激賞したことも刺激になっている様子で、ニューヨークの舞台から声がかかるようなスターを育てるのが目標だそうです。好調の波に乗った、笑顔が絶えない会見だったようです。経営的な部分への質問が多く、スターの人事的な話題にはふれられませんでしたが、その分安定期ということなのかもしれません。
 4年連続270万人突破は劇団史上初の快挙で、これほどおめでたいことはありません。理事長も、チケットが取れないという苦情に対処するのがいちばん心苦しいと話していました。ただ、チケットに関しては、平日の昼間を埋めるために団体回りをする営業係の血と汗と涙の努力の結晶を忘れてはなりませんし、私設ファンクラブのチケットの大量買い占めに頼っていることなどまだまだ問題はたくさんあります。毎公演観る人も多く270万人のうち何人がリピーターかということを考えると、実質的にはファンの数はその半数にも満たないのではないかという統計の専門家もいます。熱心な宝塚ファンに支えられて、いまの繁栄があるというのも事実でしょう。
 とはいえ東京宝塚劇場の雪組公演も滑り出しは好調で、2018年の宝塚は順風満帆の船出といってよさそうです。わが『宝塚イズム』は12月発売の『36』が朝夏まなとのサヨナラ特集をメインに好評に推移し、6月1日発売予定の『37』に向けて動きだす新春を迎えています。本体の好調の原因を徹底的に解明する特集を組むのも面白いかも。そんなことも考えながら、編集会議に臨む所存です。
 
 では今年も『宝塚イズム』をよろしくお願いいたします。

 

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